幻想郷に引っ越してきてから、数週間後のある日の夕刻。
午睡から目覚めた八坂神奈子は開口一番、おかしい、と呟いた。
午睡とは名ばかり、夕刻まで寝こける怠惰な己の生活は、霊験あらたかな神としてちょっとオカシイ、などという殊勝な意味では決してなく。
すでに日も稜線に沈みかけんとする夕刻であるにも関わらず、彼女の一番の信者且つ大切な家族であるところの、東風谷早苗の
「ごはんですよー」
の声が一向に聞こえてこないことについてである。
神奈子はギュルルンと一発、エンジン音代わりに腹の虫を轟かせたあと、よっこらせっと立ち上がり、早苗の様子を見に出かけた。
「早苗、ご飯の用意はまだかし……」
ガチャリと、早苗の部屋をノックもせずに訪れた神奈子は、部屋の異様な風景を前に言葉を失った。
天井付近をもうもうとたなびく白煙。
そして部屋の隅で、ばすばすばす、と、何かを顔に叩きつけ続けている早苗の、後ろ姿。
よく見ると早苗が手に持っているのは化粧用パフであり、部屋にただよう白煙からは、おしろいの良い匂いがしていた。
つまり、早苗は鏡に向かって化粧をしていたわけなのだが、神奈子がその様子を化粧と理解するまで、たっぷり数秒はかかった。
神奈子でなくとも、理解するまで数秒を要したであろう。
それぐらい、一心不乱にパフを振るい、おしろいの粉を振りまき続ける早苗の後ろ姿には、ただならぬ雰囲気があった。
しばらく固まっていた神奈子だったが、気を取り直して慌てて早苗に駆け寄る。
「ちょ、ちょっと早苗……うっ、ごっほ! あ、あなた何やってんの!?」
おしろいに咽つつ、がっしと背後から肩をつかむと、ようやく早苗のパフを振る手が止まった。
「……八坂様……」
ボソリと呟いた早苗が、ゆるゆると振り向く。
うっわやっべ、今の早苗の顔、見たくねぇー、と内心思う神奈子であったが、なすすべがなかった。
ごくり、と自分が唾を飲む音が聞こえる。
さらりと流れた緑の黒髪の下から現れた早苗の顔は、案の定、とても面白い……もとい、大変なことになっていた。
アイラインを書こうとして失敗したのであろう、黒々と縁取られた両の瞳は、右目が釣り目で左が垂れ目になっていた。
何度も引きなおそうとした努力の後が見える口紅は、厚く塗り重ねられた結果、立体感が増しまして、激しく己の存在を主張していた。
その上に「全部なかったことにしてやる!」と言わんばかりにおしろいが振りかけられていたものだから、その惨状はいわずもがなである。
プスッ、と、たまらず吹き出しかけた神奈子だったが、彼女の脳内アラームが激しく警報を打ち鳴らす。
(……落ち着け、落ち着くのよ八坂神奈子。今の早苗の精神は、たぶん危ういことになっているわ……)
(今ここで「ギャハッ! 早苗、何その顔! 自前の福笑いとは、ハイセンスね! アハハハハ! 」などとぶちまけようものなら)
(きっと一生取り返しのつかない傷が、彼女のガラスで十代なハートに刻まれてしまうわ……)
神奈子は口の端が引きつるのをこらえ、出来る限りやさしく早苗に語りかける。
「早苗、どうしたのよ……。悩みがあるのなら聞くわよ?」
「……八坂様。幻想郷は恐ろしいところです……」
そう言って目を伏せ、自嘲気味に笑う早苗。
それを見て、一瞬、あ、福笑いが表情を変えた、と神奈子は思ってしまった。
思ってしまって、再び吹き出しそうになったが、下唇を噛んで耐える。
「……グッ。……ど、どういうこと?」
早苗が、きっと顔を上げて、神奈子を見つめる。
やばい、やっぱり笑えるっ! と神奈子が思う間もあらばこそ。
「……げ、幻想郷は……ッ! 女の子のレベルが高すぎますっ!」
「……え?」
神奈子の脳が、早苗の言葉を理解するまでに若干の間があった。
その間に、早苗が溜め込んでいたモロモロを一気にぶちまけた。
「な、なんでここは可愛い女の子ばかりなんですかっ! 麓の神社の巫女さんは、髪がすっごく綺麗でっ! いかにも和風美少女ってかんじだし!
私とあんまり背が変わらないはずなのに、しゃんとしてて凛としてるっていうかっ! それでいて自然体っていうかっ!
霧雨さんなんか、金髪ですよ金髪! ブロンド美少女! 反則じゃないですかっ!
それだけでも反則なのに、ころころ変わるキュートな表情と、垣間見せるオトメ心の奇跡のコラボっ! れ、レッドカードです!
里に行ったら行ったで、寺子屋の先生ですと紹介された人は、これまた美人! 美人教師! これも反則!
いや、スタイル抜群の知的な美人教師! 何ですかそれは! フィクションにしかそんなのいないんじゃないんですかっ!?
居並ぶ人も、妹紅さんとか阿求ちゃんとか、いずれ劣らぬ可愛い子ぞろい!
……いや、これが人間に限った話というなら我慢できますしてみます。
妖怪まで可愛いって、どういうことなんですかっ!
河童ってたしかアレですよね? 甲羅を背負った、ヌメヌメしてそうな頭頂禿げの妖怪でしょう?
なんでここではツーテールでリュックで帽子のコケティッシュな美少女なんですかっ!
天狗に至っては、みんなみんな美少女じゃないですかっ!
射命丸さんなんかと同じ学年になったりしたら、3年間彼氏できないこと必至ですっ!」
そこまで一息に言って、早苗はふぅふぅと肩で息をついた。
その様子にただならぬものを感じた神奈子は、なるべく彼女を刺激しないよう、努めて優しく声をかける。
激しく表情を変える福笑いを前にして、間違っても吹き出さないよう下腹に力をこめるのは忘れない。
「グググ。……な、何があったのか、言ってごらんなさい」
早苗はびくりと体を震わし、しばらく言いよどんでいる様子だったが、やがてゆっくりと口を開く。
その声はだんだんと涙声になっていった。
「……今日、霧雨さんに、魔法の森の道具屋さんを紹介してもらったんです。
そうしたら、やっぱりそこの店主さんも、すごくかっこいい眼鏡の男の人で。
でも、すごくそっけなくて。
それで、やっぱり私、ここでは見るに耐えないぶさいくな女の子になるんだろうなって、そう思って。
そう思ったらすごく悲しくなって、せめてお化粧でもしなきゃって思って、でも、私あまり化粧なんてしたことなかったから……」
おいこらそんなのが理由か。その結果がこの福笑いか。化粧が下手にもほどがあるだろ。
などとは口が裂けても言わない神奈子であった。
神奈子の脳内で、本能に近しいミニ神奈子Aが、ぎゃははなんじゃそりゃーっと腹を抱えて転げまわる一方。
理性に近しいミニ神奈子Bが、眼鏡のつるを手で押さえつつ、冷静に事態を分析する。
(これはアレです。思春期の少女特有のコンプレックスというやつです)
(自分の容姿に対する自己イメージが、実際よりもかなり低いものになっています)
(彼女も急激に環境が変わって、ストレスがたまっていたのでしょう。こじらせるとややこしいので、取り扱い注意です)
(道具屋は後日シメるとして、今は彼女のケアが第一でしょう)
母性に近しいミニ神奈子Cも、瞳をうるませながらミニ神奈子Bに同調した。
(可愛そうな早苗。現人神じゃなくなって、自分を見失ってしまったのね)
(自分の価値が変わってしまった理由を、容姿の問題にすり替えて、自分自身を誤魔化しているわ)
(でもそうよ、そんな欺瞞じゃ人は前には進めない!)
(さあ、今の早苗を受け止めるのよ八坂神奈子! それができるのは、あなたしかいないわ!)
早苗の肩に優しく手を置いてこちらに振り向かせ、神奈子は彼女に語りかけた。今度は目をそらさない。
「……早苗、良く聞きなさい。お化粧なんかしなくたって、あなたはとっても綺麗な女の子よ」
その言葉を聴いて、おどおどと目を上げる早苗。
「でも、大事なのはそんなことじゃないのよ。あなたは昔も今も、私の綺麗な風祝」
早苗の肩が、わずかにぴくりと動いた。
それと同時に、彼女の両の瞳にじわりと涙が浮かぶ。
「ごめんなさいね、早苗。私の決断は、あなたにつらい思いをさせたでしょうね」
早苗の目尻の涙滴は、みるみるうちに大きくなり、ついにこぼれた。
「許してくれとは言わないわ、私にとっても唯一の選択肢だったのだから。でも」
早苗の両頬を、涙が伝う。
厚く塗られたおしろいの上を、涙が伝って筋を残す。
「でもね、あなたも私にとって、唯一なの。たった一人の、大切な風祝なのよ」
頬を走る涙滴が、おしろいを巻き込んで雪だるま式にその大きさを増す。
「私には、あなたのいない新世界なんて、考えられなかった」
早苗の顎下に到達した涙滴は、水溶したおしろいの粘性でもって、そのままプラリと垂れ下がった。
「だから、私は約束するわ。きっと、こ、この世界で、あなたを幸せに」
垂れ下がった涙滴が、早苗が身を震わせるのに応じて、ぶーらぶーらと左右に揺れる。
「しっ……し、幸せに、し、て……プグッ」
限界だった。
ここが神奈子の限界だった。
今や、早苗の面相は、まさに某田舎的大将の見せる涙のアメリカンクラッカー。
まさか実物をこの目で見る日が来ようとは。
「しっ、しっ、しわっあせっプピ!」
すでに脳内ミニ神奈子Aは轟沈し、ぴくぴくと痙攣するのみである。
ミニ神奈子Bすらも、床に突っ伏して、いっそ殺してと呻いている。
唯一ミニ神奈子Cのみが、神奈子本体の顔面筋肉の崩壊を、瀬戸際で食い止めていたが、時間の問題であるように思われた。
ああ、この世には神も仏もないものか(神だけど)―――
ミニ神奈子Cが絶望し、天を仰いだその時。
―――まさしく神が顕現したのであった。
「ギャハッ! 早苗、何その顔! 顔面キャンバスで現代アート! ハイセンスね! ケロケロケロケロ!」
神というか、むしろ鬼だった。
「しかも、まさか田舎っぺ大将の涙を、実際に再現してみせるなんて! あははははははははプギュッ……!!」
発作的に、神奈子は諏訪子の顔面に、オンバシラをドカンと垂直に突き立ててしまった。
後ろにフッ飛ばされて、首から上をオンバシラによって壁に縫いとめられた諏訪子。
プラリと力なく四肢をぶら下げ、ピクリピクリと痙攣するその様は、なかなかに痛々しい。
うわぁエグい、と、自分でやっておきながら思わずヒいてしまう神奈子。
だが、幸か不幸かヒいたおかげで爆笑の発作は治まった。
ありがとう諏訪子、あなたの犠牲は無駄にしないわー、と自己完結した神奈子は早苗を慰めるべく、再び彼女と向き合う。
しかし……。
「うう、やっぱり私の顔は抽象的で田舎臭いんですね、うぁーんっ!」
諏訪子の断末魔は、思ったよりも早苗に効果的であったようだ。
早苗は顔を覆って、声を上げて泣き出してしまった。
あ、いや、そんなことは決してないわよ、と神奈子は狼狽して慰めにかかるが、早苗が泣き止む様子はない。
「に、人間は顔じゃないわ! 心よっ!……て、いやでも別に早苗の顔が悪いってわけじゃなくて。
心の美しさが顔に表れる! そうよ早苗、素直なあなたは可愛い! めんこい! きっと将来美人さんになるわー」
「ううっ、親戚のオバちゃんは皆そんな心にもないことを言うんですぅーっ! 」
「……!! な、オバっ……!」
何かが神奈子の心の、とってもナイーブなところに触れてしまったようだった。
「それで、影でこっそり『へちゃむくれねぇ、いったいドッチに似たのかしら』『お父さんね、可愛そうに』
『いや、この上を向いた鼻は、お母さんね』って、両家が火花を散らすんですっ!」
「オバ……早苗にオバちゃんって言われた……」
「それでそれで、ついにお父さんが『おい……本当は誰の子なんだ……!?』なんてシリアスに聞いちゃって、家庭崩壊!
ああ! 私がぶさいくなばっかりにぃーっ!」
「オバ……ふふふ、そうよね、そりゃ32位にもなるわよね……」
もはや事態は収拾不能であった。
自分で自分の妄想に傷つき続ける早苗と、オバオバと呟き続ける神奈子。
二人の間で、自虐のオーラがみるみるうちに膨れ上がる。
だが。
「あんた達は、なんにも分かってないわね!」
厄神様すら避けて通りかねない暗雲を、断ち割る一喝が轟いた。
その声の主は誰あらん、数分で復活した洩矢諏訪子その人であった。
首から上が、平面ガエルになっていたが。
「あんた達は根本から間違えてるわ。早苗の悩みなんて、くだらないことよ」
「……え?」
くだらないと言われて、めそめそ泣いていた早苗が顔を上げる。
神奈子はまだオバオバ呟き続けている。
「神奈子はあとで私がなんとかしとくわ。問題はあなたよ、早苗」
「……くだらないって、どういうことですか」
「悩まなくてもいいことを、悩むのはくだらないってこと」
「……意味がよくわかりません」
「早苗、あなたは結局のところ、幻想郷の女の子達をライバル視してるんでしょう? 同じ女の子として」
「……そうかもしれません」
「それが間違いだというのよ。良い? 彼女達はライバルなんかじゃないわ」
「え?」
「ご褒美よ」
諏訪子の帽子に付いてる目玉が、ニヤリと笑ったかのように、早苗には見えた。
号外! 守矢の巫女のご乱交!
○月○日午後6時ごろ、博麗神社でお馴染みとなった宴会が催されたが、この日は恐るべき事件が起きた。
事件の張本人となったのは、守矢神社の風祝、東風谷早苗(17)である。
彼女が宴会に参加するのは今回が初めてというわけでもなく、既に数回参加したことがある。
しかしそのつど、「オサケワハタチニナッテカラ」なる謎の呪文を唱え、頑なに杯を拒み続けていた。
そんな彼女が、この日は自ら杯を手に取り、注がれるがままにお酒を飲み始めたのだ。
宴会の参加者達は、最初の方こそ、そんな彼女の変化を良いことだと受け止めていたのだが、杯が進んで彼女の目が座り始めたころから事態は一変した。
彼女は、徳利を掴んですっくと立ち上がると、他の参加者達に酌をし始めた。
そして、酌をしながら、必要以上に肉体的な接触を試み始めたのだ。
当初は酒の上での冗談だとばかり思い込んでいた参加者達も、彼女のあまりにも情熱的かつ風紀的に宜しくないアプローチに、次第に恐れを成し始めた。
だが、彼女のテンションは上がる一方であり、その行動も風紀的に宜しくない方向へエスカレートする一方。
ついには並み居る参加者達を、片っ端からその毒牙にかけ始めたのである。
この時の様子を、霧雨魔理沙さん(15)は後にこう語ってくれた。
「ありゃソッチの気があるんじゃないのか」
記者も、この時宴会に参加しており、事件化の匂いを嗅ぎつけ東風谷女史にインタビューを試みたのだが、危うく色々と奪われかけ、這う這うの体で逃げ出すはめになった。
張本人にインタビュー不能と判断した私は、彼女の保護者であるべき神様・八坂神奈子(35)に彼女の行状について問いただしたところ
「ノ、ノーコメントよっ!」
と顔を赤らめて回答を断られた。
そこでもう一柱の神様・洩矢諏訪子(7)にも同様の質問を試みたが、
「ふっふっふ、血は争えんのぅ。素質は十分じゃ」
などと、意味不明な回答ではぐらかされた。
どうやらこの二柱に、東風谷女史の保護者としての能力は、期待できそうにもない。
まあ、早苗の言わんとすることも分かりますが、気にしなくても大丈夫さ早苗も十分可愛いから!!
しかしミニ神奈子もなかなか可愛いな。
で、ちょっと落ちついてたのに神奈子に釣られてまたわらた。
空気嫁なケロちゃんで、さらにわらた。
うん、私的にはケロちゃんのハイセンス発言が1番好きだ!
むしろ作者のハイセンスに脱帽。
読んでるときほとんど笑ってた気がするw
それはそれとして、思いっきり吹きだしてしまったではないか、飲み物が手元に無かったのが幸いだったが。
私はいつの間やら早苗スキーになってしまっているので;
とりあえず35はないでしょうww
参ったあ! 俺は参ったあ!
その発想はなかった!
早苗の化粧姿想像したら紅茶吹いたw
諏訪子さますげーわ。
ケロちゃんはそれでいいよ。むしろそれがいいよ。
神奈子さん、あんたは正しく神だ!
ケロちゃん、あんたは鬼じゃ!でもかわいいから許す。
とりあえず、こーりんは殺っとく?
どうしてくれるんですか
いくぞ! 野郎どもおぉぉぉぉ!!!
神主絵だと美人度ははっきりわからないですけど!
緑髪は美人と相場は決まっているのです!!
じゃ!僕もちょっと道具屋さん行ってきますね!!!
違うんだ神奈子様!その道具屋の男は誰に対してもそうなんだよ!
神奈子様はおばさんじゃないよ!ちょっと年の離れたお姉さんだよ!
あと。案外初心なんですね神奈子様、うふふ。
ぼくらにとっては早苗さんもご褒美だ!
…7才?
顔を赤らめて…ってカナコ様まで毒牙に?!
ごちそうさまでした。
意外とかなこさま35才設定に好意的なのにミニ俺Aが笑死に絶えたwww
いや俺も好きよ35才 大人と色気じゃん35才(大事なことなので二回言いました)
そんな神奈子様もいい!
もう親子だから