Coolier - 新生・東方創想話

つかいっぱしり

2008/03/21 02:24:50
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幻想郷にはその日、雨が降っていた。
魔法の森でも例外ではなく、しとしと雨が振っていた。
そんな森の中にある、潰れない程度の古道具屋である香霖堂。
店主である森近霖之助は、ついに全滅したと思っていた瓶の金魚を再発見。
この縁を生かすべきか殺すべきかと、夕餉に魚の干物を食べるかどうかで頭を悩ませる。
そんな午後のことだ。

「そうか、油揚げとネギを炒める手もあったか」

古道具屋とは思えない、というか商売っ気を微塵も感じさせない独り言。
霖之助は食欲旺盛ではないが、それでも日に2食はとるようにしている。



「さて、この本も再び読み終えてしまったからな……」

立ち上がり、特に客が来るわけでもないと思いながらも、手近な所から整理整頓を始めた。
来客があったのは、いよいよ夕餉の支度でもしようと食材を並べ始めた頃だ。
客は妖怪だった。藍色が映える服を身に纏い、艶やかな毛並みの尻尾を持っていたからだ。
どこか服の意匠が苦手な妖怪に似ていることもあったことも大きいのだが。

「森近霖之助どのか?」
「いかにも」

気配や立ち居振る舞いからして、明らかに高位のものだといわんばかりである。
それを誇示するわけでも隠すわけでもない。背後に見える尻尾と同じような狐色の頭髪。
霖之助はその外見的な特徴から、彼女が九尾の眷属か何かであろうと納得した。

商魂逞しければ上客かと喜ぶところだが、生憎と霖之助は喜ぶ気にはならない。
力の強い存在は往々にして要求水準が想定の斜め上な難題を持ち込んでくることがある。
つまり、厄介だ。

「……本日はどのようなご用件で?」

霖之助は自分が上手いこと表情を作れている自信が持てない。
しないよりはマシだろうとは思うが、気休めにもならないだろう。

「嫌そうだな」
「いえ、そんなことは」
「おまけに嘘をつくのが下手ときた。私の式の方がもう少し上手くやるぞ?」
「……はあ」
「ふふ、まあいい。私はこれに書かれた品を受け取りに来ただけだからな」

本当に気休めにもなっていなかった。あっさりと動揺が露見していたようだ。
霖之助は内心で舌打ちをしながら、その書付を拝借してざっと眺めてみる。

「これは……確かにありますが……」

そのどれもこれもが、最近手に入れた新しいものばかり。
店に並べようとして部屋に積んでおいたものばかりであった。
霖之助にしてみれば、それこそ狐につままれたようなものである。

「ならば持っていく」
「では対価をいただきます」
「対価か……しかし取りに来ただけだぞ、私は」
「いくらなんでも、ハイそうですかとは渡せません。ここは古道具屋ですよ?」
「うーん……それは困る……困るな。ご主人様の命令だというのに」

こんな妖怪のさらに上がいるのかという驚き、そして思わず地が出たような狐の弱った顔。
霖之助は、乾いた笑いしか出てこなかった。

「ハハハ……貴女ほどの妖狐でも頭が上がりませんか……うん?狐……どこかで……」
「こら、笑うな。それからぶつくさ何を言っているんだ?」
「いや何か思い出せそうで――」

狐。強い妖怪。取りに来ただけ。お使い。商売上の取引。使い魔。狐。
ぐるぐると、単語が頭の中で回っていく。
そして、思考を中断させるような緩慢な空腹により、夕餉のおかずと繋がった瞬間

「――八雲紫の式に、そういえば」
「ああ、そういえば名乗ってなかったな。八雲藍、という。紫様の式だ」
「なんというか、さすがというか。油揚げじゃ釣れないわけだ」
「何を言っているんだ?とにかく、持ってくるように言われてる以上は持っていかせてもらわないと」
「……まあ、そうとなればご用意はさせていただきますがね」

名前と用途がわかったところで、具体的な使い方が霖之助には判らない。
そうなると使い方を、自分で見つけるか、教えてもらわなければならない。
八雲紫は、道具の使い方を教えてくれる存在だった。断る方が無理な話だ。



「これで全部だとは思います。意外と重たいから気をつけて」

いくつか道具を纏めて、風呂敷に包んでおいたものを手渡す。
別に重さを気にするような手合いにも思えなかったが、念のために霖之助は尋ねた。

「この雨です。先に小物だけ持ち帰っていただいて、後でかさばるのをお持ちしてもいいですよ」

場所さえ指定してくれれば、と付け足すのを忘れない。特定の住まいを持たない者もいるからだ。
ついでに言えば、八雲紫の住処に興味があったからなのだが。

「結構だ。対価に関しては伝えておくよ」
「では、またのご来店をお待ちしております」

にべもない返答だったが、霖之助は雨の中を出歩かずに済んだ分を儲けたと思うことにする。
雨の中、狐の式神は真っ直ぐに帰っていった。



油揚げと葱を焼いただけのものに醤油をかけながら、霖之助は考える。
紫色の名を持つ妖怪の式が藍色なら、その式は何色なのかと。
そして、やはり名前と同じ色の服を来ているのだろうかと。

「虹の形が弧状だから、それにかけて狐にしたに違いない」

どうせ理解の範疇にいないのだから、そうやって推測に基づき適当に決め付けてしまうことにした。

霖之助は油揚げを口の中に放り込む。
いつぞや巫女に油揚げを持っていかれたことまで思い出したので、倍に美味い。
翌日に霖之助が読み始めた本はユークリッド原論か、とか勝手に想像していたり。


こちらでは初めまして。普段はプチで気楽に書いている、ぽんこつたぬきという者です。
タイトルは適当に食材つながりで、というだけで選びました。

今回は普段より少し長めになったこともあり、思い切ってこちらへの投稿です。
いつも紫が来るばかりじゃないだろな、と考えてこの話を書いてみました。
ご意見、ご感想お待ちしております。
ぽんこつたぬき
http://ponkotsutanuki.blog4.fc2.com/
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コメント



0.150簡易評価
1.無評価名前が無い程度の能力削除
これって続き物?続き物なら今後に期待。
タイトルに関してはもう少し今後の展開に沿うようにすればよかったかもね。
2.80名無し妖怪削除
最初藍が来た時てっきり油揚げに釣られてきたのかと思いましたよwww
5.70☆月柳☆削除
あ、油揚げ!
ちょっと物足りないかなぁ、という感じでございます。
上手いだけに、もう少し長いものも読んでみたいと思いました。
7.無評価ぽんこつたぬき削除
コメントありがとうございます。続き物では無い予定でした。
今度投稿する時は、もう少し長いものを書いてみようと思います。

油揚げに釣られた話も書いてみたいですけどね(w