事件は全て日常の延長から始まる物だ。
そう言ったのは誰だったかと・・・・・・森近 霖之助は考えた。
そう、昨日はいつも通りの日だった。
だから、今日もいつも通りの日になるはずだったのだ。
だが、もう何を悩む必要も無い。これで、全て終わりなのだから。
次の瞬間には、目の前の空間をなぎ払う様にして放たれるマスタースパーク。
その圧倒的な破壊の力により、今回の原因を一切合財欠片何も残さずに消滅した。
まさに、残るのは晴れ渡った朝の空だけという事だ。
「これで、見事に『吹き飛んだ』という訳だな」
「いや、『吹き飛ばした』んだぜ。香霖」
一仕事終えた魔理沙が、得意げに、そして満足げに胸を張る。だが、その目の端は、まだに少し赤みを帯びていた。
彼女としても、今回の事は『吹き飛ばし』たくもなる程の事だったのだろうか?
心読めるわけでもない彼には、それはわからない。
「そうだね。『吹き飛ばした』の方が、言葉としても正しいか」
僕としても―――あんな思いは二度とゴメンだ。彼は昨日の夜から今日の朝に掛けてまでの事を思い出し憂鬱になった。
魔理沙は、そんな事を考えている霖之助を見て、晴れ晴れとした顔で笑う。
そして大きく伸びをしながら言い放った。
「あー、すっきりした」
『おもいいし』
始まりは先日の事である。
それは、気付いたらそこにあった。そうとしか言えない。
無縁塚での商品の仕入れから、夕暮れの香霖堂へと帰ってき時に、それが紛れ込んでいる事に気が付いた。
「・・・・・・こんな物、拾った覚えは無いが」
手に取った其れはただの入れ物に見えた。全体の大きさは肘から手首まで大きさの金属の缶。
表面に何か文字のような物が書かれているが、土と泥で汚れていて読む事が出来ない。
彼の『道具の名前と用途が判る程度の能力』では、名前は『スチール缶』であり。用途は『中の物を保存する』と見えた。
「ふむ」
懐から手ぬぐいを出し、その表面の泥を落とすと文字が少し読めるようになる。
『味海苔』
辛うじて其れだけが読めた。ただ、その上から墨か何かで別に文字が書かれているようだが、かすれて読めなくなっている。辛うじて『タ』という文字が読めたが、それ以上は無理だった。
「しかし、海苔・・・・・・海苔か」
海苔というのは、確か海にはえる海藻を加工して作られる食べ物だ。
だが、彼にとって其れはよく判らない物であった。食べた事が無い訳ではないが数が少ない。何せ、幻想郷には海はないのだから。
どうやら、珍しい物を食べる機会に恵まれたようである。それも、今回はただの海苔ではない。『味』海苔である。さて、味海苔とはどんな海苔なのだろうか。特別な種類の海藻が原料なのか? という事は『味』というのは、海藻の名前なのだろうか。
これは思わぬ拾い物だと、思わず顔がにやけた。
いつの物とも知れぬ食べ物だが、このスチール缶という入れ物が、物を保存しておくという道具ならば、全く食べられなくなっているとも限らない。あちらの世界には、飲み物の温度を保ったまま保存するという入れ物まであった。ならば、これが物を保存するという物ならば、それぐらい出来てもおかしくないだろう。
人間と妖怪のハーフである霖之助にとって、食事と言う物は必ずしも必要なものでは無い。夕食の変わりに酒とその摘みを程度でも十分なのである。
「だが、食欲を満たすために食べる事と、味を楽しむ為に食べる事は別の物だと僕は思うね」
期待によって思わず漏れる独り言。彼は、にやけ顔で容器を掴むと店の奥にある調理場へと向かった。
そも、食事というのは食欲を満たすため、栄養を補給するためだけの物ではない。当たり前だが、腹さえ満たせばよいのならば、多種多様な料理方法、食材、調味料などは全く必要ないのだ。さらに言うならば、和食という文化における盛り付けの美しさという物すら価値が無いという事となる。
だが、それは違うと人も妖怪も区別無く多くの存在は否定するであろう。
確かに腹を満たすのに、物を食べるという行為は必要だが、其れはあくまで肉体に対する栄養である。
外の世界にあるという中国という国の思想では、生き物は魂魄(こんぱく)という気によって支えられて存在していると考えられている。
魂(こん)とは、精神を支える気であり肝に宿る物であり、霊や精神を表す物。
魄(ぱく)は、肉体を支える気であり肺に宿る物であり、肉体を現している。
易の陰陽の思想に混じり、死ぬと陽の魂は天へと昇り、陰の魄は地へと帰ると言われている。
魂が天に昇る。これは、死してその存在は冥界へ行くという意味の比喩であろう。
そして、魄は地に帰る。人は死してその体は土に返るという訳だ。妖怪は・・・・・・必ずともそうと言えるかは判らないが。
そう、魂魄と言えば白玉楼にいる半人半霊の少女がいたなと思いだす。
魂魄妖夢。半分の人と半分の霊という庭師の少女。半分妖怪で半分人の自分とよく似た存在。いつぞや、雪かきをやってもらった少女だ。
彼女は、人の形を持つ彼女ともに幽霊の形を持つ彼女が存在する。これは、大変判りやすい魂魄の例と言えないだろうか。しかし、彼女の存在が魂と魄に別れているとするならば・・・・・・。
「はっ!」
気がついたら、ずいぶんと思考の方向外れていた。そもそも、考えていたのは食と食欲の関係だったはずだ。
結局の所、霖之助の食に対する考えと言うのは、食欲を満たす食事が魄(はく)の為の食事であるならば、外見、味、匂い、食感を五感で楽しむ食事は魂(こん)の為の食事なのであるという事だ。
よって、大して食事のいらない彼といえ味海苔という未知の食物を食すのは大変楽しみなのである。まとめ終わり。
霖之助はさてまずは現物を見てみるかと、筒を開けようとするが意外に硬い。
「むっ・・・・・・むう」
力を込める。きつく閉めたとかそういう感じではない、おそらく缶が少し変形しているのだろう。
暫く唸るようにして、姿勢を変えつつ力を込めていく。すると、ゆっくりと蓋が緩んでくるのがわかる。
もうすぐだ。蓋は徐々に緩み、もう開くと言う時に――。
――カランカランカランッ
そんな音が香霖堂の中に響き渡った。
店の扉だ。どうやら、お客が来たようだった。だが、もう店は閉めてあったはずだが・・・・・・。
「暇だから、遊びに来たぜ! 香霖」
訂正、客ではなかった。もっと性質の悪い存在だった。
香霖堂ブラックリストのトップ3に名を連ねる、黒白の魔法使い事、霧雨魔理沙の登場である。
◇ ◇ ◇
「それは、いい時に来たんだぜ」
定位置ともいえるツボの上で、魔理沙はにんまりと笑った。
そう、霖之助は例の缶を持ったまま、魔理沙を迎えたのだ。
そうすれば当然、何を持っているかを聞かれ、それに答えれば『私も食べてみたいんだぜ』となるのは必然であった。
強奪されないだけマシである。
「まあ、良いけどね。このサイズならばそれ相応に入ってそうだし」
一人で静かに味や風情、この食物の歴史について思いを馳せながら食べるという事も霖乃介の好む所であるが、知り合いと共に箸をつけ、其々の視点からそれについて語るのもまた乙な物だ。
「まあ、まず開けないといけないんだけど」
先ほどの時点で殆ど開きかけていたのだから、もう一押しだ。
調理場に戻って開ける事も考えるが、魔理沙の目は早く中身を見たいと興味津々の様子。そして、霖之助もそうだった。
だから、この場で開ける。
「んっ!」
と少し気合を入れてやってみたら、ほとんど開きかけていた蓋はかすかな抵抗ともに軽やかな音と共に開いた。
「お、お、で中身はどうなってるんだ?」
「少し待ってくれ、こう・・・・・・」
魔理沙は期待のためか、目をキラキラと輝かした。それに、触発され霖之助も少しだけ高揚しながら、缶をひっくり返す。
「何もでてこないぜ?」
「そうだな」
振ってみるが、中身が出てくる様子はない。だが、持っている重さを考えると空という感じでもない。
クルリと回し、中を覗く。
「布?」
中には、布がぎっしりと詰められていた。これも、保存のためなのだろうか?
「貸してみろ」
魔理沙が、霖之助から缶をひったくった。何時もの商品強奪をしている時にも見せるような早業だ。
彼女は、中を見て、そして何のためらいもなく布を引きずり出す。
ゴトトンッ
布と一緒に引きずり出された何かが二つ。重い音を立ててカウンターの上に落ちる。
「・・・・・・香霖、これは食べ物には見えないんだぜ」
「僕も同意見だね」
出てきたのは、親指ほど大きさの二つの石であった。
ただ、石といってもその辺りの道端に転がっているような石ではなく、鉱石のように少しだけ透明感がある物だ。
たしかに、見た目は綺麗な物ではあるが大して価値があるようにも見えない。むしろ、子供が宝物として大事に持っているような・・・・・・。
そこで、思い当たるは缶の上に書かれていた、消えかけた墨の文字。
「なるほど、外側がそうでも中身がそうとはかぎらない」
「・・・・・・容器だけで中身は違うって事か?」。
おそらく、中身を食べた後、子供が宝物いれとして使っていたのだろう。
子供は飽きっぽい物だ。どこかに埋めるなどしたそれを、そのまま忘れ去ってしまった。
そうして、これは幻想郷へと流れ着いたのだろう。
「がっかりだぜ」
明らかに落胆したと魔理沙は肩を落とす。
一方霖之助は、出て来た二つの石をもう少し良く視た。
名前と用途が判る程度の能力。
「『おもい石』か、聞いた事がないな。素材は水晶のようだけど」
水晶という言葉で、魔理沙の頭がバネ仕掛けのように跳ね上がる。
「水晶ってあれだな、占いとかで使う魔術の道具だろ」
「正確には違うが、魔術の触媒としても使われる事があるね」
二つの石を手に取りながら霖之助は、言葉を続ける。
「水晶とは、翡翠や紫水晶などの宝石が代表とされる物で、風水から占星術まで幅広く関係する物だ」
それらの説明を始めようとする彼を無視し、魔理沙はその石を一つ奪い取り、あれこれひっくり返したりし始める。
それを横目で見ながら霖之助は説明を続けた。
「水晶は、石英とも呼ばれていて、古くは玻璃(はり)とも呼ばれていた。純度の高い物は透明だが、何かが混じったりする事で、紅玉髄、緑玉髄、瑪瑙、碧玉など名前が変わる」
「瑪瑙ってのは、聞いたことがあるぜ。あれって、水晶の一種なのか?」
「正しいとも言えるし、正しくないとも言える。少し前に物の名前について話した事を覚えているかい? あれと同じで」
「あー、はいはい、名前の無い何かに名前をつける事が云々という奴だろ」
「本当に覚えているかが怪しい略し方だと思うが、少しでも覚えていたのは感心だね。で、これの場合は」
「いや、もういいぜ。この時間から聞き始めたら確実に日が暮れる」
「むう・・・・・・」
たしかに、窓の外はすでに日は落ちかけて空は赤く染まろうとしている。いくら、魔理沙だといえども、女の子に夜の一人歩きをさせるのも気が引けるという物だ。
しょうがないので霖之助は説明を中断。魔理沙に取られなかった方の水晶をしげしげと眺める。
濁りがあり半透明、濁りの色はやや黒っぽく見えた。ただ、見た目と比べて随分と重い。
魔理沙の持っている方と見比べれば、こちらの方がやや濁っているのが判る。
形状から見てどうやら自然物ではなく、人の手によって加工された物だ。
水晶の種類としては、これは煙水晶か黒水晶。霖之助の知識では、それ以上の見分けと価値は掴めなかった。
しかし『おもい石』。重い石か? 確かに素材と大きさに比べて随分と重量がある。用途は『溜めておく事』。この重量は、その用途が関係しているのだろうか。
「おい、魔理沙。これは・・・・・・」
魔法使いである彼女ならば、知っているのかもしれないと視線を向けた。
―――いなくなっていた。
「・・・・・・・・・」
いつ書かれたのか。もしかしたら、元々準備していたのか。カウンターの上には『借りてくぜ』と書かれた紙。ハートマークが最後についている所が寧ろ憎たらしかった。
その後、霖之助は結局どうしたのか。
どうもしなかった。無縁塚から拾ってきた物が特に価値のない外れであった事も、魔理沙が店の品物を強奪していくのも全てが日常の範囲だから。いつもの事なのである。
少しの変化はあろうとも、それは、固有名詞が違うだけの日常という繰り返しの中の事なのだ。
ため息一つをつき。霖之助は、頭の中の勘定帖に魔理沙のツケの増加を記すと、今回の事を忘れる事としたのだ。
その日、霖之助は早く床へとついた。
昼間に無縁塚へと出かけていたから、疲れもあったのだろう。蒲団にもぐりこむとあっという間に意識は落ちた。
幽かな月明かりが障子越しに延びる寝室。暖かい蒲団に包まれて、彼の意識は柔らかな闇へと沈み、朝日の光によって再び浮上する。
何時もならそうだった。
ただ、この日は違った。
◇ ◇ ◇
夜中に目が覚めた。
月はまだ天にあり、日はまだ沈んだまま、そんな時間。
どこか、ぼうっとした頭で・・・・・・霖之助は台所に向かった。
どこだったろうか。自分にとって必要な物を探す。
たしか、いつもならばここに仕舞ってあるはずなのに。この前、霊夢と魔理沙が来た時に何処かに置きっ放しにでもされたのであろうか。
ああ、あった。
無事に見つかり安堵の息をつく。
ふわふわと体が浮くような感覚を覚えながら・・・・・・霖之助は店の外へと出た。
月はまだ天上にある。まあるい満月。
まるで寝ぼけているようだ。自分の頭と自分の身体が別々な気がする。
魂魄が離れてしまったとでもいうのか。そう、魂がないというのはこんな感じなのかもしれない。感情が沸かない、頭が働かない。
ふわふわとふわふわと、そんな感覚の中で自分は月光の下を歩いている。
どこにむかっている?
こちらには何があったか? 思い出せない、ただ体は勝手に進んでいく。
ふわふわとふわふわと、そんな感覚のままで自分は森の中を歩いている。
やがて、開けた場所へと出た。
月光の下に照らされるのは人里。時間が時間の為かどこの家にも明かりはついていない。
懐かしい。何故か、そう思った。
ふらふらと家々の間を歩く。向かう先は良く判らない。
・・・・・・いや、どこでもよかったのかもしれないし、そうでないのかもしれない。
頭じゃわからない。
ただ、足はそこに向かった。
家。なんの変哲もない民家。
記憶が正しければ、そこはあいつが一人で住んでいるはずだ。
あいつとは誰だ? 考えきる前に身体が動いた。
手が戸を叩く。
「夜分すいません」
声が自然に出た。
「・・・・・・誰だい、こんな時間に?」
帰ってくるのは、しわがれた男の声。
「森近霖之助です」
「森近? どなた様でしたか」
困惑の声だ。さすがに、覚えてはいないか。そんな思いが、頭のどこかで浮かんだ。
扉が開かれる、現れた声の通りの老人。
ああ、この人は。
霖之助の中でこの人物が誰なのかが判った。
名前は覚えていない。だが、あの少年も随分と年をとったものだ。
「アンタは・・・・・・」
老人の目が驚きで見開かれた。向こうもこちらの名前は覚えていなかった、だが顔は覚えていたのだろう。昔と全く変わらない顔を。
とりあえず、彼がそれ以上何か言う前に霖之助の手は動いていた。
店から持ってきた包丁を、ただ真っ直ぐに突き出す。
鈍い感触、生暖かいものが刃をから柄へと伝わり霖之助の手を赤く染める。
引き抜く。突き刺す。引き抜く。突き刺す。引き抜く。突き刺す。
残った左手で彼が倒れないように支えながら、とりあえず六回ほど繰り返した。彼は、突き刺すたびに老人は小さくうめき声を上げていた
たしか、彼に石を投げつけられたのは十回ほどか。
顔の辺りに跳ねた血の臭いを嗅ぎながら霖之助は思い出す。
化け物という言葉と。石が頭を割る痛み。垂れて来る血の暖かさと臭い。
臭いは、忘れてしまった記憶という物を大きく刺激するとある。だから、今しっかりと思い出したのだろう。
とりあえず、後四回刺した。七回目の辺りで老人は動かなくなっていたが、まあこちらの問題だろう。とりあえずきっかり十回だ。
左手を離す。老人の身体は霖之助にもたれかかる様にして倒れる。
気が付くと、手も服も顔も返り血で真っ赤になっていた。自分では確認できないが髪の毛も赤く染まっているのかもしれない。
嫌だなと思った。血で汚れてしまったとそんな事を思った。
だが、同時に湧き上がるのはたまっていた物を棄てたという爽快感だ。
随分懐かしい思い出だけど、忘れていたと思っていたけど、どうやら自分の中で、あの記憶は大きな出来事だったらしい。
我知らず呟く。
「あー、スッキリした」
ふわふわした頭の中。湧き上がる爽快感。その矛盾の中で、霖之助は、ようやくここがどこだか思い出せた。
ここは、彼が昔住んでいた里だ。
姿が変わらない彼を疎み、嫌った人々が住んでいた里だ。
あの時にいた人達は、もう殆どいなくなってしまっているだろうけれど、この老人のように、まだ生きている人がいるかもしれない。
知らず知らず、霖之助の口の端が緩んでいく。
さて、一体何人がまだ生きているだろうか?
◇ ◇ ◇
全てが終わった時、霖之助の姿は真っ赤に染まっていた。
月光の下、乾いた血で斑に染まった銀の髪、その下で欄と輝く目。赤く染まった姿。片手に下げる血まみれの包丁。
里の人々が嫌った妖怪の様な姿となった霖之助がそこにいた。
未だに頭はふわふわと浮いているような感じだけど、ただ胸には限りない爽快感が沸いてきている。
さて、これからどうしようか? 自分の事を嫌い、追い出した人々は全て息絶えた。
そうだ、あえて無視をしていたが彼らの家族を殺すのはどうだろうか?
自分にあんな事をした連中の家族だ。きっと同じような奴らに違いない。
ふわふわした頭では、それはすごく名案なように思えた。
「あまり、羽目を外しすぎない方が良いわよ」
少女の声。
月光照らす道の下、何時の間にいたのか、酷く不吉な笑顔をする少女が立っていた。
ふわふわとした頭が、彼女の事を知っている人間だと告げていた。だが、名前までは浮かんでこない。
なんと声を掛けようかと迷う霖之助。
そんな彼を見ながら少女は微笑む。蠱惑的で、致命的な、見ていると不安が掻き立てられるような笑み。
「ここまでは、貴方自身の憂さを晴らす為とも取れるけど、この先は少々頂けないわ」
霖之助は何か言おうと口を開く、おそらく彼女の名前を言おうと思ったのだろう。
だが、出てこない。
ただ、彼女がここにいるのは余りにも異質であり、余りにも予想外だと思った。
まるで、本来の筋書きから外れた登場人物が出てきたとでも言うように。
困惑する霖之助を他所に、彼女は楽しげに言葉を続ける。
「この先放っておいたら、貴方が苦しむだけになるでしょうしね。――さあ、そろそろお目覚めなさい」
彼女はそう言って、パンッと手を打ち鳴らした。
◇ ◇ ◇
「っ!」
霖之助は蒲団から身体を起こした。全身が汗でぬれていた。それが、先ほどまでに自分が殺した人間の血のような気がした。
障子越しの朝日の光で、彼は慌てて自分の姿を、周りを確認する。
どこにも血はついていない。姿も場所も昨日床についた時のままだった。
「夢か?」
思わず口につく言葉。だが、あれを夢というには酷く現実的だった。現実的過ぎた。
蒲団から出て台所へと向かう。夢の中で見つけたのと寸分変わらぬ位置に包丁があった。
血は――ついていなかった。
原因はおそらくこれだ。
汗にまみれた服から着替えた霖之助は、カウンターの上にある石を見ながらそう考えた。
黒ずんだ曇りのある見た目よりも重い水晶。『おもい石』
昨日までこんな事は無かった、だが今日は起こったから。
しかし、あの出来事は、ただの夢だったとも考えられた。
だが、現実的過ぎる感触と感覚。夢から覚めるきっかけとなった人物。
この二つから、あれが夢であったとは考えられなくした。特に後者だ、あの少女が出てきた時点で、あれをただの夢だとは思えなかった。
そして、彼の考えは、魔理沙の来訪により確信へと変わる事となる。
「香霖っ!!」
店の扉を吹き飛ばして魔理沙は現れた。
トレードマークの帽子を被らず、寝癖のついた髪を振り乱し、赤く腫れた目で。
「扉は壊すものではなく、開ける物だよ魔理沙」
彼女は、半場諦めの入った霖之助の言葉を聴き、何時もと同じようにカウンターの向こうに座る霖之助を見て・・・・・・その場でへたり込む。
「お・・・おどかすのは、無しだぜ」
「僕が、何で君を驚かしたのかは知らないね」
恐らくは、彼女が持って行った石のためなのだろうけど。
「だって、いきなり人の家に来て、『君とは、もう二度と会わない。店も閉めてどこかに行く』なんて言ったのは香霖だぜ」
魔理沙によると、どうやら僕は昨日の夜。魔理沙が寝ている時に急に部屋の中に現れて、いう事を言ってどこかに行ってしまったらしい。
そして、その時の魔理沙は、体が金縛りに掛けられたように動けなくて、ただ只管に悲しかったらしい。
やがて、漸く体が動いたと思ったら、もう朝になっていて、慌てて店まで飛んで来た。という事だそうだ。
「僕は、店を閉める気は全く無いね」
とりあえず、霖之助はそう答えておく
おそらく、彼女の見た夢もあの石が原因なのだろう。
しかし、内容が余りにも違いすぎる。
彼女の夢は別れを告げに来る霖之助。彼の夢は、昔住んでいた里の人間を殺しまわる夢。
その差はどこにある? そして、夢の内容の違いにも意味があるのか?
考える事は多い。魔理沙がまだ何かを言っていたが、考え事をする霖之助の耳には入らなかった。
話を聞いてなかった霖之助を魔理沙が箒で殴りつけたり、霖之助が自らの夢の事を話したりなどをして一時間と少し。
漸く落ち着いた魔理沙は一度家に帰り、何時もの帽子と原因と思われる石を持って、再び香霖堂へと訪れた。
「で、これがなんだってんだ?」
カウンターの上には二つの石。魔理沙が持って行った方と、霖之助が持っていた方。
「これは、名前は『おもい石』。用途は『溜めておく事』だ」
「『溜めておく事』?」
「そう、『溜めておく事』」
霖之助は石の二つの石をそれぞれの手に持つ。魔理沙が持っていった方と、店に残された方。
比べてみると其々の重みは明らかに違った。店に残されていた方は、もう片方よりも明らかに重い。
「これが、僕の見た夢と魔理沙の見た夢の違いかな」
「なにがだ?」
「重さだよ」
「・・・・・・どちらも同じぐらいの大きさに見えるぜ」
「それは、そうだ。おそらく、物としては同じ物だからね」
魔理沙は、遂におかしくなったのかという風に彼をみた。
それに気付いてか気付かずか、説明を続ける霖之助。
「物は同じ。だが、込められたおもいが違うという所か」
霖之助の中で、一つの仮説が成り立つ。
夢の違い、重量の違い、溜めておく事、おもい石。
おそらくは、そういう事なのだろう。
「どういうことだよ?」
何のことか判らない魔理沙は当然のように疑問の声を上げた。
彼は、二つの石を置き魔理沙を正面に捕らえながら・・・・・・その道具について語りだした。
「これは、『おもい石』だ」
「確かに大きさの割には重いぜ」
「そちらの『重い』ではなくて、感じる方の『想い』だよ」
「ああ、美味しいと『思う』とかの思いか?」
「そちらでもいいかも知れない。おそらく両方の意味も兼ねているのだろう」
「というと?」
「この水晶の名前は『おもい石』。用途は『溜めて事』だ」
「それと、夢とか重さが違うって事と何の関係があるんだ? 全く繋がりが読めないぜ」
「おそらくは一時預かり所みたいな物なのだろうさ」
霖之助は、これは仮説だけどと前置きを置き、話し出す。
「魔理沙は、王様の耳はロバの耳という、御伽噺を知っているかい?」
「知ってるぜ。たしか、王様の耳がロバの耳だと知ってしまった奴が・・・・・・えと、誰かに話したくて溜まらなくて、結局穴に向かって話すんだっけ?」
「大筋はそうだね。男は、言いたくて溜まらない思いを穴に向かって叫び、穴の中にその思いを溜めたという話だ」
「それが、どんな風に関係するんだ?」
「原理は同じという事さ。穴か石かとの違いはあるけど」
「それは、大きな違いだぜ」
「そうでもない、どちらも空洞があるからこそ何かを溜められるんだ」
道具の事を語る霖之助は、あんな夢を見た後だというのに、生気に満ち溢れた顔で・・・・・・一言で片付けるならばとても楽しそうであった。
魔理沙は、そんな彼を呆れたような目で見ながら、それでも話を聞き続ける。
「穴は空洞である、これは説明するまでもないね。では、石の空洞について話そう。そもそも石には空洞がないというのがそもそもの間違いだ。石の中に空洞があるという話は沢山ある。『魚石』のようにね」
「魚石?」
聴きなれない言葉だ。魔理沙は思わず鸚鵡返しに聞き返した。待っていましたと言わんばかりに彼は説明に入る。
「昔々、長崎という場所に住むある商人の庭の石からこんこんと水が染み出してきた。それを見た唐人は、ぜひ石を譲ってくれと主人に頼む。主人は余りにもその人が熱心に頼むので、さぞかし価値のある物だろうと、石を調べる。だが、あやまってその石を割ってしまうんだ。すると、割れた石から水と二匹の魚が出てきた。まあ、そんな話だな」
「えと、要は石の中に水と魚が入っていたという事だよな?」
「乱暴な言い方になるがそうだね。この話に代表されるように石や岩には、その中に空洞があり、そこには普通ではない何かがあるという信仰・・・・・・いや、幻想と言ってもいい。それがある」
「だから、この石には空洞があると?」
魔理沙はカウンターの上の石を見ながら尋ねると、霖之助は、そうではないと否定した。
「あるかも知れないというのが重要なんだ。あるかも知れない、形なき曖昧な物である必要がある」
「段々、ついていけなくなって来たぜ」
「簡単な話さ。魔理沙、君は想いとは形があると思うかい?」
「想いに形?」
考えてみても想像はつかなかった。好意、敵意、愛情どれでもいい。だが、それに明確な形があるとは思えない。むしろ、それを想像させる形はあるが、これだという決まった形は無いと思った。
それを正直に伝える。
霖之助は聞きたかった答えを聞けたと言わんばかりに、笑ってみせる。
「その通り。あるかも知れない形なき曖昧な物なわけだ」
「もしかして、香霖は、同じあるかないか良く判らない物だからこそ、中に入れられると言いたいのか?」
「そうだ。だから、この『想い石』の用途は『溜める事』。想いを溜める事なのだよ!」
何か後ろでファンファーレがなってそうな勢いだった。
魔理沙は少々引きながら、自らの疑問をぶつける。
「じゃあ、重さが違うってのは、何でなんだよ」
「『想い』は『重い』からさ。そこに溜まる『想い』が強いほど『重い』んだ」
それは、本当か? とは魔理沙も聞きはしない。きっと、聞いたら物凄い勢いでそれについての解説を始めるのだろうから。
だからこそ、彼との付き合いが長い彼女は、自分が知りたいことだけを聞く事とする。
「夢については?」
「王様の耳はロバの耳と同じ。魚石から染み出る水と同じ。『想い石』から漏れたのだ」
「漏れた?」
「そう、漏れた。漏れた結果、近くにいた僕達が夢と言う形で影響を受けた」
「・・・・・・なんで、漏れるんだよ。穴でも開いているのか」
「溜めておくにしても、完全に密閉されていると言う訳ではないという事だろうな」
「・・・・・・断言してるんだぜ」
余りにも自信満々なその言葉に、魔理沙は思わずそう漏らす。
「これについては、証拠もあるよ」
「証拠?」
「これの持ち主は、『想い石』を入れ物に密閉してどこかに棄てたという事さ」
「・・・・・・あの入れ物か?」
「そういう事だろうね」
二人の目はカウンターの脇に置きっぱなしになっていた。あの『味海苔』の缶へと向けられた。その上で墨のような物で書かれた文字。擦れていて殆ど読めないが・・・・・・それは何と書いてあったのだろうか。辛うじて読める『タ』と言う文字。これは、何かの漢字の一部なのかもしれない。
霖之助は、自らの夢を思い起こせば何と書いてあったかが想像がついた。だが、あえてそれを言う必要は無い。
「じゃあ、私が見た夢には何で香霖が出てきたんだ? 中に入っているのは、その埋めた奴の想いだろ?」
「中に入っていたのは想いであって、思い出でも記憶でもないという事だろうね。多分、配役は魔理沙や僕の記憶の中で、その立場に当てはまりそうな人間が選ばれたのだろう」
夢の中の自分や魔理沙の位置が石に想いを込めた誰かで、その周りの配役がきっと何らかの条件に会う、彼らの記憶の中にいる人物なのだろう。
僕の夢は・・・・・・さしずめ、自分を虐げた人間に対する復讐心。そんな所か。
ただ、あのリアルさを考えると、やりたいという想いではなく・・・・・・やってしまったという想いなのかもしれないが。そこまでは、考えても判らない事だった。
魔理沙も色々想う所があるのだろう、俯いて考え込んでいる。彼女も自分の見た夢についての考察をしているのだろう。
しかし、それについてあれこれ思い悩んでも仕方がない。今考えなければいけないのは、この石をどうするかという事だった。
霖之助は、こんな石を持っていたいとは思わない。
これは、人の想いが篭った珍しい道具とも言える。だが、この想いは周りの人に文字通り重く圧し掛かる。
そう、それは酷く重いのだ。
正に『おもい石』という訳だ。駄洒落のようなそれに、彼はかすかな苦笑を浮かべる。そして、この道具をどうするかを決めた。
「魔理沙」
「えっ、あ、どうしたんだ香霖!」
どこか、慌てた様子で魔理沙が顔を上げた。石の見せる夢せいで一晩泣き明かしたからか、まだ目の周りや耳が赤い。
「この石は処分しようと思う。さすがに毎日あんな夢を見るのはたまらない」
「それは、私も賛成だぜ。こんな物はさっさと棄てちまうに限る」
「うん、それでもいいが・・・・・・」
人の想い、魂とも言えるそれが宿った物を安易に棄ててしまうのは、道具屋としてどうかと霖之助は考える。
博麗神社に持っていてお焚き上げをしてもらうのもいいかもしれない。だが、手っ取り早くもっといい方法があった。
「魔理沙に頼みたい事がある」
「・・・・・・どこかに棄てて来いとか? それは、ゴメンだぜ」
この石には、もう触りたくも無いという風に魔理沙は露骨に顔をしかめた。
霖之助は、それを首を振る事で否定する。自らの考えを、言葉を続ける。
「棄てに行く必要は無い。この石には、『吹き飛んで』もらおう」
悪夢は朝日の光の中に消える物だ。
ならば。石の中に込められた、淀んだ想い。その、何もかもは朝日の光の中で『吹き飛んで』もらおう。
この想いの主は誰か知らない。どんな想いを抱いていたのかも考えたくは無い。
だが、魔理沙のような人によって『吹き飛ばして』貰えるならば、それは一種の供養だろうと霖之助は思った。
彼がそれ伝えると。魔理沙は大きく笑って頷く。
「おう、引き受けたぜ!」
私は原作はやったことあるのですが永夜抄と風神録しかやったことが無いのですから同じ立場です。
香霖はよく分からないのでなんともいえませんが、おおよそのキャラ設定は合っています。
小説のほうは、キャラの設定の食い違いもあんまりありませんでしたし、内容のほうも結構面白かったので、次回を期待しています。
今回の主役は香霖ですし、原作未プレイでもたいした問題はないと思います。香霖堂も東方ですしね。
ただあとがきはちょっとまずかったかな。やはり未プレイと書くと印象良くないので。次の作品にも期待してます。
キャラについては調べてたということだけあって、違和感を感じません。
原作も素晴らしいです。ぜひプレイしてみてください。
楽しい作品でした。
キャラも内容も、おかしな部分はありません。
それにしても、この石は誰の物だったのやら…
最後に。
この界隈では、特に古参が某動画サイトを異常なほど嫌悪しています。
それを匂わすことすら避けた方が良いと思います。
こーりんらしく蘊蓄が多かったですし。
ちなみに自分も、あなたと同じ某動画から知った人間です。
最近はゲームの再販がされたので、是非ともプレイしてみてください。
東方の世界がもっと好きになるはずですから。
内容も不思議な感じのお話で、さくさくと読み進めることができました。
が、東方二次創作として面白いかと言われたらまた別です。
なので、素の文章と内容はだけなら100付けるんですが、いろいろ補正して80あたりで!
霖之助はやっぱりキバヤシっぽいですよね。
香霖堂のキャラのみで香霖堂の雰囲気を目指しているようですし、
香霖堂で描かれないキャラを出さないのにも好感が持てます。
ただ、あとがきに配慮が著しく欠けていると思われます。
二次創作の『未プレイなんです』という発言はどの業界でも非難されます。
たとえ未プレイでも、『未プレイと発言することで場が荒れる』と察し、
ゲームをプレイしたかどうか云々には触れず、
香霖堂が好きとだけ言っていたほうが良かったでしょう。
さらにニコニコ動画はニコニコ動画以外の場所では
非常に叩かれる傾向にあることを知っておいてください。
香霖がこう蘊蓄を垂れるのは良いですねぇ♪
気になった箇所が一つ。
「いう事を言ってどこかに言ってしまったらしい。」とありましたが、「行ってしまった」の誤字ではないかと想います。
誰の言葉でしたか――ただ、それの意味を痛感中・・・・・・。
>名前が無い程度の能力さん
未だに体験盤しかやってないのですよ。製品版は住処とお金の都合で未だ手を出せないという状況。
なので、正式にやったと言えないからああ言う書き方をしました。香霖はともかく製品版の二人を見た事がないという意味です。
>☆月柳☆さん
東方らしさ。難しい所です、やはりキャラクターをもう少し出して、動きまわらすべきか・・・・・・。実質、この話は香霖の一人舞台でしたし。
>桶屋
誤字指摘感謝。直させて頂きます。
>他後書き指摘の皆様
自分の不注意と不勉強で不快な思いをさせて申し訳ないです。ですが、後書きはこうなるよという、「踏み石」としてあえて残そうと考えるので、新たに不快を感じることになった方はごめんなさい。
追記
香霖堂を全話読めました。全てを切り抜き保存していた友人を芝浜のカミさんのように大明神として、拝みましたよ。ええ・・・・・・。
いや、単行本も確定で買いますけどね。
あと古参とか新参とかってそれだけで判断するのはどうかと思うね。ようは中身でしょ。
強いて言えば、魔理沙の口調に違和感を感じたくらいでしょうか。
原作もぜひ読んでみてくださいな