天狗の羽付きトロフィーを掲げながら、私には見せたことのないような笑顔で微笑む妹。
いつもならカメラのフラッシュを鬱陶しがっていたのに、画面の中では嫌がる素振りすら見せない。
むしろ、もっと浴びせて欲しいとすら思ってそうだ。
吸血鬼なのに、ライトを求めるなんて下品よ、フラン。
「今年度の流行語大賞の中から、見事にグランプリを勝ち取ったのはフランドールさんが元ネタのフランドーるでした。おめでとうございます」
「ありがとう。正直、こんな場所に立てるだなんて思ってなかった」
大体、あなたは地下室から出て来てはいけないはずの吸血鬼なの。
あなたの能力は危険すぎる。
それはとても、普通の生活を送れるようなものじゃない。
なのに、なのに。
「既に皆さんご存じだとは思いますが、改めてフランドーるの意味をご説明願えますか?」
「うん。フランドーるってのは、苛々してつい物を壊してしまうことなの」
「ストレスを抱えた若者が荒れることを背景とした、何とも深い言葉ですね」
私は苛立ちのあまり、思わずティーカップをテレビに投げつけた。
「どうせ適当に弄っただけの言葉に決まってるわ! 大体、そんな言葉を言ってる奴なんて見たことないわよ!」
ぶつけられたテレビは、黒い煙を上げながら砂煙を映し出す。
「あーあ、お嬢様。フランドーらないでくださいよ」
「咲夜。あなたまでその不愉快な言葉を使うのかしら? しかも、この私の前で」
ただでさえ妹に出し抜かれた気がして腹が立つというのに。
咲夜は困った顔をしながら、ティーカップの破片を拾い集める。
「と言いましても、何せ流行語になるくらいですから。ついつい使っちゃうんですよね」
「苛々して物を壊すだなんて、そうそうあることじゃないわ。流行語になる方がどうかしてる!」
「紅魔館では日常茶飯事ですが」
集めたティーカップの破片を袋に放り入れる咲夜。
よく見れば、袋の中のティーカップの数は明らかに一つではない。
「奇妙な袋ね。叩くと増えるの?」
「割ると増えます。その代わり、お嬢様のティーカップの数は減ります」
それは困る。
優雅なティータイムにティーカップが無いなど、想像するだけで恐ろしい。
変に所帯じみた咲夜のことだ。無ければ湯飲みで代用する。
無駄に魚の名前を覚えさせようとする容器など、紅茶の天敵みたいなもの。
少し自制を効かせる必要があるわね。
「だけど、イライラの原因が治まらないことには解決しないのよ」
「では、お嬢様も独自の言葉を作ってはいかがでしょう? それが流行れば、今年の流行語大賞には選ばれるかもしれませんよ」
ふむ、と唸る。
少なくとも、去年の流行語大賞をどうこうすることはできない。
過ぎ去ってしまったことを考えていても、鬼が笑うだけだ。
いや過去だから泣くのか? まあ、どっちでもいい。
「良いアイデアね、咲夜。でも、私が考えたら意味がないの。こういうのは他の人が考えて、私がそれを知ってビックリというのが一番良いのよ」
「つまり、友達が勝手にオーディションに応募しちゃって、ということですね」
「そうよ。そして、その友達も密かに応募してたんだけど落選してしまい、二人の仲に溝が入るの」
「話が逸れてますよ、お嬢様」
「でも、人生というのは奇妙なものね。そんな二人も、今でも立派な神様に」
「え、今の八坂神奈子達の話だったんですか!」
「感動のごたいめーん」
ついついテンションが上がって、余計な事をしてしまった。
無論、カーテンの向こうに八坂神奈子がいるはずもなく、もらい泣きする司会者もいない。
「とりあえず、紅魔館の目立つ所に意見箱を設置しなさい。そして事情を説明して、私に相応しい流行語を募集するのよ」
「いいですけど、誰が審査するんですか?」
「勿論、私とあなたに決まってるじゃない」
「でも、お嬢様は後から気づいて驚かれるのでは?」
わかってないわね、とため息を漏らす。
「この業界、真っ直ぐに生きてたらあっという間に潰されるわよ。ミンチになんか成りたくないでしょ」
「物理的に潰されるんですか。恐ろしい業界ですね」
袋を抱えて、咲夜が部屋を出ていく。
相変わらず素っ気ない態度だが、だからこそ時折見せる忠誠心がたまらなく可愛い。
西行寺幽々子と話したときも、その話題で大いに盛り上がったものだ。
あちらの従者もなかなかどうして。
「ふふふ、さてどれだけカリスマたっぷりの言葉が集まるのかしら。楽しみだわ」
優雅にティーカップを傾けながら、甘い液体を口に注ぐ。
「って、湯飲みじゃない!」
また一つ、陶器をフランドーる。
「応募総数は五十六通。うち、五通は意味不明でしたので除外してあります」
翌日、咲夜から聞かされた報告は思ったよりも芳しいものであった。
妖精共は気まぐれだ。
ひょっとすると参加してこないかもしれないと不安にもなったが、どうやらただの杞憂に終わったようだ。
真っ赤な箱を愛おしげに見つめる。
あの中には私を彩る、様々な言葉が詰まっているのだ。
「とりあえず、めぼしいものから発表していきなさい」
「その前に、一つだけよろしいですかお嬢様?」
「なに?」
「実はですね、応募された言葉が全て同じものだったんですよ」
まあ、大方は予想していた。
フランドールでフランドーるだ。
私の場合はさしずめ、レミリるか、レミリアる。
「それで、どんな言葉が応募されたの?」
「レミリRです」
思わず椅子からずっこけた。
「どうして小粋にアルファベットなんか混ぜてるのよ!」
「気に入りませんか?」
「当たり前でしょ!」
私のごり押しもあって、何とか単語はレミリアるで一段落ついた。
しかし、ごり押ししなければ咲夜はレミリRでいくつもりだったのだろうか。
「単語の方はレミリアるで統一しましょう。それなら無難だし、少なくともアルファベットを混ぜるよりはマシよ」
「わかりました。では、意味の方の結果を読み上げたいと思います」
これを待っていた。
私は思わず身構える。
正直なところ、単語にはそれほど興味がなかった。
最悪の場合、レミリRでも構わない。
意味さえ素晴らしければ。
「レミリアる。吸血鬼が血を吸うこと」
「限定的すぎるわ。パス」
「レミリアる。オットセイとアシカの区別がつかないこと」
「大きなお世話よ。パス」
「レミリアる。メイド長の部屋に忍び込んで、私だって似合うじゃないとメイド服を着て楽しそうにくるくると回ること」
「そいつの名前を教えろ!」
「無記名ですわ、お嬢様」
まさか、見られていたとは。
レミリア・スカーレット、一生の不覚。
「ご安心ください、私も既に知っていますから。恥ずかしがる必要はないのですよ」
「そう、なら大丈夫……知ってたの!?」
「次」
「何で言わなかったのよ! 答えなさい! こら、強引に進めようとするな!」
襟を掴んでがんがん揺するが、咲夜は気にした風もなく意味を読み上げていく。
強いな、このメイド。チタン製か?
「美鈴様から教わった太極拳を、一人でこっそり練習すること」
「……いいじゃない、別に」
「パチュリー様から借りた本にワインを零してしまい、魔理沙に盗まれたと嘘をつくこと」
「パチェには内緒よ」
「フランドール様へのプレゼントとして買ったクマのぬいぐるみを壊してしまい、少し涙ぐんでしまうこと」
「なんで、そんなことまで知ってるのよ。暇なの? 紅魔館のメイド共は暇だから私を観察してるの?」
パパラッチ顔負けのスキャンダル合戦に、さしもの私も少し辟易。
「あ、あとこんなのもありました。ポテトチップを縛る輪ゴムが見つからず、探す現象のこと」
「もはや動詞ですらないわね」
「動詞ましょう」
「殴るわよ」
「そう書いてあるんです」
本当に書いてあった。しかも、その脇には羽付き悪魔のデフォルメイラストが添えられていた。
誰のものか、一目で分かる。
「あれをクビに出来ないものかしら」
「管轄が違いますので。パチュリー様に頼むしかありません」
「嫌ね、お役所仕事って」
「あなたの館です」
自分の館なのに思い通りにならない。不思議。
「ちなみに、咲夜は何か書かなかったのかしら。あなたの意見も聞いてみたいんだけど」
咲夜はう~んと唸った後で、さも名案が思い浮かんだという風に手を叩いた。
「幼女を押し倒したくなること、なんてのはどうでしょう?」
無言で咲夜との距離をとる。
苦笑いしながら、咲夜は慌てて訂正を入れた。
「嫌ですわ、お嬢様。従者が主にそんな無礼を働くわけないでしょう。冗談です」
「そ、そうよね。咲夜はそんなことしないものね」
「いえ、無礼を働かないというのが冗談です」
「近づかないで! それ以上近づいたら、舌を噛みきって死ぬわよ!」
冗談ですよ、と咲夜は優しく微笑んだ。
だとしたら、わきわきと生き物のように怪しく動いている右手は何なのだろう。
あまり考え過ぎない方が良いのかもしれない。
「お嬢様。生憎とこれ以上はどれも似たり寄ったりで、候補は他にございません。いかが致しましょう?」
随分とロクでもないメイドを集めてしまったものだ。
カリスマが溢れて直視できないこととか、威厳に負けて思わず土下座してしまうこととか、それぐらいの案が津波のように出てくると思ったのに。
蓋を開けてみれば、単なる暴露合戦。
私のカリスマ値は大暴落を続け、今やトイレットペーパーにすら劣っている気がする。
鼻もかめるしね、あれ。
「だけど、その中から選ぶのは屈辱すぎるわ。今にして思えば、フランドーるだってあまり良い意味の言葉では無かったけど、汎用性はあった。ある程度の屈辱でも呑むから、もっと汎用性の高い意味を募集しなさい」
「メイド達にですか?」
「そうよ。今度も極一部の状況でしか使えないような意味ばっかりだったら、メイド服のスカートを腰下十センチにすると伝えなさい!」
「わいせつ物陳列罪で捕まりますよ」
「私がルールよ」
咲夜は呆れたように了承し、再びレミリアるの意味を募集することとなった。
一年後、妖怪の山特設スタジアムにて。
念願のトロフィーを手にした私の顔はひどく暗く、陰鬱な表情をしていた。
「今年度の流行語大賞の中から、見事にグランプリを勝ち取ったのはレミリアさんが元ネタのレミリアるでした。おめでとうございます」
「……ありがとう」
「既に皆さんご存じだとは思いますが、改めてレミリアるの意味をご説明願えますか?」
笑顔の天狗が、今はただ憎らしい。
どうして、こんな屈辱的すぎることを言わなくてはならいのか。
しかも、大衆の面前で。
硬直する顔を強引に動かし、嫌々ながら、私はメイド達が満場一致で出してきた意味を口に出す。
「我が儘を言って、他人を困らせることよ」
もうちょい濃い描写が欲しかった
だけど過去に同じネタが・・・
思わず納得しましたw
動詞ましょうで思いっきり吹いたw
これは流行るwww
チタン製って強いの代名詞なのかw
とても楽しかったですよ。
メイド服を着ているお嬢様・・・良いかも。
かっこいいじゃん。
座布団二枚持ってきて~。
反省はしていない。
オチも最高でした!
オチ然り、隅々に散りばめられた小ネタ然り。読者を退屈させない工夫が光り、かといって冗長な部分はまるでなく、美しくまとまった素晴らしい作品だと思います。
意味の方も全員同じこと書いてたんだろうな、これは
面白かったです。
誤字 最初の台詞の、おめでございます→おめでとうございます
個人的にはれみりRもかっこいいと思ったんだけどw
最初の方咲夜さんが「意味こそ全て違うんですけど」と言ってたけど
最後の方には咲夜さんが「これ以上はどれも似たり寄ったり」と言ってます。
これは矛盾ですかね?
>過去に同じネタが・・・
マジですか。良ければその作品のタイトルを教えて貰えたらなと。
>チタン製
段ボールよりは強いはず。
>動詞ましょう
酒の席で上司が言いそうな台詞ですよね。
>レミリR
まさかの人気に嫉妬
>誤字
修正します。ご指摘ありがとうございました。
>矛盾
あれは、単語と違って意味は全てが同じものではないということです。
ただ誤解を招きそうな表現でしたね。修正します。
テンポ良く読めました
>おめでございます
これはあややが態と言ってるんでしょうか、誤字なんでしょうか…?
そして話の纏め方の巧さに嫉妬。素晴らしかったです。
誤字です。修正しました。ご指摘ありがとうございます。
ただ、プチ8の狩人Aさんの「れみりあい宇宙」にでてくる「れみりあう」の方が語感が良かったためか、ちょっとだけ違和感があったのが残念
うん、面白かったですw
使い道は限定されてくるが、一度でいいから使ってみたくなった。
このオチはうめぇ。
さすが紅魔館のメイドはよく訓練されていますね。
それとオチが秀逸w お嬢様ファイト!
いっぱい笑わせてもらいましたw
ありがとうございます!
小悪魔は別の人にお任せします
パチェる=一人で読書に夢中になること
例「またパチェってる」「彼女の趣味はパチェることだもの」
咲夜る=万能っぽいのにドジをすること
例「居るよね、咲夜っちゃう人って」「咲夜る人って可愛いよね」
中国る=影が薄くていじけること
例「もう、また中国してる」「中国りたくはないよね」
すっきり短編だ
ここで腹筋が死んだwwwwwww
いいねえ。
そこに小ネタが合わさって、抜群の破壊力でした。
大好きです。
誤字報告です。
どうして、こんな屈辱的すぎることを言わなくてはならいのか
ときめきレミリアるとか出ないだろうか