※香霖堂&風神録のネタバレ含む
魔法の森一帯を覆っていた分厚い雪はその厚さを大分減らし、里へと続く道もところどころ大地が顔を覗かせ春の兆しを見せ始めていた。まだ外に出れば吐く息は白く肌寒いが、今日は雲一つない晴天なこともあり屋内にいる分にはその寒さに体を震わせることもない。もうすぐ春の陽気が迎え入れられ、草木の芽吹きに拍車がかかることだろう。冬に生きる者達がその勢力を弱め、春に生きる者達が辺りを伺い様子を見る。そんな季節の境界のような今の時期は、冬と春がうまい具合に牽制し合って黄昏に似た静寂を生みだす。
店内には屋根の雪解け水が滴る音だけが響き渡り、時折本のページをめくる音が住人の存在を控え目に主張していた。店の中に所狭しと並べられている時代も文化も一目で違うとわかる風変りな物に囲まれた店主は、窓から注ぐ光を元に本を黙々と読みふけっていた。
――――カランカラン。
永遠に続くかと思われた静寂がふいに破られた。僕は水底に沈み込むような本の世界への没入感から目を覚まし顔を上げた。
「いらっしゃ……なんだ君か」
扉を開けて入ってきたのは静けさを台無しにするのが空を飛ぶ次位に得意なこの店の常連だった。常連ではあるが客ではないので、わざわざ読書を中断して応対に備えたエネルギーは、久しぶりの客かと上気した心の熱とともに行き場を失い空気中へと発散していった。これでまた気温が上がり幻想郷は春に近づくに違いない。
「なによー、前来た時とちっとも商品が変わってないじゃない。そもそもこんなの誰が買うっていうのかしら」
「そう言いながらポケットにしまうのはやめてくれないか?」
紅白の少女は言われてようやく手を止めた。
この少女は持前の勘の良さからか僕自身いるようないらないような、非常に微妙な品をいつも持っていくので複雑な心境になってついつい見逃してしまう。まぁいいか、と思うのである。もう一人商品を持っていく奴もいる。そっちは欲しいと感じたらたとえ貴重な品でも持っていくので迷惑極まりないが、昔の馴染みでついつい見逃してしまう。しょうがないか、と思うのである。結局全てをツケにして彼女達の横暴を許している僕自身に問題があるのかもしれない。
「このところ店に来ていなかったけどどうしたんだい?」
「藍に幻想郷中の結界の修復を手伝わされたわ」
不機嫌そうに霊夢は商品を棚に戻した。商品はもっと丁寧に扱ってほしいものだ。
僕の質問自体どうかしているが、この少女は暇さえあれば店に来るので少し間が空くと何かあったのかと聞きたくなるのも当然だろう。もう一人よく店に来る黒白の少女は昨日夕飯を食べに来たので聞くまでもなかった。
それにしてもまた結界が不安定になったとは……。春が近づいているが八雲紫はまだ眠っているようだ。起きたところで彼女が率先して結界の修復にあたるとは思わないが、起きてくれないと困るのも事実だ。今年の冬を越すのにストーブの燃料はいくらか減ってしまったのでまた催促しなければならない。数年分の燃料を置いていってくれれば顔を合わせる回数も減るのにと思うが、本人の前では決して口に出さない。燃料は彼女からしか手に入らない貴重なものだし、あと、何をされるかわかったもんじゃないからだ。
「やっぱりこれって信仰心のなさが原因かなぁ」
「信仰がなければ博麗神社の存在が霞み、結界も弱まるだろうね」
答えのわかりきっていることを嘆くということは霊夢も相当参っていると見える。このままでは本当に博麗神社が悪霊に乗っ取られる日が来るかもしれない。もしそうなったら結界の維持は絶望的だ。
「なんとかてっとり早く信仰心って集められないものかしら」
「勧請はやってみたのかい?」
「ええ。都合良く神様の方から誘いがあったから。けど、いまいちパッとしないのよねぇ」
霊夢はふらふらと店内を歩き回った。感情を持余し、行動が不安定になっているようだ。
「ああ、最近外の世界から来た神か。ずいぶんと強い力を持っていたようだから分祀の効果がないとは考えにくいけど……」
そう言いながら僕は霊夢が置いた商品を丁寧に置きなおした。というか結局酒の神ではないのか。山に囲まれた幻想郷で山の神の力を借りるのは理に適っているのかもしれないが、うまい酒が飲めると小さな期待をしていたので少しがっかりした。
「外で信仰が集まらなかった神だもの。むしろこっちにきて力が弱まったのかもね」
「それは……そうか」
「でも別にいいの。私は最初から自分でなんとかするつもりだったし」
どうやら自分でなんとかすることに、自分で方策を練ることは入っていないようだ。
霊夢はすでに店の奥に移動し自分の湯呑にお茶を淹れ始めている。僕の分も淹れているようだから助言を訊く礼儀はわきまえているだけましか。今日は少し早いが店仕舞いにするとしよう。不機嫌な霊夢をほうっておくと何かしらの被害が出る恐れがある。
表に出て閉店とかかれた板を店先に掛けた。結局今日来たのは紅白の巫女一人、しかも客ではない。溜息をつきつつ移動の間に問題について思考を巡らす。
里の人間から崇め奉られるほどの信仰とは何か。そんなご利益が期待できる神がいただろうか。神の名が信仰に結びついていない現状からみても、たとえ有名な神が来ても期待はできそうにない。幻想郷も昔に比べて変わったし、常に外の世界の影響も受ける。もちろんそれは里の人間も例外ではない。信仰の在り方になんらかの変化をもたらしても不思議ではないのだ。
茶の間に座り霊夢が淹れたお茶を口に運んだ。うまいが、葉っぱはうちのものなのでもちろん自画自賛だ。
「信仰を集めることよりも、信仰を取り戻す方法を考えるべきだね」
「それってなにが違うのよ」
「別の信仰を集めるのではなく、元ある信仰を立て直すってことさ」
「ずいぶん簡単に言ってくれるわね」
霊夢は小さく眉を吊り上げたが、そういう台詞は努力をしてから言ってほしいものである。
「簡単さ。特に幻想郷においてはね」
「もったいぶらないでくれるかしら」
あからさまに睨まれた。わかっていたことだが今日の霊夢は機嫌がよろしくない。相当例の油揚げが好物だという八雲紫の式にこき使われたのだろう。
この巫女は自分から異変に首を突っ込むくせに、強制されるのは嫌いなのだ。実に自分勝手な巫女だ。霊夢との付き合いも長いしこういった感情を隠さない性格は知っているが、ちょっとは隠す努力もしてほしい。円滑な人間関係を築く上で細かい気配りは大切だ。といっても相手が人間の場合なので、周りに妖怪ばかりが集う霊夢にはいまいち気づきにくいのかもしれない。ふと思い返すと霊夢は元からこんな感じだった気もするが、それはそれでむしろ問題か。
「それじゃあ言うけど、信仰を取り戻したかったら奇跡を起こせば良い」
「その奇跡を起こすための信仰心が足りないと言ってるのだけど……。それに私にはそんな能力ないわ」
神は信仰により力を増し、その力を発揮する。それが人々に恩恵としてもたらされる奇跡、すなわちご利益なのだが、信仰の要諦がなにかというと話はまた違ってくる。
そして霊夢は巫女の起こす奇跡について何か勘違いをしているようだ。
「霊夢、君はもう少し自分でも考えてみるということを……まぁいいか。じゃあ一つ聞くけど、奇跡ってなんだい?」
「え?うーん、干ばつの時に雨を降らせたり、洪水を止めたり、人を生き返らせたり?」
「最後の一つはちょっと違うが、まぁそんなところかな」
一息入れるためにお茶を啜った。霊夢もようやく頭を働かせ始めたようだ。相手の言うことを理解しなければただの自己主張の場になる。会話は互いの意図を読み合うことで初めて成立するのだ。
「奇跡的なことと奇跡の違いについて考えてみようか。奇跡的という言葉は統計的に起こりえる確率が低い事象をいい、奇跡は人智を超えた神の力の顕現をいう。けど実はそれだけじゃなくて、奇跡的な現象は奇跡を内包しているんだ」
空中に指で大きな輪を描き、その中に小さな輪を描いた。
「つまり神様が奇跡を起こさなくても、奇跡として認識されることがあるってことね?」
「ちょっと違うな。奇跡は全て神様が起こすけど、神様が認識されなきゃそれはただの偶然として扱われるってことさ」
「なんかややこしいわね。それにそれが信仰となんの関係があるのよ」
「信仰を立て直す方法を考える上で、信仰の発生を知ることは重要だよ」
霊夢が来た時より窓からさす日の光の角度が緩やかになっていた。そろそろ日も落ち始める頃だ。魔法の森の入口に位置するこの店は、夜に近づくにつれて森の闇の深淵に引きずり込まれるように暗くなっていく。森の中で生活する者達が普段どうしているのか気になるが、こんな所に住むのは元々暗がりが好きな者か、自分で輝きを放てるから気にしない者かのどちらかだ。僕はどちらかというと前者だが、明るいのも嫌いではないので両方を享受できるこの場所に住んでいるのだ。
今は話に集中したかったので少し早いが部屋に明かりを灯した。霊夢は長居は当然とばかりに戸棚から煎餅を取り出していた。これで今日の利益はめでたくマイナスとなった。
「さっきも言ったけど奇跡とは神の力が現世に介入した時に使われるが、例えば干ばつは本来は旱魃と書き、ひでりの神が自然界にもたらす現象を指す。定義から言えば奇跡と呼べそうだが、どうかな?」
「違うわね」
「そう、水がないと生物は死んでしまうし、逆にありすぎて洪水になってもそれを有難がる生物なんていない」
妖怪や妖精にはいるかもしれないけど、と付け加えた。
「神様だけでは条件としては不十分だ。神の救済が認識されて、初めて奇跡と呼ばれるようになるのさ」
「でも奇跡がなくったって信仰は生まれるわ」
思いついたことを口にした霊夢に僕は軽く頷いた。霊夢の言うことはもっともだ。しかし、それはあくまで信仰を一元的に見た場合の話だ。物事はたいていいくつかの条件が重なって発生、維持、消滅を繰り返す。今回は大勢の人間から強い信仰心を取り戻すという条件があるため、それを踏まえた上で考えていく必要があるのだ。
「神の人気とはすなわちご利益であり、いかに密接に生活に関わっているかが重要なんだけど、日本は多くの神を等しく祀るために特定の神に重きを得る信仰というのはあまりない。だから強い信仰心を集めるとなると、人の心、生活、大きく言えば人生の根深い部分に関わっている必要があるんだ」
「ご利益だけじゃ駄目なのかしら」
「強い信仰を作り出すためには強く望むきっかけも必要ってことだよ」
「ああ、それが災いと奇跡ってことね」
霊夢も納得がいったようで少し晴れやかな顔になった。偏った解釈のままだが、間違いではないので黙っていた。
たとえ恒常的に平和な状態が続いたとしても、望むことを放棄したとき叶う確率はゼロになる。昔の人はそのことを知っていたからこそ、自らを戒め神のご利益に祈りを捧げた。そしてその信仰が、いつしか習慣化したのだ。平和であるほど堕落するのはしかたのないことだが、安穏とした生活を続けることで自分やその周りの世界を見つめることが少なくなるのは生への無関心を表す。神とは全ての名前のあるものに宿りどこにでも存在するが、神への信仰心は自らの心の中にしか存在しかない。一度失われた信仰を取り戻すには人の本質、すなわち魂を揺り動かし、自分自身に目を向けさせる必要がある。己を見つめなおすことこそ認識の再構築であり、つまりは信仰の再生に繋がるのだ。
「じゃあ、例えば里を危機から救えば強い信仰が生まれるのね」
「その場合はそうなるね」
「って、異変なんていつも解決してるじゃない!どうして信仰が集まらないのよ!」
「それは今の幻想郷に欠点があるからさ」
「欠点?」
霊夢は意外そうに小首を傾げた。どうやら吸血鬼異変以降に取り決めた約束事になんの問題もないと思っていたのだろう。あれだけ様々な異変を解決してきて気付かなかったのだから驚きだ。
まぁ正確には欠点というか、霊夢一人が被っている不利益なのだが。
「考えてもみろよ。妖怪と人間の数を保ちつつ擬似的な災害を起こすのが今の異変だけど、あくまで解決が前提なんだ。それでは厄としての機能を果たさない。里の人間が脅威を感じなければ、救われたとすら思わない」
「そんなこといったって、人間に被害が出ないようにするのが私の役目だし、それは譲れないわ」
「なにも僕は里の人間は切迫するほどの危機に陥るべきだ、なんて言ってないよ」
「そんなこと言ったらあの石頭が黙っちゃいないわね」
石頭が誰のことかわからなかったが聞かなかったことにした。小さな疑問にいちいち答えを求めていたら幻想郷では生きてはいけない。
「だから災い、奇跡、信仰のサイクルに頼るのはやめたほうが良い。そもそも人間の危機を待つこと自体後ろ向きな考えだしね。人間が強く望むこととは、死や貧困などの恐怖からくる負の欲求の解消と、到達や達成などの願望からくる正の欲求の解消の二通りだ。救済とは、このどちらかを人々に与えることを指す」
「つまり災いから人々を守る以外にも方法があるってことね」
「幻想郷では神の実在は普遍的な真実だから、今さらそれを里の人間に問う必要はない。重要なのは神を信じさせることではなく、実在する神がいかに信頼できるかということだ。そのことを人々に実感させる上で、奇跡の事実を伝えたり、書物に書き記したりしても効果はあまり期待できないだろう。そこで僕は、人間に神の奇跡を直接的に体験させるのが良いと考える。人間は主観で体感した感覚を理性的に捉える生き物だからね。百聞は一見にしかずってやつさ」
「話が一巡したけど、やっと本題ね」
霊夢がお茶を入れ直し始めたので、ついでに僕の分も淹れてもらった。
「それでその奇跡の中身ってのはなんなの?」
どうやら今回の話に心底興味をひかれたようで、霊夢は初めて童話を読み聞かせられた子供のような瞳を向けてきた。それもそのはず、前々から困っていた悩みの種が今解消しようというのだ。僕の回りくどい話にやきもきするのは仕方がない。
ただ、僕はこういうときに決まって敢えて回り道をする。それは別にいじわるがしたいのではなく、物事は結論を急がず順を追って考えなければならないという人生の教訓を示しているのだ。じれったがる霊夢を見ても楽しくなんかないし、答えを提示する側の優越感に浸っているわけでも決してない。
「僕が勧めるのは神を祀る儀式、神遊びさ」
「神様となら遊んでるわ」
「弾幕ごっこじゃ信仰心を取り戻すことはできないよ」
「じゃあなにをしろっていうのよ」
霊夢は前のめりになって聞いてくる。急かされるのは嫌いだが、流石にもう良いか。
「僕はね霊夢。君に舞を踊ったらどうかと言っているんだよ」
「舞って……巫女神楽のこと?」
「巫女の舞といったら普通そうだろう」
自分で言いながらも霊夢が念仏踊りでお守りを売る姿も不思議と違和感はなかった。
「今って奉納の時期だったかしら」
「僕が言っているのは様式化する前の巫女舞のことだ。そもそも君の行う儀式はいつも略式だったり自分流だったりですぐ終わるものばかりじゃないか」
今までの態度を非難したつもりだったが、当の霊夢はきょとんとしている。霊夢自身は自分のアイデンティティのように感じている節があるのかもしれない。
「卑弥呼の時代から巫女が神の声を知り人々に伝えることが奇跡とされてきたし、それは今でも変わらない。本来の巫女の力を発揮するだけなんだから簡単だろう?しかも幻想郷には神様も多いしね」
「踊らなくったって神様の話くらい聞けるわ。それにこれでも伝えてきたつもりよ?……たまにだけど」
たまになのか……。自覚があるなら自分で気付いても良さそうなのだが、ここはきちんと説明しておくべきだろう。
「たしかに霊夢は神との会話に儀式的な祈祷を必要としないけど、過去にも君のような力を持った巫女はいたよ。それでも彼女達は舞を踊ることで神の啓示を人々に伝えてきた。それには、神楽が奇跡と呼ばれる理由が存在したからなんだ。神楽とは神が宿る場、神座から転じて生まれた言葉だと言われている。巫女は舞によって自らの意識を無と有の境界に置き神が入ってくる場を作るが、その場とは巫女の体だけではなく、儀式を執り行う空間そのもののことなんだ。つまり、見ている人間達も巫女の意識に限りなく近づき、神を受け入れる準備をする。巫女と感覚を共有することは普通の人間にとってはまさに神秘であり、その状況を作り出す舞を奇跡の瞬間と捉える。さらに神楽の効果により正の欲求の解消のきっかけを掴むという体験が、巫女と神の同一視に繋がって信仰となるのさ」
「要するに雰囲気も大事ってこと?まるで集団催眠ね」
巫女がそんなことを言っては元も子もない気がするが、確かに宗教にそういう側面があるのは認めざるを得ないだろう。
主観とは、唯一無二ものだ。時間と空間は常に不可逆なのだから、自分が見た光景は絶対に他の人と重なることはない。ではなぜ信仰という同一の認識が生まれるのか。集団における主観の調和が正しさと捉えられたとしても、自分の認識、他人の認識が正しいと誰が証明できる?僕には信仰こそが人間を創造した神の奇跡のように思えてしまう。ただ、何かを美しいと思う心は普遍的ではないにしろ誰にでも理解することができるので、そういう意味でも舞は非常に効果的だ。芸術もまた信仰と呼べるのだから。
「普段弾幕に使っている力も使えば素晴らしい舞が踊れると思うんだが、たまには戦うこと以外に力を使ってみたらどうだい?」
「それで本当に信仰は取り戻せるのかしら」
「巫女への信仰はすなわち巫女が仕える神への信仰だからね。君はもっと神の代弁者としての意識を持つべきだと思うよ」
博麗神社が幻想郷の境界であることには変わりはない。たとえ信仰に無関心であっても、その認識は常に存在する。都合の良いことに、人間は普段意識しなくとも根底にある認識が容易に信仰の根拠となりえるのだ。
さらに閉鎖的な環境では一度慣例化したことは掟へと昇華しやすい。神聖視した対象を集団で崇め奉るようになれば、いずれ習慣化し、最後には信仰となって人々の間に根付くのだ。また、対象が博麗神社のご利益ではなく巫女の存在であってもなんの問題もない。ご利益への信仰は後々巫女が広めれば良いのだ。
どうやら霊夢はまだ結論を渋っているようでうんうん唸っている。それもそのはず、巫女神楽は数ある祓いや除魔の動作を決まった形式に沿って繰り返し、その一つ一つが重要な意味を持つためかなりの練習が必要だ。修験の由来とも関わっていることを話してもよかったが、つらく厳しい印象を与えかねないのでやめておいた。今のところ面倒くさいという気持ちが押しているようだが、興味を抱いているのも確かだ。もうひと押しというところか。
「そもそも僕は神楽も考慮してその服を作ったんだからね。袖が長いのだって振った時により美しく見せるためだ」
「初耳なんだけど」
そう言いながらも霊夢は自分の巫女服をまじまじと見始めた。なんというか、自分で作ったものに改めて評価の目が入ると少し恥ずかしい気もする。
「それに霊夢の舞を見たいと思う者は大勢いるだろうしね」
「どういう意味かしら」
褒めたつもりがおかしな意味で取られたようで聞き返されてしまった。どうも僕は人を褒めることに向いていないようだ。
「……霖之助さんはどうなの?」
「どうって、何がだよ」
「私の舞を見たいかってこと」
「……どうかな」
平静を装ったがわずかに湯呑を持つ手が動いてしまった。気付かれていなければいいが。
むろん最初は奇跡と信仰の関係について真面目に話していたし、内容も嘘は言っていない。ただ、話しているうちに霊夢の舞に個人的な興味を持ちどうにか踊らせられないかと話の方向を意図的に誘導したのは事実だ。なにしろ気まぐれの妖怪退治以外滅多にその力を発揮しようとしなかった霊夢が真摯に巫女の勤めを果たし、見世物まで披露してくれるというのだ。幻想郷中を探してもこれほどの興はないだろう。魔理沙がいたら早々に茶化していたに違いない。
「霖之助さん、これとっても素敵ね」
あさっての方向を向いて知らぬ顔をしていると、いつの間にやら移動した霊夢が戸棚から何かを取り出していた。
「それは…!!」
僕は驚いて霊夢が持つ輪っかを見た。霊夢がしげしげと見つめるそれは、貝輪と呼ばれる貝でできた美しい腕輪だ。貝輪は日本最古の装飾品の一つであり、古代人が作ったとは思えないくらい出来が良く、また自然そのものを切り出したような美しさを持つ貴重な品だ。僕がわざわざ店先には置かず戸棚にしまったお気に入りの物だが、霊夢にしてみればたまたま開けた戸棚にたまたま奇麗な物が入っていたのだろう。相変わらずこの巫女の勘の良さは神がかっている。
もちろん霊夢は僕の先ほどの真意もすでにわかっているのだ。じっと見つめる瞳が催促を促しているのがはっきりわかる。言わなければいつものように持っていかれるに違いない。さすがに今回は陳列している商品を持っていかれるのとはわけが違う。いつ手に入るかわからない代物なのだ。羞恥心や意地よりはるかに優先度は高い。
「……わかった、降参だ。僕は君の舞が見たいよ。きっと奇麗だろうからね」
「正直者は救われるわ」
霊夢は笑みを浮かべて貝輪を戸棚に戻した。我が子が人質に取られて要求を飲まない親はいまい。安堵の溜息をつく僕とは裏腹に、霊夢は鼻歌なんか歌いながら部屋を物色しはじめた。どうやら解決の糸口が見つかったことで機嫌が良くなったらしい。気分の浮き沈みが激しいのは知っているが、今日は特にその変化が顕著なようだ。
あらかた僕のお気に入りを見た後に、霊夢はくるりと振り返った。
「まぁ鎮魂の意味ではやってもいいかもね。霖之助さんの魂って、いかにも不安定そうだもの」
「それはどうも」
一度外の世界に行きかけたことを言っているのかと思ったが、その事を知るのは八雲紫だけだし、彼女が霊夢に教えるとも思えないので僕への素直な感想だろう。日頃からそんな風に見られていたと思うと少し心外だった。
もう外は暗くなっていたので泊っていっても良いと言ったが、霊夢は神社に帰って調べたいと言って帰っていった。店に来た時とは打って変わって上機嫌な様子だったので、夜道で妖怪が霊夢に出会ってしまっても理不尽な攻撃を受けずに済みそうだ。
それにしても霊夢が博麗神社で執り行われていた神楽について調べると言い出したのは意外だった。これは良い傾向かもしれない。霊夢は巫女としての知識はあるし僕が知らない世界観も持っているが、博麗神社そのものに関する知識は明らかに不足している。むろん古代日本の巫女神楽について知るならば幻想郷が出来るよりも以前まで遡らなければならないが、順を追うなら博麗神社について調べるのが妥当だろう。僕が教えてやっても良いのだが、口伝えではどうしても情報の齟齬や欠落が生じるため、やはり霊夢自身が幻想郷の歴史を調べる必要がある。人の寿命は短いため、もっと積極的に知識を集めなければ理解する脳が先に老いてしまう、というのは余計な心配だろうか。
それに舞は、巫女自身が生の活力にあふれている時に行うのが最も良い。
神楽の効果には鎮魂と魂振というのがある。勘違いしている人も多いが、鎮魂とは死者の魂を鎮めることではなく、本来は生者の魂をこの世に繋ぎ止めておくことをいう。そして魂振とは文字通り魂を振って揺り動かし、励起させることだ。鎮魂により魂は肉体に強く定着し、魂振により生の活力を得る。それこそが正の欲求の解消のきっかけとなるのだ。では、神楽を見るだけで魂に影響を与えるかというとそうではない。魂に干渉できるのは、同じ魂だけだ。つまり、神楽とは巫女との魂の触れ合いの場なのだ。巫女の魂が強いほど生者はその影響を受ける。もしかしたら、巫女の美しい魂を生者が魂の目を通して見ることで、自分もより美しい魂でありたいという省みる心が生まれ、結果として生への活力になるのかもしれない。人の振り見て我が振り直す、とは魂振にこそふさわしい言葉であろう。
窓から外を覗くと満天の空に星が輝いていた。神楽を舞うなら、このような美しい夜が良い。霊夢の舞う姿はきっと幻想的な光景に違いない。人々の幻想を喚起することこそ信仰を作り出すことであり、しいては幻想郷を維持することに繋がるのだと、僕は思う。
ただもう少し改行をしたほうが読みやすいかなー
会話と本文の間を一行空けるとか。それで大分見やすくなると思います
誤字 白麗神社→博麗神社
文字が詰まってて少し引いてしまいましたが読み出したらしっかりと内容ができていて面白かったです
>続きはたぶん書かないと思うので 気になるので書いてくださいお願いします(土下座
読んでいて引き込まれるには十分な雰囲気はしっかりでていたと思います。
> あの石頭
慧音のことかぁ!
神楽を舞うことを決意したのは霖之助の「見たい」って一言が決定打だよね
すっかり上機嫌な霊夢可愛いよ霊夢
でもSSというより論文を読んでるような気分でしたw
脳内で補完するには、この作品はかたく感じたので補完失敗しそうです。
ただ重要な単語だけに誤字がもったいなかったかな
長々とした文章をきちんと読んでくれて嬉しい限りです。
誤変換は痛かったですね…。
>ただもう少し改行をしたほうが読みやすいかなー
改行については他の方と見比べて一度悩んだのですがわざと入れませんでした。
なるべく原作に近づけたかったのもありますが、一般小説はたいてい改行はしないものです。
本を開いて文字の羅列に倦厭して活字離れする人が周りに多かったのであえてこういう形式にしてみました。
ネットの投稿小説くらい気軽に読みたいという人には少し嫌気を感じさせてしまったかもしれませんね。
まぁ試験的なものなので今回は許して下さい。
>でもSSというより論文を読んでるような気分でしたw
参考文献も載せようかなw
若干香霖がフランクになり過ぎたりした感じも見受けられましたが、舞と信仰に関する考察としては非常に面白いと思いました。
続きである霖×慧の脳内補完に失敗しましたので責任を取って続k(ry
神楽の蘊蓄では、思わず唸ってしまったwまだまだ知らないことって多いんだなぁ。
素直に面白かったです。
上機嫌な霊夢かわいいよ霊夢
霊夢の舞をぜひ見て見たい
改行については、自分個人としては(耐性があるせいか)そこまで気にしませんし、一般小説はそんなに改行しないというのも分かります。しかしネット上で、一般小説のようにするのはちょっと控えた方がいいかもしれません。現に他の人の作品と比べると、やはり見やすさが違いますから。あまり文章も書かない身でこういったことを言うのもなんですが、一つの意見として述べさせてもらいました
文章自体はとてもしっかりしていて、読みやすかったです
次回作を楽しみにしています
てかうもれすぎw