ここは紅魔館。
時おり聞こえる少女の悲鳴は、中に住んでいる悪魔が少女を生きたまま喰っているからだと噂され、紅魔館は悪魔が住む館として人からも妖怪からも恐れられていた。
そして今日も少女の悲鳴が木霊する・・・
「い、痛いです!いきなりナイフを二本も頭に刺すなんて、咲夜さん、あなたは正気を失っています。どうか落ち着いてください!」
そう。紅魔館から聞こえる悲鳴というのは中国というアダ名が定着するあまり、本気で彼女の名前が中国だと勘違いされていることもある中国風の少女、紅美鈴が咲夜にお仕置きされてあげる悲鳴であった。
「美鈴・・・この私に正気を失わせているのが他ならぬアナタだってことは理解できているのかしら?」
「もうしわけありませんでした!!」
紅美鈴は紅魔館の門番だ。
しかし彼女は最近門番として役に立っていないのである。
図書館目当ての魔理沙にマスタースパークで吹っ飛ばされることは半ば挨拶代わりのようなものになっているし、その魔理沙を追ってきたアリスにも負けることが多い。
「まあ、魔理沙はしょうがないと思うわよ。彼女が来ることはフランドールお嬢様もパチュリー様も喜んでるみたいだし、なんだかんだでアリスも魔女仲間としてはいい話相手になってるみたい・・・でもね、美鈴」
「ハ、ハイ!なんでしょうか?」
「犬猫だけに飽き足らず、悪餓鬼の侵入を許すことはどういうことかしら?」
「咲夜さん、奴らを侮ってはいけません。あの気配の消しっぷり、巧みな策略はもうお見事ととしか」
「お黙り!」
美鈴は三本目のナイフを生やすことになった。
一昨日は美鈴が居眠りをしている時に犬が侵入し、昨日はたまたま近くに来た妖精メイドと話し込んでいる隙に猫に侵入され、今日は近所の悪餓鬼に「お姉さん美人だね!そんなお姉さんにお願い。ちょっとだけでいいから中に入れてくれないかな~?」という見え見えのお世辞に気をよくし美鈴自ら案内役を買って出るという暴挙にでた。
ちなみに侵入者は全て咲夜が撃退済みである。
「最近のあなたはたるみ過ぎているわ!もう、あなたの存在価値はお嬢様方のお馬さんごっこの馬役を務める事しかないのかしら」
「あの、咲夜さん・・・鼻血でてますけど」
「別に私が馬役をやりたいだなんて思ってないわ。ええ、思っていませんとも」
「咲夜さん・・・今度は血涙が」
「今そのことは関係ないでしょ!いい?美鈴、今度誰かの侵入を許したらナイフ三本どころか、針ネズミになってもらうから覚悟しておきなさい」
「イ、イエス、マム!」
「じゃあ、お尻をこっちに向けて」
「え?こうですか」
ぷりんとした形のいいお尻を咲夜に向ける美鈴。
そのお尻を咲夜はぺしん!とひっぱたいた。
「痛い!咲夜さん!?」
「全く、体だけは立派なんだから」
最期のは完璧にジェラシーである。
ちなみに咲夜さんのムネはPADなどではありません。PADなどではありません。ここ、大事なので二回言いました。
咲夜が去ったあと一人取り残された美鈴は考える。
(確かに最近の私はたるみすぎかもしれない・・・もっと強くならなければ!)
そうすれば咲夜さんにもいいように折檻されることはなくなるだろうと思い、美鈴は早速行動に移すのであった。
「で、あなたが強くなる方法とは漫画を読むことなの?」
「何をおっしゃいますかパチュリー様!私はこの漫画から強くなることを学んでいるのです!」
強くなる決心をした美鈴がとった行動は、図書館で漫画を読むといったものである。
「その漫画って、登場人物が気まぐれで地球を破壊したり、人が死んでも何回も生き返る漫画でしょ。面白いけど現実的な強さではないと思うわ。せめて読むなら白熊を素手で殺ったり、やたら強い死刑囚が後半出番無くなる漫画にしなさい」
「パチュリー様、そっちも十分に現実的な内容では無さそうなんですけど・・・でもですよパチュリー様、こういう漫画を読むとなんか強くなった気がしませんか?」
「強くなる気がするって単なる思い込みじゃない。・・・気がする・・・思い込み・・・」
「どうしました?」
「いえ、案外思い込みも馬鹿にできないのかも・・・ちょうどいいわ、あれを試してみましょうか。小悪魔!あの本を持ってきて頂戴!」
パチュリーがそう言ったあと、しばらくして小悪魔が本を持って現れた。
「おまたせしました」
「ありがとう小悪魔」
そう言ってパチュリーが受け取った本の題名には
『レッドキングでも出来る催眠術!』
と書かれていた。
「あのパチュリー様、その本は?」
「これは魔理沙が持ってきた外の世界の本らしいのだけど、面白そうだから借りてみたの」
そう言いながら本を読んでいたパチュリーはおもむろに糸のついた五円玉を取り出す。
「まずは簡単な実験から。美鈴、この五円玉に意識を集中させて」
「は、はいっ」
「いくわよ」
そう言ってパチュリーは五円玉を左右に振りながら
「あなたは猫になる、あなたは猫になる」
と呪文のように唱え始めた。
すると揺れる五円玉にあわせて視線を動かしていた美鈴が急にガクッとうつむいた。
そして固唾を呑んで見守るパチュリーと小悪魔の前で美鈴は顔を起こし一言。
「にゃ~ん」
と言った。
「成功ね!」
「わ~かわいい!」
喜ぶ小悪魔が美鈴の喉をまでるとゴロゴロと本物の猫のように嬉しそうに擦り寄る。
小悪魔は猫美鈴が気に入ったようだった。
「パチュリー様、もう美鈴様はこのまま猫として飼いましょうよ」
「その提案は魅力的だけど、この実験は元に戻せてから初めて成功と言えるのよ」
惜しい気持ちを振り払い、再度五円玉を猫美鈴の前で振り始めた。
「さあ美鈴この五円玉をってちょっと、じゃれつかない!小悪魔抑えて!」
「にゃっにゃっ!」
「は~い。さあ美鈴様ちょっとおとなしくしましょうね~」
小悪魔に美鈴を抑えてもらい再度五円玉を振り始める。
「あなたは元に戻る、あなたは元に戻る」
そしてさっきと同じようにうつむいた美鈴が意識を取り戻すと見事元に戻っていた。
「美鈴、催眠術は見事成功よ!」
「本当ですか?私には全然記憶が無いですけど」
「今回かけたのは本人には分からないタイプのものだったから。それでは本題にはいるわ」
「はい!私を強くするということですね」
「ええ、美鈴、あなたは理想の強い自分を思い浮かべなさい」
「強い自分・・・」
美鈴はどうすれば強くなるかを考えた。
自分が強くなるにはまず痛みに強くなればいいのではないか?そうすれば咲夜さんのナイフに刺されても泣くことはなくなるし、マスタースパークを撃たれても、体が動く限り反撃できる。それに自分の打撃も痛みに強くなればより強力になるのではないか。
「大丈夫ですパチュリー様。お願いします」
「それでは、美鈴、あなたは理想の強さを手に入れる、あなたは理想の強さを手に入れる」
(私は強い自分になる。痛みに強い自分にな・・・る・・・)
美鈴は意識を失う・・・そして
「どう美鈴、生まれ変わった気分は」
「ふっ、ふはははははは!!最高ですよ!」
今日ここに新生紅美鈴が誕生した。
翌日、咲夜は見回りをしていた。
妖精メイド達は目を離すとすぐにお喋りを始めてロクに仕事をしないためしっかりと様子をみなければならない。
サボっている妖精メイドをみつけてはお仕置きをしなければならないのでメイド長も大変である。
お仕置きの内容がムネまさぐったり、お尻をなでたりすることなのはセクハラの域に達しているが、咲夜はこれはあくまでも紅魔館の為だと割り切っている(思い込むようにしてる)さすがメイドの鏡。
こんなことされてた妖精は普通なら辞めていきそうなものなのだが、お仕置きされるほうもまんざらではなさそうなので今日も紅魔館は平和だ。
館の中の見回りを終えた咲夜は外の見回りに移る。
そして門の前にありえないものが存在していることに気がつく。
「こ、これは布団!?」
そう紅魔館の門の前に布団が敷いてあるのだ。
そしてその中に寝ているのは門番の筈の美鈴であった。
このありえない光景に、咲夜はとりあえず靴を脱ぐとおもむろに布団にもぐりこみ美鈴の隣に添い寝した。
「咲夜さん、ここは突っ込む所だと思うのですが」
「甘いわね美鈴、この私があなたの思いどおりの行動をそうやすやすと取るものですか」
美鈴の寝顔かわいかったとか、この布団いい匂いがするとか、パジャマはパンダさん柄ねとか、いろいろ堪能しながらも咲夜はこの非常識で鳥頭な門番の教育をしようとナイフをとりだす。
しかしナイフをチラつかせればいつもは怯える美鈴が、今日は余裕たっぷりで不適な笑みを浮かべてすらいる。
「なにがおかしいのかしら?自分が針ネズミになるのがそんなに嬉しいの?」
「咲夜さん、もう、私は昨日までの私とは違うんです!」
そう言うと美鈴は布団から跳ね起き、素早く咲夜との距離をとる。
「あらあら、私に逆らおうとするなんてあなた相当頭にきちゃってるのね。それなら体に直接教えるしかないようね!ハァハァ」
美鈴にあんなことやこんなことをする妄想に鼻血を垂らしながらも、本人の言うとおりに昨日までとは違う事に気がついていた。
(まるで今までとは違う!いったい何があったというの!?)
戸惑いながらも様子を見るために牽制のナイフを一本放つ。
しかし美鈴は笑っている。そしてあろうことかそのナイフを避けずに自ら受けた。そう、自分の力を見せ付けるように。
「なっ・・・」
正直咲夜は驚いた。
今までの美鈴はナイフ一本刺されれば、びーびー泣き出していたのに今の美鈴はナイフが刺さっていても笑っている。
「ふっ!効きませんね。こんなナイフなんて気持ちいいくらいですよ」
「そう、それならもう少し痛めつけてあげましょうか!」
そう言って新たに四本のナイフを美鈴の頭目掛けて放つ。
しかし、またも避けずにナイフを素直に受ける。
鮮血にまみれながらも美鈴は今だ笑っていた。
「咲夜さん」
「ヒィ!」
不覚にも恐怖してしまった自分を恥じた。しかし、血にまみれながらも優しく微笑んで近づいてくる美鈴はまるで修羅のようである。
動けないでいる咲夜に美鈴は近づくと優しく顎に手を伸ばし瞳をのぞきこみ囁く。
「なに、そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。別に下克上とか考えてませんし、これからは真面目に門番もやります。ただ今日のところは私が生まれ変わったことを知って欲しかった。それだけです」
そう言うと咲夜から離れ、門の前に仁王立ちになる。
「お時間取らせてしまってすみませんでした。あっ、布団はそのままでいいですよ。後で片付けますので」
「ふ、布団ぐらいなら片付けてあげるから、とにかくさぼらないでよ!」
咲夜は半ば逃げるように布団を持ってその場を離れた。
振り向きざまに美鈴を見てみると、頭にはナイフが5本刺さったままであった。新記録更新である。
その後の美鈴の活躍は目まぐるしかった。
いつもどおり魔理沙が挨拶がわりに撃ってきたマスタースパークを耐え切った美鈴は魔理沙が放つ弾幕を受けながらも鬼気迫る戦いを見せ、見事撃退し、その後に現れた侵入者や噂を聞きつけてやってくる挑戦者を美鈴はことごとく撃退し続けた。
あくる日、紅魔館の庭でパチュリーは魔理沙とアリスの三人でお茶会をしていた。話題は強くなった美鈴のことである。
「いやー美鈴があそこまで強くなるなんて思ってもいなかったぜ」
「そうね、魔理沙が美鈴に中に入れてくれるのをお願いする光景なんて、見れるとは予想外だったわ」
魔理沙とアリスは美鈴に、パチュリーにお茶に誘われたので中に入れて欲しいと頼んで入れてもらったのだ。
えらそーに、確認を取ってくるから待ってろと言っていた姿を思い出しているであろう魔理沙は、腹立たしさとともに悔しさも感じているようである。
「八卦炉ちらつかせると怯えるアイツは面白かったのになー。勘弁してください~とか言ってたのに、今だと目輝かして向かってくるぜ」
「魔理沙、そんなことして遊んでたの?あいかわらずに外道ね」
(でもそんな外道な魔理沙も素敵!)
そんな会話をしている魔理沙とアリスを傍らにパチュリーは不適に微笑んでいた。
「何笑ってんだよパチュリー?ついに頭の中にまでカビが生えたのか」
「そんなわけないでしょう。予想以上の成果が嬉しかっただけよ」
「成果って、アナタの仕業だったの?まったく、変な術でもかけたんじゃないんでしょうね」
「ええ、魔理沙に借りた外の世界の本に書かれてたことを試してみたの」
そう言ってパチュリーは催眠術について二人に話した。
「思い込みであんなに強くなるなんて、驚きだったわ」
「あの本の内容は胡散臭いと思っていたんだが、まさか本当に効き目があったとはね」
パチュリーの話に魔理沙は心底意外そうである。
「本当外の世界では面白いことが発明されているのね」
アリスもまた意外そうだったが話の内容には満足していた。
「でもさパチュリー、お前は美鈴が強くなるように催眠術かけたんだよな?」
「ええそうよ。それが?」
「あいつが強くなったのは確かなんだが何か変なんだよな」
「確かにそうね。魔理沙の言うとおりよ」
「?二人とも何が変なの」
パチュリーは二人の変という言葉に眉をしかめる。
「何か戦いが強いというよりは攻撃が効かなくなったというか・・・」
「むしろ攻撃されるのを喜んでる?」
「そうそう!そんな感じでさー、何か攻撃されて喜んでる姿を見せ付けられると本気が出せなくなるというか」
「なんか恐いわよね」
ブルブルとわざとらしく震える二人。
「確かに変ね。身体能力が上がったと言う訳ではないというの?」
「あいつ元々格闘は強いじゃん。弱かったのは打たれ弱い精神にあったと思うからそれが改善されて強くなったっていうのは正しいと思うぜ」
「ただ、攻撃されるのが嬉しいっていうのは恐いわね・・・」
どういうことだろう?催眠術をかけた時に何かミスが?
(どっちにしろ少し警戒はしておくべきね)
霊夢の腋の素晴らしさを語りはじめた魔理沙と、魔理沙に催眠術を使ってピーな事を想像するアリスをよそにパチュリーはかわいらしかった猫美鈴のことを思い出していた。目指すは、カワイイ女の子が皆猫王国。その暁にはレミィも魔理沙も私のペット・・・ああ、そこはなんて桃源郷!?やばいやばいイデはやばい。想像してたら動悸が激しくなってきちゃった。い、意識が遠のく~~~~むきゅー
その後も美鈴は快進撃を続けたが、しだいに奇行も目立つようになっていき、この前なんぞはいきなり地面に頭突きをかまし、盛大にクレーターを創って気絶していた。
さすがに心配になった咲夜は門の前に立つ美鈴に話かける。
「お疲れ様美鈴。最近よく働いてたから疲れたでしょう、たまには休んでもいいのよ?」
「ははっ、ありがとうございます。ところで咲夜さん、お願いがあるんです」
「何かしら、できる範囲でなら聞いてあげるけど」
「私に・・・お仕置きしてください!!」
「・・・エェェ~!?」
「ビンタでもいいです!お尻をひっぱたいてくれてもかまいません!ナイフでブスッとでも!あぁ、なんなら脱ぎましょうか?脱ぎましょうか!?」
「お、落ち着きなさい!お願いだから落ち着いて~」
いきなり脱ぎにかかる美鈴の鬼気迫る姿に、普段こんな事されれば輸血が必要になるぐらいの鼻血を出す自信がある咲夜であったが、この時ばかりは美鈴が強くなったと宣告してきた時を越える恐怖を味わった。
「な、なんか元気そうでよかったわ私は仕事が残ってるから行かなきゃあんまり無理しちゃだめよ」
そうまくし立てて咲夜は美鈴から逃げ出した。
「という事があったのですお嬢様。あの様子は正気ではありません」
「咲夜にそう言われるぐらいということはかなり重症ね」
あの後、咲夜は食事中のレミリアとフランドールに美鈴の様子を報告していた。
昔は地下で一人食事をとっていたフランだったが、魔理沙に会ってからは地下の外にも興味を持ち始め今では姉と一緒に食事を共にするようになっている。
ちなみに咲夜は会話をしながら妄想ができる超頭脳の持ち主なので、レミリアが座っているイスの代わりを自分が務める光景を想像していた。
一度、時間を止めてイスと自分をすり替えたことがあるが、フォークを頭に刺されてからは自重している。あの時は頭だったから助かったが、頚動脈を狙われたら命に関わるし、フランドールお嬢様に至ってはいきなり頭を吹っ飛ばされそうだ。
そんな訳で、今となっては妄想で我慢するしかない咲夜であった。
「確かに最近の門番はおかしいね。この前お姉さまと一緒にお馬さんごっこをした時も、いつもなら泣きながら恥ずかしい~とか言ってたのにすごく喜んで馬になってたから、なんだか張り合いが無かったよ」
「おそらくはパチェあたりがなんかしたんでしょうね。食事が終わったら締め上げて元に戻させないと」
「お手を煩わせます」
確たる証拠も無いのにパチュリーが犯人と決め付けられるのは、レミリアの天才的な自己解決能力の持ち主だからか、あるいはパチュリーの日頃の行い故なのか。
食事を終えたレミリアはフラン従え図書室に向かっていた。
手にはプリン。中には八意特製下剤入り。
レミリアの計画は、パチュリーにプリンを食べさせ、真相を吐かねばトイレに行かせぬという恐ろしい拷問計画である。
拷問なぞしなくても素直にパチュリーが真相を話す可能性十分にあるのだが、レミリアの天才的な頭脳はそんなこと考えていない。
館の外では嵐になっており、時折雷の光が館の中を照していた。
一際大きな雷が落ちたその時、急に背後に気配を感じたレミリアとフランは後ろを振り返った。
そこには雷の光に照らされている美鈴が居た。
雨に晒されていたようで全身ずぶ濡れ、俯いた顔は髪の毛に隠されて伺えず、髪の先からは尚も水滴がぽたぽたと落ちている。
「ど、どうしたの美鈴、そんな濡れてたら風邪ひくわよ。あ、なんとかは風邪ひかないっていうから平気なのかしら」
得体の知れぬ恐怖を感じたレミリアは怯えるフランを庇いつつ、じりじりと距離を空けようとする。しかし、美鈴のほうもじりじりと距離を詰めた来た。
「・・・・・しましょう」
「えっ?なんて言ったの」
「お馬さんごっこしましょうよお嬢様~!!」
そう言うと突然顔を上げた美鈴は腕を前に出し、何故かキョンシー風にピョンピョンと追いかけてきた。
なんというかとにかく恐い。アグレッシブな移動のわりに、顔には生気がなく目も虚ろ。しかも全身ずぶ濡れで、さながら新種の妖怪である。
「に、逃げるわよ!フラン!!」
一瞬浮かんだフランに足をかけて転んだ隙に逃げようかという外道な考えを振り切り、フランの手を引いてレミリアは駆け出した。
廊下には妖精メイド達が掃除をしていて、皆何事かと様子を伺っている。
そんなメイド達にレミリアは
「誰か!美鈴を止めなさい!!」
と命令する。
しかしメイド達は皆、屋敷の風景と化した。そう、美しい壁画の様に。
「お前ら全員クビだ~~~!!」
そう絶叫をあげながらレミリアは逃げ続けた。
図書館に向かって走り続けるが、いっこうに美鈴との距離を離せない。それどころか距離を詰められている。
ぴょんぴょん跳ねる美鈴の移動はやたらと早かった。
「このままでは・・・ひいぃ~あんなのに捕まりたくない!」
このままでは捕まる。レミリアとフランの恐怖は限界に達していた。
捕まったらいったいどうなってしまうのか・・・ヤバイ!ヤバスギル!
二人は幼児退行寸前の精神状態だった。
「お嬢様!」
そう咲夜の声が聞こえたと思った瞬間、二人は図書館の中に居た。
「大丈夫ですか?お嬢様」
「ありがとう咲夜、助かったわ」
時間を止めて図書館に運んでくれた咲夜のおかげで無事に時間を稼ぐことができた。
しかし、それも時間の問題だ。早く原因を解決しなければ。
「パチェ居るんでしょ?出てきなさい!」
と、レミリアはパチュリーを呼んだ。下剤プリンを食わせてやると誓いながら。
するとすぐに深刻な顔をしたパチュリーが現れた。
「レミィ、事情は把握してるわ」
「出てきたわね!どうせあんたが黒幕でしょ!」
現れたパチュリーにレミリアが掴みかかろうとしたその時だった。
ドシン!!
「「きゃ~!!」」
突然揺れる図書館の扉に驚いたレミリアとフランは思わず咲夜に抱きつく。
「あけてください~わたしをいたぶってください~」
地獄に閉じ込められた亡者でさえこんな声は出さないんじゃないかという美鈴の声が聞こえてくる。
そして扉をぶち壊さんという勢いで扉を叩き始めた。
ドン!ドン!ドン!ドン!
「「わ~ん!!」」
そのあまりの恐怖にレミリアとフランの精神は幼児化した。
「さくや~こわいよ~」
「え~ん」
「大丈夫です。この咲夜がついています。すーはーすーはー」
そう頼もしく答える咲夜は抱きしめたお嬢様Sの香りを過呼吸寸前まで堪能する。
ああなんて幸せ・・・おっと魂が離れるところだった。気を取り直して
「パチュリー様、どうにかしてください!」
「まずはあなたの鼻血を止めなさい」
そう言いながらもパチュリーは何か準備をしている。
「?パチュリー様、それは・・・」
「美鈴を助ける為の鍵よ」
そう言いながらパチュリーが用意したのはムチとパピヨンマスク。
「咲夜・・・二人をお願いね」
そう言いながら今だ叩かれ続ける図書館の扉を開け、そして消えていった。
「大丈夫です。パチュリー様を信じましょう」
「小悪魔・・・」
パチュリーが消えた扉の奥からは、跪け!この豚が!ああ~もっと、もっと叩いてください~などといった声に混じって、ピシッ!ペシッ!といった音が聞こえてくる。
そしてしばらくすると声も音もしなくなった。
「終わったのかしら?」
「そうみたいですね」
一向は恐る恐る扉を開ける。
扉の外では肩で息をしながらも恍惚とした表情を浮かべ、パピヨンマスクを付けたままのパチュリーと、全身に蚯蚓腫れを作りながらも幸せそうな顔で失神している美鈴が居た。
「美鈴はこれで治ったの?」
いつの間にかカリスマ溢れるレミリアスカーレット復活。
「ゼエハア・・・ええ、たぶんね」
今だ肩で息をしながらもパチュリーは答えた。
「ゼエ・・・ゼエ、今回の催眠術はとことん満足させれば解けるものだから、満足した美鈴は元に戻ってるはずよ」
「そう、お疲れ様。事情は話してもらうけどまずはプリンでもいかが?」
「あれ・・・私はいったい?それに体中が痛い~」
気がつくと美鈴はベッドに寝ていた。
なぜかここ最近の記憶があやふやで、なに故蚯蚓腫れがこんなにできたのかも記憶にない。
「気がついたのね、美鈴」
「咲夜さん・・・それにお嬢様方も」
ベッドの周りには咲夜にレミリア、フラン、パチュリー、小悪魔が心配そうにしていた。なぜかパチュリーがやたらやつれている気がするが一体何があったのだろう。
それはともかく、体は痛むものの何か憑き物が取れたようなすっきりした気分であった。
そんな美鈴の前にレミリアが歩み寄ってくる。
「美鈴、事情はパチェから聞いたわ。変な術で強くなろうなんて都合がよすぎてよ」
「申し訳ございませんお嬢様・・・」
「まあいいわ。これに懲りたら今度は自分で努力しなさい」
「ハイ、肝に命じます」
そうだ、確か自分は催眠術で強くなろうとして、それで強くなったつもりでいた。しかし、途中から記憶があやふやになってるけど、おそらく皆に迷惑をかけてしまったのだろう。やはり自分は弱いままだったのだ。強くなるためには努力あるのみ!!
「皆さん、ほんとうにすみませんでした!」
「いいのよ美鈴」
「咲夜さん・・・」
「もう痛いのが気持ちいいだなんて思わないわね?」
「そんなこと思いませんよ。痛いのは嫌いです」
「そう、それを聞いて安心したわ。今日の所はゆっくりおやすみなさい」
普段とは違う優しいメイド長の言葉に美鈴はムネが熱くなった。
「グスッ、咲夜さん・・・・」
「それじゃあ美鈴しっかりやすみなさい」
そう咲夜が言い残し一行はその場を後にした。
「うぅ・・・レミィのせいでお尻がまだ痛いわ・・・」
「やかましい!パチェが美鈴で変な実験をしなければあんな恐い目には遭わなかったのよ!!」
「お嬢様方かわいかったですよ」
その時のことを思い出して鼻血を出しているメイドが一人。
「うるさい。そんなことは忘れなさい咲夜!それよりパチェ、なんで強くなる催眠をかけられた美鈴はマゾになんかなったのよ」
「あれね、美鈴は強くなるためには痛みを克服すればいいと考えたの。それが変な方向にいった結果がマゾだというわけ」
「ふ~ん、それにしても催眠術ってすごいわね・・・おもしろそうじゃない」
(霊夢に催眠術を使えば・・・)
「確かにあれだけの効果があるのはすごいですね」
(お嬢様方に催眠術を使えば・・・あ、また鼻血が)
「フランもやってみたい!」
(今度魔理沙に使ってみよ~っと)
「いや~あれは危ないかと・・・?パチュリー様?」
懲りずに危ないことを言い始めたレミリア達を止めようとした小悪魔をパチュリーは止めた。その顔にはよからぬことを考えていそうな笑みが張り付いていた。
「興味があるなら危険が無さそうでお手軽なやつを試してみましょうか」
「本当?パチェ、そんなのあるの?」
「ええ、ではこの場で試してみるわ」
そう言うとパチュリーは糸のついた五円玉を取り出した。
「いい皆、この五円玉に意識を集中させて。あなたは猫になる、あなたは猫になる」
紅魔館のお馬鹿な歴史は再び繰り返されようとしていた。
後日、紅魔館からは時々猫の鳴き声がするようになり、その声に興味をもって館に入ったものは猫にされ、二度と戻ってこれなくなる悪魔の館と噂されたとかされないとか。
「むきゅ~幸せ~!」
時おり聞こえる少女の悲鳴は、中に住んでいる悪魔が少女を生きたまま喰っているからだと噂され、紅魔館は悪魔が住む館として人からも妖怪からも恐れられていた。
そして今日も少女の悲鳴が木霊する・・・
「い、痛いです!いきなりナイフを二本も頭に刺すなんて、咲夜さん、あなたは正気を失っています。どうか落ち着いてください!」
そう。紅魔館から聞こえる悲鳴というのは中国というアダ名が定着するあまり、本気で彼女の名前が中国だと勘違いされていることもある中国風の少女、紅美鈴が咲夜にお仕置きされてあげる悲鳴であった。
「美鈴・・・この私に正気を失わせているのが他ならぬアナタだってことは理解できているのかしら?」
「もうしわけありませんでした!!」
紅美鈴は紅魔館の門番だ。
しかし彼女は最近門番として役に立っていないのである。
図書館目当ての魔理沙にマスタースパークで吹っ飛ばされることは半ば挨拶代わりのようなものになっているし、その魔理沙を追ってきたアリスにも負けることが多い。
「まあ、魔理沙はしょうがないと思うわよ。彼女が来ることはフランドールお嬢様もパチュリー様も喜んでるみたいだし、なんだかんだでアリスも魔女仲間としてはいい話相手になってるみたい・・・でもね、美鈴」
「ハ、ハイ!なんでしょうか?」
「犬猫だけに飽き足らず、悪餓鬼の侵入を許すことはどういうことかしら?」
「咲夜さん、奴らを侮ってはいけません。あの気配の消しっぷり、巧みな策略はもうお見事ととしか」
「お黙り!」
美鈴は三本目のナイフを生やすことになった。
一昨日は美鈴が居眠りをしている時に犬が侵入し、昨日はたまたま近くに来た妖精メイドと話し込んでいる隙に猫に侵入され、今日は近所の悪餓鬼に「お姉さん美人だね!そんなお姉さんにお願い。ちょっとだけでいいから中に入れてくれないかな~?」という見え見えのお世辞に気をよくし美鈴自ら案内役を買って出るという暴挙にでた。
ちなみに侵入者は全て咲夜が撃退済みである。
「最近のあなたはたるみ過ぎているわ!もう、あなたの存在価値はお嬢様方のお馬さんごっこの馬役を務める事しかないのかしら」
「あの、咲夜さん・・・鼻血でてますけど」
「別に私が馬役をやりたいだなんて思ってないわ。ええ、思っていませんとも」
「咲夜さん・・・今度は血涙が」
「今そのことは関係ないでしょ!いい?美鈴、今度誰かの侵入を許したらナイフ三本どころか、針ネズミになってもらうから覚悟しておきなさい」
「イ、イエス、マム!」
「じゃあ、お尻をこっちに向けて」
「え?こうですか」
ぷりんとした形のいいお尻を咲夜に向ける美鈴。
そのお尻を咲夜はぺしん!とひっぱたいた。
「痛い!咲夜さん!?」
「全く、体だけは立派なんだから」
最期のは完璧にジェラシーである。
ちなみに咲夜さんのムネはPADなどではありません。PADなどではありません。ここ、大事なので二回言いました。
咲夜が去ったあと一人取り残された美鈴は考える。
(確かに最近の私はたるみすぎかもしれない・・・もっと強くならなければ!)
そうすれば咲夜さんにもいいように折檻されることはなくなるだろうと思い、美鈴は早速行動に移すのであった。
「で、あなたが強くなる方法とは漫画を読むことなの?」
「何をおっしゃいますかパチュリー様!私はこの漫画から強くなることを学んでいるのです!」
強くなる決心をした美鈴がとった行動は、図書館で漫画を読むといったものである。
「その漫画って、登場人物が気まぐれで地球を破壊したり、人が死んでも何回も生き返る漫画でしょ。面白いけど現実的な強さではないと思うわ。せめて読むなら白熊を素手で殺ったり、やたら強い死刑囚が後半出番無くなる漫画にしなさい」
「パチュリー様、そっちも十分に現実的な内容では無さそうなんですけど・・・でもですよパチュリー様、こういう漫画を読むとなんか強くなった気がしませんか?」
「強くなる気がするって単なる思い込みじゃない。・・・気がする・・・思い込み・・・」
「どうしました?」
「いえ、案外思い込みも馬鹿にできないのかも・・・ちょうどいいわ、あれを試してみましょうか。小悪魔!あの本を持ってきて頂戴!」
パチュリーがそう言ったあと、しばらくして小悪魔が本を持って現れた。
「おまたせしました」
「ありがとう小悪魔」
そう言ってパチュリーが受け取った本の題名には
『レッドキングでも出来る催眠術!』
と書かれていた。
「あのパチュリー様、その本は?」
「これは魔理沙が持ってきた外の世界の本らしいのだけど、面白そうだから借りてみたの」
そう言いながら本を読んでいたパチュリーはおもむろに糸のついた五円玉を取り出す。
「まずは簡単な実験から。美鈴、この五円玉に意識を集中させて」
「は、はいっ」
「いくわよ」
そう言ってパチュリーは五円玉を左右に振りながら
「あなたは猫になる、あなたは猫になる」
と呪文のように唱え始めた。
すると揺れる五円玉にあわせて視線を動かしていた美鈴が急にガクッとうつむいた。
そして固唾を呑んで見守るパチュリーと小悪魔の前で美鈴は顔を起こし一言。
「にゃ~ん」
と言った。
「成功ね!」
「わ~かわいい!」
喜ぶ小悪魔が美鈴の喉をまでるとゴロゴロと本物の猫のように嬉しそうに擦り寄る。
小悪魔は猫美鈴が気に入ったようだった。
「パチュリー様、もう美鈴様はこのまま猫として飼いましょうよ」
「その提案は魅力的だけど、この実験は元に戻せてから初めて成功と言えるのよ」
惜しい気持ちを振り払い、再度五円玉を猫美鈴の前で振り始めた。
「さあ美鈴この五円玉をってちょっと、じゃれつかない!小悪魔抑えて!」
「にゃっにゃっ!」
「は~い。さあ美鈴様ちょっとおとなしくしましょうね~」
小悪魔に美鈴を抑えてもらい再度五円玉を振り始める。
「あなたは元に戻る、あなたは元に戻る」
そしてさっきと同じようにうつむいた美鈴が意識を取り戻すと見事元に戻っていた。
「美鈴、催眠術は見事成功よ!」
「本当ですか?私には全然記憶が無いですけど」
「今回かけたのは本人には分からないタイプのものだったから。それでは本題にはいるわ」
「はい!私を強くするということですね」
「ええ、美鈴、あなたは理想の強い自分を思い浮かべなさい」
「強い自分・・・」
美鈴はどうすれば強くなるかを考えた。
自分が強くなるにはまず痛みに強くなればいいのではないか?そうすれば咲夜さんのナイフに刺されても泣くことはなくなるし、マスタースパークを撃たれても、体が動く限り反撃できる。それに自分の打撃も痛みに強くなればより強力になるのではないか。
「大丈夫ですパチュリー様。お願いします」
「それでは、美鈴、あなたは理想の強さを手に入れる、あなたは理想の強さを手に入れる」
(私は強い自分になる。痛みに強い自分にな・・・る・・・)
美鈴は意識を失う・・・そして
「どう美鈴、生まれ変わった気分は」
「ふっ、ふはははははは!!最高ですよ!」
今日ここに新生紅美鈴が誕生した。
翌日、咲夜は見回りをしていた。
妖精メイド達は目を離すとすぐにお喋りを始めてロクに仕事をしないためしっかりと様子をみなければならない。
サボっている妖精メイドをみつけてはお仕置きをしなければならないのでメイド長も大変である。
お仕置きの内容がムネまさぐったり、お尻をなでたりすることなのはセクハラの域に達しているが、咲夜はこれはあくまでも紅魔館の為だと割り切っている(思い込むようにしてる)さすがメイドの鏡。
こんなことされてた妖精は普通なら辞めていきそうなものなのだが、お仕置きされるほうもまんざらではなさそうなので今日も紅魔館は平和だ。
館の中の見回りを終えた咲夜は外の見回りに移る。
そして門の前にありえないものが存在していることに気がつく。
「こ、これは布団!?」
そう紅魔館の門の前に布団が敷いてあるのだ。
そしてその中に寝ているのは門番の筈の美鈴であった。
このありえない光景に、咲夜はとりあえず靴を脱ぐとおもむろに布団にもぐりこみ美鈴の隣に添い寝した。
「咲夜さん、ここは突っ込む所だと思うのですが」
「甘いわね美鈴、この私があなたの思いどおりの行動をそうやすやすと取るものですか」
美鈴の寝顔かわいかったとか、この布団いい匂いがするとか、パジャマはパンダさん柄ねとか、いろいろ堪能しながらも咲夜はこの非常識で鳥頭な門番の教育をしようとナイフをとりだす。
しかしナイフをチラつかせればいつもは怯える美鈴が、今日は余裕たっぷりで不適な笑みを浮かべてすらいる。
「なにがおかしいのかしら?自分が針ネズミになるのがそんなに嬉しいの?」
「咲夜さん、もう、私は昨日までの私とは違うんです!」
そう言うと美鈴は布団から跳ね起き、素早く咲夜との距離をとる。
「あらあら、私に逆らおうとするなんてあなた相当頭にきちゃってるのね。それなら体に直接教えるしかないようね!ハァハァ」
美鈴にあんなことやこんなことをする妄想に鼻血を垂らしながらも、本人の言うとおりに昨日までとは違う事に気がついていた。
(まるで今までとは違う!いったい何があったというの!?)
戸惑いながらも様子を見るために牽制のナイフを一本放つ。
しかし美鈴は笑っている。そしてあろうことかそのナイフを避けずに自ら受けた。そう、自分の力を見せ付けるように。
「なっ・・・」
正直咲夜は驚いた。
今までの美鈴はナイフ一本刺されれば、びーびー泣き出していたのに今の美鈴はナイフが刺さっていても笑っている。
「ふっ!効きませんね。こんなナイフなんて気持ちいいくらいですよ」
「そう、それならもう少し痛めつけてあげましょうか!」
そう言って新たに四本のナイフを美鈴の頭目掛けて放つ。
しかし、またも避けずにナイフを素直に受ける。
鮮血にまみれながらも美鈴は今だ笑っていた。
「咲夜さん」
「ヒィ!」
不覚にも恐怖してしまった自分を恥じた。しかし、血にまみれながらも優しく微笑んで近づいてくる美鈴はまるで修羅のようである。
動けないでいる咲夜に美鈴は近づくと優しく顎に手を伸ばし瞳をのぞきこみ囁く。
「なに、そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。別に下克上とか考えてませんし、これからは真面目に門番もやります。ただ今日のところは私が生まれ変わったことを知って欲しかった。それだけです」
そう言うと咲夜から離れ、門の前に仁王立ちになる。
「お時間取らせてしまってすみませんでした。あっ、布団はそのままでいいですよ。後で片付けますので」
「ふ、布団ぐらいなら片付けてあげるから、とにかくさぼらないでよ!」
咲夜は半ば逃げるように布団を持ってその場を離れた。
振り向きざまに美鈴を見てみると、頭にはナイフが5本刺さったままであった。新記録更新である。
その後の美鈴の活躍は目まぐるしかった。
いつもどおり魔理沙が挨拶がわりに撃ってきたマスタースパークを耐え切った美鈴は魔理沙が放つ弾幕を受けながらも鬼気迫る戦いを見せ、見事撃退し、その後に現れた侵入者や噂を聞きつけてやってくる挑戦者を美鈴はことごとく撃退し続けた。
あくる日、紅魔館の庭でパチュリーは魔理沙とアリスの三人でお茶会をしていた。話題は強くなった美鈴のことである。
「いやー美鈴があそこまで強くなるなんて思ってもいなかったぜ」
「そうね、魔理沙が美鈴に中に入れてくれるのをお願いする光景なんて、見れるとは予想外だったわ」
魔理沙とアリスは美鈴に、パチュリーにお茶に誘われたので中に入れて欲しいと頼んで入れてもらったのだ。
えらそーに、確認を取ってくるから待ってろと言っていた姿を思い出しているであろう魔理沙は、腹立たしさとともに悔しさも感じているようである。
「八卦炉ちらつかせると怯えるアイツは面白かったのになー。勘弁してください~とか言ってたのに、今だと目輝かして向かってくるぜ」
「魔理沙、そんなことして遊んでたの?あいかわらずに外道ね」
(でもそんな外道な魔理沙も素敵!)
そんな会話をしている魔理沙とアリスを傍らにパチュリーは不適に微笑んでいた。
「何笑ってんだよパチュリー?ついに頭の中にまでカビが生えたのか」
「そんなわけないでしょう。予想以上の成果が嬉しかっただけよ」
「成果って、アナタの仕業だったの?まったく、変な術でもかけたんじゃないんでしょうね」
「ええ、魔理沙に借りた外の世界の本に書かれてたことを試してみたの」
そう言ってパチュリーは催眠術について二人に話した。
「思い込みであんなに強くなるなんて、驚きだったわ」
「あの本の内容は胡散臭いと思っていたんだが、まさか本当に効き目があったとはね」
パチュリーの話に魔理沙は心底意外そうである。
「本当外の世界では面白いことが発明されているのね」
アリスもまた意外そうだったが話の内容には満足していた。
「でもさパチュリー、お前は美鈴が強くなるように催眠術かけたんだよな?」
「ええそうよ。それが?」
「あいつが強くなったのは確かなんだが何か変なんだよな」
「確かにそうね。魔理沙の言うとおりよ」
「?二人とも何が変なの」
パチュリーは二人の変という言葉に眉をしかめる。
「何か戦いが強いというよりは攻撃が効かなくなったというか・・・」
「むしろ攻撃されるのを喜んでる?」
「そうそう!そんな感じでさー、何か攻撃されて喜んでる姿を見せ付けられると本気が出せなくなるというか」
「なんか恐いわよね」
ブルブルとわざとらしく震える二人。
「確かに変ね。身体能力が上がったと言う訳ではないというの?」
「あいつ元々格闘は強いじゃん。弱かったのは打たれ弱い精神にあったと思うからそれが改善されて強くなったっていうのは正しいと思うぜ」
「ただ、攻撃されるのが嬉しいっていうのは恐いわね・・・」
どういうことだろう?催眠術をかけた時に何かミスが?
(どっちにしろ少し警戒はしておくべきね)
霊夢の腋の素晴らしさを語りはじめた魔理沙と、魔理沙に催眠術を使ってピーな事を想像するアリスをよそにパチュリーはかわいらしかった猫美鈴のことを思い出していた。目指すは、カワイイ女の子が皆猫王国。その暁にはレミィも魔理沙も私のペット・・・ああ、そこはなんて桃源郷!?やばいやばいイデはやばい。想像してたら動悸が激しくなってきちゃった。い、意識が遠のく~~~~むきゅー
その後も美鈴は快進撃を続けたが、しだいに奇行も目立つようになっていき、この前なんぞはいきなり地面に頭突きをかまし、盛大にクレーターを創って気絶していた。
さすがに心配になった咲夜は門の前に立つ美鈴に話かける。
「お疲れ様美鈴。最近よく働いてたから疲れたでしょう、たまには休んでもいいのよ?」
「ははっ、ありがとうございます。ところで咲夜さん、お願いがあるんです」
「何かしら、できる範囲でなら聞いてあげるけど」
「私に・・・お仕置きしてください!!」
「・・・エェェ~!?」
「ビンタでもいいです!お尻をひっぱたいてくれてもかまいません!ナイフでブスッとでも!あぁ、なんなら脱ぎましょうか?脱ぎましょうか!?」
「お、落ち着きなさい!お願いだから落ち着いて~」
いきなり脱ぎにかかる美鈴の鬼気迫る姿に、普段こんな事されれば輸血が必要になるぐらいの鼻血を出す自信がある咲夜であったが、この時ばかりは美鈴が強くなったと宣告してきた時を越える恐怖を味わった。
「な、なんか元気そうでよかったわ私は仕事が残ってるから行かなきゃあんまり無理しちゃだめよ」
そうまくし立てて咲夜は美鈴から逃げ出した。
「という事があったのですお嬢様。あの様子は正気ではありません」
「咲夜にそう言われるぐらいということはかなり重症ね」
あの後、咲夜は食事中のレミリアとフランドールに美鈴の様子を報告していた。
昔は地下で一人食事をとっていたフランだったが、魔理沙に会ってからは地下の外にも興味を持ち始め今では姉と一緒に食事を共にするようになっている。
ちなみに咲夜は会話をしながら妄想ができる超頭脳の持ち主なので、レミリアが座っているイスの代わりを自分が務める光景を想像していた。
一度、時間を止めてイスと自分をすり替えたことがあるが、フォークを頭に刺されてからは自重している。あの時は頭だったから助かったが、頚動脈を狙われたら命に関わるし、フランドールお嬢様に至ってはいきなり頭を吹っ飛ばされそうだ。
そんな訳で、今となっては妄想で我慢するしかない咲夜であった。
「確かに最近の門番はおかしいね。この前お姉さまと一緒にお馬さんごっこをした時も、いつもなら泣きながら恥ずかしい~とか言ってたのにすごく喜んで馬になってたから、なんだか張り合いが無かったよ」
「おそらくはパチェあたりがなんかしたんでしょうね。食事が終わったら締め上げて元に戻させないと」
「お手を煩わせます」
確たる証拠も無いのにパチュリーが犯人と決め付けられるのは、レミリアの天才的な自己解決能力の持ち主だからか、あるいはパチュリーの日頃の行い故なのか。
食事を終えたレミリアはフラン従え図書室に向かっていた。
手にはプリン。中には八意特製下剤入り。
レミリアの計画は、パチュリーにプリンを食べさせ、真相を吐かねばトイレに行かせぬという恐ろしい拷問計画である。
拷問なぞしなくても素直にパチュリーが真相を話す可能性十分にあるのだが、レミリアの天才的な頭脳はそんなこと考えていない。
館の外では嵐になっており、時折雷の光が館の中を照していた。
一際大きな雷が落ちたその時、急に背後に気配を感じたレミリアとフランは後ろを振り返った。
そこには雷の光に照らされている美鈴が居た。
雨に晒されていたようで全身ずぶ濡れ、俯いた顔は髪の毛に隠されて伺えず、髪の先からは尚も水滴がぽたぽたと落ちている。
「ど、どうしたの美鈴、そんな濡れてたら風邪ひくわよ。あ、なんとかは風邪ひかないっていうから平気なのかしら」
得体の知れぬ恐怖を感じたレミリアは怯えるフランを庇いつつ、じりじりと距離を空けようとする。しかし、美鈴のほうもじりじりと距離を詰めた来た。
「・・・・・しましょう」
「えっ?なんて言ったの」
「お馬さんごっこしましょうよお嬢様~!!」
そう言うと突然顔を上げた美鈴は腕を前に出し、何故かキョンシー風にピョンピョンと追いかけてきた。
なんというかとにかく恐い。アグレッシブな移動のわりに、顔には生気がなく目も虚ろ。しかも全身ずぶ濡れで、さながら新種の妖怪である。
「に、逃げるわよ!フラン!!」
一瞬浮かんだフランに足をかけて転んだ隙に逃げようかという外道な考えを振り切り、フランの手を引いてレミリアは駆け出した。
廊下には妖精メイド達が掃除をしていて、皆何事かと様子を伺っている。
そんなメイド達にレミリアは
「誰か!美鈴を止めなさい!!」
と命令する。
しかしメイド達は皆、屋敷の風景と化した。そう、美しい壁画の様に。
「お前ら全員クビだ~~~!!」
そう絶叫をあげながらレミリアは逃げ続けた。
図書館に向かって走り続けるが、いっこうに美鈴との距離を離せない。それどころか距離を詰められている。
ぴょんぴょん跳ねる美鈴の移動はやたらと早かった。
「このままでは・・・ひいぃ~あんなのに捕まりたくない!」
このままでは捕まる。レミリアとフランの恐怖は限界に達していた。
捕まったらいったいどうなってしまうのか・・・ヤバイ!ヤバスギル!
二人は幼児退行寸前の精神状態だった。
「お嬢様!」
そう咲夜の声が聞こえたと思った瞬間、二人は図書館の中に居た。
「大丈夫ですか?お嬢様」
「ありがとう咲夜、助かったわ」
時間を止めて図書館に運んでくれた咲夜のおかげで無事に時間を稼ぐことができた。
しかし、それも時間の問題だ。早く原因を解決しなければ。
「パチェ居るんでしょ?出てきなさい!」
と、レミリアはパチュリーを呼んだ。下剤プリンを食わせてやると誓いながら。
するとすぐに深刻な顔をしたパチュリーが現れた。
「レミィ、事情は把握してるわ」
「出てきたわね!どうせあんたが黒幕でしょ!」
現れたパチュリーにレミリアが掴みかかろうとしたその時だった。
ドシン!!
「「きゃ~!!」」
突然揺れる図書館の扉に驚いたレミリアとフランは思わず咲夜に抱きつく。
「あけてください~わたしをいたぶってください~」
地獄に閉じ込められた亡者でさえこんな声は出さないんじゃないかという美鈴の声が聞こえてくる。
そして扉をぶち壊さんという勢いで扉を叩き始めた。
ドン!ドン!ドン!ドン!
「「わ~ん!!」」
そのあまりの恐怖にレミリアとフランの精神は幼児化した。
「さくや~こわいよ~」
「え~ん」
「大丈夫です。この咲夜がついています。すーはーすーはー」
そう頼もしく答える咲夜は抱きしめたお嬢様Sの香りを過呼吸寸前まで堪能する。
ああなんて幸せ・・・おっと魂が離れるところだった。気を取り直して
「パチュリー様、どうにかしてください!」
「まずはあなたの鼻血を止めなさい」
そう言いながらもパチュリーは何か準備をしている。
「?パチュリー様、それは・・・」
「美鈴を助ける為の鍵よ」
そう言いながらパチュリーが用意したのはムチとパピヨンマスク。
「咲夜・・・二人をお願いね」
そう言いながら今だ叩かれ続ける図書館の扉を開け、そして消えていった。
「大丈夫です。パチュリー様を信じましょう」
「小悪魔・・・」
パチュリーが消えた扉の奥からは、跪け!この豚が!ああ~もっと、もっと叩いてください~などといった声に混じって、ピシッ!ペシッ!といった音が聞こえてくる。
そしてしばらくすると声も音もしなくなった。
「終わったのかしら?」
「そうみたいですね」
一向は恐る恐る扉を開ける。
扉の外では肩で息をしながらも恍惚とした表情を浮かべ、パピヨンマスクを付けたままのパチュリーと、全身に蚯蚓腫れを作りながらも幸せそうな顔で失神している美鈴が居た。
「美鈴はこれで治ったの?」
いつの間にかカリスマ溢れるレミリアスカーレット復活。
「ゼエハア・・・ええ、たぶんね」
今だ肩で息をしながらもパチュリーは答えた。
「ゼエ・・・ゼエ、今回の催眠術はとことん満足させれば解けるものだから、満足した美鈴は元に戻ってるはずよ」
「そう、お疲れ様。事情は話してもらうけどまずはプリンでもいかが?」
「あれ・・・私はいったい?それに体中が痛い~」
気がつくと美鈴はベッドに寝ていた。
なぜかここ最近の記憶があやふやで、なに故蚯蚓腫れがこんなにできたのかも記憶にない。
「気がついたのね、美鈴」
「咲夜さん・・・それにお嬢様方も」
ベッドの周りには咲夜にレミリア、フラン、パチュリー、小悪魔が心配そうにしていた。なぜかパチュリーがやたらやつれている気がするが一体何があったのだろう。
それはともかく、体は痛むものの何か憑き物が取れたようなすっきりした気分であった。
そんな美鈴の前にレミリアが歩み寄ってくる。
「美鈴、事情はパチェから聞いたわ。変な術で強くなろうなんて都合がよすぎてよ」
「申し訳ございませんお嬢様・・・」
「まあいいわ。これに懲りたら今度は自分で努力しなさい」
「ハイ、肝に命じます」
そうだ、確か自分は催眠術で強くなろうとして、それで強くなったつもりでいた。しかし、途中から記憶があやふやになってるけど、おそらく皆に迷惑をかけてしまったのだろう。やはり自分は弱いままだったのだ。強くなるためには努力あるのみ!!
「皆さん、ほんとうにすみませんでした!」
「いいのよ美鈴」
「咲夜さん・・・」
「もう痛いのが気持ちいいだなんて思わないわね?」
「そんなこと思いませんよ。痛いのは嫌いです」
「そう、それを聞いて安心したわ。今日の所はゆっくりおやすみなさい」
普段とは違う優しいメイド長の言葉に美鈴はムネが熱くなった。
「グスッ、咲夜さん・・・・」
「それじゃあ美鈴しっかりやすみなさい」
そう咲夜が言い残し一行はその場を後にした。
「うぅ・・・レミィのせいでお尻がまだ痛いわ・・・」
「やかましい!パチェが美鈴で変な実験をしなければあんな恐い目には遭わなかったのよ!!」
「お嬢様方かわいかったですよ」
その時のことを思い出して鼻血を出しているメイドが一人。
「うるさい。そんなことは忘れなさい咲夜!それよりパチェ、なんで強くなる催眠をかけられた美鈴はマゾになんかなったのよ」
「あれね、美鈴は強くなるためには痛みを克服すればいいと考えたの。それが変な方向にいった結果がマゾだというわけ」
「ふ~ん、それにしても催眠術ってすごいわね・・・おもしろそうじゃない」
(霊夢に催眠術を使えば・・・)
「確かにあれだけの効果があるのはすごいですね」
(お嬢様方に催眠術を使えば・・・あ、また鼻血が)
「フランもやってみたい!」
(今度魔理沙に使ってみよ~っと)
「いや~あれは危ないかと・・・?パチュリー様?」
懲りずに危ないことを言い始めたレミリア達を止めようとした小悪魔をパチュリーは止めた。その顔にはよからぬことを考えていそうな笑みが張り付いていた。
「興味があるなら危険が無さそうでお手軽なやつを試してみましょうか」
「本当?パチェ、そんなのあるの?」
「ええ、ではこの場で試してみるわ」
そう言うとパチュリーは糸のついた五円玉を取り出した。
「いい皆、この五円玉に意識を集中させて。あなたは猫になる、あなたは猫になる」
紅魔館のお馬鹿な歴史は再び繰り返されようとしていた。
後日、紅魔館からは時々猫の鳴き声がするようになり、その声に興味をもって館に入ったものは猫にされ、二度と戻ってこれなくなる悪魔の館と噂されたとかされないとか。
「むきゅ~幸せ~!」
おぜうさまカワイイ
メイド長瀟洒
もやしっ娘むきゅー
紅魔館オワタ\(^o^)/
笑ってしまった。面白かった。全員さりげなく変態で、でも嫌味がなくて、爽やかな変態ですね。
文章のテンポが良くて、ストレスもなくすらすら読めました。
あと個人的には勇次郎ならピッコロ辺りまでなら勝てるんじゃないかなーと思いました。
それにしてもパチュリーが美味しいところを全部持っていきましたね!
猫だらけ紅魔館……うつろ猫になりたいw
大満足です。
投稿二回目なのですが、楽しんでいただけたみたいで嬉しい限りです。
>回転魔さん
確かにオワタ!
>猫兵器ねこさん
読みやすく書けていたようで安心しました。
ピッコロカワイソス。でも勇次朗のほうが強そうなのは同意w
>月柳さん
猫いいよ猫
>カオスサイコー
まだまだ精進しなければ!!
コメント返信の名前間違えてました!
しかし時折聞こえる悲鳴が美鈴からお嬢様たちに変わるわけですな。ww
なのに恐れられる存在が「いじめてくれ」とか・・・カオス!!www
ところどころカオスな文章がまじっていて飽きがこないどころか、
次はどんなネタが来るのだろうと楽しみながら読んでましたw
ちょっと猫になったお嬢様と妹様見に行ってくる
美鈴のMはマゾのM~♪