Coolier - 新生・東方創想話

愛されスキマ

2008/03/14 05:21:07
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冬の匂いと、春の匂いが混ざり合う不思議な時期。
時折吹く風はまだまだ冷たく、体の芯を凍えさせていくが、その風の中にもほのかに暖かさが感じられる。
弱弱しく照らす日の光も、どこか柔らかな熱を含んでいる。

もうすぐ冬が終わり、春が生まれる。
各地で春告精の姿も見られていると里の方では噂になっていた。

そんな春と冬の境界ともいえる頃の空を、一人の少女が飛んでいた。
トレードマークともいわれる大きなリボンと、腋があいている独特の巫女服に身を包んだ少女。
楽園の素敵な巫女と呼ばれる博麗 霊夢。
幻想郷最恐と噂される彼女は、東に妖怪がいれば追剥をし、西に困った人がいれば報酬しだいで手助けをする。そして、参拝客があれば全力で賽銭を入れさせようとするという、まさに我が道を舗装しながら進む……と言う噂が立つ、そんな少女だ。

ふらふらとなんとも不規則に飛びながら、彼女は何かを探していた。
しかし、そこから見えるものは青くそびえる木々の群れと、所々に見える白い残雪ばかり。
残雪が日に照らされて、キラキラと溶けていくのが見える。
そんな木々と残雪の群れを眺めながら、霊夢は空を飛んでいく。
ひたすらに続く森と雪の光景を眺め続けていると、唐突に木々が開けた。
小さな小さな集落がそこに姿を現した。
マヨヒガ―――大妖 八雲 紫とその式達の住む、幻と現の境界上にある場所。
そこの住居の一つに降り立った霊夢は、戸を叩き声をかける。

「こんにちは~、誰かいる~?」

どたどたとした足音と、はーいと凛とした声が中から聞こえた。
そして、音を立てて戸が開かれる。
姿を現したのは、九尾の式神 八雲 藍。
短く切られた見事な金髪の上に、狐の耳がちょこんと生えている。
見目麗しいその顔は、人間離れした美しさと、力強さ、そして厳しさを湛えており、彼女を始めて見る者は、その冷たさを感じさせる美貌に見惚れることになる。
すらりとした長身でありながら、女らしく柔らかな線を描くその体を導師服に包み、その後にふさふさと極上の毛並みを持つ尾を九本揺らしていた。
その美麗な顔と九つの尾、そして導師服がなんとも奇妙な一体感を生み出し、神域に達したその妖気が見る者を圧倒する。
だから、彼女は呼ばれているのだ最強の妖獣、九尾の狐と……
しかし、まあ、身に着けている可愛らしいエプロンが全てを台無しにしてはいるが。
黒猫のアップリケが付いたフリフリのエプロンがなんとも言えず似合っており、所帯じみた匂いを全身から発している。
尻尾と狐耳さえ無ければ、下町の若妻と言われても違和感が無い。若妻と言う言葉はどこかエロい。ああ、いけません三河屋さん……
最強の妖獣という雰囲気と下町の若妻という雰囲気がせめぎ合い、若奥様の雰囲気が勝っているというなんとも奇妙な雰囲気。
若妻に負ける妖獣の雰囲気に合掌。

「あら、藍。上がってもいい?」
「珍しいな、霊夢がこんなところまで来るなんて。まあ、上がるのは用件しだいだ」

軽く笑ながら言う藍の言葉に、霊夢は口を曲げた。

「あんたの主人の顔を見に来たのよ」
「そうか……まあ、上がっていけ」

緩やかな微笑を浮かべて家に入る藍の後を、霊夢は付いて行った。





 *  *  *  *  *





「居間の方で待っていてくれ、お茶くらいは出そう」
そう言って、藍は台所の方へ消えていった。
霊夢が居間に行くと、何とも暖かそうな炬燵が中央に置かれている。
よっこらしょ、と年寄り染みた声を出しながら炬燵に入り込んだ。
飛んできて冷えた身体が少しづつ温まっていくのが心地良い。
炬燵に入ったまましばらくぼうっとしていると、お盆にお茶を乗っけた藍が姿を現した。
先ほどと違って可愛らしいエプロンは身に着けておらず、普段の導師服だ。

「どうしてまた紫様の顔を見に来たんだ?今は冬眠中で、寝顔しか見れないと思うが」

お茶を出しながら、さも不思議そうに藍が尋ねる。
出されたお茶を手に取って霊夢は何となしに答えた。

「別に。特にやることも無かったし、ちょっとね」
「ちょっとでこんな所まで来るのか?」
「暇つぶしよ、最近誰も神社に来なかったし」
「誰もか?魔理沙とかレミリアはどうした?」

そう、藍が尋ねると、霊夢は少々面倒と言った様子で話し始める。

「魔理沙は実験とか言って家に篭もってる、アリスも同じ。ちなみにレミリアはフランの教育に熱を上げてる上に、昼は寝てるから駄目。幽香と萃香はどこにいるか分かんない。他の連中は忙しい。だから何だかんだでここしか無くなったのよ」

そこまで言うと、溜息を吐きながら、苦々しげにお茶を啜った。

「なるほどね……最近噂の山の神社には行かなかったのか?」
「ああ、そっかあ、その手もあったわねぇ」
惚けた様な調子で言う。

「友達がいの無い奴だな」

苦笑いを浮かべながら藍は腰を下した。
ふさり、と九の尾が優美に揺れた。

「博麗の巫女だもの」

お茶を啜る音と、小さく呟く声が居間に沁み渡っていった。

「ところで、今更なんだけど私は紫に会ってもいいわけ?あいつ今無防備なんでしょ?」
「ああ、冬眠にお入りになる前に、霊夢は通しても良いと言われていたからな」

藍は緩やかな微笑を浮かべながら、そう言った。

「あっそう、じゃあ間抜けな寝顔でも拝んでやろうかしら。紫はどこ?」

お茶を飲み終わり、一息吐いたところで霊夢が訊ねた。
それに答えるように藍は立ち上がり、付いて来いと奥の座敷に向かっていく。
霊夢は立ち上がり、藍の背中を追いながらその行き先を見てみる。すると、大きな襖へとその視線がたどり着いた。
威圧感を与えるかのように狐と猫そして龍の襖絵が、黒々と墨で描かれている。
そして、厳めしい面を晒しているそれらは、まるで品定めをするかのようにこちらを睨んでいた。
絵から抜け出して、襲いかかってきそう。
そんな空恐ろしさを霊夢は感じた。
ふと、行く途中に何かが浮いているのを見つける。
どうやら札のようで、微かな妖気を帯びて浮いていた。
札の表面に何やら文章が書かれており、どうやら紫の書置きのようなものらしい。
その内容を見てみると……

『ゆかりんはおねむの最中でーす★起こしたりなんかしたらゆかりん怒っちゃうぞ!
 御用の方は藍に言ってくれるといいと思いまーす。じゃあね~☆』

思わず目頭を押さえる霊夢。
いい歳こいて何をやってるかあのスキマは……

「ねえ……」
「私は何も見てない。可愛らしい丸文字で、年甲斐もない文章が書かれた書置きなんて見えない」
「ああ、そう……」

そうこうして、襖の前に立つ二人。
簡易ではあるが、それでも強力と言える結界が襖には張られていた。
そこらの妖怪では手も足も出ないようなものだ。
藍がその結界の表面を軽く撫でる。
すると、独りでに襖が開いた。
結界は開くときに既に消え去っている。

「こんな単純な結界でいいわけ?」

開かれた襖に目をやりながら霊夢は尋ねた。
そこらの妖怪では歯が立たないが、ある程度結界の知識があれば紙よりも弱い結界だ。

「このくらいで十分だよ。私も橙も居るのだしな。そもそもがマヨヒガに来る者自体が居ない」
「それもそうね」

視線を正面に戻し、開かれた座敷の中を見る。

障子から漏れ出る柔らかな春の光が、室内を明るく染めている。
九畳程の部屋は、まさに簡素の一言に尽きた。
日差しを遮る障子、壁を飾る小さな掛け軸、そして、部屋の中央に敷かれた大きな布団。
これだけがその部屋の中に存在しているだけだった。

「くれぐれも大きな音は立てないでくれよ」

囁き、というには大きすぎるが、普通の会話をするには小さすぎる声量。

「分かってるわよ」

同じように霊夢も返事をし、蒲団の傍まで歩いていく。
部屋の中は、静かな音に包まれている、下手をすれば自分の心臓の音すら聞こえるのではないかと言うほど。
その静寂の中に微かに聞こえる、すうすうといった寝息。
小さく、慎ましく、しかし、確かに存在していることを主張している、呼吸の音。
その寝息の主。境界の大妖、八雲 紫。
枕元でそっと腰を下ろし、霊夢はその姿を眺める。
そしてふっと、息を漏らした。
蒲団から覗く柔らかなウェーブを描いた、豊かな金糸の髪。白磁を思わせるほど透き通った白の肌。
精緻を極め一部の隙も歪みも認められない、その顔の造形。
美神と称えられた金星の女神であっても、ここまでの美しさを秘めることが出来たか。
どのような芸術家であっても決して辿り着けぬであろう美の集合がそこにあった。
どこまでも美しく、そしてどこまで完璧な美しさ。そして、それゆえの不気味さ。
完璧すぎるその美は、むしろ美しさを感じさせず、薄ら寒い恐怖すらも感じさせる。
しかし、障子の紙に濾過された柔らかな光は、その顔をどこまでも優しく包んでいた。
横を向いたその寝顔は、どこまでも安らかで、どこまでも幸せそうで……
小さな笑みを浮かべたその顔は、良い夢を見ているという証拠か。
悲しみ、憎しみ、痛み、この世に存在するありとあらゆる苦痛から、まったくの無縁であるようなその寝顔、そしてささやかで可愛らしい寝息。
その美貌に見惚れ、そして戦慄しながらも、どこか少女らしい仕草とその雰囲気に頬を緩ませる。
掴み所の無い妖怪、それが八雲 紫。

「こうやって静かに寝ていると、可愛げもあるのにね、あんたは……」

寝顔をのぞき込みながら、小さく霊夢は呟いた。
話しかけるように、語りかけるように、眠りを妨げない様に、穏やかな笑顔を浮かべながら。
どこか上の空になりながら、じっと紫の幸せそうな寝顔を眺める。
夢を見ているような心地で、その美しくも可愛らしい寝顔を見つめる。
しばらくそうしていると、仄かに胸が熱くなるのを霊夢は感じた。
思わず、胸に手を当てる。
鼓動がいつもより高い。そしていつもより熱い。
ああ、紫と二人っきりで居る時に感じる熱だ。紫の顔が近くにあった時に感じる熱だ。紫がふざけて好きだと言った時に感じた熱だ……
胸が一杯になって、息をするのが辛くなる。
苦しくて、辛くて、でも、それが嫌に感じない。
胸の奥がどんどん熱を持っていく。
その熱が全身に回る前に、寝顔から目を離した。
目を離すと、熱は引いていった。しかし、少しだけの喪失感と、少しだけの名残惜しさが胸を締め付けてきた。
改めて、分ってしまう。

ああ、私はやっぱりこいつに惹かれているんだ
最初に出会った時から、その美しさに目を奪われていたんだ
こいつの仕草の一つ一つが、全て愛おしかったんだ
私はこいつが、こいつのことが……

小さく溜息を吐きながら、霊夢はそれ以上考えるのを止めた。
これ以上は考えても仕様がない。
こいつは妖怪で私は人間。
こいつは結界の管理人で私は博麗の巫女。
つまりはそういうことだ。
そう自分を納得させる。

腰を上げ、振り返ると、藍が緩やかな笑みを浮かべて、こちらを見ていた。

「なによ」
「……いや、なんでもない」

そのまま、紫の寝室を後にする藍。
その後ろ姿を見送り、この空間に自分と紫しか居ないのを確認すると、霊夢は再び紫の顔を眺め始めた。
自分は博麗の巫女だと言い聞かせながら。
恋する乙女の様に溜息を洩らす自分を馬鹿らしく思いながら。
頬が赤くなっているのを自覚しながら。
この胡散臭い妖怪に心を奪われながら……




*  *  *  *  *




しばらくして霊夢が居間に戻ると、藍がお茶を啜っていた。

「気は済んだか?」

緩やかな笑みを浮かべて、藍が尋ねた。
その声音は不自然に優しい。
ゆっくりと炬燵に入りながら、それに答える。

「まあね、あいつのアホ面見れて満足だわ。それにしても気持ち良さそうに寝てた」
「そうか……」

それっきりで、しばらく沈黙が続く。
藍の口から言葉は漏れず、あの緩やか笑みを浮かべたまま、どこかを眺めていた。

「……ねえ」

不意に、霊夢が口を開いた。
藍と同じようにどこかを見つめながらの言葉。

「なんだ?」
「あんた、どうして式神やってるの?」

その言葉に、藍は首を傾げた。
いきなりの質問に訝しげな表情を浮かべて、霊夢を見つめる。

「いきなり、どうした?」
「あんたのその笑顔見て、興味が湧いたのよ」
「笑顔?」

言ってる意味が分からないといった感じで、藍は聞き返してきた。
感情という光が籠らない目を向ける霊夢は相手にぶつけた。

「その緩そうな人畜無害で味気ない笑みよ」

そういうと、藍の顔が一瞬だけ歪み、すぐに元に戻る。
瞬きをするような、本当に短い瞬間。
しかし霊夢はその瞬間の歪み見落とすことは無かった。しかし、それを気にせず、そのまま言葉を続ける。

「あんたくらいの力なら、その式外せるでしょ?見た所、簡易の召喚と式神としての能力上昇だけしか組まれてないみたいだし」
「私ごときが紫様の式を外せるわけないだろう?過大評価だよ」

お茶を啜り、ゆっくりと和やかに藍は話す。

「紫だったらもっと強力に支配できる式を組めるはず。それこそ、意志を持つことが出来ないようなやつをね。けど、あいつはそれをしない。で、あんたもいつでも外せるよな式をいつまでも抱えて、あいつの使い走りをやって、あいつに良いようにからかわれてる。
なんで?」
「だから、過大評価だと……」
「巫女舐めんな。これでも相手の力量くらい正しく測れるわよ。
伝説とも言われてる誇り高い九尾の狐がどうして家事手伝いなんかして、良いように使われてるかって聞いてるの」

静かな、しかし言い逃れを許さない口調。
ちりちりとした緊張が、空間を満たし始める。

「……私が紫様を敬っているからだよ。妖怪は力と知恵が全て、その二つとも私は紫様に敵わない。だからあの方の式をやっている。これじゃあ駄目か?」

あの緩やかな笑みを浮かべ、諭すように藍が言った。
それに対して、霊夢は、気に入らないと、呟く。

「そんな式通りの、上っ面な答えなんかいらないわ。私は『八雲 藍』に尋ねているのであって『式神 八雲 藍』には尋ねてないの。分かったらその無意味な緩い笑みを止めなさい」

その言葉が部屋に響く。
沁み入るように、と言うより侵していくように、その声は壁へと消えていった。
瞬間、藍から表情が消える。
今まで浮かべていた緩やかな笑みは消え去り、そして代わり無表情という表情が浮かび上がった。

「あんた、私と紫が仲良さそうにしてると、さっきの笑みを浮かべてたわよね。
 心の深い所を隠すような、上っ面だけの笑み―――式神の笑み」

藍はただ、何も反応せず、じいっと霊夢の話を聞いていた。
霊夢も激情するでもなく、声を押し殺すでもなく、ただ淡々と話を続ける。

「あんた、紫の事どう思ってるの?」

再びの沈黙、そして静寂。
先ほどよりも長く、それでいて先ほどよりも重苦しい沈黙。
空気が、泥の様に粘ついていた。
窒息しそうな雰囲気が二人の間を包んでいた。
永劫とも思える時間の間、霊夢は藍を見つめ続けていた。

「私は……」

不意に藍が口を開く。
何の抑揚もなく、しかし、何かどろどろとしたものが含まれている言葉。

「私は、紫様が好きだ。最初に出会って殺されかけた時から、愛している」

霊夢は、ただその声を聞いていた。
なんの感慨も無く、何の感想も無く。

「あの優雅さ、あの儚さ、あの美しさ……一目見た時から、その全てが私を虜にした
 ふとした時に見せる強大さ、そして幼さ、その全てを……あの方の全てを私は愛している」

朗々と謳うかのように、藍が言葉を紡ぎだす。
その紡ぎは、どんどんと数を増していく。
止まらない回転、止まらない謌。

「初めて出会ったのは、まだ私が六尾だった時、今から数千年前の話だ。紫様に勝負を挑み、殺されかけた。そうして私は式となったんだ。その時から、あの方に惹かれ続けた。そして紫様を愛し、求め続けた。紫様を追い、紫様を支え、紫様と共に居た。数千年間の間、ずっとだ」

最早、睨みつける様な視線を藍は発していた。
嫉妬の顔、怨嗟の顔、羨望の顔。

「分かるか?数千年だ。お前が百回ほど誕生と老いを繰り返しても、まだまだ足りない
 その間ずっと、私は紫様と共に居るんだ。そしてあの方を慕い続けた。決して報われることのない求愛をし続けてきたんだ!」

ぶわっ、と藍の殺気が膨れ上がる。
居間全体がぎりぎりと振動をし、軋みを上げた。
肌を焦がすような激情が霊夢の全身を打った。
しかし、何事も無かったかのように霊夢は目の前の九尾を見つめ続けていた。

「お前は、それを……決して私に向けられることがなかった紫様の愛を受けているんだ!!
 たかが数年しか付き合っていないお前に、私の数千年が及ばなかった!!そんな馬鹿なことがあるか!
ただの人間が!たかが十数年しか生きていないお前が!……お前なんかが………………」

絞り出すような声が、居間の中に響いた。
最後の言葉は、最早消え入るようにか細い悲鳴。
そして、藍はその怒りの顔を伏せる。
殺気は、とうに霧散していた。

「……あんたと紫は家族じゃない」

静かに、霊夢が言う。
貶すでもなく、羨むでもなく。
何の感慨も無しに、何の感情も無しに……

「家族は、家族だ……私が求めているモノとは、少しだけ、だが、決定的に違うものだ」

悲しみの呟きとも、嘆きとも言える言葉。
どこか空虚な台詞。

「私は、お前に嫉妬しているんだよ、殺したいほどに」

藍の小さな呟きが微かに響いた。
藍の顔がゆっくりと上がる。
先程までの、激情に駆られた表情は無く、どこか安らかにも見える顔を、何かを諦めたような顔を、藍は見せた。
薄い笑みを浮かべ、そのまま言葉は紡がれていく。

「霊夢……私はお前が嫌いだ。人の癖に私よりも強く、人の癖に紫様の寵愛を受けている。そしてその癖に紫様を受け入れようとしない。お前自身も紫様を求めているのに。私は、そんなお前が大嫌いだ」

静かに静かに、穏やかに穏やかに、藍はそう言った。
幼子を寝かしつけるように、子守唄を歌うかのように。

「ああ、そう」

たったそれだけ、特に興味も無く霊夢は呟いた。
そうして、気だるげに炬燵から出て立ち上がる。

「今日はあんたの本音が聞けて良かったわ。それじゃあ、またね」
「おい、またねって、また来る気か?私はお前が嫌いだと言ったんだぞ?……」

呆れとも驚きともいえる表情を浮かべ、藍は霊夢を見つめた。
嫌いだと言われたのにこの巫女は何故、こうも平気なのか。

「関係ないわ。誰が私を好きであろうと嫌いであろうと、大したことじゃないもの。
あ、そうそう。花見が始まったらまた手伝いなさいね。去年の時はあんたが居たおかげで本当に助かったから」

その言葉に、毒気を抜かれたような顔をする藍。
しばらく呆然としているかと思うと、気付いたようにくつくつと笑い始める。

「……改めて、私はお前が嫌いだよ。そうやって全てから関係ない所で生きている所が特に気に入らない。嫉妬に狂っている私が馬鹿みたいじゃないか」

くしゃくしゃと顔を歪め、笑いをこらえるように藍が言う。
そうして、我慢できなかったように大笑いを始めた。
自嘲の様にも、腹の底から素直に笑っているようにも見える笑い。
九尾、八雲 藍そのままの笑い。
ふさり、と九の尾が優美に揺れた。

「博麗の巫女だもの」

笑い声と、小さく呟く声が居間に沁み渡っていった。


窓の外では柔らかな日が、冬の寒さを溶かしている。
春の気配が次第に濃くなっていく。
木々の芽が段々とほころび始めていく。
もうすぐ冬が終わり、春が生まれる。
もうすぐ、紫が目を覚ます。
もうすぐ、紫が目を覚ます。
さあ、もうすぐ春が来る。
すん、と息を吸うと、春と、紫の匂いがした。
まだ春じゃないよね?俺の所にリリーは来てないからまだ春じゃないよね!?
どうも、三文字です。

寝ている紫様と霊夢の絡みと、それに嫉妬する藍様。
面白いくらい三角関係。
うん我ながら見事なほのぼのだ。

……え、橙?
居るじゃないですか、藍様と霊夢が入った炬燵で寝てるじゃないですか。
心の目で見れば見えるかもしれません。見えないかもしれません。
だって橙は皆の心の中に居るのだから……

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コメント



0.1170簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
橙はとてつもない程に尊い存在。マヨヒガの最後の理性。
藍しゃまは嫉妬しながらも霊夢にも惹かれて逝く『愛憎の坩堝』ルートがよく似合う。可愛いぜ藍しゃま。
個人的にはゆかりんはアリスとイチャイチャして欲しい。
3.90☆月柳☆削除
ちぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーん!!!!!!
いやぁ、ニヤニヤできる作品でした、ほのぼのですね。
……ほのぼの?
ああ、若干嫉妬の分量が多すぎたようにも感じたり、感じなかったり。
ていうか、嫉妬してるときの藍の描写がすごいリアルで怖いw
甘甘成分で嫉妬分を丸め込めたらよかったけど、ちょっと漏れたかな。
5.90名前が無い程度の能力削除
こういう藍さまも素敵だと思います。
8.90名前が無い程度の能力削除
ゆっかれいむ!ゆっかれいむ!と読んでたら
藍しゃま怖かった・・・
個人的には紫の一番大切な存在は藍だと思ってる
13.80名前が無い程度の能力削除
やっぱり藍様は紫様に惹かれてこそだよな。
そして橙はおねむちゅう。萌える。

>だから、彼女は呼ばれているのだ最強のd獣、九尾の狐と……
↑最強の駄獣と読んでしまった俺を誰か殺してください…。
14.90アズサ2号削除
藍さまの嫉妬が激しすぎに感じたのは、あまり見かけたことがないからかな?
これはこれで乙な藍さまです。
しかし藍様のインパクトが強すぎて、霊夢の話が記憶から吹っ飛んでしまった(汗
18.100名前が無い程度の能力削除
常に中立で何処にも傾かない霊夢の悲哀が良いです。
それもあいまって恨み切れない藍さまの嫉妬心もまた良い。
御馳走様でした。
19.無評価三文字削除
コメント&評価をいただきありがとうございます。
おお、思った以上に藍様への声が……
正直、嫉妬の部分はああでもない、こうでもないと、弄くりまわした結果です。要するに偶然の産物であったりなかったり……

>>アリスといちゃいちゃして欲しい名無し様
嫉妬しながらも霊夢に惹かれる藍様・・・いいかも!
まあ、そしたら昼ドラ並にどろどろとした人妖関係が出来上がったりするかも。

>>月柳様
甘甘成分で、嫉妬を丸めこむってのはあまり考えてませんでした。
それじゃあ、もう少し甘めでも良かったかなぁ?ゆかれいむ・・・

>>こういう藍さまも素敵
どうもありがとうございます。
そう言っていただけるのなら、感謝の極み。

>>紫の一番大切な存在は藍
藍様はそうありたいと思っているけど、紫様が何よりも優先するのは幻想郷、ひいては巫女である霊夢じゃないかな、と思う訳ですよ。
そこらへんも描写できたらよかったなぁ……

>>最強の駄獣と読んでしまった俺を
まあ、早まるな若人よ。
甘い話でも読んで萌死すれば、楽になれるぞ?

>>アズサ2号様
嫉妬に狂う藍様は確かに見ないですよね。
まあ確かに、改めて読み直すと嫉妬のインパクトがデカイなぁ

>>霊夢の悲哀
そこのところも少しは意識したので、読みとっていただけて多謝です。
23.90猫兵器ねこ削除
 迫力のある心理描写に痺れました。徐々に心を明かす藍さまが良いですね。
 緩急のついた展開もきれいで、読んでいて心地よかったです。面白かった。
 ただあえて言うなら、これは長編向きだと思います。もっと長いスパンで、そして今後の展開なども拝読してみたくなるような作品でした。
24.無評価三文字削除
>>猫兵器ねこ様
長編で、この後の展開ですか。
長編は正直、実力的に自信が無いです。
というか、自分遅筆でありますので、長編を書いたらどのくらい時間が掛かるか……
それと、この後の展開は考えてなかとです。
おそらく以前と変わらず過ぎていくんじゃないかなぁ?と。ただ、藍様が霊夢に文句や軽口くらいは叩くようになるんじゃないかなぁ。
29.90名前が無い程度の能力削除
遅まきながらこの点を入れたかったのでコメントをば。



藍様の嫉妬が発露する場面は凄いの一言です。圧倒されました。

長編な物語に耐えられるほどの土台を見た気分ですね。

素晴らしかったです。楽しませていただきました。

31.無評価三文字削除
遅まきながら返信をば。

長編の土台ですかぁ……うん、なんか嬉しいお言葉です。

これを長編でもう一回書き直すってのもありかもしれませんね。
37.100名前が無い程度の能力削除
藍様・・・
39.80名前が無い程度の能力削除
「八雲藍」は式神の名。その身体は名も知らぬ九尾の狐…なんだけど、まぁいいや。

ゆかれいむばんざい