「レティも夏も大嫌いよ!」
何年経っても、その一言だけは鮮明に覚えている。
チルノと出会った、寒い冬。
レティの隠れ家にやってきた妖精は、顔をしかめてそう言った。
とてもとても懐かしい記憶だ。
始まりはいつだって輝かしく、光って見える。例え、その先にどんな結末が待っていようとも。
レティは胸に手を当てて、あの日のことを思い出した。
どうせ今生の別れとなるのなら、幸せな記憶を思い出したい。そう、呟きながら。
冬の妖怪ほど面倒は種族は無い。
常々、レティはそう思っていた。
暑さに弱く、冬の間しか動けない。一年のうち四分の一は外に出ることが無いのだ。
蝉に比べればマシかもしれないが、吸血鬼と比べれば文句を言ってもいいかもしれない。
なにせ、あっちは傘さえあれば外に出られるのだ。日光に当たらない方法など、それこそ幾らでもある。
だけど、夏を避ける方法などない。団扇や扇子を手にしていても、夏の暑さには太刀打ちできない。
水になるのが関の山だ。
その点、氷の妖精達は羨ましい限りである。あちらも暑さに弱いのは同じだが、多少気温が下がれば日中でも出歩くことが出来る。
夏のみならず、春も秋も天敵のレティからしてみれば生まれ変わっても良い存在だ。
「どうせ叶わぬ夢だけど、ね」
小さな呟きを、外の風が掻き消す。
轟々と唸るような音を響かせ、雪を混じらせた風が暴れ狂っている。寒さには強いレティだが、風への抵抗は普通の妖精並だ。
せっかくの雪模様だが、いま外に出れば飛ばされる。否応なしに、レティは洞窟の中で過ごすしかなかった。
だから仕方なく、寝そべりながら荒れ狂う雪を眺めているのだが。
「退屈ねえ、本当」
風に翻弄される雪も面白かったのだが、飽きるのにそう時間は掛からなかった。
隠れ家と称した洞穴だが、実際には何も無い。ただ春夏秋を過ごすのに快適なだけ。
洞穴の奥まで行けば、夏でも気温は氷点下まで下がる。
レティはそこで四季の三つをすっ飛ばし、一年ごとの冬を待ち望んでいた。
いわば、ここはレティの寝床。特別に面白いものもなければ、ただただ外の雪を眺めることしかできない。
「いっそ、外へ出てみようかしら」
戻ってこれそうにはないが。
退屈で麻痺した神経には、そんな言葉すら浮かんでこない。
覚悟を決めたレティは起きあがり、服についた砂利を払う。少し大きめの石が服の隙間から落ちて、洞穴の奥まで鈍い音を響かせた。
「よしっ、行くわよ!」
決意を込めて、洞穴から飛び出す。
「痛っ!」
「んわ!」
岩と岩をぶつけたような音がして、気がつけばレティは元の洞穴で尻餅をついていた。
岩肌に打ち付けた臀部が痛い。でも、それ以上に頭が痛かった。
顔を硬直させながら、痛む箇所を押さえる。こぶにはなっていないようだ。冬の妖怪だけあって、患部を冷やす必要はない。こういう所は便利である。
しばらく時間をおいて、ようやく痛みも引いてきた。
レティはもう一度、頭をさすり、ぶつかった相手へ視線を向ける。
「ううっ、何よ!」
上目遣いで睨みつけられた。その目尻にはありありと涙が浮かび上がり、まだ痛むのか、頭を押さえてうずくまっている。
見慣れない奴だった。姿形は妖精そのものだが、さて。
腰を落とし、なるべく優しい口調で尋ねる。
「あなた誰?」
「あんた、あたいを知らないの!?」
驚かれた。そんなに有名な妖精なのだろうか。
氷のような髪の毛から、靴のつま先まで確認する。
「見たことないわね」
「何でよ!」
「何でと言われても、知らないものは知らないわよ。名前は?」
「チルノ」
名を聞けば何か分かるかとも思ったが、やはり効果は全く無かった。
レティは首を左右に振る。
それがいたく気に入らなかったようで。チルノは顔を歪めると、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「あたいの事を知らないなんて、あんたさてはモグリの妖精ね」
「妖精じゃなくて妖怪なんだけど」
「どっちでも同じよ」
「違うと思うな……」
字面こそ似ていても、その生体は天と地ほど違う。
「うるさい奴ね。覚えてなさいよ。次に会った時には、絶対に名前を言わせてやるんだから!」
言うも何も、レティは既にチルノという名前を知っている。知っている妖怪から名前を呼ばれて、何か嬉しいことでもあるのだろうか。
疑問には思ったが、気づいた時にはチルノの姿は無かった。
「せっかちな妖精ね」
そもそも何をしに、この洞穴までやってきたのか。見るべきものも、遊べるものも何もない、この洞穴に。
ただ少なくとも、一時の退屈しのぎになったことは間違いない。
外の風よりも騒がしく、慌ただしく過ぎて去っていたけど。
翌日。鬱陶しい快晴の空にレティが辟易していると、昨日の妖精が再びやってきた。
妖精に仕事無しと言うが、二日連続で訪問してくるなどよっぽど暇な証拠である。それほど魅力的な何かが、この洞穴には眠っているのか。
そうだとしたら、是非とも教えて貰いたい。外へ出られぬ退屈さを紛らさす手段が、未だに見つけられぬ自分に。
「ふふん、逃げずにいたことだけは褒めてあげる。でも、今日という今日は年貢の納め時よ、妖怪!」
「レティ・ホワイトロックって名前があるんだけど。できれば、そっちで呼んで貰えるかしら」
「冗談。どうしても呼んで欲しければ、まずあたいの名前を呼びなさい」
「チルノ」
「違うわよ」
騙されたらしい。子供っぽい妖精だと思っていたが、なかなかどうして。
名称不明の妖精は、壁のようにそそり立つ胸を指さして言った。
「あたいの名前はチルノ・ブラックタイガー。幻想郷最強の妖精よ」
ホワイトロックに対抗したつもりなのか。
しかしレティの脳裏に浮かぶのは、雄々しく吠える黒虎の姿ではなく、油でからっと揚げられた海老の末路であった。
「それで、幻想郷最強の妖精がこんなところへ何の用かしら。見ての通り、ここには岩と石しかないわよ」
「決まってるじゃない。あんたに名前を呼ばせる為よ」
「妙な話ね。だったら、昨日はどうして此処へ来たの。会ったこともない人に、名前を呼ばせたがる趣味でもあるのかしら?」
「昨日は昨日の風が吹く!」
言い切られては、反論しにくい。
それにしても、随分と後ろ向きな文章だ。どうせなら明日にすればいいのに。
「わかったわよ。じゃあ、好きなだけ名前で呼んであげる。チルノ、チルノ、チルノ」
「あたいは一人よ。そ、それともあたいが沢山がいるとでも言うの?」
複数の自分を想像して怖くなったのか、チルノは震えながら辺りを見回す。幻想が集う郷においても、ドッペルゲンガーが出たという話はまだ聞かない。そもそも、別にチルノが複数見えたわけでもなかった。
「いるなら出てきなさい、チルノ!」
「私の目の前にいるじゃない」
「ひっ」
小さな悲鳴をあげて、チルノは後ろを振り向く。当然、誰もいない。
「脅かさないでよ! チルノ達に見つかったらどうするの!」
「う~ん」
洒落のわかる妖精なのか、これが素なのか。前者なら会話が弾みそうだが、後者ならかなりいっぱいいっぱいと評価せざるを得ない。
怖くなんかないんだからね、と明らかな虚勢を張り、サイヤ人が必殺技を放ちそうなポーズで固まるのを見るに、おそらくは後者。それもかなりの後者。
付き合うには相当の根気と、柔軟な発想が必要となる。
だが、退屈を持てあましていたレティにとっては格好の話し相手だった。少しぐらい手強い方が退屈せずにすむ。周囲を警戒するチルノの頭に、白砂糖の結晶と見まごう手を置く。上ががら空きだ。
「むっ」
チルノは不快そうな声をあげるが、手を払う真似はしない。これも礼儀と割り切っているのか、はたまた単に気持ち良かっただけなのか。
真偽は訊いてみないと分からないが、それを訊くようなレティではない。
代わりに目線をチルノに合わせ、微笑みを浮かべながら、出来るだけ和やかな雰囲気で告げる。
「背、小さいのね」
案の定、怒った。
外へ出ない日も、出られない日も、退屈を持てあますことはなくなった。強いていうなら、チルノと会えない日が少し退屈だ。
あれから数ヶ月。二人はすっかり互いの仲を深めあっていた。といっても、友達としてではない。それがどういう関係かと訊かれればレティも返答に困るのだが、一応はライバルとして、という自分なりの解答はあった。
切磋琢磨し、遙かなる高みを目指す。まあ、それほど高尚な関係ではないが、楽しいならどうでもいい。
その年の冬は、レティにとってあまりにも早く過ぎ去った。
楽しいことほど早く感じるというのも、あながち俗説というわけではないようだ。猫が顔を洗ったなら、これからは傘を用意することにしよう。そんなくだらない事を考え、別れの事実から逃避する。
レティは冬の妖怪であり、冬以外の季節をすごすことはできない。それは分かっているはずだった。しかし、今年ほどそれを惜しいと思った年は無い。そして、きっとこれからも、自分は惜しいと嘆き続けるのであろう。
分かってはいるが、どうすることもできない。
「ねえ、チルノ。悪いんだけど、明日から当分はここに来ないで欲しいの」
「何で? さては、あたいに内緒で楽しいことするつもりなんでしょ!」
相変わらずの楽天的発想力だが、今日だけはそれを茶化すつもりはない。真剣な顔で、レティはチルノを見つめた。
「私はね、もうすぐ寝なくちゃならないのよ。この洞穴の奥で、次の冬が来るまで」
「随分と寝ぼすけね」
「本当は寝たくなんかないんだけど、まあそういう性質なんだから仕方ないのよ。だから、明日から此処に来ても私はいない。会えるとしたら、きっと次の冬になるでしょうね」
「ふ~ん、レティも大変なんだ」
あっさりと、チルノは納得した。彼女の性格を鑑みるに、レティはてっきりチルノは反対するものだとばかり思っていた。それほど愛されていなかったのだろうか。そうだとしたら、少し悲しくなる。
だから、つい余計なことを訊いてしまった。
「私と会えなくて、寂しくない?」
不安感から漏れだした、何かを期待するような問いかけ。妙なところで察しの良い妖精は、レティの気持ちを理解してしまったらしい。
勝ち誇ったような顔で、レティの頭を撫でてきた。
「あれ? ひょっとしてレティはあたいと会えなくて寂しいのかな?」
「そ、そんなわけないでしょ! 大体、無理するぐらいなら頭なんて撫でなくてもいいの!」
背伸びをしながら撫でられても、転びはしないかと不安になるだけだ。
チルノは渋々手を引っ込めるが、自らの優勢を確信してしまったらしい。
「レティがどうしてもって言うなら、また次の冬に会いましょう。その代わり、レティの寝床を見せてよ」
「寝床? 別に構わないけど、面白いものなんて何も無いわよ」
交換条件としては、破格の申し出だ。
それでもいいの、とチルノは一足先に洞穴の奥まで進んでいく。まだ許可は出していないのに。
「そういえば、奥には連れて行ったことがなかったわね」
「そう。だから前から興味あったのよ。レティはどんな所で寝てるのかなって。ベッドはあるの? シャンデリアは? 虎の毛皮は?」
「どこの高級ホテルよ。何も無いって言ってるでしょ」
どれほどのものを期待しているのか、奥へ突き進むチルノの足取りは軽い。天蓋付きのベッドでも出てこなければ、落胆しかねない勢いである。洞穴にそんな豪奢な調度品があるわけないことぐらい、いい加減察して貰いたい。そちらの方面への鈍さは、そこらの子供と変わらなかった。
三分ほど歩いたところで、二人は奥までたどり着いた。狭いように思えて、意外と長いのがこの洞穴の特徴である。
そして、奥へ行けば行くほど寒くなる。レティがこの洞穴を寝床としたのは、むしろその特質があってこそだった。
半径二メートルはあろうかという歪な円形の空間。岩と岩の間に隙間など無いのに、どこからか冷たい冷気が吹き込んできた。氷柱になる暇もなかったのか、漏れだした水滴は凝結し、岩肌が結晶化したようにキラキラと凍っている。
「ね、何もないところでしょ」
凍った岩肌を撫でながら、素っ気なくレティは言った。しかし、チルノは対照的にいたくこの空間が気に入った様子。
両手を広げて、どこぞの厄神のようにくるくると回り始めた。
「凄い凄い! こんな素敵な空間、あたい初めて見た!」
「そんなに感動するものじゃない気がするけど」
「だって、こんなに冷たいのよ! 感動するなって方が無理な話!」
「ああ、なるほど」
自分と同じく、チルノは冷気や寒気には敏感だ。一般人から見れば何もない空間でも、氷の妖精から見れば素敵快適極楽空間に思えるのだろう。かくいうレティも、この空間の冷たさだけは気に入っていた。
「でも、枕やベッドがないのは残念ね。あたい、枕が変わると眠れない方だから」
「いつ、あなたも一緒に寝ることが決まったのよ。大体、枕ぐらいなら、ほらこうして」
寒気を操り、手の中の空間の温度を下げる。空気中の水分が凍結していき、やがて氷の簡易枕へと姿を変えていった。
「うわっと」
調子に乗りすぎて、腕まで凍らせてしまったのはご愛敬。慌てて振り払う。氷が薄くて助かった。厚い氷で覆われてしまえば、さしものレティとてどうすることもできない。溶けるのを待つだけである。
「いいなあ、あたいも夏はここで過ごしたい」
「駄目よ。狭いんだから」
迂闊に二人も寝泊まりすれば、気温が上がってしまう。それでどうこうなるほどの変化ではないが、あまり好ましい事ではなかった。
「あなたは頑張って、今年の夏も過ごしなさい」
「あたい、夏は嫌い!」
氷の妖精の多くは、同じことを思っているだろう。かくいうレティとて、その気持ちは分かる。
「夏は暑いし、水は干上がるし、みんな急にあたいにベタベタしにくるし」
冬は敬遠されがちなチルノだが、夏はさぞや大人気のはず。見たことがないレティにも、その光景は容易に想像できた。
「それに、レティとも会えなくなるし」
そういって、チルノはしまったという表情を浮かべる。
ようやく、先ほどの復讐をする機会がやってきたようだ。
「あら、チルノは私と会えなくなるのがそんなに寂しいのかしら?」
諭すように優しい口調で問いかけて、あやすように頭を撫でる。やはりこうでなくては。
チルノは顔を真っ赤に染めて、洞穴中に響き渡るような声で怒鳴った。
「レティも夏も大嫌いよ!」
そして蜘蛛の子を散らす勢いで、チルノは入り口兼出口へと走った。
半ば喧嘩別れのように見えるが、二人にとっては至って自然な別れ方だ。その証拠に、次の冬、二人は何事も無かったかのように再会する。
「私と会えなくて、寂しかったかしらチルノ」
「それはこっちの台詞よ。頭を撫でてあげていいのよ、レティ」
石あり、岩あり、乱打ありの雪合戦に発展したのは言うまでもない。
幾十もの冬を越した。
相変わらずレティは冬だけしか活動できなかったが、まれに春が遅れることもあった。代償として、霊夢にこてんぱんにのされたのだけど。過ぎ去った今となっては、いい思い出である。
その博麗も代替わりを果たし、霊夢も悠々自適な隠居生活を満喫していた。時の流れは早い。一年を四分の一しか過ごせないレティには、その感覚は隣人のようによく分かる。
幻想郷は時と共に変化していった。
無論、レティとてその流れにあがなうことはできなかった。
心も、体も、チルノと出会った時とは随分と変化している。
背も少し伸びた。それに胸とお尻も前よりかは成長している。全体的に女性らしくなったのではないか。氷に映った自分の姿を見て、レティはそう思った。寝る子は育つというが、なにも人間だけの諺ではないらしい。
今年も冬がやってきた。目覚めたばかりのレティは、自らの姿を確認し、確かめるように体を動かす。なんだか少し体が重い気がした。成長したからだろうか。そんなに大きくなったわけでもないのに。
おそらく寝過ぎたのがまずかったのだろう。今年の春は少し早かった。だからレティも、それに合わせて早めに眠らなくてはならなかったのだ。
人間で例えるなら、夜の七時ぐらいに眠り、朝の八時ぐらいに起きるようなもの。十三時間も寝たのだから、体がだるいのは当然の話である。
壁に手をつきながら、何とか洞穴の入り口までたどりつく。
「せっかくの天気だし、今日は体を動かすことに専念しようかしら」
外は大雪。見渡す限りの風景が、白一色に覆われている。だが、それほど風は吹いていない。冬の妖怪にとって、これほど絶好の天気もあるまいて。
背筋を伸ばして、空を見上げる。
と、見覚えのある顔を見つけた。
「レティ!」
こちらに気づいたのか、チルノが血相を変えてやってくる。
その姿は遙か昔、出会った時と全く変わっていない。妖精は成長しないのだから、当たり前の話なのだが。
降り立ったチルノは、嬉しそうな顔で文句を言ってくる。
「なによ、また背が伸びたんじゃない。ずるいわね、あんたばっか成長して」
「そういうチルノは変わらないわね」
「ふふん、見てなさい。いつかあんたより大きくなって、見下ろすように頭を撫でてあげるんだから」
チルノの夢が叶う日はこないと知りつつ、レティは、そう願っているわと微笑みかけた。
「それより、今日は何で勝負する? 前の冬はあまり会えなかったから、鬱憤が溜まっているのよねえ」
貼り付けた笑顔の裏で、心のどこかにヒビの入る音がした。
「ごめんなさい、ちょっと起きたばかりで気分が悪くて。また明日にしてちょうだい」
「ふ~ん、まあいいわ。命拾いしたわね」
心の底からそう思っているのだろう。チルノは不適な笑みを浮かべる。その顔には残念そうな様子もなく、明日の勝負を待ちわびている風にしか見えない。
果たして自分は、今のチルノと同じ表情をすることができるのか。偽りの笑顔を浮かべるのに必死な自分が、彼女ほど純真な表情を。
答えは出ている。出ているからこそ、
「それじゃ、また明日。あたいに負けるのが怖いからって、逃げたりするんじゃないわよ」
「当たり前でしょ」
去りゆくチルノを背中を見つめ、レティは自然とため息を漏らした。
チルノの誘いを断ったのは、これで何度目のことだろう。
億劫になるほど断ってくれば、嫌でも自覚するというもの。
答えは出ている。
レティはチルノを、避けていた。
かつて、上白沢慧音は言った。
「確かに妖精には我々と同じ意味での死は存在していない。連中は妹紅や輝夜とは違った意味で不死だからな。まあ、完全に消滅させる方法もあるから、厳密には不死と呼べないのだが」
幻想郷の生態研究も行っているだけのことはある。レティが知らないようなことも、さも当然といった風に教えてくれた。
当時のレティは、チルノがどうして成長しないのか不思議に思っていた。自分の体つきはどんどん変わっていくのに、チルノは永遠に子供のまま。ひょっとすると、そういう病気なのではないかと疑ったほどだ。
いくら考えても分からない。そこで慧音を頼ったのだ。
「しかし、この手の話なら私より稗田の方が詳しいぞ。そちらを尋ねてみたらどうだ?」
「人間に妖精のことを尋ねるっては、どうもね。あなたは半獣だから良いんだけど」
「ふむ、そういうものか」
「そういうものよ、妖怪ってのはとかくプライドに拘る種族なの。本当なら、あなたに尋ねるのだって躊躇ったぐらいなんだから」
妖怪は肉体よりも精神に依存しており、矜持を傷つけられることは肉体を傷つけられる以上の損害を与える。他人に知らないことを訊くなんて些細なことだが、その綻びがやがて自身の崩壊を招くかもしれないのだ。
さすがに、それは考えすぎかもしれないが。
「難儀な種族だ。っと、話が逸れたな」
眼鏡の位置を戻しながら、慧音は話を続ける。最近目を悪くしたそうで、いつも掛けている。
「死の概念がない妖精は、同時に成長することもない。当たり前だな。死とは即ち成長の末路。死なないのなら、成長しない道理も頷ける。もっとも、それ以前に連中には命がない」
「は?」
「誤解したなら訂正するが、妖精は生き物ではない。あれは自然が生み出した現象に過ぎないからな。わかりやすく言うならば、人の形をした雪が意志を持って動いているようなものだ」
命が無いと言われると抵抗がある。しかし、人の形をした自然現象だと言われれば納得できる部分もあった。
「だから、致命傷を負ってもすぐに復活することができる。一粒の雪を溶かしたところで、また新しく雪は降るからな」
「でも、その新しい雪が元のものより大きかったとしたら。それは成長と呼ぶんじゃない?」
「元の形とは違ったものが生まれたとしたら、それはもはや別のものと考えた方がいい。つまり、それこそが妖精にとっての完璧な死だ。もっとも、連中もそう簡単には死なない。元の形を記憶しているかの如く蘇る」
腕を組み、慧音は困ったように息を吐いた。
「ここまで語っておいてなんだが、これらはあくまで私の持論だ。ひょっとしたら全く違っているかもしれないし、分からない部分も多々ある。まあ、あくまで参考意見の一つとして聞いてくれ」
「あら、そうだったの」
「正直、妖精のことは分からない方が多い。稗田には稗田の考え方があるし、そちらを聞くのも参考になると思うんだが。矜持が許さぬというなら、天狗や八雲紫に尋ねるのも手だ。自ら貸しを作りたいならば、の話だが」
冗談ではない。天狗や八雲紫に相談するくらいなら、まだ人間に頭を下げた方がマシだ。
迂闊に貸しを作ろうものなら、何を要求されるか分かったものではない。
「ありがとう。なかなか面白い話だったわ。やはり、あなたの所に来て良かった。貸しを要求することもないし」
「なに、ただ妖精達に忠告して貰いたいだけだ。里の人間をあまり困らすなと」
銀糸のような髪を梳き、苦々しい顔で窓の外を見やる。
「お前は氷の妖精と親しいのだろ。あいつは妖精達の中でも力が強い方だしな。あれから他の妖精に忠告してくれたら助かる。妖精が素直に自粛してくれるとは思えないがね」
レティもそれは同意見だった。あのチルノが、人の言うことを素直に聞くわけがない。
それも悪戯を止めろだなんて。人間に食事をするな、と言うようなものである。
だが、色々と教えてくれた恩もある。受けた恩義を返さないこともまた、妖怪にとっては精神的苦痛となるのだ。
「いいわよ。言うだけならお安いご用」
「言うだけなら困るんだが、まあ高望みはすまい。また何か訊きたいことがあれば、いつでも尋ねてくるといい」
気さくな挨拶を背中に、レティは慧音の家を立ち去った。
あれはまだ、自分がチルノを避けていない頃の事だった。
「ねえ、聞いてる!」
突然の大声に、はっとレティは意識を取り戻した。
視線は落ち着き無く左右へ走り、ここが洞穴の中であることを教えてくれる。同時に記憶も蘇った。
一日中、洞穴にいるのは退屈だろうとチルノが話をしに来てくれたのだ。朝のこともあり、レティはそれを無碍に断ることができなかった。だからこうして招いたのだが、いつのまにか回想に浸っていたらしい。
目の前には不満そうなチルノの顔があった。
「ご、ごめんなさい。まだちょっと頭がボーっとしてて」
「もう、しっかりしてよね。これからが面白いところなんだから。それでね、大ちゃんが巫女にちょっかいかけたんだけど、こてんぱんにされてね……」
嬉々として語るチルノ。氷の妖精のくせに浮かべる笑顔は、まるで向日葵のように眩しく力強い。
かつてはそれを微笑ましく見ていたが、今は少し、眩しすぎる。
「チルノ」
身振り手振りも交え始めたチルノの言葉を遮る。良いところだったのか、チルノの顔には露骨な不快感が張り付いていた。
「悪いけど、今日はこのぐらいにしましょう。私もまだ調子を取り戻せてないみたいだし、さっきのように話を聞けないのも悪いし」
「えー、これからが最高に面白いんだよ」
「ごめん。また今度にしてね」
疲れた顔で頼み込む。チルノは頬を膨らませて、唇を尖らせた。
怒っているように見えて、どこか寂しそうに見える。
「いいわよ。本当に面白いけど、レティには教えてあげないから。聞きたいって言っても、駄目だからね!」
捨て台詞を吐いて、チルノは振り返ることなく去っていった。この程度の喧嘩なら何度もやったし、明日には機嫌を良くしてまたやってくるも知っている。良くも悪くも、チルノは純粋すぎるのだ。
それが羨ましくもあり、煩わしくもある。
「なんて、傲慢な私」
壁にもたれかかり、チルノの去った空を見上げた。
チルノが側に居て欲しいと願いながらも、心のどこかでは近くにさえ居て欲しくないと思っている。
だけどこの頃の言動は、きっと後者が強くなってきたから。半ば嫌われてもいいぐらいの勢いで、レティはチルノを突き放すようになっていた。
できることなら、そのまま二度と自分の前に現れないでと願いながら。
妖怪は傲慢な種族だ。この程度のことなら、笑ってやってみせる連中がゴロゴロといる。レティとて、チルノ以外に対してなら同じ事を罪の意識もなくやってみせただろう。
そうしていないのは、レティの中にチルノに居て欲しいと願う心が残っているから。いっそ、それも捨ててしまえば楽になるのに。子供が宝物を手放したくないと駄々をこねるように、自分は両方を抱え込んでいる。
いずれ、どちらかを手放さなくてはならないと知りながら。
「どうしてかしら。どうして、私はこんなにもあの子から離れたいと願っているのかしら」
それは全ての元凶。そして、自分の心に巣くう醜い闇。
思い出すのは、一匹の妖精。
無意識のうちにレティの闇を暴いた妖精には、確固たる名前が存在していなかった。
その妖精の存在は、話だけなら聞いていた。
チルノの語る物語の中には、決まってその妖精が存在していたから。会ったことはなくとも、どんな物が好きで、どんな格好をしていて、どんな性格をしているのかが分かる。
だから一目会った瞬間から、レティはその子が大妖精と呼ばれている事を知っていた。
「あなたがレティ?」
洞穴で休んでいたレティの元へやってきたのは、チルノと同じくらい小柄な少女を思わせる妖精だった。
人形のように細い首を傾かせ、興味深そうな瞳が自分を見つめる。
「ええ、そうよ。そういうあなたは大妖精ね」
「え? なんで、私の事を知ってるの?」
目を丸くして驚く大妖精。その様子が可笑しくて、思わずレティは笑ってしまった。
「チルノから聞いてるの。愉快なお友達がいるんだって、いつも自慢してたから」
「私もあなたのことはチルノちゃんから聞いてる。レティ・ホワイトロック」
「正解。それで、大妖精はこんな所まで何の用かしら? チルノなら今日は来てないわよ」
「ん、別に」
素っ気ない口調とは裏腹に、大妖精はレティの隣に腰を下ろした。そして見上げるように、顔を下から覗き込む。
「私の顔はそんなに面白い?」
「ううん、普通だよ。ただ、見てるだけ」
悪意が無いのは分かっているが、あまり気持ちのいいものではない。
気を紛らわせる為に、レティは大妖精へ話しかけた。
「ひょっとして、チルノじゃなくて私に用があるのかしら? そんなに見つめてくれるってことは、少なくとも多少の興味はあるのよね」
大妖精は急に黙りこくり、視線をレティから外した。
「どうかしたの?」
問いかけても返事はなく、やがて口を開くまでに数十秒を要した。
「あなたはきっと、頭の良い妖怪」
いきなり褒められた。これにはさすがのレティも、どう答えていいものか迷う。お礼を言うべきか、謙遜するべきか。
戸惑うレティの答えを待たずに、大妖精は続きの言葉を口にする。
「だから訊きたいの。チルノちゃんといても平気?」
頭の中の何かが、ゴトリと音を立てて動き出したような錯覚を覚えた。
視界が僅かに揺らめき、背中を蛇が這うような不快感が走る。
「今まで、チルノちゃんや私たちと仲良くなった妖怪はいっぱいいる。でも、頭が良かったり凄い力を持ってる奴ほど、私たちから離れていった。どうしてかはわかんない。でも、みんな離れていった」
「な、にを」
「あなたは平気なの?」
純粋な無垢な瞳が、鋭く尖った切っ先のように思える。ただの質問が、今のレティにとっては弾劾の言葉にしか聞こえない。
「平気じゃないなら、早く離れた方がいいよ。その妖怪達も、最後は凄く怖い顔をするようになったから。そんな風になる前に、離れた方がいい」
これは忠告なのか。それとも警告なのか。
大妖精の顔には、心からレティを心配するような表情しか見て取れない。裏でも無い限り、これは彼女なりの忠告なのだろう。
だったら、自分はそれを素直に聞き入れるのか。
レティは何とか微笑みを取り戻し、大妖精に告げる。
「大丈夫よ。そうなる前に、私は離れていくから。そんなに心配しなくても良いのよ」
「そう。なら安心」
本当にそれだけを言いに来たのか、大妖精は先ほどまでの態度を一変して、あっさりと洞穴から出ていった。引き留めるのすら躊躇ほど、潔い去り方だ。
大妖精がいなくなった洞穴で、レティは虚空を見上げる。
「何となく、分かる自分が嫌ね」
考えるまでもなく、チルノの元を去った妖怪達の気持ちが分かる。
その妖怪達はきっと、チルノが眩しすぎたのだろう。
いくら寿命が長くとも、妖怪だって変化する。しかも妖怪は人間以上に、自分の見た目を気にする奴らが多い。変化だって、その心の現れと言われていた。誰かに成りたい、誰かと変わりたい。
そんな彼らからしてみれば、チルノ達妖精はあまりにも羨ましい存在に思えるだろう。
自分たちより力が無いくせに、自分達が唯一持ち得ないものを永久に持っていられる妖精。
仲が良くなり、年を重ねるごとに、その思いは強くなっていく。
そして妖怪達はその思いに耐えることができずに、やがてチルノの元を去っていたのだろう。
「いっそ、チルノが悪逆非道の悪魔であれば別れるのも楽だったでしょうに。あんなに魅力的だなんて、反則よ」
分かっている。自分にも、その悪しき思いが積み重なり始めていることぐらい。
だけど、離れることなんてできない。
だってチルノは、
「私にできた、初めての友達なんですもの……」
あれから数年。
暗き思いは大きく肥大し、今では心の半分以上がチルノから離れたいと願っていた。
でも、出来ない。
逃げる場所がないという問題もある。レティは冬の妖怪。冬の間中逃げ回ることはできたとしても、春夏秋はどこかで眠りにつかなければならない。ここ以上に快適な場所など、どこにも無かった。
だから逃げることができない。
「いえ、それは詭弁ね。その気になれば、どこでも逃げることなどできる。ここは幻想郷。探せば万年雪の山だってあるかもしれない」
それでも離れたくないのは、どうしてなのだろう。最早、自分でさえ理解することはできない。
でも、そんな苦しみも終わりにするべき時が来た。
前の冬から考えていた。次の冬には、チルノから離れる。
だけど、この洞穴から出るわけじゃない。チルノが、自分から離れていけばいいのだ。
それがレティの導き出した答え。傲慢で、自分勝手で、それでも精一杯チルノの事を思った答え。
瞼を閉じて、レティは祈るように両手を合わせた。
ごめんなさい、なんてチルノへ言う資格はない。
だからせめて、届かぬように謝る。
全てはレティの中途半端な気持ちが、招き寄せた結果なのだから。
頬を撫でる風が、今日は一段と冷たく感じる。
空からは小さな粉雪が舞い降り、地面を鮮やかな白で彩っていた。かつては、この光景に胸を躍らせたものだ。レティは懐かしげに、その風景を目に焼き付ける。
洞穴から一歩、足を踏み出す。考えてみれば、今回の冬はまだ外に出たことが無かった。つまり、これが最初の一歩目。だけど何も起こりはしない。ただ雪が重みで凹み、足跡がそこに残されるだけ。
レティにとっては特別かもしれないが、世界にとってそれはあまりにも当たり前なこと。祝福のファンファーレが鳴るわけでもなく、レティの気持ちが揺れ動くこともない。
「レティ!」
頭の上から、自分を呼ぶ声がする。
見上げるまでもなく、それが誰だか分かった。
「今日は調子も良いみたいね。ふふん、あたいの話は聞く気になったかしら?」
目の前に雪と共に降りてきたチルノが、胸を張って挑発的な視線をぶつけてくる。
普段なら、聞いてあげてもいいわよ、と返すところだが。
「うるさいわね。誰もあなたの話になんて興味ないわよ」
体温よりも冷たい声で、レティはチルノを睨みつける。何を言われたのか分からない。チルノはそんな顔をしていた。
「大体、私はあなたのつまらない話を聞くために生まれてきたわけじゃないの。今まではお情けで付き合ってきてあげたけど、もう限界。あなたと顔を合わせるのも苦痛だわ」
「レ、レティ。どうかしたの?」
チルノの顔が次第に強ばる。
「どうもしないわよ。ただ、私は思ったことを口に出しているだけ」
「あたい、なにか怒らせるようなことした?」
「したわよ。正直、あなたの顔を見るだけで苛々する」
冷酷な言葉をぶつけられ、チルノの目尻にうっすらと涙が浮かんだ。
体の中を気持ち悪い感情が駆けめぐる。言葉の一つ一つを吐く度に、強烈な毒を飲まされているような感覚だ。
「ごめん。でも、今度はもっと面白い話を聞かせて……」
「もういいの!」
ビクリ、とチルノは体を震わせた。
「私の為を思うのなら、もう二度と此処には近づかないで」
自分の言葉とは思えないほど、感情は込められていない。半ば棒読みに近かったが、チルノには大きな衝撃を与えた。
体の震えは唇に移り、堪えきれない涙が頬を伝う。レティは思わず顔を逸らした。
「出ていって。あなたとは……」
その言葉を言えば、全てが終わる。
だからこそ承知の上で、レティはゆっくりと、口を開いた。
「二度と、会いたくない」
壁に手を付きながら、おぼつかない足取りで奥へと進む。まるで酩酊しているかのように、視界の焦点は定まらない。
「は、ははは」
気が付かぬうちに、口から笑いがこぼれていた。
楽しいことなど何もないのに、自然と笑いが漏れ出すこともある。得てして、そういう笑いは寂しさと狂気に満ちているもの。
「なんて馬鹿な私。なんて愚かなレティ。あれほど大妖精から忠告されていたのに、結局私はチルノを悲しませてしまった。最悪の結果を導いてしまった!」
別れるのなら、大妖精と会ったその日のうちに別れてしまえば傷は浅い。
別れぬと誓うのなら、あんな猿芝居を打つべきではなかった。
どちらも選ばなかった妖怪は、結果として二重の責め苦を味わう羽目になる。
対応を遅らせた後悔と、彼女を傷つけた罪の意識。
「外道ね、本当に」
呟きはそのまま、痛みとなって体を襲う。
精神体に近い妖怪にとって、心の底からの自虐はナイフを己に突き立てるようなもの。だからこそ妖怪が死を望めば、それだけで大きな致命傷となるのだ。
肉体的には不死者に近い妖怪も、精神面では人間よりも脆い。
ここでレティが死を望むなら、やがて息絶えてしまうだろう。それほど、レティの心は追いつめられていた。
「だけど死ぬわけにはいかないだなんて、エゴの塊じゃない」
手が滑り、肩を思い切り壁にぶつけた。痛みこそあるものの、精神的な痛みには及ばない。レティは落ちた帽子を拾うこともなく、再び奥へと歩き始めた。
と、急に足を止める。
おぼつかない足取りながら、いつのまにか奥地までたどり着いていたようだ。相変わらずの冷たい空気がレティを責め立てるようで、今はただ気持ちがいい。
「私が望むのはあの子から逃げることじゃない。あの子のいない世界を望む。涅槃に旅立つくらいなら、それこそ最初からとうに逝っている」
空間の中央に歩み寄る。いつも自分が横になり、次の冬を待っている場所だ。
だけど、今度待つのは果てしない未来。死なないはずの妖精が滅びるほど、果てしなく遠い未来を待つ。
慧音の話が正しいのなら、チルノを象る自然が滅びれば、彼女も同様に滅び去る。それがどれくらい先の話かは分からないが、今のレティには待つしかなかった。
その為には、ただ寝るだけでは駄目だ。それではいずれ自分の体の方が先に参る。
だから自分の時を止める。
「眠り姫なんて綺麗な言葉、今の私には似合わないかもしれないけど。茨の代わりに氷が覆ってくれるのは、私らしいかもしれないわね」
体の周りの水分を凍結させる。それはやがて厚い氷の壁となり、レティの全てを覆い尽くすだろう。これなら、自らの体を崩壊させることなく長い年月を待つことができる。
この氷が溶ける日が来たならば、きっとチルノはその世界にいない。
「そんな世界で私が生きられるのかしら」
分からない。ただ、もう後戻りはできなかった。
あれほど辛く当たったのだ、きっとチルノは自分に幻滅していることだろう。いくら妖精が純粋とはいえ、敵意をぶつけられれば馬鹿でも分かる。だからこそ大妖精は忠告に来たのだが。
「後悔ばかりね」
自嘲する。これが自分に相応しい思い出なのかもしれない。
でも、せめて今この時ぐらは楽しい思い出に浸ってもいいのではないか。
傲慢でエゴで、中途半端な自分だったけど。
そんな私と一緒にいてくれたチルノとの思い出を、レティは胸に手を当て思い出す。
鮮明に残る、あの一言と共に。
寒かった冬は過ぎ去り、温かい春も過ぎ去った夏。
今年の幻想郷は例年よりも暑くなり、人間のみならず妖怪も妖精も夏ばてに追われる日々が続いていた。紅魔館の吸血鬼はあまりの暑さに霧で日光を遮り、館自体を影で覆い尽くしたそうだ。もっとも、その噂を聞いた妖怪どもが集まってきて、逆に暑苦しくなったと嘆いているとか。
今日も紅い霧に覆われた館を見ながら、チルノと大妖精の二匹は木陰で眠るように横になっていた。
「今日も暑いね」
「うん」
いくら影になっているとはいえ、暑いものは暑い。大妖精は胸元をぱたぱたと動かしながら、額に張り付いた汗を拭う。
「あっ、いいなあチルノちゃん。帽子なんかかぶって。私にも貸して」
「これは駄目」
素っ気なく断れる。物に執着しないチルノにしては、珍しいことだった。
「あれ? それってレティのものじゃない?」
「そう、これはレティの。だから大ちゃんにも貸してあげない」
ならば納得だ。何だかんだでチルノはレティを気に入っていた。そのレティの帽子なのだから、大妖精に貸せるわけもない。ちょっとした嫉妬心は芽生えるけど。
「でも、今年の冬もレティを見なかったね。チルノちゃんは会った?」
「あんまり会ってない。だって、あたいレティを怒らせちゃったし」
「ふ~ん」
いつものことだと、大妖精はあまり気にしていなかった。妖精と親しくなった妖怪は、なぜだか最後にはみんな離れていく。忠告こそいたが、きっとレティもその類なのだろう。
「だからあたいは決めたの。今度会うときは、レティが大笑いしてくれるような話を考えるって」
「レティが笑ってくれるといいね」
「うん。前からレティの事は知ってたから。あそこらへんを通るたびに、暗い顔をしてる妖怪がいて。あんまりにも暗い顔をしてるもんだから、見かねて文句を言いに行こうとしたの。頭はぶつけたけど、まあ笑わせられたから良いわ」
ただ、チルノはそのことに気づいてないようだ。いや、それとも気づいていながら諦めていないだけか。
どちらにせよ、冬になってみないと分からない。レティは冬の妖怪なのだから、夏に答えを求めるのは無理な話というもの。
「だったら早く冬が来ないとね。暑い夏はもう嫌だよ」
「ううん、あたいは寒い冬より暑い夏の方が良い」
適当に受け流すだけの大妖精も、これには驚いた顔でチルノを見た。
氷の妖精なのに、夏の方が良い?
理解しかねる。
「だってもっと暑くならないと、レティの氷が溶けないんだもん」
大妖精は首を傾げた。何かのたとえ話なのだろうか。意味がわからない。
チルノは帽子を手で押さえ、雲一つない青空を見上げた。
「だからあたいは……」
冬の妖怪は気づかなかった。
変わらないものなど、この世に無いということを。
夏が嫌いと言った妖精は、
レティを嫌いと言った妖精は、
「レティと夏がだーいすき!」
二つの到来を待ち望んでいたのだ。
中盤でヤンデレ大妖精を期待した自分の心の汚さに鬱
それを示す表現のばらつきが気になった。
いつかは二人が一緒に笑っているといいなぁ。
自分が持ってないモノを持ってる人が眩し過ぎて煩わしくなってしまうレティの気持ちはちょっとわかります。
だからこそそれを超えて幸せになって欲しいです。
2人の幸せな未来を願います。
無理にシリアスにもっていこうとしすぎてる感じ
妖怪たちの心が狭すぎるし、そもそもそういうの気にするものなの?
ちょっとイメージが違うなあ
話自体は楽しく読ませてもらった