とある晴天日。
透き通るような気持ちの良い青空の下、一人の少女――紅美鈴は見事なまでにボロボロにされていた。
「まあ、今日はこのくらいで勘弁してやるぜ。じゃあな中国」
「うう…待って…私は中国なんかじゃないぃぃ…」
意気揚々と去っていく魔理沙の背を見つめながら、美鈴はか細い声で鳴いたが、彼女にその声は届かなかった。
マスタースパークによって吹き飛ばされ、自分の力で立つことすら覚束ない彼女だが、その悲劇はまだ終わらない。
こつ、こつ、と彼女に近づいてくる一つの足音に気付き、美鈴はビクッと身体を反応させる。
それは彼女が意図したものではない。彼女の身体に染み付いた過去の恐怖が、彼女をそう反応させるのだ。
「…美鈴、また魔理沙を止められなかったわね。
しかも門をこんな風に破壊させて…これはお仕置きが必要だとは思わない?」
「あ、あわわ…さ、咲夜さん…」
美鈴の目前に楽しそうな笑みを浮かべて立つメイド長――十六夜咲夜をを見て、美鈴はガタガタと全身を震えさせる。
彼女の手には既にナイフが用意されているのを見て、美鈴は数秒後の己の運命を知りつつも逃げることすら叶わない。
逃げようとしても先ほどのマスタースパークのせいで身体がロクに動かないし、
何より時間を操る彼女相手にどうやって逃げろというのだろうか。瞬間移動でもしない限りそんなの不可能だ。
どうせ逃げたいと思っても逃げられないので――その瞬間、美鈴は考えるのをやめた。
「幻符『殺人ドール』」
「あ゛に゛ゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!!」
その日、紅魔館の門前で本日二度目の絶叫が響き渡った。
その声に驚き、紅魔館近くに住んでいる氷の妖精が湖に転げ落ちてしまったのはまた別の話。
そんな美鈴の悲鳴を、紅魔館の一室で聞き入る人物が三人。
「良い声ね。大空に透き通るような美しい鈴の音…そんな風情が感じられる見事な嬌声だわ。
咲夜ったら相変わらず良い仕事してくれるわね」
「そうかあ?私には哀れな門番の断末魔の悲鳴にしか聞こえないんだが」
紅魔館の主、レミリア・スカーレットの言葉に、魔理沙がオイオイと突っ込みを入れる。
いつものように図書館に向かおうとした魔理沙だが、現在何故かこの館の主の茶席に同席させられていた。
「それは魔理沙がまだまだ経験不足ということよ。美鈴の声は幻想郷一の名楽器。いわば音の芸術よ。
あの娘の悲鳴に比べたらどこぞの焼き鳥の歌声や騒霊の演奏如きなんて相手にならないわね」
「あれが芸術に聴こえるような耳なんてこっちから願い下げだぜ。
そもそもレミリア、私は図書館に本を借りに来たんだが、どうしてお前の下らない話に付き合わされにゃならんのだ?」
「借りにきた、ねえ。返す気も無いくせによく言うわね」
「おいおい、パチュリーも人聞きの悪いことを言うなよ。ちゃんと死んだら返すって言ってるだろ。
…って、話を逸らすなよ。今日、この場所に私が呼ばれた理由は何だ?
人様の首根っこをいきなり掴んで散々廊下を引きずり回したんだ。相応の理由があるんだろうな?」
「そう慌てないで。優雅な会話というものにはちゃんと順序を踏む必要があるわ。
何でもかんでも結論にがっつくなんて三下のすることよ」
「そりゃどこぞの吸血鬼のお姫様に比べたら誰だって三下になるだろうぜ」
む~っと睨みつける魔理沙に、レミリアは軽く息をついてパチュリーに視線を送る。
その視線を受け、パチュリーは何処からとも無く二枚の写真を取り出し、魔理沙に提示する。
「何だこれ」
「だから慌てないでと言ってるでしょう。
モノを提示してきたということは、それを見て欲しいということ。それくらい誰だって分かるでしょうに」
レミリアの言葉に納得がいかないといった表情を浮かべつつも、魔理沙は写真を受け取る。
その写真に映し出されていたのは先ほど魔理沙が蹴散らしてきた紅魔館の門番こと紅美鈴だった。
一枚は彼女が大の字に倒れて気絶している姿。次の一枚は彼女が咲夜にズタボロにされている姿。
どちらの写真にも共通して言えることは、美鈴がこれ以上無いくらい情けない表情をしていることだ。
「…なあ、何だこれ。私には中国がいつものように醜態を晒してる写真にしか見えないんだが」
「違うわ魔理沙。正確には美鈴のこれ以上無いくらい魅力的な姿を完璧な形で収めた写真、よ」
「何処が魅力的なんだ何処が。どう見ても涙が出るくらい情けない有様じゃないか。
まあ、そんなことより、こんな写真を私に見せてどうするつもりだ。
まさか私が中国をブッ飛ばしてることを咎めるつもりか?私はちゃんとスペルカードルールに則った・・・」
「馬鹿ね。そんなことする訳が無いでしょう。むしろその事に感謝してるのだから。
今日はね、その事について貴女に対して正式に礼を言う為に呼んだのよ」
「…はあ?」
レミリアの言うことがサッパリ理解出来ないとばかりに、魔理沙は思わず感情をそのまま声に出してしまった。
否、事実理解出来ていないのだ。そんな魔理沙を他所に、レミリアは言葉を淡々と続ける。
「万物には須らく最も美しい瞬間が存在するわ。桜の散り際、朧のかかる赤い月、舞い踊る翼鳥。
その瞬間に触れたとき、誰もがその光景に心酔し、心神を歓喜に震わせる」
「あのなあ・・・私はお前の訳分からん言葉遊びに付き合いに来た訳じゃないと…」
「待ちなさい」
下らないとばかりに帰ろうとする魔理沙の首根っこを再び掴み、レミリアは自分の元へと引き寄せる。
そして、再び魔理沙に美鈴の映った写真を見せて、レミリアはとんでもない事を口にする。
「美鈴にとってその瞬間が、コレなのよ」
「…は?」
「だから、誰かに虐められてる瞬間こそが、美鈴の一番美しい姿だと私は言っているのよ。
虐められている美鈴の表情って、凄くそそられると思わない?思わず蹂躙したくなるくらい可愛いと思わない?」
妖艶な笑みを浮かべて告げるレミリアに、魔理沙は背筋が冷たくなるのを感じた。
それはレミリアに恐怖したからではない。ストレートに言うとドン引きしたからだ。
『一体何を言ってるんだコイツは』。それが魔理沙の素直な気持ちだった。
「美鈴は生きる芸術よ。あの娘の可愛さは異常なの。
唯でさえ可愛いのに、あの娘は私に可能性を見せたわ。それが美鈴の虐められている時の姿よ。
あの今にも泣きそうな表情、許しを乞う表情、何もかもが作品の一部だわ。ああ!何て素晴らしいのかしら!」
「落ち着いてレミィ。興奮しすぎて弾幕が出てるわ。机が壊れてるから」
「…はっ!?私としたことが。もう少しで危うく不夜城レッドを放つところだったわ」
出すな。頼むから出すな。つーか無意識でスペルカードってどういうことだ。
レミリアに吹き飛ばされた机を見ながら、魔理沙は心の中でそう呟いた。
ゴホンと咳を一つ払って、レミリアは再び魔理沙へと向き直る。
「つまり、私は美鈴は虐められている姿が素晴らしいと言いたい訳。
そして、貴女は日々美鈴を虐めている。それは私達にとって感謝すべき事なのよ」
「多分、今まで生きてきた人生の中でこれ程までに心底嬉しくない感謝をされたのは初めてだぜ。
というか、ハッキリ言わせてくれ。お前の言ってる事がサッパリ理解出来んししたくもない」
「しなくていいのよ。美鈴の素晴らしさは私達だけで共有出来ればいいの。そして私が言いたいことは唯一つ。
貴女はこれからも私の許可なく紅魔館に訪れ、美鈴と闘いなさいという事よ。そして勝ちなさい。絶対に勝ちなさい」
侵入者に対し、門番に絶対に勝てという館の主。これは一体どうなのだろう。
魔理沙は何かもう色々と駄目な気がしていた。
「お前、絶対永琳に一度頭の中をクリーニングしてもらった方がいいと思うぜ。
というかパチュリーも何とか言ってやれよ。このお嬢様、霊夢にまともに相手にされないからって壊れすぎだろ」
呆れたように笑って告げる魔理沙に、パチュリーは少し考える素振りを見せる。
そして、仕方が無いとばかりにパチュリーは二人の会話に割り込んだ。
「残念だけど私からは何も言えないわね。だって私もレミィと同じ考えだもの」
「だろ?もうコイツどう考えても頭おかし……は?」
パチュリーのとんでもない言葉に魔理沙は思わず思考回路がストップする。
しかし、その静止した世界の中でも魔理沙の脳内では会議が繰り広げられていた。
待て。確かレミリアは何といった。美鈴の素晴らしさは私『達』だけで共有出来ればいいと。ではその『達』とは誰か。
そんなもの、考えるまでもないではないか。この場に自分の他にいる人物など一人しかいない。
「言っておくけど、図書館の本棚の一つに全て美鈴の写真集が入ってる本棚を作ったのは他ならぬ私だから。
他の魔道書等は大目に見るけど、その棚のモノを持っていったら問答無用で賢者の石よ」
「馬鹿だ!!お前等みんな馬鹿ばっかりだ!!」
「ちなみに写真を撮っているのは門番隊の妖精達だから。
私達だと美鈴と離れた場所にいるからなかなかシャッターチャンスが掴めないのよね。
その点、数だけは豊富にいる妖精メイドは優秀だわ」
「そんなこと聞いてないっ!!」
絶叫突込みをあげながらも、この時魔理沙は生まれて初めてあの門番に同情した。
というか何故こんな上司達に囲まれて毎日門前で頑張れるんだろう。
もしかしたら、働くということは想像以上に大変なのかもしれない。そんなことを魔理沙は考えていた。
「というか、それはもう虐め以外の何物でもないじゃないか。
いや、毎日のように中国を吹き飛ばしている私が言えた台詞じゃないかもしれんが」
「何を馬鹿なコトを。私達は美鈴を愛しているのよ。愛しているからこそ虐めたいの。
狂おしい程に美鈴の事を愛してるからこそ、あの娘の虐められている姿が見たいのよ」
「愛してるなら虐めんな」
「愛するが故に見守る愛もあるのよ」
「パチュリーがその台詞を言うとシャレにならんだろ。というか見守るだけにしてやれよ本当に」
あまりの非道ぶりに、最早魔理沙は先ほどマスタースパークでブッ飛ばしたことも忘れ、執拗に美鈴を庇う。
多分、魔理沙の中で何かが琴線に触れてしまったのだろう。破天荒の黒白娘、実は心優しい女の子だったりする。
「ともかく私は帰るぜ。お前等の訳分からん世界なんぞどーでもいいからな」
「そう。まあ、私も礼を言い終えたし用件は済んだから構わないのだけど。
今日はフランに会っていかなくてもいいの?」
「いい。というか、今日はアイツに会っちゃ駄目な気がする。
アイツまでお前等みたいな変態だったら立ち直れる自信が無い」
「失礼ね。今が夜だったら殺してしまうところだわ。
咲夜、お客様はお帰りだそうだから紅茶の準備はしなくてもいいわ」
レミリアの言葉に、レミリアの背後から『そうですか』との返事が帰ってきた。
いつの間に現れたのか、レミリアの背後に咲夜がトレイに紅茶を乗せて佇んでいた。
魔理沙が少し視線を逸らした隙に気配を消して現れる辺り、流石はメイド長である。
「ああ、じゃあな。あと咲夜、考えたくはないがお前も変態の一員なのか?」
「馬鹿言わないで。私はお二人とは違うわよ」
咲夜の言葉に、そうかと安心して魔理沙は部屋の扉へと手をかけた。
「私は見守るだけじゃ我慢できないもの。それでは私の美鈴への溢れ出る情愛は抑えきれないわ」
「そうか。それじゃ安心して仕事を続けてくれ、このド変態め」
神は死んだ。だからあの巫女はあんなにも無気力なのだろうか、などと失礼なコトを思ったりした。
魔理沙は力強くドアを閉めて、大変無駄な時間を過ごしたものだと嘆息してその場を後にした。
所変わって再び紅魔館の門前。
美鈴は一人、門の前で体育座りをしながら己の身体に刺さったナイフを抜いていた。すんすんと泣きながら。
「えうう…一体私が何をしたって言うんですかあ…」
えうえうと涙を零しつつ、美鈴は愚痴を零していた。
何をしたというより、侵入しようとした魔理沙に何も出来なかったのがお仕置きの原因なのだが。
最近はよくこんな光景が見られるのだが、今日は特に精神的に堪えたらしい。
明るく陽気な彼女が長時間ここまで落ち込むのもなかなか珍しいことだ。
「確かに私は無能ですよ…役立たずですよ…ただの穀潰しですよ…
立派なのは役職だけで、実質何の役にも立っていない門番長ですよ…メイド長の咲夜さんとは天と地の差ですよ…」
彼女がそう嘆くのも無理は無かった。
紅霧異変で紅白と黒白にボコボコにされて以来、彼女は門番としての仕事を全く発揮出来ていなかったのだ。
そもそも紅魔館に侵入しようと考える馬鹿など、魔理沙以外存在しないのだ。その魔理沙を彼女はとめられない。
即ち、紅霧異変以来の彼女のガード率は0パーセント。最早、威厳も何も無い問題外の数値なのだ。
魔理沙に飛ばされ、咲夜に怒られ、魔理沙に飛ばされ、咲夜に怒られ・・・その繰り返しの日々だった。
「飛ばされ刺され飛ばされ刺され…もうこんな生活やだ…」
自分の身体に刺さった最後のナイフを抜き、美鈴はぽいっと地面へ投げ捨てる。
どうやら今の彼女は精神的に色々参ってるらしい。といっても、彼女が今までこうならなかったのが奇跡なのだが。
「はあ…私、何で門番なんてしてるんだろう。
そうだよ…大体私、元々は唯の妖怪で、自由気ままに生きてる根無し草だったのに…あの頃は良かったなあ…」
ふふふ、と渇いた笑みを浮かべながら美鈴は遠い目をして想いを過去に馳せる。
まだ彼女が自由の身だった頃、美鈴はまさに妖怪として自由の象徴だった。
起きたい時に起き、食べたい時に食べ、寝たい時に寝る。生きたいように生きるのが紅美鈴だった。
妖怪のくせに食人の嗜好は無く、その人間臭さ故に時には人里で人間のように過ごしたりした。
人間の宴に混じって、人間と共に馬鹿騒ぎをする。その瞬間が、美鈴は何より好きだった。
「そんな生き方だったのになあ…あの頃は本当に楽しかったなあ…」
全てが変わってしまったのは、彼女が外の世界から幻想郷入りした後のことだった。
幻想郷入りし、右も左も分からぬ彼女はとりあえず何処か人里を探して泊めてもらおうと考えた。
あちこちと歩き回って、彼女が最初に見つけた場所が・・・
「紅魔館だったんだよね…」
美鈴はそっと自分の背後にそびえ立つ館を見つめた。
あの日、この館を訪れた彼女の前に舞い降りた一人の吸血鬼。その姿に彼女は見惚れてしまった。
その存在の何と圧倒的なことか。そして、その優雅さ。
きっと、自分のような泥臭い妖怪では生涯かけても辿り着けない境地。その存在。それがレミリア・スカーレットだった。
そして、気付いた時には――ボコボコにされていた。喧嘩を売ったつもりも無い。何をしたつもりも無い。
ただ、有無を言わさず一方的にやられたのだ。そして彼女、レミリアが美鈴の告げた言葉はたった一言。
『待っていたわ、紅美鈴。今日から貴女の運命は私のモノよ』
後で聞いた話だが、その日のレミリアはフランと喧嘩をして大層機嫌が悪かったらしい。
それで、丁度良いところに妖怪が館を訪れたものだから精神サンドバックに利用。
ボコボコにし終えた後に、彼女と自分の運命を見ることが出来たらしい。その話を聞いた時、美鈴は本気で泣いた。
その日以来、彼女はこうして来る日も来る日も門番を続けている、という訳である。
「最初の方は良かったなあ…私が妖怪を退治したら、みんなが褒めてくれたもん。
今は妖怪なんて誰も来やしないし、来るのはお嬢様ですら弾幕勝負で勝てない最悪の相手だけだし…」
紅霧異変までの美鈴はそれこそ紅魔館の盾としてその名を幻想郷中に轟かせていた。
何人たりとも門を通さず、侵入者の前に立ち塞がる紅の悪魔の番犬。それが紅美鈴だった。
彼女の武勇を聞き、手合わせを願い出る妖怪すら現れるほどの存在だったのだ。
それが今では見る影も無く、この様である。それは決して美鈴が悪いのではない。全てが悪かったとしか言い様がないのだ。
「はあ…本当、私なんで門番なんかやってるんだろう…
大体侵入者なんて魔理沙しか来ないし、そもそも魔理沙は敵じゃないし、館には咲夜さんだっているし…」
そこまで呟き、美鈴はひとつの事に気がついた。
侵入者は魔理沙だけ。加えて、魔理沙が実はパチュリーやフランと仲の良いことは美鈴だって知っている。
魔理沙が侵入することは、ただパチュリーやフランに会いに行ってるだけで、本の事などただの口実に過ぎないことも。
つまり、魔理沙は最早紅魔館にとって侵入者足り得ないのだ。
ならば問題だ。このスペルカードルールが制定された時代、わざわざ紅魔館に侵入を試みる馬鹿が果たしているだろうか。
無意味な殺しも出来ない。レミリアの首を狙うことに意味も無い。加えて館には自分以上の猛者が主を含め何人もいるのだ。
否。ハッキリ言ってしまおう。正直、この辺りの妖怪など門番隊の妖精達でも充分対応出来るのだ。
撃退出来なくとも、足止めしてしまえば咲夜がすぐに駆けつける。それはつまり。
「門番…全然要らないじゃないですか!?」
その解答に辿り着き、美鈴はガーンと全身でショックを表現する。
それは彼女のアイデンティティを根本からスターボウブレイクするに充分足りるものであったことを加えておく。
彼女は震えた。では今までの自分への仕打ちは、仕事は一体なんだったのかと。
門番なんて必要ないなら、自分もメイドの一人として仕事をさせてくれれば良かったのだ。
掃除なら人並み以上に自信があるし、料理だってその辺の妖精なんかには負けたりしない。
長い年月を人間社会で過ごしてきた美鈴にとって、そちらのほうが門番よりよっぽど向いているのだ。
それなのに、美鈴を意味の無い門番に置く理由。その考えに辿り着き、彼女は全身から血が引く感覚に襲われた。
「や、やっぱり…私、本当は紅魔館のみんなに嫌われてるんじゃ…」
そういえば、と彼女は振り返る。散々思い当たる節があったからだ。
そうでなければ、こんなにも一人だけ厳しい罰や仕事ばかり与えられる訳がない。きっとそうに違いない。
きっと役立たずの自分を、お嬢様や咲夜さんは鬱陶しいと感じてるに違いない。
「あうう…」
実際は全く逆なのだが、一度思い込むと止まらない。
最早上司達全ての行動が自分を追い込もうとする行動に美鈴は感じられた(ある意味正解なのだが)。
きっとこの場所に居続けると、そのうちお嬢様や咲夜さんを本気で怒らせるに違いない。
もしそうなれば、自分の末路は。そこまで考えて、美鈴は一つの答えを出した。たった一つ簡単な答え。
「…逃げよう」
美鈴は迷うことなくその場から駆け出した。
きっと今なら、魔理沙とみんな談笑してる筈だから誰も気付かないに違いない。今しかない。
美鈴は心の中で何度もゴメンなさいと祈りながら必死で逃げた。本気で逃げた。これ以上無いくらい全速力で。
空を飛べることすら忘れ、彼女は一心不乱に駆け抜けた。そして美鈴はそっと神に誓うのだ。
変装して暮らそう。ヅラ被って暮らそう。差し歯入れて暮らそう。カイゼル髭つけて暮らそう。語尾とかはザンスにしよう。
このまま誰にも知られず幻想郷の一市民としてひっそりとゆったりとおっとりとのうのうと
オプティミスティック且つ左団扇方向のロハスロハススタイルで暮らしてゆくのだ、と。
こうして紅魔館の誇る盾の逃避行は、誰にも知られぬうちに幕を開けたのだった。
「慧音、さっきから熱心に何読んでるの?」
太陽も昇りきった昼時。
慧音の家に昼食を食べに来た妹紅が新聞を読んでいる慧音に尋ねかける。
妹紅の声に気付いた慧音は、一度新聞から目を離して口を開いた。
「先ほど文にコレを渡されてな。
いつものように数ヶ月遅れの記事ばかりかと思えば中々興味深い記事が載ってたんだ」
「へえ…慧音の興味を引くような記事ねえ。あの天狗もたまにはやるもんだ」
ご馳走様、と昼食を食べ終えた妹紅に慧音は『お前も読むか?』と視線を向ける。
しかし妹紅は軽く首を横に振って応えた。妹紅はあまり興味は無いらしい。
「それじゃ私はちょっくら蓬莱ニートのところにでも行ってくるよ。
何か夜は忙しいから昼間に来いって言われてるんだよね」
「あのお姫様が忙しいとは珍しい。明日は槍でも降るんじゃないか?」
「だよねえ。何でも『ねっとげーむ』のパーティーが揉めて仲裁がどうのこうの言ってたよ。
嫌になるくらい長い付き合いだけど、アイツの考えてることは未だにイマイチよく分からん」
「そうか。まあ夕飯は準備しておくから日が落ちるまでには帰ってくるといい。
くれぐれも周囲の人々を喧嘩に巻き込んだりしないように」
「輝夜の馬鹿に言ってよ。少なくとも私はあの馬鹿以外に迷惑をかけるつもりはこれっぽっちもないんだからさ」
それじゃ、と妹紅は慧音の家から去っていった。彼女の向かう先は方向からするに永遠亭のようだ。
妹紅の背中を外で見届けた後に、慧音は部屋に戻り、再び新聞に目を戻す。
その新聞には大々的に『紅魔館の門番FA宣言!?幻想郷界に衝撃走る!!』などと見出しが書かれていた。
内容は大袈裟に面白おかしく書いているが、要約するとどうやら紅魔館の門番がいなくなってしまったらしい。
それで、紅魔館側は今現在必死に捜索しているが、その足取りは全く掴めないとの事だ。
いつから失踪したのかは詳しくは分からないが、今朝の文の表情からするに、今からそう遠くはないだろう。
現に今朝、文は慧音に『あまりの特ダネに昨日は興奮して眠れずに一日で仕上げてきました!!』と語っていた。
ただ、悲しいかな。彼女の新聞を読んでいる者など慧音や霖之助、よくて寝起きのスキマ妖怪くらいだろう。
よって彼女が頑張って掴んだ特種も、こうやって慧音のような人間以外に伝わることは決して無いだろう。
「しかし紅魔館の門番がなあ…文の様子からするに、唯の流言飛語という訳ではなさそうだが」
慧音は記憶の底から彼女、紅美鈴に関するデータを拾い上げる。
美鈴と慧音は直接の面識は無い。彼女は紅魔館に訪れたことは無いし、美鈴も人里に現れたこともない。
博麗神社での宴会には何度か参加したが、彼女をその宴会で見たことも無い。
(それも当然で、美鈴は年中無休で門番をやっている為、彼女が紅魔館を離れる事など無いのだ)
ただ、美鈴の容貌や人となりだけは慧音は知っていた。
何故ならこの人里に紅魔館から買出しに現れる人物、メイド長こと十六夜咲夜が慧音に度々話してくるからだ。
写真を見せてはやれ美鈴は可愛いだのやれ美鈴は素晴らしいだの、さっさと帰れと何度も塩を撒く程にしつこく話されたのだ。
ただ、そんな中でも慧音は幾つか紅美鈴に対して分かることがあった。
一つ、紅美鈴は妖怪にしては珍しく温厚な性格で、妖怪らしからぬ程に人間臭いということ。
一つ、紅美鈴は紅魔館の皆に愛される存在で、周囲の人間を惹きつける魅力を持っているということ。
そんな先入観を持っていたからこそ、慧音は文の新聞に興味を抱いたのだ。
彼女が紅魔館を去る理由。妖怪であり、紅魔館の門番を任される程の強者の彼女が
誰かに攫われたりすることなどまずありえない。つまり彼女は自らの足でその地を去ったことになる。
「紅魔館の門番を務めるほどの強者ならば、館を離れても野で生きるなど造作もないだろうが…
私が実際彼女に会ってその素性を知ったわけでもない。野に降りると決め付けるのはやや早計か。
間違っても人里の人間を取って食ったりなどしてくれなければ良いがな」
お茶を啜りながら、慧音は人里の護り人としての心配をしたが、それは杞憂だろうと考え直した。
吸血鬼の居城を護る程の妖怪が、無闇に人を襲うほど知性が無いとは考え難い。
また、そんな馬鹿を門番にする程、あの吸血鬼のお嬢様は愚かではない。あのお嬢様は下衆びた愚者を嫌う筈だ。
だから彼女、紅美鈴が人里に現れることなどないだろう。それが慧音の出した結論だった。
「ふむ…茶菓子も切れたことだし、見回りついでに買出しにでも行くか。
妹紅の奴、ウチに入り浸るのも構わないが、時々は気の利いたことの一つでもして欲しいものだな」
主に妹紅が食べつくした和菓子の箱を見ながら、慧音は一人溜息をついた。
本心からそう思っていない事は誰が見ても明白なのだが、今は慧音一人しかいないので、
その事を誰かに指摘されるようなことは無かった。
食器の片づけを終え、慧音は久々に街の見回りへと足を運んでいた。
最近は村に若人集達によって自警団のような存在が出来、余程の事が無い限りこうやって
慧音は自分で見回りをする必要が無くなった為、こうやって自らの足で村を回るのは久々だった。
慧音に挨拶をしてくる村人達に、慧音は笑顔で挨拶を返す。人里の護り人である彼女にとって、
村の人間全てが彼女にとって家族のような存在であった。彼女にとって、村人の誰もが愛おしい存在だった。
「けーねさまだ!」
「こら、まずは挨拶をせねば失礼だろう。いつも寺小屋で言っている筈だぞ」
「あー、ごめんなさい。こんにちは、けーねさまっ」
「うむ、こんにちは」
慧音の姿を見て、子供達は慧音に次々と群がっていく。
この子供達は全員が慧音の教える寺小屋に訪れている子供達で、いわば彼女の教え子だ。
ワイワイと騒ぐ子供達を見て、慧音は満更でもない苦笑を浮かべているが、ある一つの事に気付く。
「お前達、その手に持っているお菓子はどうしたんだ?」
よく見れば、子供達の誰もがその手に和菓子を持っているのだ。
和菓子といえば高級品ではないとはいえ、子供達のお菓子には手に余る値段の筈だ。
そうそう気軽に買えるものではないのだが。そんな慧音の疑問に、子供達が次々に嬉しそうに声をあげる。
「ねーちゃんに貰った!」
「茶屋のお姉ちゃんに貰ったー!」
「みすずねーちゃんがくれたー!!」
嬉しそうに言い合う子供達に、慧音は更に首を傾げた。
この人里に茶屋など一つしかない。そして、そこには老夫婦が趣味の一環として経営してるような店だ。
その老夫婦の子供は男一人であり、その人は大工になった筈だ。また、嫁を貰ったなどという話を聞いたことがない。
つまり、子供達にお菓子をあげた人物はこの村の人間ではないということになる。
「そのみすずお姉ちゃんは茶屋に住んでいるのか?」
「うん。一週間くらい前から住み込みで働いてるって言ってたよ。
お姉ちゃんが来てから茶屋は凄い人がいっぱいだよ」
「みすずねーちゃん綺麗だもん。うちの父ちゃんなんか毎日通ってるよ。それで母ちゃんにいつも怒られてるもん」
「うちはお婆ちゃんが毎日通ってるー。お婆ちゃん、みすずねーちゃんが大好きだって言ってた」
「私もみすずねーちゃん大好きー!」
「僕もー!お菓子くれるし優しいし!」
次々と賛同の声が上がるなか、慧音はふむ、と少し思考の海へと身を投げる。
どうやらその『みすず』という人物は子供達はおろか、里の人間達にも好かれる人物らしい。
加えて、茶屋で住み込みを許されているとなると、あの老夫婦もその人物を気に入ったのだろう。
特に夫の方はなかなか気難しい性格なのだが、そんなハードルもその女性は簡単に乗り越えたらしい。
その時、慧音は大層そのみすずという人物に興味を惹かれていた。
目的地は茶屋だし都合が良い。茶菓子を買うついでに、一度その女性に挨拶しておくのも良いだろう。
「分かった。それでは私は行くが、遊んでばかりいないで宿題もちゃんと忘れずにやるんだぞ」
「「「「はーい」」」」
蜘蛛の子を散らすように駆け出す子供達を見て、慧音は苦笑する。
返事だけはいつも良いのだが、願わくば宿題の提出率もその返事と同じように良くして欲しいものだと。
子供達を見送って、慧音は茶屋の方へと足を伸ばした。
どうやら子供達の言っていることは本当のようで、遠目からでもその茶屋に客が入っているのが分かった。
茶屋に入り、慧音は村人達と挨拶を交わして席に腰を下ろした。本当はお持ち帰りだけの予定だったのだが、
ここまでくれば是非ともその女性に挨拶を交わしておきたいと考えたからだ。
やがて、慧音の元に一人の女性がパタパタと走ってきた。
「いらっしゃいませ~!本日のご注文は何にいたしましょうかっ」
「そうだな、緑茶と串団子を……え」
「へっ?」
その女性の顔を見て、慧音は思わず注文を途中で止めてしまった。彼女に見覚えがあったからだ。
その女性は、装いこそ普通の村人だが、その美貌は普通の人間と一線を画していた。
そして、加えて彼女の持つ紅の髪。一つ結びで束ねてこそいるものの、その鮮やかな髪を慧音はどこかで見たことがあった。
彼女が知る限り、このような人外の美しさを持つ髪を持つ者などそういない筈だ。
思い出せ。彼女を自分は一体何処で見た。紅の髪…紅髪…紅…
「あ…」
「あ、あの…私が何か?」
紅。それがキーワードだった。途端に慧音の記憶の奥底にあった記憶が瞬時に引き出された。
そうだ。あの紅魔館のメイド長が度々鬱陶しいほどに私に見せ付けた写真の中の女性。
彼女の髪こそ、このような鮮やかな紅色をしていた筈だ。そしてその人物は今、行方不明。
全ての欠片が次々と一つの答えへと収束していく。つまり、彼女は――
「お前…もしかして紅魔館の紅め「わーーーー!!!わーーーー!!わーーーー!!!」」
慧音の声を遮るようにその女性は大声で喚き散らし、慧音の口を無理矢理手で塞いだ。
何事かと客達の視線を集めるなか、その女性はアハハと誤魔化すように笑みを浮かべて何でもないと告げた。
やがて客のざわめきが収まり、その女性はホッとしたような表情をして、小さな声で慧音に話しかける。
「お客様、私は紅魔館の門番の紅美鈴などではありません。
きっと勘違いです。他人の空似です。世の中には同じ顔の人が三人以上存在するんです」
「いや…そもそも私は紅美鈴を門番などと言った覚えはないし、何より名前を最後まで言った訳ではないのだが」
「それでも違うんですっ!私は紅美鈴とかいて『くれないみすず』です!気軽にみすずちゃんと呼んでください!」
「そうか。で、紅美鈴。お前は一体人里で何をしてるんだ」
「うううー!!だから美鈴じゃなくてみすずだって言ってるのにいいい!!」
いじいじと拗ねる美鈴だが、何か諦めたように慧音に向き直って会話を再開する。
どうやら彼女特有の打たれ強さは人里に下りてきてもなお健在のようである。
「そもそも貴女はどなたですか?私の事を知ってる人間なんて、数える程しか存在しない筈なんですが…」
「ああ、失礼した。私は上白沢慧音。この里のまあ…護り人のようなものを務めさせてもらっている。
お前の事を知っていたのはあの館のメイド長と交友があって、会った時に色々とな」
「ううう…咲夜さんの馬鹿ああ…
って、ちょっと待ってください!つまり貴女は紅魔館とつながりがあるということですか!?」
「つながり…と言っていいものかどうかは疑わしいが、まあメイド長とはこれからも交友が続くだろうな」
その言葉に、美鈴の表情はサーッと血の気が引いていく。
そして、何か覚悟を決めたように美鈴はキッと慧音を睨みつける。
「慧音さんっ!!」
「な、なんだ?」
慧音の返事を待たず、美鈴はその場で跳躍し、見事に四回転を決めた後に机の上へと飛び乗った。そして――
「お願いします!!どうかこの事は咲夜さんには内緒にしておいて下さい!!!」
そのまま見事なまでに美しい、これ以上無いほどに素晴らしい土下座を決めた。クアトロ・ジャンピング・土下座である。
この光景を見ていた村人の一人は後に語った。『長年生きてきたが、あれほどまでに見事な土下座は見たことが無い』と。
机の上に乗り、ゴスンと頭を机に打ち付けるまでに頭を下げる美鈴に、慧音は驚き表情を固まらせた。
そして、何事かとばかりに再び二人に集る視線。そしてある事に気付き、慧音は今度は表情を引きつらせた。
慧音に対し、頭を打ち付けるほどにお願いする美鈴。この光景ではまるで、慧音が美鈴を虐めているみたいではないか。
「ちょ、ちょっと待て!私は最初からそんなつもりはない!頼むから頭を上げてくれ!」
「ほ、本当ですか!?帰った後で『かかったなアホが!』って叫びながら咲夜さんに連絡したりしませんか!?」
「するかっ!!ほら、さっさと頭を上げろ!机からどけ!これじゃ私が悪者みたいじゃないか!
というか机の上に飛び乗るのは飲食店として衛生上問題があるだろうが!」
無理矢理美鈴を机の上から引っぺがして、慧音は引きつった笑みを浮かべたままで
美鈴をズルズルと引き摺りながら店の外へと連れ出した。軽く嘆息をつき、慧音は地面に転がったままの美鈴に話しかける。
「ったく…私は正直、お前が紅魔館を去った理由を聞くつもりもないし興味も無い。無論密告するつもりもだ。
何が悲しくて悪魔の館の内部のイザコザに自分から巻き込まれねばならん。私はそれほど暇人ではない」
慧音の言葉にぱぁ~っと表情を明るくしていく美鈴。
しかし、そんな美鈴を叩き落すかのように慧音は『だが』と付け加える。
「お前は紅魔館を守護した程の妖怪だ。恐らく歴史もある、強力な妖怪なのだろう。
そんな妖怪が何故か私に知られることも無く、いつの間にか人里に堂々と居座っているんだぞ?
お前がこの人里に現れた理由は一体何だ。それは人間を喰らう為か」
「ちちち、違いますよおおお!!私、人間なんか食べたりしませんっ!!」
返答次第では容赦しないと言わんばかりのオーラを纏う慧音に、美鈴は必死で首を振って否定する。
そんな美鈴の姿を見て、慧音は少し気が抜けた。先ほどの土下座といい、こいつは本当に紅魔館の門番なのだろうか。
そんなことを考え始めた慧音に、美鈴はぽつぽつと理由を語り始めた。
「あの~、本当は私も人里に来るつもりはなくて、他の妖怪のように適当な場所に住処を作ろうと思ってたんです。
そんな時、えっと…名前は言えないんですが、ある人から人里に住めばいいと言われまして。
それじゃあそうしようかな、と考えた私はその人に案内されてこの村に訪れた訳なんです」
美鈴の言葉に、慧音は成る程と納得した。
確かに普通、妖怪が人里で人間に混じって暮らしているなど誰も考え付かないだろう。
それはつまり、紅魔館の連中にばれることなくノンビリと過ごすことが出来る。
事実、この里の人間である慧音ですら今この時まで美鈴の存在に気付かなかったのだ。
だが、その事に慧音は一つ疑問を抱いた。
「おかしいな。お前ほどの妖怪が村の近くに現れれば、私はその妖気で存在を感じ取ることが出来るはずだ。
しかし、お前が村に入ってきた時はおろか、こうして傍にいる今ですらお前からは妖気を少しも感じられない。
何故私はお前の村への侵入に気付くことが出来ない?」
「えっと、それは私の能力のおかげなんです。
私の能力は『気を使う程度の能力』で、妖気や気配を自由に消したりといったように操ることが出来るんですよ。
その力のおかげで幻想郷に来る前も今のように人間達に混ざって生活してたんです」
美鈴の説明を受け、慧音は少し驚いたような表情を浮かべる。
それは彼女の疑問が謎解けしたからではない。美鈴の持つ能力を知り、目の前の妖怪が想像以上の化物だと知ったからだ。
「…その気を使う能力とは、気がつくものなら何でも操れるのか?」
「はあ、まあ大体は。でも妖気を消すことと、武術の気功以外に使ったことはないですね」
「その力は戦闘に使わないのか?」
「使う必要も無いですし、使ったところで誰にも勝てるとは思えませんし。弾幕勝負で妖気を消してもしょうがないですよ。
何より私は穏健派なんです。平和主義なんです。ラブ&ピースなんです。愛は世界を救うなんです。
それに私、闘うより逃げる方が性にあってますから。ああ、こんなことばかり言ってるから咲夜さんに怒られるのかな…」
何かを思い出しているのか、美鈴はよよよと泣き真似をしながら地面にのの字を書き始めた。
そんな美鈴を放っておいたままで、慧音は思考する。この妖怪は想像以上に強大な妖怪だと。
気を使う能力。それはつまり気という概念に捕われたモノならば何でも操ってしまう能力ということ。
彼女がその気になれば大気や熱気は当然のこと、瘴気や電気、挙句の果てには天気すらも操れることになる。
そもそも彼女は本当にただの一妖怪なのだろうか。一妖怪が持つ能力にしては、それはあまりに強大すぎる。
そして何より、天候を操れる生物など慧音は一つしか知らなかった。
それは幻想郷の最高神。生きとし生ける者全てが崇拝する神。彼女はまさか、妖怪などではなく龍…
「みすず~!!何仕事サボって遊んでんだ~!!」
「ああああ、ごめんなさいごめんなさい!!もう少しでお話が終わるから待って下さい~!!」
茶屋のお爺さんに怒鳴られて、ヘコヘコと謝ってる美鈴を見て慧音は思った。『うん、絶対違うな』と。
軽く息を吐いて、慧音はコツンと自分の頭を軽く叩いた。馬鹿なことを考え過ぎるのはよくない癖だと戒める為に。
一体何処の龍が年老いた人間如きに頭を下げると言うのだろう。神の威厳も何もあったものではない。
そんな自分自身の吹っ飛んだ考えに思わず呆れ果てる慧音に、美鈴は『あの』と声をかける。
「もう仕事に戻ってもいいですか?
そろそろ戻らないと、折角住み込みで雇ってもらえたのに私、首にされちゃいますから」
「ん、ああ…悪かったな、仕事の邪魔をして。
最後に一つだけ聞かせてくれ。お前は本当に里の人間を襲ったりしないのだな?」
慧音の質問に、美鈴は少し考える仕草を見せた後に笑って答えた。
「さっき言ったばかりじゃないですか。私は平和主義、ラブ&ピースなんですよ」
美鈴の言葉に、慧音は一瞬言葉を失ったものの、すぐに表情を崩して心から笑った。
そして笑いを堪えながら慧音は美鈴に告げた。『人里へようこそ。歓迎するぞ、愛と平和の妖怪さん』と。
それから一週間程過ぎた頃、紅魔館の一室では連日会議が繰り広げられていた。
その議題は勿論『紅美鈴捜索』である。美鈴が出て行って二週間余り、彼等は未だに美鈴を見つけられずにいるのだ。
「咲夜っ!まだ美鈴は見つからないの!?」
美鈴捜索の余りの進展の無さに、レミリアは苛立たしげに咲夜に問いただした。
そんなレミリアに咲夜は表情を強張らせたままに言葉を返す。
「申し訳ありません…妖怪の山、湖から永遠亭付近と妖怪の住処を満遍なく探させているのですが、見つかっていません。
現在、館内に働いている妖精の七十パーセントを捜索に当てているのですが…」
「七十!?そんなの全然足りないわよ!明日からは九十パーセントの妖精を駆り出しなさい!」
「ですが、これ以上妖精を派遣させますと館の清掃に支障が」
「貴女は館と美鈴のどちらが大事だと思ってるのよ!!いいからさっさと妖精達に指示なさい!」
「かしこまりました。直ちにそのように手配します」
レミリアの指示を受け、咲夜は待っていたとばかりに妖精達に命令を下す為に部屋を出て行った。
その光景を眺めながら、館に遊びに来ていた魔理沙は呆れたように言葉を紡ぐ。
「…お前、全然余裕無いのな。カリスマ以前の問題だぜ」
「うるさいわね!部外者は口出ししないで頂戴!
ううう…美鈴、貴女は今何処で何をしているの…この空の続く場所に居るの…?
いつもように笑顔でいてくれるのかしら…?」
「少なくとも二週間前のお前たちに散々虐められてた日常よりは笑顔でいると思うぜ」
「虐めてなんかないわよ!私はただ美鈴を愛していただけよ!
うう…私もう二週間も生美鈴を見てないのよ…明らかに私の身体はめーりん分が足りていないのよ。
このままじゃ私は美鈴分不足で死んでしまうわ…めーりんめーりん助けてめーりん…」
「分かったから写真に話しかけるな気持ち悪い。
あと何でその写真の中の中国は服をビリビリに破かれて泣いてるんだ」
「うう…美鈴、私の一体何が不満だったというの…私達の何がいけなかったというの…」
「いや全部だろ。むしろ中国は今までなんでお前等の下で働いていたのか知りたいくらいだ」
「愛してるのに!こんなにも美鈴の事を愛してるのに!」
「あー、頼むからハンカチ噛んで泣きながら力説するな。
というかパチュリー、いい加減このお嬢様をどうにかしろよ。
スカーレット・デビルの噂を聞いた人間が見たら本気で泣くぞ今の光景は」
魔理沙の言葉に、レミリアの隣で本を読んでいたパチュリーが面倒くさそうに顔を上げる。
確かにこのままでは紅魔館に棲む悪魔、スカーレット・デビルの威厳が地に墜ちかねない。
やれやれと溜息をついて、パチュリーは本を閉じてレミリアに話しかける。
「レミィ、少しは落ち着きなさい。
そんなに慌てたところで美鈴は帰ってこないわよ」
「帰ってこない!?美鈴はここに帰ってこないの!?」
「いやこないだろ普通。何処の誰が土日休日一切無し、給料無しの超ブラック会社に出戻ってくるんだよ。
少しは中国に癒しの時間を与えてやれよ。少しは部下を労わってやれよ」
「労わりなら沢山与えてたわよ!現に美鈴に視線を通じて元気を与えてあげるように
おはようからお休みまでずっと陰から見守り続けた日だってあったのよ!?お風呂の時もトイレの時もばれないように!」
「どう見てもストーカーです。本当にありがとうございました」
「いいのよ!紅魔館ではストーカーと書いて恋する乙女と読むのだから!」
「だから落ち着きなさいと言っているでしょう。レミィ、現に今こうして美鈴が紅魔館を出て行ったことは事実。
そしてその原因が魔理沙の言う通り、私達にあることも。ならば今、私達がすべきことは一つよ。
その事を反省し、美鈴が帰ってきた時、同じ事を繰り返さないようにしなければならないの」
「そ、そうよね…まずは美鈴にちゃんと謝らないといけないわよね」
レミリアの言葉を聞いて、魔理沙は心から驚いた。
いくら色んな意味で壊れているとはいえ、レミリアはこの紅魔館の主で誇り高き吸血鬼だ。
それが非が己にあるからとはいえ、ただの一妖怪、ただの門番に過ぎない美鈴に頭を下げると言っているのだ。
そんな魔理沙に気付いたのか、レミリアは不満そうな表情を浮かべて魔理沙に口を開く。
「何よ、その顔は」
「あ、いや…意外だなと思っただけだ。お前なら『どうして私が頭を下げなきゃならないんだ』とか
『唯の一妖怪如きにどうしてそんなことする必要があるのか』とか言いそうな気がしてたんだが」
「…魔理沙。勘違いしているようだから一つだけ教えてあげる」
魔理沙の言葉を聞いて、レミリアは軽く息をついた。
そして、先ほどまでの情けない表情を消してハッキリと魔理沙に言い放つ。
「自分が悪いと思ったなら頭を下げる。自分が悪くないと思ったなら絶対に頭を下げない。
そんな当たり前の事も出来ない愚者に、人がついてくると本気で思っているの?」
「あ…まあ、確かにそうだが…」
「吸血鬼としての誇り、紅魔館の主としての誇り。それらは確かに他者に頭を下げることを良しとしないわ。
けれど、それ以上に自分の非を認めずに己の愚を貫くなど私…『レミリア・スカーレット』の誇りが許さない。
今回の件は全て、美鈴の気持ちを考えずに己の欲望のままに動いた私に非があるわ。
だから謝るのよ。下らないことで意地を張ってあの娘を手放すなんて、私は絶対にするつもりはない」
その時、魔理沙は初めて理解した気がした。どうして咲夜やパチュリー、そして美鈴がレミリアの下に集っているのかを。
種族の誇りや己の立場よりも、彼女は己を大事にする。それは決して保守的な意味ではない。
彼女は己の誇りという決して曲げられない信念によって、部下を愛しているのだ。それは決して折れない心。
きっと彼女は裏切らない。きっと彼女は切り捨てない。何故なら部下を護ることは、己を護ることと同価値なのだから。
だからこそ、彼女の事を皆は敬愛するのだ。彼女の為なら捨石となることも躊躇わない。
だが、その捨石となることを彼女は良しとしない。だからこそ、彼女を部下達は更に敬意を表するのだろう。
絶対的なカリスマ、紅魔館のスカーレット・デビル。それが彼女、レミリア・スカーレットなのだ。
「…参ったな。目にゴミが入ったのか、お前が少しだけ格好良いように見えちまったぜ」
「格好良いのよ私は。ったく…それじゃ、美鈴が帰ってくるまでしっかりと反省の言葉を考えないとね。
パチェ、美鈴には何処から謝ればいいかしら。私としては美鈴の着替えを盗撮していたことはセーフだと思うのだけど」
「前言撤回。やっぱりお前は唯の変態だ馬鹿野郎」
私の感動を返せと魔理沙は心から思った。本気でそう思った。
その時、大きな騒音と共に館の中が大きく振動した。その騒音にレミリアは軽く舌打ちをする。
「おい、これは一体何の音だ?もしかしてフランの奴か?」
「そうよ。美鈴が出て行ってから、妹様の遊び相手がいなくなっちゃったからね。
ストレスが溜まってるのか、最近はいつもこんな感じよ。図書館の壁にも亀裂が入ったりして困ってるのだけど」
「…中国の奴、フランの遊び相手までさせられてたのかよ」
「当然よ。あの娘も美鈴に懐いてるからね。美鈴が出て行った事を知って、あの娘も相当溜まってるみたいなのよね。
…さて、魔理沙。今日は貴女の力を借りるわよ。暴走したあの娘を抑えるのは私だけじゃ面倒だし」
「成る程、今日ここに呼ばれた一番の理由はフランのストレス解消の為のサンドバックになれってことか。
了解したぜ、地獄へ堕ちろ紅悪魔(マイマスター)」
「地獄に堕ちない悪魔なんて聞いたことがないわね。全くもう…
フランは暴れるし美鈴分は不足してるし何より美鈴のオッパイは揉めないし…イライラで頭がどうにかなりそうよ」
「お前は中国の胸を揉んだらストレス発散になるのか」
「揉ませないわよ。美鈴の胸を揉んでいいのは私だけの特権なんだから。
美鈴の胸は幻想郷の国宝として称えてもいいくらいだわ。形、大きさ、弾力全てがパーフェクトなのよ」
「そんな意地悪言わずに私にも揉ませて欲しいぜ…何て言うとでも思ったか、ばーか!!」
ギャアギャアと口論を始めながら、二人は地下の方へと飛んでいった。
その後姿を見送ることも無く、パチュリーは既に先ほどまで読んでいた本の方へと視線を戻していた。
ちなみに本のタイトルは『紅美鈴写真集13 ~下着編~』であるが、本編には一切関係ないので追求しないことにする。
こんな本を読みながら真面目にレミリアを諭していたなどと、正直あまり考えたくなかった。
これで一体何度目の溜息をついただろうか。
慧音は軽く自嘲しながら視線を書物から机の向こう側に座っている人物の方へと向ける。
その人物――紅美鈴はさきほどからソワソワした様子で慧音の出したお茶を飲んでいた。ハッキリ言って落ち着かない。
先ほどからチラチラと何度も慧音の方を見ては何かを言いかけて、結局口を閉ざす。
自分から言うまで待とうと決めていた慧音だが、流石に限界だったらしい。大きな溜息と共に美鈴に話しかけた。
「…何か聞きたいことがあるならハッキリ言え。お前は宿題を忘れた寺小屋の生徒か」
「へぅ!?べ、別に聞きたいことなんてありませんよ!?
ただちょっと最近の紅魔館はどんな感じかなあ、とか聞きたいなあ、とか思ったりしてませんよ?ほ、本当ですよ?」
「…最近よく思うようになったよ。世の妖怪や人間が皆お前のような性格だったら
幻想郷は必要なかったのかもしれない、とな」
「へ?」
「これから先もそのままのお前でいてくれと言うことだ」
呆れたように呟きながら慧音はそっと書物を閉じる。
美鈴は慧音の言っている言葉の意味がイマイチよく分からないらしく、軽く首を捻っていた。
「そんなに紅魔館の事が気になるなら一度帰ってみればいいだろうに」
「ととと、とんでもないです!なんて恐ろしいことを平然と言うんですかっ!
私、紅魔館の脱走兵ですよ!?そんなことしたら有無を言わさず処刑されますよ!!
あ、いえ!別に紅魔館の事を気にしている訳では全然無いのですが…」
「そうか、気にしてないか。ならば紅魔館の事をお前に話す必要は無いな」
「ですよねえ…って、うええ!?そんなああ…」
「冗談だから本気にするな。しかし、お前は本当に変な奴だな」
「そんなストレートに!?もっとオブラードに包んでくれてもいいじゃないですかあ…
それに私の何処が変だって言うんですかっ」
「未だに紅魔館の事を気にしている所が、だ。
お前は紅魔館での凄惨な扱いから逃げる為にここに来たのだろう?
ならばそんな場所の事などさっさと忘れて『くれないみすず』として今を謳歌してしまえばいいだろう」
先日、美鈴が話してくれた内容を思い出しながら慧音はアホらしいとばかりに言い放つ。
美鈴が慧音に話した紅魔館での彼女の扱いはそれはそれはもう慧音の心を直撃した。
何というかもう悲惨過ぎて慧音の持つ仁義の心というか、母心というか、そんなハートをがっしり掴んでしまったのだ。
美鈴が全てを語り終えた時、慧音は涙を抑えられずにはいられなかった。あまりに美鈴が不憫過ぎて。
そんな慧音を見て『キモイよ慧音』と横から茶々を入れた妹紅はその後慧音にピチューンされたりした。
という訳で美鈴の紅魔館での生活を知った慧音は、美鈴が未だに紅魔館を気にすることが理解出来ないのだ。
「あ~…まあ、そうなんですけど…何と言いますか、やっぱり長年住んだ家ですし」
「雨をしのげる屋根と生きるに必要な分の食事を提供するだけの場所など家とは言わん。
悪いことは言わないから紅魔館の事はさっさと忘れてしまえ。それがお前の為だ」
「で、ですが…そうだ、妹様は私がストレス発散の相手をしないと眠れないって言ってくれた事がありまして。
もう二週間も妹様の相手を務めてませんし、もしかしたら大変な事になってるかも…」
「そうか、それは大変だったな。きっと今頃お前の代わりの誰かがその役割を務めているだろうな」
「うう…」
ぴしゃりと言い放つ慧音に、美鈴は何も言い返すことが出来ずに頭を垂れる。
そんな美鈴を見て、慧音は再び大きな溜息をついて口を開く。
「お前、本当は紅魔館に戻りたいんじゃないのか?」
「そ、そんな訳ないじゃないですか!
さっきも言いましたが自分から逃げたのにノコノコ帰ったりなんかしたら本当に殺されちゃいますよ!!」
本当、どうしようもない妖怪だと慧音は思う。
人を騙したり貶めたりするのが本分である筈の妖怪の癖に、どうしてコイツはこんなにも嘘が下手なのだろうかと。
でも呆れてしまう。そんな彼女だからこそ、自分は彼女の力になってやりたいと思うのだ。
乗り気はしないし、やる気も無い。だけど、彼女が望むなら自分は力になってやろうと思うのだ。
臆病で弱虫な情けない妖怪の背を、軽く押してやることくらいは。
「美鈴。この里の暮らしは嫌いか?」
「へ…?そ、そんなことないです!
余所者の私なのに皆さんは良くして下さいますし、休みだってお給料だって貰えますし…」
「そうか、それは良かった。ならばそれでいいじゃないか。
ここに居ればお前は紅魔館で過酷な就労を宛がわれることもないし、理不尽な責め苦を受けることも無い。
ここにはお前を好きだと言ってくれる人間が沢山居るんだ。それでは駄目なのか?」
慧音の言葉に、美鈴は口を閉ざして視線を落とした。
この場所は天国だ。心からそう思う。この場所なら誰に咎められることも罰せられることも無い。
紅魔館を訪れる前のような生活。それは誰よりも自由で、誰よりも気楽で。そんな楽しい日々だ。
きっとこの場所に居ることが正しい選択なのだろう。この場所に居ることが賢い選択なのだろう。
けど、この場所には――
「…この場所には、お嬢様がいません」
「美鈴…」
「この場所は凄く素敵な場所です。こんな私を受け入れてくれましたし、それは今でも変わることはありません。
でも…この場所にはレミリアお嬢様がいないんです。咲夜さんがいないんです。
妹様もパチュリー様も小悪魔ちゃんも、誰もここには居ないんです…」
確かに悲惨な毎日だったけど。確かに辛いことしか記憶に残らない毎日だったけど。
それでも彼女達はそこに居た。紅魔館に、美鈴の近くでいつも楽しそうに笑っていた。
多分、役立たずの自分はみんなに嫌われていたのだと思う。それでも、自分は愛していた。
我侭な主を、厳しい上司を、加減を知らない主の妹を、自分勝手な知識人を、自分と同じ苦労人の悪魔を。
そんな紅魔館の誰もを美鈴は愛していた。苦しいだけの毎日でも、報われない毎日でも、そんな日々を愛していたのだ。
「紅魔館から離れて、時間が経つにつれ自分が分からなくなりました…
本当にあの場所から逃げたことは正解だったのかなって、これで本当に良かったのかなって。
この場所は本当に楽しくて、幸せで、私には勿体無い位みんな優しくしてくれて…でも、やっぱり違うんです。
こうして紅魔館から離れて過ごして、私はやっと思い出すことが出来ました。どうして私は紅魔館の門番をやっていたのかを」
あまりにも過酷な労働や厳しい罰のおかげで精神が擦り切れ、そんな想いはとうの昔に忘れてしまっていた。
美鈴はそっと慧音に語り始めた。こんなにも紅魔館を求めてしまう理由。
どうして自分がこんな目にあっても門番を続けようと思ったのか。どうしてあの場所に留まり続けたのか。
美鈴はただ護りたかった。紅魔館のみんなの笑顔を。紅魔館のみんなが安心して暮らせる場所を。
一妖怪として外の世界を歩き回っていた時、美鈴は孤独だった。人里で生活していても、それは変わらなかった。
自分と人間との間に引かれた一線が美鈴に線の内側に踏み込ませることを躊躇させた。
きっと自分は一人。死ぬまで一人。でも、それは仕方ないのだ。何故なら美鈴は妖怪だから。
人は妖怪を退治するもの。妖怪は人を食らうもの。それは覆されることの無い絶対のルール。
それでも美鈴は望んでしまった。他人の温もりを、優しさを。触れたいと願った。知りたいと願った。
誰よりも異質で、誰よりも人間臭い妖怪は望んでしまったのだ。誰かと一緒に生きる事を。
「そんな私を救って下さったのがお嬢様だったんです…」
出会いは確かに最悪だったけれど。今思い出しても理不尽なことこの上なかったけれども。
レミリアは美鈴を紅魔館に迎え入れてくれた。一人ぼっちの妖怪に、彼女の主は沢山のモノを与えてくれたのだ。
誰かと一緒に生きる喜びを。誰かの笑顔を護る喜びを。彼女の望んだ全てが、その館にはあった。
敬愛すべき主が大好きだった。そんな主の下に集うみんなが大好きだった。そう、大好きなのだ――だから。
「美鈴…」
「帰りたいです…紅魔館に帰りたいです…
私、最低です…自分から逃げたくせに、自分から捨ててしまったくせに、そんな最低なこと考えてるんです…
私が紅魔館のみんなに嫌われてるのは知っていました。でも、私はみんなが大好きなんです…
どんなに厄介者と思われても、役立たずと思われても、やっぱり私は紅魔館に居たかったんです…」
少女の頬を一筋の涙が伝った。それを皮切りに、美鈴の瞳からとめどなく涙が溢れ出した。
その涙を見て、慧音は悟った。この少女があの紅魔館から逃げ出した本当の理由を。
彼女は紅魔館での待遇や扱いに嫌気がさして逃げてきた訳ではなかったのだ。
少女はただ恐れたのだ。館の住人達に嫌われることを。何時の日か、『お前は要らない』と告げられる事を。
慧音は思う。この妖怪は本当に馬鹿だ。嫌になるくらい大馬鹿者だ。
あんな扱いをされても、少女は主を責めることなくただ自分だけを責めるのだ。自分が悪いと、自分が間違っていたと。
ああもう、本当に嫌になる。こんなにも真っ直ぐな馬鹿を自分は見たことがない。
もっと器用に生きればいいではないか。もっと狡猾に生きればいいではないか。それが妖怪という生き物だろう。
慧音は苛立たしげに立ち上がり、美鈴を無理矢理立ち上がらせるように彼女の腕を引っ張り上げた。
そして彼女らしからぬ感情に任せたままに言葉を紡いだ。
「行くぞ」
「へ…ど、何処へですか?」
「そんなモノは決まっているだろう。紅魔館へだ」
「え、えええええええ!?だだだ、駄目ですよ!!
私にはそんな資格はありませんし、何より今更戻っても私の居場所なんて…」
「護ってやる」
ああ、本当に嫌になる。
妖怪の癖に誰よりも人間臭く、誰よりも愛される少女。童のようにコロコロと表情を変える無垢な女の子。
「お前がレミリアに怒られそうになったら私が怒鳴ってやる。
お前が咲夜に罰を受けそうになったら私が守ってやる。
お前の居場所が紅魔館にはもう無いなどと言う奴が居たら私が頭突きしてやる」
そんな少女を知ってしまって。そんな少女に触れてしまって。
そこまで知ってしまったら、自分が彼女を放っておける訳がないではないか。
誰よりも馬鹿で、誰よりも心優しい変な妖怪。人を喰らう妖怪のくせに世界はラブ&ピースなどとほざく馬鹿者。
「お前の歩く道は私が作ってやる。お前の歩く道に立ち塞がる者は私が排してやる。
だからお前は胸を張って紅魔館に帰るんだ。そして、笑っていろ。お前に泣いてる顔なんか少しも似合わん。
お前は見てるこっちが呆れる位に、常に周囲に笑顔を振りまいてるくらいが丁度良い」
そんな馬鹿者だからこそ――私は惹かれずにはいられないんだと思う。
出会って二週間も経っていないけれど、きっとこの少女の魅力を知るのに時間なんて関係ないのだろう。
触れれば誰もが好きになる程に馬鹿でお人好しな妖怪。それが彼女、紅美鈴なのだから。
「け、けいねさあああああん……うええええん!!」
「こ、こら!引っ付くな!というか私の服で涙を拭くんじゃない!!!
あああああああ!!!鼻水!!鼻水が私の服にっ!!!!!」
子供のように慧音に抱きついて泣く美鈴に、慧音はやがて抵抗を諦めてなされるがままにした。
とりあえず、美鈴が泣き止んで、それから紅魔館に行くことにしよう。
そう考えていた慧音だが、世の中というものは何事もそうそう予定通りにいく訳がないのである。
「慧音~、久々に珍しいお客さん来てる…よ?」
突如、ガラリと慧音の家の扉を開けて入ってきた妹紅は、室内の光景を見て言葉を失う。
泣いてる美鈴。それを抱きしめる慧音。その事に気付き、慧音は血の気がさっと引いた。
慧音が扉に背を向けるように美鈴を抱きしめている為、見方によってはまるでキスしてるようにも見えるかもしれない。
そして脳内で激しい警鐘が鳴り響く。これはマズイ、と。このままではマズイ、と。
「ち、違うぞ妹紅!?これには色々な深い事情があってだな…」
「…いねの…」
「も、妹紅…?」
俯いたままでプルプルと震える妹紅に、慧音は恐る恐る言葉をかける。
その慧音の声が最後の一押しだった。カッと目を見開き、妹紅はその場から物凄い勢いで外へと駆け出した。
「慧音の浮気者~~~!!!!うわああああん!!だったら私も浮気してやる~~~!!!!
かぐやああああ!!かぐやあああああああ!!」
「ちょ、お前っ!!!よりによってあんな駄目ニートと!!!」
「慧音のばか!!年中発情女!!きもけーね!!変な帽子!!」
妹紅の発言に、慧音は色んな意味で精神的に傷を負ったらしく、その場にへたれ込んでしまった。
それはそれは見事なまでに美しい挫折のポーズであり、文字で表現するならまさしくorz←こんな感じだった。
何が起こったのか理解出来ない美鈴は、『だ、大丈夫ですか?』などと慧音に声をかけている。ザ・天然である。
だが不幸はまだ終わらない。扉の前にまだ妹紅以外の誰かが立っていたのだ。そう、妹紅の連れてきた客である。
「あの、ご覧のように慧音さんは色々と大変らしいので用件の方は私が代わりに承りま…」
「……美鈴?」
「へ……さ、ささささ咲夜さん!?どどど、どうしてこの場所に!?」
その客を見て美鈴はヒィと恐怖の悲鳴をあげる。
そこに立っていたのは紅魔館のメイド長、十六夜咲夜であった。だが美鈴はその事に恐怖したのではない。
なんていうか、表情が死んでる。咲夜の表情が死んでるのだ。というか目が死んでる。めっちゃ目が死んでる。
「ふふ…散々探し回って…沢山心配して…会ったら最初になんて謝ろうって沢山考えて…
美鈴はどうすれば許してくれるだろうって沢山考えて…その結果が、これ…?」
「あ、あわわわわわ!?さ、咲夜さん誤解!!誤解ですよ!?
いえ何が誤解なのかは自分でもよく分からないんですが本当に誤解なんですよおお!?」
恐怖のあまり部屋の隅っこまで逃げる美鈴に、咲夜は無表情のままでジリジリと歩み寄ってくる。
ハッキリ言ってこの光景を子どもが見たら泣くどころじゃ済まないということを付け加えておく。
「ねえ美鈴…貴女、どうして慧音と抱き合っていたの?どうしてキスなんかしてたの?
私はこんなに貴女の事を愛しているのに、どうして貴女は慧音なんかに走ったりしたの?」
「きききキス!?ち、違っ!!私キスなんかしてませんよ!!!!」
「私だって貴女にキスしてもらった事ないのに…この女の何百倍も貴女を愛しているのに…
ねえ、どうしよう?こんな時、どんな顔をすればいいのか私には分からないの…」
「わ、笑えばいいと…ひぃぃ!!!?」
言葉を返そうとする美鈴の真横を投擲されたナイフが走った。
美鈴の頬を掠め、ナイフは壁へと突き刺さった。そして続けざまにナイフが五本ほど同じように連射される。
「あわっ!あわわわわっ!!」
「…とりあえず、お仕置きは必要よね。言い訳は紅魔館に帰ってからゆっくり聞かせてもらうから。
それじゃ美鈴、おやすみなさい」
チャリ、とナイフを構え、咲夜は美鈴の額へとナイフを投擲する。
終わった。色んな意味で終わった。最早このナイフをかわす術など美鈴にはありはしなかった。
諦めたらそこで試合終了とは誰の言った言葉だろうか。その言葉を言った人に言いたかった。『うん、それ無理』と。
そう考え瞳を閉じた美鈴だが、いつまでたってもナイフは自分の額へと飛んでこない。
恐る恐る瞳を開けると、そこには想像だにしなかった光景が映し出されていた。
「…邪魔する気?泥棒猫の分際で…私の美鈴を穢した不埒な輩が…」
美鈴の額の数センチ手前で、慧音がそのナイフを手掴みで受け止めていたのだ。
思わぬ救いの手に、美鈴は祈るような視線を慧音に向けた。貴女が神か、と。だが…
「ふふ、ふふふ…もう、いい。もう何もかもがどうでもいい」
「け、慧音さん…?」
どうやら何か神様は精神的にヤバイ状態らしい。
美鈴が声をかけた瞬間慧音はその手に握っていたナイフを簡単にベキリと叩き折った。正直、凄い怖かった。
「思えば最初から全部お前等が悪いんだ…
美鈴が紅魔館から逃げ出した事も妹紅が勘違いして輝夜なんかのところに行ってしまったのも
最近天気が悪くて洗濯物が上手く乾かないのも寺小屋の子供達の宿題の提出率が悪いのも…」
「け、慧音さん!最後の方は多分関係ないと私は…」
「そうだ!!何もかもお前らが全部悪いんだ!!お前等さえしっかりしていればこうはならなかったんだ!!
もういい、お前等なんぞに美鈴を返そうと考えた私が愚かだった!!
美鈴はお前等なんかには渡さん!!美鈴は私が貰う!!」
「ちょ!?えええええ!!!!?け、慧音さん落ち着いて!!ひぃ!!?」
瞬間、慧音の頭からニョキニョキと禍々しい角が生えてきた。
髪の色も見事に変色し、ハクタク化していく慧音を恐怖に震えて見つめながら美鈴は思った。満月、出てませんけどー。
そんな慧音を見て、咲夜は下らないとばかりにナイフを慧音の方にむける。
「残念ね、慧音…貴女とはずっと良き友人としていたかったけど、こんな終わりを迎えるなんて」
「家に来ては散々気持ち悪い変態話しかしない奴の何処が友人だ!!
とりあえずお前を手始めに紅魔館の連中は全員性根を叩き直してやる!五分前の私の感動を返せ!」
「何を訳の分からないことを…とりあえず、貴女はここで散りなさい。
私には美鈴を紅魔館に連れ帰るという仕事が残っているの。貴女と遊んでる場合ではないのよ」
「抜かせ!美鈴を追い詰めた元凶の一人がほざくな!!
お前等紅魔館の連中は一人残らず美鈴に頭を下げさせてくれるわ!!」
「貴女に言われなくても最初から謝るわよ。ただ、その前にお仕置きは必要でしょう?…幻符『殺人ドール』」
「確かに必要だろうな!ただし美鈴ではなくお前たちに対してだっ!始符『エフェメラリティ137』!!」
「ひぇぇっ!!!だ、誰か助けてえええええ!!!!」
家の中にも関わらずスペルカードを発動され、その衝撃に吹き飛ばされて美鈴は見事に放物線を描いて飛翔した。
その時のことを後に美鈴は苦笑しながら語る。『走馬灯って本当にあるんですねえ』と。
ちなみに美鈴が無事保護されたのはそれから二時間後の事。
湖にぷかぷか浮いているところを氷の妖精に発見されて紅魔館に運ばれたりしていた。
「…とまあ、話はそんなところだな」
軽く息をついて、慧音は自嘲気味に笑いながら話を結んだ。
それを隣で大人しく聞いていた魔理沙は呆れ気味に慧音に言葉を返す。
「それが今、こうして紅魔館に居候している理由か。
なんというかまあ…知識人で有識者の上白沢慧音の名が泣きそうな結末だな」
「言うな…あの時は妹紅のことで動転しきっていたんだ。
消してしまいたい…己の黒歴史を食ってしまいたい…無かった事にしてしまいたい…」
「でもまあ、こうして紅魔館の一室を無期限無家賃三食昼寝つきで貸してもらえるんだ。
むしろ私と代わってもらいたいくらいのVIP待遇だぜ?今はこの生活を素直に楽しめよ」
「私はお前と違ってそこまで割り切れん…まあ、美鈴が無事にこの館に戻れただけ良しとせねばならんか。
後は妹紅の誤解を解いて仲直りが出来れば言うことないんだが…」
「あ。そういやこの前妹紅が永遠亭から出てくるのを目撃したぜ。しかも朝帰り」
「うわあああああ!!!そんな生々しい且つ人を絶望の淵に叩き落すようなことを言うなああああ!!」
これ以上ないくらい思いっきり凹む慧音を見て、魔理沙はケラケラと楽しそうに笑う。
慧音と咲夜が本気で弾幕試合をしたあの日から三日。現在、慧音は紅魔館に居候していた。
その理由は勿論、咲夜が本気で暴れて慧音の家を全壊させてしまった為だ。(実は四割くらいは慧音が壊したのだが)
住む家を失った慧音だったが、この館の主の配慮によりパチュリーと同じく紅魔館に住むように手配されたのだ。
本来なら妹紅の家にでも頼っていたのだろうが、現在妹紅とは仲違い中(一方的に絶縁された)である為それが出来なかった。
かといって寺小屋で私生活を送るのは教師としての沽券に関わる。同じ理由で村人の家に世話になるのも駄目だ。
そんな感じに悩んでいたところにレミリアからの申し出だ。悩んだものの、結局慧音は折れることになり、今に至る。
家が再建されるまでの数ヶ月、慧音は紅魔館の居候という立場なのである。
「でもまあ…私の事はともかく、美鈴がこの館に戻ることが出来て良かったと本当に私は思っているよ」
あの日、紅魔館のベッドの一室で目覚めた美鈴が最初に見た光景はレミリアの謝罪だった。
予想だにしていなかった光景に言葉を失った美鈴に、レミリア達は彼女に告げた。
『今まで本当に悪かった』『もう一度紅魔館に戻ってきて欲しい』と。その言葉を聞いて、美鈴は人目も憚らず号泣した。
泣きながら美鈴は何度も何度も謝った。『ごめんなさい』と。そんな美鈴を、レミリアは優しく抱きしめた。
それを見て、レミリアに続くようにフランが美鈴に抱きついてつられ泣きをし、咲夜はフランの涙をハンカチで拭う。
そして、少し離れたところでパチュリーと小悪魔はそんな皆の姿を見て楽しそうに笑っていた。
その光景を見て、慧音は苦笑しながらも思った。きっとこれが美鈴が見つけたものなのだろう、と。
お人良しの妖怪が外の世界では見つけられなかったもの。人里での仮初めの生活では得られなかったもの。
「きっと、美鈴にとって紅魔館の皆は『家族』なんだろうな」
「家族、ねえ。家族なんて言葉ほどそんなに良いもんじゃないぜ?」
「それはお前に家族がいるからこそ言える台詞なんだ。いるのが当たり前だからこそ、な。
あのお人好しの妖怪は、そんな当たり前を欲して生きていたんだよ。
外の世界を放浪して、人間の集落に身を置いて、それでも手に入れられなかったモノを、ようやくここで見つけたんだ」
「う~む…あのヘンテコ妖怪の考えることはイマイチよく分からんな」
魔理沙の言葉に慧音は笑う。『ヘンテコ妖怪という意見には私も同感だ』、と。
きっとあの妖怪を理解することなど誰にも出来はしないだろう。
妖怪の癖に人間が大好きで、争いごとが嫌いで、それでいて家族なんかを求めるなんて聞いたことがない。
けれど、一つだけ分かることがある。そんな紅美鈴だからこそ、嫌になるくらいお馬鹿な彼女だからこそ。
「きっと、皆に愛されているのだろうな。無論、私も含めてな」
「今の言葉、妹紅の奴にちくっていいか?」
「抜かせ、お前だってそうだろうが。
美鈴を人里に行くように指示したのが誰か私が知らないとでも思っているのか」
慧音の言葉に魔理沙は何のことやらと言わんばかりの表情でわざとらしく白を切る。
後日、美鈴に聞いた話だが彼女を人里へ行くように指示したのは魔理沙だった。
紅魔館を出て、森の中でこれから先どうするか悩んでいた美鈴の前に現れ、いい案があると提案したのだ。
「確かに妖怪が人里に隠れるなどとは逆に思いつきもしないだろうな。
事実、私も美鈴に気付くのに一週間も過ぎた後だった。紅魔館の連中が美鈴を見つけられなかったのも無理はない」
「だろ?名づけて『木の葉を隠すなら森の中、と見せかけて海の中作戦』だぜ」
悪戯が成功した子供のように笑う魔理沙に、慧音は調子に乗るなと頭を軽くこついた。
そして、ふと、とあることを疑問に思った慧音は魔理沙に尋ねかける。
「なあ、魔理沙。お前はどうして美鈴の手助けなんかしたんだ?美鈴の事なんかお前には関係ない話だ。
お前が顔見知りが相手とはいえ無報酬で人助け…妖怪助けをするなんてそれこそ変な話だろう」
慧音の質問に魔理沙は少し悩んだものの、やや間を置いて笑って告げた。
「きっと中国の奴がみんなに愛されてるせいじゃないか?勿論私も含めて、な」
「成る程。ならば私もその言葉をアリスに告げ口せねばならんな」
「おいおい、そりゃないぜ」
魔理沙の返答に慧音は笑った。それを見て魔理沙も笑う。
きっと美鈴はこうやってみんなに愛されていくのだろう。彼女に触れた誰もが彼女を好きにならずにはいられないのだ。
みなに愛される不思議な不思議なヘンテコ妖怪。それがきっと、紅美鈴なのだろう。
笑い合っていた二人だが、ふと扉の向こうの廊下から激しい足音が聞こえてきたことに気付く。
激しい足音は段々この部屋へと近づいてくることを感じ取り、何事かと扉の方に視線を向けた直後、その扉が激しく開かれた。
そして、その扉の向こうから飛び込むように入ってきたのは、先ほど二人で話していた人物、紅美鈴だった。
「たたた、助けて下さいいいいいい!!!」
「な…お、おい美鈴!?というか何だその格好は!!?」
部屋に入るや否や、美鈴は助けを乞いながら二人の後ろに回りこんだ。
しかし、それ以上に二人が驚いたのは美鈴の服装だった。いつもの中華服ではなく、彼女が纏っていたのは…
「…メイド服?中国、お前いつから門番じゃなくてメイドになったんだ?」
「違いますよおおお!!とにかく匿ってください!誰が来ても私はいないと言って下さい!」
「とにかく少し落ち着け美鈴。何があったのか事情を説明して貰わねば私達には何とも…」
説明を求めようとした慧音だが、再び扉の開かれる音に言葉を切り、視線をそちらに向けた。
そこにはレミリアと咲夜が如何にも『私、美鈴を探してます』と言わんばかりの表情をして立っていた。
「おいおい、突然人の部屋に入ってくるとは何事だ?せめてノックぐらいはしてほしいぜ」
「この部屋はそこの上白沢の部屋で魔理沙の部屋ではないでしょう。
それにこの館は私の館。どうして私の館の一室に入るのにワザワザ許可なんか得なくてはいけないのよ。
それより魔理沙に上白沢。さっさと美鈴を渡しなさい。この部屋にいることは分かっているんだから」
レミリアの言葉を聞いて、慧音の背後に隠れていた美鈴が『ひぃ』と小さく悲鳴をあげる。
きっと彼女の今の気分は肉食動物の住処に一匹迷い込んでしまった草食動物に違いない。
「ふむ…悪いが事情を説明してもらえるか。その内容によっては美鈴を探すことに協力することも吝かではない。
しかし、それが納得出来ない理由なら美鈴を探すことに協力をしてやれんし、
たとえこの部屋に居たとしても何処に居るのか教えてやることも出来んな。下手をすれば妨害するかもしれん」
慧音の台詞を聞いたレミリアは仕方ないとばかりに溜息をついて、理由を語りだした。
「あの一件以来、私達も色々と考え直すことにしたのよ。
確かに美鈴の虐められている時の表情は最高だわ。だけど、それは間違いである事に気付いた。
ならば私達はどうするべきかを反省し、咲夜やパチュリー、フランも交えて色々と話し合ったわ」
「ほう。確かにその通りだな。それで?」
魔理沙の言葉に、レミリアは待ってましたと言わんばかりに興奮した様子で力強く力説した。
「そして私達はようやく一つの答えに辿り着いたのよ!!
私達が本当に手を加えるべきは花自体ではなく花壇なのだと言うことに!!」
「つまり?」
「美鈴をコスプレさせて色々えっちなことをしたいということよ。コスプレこそが美鈴の魅力を更に引き立てる筈よ。
具体的に言うと四十八のコスチュームと五十二のシチュエーションを連続でプレイしたいわ。だから美鈴を探してるのよ」
「よし分かった。今すぐ部屋から出て行け変態」
これ以上ない程の笑顔でさらりと言い放つ魔理沙。
正直お前は一体前回の騒動で何を学んだんだと小一時間問いたかった。問い詰めたかった。
呆れ果てる魔理沙を見て、レミリアは彼女の考えていたことを理解したのか反論する。
「勿論、私だって色々と考えているわよ。
美鈴の待遇は大幅に変更したし、あの娘に負担をかけることはもう二度とありえないわ」
「ほうほう。具体的に?」
「仕方ないわね…咲夜、教えてあげなさい」
「はい。美鈴の現在の役職は門番長から二階級特進、最終鬼畜門番長となりました。
就労時間は朝の九時から十時までの一時間。給与は一般メイドの138倍。完全週休五日制となっています。
休暇は他にも有給休暇、リフレッシュ休暇、やる気ないから休暇、好きなことしたいから休暇…」
「ちょ、ちょっと待て!何だその無茶苦茶破格の待遇は!?
というか最終的に休暇は一年でどれくらいあるんだ!?」
「ざっと353日といったところかしら。お嬢様は354日にすべきだと提案されたのだけど」
「私の美鈴への愛をしっかり伝えることを考えたらこれくらい当然の待遇ね」
「極端過ぎだ馬鹿者!!」
確かに以前の美鈴の待遇はブラック企業も真っ青という程に悲惨なものであったが、
現在のコレはそれに輪をかけて酷過ぎる。何と言うか、絶対駄目人間になる。人として軸が絶対ぶれる。
「まあ、そんなことはどうでもいいのよ。とにかく私達は美鈴への愛を包み隠さず表現することにしたの。
想いは言葉、態度に表さなければ決して伝わらないことを先日の件で痛感したわ。
私達はもう二度と美鈴を失いたくないの…だから、美鈴を愛でる為にもコスプレさせてえっちな事がしたいのよ」
「滅茶苦茶良いこと言ってるように聴こえたけど、最後が絶対おかしいからな」
「ふん、魔理沙に同意してもらおうとは最初から思っていないわ。それよりも上白沢、貴女はどう?」
「…は?」
突然話を振られ、慧音は思わず疑問をそのまま声に出してしまった。
何を言ってるのか今の僕には理解出来ないといった表情の慧音に、レミリアは囁くように告げる。
「貴女は美鈴を見て何も感じなかったの?数週間傍に居て美鈴が可愛いと、欲しいと思ったりしなかったの?」
「な…!?」
「私には解かる。貴女は『こちら側』の人間だということが。
運命が告げている。貴女は美鈴の魅力を知ってしまった人間だということが。
さあ、答えなさい上白沢。貴女は本当に一度たりとも美鈴にそんな感情を抱いたことはないの?」
「う…」
「お、おい慧音!?騙されるな!あれは悪魔の囁きだ!孔明の罠だぜ!?」
慧音はチラリと横目で美鈴へと視線を向ける。
涙目でフルフルと震える美鈴。確かに可愛い。小動物、それこそまるで生まれて間もない子犬のようなオーラを
彼女は持っている。それは妹紅と別居中(?)の慧音には大きな破壊力を持つものだった。
「ぐ…うう…」
「やめろ慧音!正気に戻るんだ!お前には妹紅がいるだろう!?生きて妹紅と添い遂げるんだろう!?」
「妹紅…妹紅…」
「妹紅なら今日輝夜と一緒に湖でデートしているところを目撃したわよ。
ちなみにコレが証拠の写真ね」
「うああああああああああああん!!!!!!あんまりだああああああ!!!!!」
「ああ!?慧音が壊れた!!」
慧音がその場にバタリと倒れたことで、美鈴を隠す壁がなくなってしまい、彼女の姿がレミリアの瞳に映し出された。
あわあわと震える美鈴は、必死に魔理沙に『助けて』と視線を送る。
少し考えた後で、魔理沙は小さく溜息をついて笑いながら告げた。『諦めろ』、と。
「ふふ、美鈴たらこんなところに隠れてたのね。
主が探しているのに手を煩わせるなんていけない娘だわ。まあ、そんな所が可愛いのだけど」
「ひいいいい!!?おおお、お嬢様!?
手が!!手が凄く怪しいです!!なんでそんなワキワキさせてるんですか!?」
「あら、私としたことが…安心なさい。本番は夜までとっておくから。美味しいものは最後までとっておくタイプなのよ。
咲夜、それじゃ美鈴を運ぶわよ。パチュリーもフランも待ちくたびれているでしょうし」
「はい、かしこまりました」
そういって咲夜は美鈴を後ろからガッチリ捕まえ、捕獲する。
そしてズルズルと引きずって部屋から引っ張り出す。
「お嬢様!ほら、私門番ですから門番の仕事をしないと!!」
「今日は休暇でしょう。明日も休暇。明後日も休暇。休暇で時間が余ってるなら、私達に付き合う事も出来るでしょう?
それじゃ咲夜、今日はメイド服写真集を完成させるわよ。また本棚に一つコレクションが出来るわね」
「はい。きっとパチュリー様も大喜びして下さるに違いありません。私も完成が楽しみです」
咲夜に引き摺られたままで、美鈴はそのまま室内から出て行った。
それを見届けて、魔理沙は一つ大きく溜息をつき、そして苦笑した。
「あれもまあ、愛の一つのカタチ…か。せいぜい頑張れよ、中国」
誰も彼もが彼女を愛さずにはいられない。愛しく思わずにはいられない。
彼女はきっと特別な妖怪。誰よりも変で、誰よりも異質な妖怪は、誰よりも異能な能力を神様から与えられてしまったのだろう。
その妖怪が持つ能力はと尋ねたら、きっと幻想郷の誰もが口を揃えてこう言うに違いない。
「うわああああん!!!!もう勘弁して下さああああああああああああああい!!!!!!」
『みんなに愛される程度の能力』。
それがきっと、紅美鈴の持つもう一つの不思議な力なのだと。
ただ私の願望なのですが、小悪魔さんとフラ様を出して欲しかったのと慧姉さんともっとイチャついてるシーンが見たかったですね。
でも久々にどストレートなSSで楽しかったですよ。むしろ美鈴SSの時点で私にとっちゃストライクですが。
美鈴は愛されてるのが俺のジャスティスだがこう逝っちゃってる愛もこれはこれでww
あと個人的には浮気してきたもこーを受け入れた輝夜の器に感服。てるもこは俺の(ry
最初から最後まで素敵でしたが、紅魔館は幻想郷指折りの変態の巣窟ですな、いや参ったw
以下、ちらりと目に付いたことを。
人隣 → ひととなり、なら為人か人となりが正しいです
白上沢 → 最後の方の慧音in紅魔館のあたりでこういうのが2、3ありました。
結局慧音も美鈴に取り込まれたw
あとたぶん今永遠亭で永琳大荒れ。
ああ、別の意味で美鈴が不憫だ・・・いやある意味幸せか?
なんかもう、あと200点ぐらい入れたい気分ですが、それはアレなんで止めときますww
次回作も心待ちにしています!マジで!
けー姉がもうさらっちゃえよ
よく出来た話しだしすごく面白かったけど、最初の紅魔館の話しから人里に住む所までの話が秀逸すぎて、最後若干失速感を感じてしまった。
いや、本当に面白かったんですよ。
レミリアが変態だとか、咲夜がドSだとか!そんなことは問題なしに。
なんて言うかもう、めーりん!めーりん!たすけて!めーりん!です。
めーりんが嫌いな幻想郷住人なんていませんね。まったくです。
愛され美鈴はジャスティス。
そして…慧音先生哀れ…
深すぎる愛は、痛いんですね、重いんですね。
そして、けーね・・・
けどけーね涙目w
やっぱ時代はめーりんだな!
GJでした。
美鈴は愛されキャラだと思うんですよ。愛が痛いね。
地味にけーねすげー。満月じゃなくてもキモケーネw
めーりん、めーりん、だいすきめーりん!
そして美鈴がとても良かったです♪
暴走を開始した慧音と欲望を解放したレミリアたちのこれからがとても気になりました♪
一つ気になったのですが、「何処か魅力的なんだ何処が」の部分は「何処が魅力的なんだ何処が」の誤字ではないでしょうか。違ったらすみません。
すごくよかったです
まさかこんなに感想を頂けるなんて全然思ってませんでした。
本当にありがとうございます。美鈴好きの方にSSを読んで頂けてこれ以上幸せなことはありません。
愛の道とは己が欲望に殉ずる事と見つけたり。めーりん可愛いよめーりん。
誤字脱字等を修正しました。ご指摘本当にありがとうございました。
書いてる自分では全然気付けないので本当に凄く助かります。
霊夢のだれ具合はこの物語を表してるともいえよう。
ともあれ最高でした!
あいしてる
紅魔館最高すぎるwwwwww
めーりんを愛していない幻想郷住民なんていません><
魔理沙がレミリアたちに汚染される日も近いな
テンポがよかったです
ちょこちょこっと小ネタも挟まっていて、存分に笑いました。
・・・この紅魔館はもうダメだwww
中盤に、壊れたけーねが、洗濯物が・・・・といっていますが、もしかしてめーりんが無意識で天気を操って・・・・というのは・・・・ぶっ飛びすぎですかね。
軽く息を吐いて、私はコツンと自分の頭を軽く叩いた。馬鹿なことを考え過ぎるのはよくない癖だと戒める為に。(ぁ
とりあえずもこてるがものすごく気になる・・・・
次回作もものすごく心待ちにしていますね~!!
休暇は増えても心の静養はできてないw
慧音のキャラも素晴らしいですね
美鈴愛してるwwwwww
でも何故か芯が1本確りと成り立っている!!!
美鈴愛してます。
でも、もう少し何かしようよ美鈴、、、
感想ですが、描写が素晴らしくて、一コマ一コマイメージしやすかったです。
美鈴への愛が(本人の意思はまるっきり無視して)事細かに書かれていて、おもしろかったです。美鈴は涙目だろうけどwww
斬新なアイデアとまではいかないものの、こんな平和なやりとりも見ていて和むので、また新しいアイデアと時間があれば、マイペースに書き綴って下さい。
最後に、お疲れ様でした。
責任とってくれwwww
ごちそうさまでした。
壊れたディスプレイの責任を取ってくれるんだよな?
しかし、なんというドMホイホイww
慧音の『気を使う程度の能力』の邪推を応用して
いじめられるめーりんが落ち込んで落ち込んで大気も巻き込んで落ち込んで爆弾低気圧と化して
人間台風にしちゃいませんか?w
『気を使う』は美鈴、慧音のは『歴史を喰う』ですよwww
しかし 獅子咆哮波ですか
すげ懐かしいwww
しかしここまで崩壊した作品も珍しい
大好きだこの話
いや貴方が神だ。
浮気相手が輝夜ってwやっぱり何だかんだで仲良いなお前らww
へんたい紅魔館www
ただみんなが変態過ぎるのがたまに瑕w
今までにない!