朝。それとともに夜の闇が朝日によって少しずつ取り払われていき、森のいたるところに木漏れ日が差し込み始めている。
そして森の中に建つ一軒の家にも等しくその朝日は差し込んでいた。その光は家主である霧雨魔理沙を起こすのに十分な明るさだった。
「・・う・・・ん」
寝ていたベッドから体を起こす。着ていたパジャマはよほど寝相が悪かったのか、ところどころボタンが外れて下にある素肌が見え隠れしていた。起きたまましばらくぼーっとしていたが、そのまま再び後ろ向きにベッドに倒れこむように横たわった。
「あ~頭ががんがんする・・・さすがに昨日はちょっとやりすぎたか・・・」
昨日魔理沙は博麗神社で開かれた宴会に出席していた。いつもなら酔って騒ぎはするものの、その酔いを次の日に持ち越してしまうほど飲むことはあまりない彼女だったが、昨日は同じく宴会に参加していた新聞記者といつの間にか飲み比べになり、結局魔理沙の方が先に潰れてしまい、出すものを出した後フラフラになって、帰る途中に魔法の森手前で派手に墜落したりもしたが、なんとか家に帰ったのだった。
魔理沙は宴会の時のことを思い返していた。酒の強さにはそれなりの自信をもっていた魔理沙だったが、完敗だった。新聞記者があんなに飲めるとは思っていなかった。次に宴会をやったときは負けないぜ、とリベンジを誓いつつ、ベッドから再び起き出して服を着替え始めた。
「よーし、と。」
いつも来ている白と黒を基調とした服に着替え、鏡の前で服装の乱れを整えた。そして立てかけてあった箒を手に取って次は帽子を。
「・・・あれ?」
いつもおいてある場所に帽子がない。まぁ家のどこかには置いてあるだろうと思い、彼女は家の中を捜索しようとした。が、しかし、
「これは、ひどいな。」
捜索するといっても、魔理沙の家は自身の魔法道具、パチュリーから借りてきた本、アリスから借りてきた魔法道具、香霖堂から貰ってきた雑貨もといガラクタ、その他得体の知れない物でとっちらかっているのでそう簡単にはいくはずもない。周囲を見渡して魔理沙は溜息をついた。いつもはこの家に来る客人に対していつでも物が手に取れる便利さを説いていたが、今ばかりはこの部屋の状況にうんざりせざるをえなかった。
「こりゃちょっと弱ったな、まぁでもすぐに見つかるだろ。どれどれ・・・」
そう言って一歩踏み出したときだった。
カチッ
「カチッ?」
何かを踏んだ音に一瞬気を取られたその瞬間、
バコンッ
「んがっ?!」
頭上からどこからともなく現れた金ダライがクリーンヒットし、その場できれいにしりもちをついてしまう。
「うう・・・綺麗な星だぜ・・・」
帽子探し、前途多難な立ち上がりであった。
金ダライの一件の後、魔理沙は気を取り直して帽子を探した。あふれかえる物をかきわけ、別のスイッチを踏んでまたどこからか炎が噴き出して危うく黒こげになりそうになったり、本の山を崩壊させて雪崩に巻き込まれたりしたが、それでも魔理沙はあきらめずに頑張った。その結果、
「おっかしいな~・・・。」
どこにもなかった。
落ち着け、ここは昨日の行動をゆっくり思い返してみるんだ、そう言い聞かせて魔理沙は昨日の行動を思い返し始める。無論まだ二日酔いの頭痛は続いているのでそう簡単なことではなかったが。飲み比べをしていた時はまだ被っていたはず、となると酔い潰れてから帽子を脱いだのか。とすると、自分を介抱してくれた霊夢は帽子について何か知っているかもしれない。そもそも博麗神社に置き忘れた可能性も考えられる。
「しょうがない・・あまりこの姿を見られたくはないけど、霊夢のところに行くとするか。」
魔理沙はそう言うと、愛用の箒を持って博麗神社へ出発した。家のドアを開けると森の空気と日の光が魔理沙を包み込む。今日もいい天気だと思いながら家をあとにした。
魔理沙が神社に着くと、霊夢は縁側でお茶を飲んでいるところだった。境内がきれいなところを見ると、来る直前まで掃除をしていたらしい。
「よう、来たぜ。」
「昨日あれだけ飲んだのによく動けるわね・・・」
魔理沙が境内に降り立つのを見つけて霊夢が少し呆れたように言った。
「丈夫さも私の魅力の一つだぜ。」
「で、約束の物は?」
「は?私何かそんな約束したか?」
訝しげな魔理沙の顔とは裏腹に、
「昨日の宴会であんたが潰れた後、介抱してあげたでしょ。その見返り。」
さも当然と言わんばかりの霊夢の顔。しかも右手を魔理沙の方に差し出して貰う準備は万端ときている。
「おいおい、二日酔いの人間にそこまで要求するのは酷じゃないか?」
「世の中、等価交換で成り立ってるものなのよ。」
「ひどいぜ。」
そんな会話をした後、魔理沙は霊夢のそばに腰掛けた。霊夢は変わらない様子でお茶をすする。
「そういえば魔理沙、あんた帽子はどうしたの?」
「そのことなんだが、どうやら昨日の宴会で無くしたらしいんだ。・・・ってその言い方だと霊夢も知らないのか?」
魔理沙にそう言われて霊夢は少し考える素振りを見せた。が、すぐに言った。
「帰る時は帽子は被っていたと思うけど・・・もしそのとき被ってなければ教えてあげたと思うんだけどねぇ。でもまぁ、ここには多分ないわよ、あんたが来る前に神社の掃除をしていたから、周りの様子は一通り見たけど、あんたの帽子は落ちてなかったしね。一応中も見ていいけど、宴会は外でやってたし、中にあることはないと思うわよ。」
霊夢はそう言い残して急須の中のお茶がなくなったらしく、お湯を注ぎ足しに奥へと引っ込んでしまった。
昼過ぎ、神社を吹き抜ける心地よい風を受けながら、霊夢は再び縁側に座ってお茶をすすっている。そしてそのそばには、
「う~、なかったぜ~。」
境内の隅々まで探し回り、しまいには神社の下に至るまで探し回って結局見つからず、凹んで寝ころんでいる魔理沙がいた。服には白黒の他に茶色という色合いが追加されていた。
「さっきも言ったでしょう、ないって。」
「多分なんて言うから見逃したかもしれないっていう希望を持ったんだが。」
「言葉のあやよ。」
「うう・・・私の帽子・・・」
心底凹んでいるようだ。
「これで気が済んだでしょ、ここにはないってわかったんだし、他のところを探したら?そもそもここで飲んでたときにあったんだから、誰かが持って行ったんじゃないの?そういうことしそうな奴ならあんたにも心当たりくらいあるでしょ。」
「誰が持って行くんだよ~、心当たりがありすぎて困るぜ。」
「まぁ、少なくともここにないことがわかったんだから私はその心当たりから外れたわね。」
寝ころんでいる魔理沙を横で見つつ、霊夢はお茶をすすっていた。
「帽子を見つけたいんなら、こんなところにいないで探しにいったら?あんたの速さなら一日もあれば幻想郷を見てまわれるでしょ。」
「その力を得るためにまずはお茶が欲しいぜ。」
「なら見返り。お茶だっていくらでもあるわけじゃないのよ。」
「世知辛い世の中だぜ・・・」
結局霊夢にはお茶を出してもらえず、ひとまず博麗神社をあとにした魔理沙はゆっくりと空を飛んでいた。
「さて、まずはどこから回ってみるべきかな。」
魔理沙は飛びながら帽子について聞きまわる順番を考えていた。一番初めに思い浮かんだのは同じ魔法の森に住んでいるアリス・マーガトロイド。だが、彼女なら同じ森の中に住んでいる、近所と言えば近所である。彼女の性格ならば帽子を持っていれば届けに来るはずである。おそらくこの可能性は低いだろう。
次に考えたのは紅魔館。パチュリーの図書館を利用する魔理沙にとっては身近な場所である。パチュリーの他にも紅魔館の主であるレミリア・スカーレット、その妹フランドール、メイド長である十六夜咲夜、門番である、ほん・・・ホン・・・ミリンだったか、とにかく知り合いも多い。昨日の宴会には門番は来ていなかったがそれ以外は来ていたので何かしら知っているかもしれない。
「決まりだな。」
他にも、蓬莱山輝夜を主におく永遠亭、西行寺幽々子を主とする白玉楼、八雲紫を主とするマヨヒガなど、候補はあったが、飛んでいるうちに紅魔館の近くの湖まで飛んできていたので、紅魔館に行くことに決めた。魔理沙は箒を握りなおすと一気に加速して紅魔館へ向かって飛んで行った。
湖の景色を眺めながら紅魔館を目指して飛んでいくと、門の前に構えをとっている門番の姿が見えた。
「お、向こうもやる気か~、それじゃ八卦炉を構えて・・・ん?」
八卦炉を構えた時点で魔理沙はふと、違和感に気づく。そして門番の近くに着陸してみる。すると、
「すぅ・・・すぅ・・・」
構えをとったままの状態で気持ち良さそうに眠っていた。遠目に見たらただ侵入者を見つけて構えているようにしか見えない。いつもなら迎撃しに出てくるので即座にマスタースパークをぶっぱなせばいいが、これだけ気持ち良さそうに眠っているところに撃ち込むのはさすがの魔理沙も悪いと思った。そこで、
「おーい、起きろー。」
魔理沙は門番の肩を少し乱暴にゆすった。
「ふぇ・・・ってうわあ、何者!」
「お、起きた。おはようさん。」
起きた瞬間、目の前に顔があることに驚いた門番は一気に後ろに跳び退き、構えなおすが、目の前にいる魔理沙を確認すると、拍子ぬけしたように構えを解く。
「あれ、魔理沙さん?いつもは私が迎え撃つとすぐにマスタースパーク撃ってくるのに今日はどうしたんですか?」
「あまりにもあんたが気持ちよさそうに職務に勤めているのを見てさすがに気が引けてな。それじゃあ門番、パチュリーに会わせてくれ。」
そう言うと門番の表情がいぶかしいものに変わる。
「パチュリー様に・・・また図書館の本盗む気ですか?そして私の名前は紅美鈴だと何度言えば・・・」
「門番の方が覚えやすくてな、あと本は借りてるだけだぜ。それから今日は本じゃなくて、パチュリーに聞きたいことがあってな。」
「聞きたいこと?・・・そう言えばあなた、帽子は?」
「そう、そのことでな、昨日の宴会で無くしたから、パチュリー達が何か知ってるかもしれないと思ってな。」
「ふ~ん、まぁ嘘を言っているわけでもなさそうですし、とりあえず中に取り次いでみますね。」
そう言い残して館の中に引っ込んでいった。美鈴がいなくなったのでそのまま入ってしまおうかとも考えたが、こうやってちゃんと取り次いで入るということも久し振りであったので、魔理沙はそのまま門の前でしばらく待っていた。
しばらくして、美鈴が戻ってきた。
「一応中に入る許可はおりました。でも、パチュリー様に話を聞くだけにしてくださいよ、話を聞いた後に本を盗んでいったら、いつもと一緒ですからね。」
「善処するぜ。」
美鈴ははぁ、とため息をついてどうぞ、と言ってから門を開けて魔理沙を通した。
紅魔館内の廊下を歩いていく。廊下は日の光は完全に遮断され、あかりはシャンデリアにある蝋燭なので薄暗い。下には真っ赤な絨毯が敷かれており、いかにも吸血鬼の館といった趣である。
しばらく廊下を歩いて行くと、その途中に見覚えのあるメイド姿が立っていた。紅魔館のメイドにしてメイド長の十六夜咲夜である。
「よう。」
「どうも。こうやってちゃんと客としてあなたを迎えるのは何年ぶりかしらね。」
「三日ぶりだぜ。」
「あの時はいつもにように美鈴にマスタースパーク放ってふっ飛ばしてたでしょ。で、パチュリー様に用があるんだったわね?それじゃ行くわよ。」
そう言って魔理沙と咲夜は浮かびあがってパチュリーの部屋へと向かっていった。
飛んでいる途中にふと、魔理沙は横からの視線を感じた。横を向いてみると咲夜が魔理沙のことを見ていた。
「なんだ?物珍しそうなもの見るように見てるが。」
「そりゃ帽子を被ってないあなたを見ることなんて珍しいわよ。それに、こうして見ると帽子を被ってないあなた、結構かわいいのね。」
「なっ・・・余計な御世話だぜ?!」
顔を赤くする魔理沙に笑みを浮かべつつ、咲夜は魔理沙の少し前に出て、一つのドアの前に降りてドアをノックした。
「パチュリー様、お客様です。」
声をかけてから咲夜はゆっくりとドアを開いた。
パチュリーのいる図書館で、案内された魔理沙は事情を手短に説明した。
「ふうん、事情は大体わかったわ。あなたの帽子を探す手掛かりが欲しいのね。」
「まあ、そういうことだな。」
「協力してあげるけど、その代りあなたの家にあるここの本をしっかり返してもらうわよ。」
「お安い御用だぜ。」
「それじゃあ、始めるわよ。」
そう言うとパチュリーは、本を手にとって呪文を唱え始める。すると魔理沙の足もとに魔方陣が薄らと浮かび上がってきた。
「なあ、これってどんな魔法なんだ?」
「あとで説明してあげるから、今は黙っててちょうだい、帽子が見つからなくてもいいの?」
「む・・・」
しばらくして、魔方陣から発せられた光が徐々に魔理沙を包み込む。魔方陣の光が魔理沙を包み込んだのを確認すると、パチュリーは本を閉じた。
「それじゃ、あなたの頭の中に無くした帽子を思い浮かべて。」
「そんなんでいいのか?」
「この魔法はかけた人物の考えていることを読み取って、それがどこにあるかを示すの。無くした物を探すのにはうってつけというわけよ。」
「ほー。」
魔理沙はいつも自分が被っていた帽子を思い浮かべた。黒くて、正面にリボンがつけてあるお気に入りであり、自身のトレードマークである帽子。忘れるはずもない。魔理沙はしっかりと帽子を思い浮かべた。
しばらくすると、魔理沙の目の前に紐のようなものが現れた。
「なんだこれ? パチュリー、これ取っていいのか?」
「いいわよ。」
魔理沙は目の前にあった紐を手に取ってみた。紐を魔理沙が持つと、紐の先がゆっくりと持ちあがり、ピンとはった。
「その紐の先が帽子のある場所よ。後は自分でできると思うわ。」
「へぇ、ようはこの紐が指し示す場所に行けばいいってわけだな? ありがとな、パチュリー!」
「ちょっと待って。」
部屋から喜び勇んで出て行こうとした魔理沙をパチュリーが止めた。
「なんだ?」
「くれぐれも、本のこと忘れないでちょうだい。」
「言われなくてもわかってるぜ。しつこいな。」
「しつこい原因を作ったのは誰だったかしら。」
魔理沙はそれには答えず、苦笑いだけして図書館をあとにするのだった。
「さて、かなり長いこと飛んでいるわけだが・・・ほんとに帽子あるのか?」
紅魔館を出発した魔理沙は紐の指し示す方向に飛行していた。始めのうちはすぐに見つかると思っていた魔理沙だったが、気がつくと大分長い時間飛行していた。そして行き着いた先は、あたり一面に咲き乱れる向日葵の花畑。
おいおい、私は最近ここには来てないんだからこんなところにあるはずないだろ、と心の中で呟いたその時、紐が青白い光を帯び始め、魔理沙の手から離れ、移動し始めた。最後は紐自らが案内してくれるのか、便利なものだなと感心しつつ、魔理沙は紐の後を追った。
しばらくして紐がゆっくりと降下し始める。魔理沙がその後を追うと、地面には、まさに魔理沙の探し求めていた自分の帽子が落ちていた。
「あった・・・!」
でもなんでこんなところにあるんだろう、そんな考えが一瞬頭を過ったが、気を取り直して帽子のもとに降りて拾おうとした、その時だった。
突然、帽子が上へ勢いよく持ち上がった。そして帽子のもとに降りようとしていた魔理沙と見事にすれ違う。
「・・・え?」
突然のことに魔理沙が一瞬呆気にとられているうちに、どんどん帽子は上昇していく。そしてそれは、
「ナイスキャッチね♪」
「げ」
白い綺麗な傘によって受け止められた。白い傘の持ち主は帽子を手にとり、魔理沙に向かってにっこりと笑った。
「お前が・・・犯人だったのか?」
「犯人だなんて失礼ねえ、私は犯罪をした覚えなんてないわよ、ただあなたの帽子をここに持ってきただけで。」
「それは私にとっては十分犯罪に値することだぜ、幽香。というか、帽子を飛ばしたのはどうやった?」
「ちょっと帽子の下で大きな草の種を爆発させただけ。そして泥棒に犯罪呼ばわりされる筋合いはないわ。」
幽香は全く悪びれる様子もなく、笑顔のままで話していた。
このままだといずれ幽香にはぐらかされて逃げられてしまうと思った魔理沙は、とりあえず話をふってみることにした。
「とりあえずだ、幽香、私の帽子を返してくれないか?」
「いいわよ。」
「は?」
あっさり返すと言われた魔理沙は逆に言葉に詰まってしまった。一方幽香はそんなぽかんとする魔理沙の様子を心底楽しそうに見つめている。
「ただし、一つだけ条件があるの。」
「なんだよ、弾幕ごっこか?」
「違うわよ、そんなありきたりなことじゃ面白くないじゃない。」
「じゃあなんだ?」
魔理沙は思った、幽香の言うことだ、どうせロクなことではないだろうと。ならば油断している今奪ってしまえばいいと思い、箒に手をかけた。しかし、魔理沙が箒に手をかけた瞬間、幽香が言った。
「私がこの花畑を逃げ回るから、あなたが捕まえてごらんなさい。幻想郷最速を自負するあなたなら簡単なことでしょう?」
「・・・いいだろう、その鬼ごっこ受けてたつぜ。私に速さで喧嘩売ったこと、後悔するなよ?」
「ふふふ、期待してるわ。」
魔理沙が幽香に箒に乗って突っ込んでいくと、幽香をどこからか現れた大きな花が包みこみ、猛スピードで魔理沙から遠ざかり始めた。魔理沙も負けじとその花を追いかけていく。しかし、ここは幽香のホームグラウンド、魔理沙が追いかけようにも花や蔦が魔理沙を追いすがってきたり、飛んでいる目の前に花が伸びてきて進路を妨げてきたりと、なかなか幽香に追いつくことが出来ない。始めは自信のあった魔理沙だったが、次第に表情に焦りと疲れが見え始めた。
「あらあら、始めの自信はどうしちゃったのかしらね、早く私を後悔させてみなさいな。」
幽香の余裕たっぷりな言葉に、魔理沙はやり場のない悔しさにかられる。
「言われなくても・・・そのつもりだぜ!」
そう言って再び幽香に突っ込んでいく魔理沙。しかし、目の前に現れた花に箒をひっかけてしまい、地面に投げ出されてしまった。おまけに箒もその花によって絡めとられてしまって、いまや魔理沙の手の届かないところにいってしまった。弾幕を使って無理やり奪い取るにも、ずっと飛び回ってばてている魔理沙に対して花に守られていて余裕のある幽香とでは結果は見えていた。
この状況を前にして、魔理沙は力なくその場にぺたりと座りこんでしまった。
「あらあら、幻想郷最速を自負していた人が降参かしら?」
「・・・・・・」
魔理沙が項垂れるのをさも楽しそうに見つめながら幽香が言った。いつも勝気で男勝りな魔理沙がこんな状態になるなんて。幽香の嗜虐心はどんどんそそられていく。
「それじゃ、この喧嘩は私の勝ちね~。幻想郷最強の他に幻想郷最速にもなれるなんて光栄よ、『元』最速さん?」
相変わらず魔理沙は黙りこくったままだった。
「久々に八雲のところにでも行って自慢してこようかしら、最速になったこと。ちょっとした暇つぶしにはなるでしょ。」
「・・せよ・・」
小さな、絞り出すような声だった。
「・・・あら?」
「帽子・・返せよ・・・返してよぉ・・・」
完膚なきまでに負けた悔しさからか、魔理沙は泣き出してしまった。泣き出した魔理沙を見て、幽香はちょっと困ったような顔をして魔理沙のもとにおりてきた。
「あ~あ、よしよし。泣いちゃったら、かわいい顔が台無しよ?」
「・・お、お前がっ・・やった、く、くせに・・・うぅ・・・」
「はいはい、悪かったわよ。悪かったから早く泣きやみなさいな。」
幽香は笑みを浮かべながら、頭を撫でながら魔理沙を慰めていた。そして幽香は魔理沙の泣いている様子をじっと見つめていた。普段は紅魔館に押し入って図書館の強奪をしたり、宴会で無茶をしたりと、やることが豪快な魔理沙。だけど、今ここにいるのは、泣いて素の感情が露わになった魔理沙。泣いている様子はまさしく少女そのもの。そんな様子を見て幽香の表情は柔らかいものに変わっていった。
「けど・・・安心した、やっぱり魔理沙は魔理沙なんだな、って。」
「・・へ?」
魔理沙が幽香の方を向く。
「六十年ぶりに花が咲き乱れた時に、無縁塚で死神と弾幕ごっこをしてる魔理沙を見かけてね。ちょっと興味を持ったから見てたんだけど、昔と比べてずいぶんあなた変わってたわね。」
「う」
「昔は言葉づかいも女の子らしかったわよね~、それにかわいらしい笑い方だったわ、確か」
「わー、わー!」
「むぐぐ。」
次の言葉を言う前に魔理沙は無理やり幽香の口を塞いだ。これ以上話をされたら何か自分の大切なものを失ってしまいそうだった。
「はいはい、わかったわよ。もう言わないから。」
「ほんとだな・・・?」
魔理沙は幽香の口から手を離した。そして幽香は少し乱れた服を直すと魔理沙に背を向けて話し始めた。
「とにかく、私はあなたと死神との弾幕ごっこを見てたのよ。そしたら以前見たときより別人みたいに強くなってるんだもの。昔のかわいかったあなたと比べてずいぶん成長したな~って思った反面、なんか寂しかったのよね。」
そう言ってから幽香は魔理沙の方を振り返った。先ほどのいたずらっぽい笑顔とはうって変わって昔を懐かしむような表情。
「けど、今日あなたを弄ってみて、やっぱり魔理沙は魔理沙だなって。安心したわ。」
幽香はそう言って魔理沙の頭をくしゃくしゃっと撫でた。その顔は、いつもはあまり見せない、慈愛に満ちた表情をしていた。いつもならそんなことをされたら馬鹿にするなと言って手をどける魔理沙だが、このときは幽香の表情をじっと見つめていた。
「ん、何よ?」
「いや、お前もそんな顔することあるんだな~って思ってな。」
魔理沙はニヤニヤといたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「あら、失礼ね。私にだってこういう表情はできるのよ。」
「いやー、いつもその辺で蛍やら夜雀を虐めてるのを見てるとどうもな。」
「あら、そんなこと言うの。せっかく帽子返してあげようと思ったのにな~。」
そう言って幽香は魔理沙の帽子を持って走って魔理沙から逃げ始めた。
「な・・・汚いぞ!」
逃げる幽香を見た魔理沙は慌てて追いかけ始める。
「待て~帽子返せ~!」
「待てと言われて待つ奴なんかいないわよ~。」
再び鬼ごっこになったが、先ほどのような真剣さはない。むしろ、ただの仲の良い姉妹がする追いかけっこのようであった。そんな二人の様子を向日葵の花達は優しく見守っているようだった。
~終~
そして森の中に建つ一軒の家にも等しくその朝日は差し込んでいた。その光は家主である霧雨魔理沙を起こすのに十分な明るさだった。
「・・う・・・ん」
寝ていたベッドから体を起こす。着ていたパジャマはよほど寝相が悪かったのか、ところどころボタンが外れて下にある素肌が見え隠れしていた。起きたまましばらくぼーっとしていたが、そのまま再び後ろ向きにベッドに倒れこむように横たわった。
「あ~頭ががんがんする・・・さすがに昨日はちょっとやりすぎたか・・・」
昨日魔理沙は博麗神社で開かれた宴会に出席していた。いつもなら酔って騒ぎはするものの、その酔いを次の日に持ち越してしまうほど飲むことはあまりない彼女だったが、昨日は同じく宴会に参加していた新聞記者といつの間にか飲み比べになり、結局魔理沙の方が先に潰れてしまい、出すものを出した後フラフラになって、帰る途中に魔法の森手前で派手に墜落したりもしたが、なんとか家に帰ったのだった。
魔理沙は宴会の時のことを思い返していた。酒の強さにはそれなりの自信をもっていた魔理沙だったが、完敗だった。新聞記者があんなに飲めるとは思っていなかった。次に宴会をやったときは負けないぜ、とリベンジを誓いつつ、ベッドから再び起き出して服を着替え始めた。
「よーし、と。」
いつも来ている白と黒を基調とした服に着替え、鏡の前で服装の乱れを整えた。そして立てかけてあった箒を手に取って次は帽子を。
「・・・あれ?」
いつもおいてある場所に帽子がない。まぁ家のどこかには置いてあるだろうと思い、彼女は家の中を捜索しようとした。が、しかし、
「これは、ひどいな。」
捜索するといっても、魔理沙の家は自身の魔法道具、パチュリーから借りてきた本、アリスから借りてきた魔法道具、香霖堂から貰ってきた雑貨もといガラクタ、その他得体の知れない物でとっちらかっているのでそう簡単にはいくはずもない。周囲を見渡して魔理沙は溜息をついた。いつもはこの家に来る客人に対していつでも物が手に取れる便利さを説いていたが、今ばかりはこの部屋の状況にうんざりせざるをえなかった。
「こりゃちょっと弱ったな、まぁでもすぐに見つかるだろ。どれどれ・・・」
そう言って一歩踏み出したときだった。
カチッ
「カチッ?」
何かを踏んだ音に一瞬気を取られたその瞬間、
バコンッ
「んがっ?!」
頭上からどこからともなく現れた金ダライがクリーンヒットし、その場できれいにしりもちをついてしまう。
「うう・・・綺麗な星だぜ・・・」
帽子探し、前途多難な立ち上がりであった。
金ダライの一件の後、魔理沙は気を取り直して帽子を探した。あふれかえる物をかきわけ、別のスイッチを踏んでまたどこからか炎が噴き出して危うく黒こげになりそうになったり、本の山を崩壊させて雪崩に巻き込まれたりしたが、それでも魔理沙はあきらめずに頑張った。その結果、
「おっかしいな~・・・。」
どこにもなかった。
落ち着け、ここは昨日の行動をゆっくり思い返してみるんだ、そう言い聞かせて魔理沙は昨日の行動を思い返し始める。無論まだ二日酔いの頭痛は続いているのでそう簡単なことではなかったが。飲み比べをしていた時はまだ被っていたはず、となると酔い潰れてから帽子を脱いだのか。とすると、自分を介抱してくれた霊夢は帽子について何か知っているかもしれない。そもそも博麗神社に置き忘れた可能性も考えられる。
「しょうがない・・あまりこの姿を見られたくはないけど、霊夢のところに行くとするか。」
魔理沙はそう言うと、愛用の箒を持って博麗神社へ出発した。家のドアを開けると森の空気と日の光が魔理沙を包み込む。今日もいい天気だと思いながら家をあとにした。
魔理沙が神社に着くと、霊夢は縁側でお茶を飲んでいるところだった。境内がきれいなところを見ると、来る直前まで掃除をしていたらしい。
「よう、来たぜ。」
「昨日あれだけ飲んだのによく動けるわね・・・」
魔理沙が境内に降り立つのを見つけて霊夢が少し呆れたように言った。
「丈夫さも私の魅力の一つだぜ。」
「で、約束の物は?」
「は?私何かそんな約束したか?」
訝しげな魔理沙の顔とは裏腹に、
「昨日の宴会であんたが潰れた後、介抱してあげたでしょ。その見返り。」
さも当然と言わんばかりの霊夢の顔。しかも右手を魔理沙の方に差し出して貰う準備は万端ときている。
「おいおい、二日酔いの人間にそこまで要求するのは酷じゃないか?」
「世の中、等価交換で成り立ってるものなのよ。」
「ひどいぜ。」
そんな会話をした後、魔理沙は霊夢のそばに腰掛けた。霊夢は変わらない様子でお茶をすする。
「そういえば魔理沙、あんた帽子はどうしたの?」
「そのことなんだが、どうやら昨日の宴会で無くしたらしいんだ。・・・ってその言い方だと霊夢も知らないのか?」
魔理沙にそう言われて霊夢は少し考える素振りを見せた。が、すぐに言った。
「帰る時は帽子は被っていたと思うけど・・・もしそのとき被ってなければ教えてあげたと思うんだけどねぇ。でもまぁ、ここには多分ないわよ、あんたが来る前に神社の掃除をしていたから、周りの様子は一通り見たけど、あんたの帽子は落ちてなかったしね。一応中も見ていいけど、宴会は外でやってたし、中にあることはないと思うわよ。」
霊夢はそう言い残して急須の中のお茶がなくなったらしく、お湯を注ぎ足しに奥へと引っ込んでしまった。
昼過ぎ、神社を吹き抜ける心地よい風を受けながら、霊夢は再び縁側に座ってお茶をすすっている。そしてそのそばには、
「う~、なかったぜ~。」
境内の隅々まで探し回り、しまいには神社の下に至るまで探し回って結局見つからず、凹んで寝ころんでいる魔理沙がいた。服には白黒の他に茶色という色合いが追加されていた。
「さっきも言ったでしょう、ないって。」
「多分なんて言うから見逃したかもしれないっていう希望を持ったんだが。」
「言葉のあやよ。」
「うう・・・私の帽子・・・」
心底凹んでいるようだ。
「これで気が済んだでしょ、ここにはないってわかったんだし、他のところを探したら?そもそもここで飲んでたときにあったんだから、誰かが持って行ったんじゃないの?そういうことしそうな奴ならあんたにも心当たりくらいあるでしょ。」
「誰が持って行くんだよ~、心当たりがありすぎて困るぜ。」
「まぁ、少なくともここにないことがわかったんだから私はその心当たりから外れたわね。」
寝ころんでいる魔理沙を横で見つつ、霊夢はお茶をすすっていた。
「帽子を見つけたいんなら、こんなところにいないで探しにいったら?あんたの速さなら一日もあれば幻想郷を見てまわれるでしょ。」
「その力を得るためにまずはお茶が欲しいぜ。」
「なら見返り。お茶だっていくらでもあるわけじゃないのよ。」
「世知辛い世の中だぜ・・・」
結局霊夢にはお茶を出してもらえず、ひとまず博麗神社をあとにした魔理沙はゆっくりと空を飛んでいた。
「さて、まずはどこから回ってみるべきかな。」
魔理沙は飛びながら帽子について聞きまわる順番を考えていた。一番初めに思い浮かんだのは同じ魔法の森に住んでいるアリス・マーガトロイド。だが、彼女なら同じ森の中に住んでいる、近所と言えば近所である。彼女の性格ならば帽子を持っていれば届けに来るはずである。おそらくこの可能性は低いだろう。
次に考えたのは紅魔館。パチュリーの図書館を利用する魔理沙にとっては身近な場所である。パチュリーの他にも紅魔館の主であるレミリア・スカーレット、その妹フランドール、メイド長である十六夜咲夜、門番である、ほん・・・ホン・・・ミリンだったか、とにかく知り合いも多い。昨日の宴会には門番は来ていなかったがそれ以外は来ていたので何かしら知っているかもしれない。
「決まりだな。」
他にも、蓬莱山輝夜を主におく永遠亭、西行寺幽々子を主とする白玉楼、八雲紫を主とするマヨヒガなど、候補はあったが、飛んでいるうちに紅魔館の近くの湖まで飛んできていたので、紅魔館に行くことに決めた。魔理沙は箒を握りなおすと一気に加速して紅魔館へ向かって飛んで行った。
湖の景色を眺めながら紅魔館を目指して飛んでいくと、門の前に構えをとっている門番の姿が見えた。
「お、向こうもやる気か~、それじゃ八卦炉を構えて・・・ん?」
八卦炉を構えた時点で魔理沙はふと、違和感に気づく。そして門番の近くに着陸してみる。すると、
「すぅ・・・すぅ・・・」
構えをとったままの状態で気持ち良さそうに眠っていた。遠目に見たらただ侵入者を見つけて構えているようにしか見えない。いつもなら迎撃しに出てくるので即座にマスタースパークをぶっぱなせばいいが、これだけ気持ち良さそうに眠っているところに撃ち込むのはさすがの魔理沙も悪いと思った。そこで、
「おーい、起きろー。」
魔理沙は門番の肩を少し乱暴にゆすった。
「ふぇ・・・ってうわあ、何者!」
「お、起きた。おはようさん。」
起きた瞬間、目の前に顔があることに驚いた門番は一気に後ろに跳び退き、構えなおすが、目の前にいる魔理沙を確認すると、拍子ぬけしたように構えを解く。
「あれ、魔理沙さん?いつもは私が迎え撃つとすぐにマスタースパーク撃ってくるのに今日はどうしたんですか?」
「あまりにもあんたが気持ちよさそうに職務に勤めているのを見てさすがに気が引けてな。それじゃあ門番、パチュリーに会わせてくれ。」
そう言うと門番の表情がいぶかしいものに変わる。
「パチュリー様に・・・また図書館の本盗む気ですか?そして私の名前は紅美鈴だと何度言えば・・・」
「門番の方が覚えやすくてな、あと本は借りてるだけだぜ。それから今日は本じゃなくて、パチュリーに聞きたいことがあってな。」
「聞きたいこと?・・・そう言えばあなた、帽子は?」
「そう、そのことでな、昨日の宴会で無くしたから、パチュリー達が何か知ってるかもしれないと思ってな。」
「ふ~ん、まぁ嘘を言っているわけでもなさそうですし、とりあえず中に取り次いでみますね。」
そう言い残して館の中に引っ込んでいった。美鈴がいなくなったのでそのまま入ってしまおうかとも考えたが、こうやってちゃんと取り次いで入るということも久し振りであったので、魔理沙はそのまま門の前でしばらく待っていた。
しばらくして、美鈴が戻ってきた。
「一応中に入る許可はおりました。でも、パチュリー様に話を聞くだけにしてくださいよ、話を聞いた後に本を盗んでいったら、いつもと一緒ですからね。」
「善処するぜ。」
美鈴ははぁ、とため息をついてどうぞ、と言ってから門を開けて魔理沙を通した。
紅魔館内の廊下を歩いていく。廊下は日の光は完全に遮断され、あかりはシャンデリアにある蝋燭なので薄暗い。下には真っ赤な絨毯が敷かれており、いかにも吸血鬼の館といった趣である。
しばらく廊下を歩いて行くと、その途中に見覚えのあるメイド姿が立っていた。紅魔館のメイドにしてメイド長の十六夜咲夜である。
「よう。」
「どうも。こうやってちゃんと客としてあなたを迎えるのは何年ぶりかしらね。」
「三日ぶりだぜ。」
「あの時はいつもにように美鈴にマスタースパーク放ってふっ飛ばしてたでしょ。で、パチュリー様に用があるんだったわね?それじゃ行くわよ。」
そう言って魔理沙と咲夜は浮かびあがってパチュリーの部屋へと向かっていった。
飛んでいる途中にふと、魔理沙は横からの視線を感じた。横を向いてみると咲夜が魔理沙のことを見ていた。
「なんだ?物珍しそうなもの見るように見てるが。」
「そりゃ帽子を被ってないあなたを見ることなんて珍しいわよ。それに、こうして見ると帽子を被ってないあなた、結構かわいいのね。」
「なっ・・・余計な御世話だぜ?!」
顔を赤くする魔理沙に笑みを浮かべつつ、咲夜は魔理沙の少し前に出て、一つのドアの前に降りてドアをノックした。
「パチュリー様、お客様です。」
声をかけてから咲夜はゆっくりとドアを開いた。
パチュリーのいる図書館で、案内された魔理沙は事情を手短に説明した。
「ふうん、事情は大体わかったわ。あなたの帽子を探す手掛かりが欲しいのね。」
「まあ、そういうことだな。」
「協力してあげるけど、その代りあなたの家にあるここの本をしっかり返してもらうわよ。」
「お安い御用だぜ。」
「それじゃあ、始めるわよ。」
そう言うとパチュリーは、本を手にとって呪文を唱え始める。すると魔理沙の足もとに魔方陣が薄らと浮かび上がってきた。
「なあ、これってどんな魔法なんだ?」
「あとで説明してあげるから、今は黙っててちょうだい、帽子が見つからなくてもいいの?」
「む・・・」
しばらくして、魔方陣から発せられた光が徐々に魔理沙を包み込む。魔方陣の光が魔理沙を包み込んだのを確認すると、パチュリーは本を閉じた。
「それじゃ、あなたの頭の中に無くした帽子を思い浮かべて。」
「そんなんでいいのか?」
「この魔法はかけた人物の考えていることを読み取って、それがどこにあるかを示すの。無くした物を探すのにはうってつけというわけよ。」
「ほー。」
魔理沙はいつも自分が被っていた帽子を思い浮かべた。黒くて、正面にリボンがつけてあるお気に入りであり、自身のトレードマークである帽子。忘れるはずもない。魔理沙はしっかりと帽子を思い浮かべた。
しばらくすると、魔理沙の目の前に紐のようなものが現れた。
「なんだこれ? パチュリー、これ取っていいのか?」
「いいわよ。」
魔理沙は目の前にあった紐を手に取ってみた。紐を魔理沙が持つと、紐の先がゆっくりと持ちあがり、ピンとはった。
「その紐の先が帽子のある場所よ。後は自分でできると思うわ。」
「へぇ、ようはこの紐が指し示す場所に行けばいいってわけだな? ありがとな、パチュリー!」
「ちょっと待って。」
部屋から喜び勇んで出て行こうとした魔理沙をパチュリーが止めた。
「なんだ?」
「くれぐれも、本のこと忘れないでちょうだい。」
「言われなくてもわかってるぜ。しつこいな。」
「しつこい原因を作ったのは誰だったかしら。」
魔理沙はそれには答えず、苦笑いだけして図書館をあとにするのだった。
「さて、かなり長いこと飛んでいるわけだが・・・ほんとに帽子あるのか?」
紅魔館を出発した魔理沙は紐の指し示す方向に飛行していた。始めのうちはすぐに見つかると思っていた魔理沙だったが、気がつくと大分長い時間飛行していた。そして行き着いた先は、あたり一面に咲き乱れる向日葵の花畑。
おいおい、私は最近ここには来てないんだからこんなところにあるはずないだろ、と心の中で呟いたその時、紐が青白い光を帯び始め、魔理沙の手から離れ、移動し始めた。最後は紐自らが案内してくれるのか、便利なものだなと感心しつつ、魔理沙は紐の後を追った。
しばらくして紐がゆっくりと降下し始める。魔理沙がその後を追うと、地面には、まさに魔理沙の探し求めていた自分の帽子が落ちていた。
「あった・・・!」
でもなんでこんなところにあるんだろう、そんな考えが一瞬頭を過ったが、気を取り直して帽子のもとに降りて拾おうとした、その時だった。
突然、帽子が上へ勢いよく持ち上がった。そして帽子のもとに降りようとしていた魔理沙と見事にすれ違う。
「・・・え?」
突然のことに魔理沙が一瞬呆気にとられているうちに、どんどん帽子は上昇していく。そしてそれは、
「ナイスキャッチね♪」
「げ」
白い綺麗な傘によって受け止められた。白い傘の持ち主は帽子を手にとり、魔理沙に向かってにっこりと笑った。
「お前が・・・犯人だったのか?」
「犯人だなんて失礼ねえ、私は犯罪をした覚えなんてないわよ、ただあなたの帽子をここに持ってきただけで。」
「それは私にとっては十分犯罪に値することだぜ、幽香。というか、帽子を飛ばしたのはどうやった?」
「ちょっと帽子の下で大きな草の種を爆発させただけ。そして泥棒に犯罪呼ばわりされる筋合いはないわ。」
幽香は全く悪びれる様子もなく、笑顔のままで話していた。
このままだといずれ幽香にはぐらかされて逃げられてしまうと思った魔理沙は、とりあえず話をふってみることにした。
「とりあえずだ、幽香、私の帽子を返してくれないか?」
「いいわよ。」
「は?」
あっさり返すと言われた魔理沙は逆に言葉に詰まってしまった。一方幽香はそんなぽかんとする魔理沙の様子を心底楽しそうに見つめている。
「ただし、一つだけ条件があるの。」
「なんだよ、弾幕ごっこか?」
「違うわよ、そんなありきたりなことじゃ面白くないじゃない。」
「じゃあなんだ?」
魔理沙は思った、幽香の言うことだ、どうせロクなことではないだろうと。ならば油断している今奪ってしまえばいいと思い、箒に手をかけた。しかし、魔理沙が箒に手をかけた瞬間、幽香が言った。
「私がこの花畑を逃げ回るから、あなたが捕まえてごらんなさい。幻想郷最速を自負するあなたなら簡単なことでしょう?」
「・・・いいだろう、その鬼ごっこ受けてたつぜ。私に速さで喧嘩売ったこと、後悔するなよ?」
「ふふふ、期待してるわ。」
魔理沙が幽香に箒に乗って突っ込んでいくと、幽香をどこからか現れた大きな花が包みこみ、猛スピードで魔理沙から遠ざかり始めた。魔理沙も負けじとその花を追いかけていく。しかし、ここは幽香のホームグラウンド、魔理沙が追いかけようにも花や蔦が魔理沙を追いすがってきたり、飛んでいる目の前に花が伸びてきて進路を妨げてきたりと、なかなか幽香に追いつくことが出来ない。始めは自信のあった魔理沙だったが、次第に表情に焦りと疲れが見え始めた。
「あらあら、始めの自信はどうしちゃったのかしらね、早く私を後悔させてみなさいな。」
幽香の余裕たっぷりな言葉に、魔理沙はやり場のない悔しさにかられる。
「言われなくても・・・そのつもりだぜ!」
そう言って再び幽香に突っ込んでいく魔理沙。しかし、目の前に現れた花に箒をひっかけてしまい、地面に投げ出されてしまった。おまけに箒もその花によって絡めとられてしまって、いまや魔理沙の手の届かないところにいってしまった。弾幕を使って無理やり奪い取るにも、ずっと飛び回ってばてている魔理沙に対して花に守られていて余裕のある幽香とでは結果は見えていた。
この状況を前にして、魔理沙は力なくその場にぺたりと座りこんでしまった。
「あらあら、幻想郷最速を自負していた人が降参かしら?」
「・・・・・・」
魔理沙が項垂れるのをさも楽しそうに見つめながら幽香が言った。いつも勝気で男勝りな魔理沙がこんな状態になるなんて。幽香の嗜虐心はどんどんそそられていく。
「それじゃ、この喧嘩は私の勝ちね~。幻想郷最強の他に幻想郷最速にもなれるなんて光栄よ、『元』最速さん?」
相変わらず魔理沙は黙りこくったままだった。
「久々に八雲のところにでも行って自慢してこようかしら、最速になったこと。ちょっとした暇つぶしにはなるでしょ。」
「・・せよ・・」
小さな、絞り出すような声だった。
「・・・あら?」
「帽子・・返せよ・・・返してよぉ・・・」
完膚なきまでに負けた悔しさからか、魔理沙は泣き出してしまった。泣き出した魔理沙を見て、幽香はちょっと困ったような顔をして魔理沙のもとにおりてきた。
「あ~あ、よしよし。泣いちゃったら、かわいい顔が台無しよ?」
「・・お、お前がっ・・やった、く、くせに・・・うぅ・・・」
「はいはい、悪かったわよ。悪かったから早く泣きやみなさいな。」
幽香は笑みを浮かべながら、頭を撫でながら魔理沙を慰めていた。そして幽香は魔理沙の泣いている様子をじっと見つめていた。普段は紅魔館に押し入って図書館の強奪をしたり、宴会で無茶をしたりと、やることが豪快な魔理沙。だけど、今ここにいるのは、泣いて素の感情が露わになった魔理沙。泣いている様子はまさしく少女そのもの。そんな様子を見て幽香の表情は柔らかいものに変わっていった。
「けど・・・安心した、やっぱり魔理沙は魔理沙なんだな、って。」
「・・へ?」
魔理沙が幽香の方を向く。
「六十年ぶりに花が咲き乱れた時に、無縁塚で死神と弾幕ごっこをしてる魔理沙を見かけてね。ちょっと興味を持ったから見てたんだけど、昔と比べてずいぶんあなた変わってたわね。」
「う」
「昔は言葉づかいも女の子らしかったわよね~、それにかわいらしい笑い方だったわ、確か」
「わー、わー!」
「むぐぐ。」
次の言葉を言う前に魔理沙は無理やり幽香の口を塞いだ。これ以上話をされたら何か自分の大切なものを失ってしまいそうだった。
「はいはい、わかったわよ。もう言わないから。」
「ほんとだな・・・?」
魔理沙は幽香の口から手を離した。そして幽香は少し乱れた服を直すと魔理沙に背を向けて話し始めた。
「とにかく、私はあなたと死神との弾幕ごっこを見てたのよ。そしたら以前見たときより別人みたいに強くなってるんだもの。昔のかわいかったあなたと比べてずいぶん成長したな~って思った反面、なんか寂しかったのよね。」
そう言ってから幽香は魔理沙の方を振り返った。先ほどのいたずらっぽい笑顔とはうって変わって昔を懐かしむような表情。
「けど、今日あなたを弄ってみて、やっぱり魔理沙は魔理沙だなって。安心したわ。」
幽香はそう言って魔理沙の頭をくしゃくしゃっと撫でた。その顔は、いつもはあまり見せない、慈愛に満ちた表情をしていた。いつもならそんなことをされたら馬鹿にするなと言って手をどける魔理沙だが、このときは幽香の表情をじっと見つめていた。
「ん、何よ?」
「いや、お前もそんな顔することあるんだな~って思ってな。」
魔理沙はニヤニヤといたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「あら、失礼ね。私にだってこういう表情はできるのよ。」
「いやー、いつもその辺で蛍やら夜雀を虐めてるのを見てるとどうもな。」
「あら、そんなこと言うの。せっかく帽子返してあげようと思ったのにな~。」
そう言って幽香は魔理沙の帽子を持って走って魔理沙から逃げ始めた。
「な・・・汚いぞ!」
逃げる幽香を見た魔理沙は慌てて追いかけ始める。
「待て~帽子返せ~!」
「待てと言われて待つ奴なんかいないわよ~。」
再び鬼ごっこになったが、先ほどのような真剣さはない。むしろ、ただの仲の良い姉妹がする追いかけっこのようであった。そんな二人の様子を向日葵の花達は優しく見守っているようだった。
~終~
幽香もそうだけど、魔理沙が可愛いわ。
でも、こんな魔理沙を見れる相手は限られてるんだろうなぁ。
アドバイス……ん~、良く出来てると思いますよ、読みやすかったし。
乙女な魔理沙は大好物でございます。
それでは改めて感想を。
登場人物が表情豊かで読んでいて楽しいですW
自分も精進せねば!