【冒頭注意】
オリキャラらしきものが数名出てきます。あしからず。
【段之序 天狗たちの問題】
その日は朝から奇妙に浮き足立った空気が『山』に漂っていた。
当然それに気付かない射命丸文ではなかったのだが、彼女は永遠亭で開催される餅つき大会を取材するため、冬の夜も明けぬ内から早々と自宅を発っていたから、疑問には思ってもそちらへ向く好奇心は大きくなかった。
また『山』の妖怪連中は妖怪連中で、外部に自分たちのことを殊更に伝える必要性を感じていなかったし、行き先を椛に言ってあったとはいえ、結局は使いのカラスが文のもとへ行くよりも取材を終えた文が帰還するほうが早かったのである。
そんなわけで、文がその事態を知るのは夕刻、お裾分けという口実で貰った大量の餅をぶら下げ、重量でややふらつきながら九天の滝にさしかかった時であった。
『射命丸、帰還す』の知らせを受け慌てて別方面の持ち場から駆けつけた椛の言葉は、危うくあの射命丸文をして餅を取り落としかけさせた。
「……月華院げっかいん様が?」
月華院、名を峰縁ほうえん。
天狗の中でも、主に現在は印刷業にその多くが携わる山伏天狗が一、かつて山の要職を歴任した重鎮にして『山』の最長老格の欠くべからざる一角であり、さらには頭領たる天魔さえ凌ぐ影響力を持つと影に日向に言われた傑物。
文が聞かされたのは、その訃報である。
「はい……正午頃に」
椛の声の響きも静かを通り越して沈痛でさえあり、文自身、背後で唸る滝が一瞬遠い世界の出来事に感じるほどだった。
「そんな急な……確かにこの頃は少しお元気がないと聞いてましたけど、それは本当に本当ですか、椛。冗談だったりしたら怒りますよ?」
「あ、当たり前でしょう! こんなこと、冗談でだって言いたくありません!! あ……ご、ごめんなさい、取り乱してしまって」
「ですよね、すみませんでした、私こそ軽率なことを言って」
「あぅ……」
よっこらせと両手で抱えた餅を片手で持ち直し、ぽんぽんと椛の初雪のような頭を撫でる。
少しの間目を閉じ、尻尾をぱたぱたとさせていた椛だったが、滝の水滴が首筋に飛んできて我に返った。ひゃっ、などと可愛らしい声を上げてから、苦労して緊張の顔を作り直す。
「そ、それでですね、大天狗様が戻り次第文さまを自分の所にお呼びしろと」
「わかりました。それじゃあ椛、この御餅と取材道具、家まで届けておいてくれます?」
「は、はい! 行ってらっしゃいです、文さま!」
答える代わりに、椛に餅の入った巨大な風呂敷包みとニトリ印の防水防火防塵防電磁防放射能鞄を渡し、虚空を蹴って一気に上昇をかける。
豪と耳元で風が爆ぜ、そこで普段飛行時にまとっている筈の風の防壁を張り忘れていた事に気付き一旦停止、目の前を弩々と落ちていく流れに手を伸ばし、凍えそうな飛沫を少しだけ手にとってぱしりと顔を洗った。
「……月華院、大爺さまが」
わずかに眼を伏せて呟くが、次の瞬間には滝の上流を見上げ、百とも千とも万とも取れる弾幕の炸裂音に似た響きを残して飛び去る文。
その四半刻の後、守矢神社に『宴会の急遽中止』を知らせる使いが赴いた。
【段之二 妖怪の山のハフリ】
「うぅ……寒いですね」
普段の装束の上にダウンのごっついジャケットを羽織り、手袋に耳あて付きの帽子、さらに足元を二重に毛糸の靴下でカバーする重装備でいながら、東風谷早苗は朝の山の寒さに身を震わせた。
「いくらなんでも降り過ぎです……」
幻想郷の雪量はなかなかハンパではなく、それなりに雪の多い地方の出である早苗にしてもこれは辛い。
境内が真っ白になるくらいなら幻想郷に来るまでも結構あった光景なのだが、立ち並ぶオンバシラが雪を積まれてずらりと5割増しの背丈になっているのは、もはや壮観というよりギャグに近いと早苗は思う。
しかも上になるほど膨らんでいたりもするから、単純な体積は土台より上にも見え、なぜ落ちないのか奇怪でさえある。
実際に十日ほど前にはその雪塔がひとつ崩壊し、ちょうど真下で膝を抱えてぶつぶつ言っていた穣子が危うく圧死しかけたりもしたのだが、だからって早苗に苦情を言われてもどうしようもない。降るモノは降るのだし。
さて、そんな境内で早苗はというと、参道と石段の除雪を行っていた。風で。
彼女らしくなく雑に見えるその行動の裏にはある経緯が有り、はじめの内こそ「奇跡の力で除雪? とんでもない!!」などと強がっていたりもしたのだが、一日の降雪量が彼女の人生経験の平均値を超えたあたりから徐々に勢いがなくなっていき、前述の状態に至ったオンバシラを見て一度挫け、涙ながらに妹の救助を行っていた静葉を援護すべく強風を起こしたところあっさり出来てしまった瞬間、心が折れた。
以来、早朝の除雪作業に早苗は雪かきではなく御幣を持って臨むようになっている。
「えいやっと」
既にしてその熟練度は相当なもので、右へぶわー左へぶわーと、巧みに風を操って雪をとりあえず邪魔にならないあたりへ放り出す作業は手慣れたものだ。
ただ早苗自身気付いていないのか、そもそも山中の守矢神社へ参拝する者に、石段だの参道だのをいちいち利用しなければならない者がほとんどいない、ということだが。
そのくせ数日に一度はわざわざ博麗神社まで出向いては雪かきを手伝い、毎度のように『まあ、参拝客が来ないから無駄だと思いますけど』などと言っているのだから、この娘もどこか抜けて、いや、あるいは幻想郷の暢気菌にとうとう感染したかというところだろうか。その証拠に
「ふんふんふーん」
と、とみに慣れてきたここ2、3日などは鼻歌さえ混じるようになっていた。
それをBGMに一歩一歩雪を左右へ吹き飛ばしつつ歩む様はさながら除雪車である。
右へぶわー、左へぶわー、時折前にもぶわー、も一度右へぶわー。
早苗も意識のどこかで地上ルートで参拝者などないと思っているのが良く分かる除雪の光景だった。
だが、何事にも例外というのはあるもので―――
「わぷっ」
「? え、わあ!?」
珍しく石段を使用する参拝客に早苗が気付いたのは、前へ吹き飛ばした雪をもろに被った相手の声による。
慌てて作業を中止した早苗の目に映ったのは、白。一面の白。
「あ、あれ?」
当然の話で、積もりに積もった雪を吹き飛ばせばそれすなわちポロロッカ。不幸だったのはそこが石段の半ばあたりであり、上から落としてきた雪がかなり溜まっていたことだった。
故に、浴びれば下に埋もれるのは必然。
「え、えーっと……」
さすがに『聞かなかったことにしよう』と即座に言い切れる程に幻想郷的な何かの感染が進んでいない早苗は、とりあえずそこら辺を見渡すが、やはり白い、白銀である。毛玉一匹見当たらない。
「……よし」
しばしその白を眺めていた早苗だったが、意を決して御幣を握り締めるとやにわに振りかぶり、振り下ろした。
「えぇいやっ!」
ぶん、ごぅっ。
先ほどまでの半分ぐらいに出力を絞った風が正面下方に向かって放たれ、積もった雪の上層半分ほどを削りながらEasyでポロロッカする。それが的中したか、風の通り過ぎた跡地にぴょこんと突き出る一本の腕。
「…………」
「……えい」
「…………」
「…………えーと」
へんじが、ない ただのしかばねのようだ
恐る恐る近寄って御幣で突付くが反応なし。早苗の背筋を嫌な汗が落ちた。
『白い朝の惨劇! 風祝、参拝客を雪責め!?』脳裏をよぎる文々。新聞の記事。それはマズイ、とにかく掘り出さないと!
と、ここですぐ埋めるとか始末するとかいう選択肢が出ないあたり、まだまだ甘い早苗である。
とにかく掘り出そうと早苗がしゃがみこんだその途端…
「よい、しょっ」
「わぷえぁっ!?」
目の前で白いポロロッカが発動。因果は巡ると言うが、早苗は全身くまなく雪弾を浴びて動けなくなった。
「ふぅ、ちょっとびっくりしました。……あら?」
「…………」
寒い、冷たい、というかむしろ痛い。何か喋ろうにも口の中まで雪が入りこんでいてそれさえままならない。辛うじて右腕が雪の上に出ているようではあったが、なるほど腕一本出ているくらいでは意味はなかった。
かまくらの中は温かいが、フリーズパックは温かくないということを早苗は痛感し、何とか抜け出そうとするが御幣は埋もれた瞬間に手放してしまったようで、右手にも左手にも得物はない。
駄目だ、このままでは、と早苗の脳裏をよぎる『白い朝の惨劇! 参拝客、風祝を雪責め!?』の文字。だがさっきとあまり変わらない。慌てて全身に力を込めて抵抗してみるが、雪は硬く締まっていて予想外に重く、上に出た右手がぴくぴくと情けなく動くだけだった。
「あら、えっと、困りましたね」
「むぐもががが」
雪の向こうから聞こえる少し間延びした声。「助けて下さい!」と言ったつもりでも口の中がアイシクルではどうしようもなかった。
ああ神様仏様ってそうだ神奈子様諏訪子様と立て続けに呼ぼうとして諏訪子のちんまいボディを思い起こし、神様神様神奈子様と言い直す。だがあいにくこの時神二柱は寒気に耐えかね1つ布団の中でぬくぬく朝寝の真っ最中であり、早苗の声は無情にも届かなかった。と、唯一雪上にある右手を自分より少し大きい手が握る感触。
「えーと……」
「?」
「握っていただかないと、引っ張りだせないのですが」
「むごもが!」
全身の力を右手ひとつに集中させ、何とか握り返す。応じてより相手からの握りが強くなった。
「それじゃあ、しーっかり、握っててくださいね」
「もごごが!」
「せーの、いーち、にーの、さぁーん!」
「!!」
ずどぼんっ!と爆音とともに早苗の周囲の雪が吹きあがり、抱きかかえられたかと思うと早苗を負ぶった彼女は石段を一気に駆け上がって、終点である鳥居の下に辿り着いたところで止まった。この間、せいぜい2、3秒。
鳥居の根元のちょっと太くなった部分に「よいしょ」と降ろされた早苗は、影になった相手の向こうで吹き上がった雪がドザザザザと落ちていくのを見て、なるほど、あれだけ上に乗っていたなら動けないはずです、と咳き込んで口中の雪を吐き出しながらぼんやり理解する。
「ふー、お互い災難でしたね」
「えほっ、えほっ……あ、その、ありがとうございました。そ、それとその、ごめんなさい! わたし全然気付かなくて!」
「ああ、いえいえ、私こそのんびり景色を見てて気付かなかったわけですし、おあいこですよ」
「でも!」
「まあまあ、こうしてお互いに無事だったわけですから、問題ないですよ。ね?」
「はあ……はい」
先に被害を受けたはずの彼女のあまりに暢気な様にそれ以上言い出す気をそがれ、早苗は思わず頷いた。
背丈は神奈子と同じくらいだろうか、女性としてかなり長身の彼女は、ぱたぱたと外套のあちこちについた雪を払い落としながら「災難でしたねぇ」などとのたまっていて、言葉通り、怒った様子は微塵もない。
「えっと、それでですね」
「あ、はい、なんでしょうか!」
よく考えたら自分だけが座ってるのは失礼にあたると立ち上がった早苗は勢いよく返事をする。何故か直立不動。
それに特別驚くでもなく女性はにっこりと笑い、それからちょっとその辺を見回してから聞いた。
「守矢神社、というのはこちらでしたか?」
「はい、そうです…って、その、参拝の方ですか?」
わざわざ聞き返すあたり、早苗も相当に感化されていると見るべきだろうが、その問いを選んだのはある意味正解である。
「ええと、参拝、とは少し違うかもしれませんけれど、こちらにハフリがいらっしゃるとうかがったものですから」
「あ、えっと、風祝は私なんですけど……」
「あら」
「わっ」
答えるなりずずいと顔を近付けてくる女性。
おそらくは外套の中にその大半があるらしい長い銀髪と同じ色の瞳が早苗の視界の大半を占め、思わず半歩あとずさる。
「あなたがハフリ?」
「は、はい、その、一応は」
「あらまあ、ふんふん、へーほー」
「あ、あの……?」
じろじろじろじろ、上から下から右から左から斜めから、珍しそうに早苗を隅々まで見回す女性。正直ちょっと怖いが。
(すごく、綺麗な人だなぁ……)
早苗がそんな感じで妙な雑念を受け取っている間も女性は止めず、やがてひとしきり見回し終えるとおもむろにぽんと手を打ち、笑う。
「そうね、ならあなたにお願いすることにします」
「は、え、えーっと、何でしょうか?」
女性のペースに流されっぱなしの早苗はかろうじて聞き返した。
と、不意に女性の笑顔が曇ったように見え、声のトーンがわずかに落ちて湿る。
「あなたに、お葬式をお願いしたいんです」
「……え?」
【段之三 来客・壱】
とりあえずどうぞと女性を客間に通してからの早苗の行動は素早かった。
まず来客用のお茶とお茶菓子を用意すべく河童印の沸くポットを『最速沸騰』に設定すると湯飲みと盆を一呼吸でスタンバイ、次いで寝間に押し入りひとつの布団でうごうごしていた神二柱を叩き起こして事情を手短に説明する、この間わずかに2分。
「……話はだいたい聞かせてもらったよ」
そしてさらに3分後、八坂神社営業担当・神奈子と実務担当・諏訪子は客間で女性と対面していた。
一見二柱とも堂々と構えているが、神奈子の表情が普段よりもやや緊張気味なのは、断続的な欠伸を必死にかみ殺しているからで、諏訪子に至っては今にも決壊しそうに口元をモゴモゴさせている。
付け加えるなら、見えないのをいいことに諏訪子は普段着の下が寝巻きのままだった。
そんな神と女性とがどでかい紫檀の円卓を挟んで見合う中、両者の中間やや神寄りに陣取った早苗は礼を失するとは思いながらちらちらと視線を女性に向けている。
(やっぱり綺麗なひとだ……)
見た感じ二十代後半くらいだろうか。幻想郷である以上外見から推測出来るものなどたかが知れてはいるが、しかしこちらに来てからの早苗があまり目にしなかったタイプではあった。
諏訪子はあの通りだし、神奈子は確かにやや年上っぽく見える美人さんには違いないが、その魅力はどちらかと言えば活発さと遠慮のなさと憎めなさあたりに集中していて、この女性のような、いわゆる『たおやか』な美しさは八坂刀売神の専売特許に入り辛い。
「それで、引き受けていただけますでしょうか」
そしてこのゆったりとした口調と、節々に滲む気品。外界に居た頃の早苗が話の中でしか出会うことのなかった『ご婦人』そのままである。
「そうだねぇ……」
対する神奈子はいつもと変わらぬくだけた物言いでもったいぶる、というより寝起きの頭で思考が鈍いだけなのだが口には出さない。眠気を払おうとまだ熱いお茶を半分ほど一気に流し込んで、改めて女性に向き合った。
「受けるかどうかを答える前にいくつか聞きたい事があるんだけど、いいかい?」
「はい、なんでしょう?」
「葬儀はどこで?」
場の空気が一瞬停滞した。
(そういえば、聞いてなかった!)
女性のペースに流されてすっかりそのことを失念していた早苗だった。
だが目前の会話はそんな早苗を置き去りにする形で進んでいく。
「それは、もちろんこちらで」
「ここ・・で?」
「はい、ここで」
「そりゃあ大変だね、遺体を運んでくるのもひと苦労だろうし、参列者も来辛いだろう。なんだったら、私たちの方から出向いてしまってもいいんだよ?」
「あら」
疑問を並べながら、しかし神奈子にはある確信が浮かんでいたのか、その顔には既に眠気など微塵も無く、代わっていつもの不敵な笑顔がおどっている。対して、応じるほうの女性もゆったりとした微笑を崩さない。
「どうしてそう思われるのでしょう?」
「ん? だって不幸があったのは人里だろう? わざわざここまで出向いてくれたのはありがたいけど、いっそ博麗の方に持ち込むのが手間がなくて良くはないかい?」
「八坂さま!?」
「いいえ、大丈夫です」
「へえ?」
「え……」
思わず口を挟んだ早苗をほとんど無視してふたりの問答は続き、更に何かを言おうとして不意に袖をひかれたと思ったら諏訪子だった。寝ぼけた半開きの目、かつ茶菓子を頬張りながらでは威厳の無いこと甚だしいが、その諏訪子が首を左右に小さくぴょこぴょこと振る。
(黙っておけ、と言われるのですか?)
(んむんむ)
諏訪子だけでなく、傍らに脱いである諏訪子の帽子も両目でそれらしきことを訴えてきたので、やむを得ず従う形で早苗は沈黙する。
「むしろ博麗に持ち込んだ方が、何かと面倒なことになってしまうと思います」
「そりゃまたどうして?」
アイコンタクトを成立させる神と人を脇目に会話は続き、なにやら緊張感じみたものまで漂ってきた。
「それはもちろん、こちらの方がずっと近いからです」
「へえ、そんな近くに里があったなんて知らなかったよ」
「ええ、それはもう、ほんとうにすぐ近くです」
(……ひょっとして?)
(んむんむ)
さすがの早苗も気付いた。要するにこの遊びのような言葉の応酬は、その結論を直接女性が言わないが故に神奈子にそれを言わせる、いわば儀式だった。
「山か」
「はい」
【段之四 来客・弐】
山。幻想郷においてその一般名詞が意図するものは、先頃より守矢神社とその湖を中腹に抱くこととなってしまった、妖怪の山ひとつきりである。
二柱それぞれに視線を向けると、神奈子が頷き、諏訪子は相変わらず茶菓子をもにゅもにゅしていたが帽子が特に何も言わなかったので、控えめに早苗が口を開いた。
「えっと、いいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「つまりその、山の妖怪のどなたが亡くなった、ということですよね。それで、うちに葬儀を頼みに来られたと?」
「はい、そうなります」
「えっと……」
さらに続けようと思ったのだが、早苗自身釈然としないながら、一体何がそう感じさせるのか分からず、言葉に詰まる。
それを引き継ぐ形で再び神奈子が問うた。
「私らは知っての通り新参だから良く分からないんだけど、山ってのは葬儀を外注するものなのかな? 間違ってたらすまないけど、結構閉鎖的なところだろう、山は。葬儀なんて重要な行事を外任せにしちゃってもいいものなのかい」
「ああ、そうでした。少し説明しないといけませんね」
そこではじめて女性はお茶を一口含み、姿勢を直す。つられて神奈子と早苗も居住まいを正した。諏訪子はまだ茶菓子をもゆもゆしている。
「仰られた様に、山は閉鎖的な……仲間意識が強いとも言えるのですけれど、そういう所ですね。それゆえ、確かにこうすることに対して反発や反感が生まれないとは言えないでしょう」
「とすると、私らとしてはこの依頼をほいほいと受けるわけにはいかないね。山の連中とは上手くやっていきたいんだ。軽々しく動いて味方より敵を多く作るんじゃ困る」
「そう言われると思いました。ですが、ぜひ受けていただきたいのです。こちらの神社の皆さんのためにも、そして、山の皆のためにも」
柔らかな物腰と言葉の裏に奇妙な押しの強さを感じ、神奈子と早苗は顔を見合わせた。諏訪子はようやく茶菓子を食べ終えたのか、茶をすすっている。
「それは、どういう意味だい?」
「昨晩、こちらで行われる筈だった宴会が中止されましたね」
「そうだったっけね、早苗?」
「あ、はい、夕方頃に白狼天狗の方がおひとり見えられてそう伝えられました。随分と急いでいた様子でしたけど…そういうことだったのでしょうか?」
神奈子はもったいぶった話の振りをしたが、無論忘れていたわけではない。
「お恥ずかしい話ですけれど、昨日その方が亡くなってからというもの、山は天狗も河童もみな上を下へとひどく混乱しているのです。本来なら、妖怪ひとりの死がそこまでの影響を及ぼすことはないのですが……」
「ってことはアレか、その死んだ妖怪っていうのが、よほどの大物だったってことかい?」
「はい。名を、月華院峰縁と言いますが、最近になってこられた皆さんはご存知ないかもしれませんね」
「んや、知ってるよー」
「え、諏訪子?」
「洩矢さま?」
と、それまで口を茶菓子と茶の通り道としてのみ動かしていた諏訪子が、はじめて発言する。
もっとも、湯飲みは手放しておらず、まだ目が半分寝ているからなんとも神々しさは足りない。
「いつだったかな、宴会の席で昔話ついでに聞いた覚えがあるよ。その月華院ての。山の重要な役職を総ナメにした稀代の天狗、傑物、一時代を築いた英雄とかなんとか、まぁ悪い話は全然聞かなかったかな。……なるほど、それくらいの天狗が逝ったのなら、昨日の宴会が急に取りやめになったのも分かる気がするよ」
「おおむね、仰る通りの方です。いえ、方でした」
目を閉じて微妙に言い直してから、女性は再び神奈子の方を向いた。
「亡くなったのがそれだけの方だったこともですが、今何より皆を混乱させているのは、山では長い間、末端から中堅ほどの妖怪が何度か命を落とした事はあっても、今回ほどの方が亡くなった経験がなかったからです。つまり送るべき方法を見出せないばかりか、誰の記憶にも確かな次第がなく、そこかしこで意見が割れ、誰も彼も浮き足立ってしまっているということなのです」
「ふーむ……」
神奈子が唸る。発言が終わればまた後は営業担当に任せたと言わんばかりに諏訪子が茶のおかわりを自ら注ぎ、空になった急須を示す。応じて早苗は茶を淹れ直すために女性と神奈子の湯飲みを一旦下げ、会釈して客間を退出した。
「天狗のお葬式、かあ……」
廊下を歩きながら、ぼんやりと呟いてみる。幻想郷に来てまだ日の浅い早苗には何とも実感のわき辛い話ではあった。
天狗に限らず基本的に妖怪は儚い人間など及びもつかない長命だと聞くが、その死んだ月華院なる天狗はよほどの高齢だったのだろうか。
現在知り得る天狗の顔をあれこれと思い浮かべてみるが、半数は自分と大差ない様であり、残る半数はまんま『天狗』な顔つきのために年齢判断が出来るものでもなかった。
再び河童印の沸くポットに水を注ぎ、スイッチを入れる。と、唐突に玄関の呼び鈴が鳴った。
「あ、はーい!」
答えて湯沸し中のポットの傍に湯のみと急須を置いて玄関に向かった。
格子の枠で挟まれた曇りガラスを通してぼんやりと見えるシルエットは、ここのところ見慣れてきた鴉天狗。早朝のこの時間に彼女がやってくることは距離の関係からか少なくはないので、早苗もさして疑問を持つでもなくドアを開けて挨拶をした。
「おはようございますあや……さ、ん」
だが、戸を開け放った早苗は、氷点下の外気を受けるよりも早く、目にした光景によって凍り付いた。
【段之五 来客ふたりめ】
「だけどね」
早苗が退室してからも話は続いていた。さっきよりも幾分か視線を鋭くして神奈子が続ける。
「はい」
「それなら尚更、今私らがしゃしゃり出るべきじゃないと思うんだけど、どうだろうね。あんたが言う様に山が混乱してるのなら、そこに新参者が首を突っ込んで状況が良くなるはずもない。かえってゴタゴタするのは目に見えてる、と思うんだけど?」
「あら、ずいぶん積極的になられましたね。先ほどは言葉遊びに付き合って下さいましたのに。あの可愛らしいハフリさんが居ないからでしょうか?」
「当たり前だね。あの子はまだまだもっと伸びる。けど私らみたいなのには余分な経験値は必要無い」
やや身を乗り出し気味になる神奈子。
玄関の呼び鈴の音と続いた早苗の声に、諏訪子の帽子が片目だけきょろりと反応した。その諏訪子は茶を含んではふぅとひと息。
「そういう山の面倒くさい諸々を全部無視してでも、あんたはここへその依頼を持って来た。ということはだ、その諸々を黙らせることが出来るくらいに、あんたはその月華院とやらの関係者だ、それも相当に近しい」
「……御慧眼、恐れ入りますわ。さすがは八坂刀売神」
「で、答えは?」
「そうですね、隠しても仕方ありませんから正直にお答えします。私は……あら?」
「ん?」
「?」
神奈子と、女性と、諏訪子と諏訪子の帽子と、合計八つの目が廊下に通じる襖に集中した。
「だ、駄目です、今はお客さまがお見えで」「その客の方に用があります」「ですけど!」といった言い争いに等しい声と荒い足音が徐々に近くなる。
足音が襖のちょうど向こうで止まるや否や、バァンと壊しかねない勢いでそれが開き、ふたり目の客が姿をあらわした。言わずと知れた幻想ブン屋、射命丸文であるが、銀髪の女性はともかく神奈子と諏訪子とその帽子を驚かせたのは、文の表情だった。
「……どうしてこんなところに居るのですか?」
守矢神社の面々は普段から文と付き合いがある。それは距離的な理由だけでなく、なし崩し的に山との仲介を文が担当する事が多いからでもあったが、その交流はまだ一年にも満たない。
だがそんな彼女らに限らず、例えば古い馴染みである白狼天狗の犬走椛や谷かっぱのにとりにしても、怒りと憎しみの感情を剥き出しにした射命丸文、などというものを見た事があるはずもなく、よしんばあったとしても、すぐに思い出せるほど直近の事例にはまず存在しないであろうことは疑いない。
さらに声がほとんど抑揚を失って、というより、今にも飛び出しそうな暴風を理性が辛うじて抑えている、といった感じの危うささえ見せる文は、珍しい、とか、明日は大雪だの槍が降るだのという冗談が介在する余地を完璧に排している。
「こちらの方々に、あの人の葬儀を頼みに来たのよ」
対して、女性は不自然なほど冷静に応じたが、その言葉に文はようやく追いついてきた早苗が思わず一歩引くほど音を立てて歯をギリリと噛み、目に見えて憤怒を強める。
搾り出すように口にした言葉は、注意深く聞かなければその意味を失いかねないほどに震え、かすれていた。
「何を勝手なことを……!」
「あなたが何をもって私の行動を勝手と言い、怒っているかは知らないけれど、これは私とあの人の問題。口出しは無用、違うかしら?」
「な……それは、ですけど!」
「射命丸文」
「!!」
凛と、さながら氷の鈴を打ち鳴らしたかの如き声は女性のもの。
今の今までのんびり神奈子とやりあっていた面影はどこにもなく、はじめて文に視線を向けてその名を呼んだ。髪と同じ銀色の瞳が文の黒瞳を射抜く。
「あなたは今回のことに関与する権利を、山の社会に属する一鴉天狗として以上には持ち得ない。月華院峰縁の葬儀は、その妻である私が、方針を決定し、執り行う義務と責任を持ちます。控えなさい」
「…………っ!!」
「文、さん……?」
女性に冷然と告げられ絶句し硬直する文。そのあまりに豹変した様に呆然と声をかける早苗だったが、室内ではそんなふたりを無視して女性が話を続けた。
「それでどうでしょう。葬儀の依頼、引き受けてはいただけませんか?」
「あ、あー……いや、そう、だね」
さすがの神奈子も状況に半ば付いて行けず、頬をかきながらちらりと文を見て、諏訪子に視線を飛ばし、そして女性に向き直って営業用のスマイルを持ち出した。やや苦笑気味ではあったが。
「まあ、何だ。私らとしてももうちょっと私らなりに山の状況を把握したいところでもあるし、返事はまた後日、ということでどうだろう?」
「そうですね……今この場で決めていただいても、おそらく山の混乱がおさまらない限り、通夜も葬儀もないでしょうし、幸いこの季節です。遺体もそうすぐには傷まないでしょうから、大丈夫だと思いますよ」
「ああ、そりゃあ、助かる」
「それでは、また近日中にお返事をうかがいに参りますね。出来れば、色よいものが頂けるといいのですが」
「善処しよう。ああ、早苗、送って差し上げて」
「あ、は、はい!」
神奈子と諏訪子に会釈して立ち上がり退室する女性。
早苗は半歩下がって彼女が通るスペースを作ったが、その時、客間の入り口ですれ違う文と女性それぞれの瞳を見てしまった。
(う、うわぁぁぁ)
言語に絶する、とでも表現すればいいのだろうか。特に何らの感情ものせることなく、あっさりと瞼を閉じて通り過ぎた女性に対し、文の、それはもう今にも掴みかかってブチ殺さんばかりの視線に、傍から見ているだけの早苗の背筋が激しく泡立つ。
「(み、見ない方が良かったです……)ど、どうぞ、こちらへ」
「あら、ありがとう」
心の中でナキゴトを言いつつ、表面はとりあえず何ともないよう装って女性を案内する早苗。だが、後ろから飛んでくる殺意と憎悪と憤怒で120%の視線に背中が痛い。
角を曲がった瞬間、冗談抜きでへたり込みそうになった。
【段之六 客カエル・壱】
「…………」
「…………」
「…………」
さて、女性と早苗が立ち去った客間とその廊下部分はといえば、痛いほどの沈黙が支配していた。
文は相変わらず廊下の曲がり角に向けて弾幕でも出てきそうなほどの視線を飛ばしているし、神奈子も諏訪子も我関せずとばかりに明後日の方を向いているが、諏訪子はおかわりのお茶を、神奈子は湯飲み自体が下げられてしまったため時間稼ぎにも限界があった。
神奈子のジト目を受け、溜め息をついてから立ち上がった諏訪子が文に近寄り、声をかける。
「あのさー、いつまでもヒトんちの壁にメンチ切るのやめてくんないかな?」
「!! ……あ」
「どしたのさ、アンタらしくもない」
「……ぅ……っ!!」
「あ、ちょっと!?」
脱兎。ならぬ脱鴉。かって知ったるなんとやらか、我にかえるや一直線に裏口に向け走り去る文。まさに風の様である。
ややあってバタンと戸が開け放たれる音が聞こえ、その気配が遠ざかった。
「まったくもー、なんだっていうのかな」
「さあねぇ」
「まあ見たトコ痴情のもつれじゃないっぽいけれど」
「……ちょっと諏訪子」
「いや、これは本当だよ? もちょっとこう、何て言うか、プラトニックな感じ?」
「だからおい楽しそうだな諏訪子ってば手ェわきわきさせるな」
「まあ、純な分恐ろしいってことも多分にありうるわけだけどね。おお怖い」
「こら聞けよそこの諏訪湖」
「いずれにせよわたしたちも、独自に山の状況を調べたほうが良さそうだね」
「……そうね」
「わたしは大蝦蟇とかにとりんとかの線で探ってみるから、香奈子は早苗の方よろしく」
「誰が香奈子か、そこの両生類」
「誰が諏訪湖だ、そこのキャノン」
ニッと歯を見せ笑いあう、仲の良い神様たちだった。
【段之七 客カエル・弐】
「ここまででいいわ。ありがとうハフリさん」
「あ、はい」
鳥居の下で女性は言った。母屋からここまで歩いてくる途中、文らしき気配が母屋裏口方面から飛び去っていったのを感知はしたが、それだけである。どうしようもない。
先刻文を一喝した時の様子はなく、ほんの小1時間ほど前にここで早苗と初めて会った時と変わらない微笑を浮かべている。
「それじゃあ、また来ますね」
「あ、あのっ……!」
「? どうしたの?」
「あ、えっと、その……」
咄嗟に呼びとめてはみたものの、早苗の中で疑問に思うこと、聞きたいことがあれやこれやと渦をまいていてすぐ言葉にならなかった。そんな様子を見てとったのか、女性はいっそうにっこり微笑むと「それでは」と前置きして指を一本立てる。
「今日のところは、ひとつだけ」
「え?」
「ひとつだけなら、何でも答えてあげますから、聞いて下さい」
「あ、はい、えっと……」
早苗は考え込んでから、そして結局は、文の常ならぬ様子よりも何よりも、そのことを聞いた。
「どうして、うちなのでしょうか?」
「あら、それでいいの?」
「はい……」
「私たち山の者にとっても、あなた方やこの神社にとっても、それが最善の選択だと思ったから……ってさっき答えたと思うのだけれど?」
「で、でも、最初に私に『あなたがハフリ?』って聞かれましたよね。それで私がそうですって答えたら『なら、あなたにお願いすることにします』って。……あれって、いったいどういう意味だったんですか?」
「あら」
と、初めて女性が意表を突かれたような表情を見せた。続けてあらあらと目を何度かぱちぱちさせてから、そして少し悲しげな顔になる。
「そう……言葉は残ったけれど、というところなのかしら」
「え?」
「分からなかったら人に聞くのは良いけれど、いつもそれでは駄目よ、ハフリさん。時には自分で調べて辿ってみることも、とても大切」
「はあ……はい」
「それじゃあ、またいずれ、ね」
最後にもう一度微笑んで石段を降りて行く女性。いつの間に出したのだろうか、最初の時は外套に隠れていた長い銀髪が今は全て外に出され風になびく。
舞う雪を糸にして束ねたような、そんな髪が遠ざかるのをぼんやりと眺めている早苗の肩が、後ろから誰かに叩かれた。
「あ、神奈子さま」
「見送り、ご苦労さん」
「はい……」
「ん、どうしたんだい?」
「あ、いえ、何でもないです」
「そうかい? それじゃあちょっと遅くなったけど朝餉にしようか」
「あ! すぐに支度しますね」
「あー、もう諏訪子が始めてるから、それ手伝ってやって」
「はい!」
一見元気良く返事をして母屋の方へと走って行く早苗をゆっくり追いかけながら、神奈子はふと立ち止まり、周囲に広がる森の一角に視線を向ける。
弾かれたように遠くでカラスらしき鳴き声がひとつあって、また静かになった。
「……なんだかね。さて、朝めし朝めしっと」
後日になって振り返ると、この時神奈子は既に漠然とした嫌な予感を感じていたと言うが、大体にして何かが起きれば、多くの者は過去をそのように味付けして回想するものであったから、果たしてこの時点で本当にそうだったかは、まさに後の祭りとしか言い様がなかった。
【段之八 滝裏密会】
「そうですか、文さまがそんなことを……」
「……はい」
聞き終えた犬走椛は苦々しく呟いて、ふさふさの耳と尻尾をしゅんと力なく垂らした。
その様子がいかにも犬であり、早苗としてもなかなかきゅんと来るものがあったのだが、優先事項が多かったためやむを得ず神妙に頷くだけで終える。
「文さんがいつ頃からあんな風になったか、椛さんはご存知ですか。その、もしかして」
「はい、昨日です。永遠亭の取材から戻られて、月華院様の件で大天狗さまに呼び出された後からだったと……」
時刻は昼下がり、諏訪子が大蝦蟇の池に、神奈子がその大天狗の所へとそれぞれ情報収集のため出かけたのに前後して、早苗もまた九天の滝に白狼天狗の椛をたずねていた。
正式に山の社会と交流を持ってから顔見知りはそれなりに増えたものの、未だ新参扱いの早苗ら守矢の者にとっては、今回の様なややこしい事態の情報を得る為に頼れるあては多くなく、特に、情報源として最も頼りになる筈の射命丸文があの状態であったから、彼女たちが情報を得る手段はかなり限られざるを得ない。
しかし山社会の閉鎖性から、人里だの何だのと外部に情報を求めることがそもそも不可能な以上他に手はなく、始まりからかなりの手詰まり感があった。
それでも、事前の約束もなしにいきなり訪ねた早苗が、椛とこうして話す席を持てたのは幸運の範疇に属していたと言えよう。
「椛さんは、その月華院という方については何かご存じないですか?」
「すみません。実はわたしも良く知らないのです。物心ついたときには、もう月華院さまは噂に聞くようなお方ではなくなりつつあった時期のことなので……」
「? え、なくなりつつあった…ですか?」
「あ、ひょっとして……ご存知ありませんでした?」
ふたりが話しているのは九天の滝裏にある白狼天狗ほか山の自警団の詰め所、その一角にある応接室である。
応接室とは名ばかりで、実際には隣の娯楽室から溢れた様々なもので半ば占領状態にあり、ふたりが座っているのもオセロゲームの盤を挟んでだった。誰が並べたのか、白黒交互のまだら模様になっているが。
「はい。すわ…洩矢様が宴会の席でお聞きになった昔話程度しか知らないのです」
「そう、でしたか……」
「椛さん?」
「…………」
突然沈黙した椛が、いきなり頭を下げる。
「ごめんなさい! お話できません!」
「え!? あの、どうして……」
「わ、わたしも詳しく知っているわけではありません。仲間達の噂話程度です。でも、それでも、お話することはできないんです。ごめんなさい!」
「も、椛さん、とにかく頭を上げてくださいっ」
やれごめんなさいやれ頭を上げてくださいやれごめんなさいという応酬はその後十分ほども続いた。
ようやく頭を上げた椛は見るからに悲しそうに、実際耳が力なく垂れたまま、それでも早苗を真正面から見て言う。
「わたしから言えるのは、守矢の皆さんはその、月華院の奥方さまのご依頼を受けるべきだろう、ということくらいです」
「どうして、ですか?」
「…………」
「理由を言ってもらえないと、いくら私だって納得できませんよ、椛さん」
早苗もさすがに食い下がった。なにしろ椛といえば天狗達の中でも一番文に近いと言って良い。だからこそ椛が語る情報は貴重であり、彼女にしか語り得ないことも無論あるはずで、逆に語ることを拒絶されれば、手掛かりの少ない早苗たちにとって痛恨である。
椛もそんなことくらいは早苗の話を聞いた時点で理解している、しているが、それでも尚、月華院なる老天狗と文のかかわりについて、噂を含めたあらゆることを今ここで口にするわけにはいかなかった。
「……代わりと言っては何なのですが、現在の山の状況について、わたしが知る限りをお話します」
「椛さん、それは…」
「これをお聞きにならないのであれば、わたしは、もう何もお話できません」
「……わかりました。お願いします」
露骨に話をそらしたのは早苗も分かったが、しかし椛の頑固さを多少なりと知っているからこそ、そう答えざるを得なかった。
無理矢理元の話に戻そうとすれば、椛は本当に何も喋ってはくれないだろう。
椛は無言のまま頷き、オセロ盤に並べられていた駒を一旦片付けると、自分の側から一列ずつ白を並べ始め、半分から一列多く早苗側にいったところで手を止めた。
次に残っていた陣地のちょうど半分まで黒を並べ、残りの駒を盤の脇にざらりと置く。白と黒と空地の比率は3対1対1といったところ。「現在、山の天狗たちは、大きく分けて3つに分裂してしまっています」と、白の広い陣地を見ながら言う。
「月華院の奥方さまの意思を最大限尊重し、葬儀に関する奥方さまの決定に従うべきだとする者たち。この中には、大天狗さまだけでなく天魔さまをはじめ、天狗の主だった者たちがほとんど含まれますから、実質的に山全体の意向は既に決まっていると言っても構いません。ですけど……」
今度は、白に及ばないまでも無視できない規模の黒に視線を移した。
「少なくない数が、今回の事態を山の内部の問題であるとして、たとえ山に居を構えているとは言え、守矢のような新参の……あ、す、すみません」
「いえ、構いません、構いませんから……続けてください」
「はい。では……守矢の皆さんを新参者であり、関わらせるべきではないとして、山の者たちのみで内々に葬儀を執り行うべきだとする者たち。それに、現時点では意思を表明せず、我関せずと傍観を決め込む者たち、の三者です」
空地と黒の数は同じ。厳密には違うのだろうが、既に白が半数を越え、しかも要職にある者達の多くが名を連ねる以上ひっくりかえる事はないと見るべきだろう。
「また天狗とは別に、河童や他の妖怪たちはほとんど全員が不干渉を決め、天狗全体としての意志統一が成ればそれに従い協力する、という考えでいるようです」
「そうですか。それで、文さんは……あ」
「……反対派、です」
返事の前に早苗は訊くべきでなかったと後悔した。俯いて両手を握り締める椛を前に、どうしていいのか分からない。
こんな時神奈子さまや諏訪子さまであれば、と思わず考えてしまうが、この場は椛とふたりきり、自分の未熟さを嫌というほど思い知らされてしまう。
「あ、あの……椛さん」
「……ごめんなさい、早苗さん。わたしからは、これ以上は……」
椛の声は震えていた。それが怒りなのか、それとも泣いていたのかは分からないが、けれど言うべき言葉を何も見つけられないまま、早苗は頭を下げて立ち去る以外になかった。
【段之九 山の社の静かな夜】
「……で、どうだったの? 大天狗」
「あんにゃろめ、ワレワレは奥方様のご決定に従うまでである、それ以上のセンサクは無用ナリっての一点張りでさ、何時間粘ってもなーんも言いやしないでやんの。まったくもうとんだ無駄足だよ……で、そっちはどうだったのさ、例の大蝦蟇は」
「駄目だね、あれこれとしかけちゃ見たんだけど、我関せずって態度だったわ。あんの甲斐性ナシめ、こーんな美少女に迫られたくせにつれないんだよー?」
「そりゃね、諏訪子は足りないじゃないさ、色々と」
「あんまりデカイのも問題だとおもうよ、神奈子みたいな」
「あんだとこのケロヨンが」
「なにさー」
「…………」
仲良く言い争う神二柱をよそに、早苗はもくもくと食物を口に運んでいる。時刻は晩。冬とはいえ結構な頻度で宴会が行われるはずの守矢神社にしては珍しく、昨日の中止も手伝ってこのささやかな夕餉は一週間目になる。
と、恒例の睨み合いに差し掛かっていた神が同時に、普段にもまして大人しすぎる風祝の方を向いた。
「…………」
「…………」
「…………」
「「……ちょっと早苗」」
「は、ははいっ? あ、え、ど、どうかしましたかおふたりとも?」
ずずいと顔を近付けられ、椀と箸を持ったままわずかに後退する早苗。
「「じ―――――――」」
「あ、あの、ええっと……」
「「何かあったの」ね」
ハモった。
語尾以外寸分の狂いのない、見事なユニゾンだった。
早苗の眼前で神二柱は横目で互いを見やり、諏訪子はお前の担当だと言わんばかりに隣の神の脇腹を突付いて自分の食事に戻る。神奈子もとりあえずは乗り出していた体を戻し、咳払いをひとつ挟んで神妙な顔へと即座にモードチェンジ。
そういう芸当を見るとつくづく羨ましいと早苗は思う。
「……で、早苗の方はどうだった? その様子じゃ、あのワンコ娘もあんまり大したことは話してくれなかったみたいだけど」
「あ、はい、ええっとですね……」
「うん」
「えっと……」
固まる。確かに椛から聞くことのできた話は、情報としては大した物ではない。が、それでも、何を言うべきで何を言わざるべきか、迷った。行儀が悪いと承知していながら、箸の先っぽをくわえて視線を落とす。
どうやらハフリがそんな感じで悩んでいるらしいと察したか、先に神奈子が声をかけた。
「早苗」
「はっ、はいっ! あ、ああのすみません、えっと……」
「何も聞いてこなかったわけじゃないよね」
「……はい」
「けど、私らに話していいかどうか分からないことも訊いてきた」
「…………はい」
「…………」
一息。溜め息というにはいささか勢いの良過ぎたそれを吐き、神奈子は座ったまま腰に両手を当てる。
「早苗、あれもこれも混ぜるのは駄目だよ?」
「え、はい?」
「犬走から聞いた事が、全部の全部私らに話せないことだっていうなら別だけど、そうじゃないんだったらよく考える。混乱してるんだったら深呼吸でもして、聞いた中身をひとつずつ、話す、話さないに分ける。まずはそこから」
「……そうです、よね」
呟いて箸を置く。実の所、早苗が悩んでいたのはその話す内容を選択する基準についてだったのだが、それとて他人に相談するわけにもいかないものだった。
だから、さらに数分ほど悩んだ挙句、己の神にあらかたの情報を公開した。つまりは、山の現状と、そこから導き出される結論を伝えたのである。
「……なるほどね」
腕を組んでそう唸る神奈子にしても、実は、大天狗の所に出向いてあの紋切り型の言い様に接したあたりでだいたいの事情を察していた。横で焼き魚の解体作業に没頭している諏訪子も同様で、早苗が椛から得てきた情報は、ふたりにとって現状をより正確に把握する役目を、とりあえずは果たした。
「それじゃあ、ひとまずこの葬儀の依頼、受けるってことでいいね、ふたりとも?」
「んむ、そだね」
「……はい」
当然と言えば当然の結論だった。山の妖怪の主だった者たちが賛同している以上、無視できない数の反対派がいるとしても、趨勢は既に決している。遅かれ早かれ、山全体としての意向も正式にその方向で決まるだろう。そんなことは早苗だって分かっていたが、分かっていてもなお、割り切れぬ部分が返事の声を重くする。
「……早苗、射命丸のことが気になる?」
「あ……その、まあ」
「ふーむ……」
曖昧に頷いた早苗に対し、神奈子は唸りつつ紫の髪をがしがしと掻いた。そうしながら何かを考えていたのか、諏訪子の帽子と一瞬交わした視線を再び早苗に向ける。
「早苗」
「……はい」
「私と諏訪子は、もうちょっと山の様子を探ってみようと思う」
「はい……え?」
「犬走が言った事は多分本当だろうよ。けど、私らはできれば山の社会と友好的にやっていきたい。だってのに、一番こっちと接点の多い射命丸があれじゃ、このままいくと面倒なしこりを残す事になるかもしれないからね」
山の妖怪との宴席には早苗も大体の場合同席しているが、しかし実態としては酒に呑まれたり、呑まされたりで妖怪達の様子を観察する余裕はまだない。だから、早苗はたぶん気付いていない。と神奈子は見ていたし、それは事実でもあった。射命丸文という鴉天狗が、妖怪の山の社会でも一目置かれる存在であるということを。
新聞記者としてのモラルとか文筆力云々はさておいても、社会的な地位としてはほぼ末端の、あるいは平凡な存在でありながら、その実力と人(?)望とは結構なもののように思える。『最も里に近い天狗』と呼ばれるのもその理由のひとつだろう。
人間寄りで、人間臭く、人間にこだわる。
天狗としては異端ながら、それゆえか山社会の中で彼女は、外部との接触において案内役のように頼られている節があった。だからこそ今回、守矢に山の重要人物の葬儀を依頼するとなれば、文はその取材や手伝いこそすれ、反対するとは誰もが思わなかったに違いない。それがアレである。
おそらく、山の天狗達の間に広がっているという混乱とやらも、そのあたりが原因になっている可能性が否定出来なかった。
「どうせ今日の明日だ。あの月華院の奥方とやらもすぐに返事を聞きに来たりはしないだろうし、何日か時間がある。だったらその間、もう少し情報を萃めてみるのもいいだろうさ。そうすれば、何か判るかも知れないしね」
「神奈子さま……」
「ってことで、諏訪子はどう?」
「んむ? ……ん、そだね、今日はにとりん捕まえられなかったし、わたしももうちょっと調べときたいなー」
「おっけー、それじゃあ、私は明日も大天狗のとこに行ってみるよ。なんだったら、そのまま天魔に直接聞いてみるのもいいかも知れないしね」
「あ、それでは私も……」
と、続こうとした早苗を神奈子は手で制した。
「残念だけど、早苗は留守番」
「え、ど、どうしてですか!?」
「私も諏訪子も、それぞれの行くところからはまだ情報を得られる余地があるけど、早苗は行くアテがないだろう? 話を聞いた限りだと、犬走がこれ以上何かを話してくれるとも思えないし、それに早苗には大事な仕事があるよ」
「仕事、ですか?」
「そう、仕事。いずれ依頼を受ければ、葬儀の進行役は早苗になるんだから」
その言葉を正確に理解するのに、早苗は多少の時間を必要とした。
「え……ええ!?」
「ええって、どうして驚くのさ」
「だ、だってその……」
「私らは神だからね、大天狗や天魔らオエライさん達と一緒に、葬式の最中は座ってじっとしてる役。葬儀の主役は当然死者だけど、進行役を務めるのは早苗以外に居ないじゃない」
「あ、えっと……」
日本という国は宗教に関して無節操な面が強く、葬式は仏式、あるいは無宗教でというのがここ数十年の主流であり、そんな時代に生まれた早苗もご多分にもれず、自分の神社のスタイルでの葬儀などほとんど記憶にない。
だが、いちおうその儀式の次第は文書の形でマニュアル化されており、あまり細かく思い出す事は出来ないものの確かにそんな記述があったような気もする。
無論それは『外』での話だから、実際には神が同席するだのなんだのと言った部分が存在するはずもなく、神奈子と諏訪子は自然、参列者の一部ないし神社側の裏方に近い役どころとなる。
咄嗟に効果的な反論を思いつけずに慌てる早苗に、神奈子は更に念を押す。
「いいかい早苗。神とは本来、何者かの死に直接立ち会うにはそぐわない存在なんだ。神は、仲介を経て死者を弔い、あの世へ送る。仲介は神以外の、つまり早苗しかいないんだよ」
「……そうです、よね」
いちいちながらもっともであり、早苗としてはこれ以上の抵抗をする気もなく、頷く他なかったのである。
【段之十 かみさま達の悩み】
「……ちょっと言いすぎたのかねー」
一刻ほど後、自室の窓を開けっ放して雪景色を肴に一献と洒落込んでいた神奈子であったが、杯の進みは遅かった。
「さっきのこと?」
と、これは誘いもしていないのに同席している諏訪子。こっちはこっちで割と遠慮なく持参の酒を傾けており、その健啖ぶりが何となく神奈子にはカンに触る。
「何さ、気にならないの?」
「気にはなるよ、大事な早苗のことだもん」
くぴり、言葉とは裏腹にせっせと杯を干し、ノーウェイトで次を注ぎながら続けた。
「幻想郷に来てからざっと半年くらい。引越直後のドタバタとあの紅白&黒白との弾幕、その後の歓迎会やら懇親会やら年始年末やらによる宴会宴会宴会宴会また宴会……。わたしたちみたいなのはそれでちょうど良いくらいだけど、早苗には当然かなりのストレスがあるよね」
「それくらい私だって分かってるよ。問題なのは」
「そ、どっちかっていうと体の疲れじゃないってこと」
「……だよ」
心なしか、むくれたようになって自分の杯を傾ける神奈子。
顔を雪景色に向けたまま諏訪子に向かって杯をずいと突き出し、諏訪子も応じて酒を注いだ。
「神奈子だって分かってるでしょ? それに、早苗は糸が切れるまで溜め込んじゃうタイプだからね、本人が言おうとしないんじゃ気にしたってしょうがないよ」
「……むー」
「神奈子が言ったんだよ? 『話すべきと思ったこととそうでないことを分ける』って。まったく、後からそーやってウジウジする位なら言わなきゃよかったじゃない」
「……だってさー」
「あーもーこのオンバシラは早苗のこととなるとすぐこれだ。まるきり娘の自立と反抗に悩む母親だよそれ!」
「あーうー」
「ヒトの台詞を取らないの!」
そこらへんに転がっていたビニールバットでひっぱたくと、神奈子はその勢いのままたすんと寝転がった。いつの間に空にしたのか、杯を置き膝を抱えてぶちぶち言い始める。
「だってさー、そりゃ何もかもブチ撒けて楽になれーって言えば早苗は言ってくれると思うよ? でもそれじゃ早苗のためにならないじゃないさ。だから私は心を般若の様にしてだね、こうビシっとね……でもさでもさ、ひょっとしたら早苗ってば私にヤクタタズみたいに言われたって思ってるんじゃないかとかさー」
「はいはい分かった分かった。神奈子はえらいやさしいえらいやさしい」
「撫で撫でするなー」
「分かったから今夜はもう寝なさいっての。それで、起きたらまたしゃんとすること、いい?」
「うー」
ごろごろごろごろと転がって布団の中に潜り込む八坂の神。拗ねた顔を見られたくないのか、入り終わってからずりずりとさらなる回転を加えこちらに背を向けたのは、もう微笑ましいとしか言い様がない。
「まったく……」
苦笑しながらささやかな酒宴の後片付けをし、立ち上がって部屋を出ようとしたところで、ちょっと意地悪そうに笑って布団の中の相棒に声をかけた。
「あーそうそう、さっき神奈子が風呂に入ってる時に早苗が言ってたよ。明日やっぱり出かけるってさ」
「……え!? ホント!?」
思わず起き上がる神奈子に、ぴしっと指を一本立てて続ける。
「犬走の所じゃないけどね。なんだっけ、気になって調べたい事があるから、次第書を持ち出して復習するついでに遠出しますってさ」
「……」
「思ったより気にされてないみたいで、安心した?」
諏訪子に再びぷいと背を向けて布団に潜り込む神奈子だが、寸前にその顔が緩んだのをケロちゃんアイが見逃さなかった。にひひと台詞だけは嫌みったらしく笑ってから部屋の襖に手をかける。
「諏訪子」
「んー? 何、お礼ならいいよ?」
「……この性悪ガエル」
「神奈子がかぁーいいのがいけないんだよー」
「――――!!!」
「じゃ、おやすみー」
顔を真っ赤にしながら尚も何か言いたげに顔を上げた神奈子を置き去りにぱたんと襖を閉め、鼻歌混じりに諏訪子は立ち去った。
「ほんっと、実務担当は忙しいよねまったくやってらんないったらありゃしないーっと」
山の社は今宵、静かに夜を過ごしている。珍しく。
【段之十一 ある冬の日の麓の神社】
その日博麗神社の巫女、霊夢が最初に迎えた客は、黒白でも七色でも紅色でもなく、脇巫女協会副会長(普通の魔法使い談)であった。
他の誰に対してもそうであるようにまず「何よ、来たの?」と割と嫌そうに応じた紅白巫女だったが、聞くなり「う」とか言っていきなり涙目になった相手に応接姿勢をちょっと変更し、母屋に通して請われもしないのに茶を出したのが20分ほど前。
「ふー、こんなものでどうでしょう、霊夢さん!」
そして今、ひと仕事為し終えた後の清々しい笑顔を浮かべて立っているのは、ご明察の通り蒼巫女、もとい風祝の東風谷早苗だった。彼女の後方には見事に雪かきを終えた神社境内が広がっており、それは鳥居を挟んで向こうへ下る階段まで同様だ。
「あー、まぁ、いいんじゃない? ありがと」
煮え切らない返事をした霊夢の脳裏に、ちょっと前のシーンが再生される。
何か用があって来たのに違いないのだが、なかなか言い出せずに炬燵に入って差し向かいで茶を飲む早苗に「用がないなら賽銭でも入れてってよ」と言ったのが17分前のことだ。
霊夢にとってもはや定型句に等しいその台詞に「お賽銭は立場上その、ちょっと無理ですけど……雪かきなら!」と妙に勢い込んで早苗が外へ飛び出したのが次いで16分前。
その後、白銀のポロロッカを盛大にブチ撒けて除雪作業を行うこと実に15分、それで数日かけて積もりに積もった境内の雪を除去したその腕前は十分、神風の名に値するだろう。
「……で、何か用があって来たんじゃないの?」
そして再び炬燵に潜り込んで向かい合う腋巫女「腋は取れ」……巫女ふたり。
他の多くの連中相手ならこういう問い方をしない霊夢だったが、彼女の主観で早苗という娘は『用がないと来ない』に半ばカテゴライズされてしまっている以上、当然ではあった。
もっとも早苗は早苗で、あえてそういう形で用を無理に作ってここへやって来ることが結構あったりするので、ある意味、お互いにこのやりとりは常態化している。
「あ、えっとですね、その……霊夢さんに聞きたい事があって来たんですけど。えと、とりあえず、これを読んでからにしますね!」
「……読んでから来ればいいじゃない」
「う、それは、そうですけど……」
読んでいる内に行こうという気が萎んだら嫌だったので、とはさすがの早苗も口に出せない。
「はぁ、ま、いいけどね。どうせ暇だし。あ、お茶いる?」
「あ、はい、頂きます」
早苗も霊夢がよほどのことがない限り来客を拒まないのは知っているのだが、それはそれである。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「別に礼を言われるようなことじゃないわ。雪かきのお駄賃代わりよ」
「……はいっ」
同年代で、同性で、しかも同じ腋巫女「取れっつったでしょ」……巫女同士で、と共通項の多い者同士だからか、早苗は霊夢に妙な親近感を持っている。二人の性格的な部分も無論あるし、博麗神社の来客が普段アレでアレな連中であるからまっとうに礼儀正しい早苗を霊夢も有り難がっているのか、どうか。
ともかく、ファーストコンタクトこそ宣戦布告のような形だったが、和解成立後の両者は割と友好的と言えた。
「……」
「……ふぅ」
黙々と神社の倉から持ち出してきた葬儀の次第書を読む早苗と、茶を飲み一息つく霊夢。
霊夢がどう思っているかは脇に置いておくとしても、早苗は霊夢を何かと頼りにしている節もある。それは幻想郷での生活の智慧だったり、材料が限られる環境下での料理だったりその他色々だったりするが、最も多いのが相談相手としてだった。
「……実は、ですね」
「……うーん?」
今日も今日とて、読みながらとりとめもなく近況を話していく早苗。
霊夢はそれに特に何かを言うことは少なく、言っても生返事だったり、気のない相槌を打つ程度だったりするのだが、それが早苗にとっても助かることが多い。
早苗にしても、多くは理性の部分で決着していながら、感情で整理がつかないことを話しているため、そこに霊夢の「まあ、それがいいんじゃない?」というほど良い、悪く言えばいい加減な返事が来ると「やっぱり、そうですよね」と納得してしまうのである。
「……ふーん、山の方が一昨日から騒がしいと思ってたら、そういうことだったの。それであの迷惑なブン屋も姿を見せないわけね」
「はい、まあ……」
「?」
「あ、いえ、何でもないです」
ブン屋、つまり射命丸文の事に話題が及んで少し戸惑う早苗。
霊夢も怪訝そうな顔をしたものの、それ以上踏み込んでくることはなかった。その無関心ぶりと、話さずに済んだということが、今の早苗にはありがたい。
「……で?」
「はい?」
「何か聞きたい事があるって言ってなかったっけ?」
「あ…ああ! そうでした!」
「……」
「? ど、どうかしましたか?」
「あー、いや、何でもないわ」
その時霊夢の頭に浮かんだのは、初対面の時の過激な応対から一転し、最近ではどこか緩んで居るようにさえ思われるとあるメイドのことだったが、口にはしないでおいた。言ったらどこからともなくナイフが飛んできそうだったし。
「……で?」
「あ、はい、えっとですね」
と、早苗が表情を引き締め、やや前傾気味に霊夢の方へと顔を倒してきたので、霊夢もつられて前かがみになる。彼我の距離が3割ほど減ったあたりで早苗はにわかに深呼吸し、目を閉じ、また開いてから真剣な声で、言った。
「……『はふり』って、何だと思います?」
「……」
霊夢が前傾姿勢を解除し、目を閉じて湯飲みから茶を一口、質問の内容を把握し咀嚼して結論を捻り上げるまでに要した時間は、およそ1分ほど。
炬燵の天板に倒れこみそうなほど前のめりになって上目づかいで見てくる早苗を片目でちらとうかがい、どうやら本気で聞いているらしいことを一応確認して、ぴっと人差し指を対面する当の風祝に向けた。
「ん」
「いえ、私のことじゃなくて、ああえっと、私も確かに風祝はふりなんですが、それ以外で何かご存知じゃないかなと」
「……特には無いわね」
「……やっぱり、そうですよね」
かくんと肩を落とす。
予想はしていたが、落胆するものはするものだった。
「いきなりどうしたのよ」
「いえ、その、例のお葬式を頼みにいらした方が『ハフリだから』と私に言われたのです。それに『言葉は残ったけれど』とも言われたので、何か由来があるのかと思って……」
「私に聞いたと」
「はい、霊夢さんも巫女、つまり神職ですし、何かご存じないかと思ったんですけど」
「うーん……」
霊夢は腕を組んでもっともらしく唸ってみるが、何しろ修行不足で有名な彼女のことである。自身の修行は無論、神職関連だって最低限の名前と役割程度しか把握してないというのに、それ以外の、由来だの何だのを記憶していることなどあるはずもなかった。
「駄目ね、さっぱりだわ」
「……そうですか、そうですよね」
「何、気になるってそんなこと?」
「はい、その、取り立てて何でもない事だっていうのは解ってるつもりなんですけど、どうしても気になって……」
「あー、そう」
目に見えてしゅんとしてしまう早苗に、正直困る霊夢。だが、他ならぬ常識人であり、幻想郷では唯一の腋巫女「取れ」……巫女仲間の早苗がこうして頼ってきているのだ。自分はアテにならずとも、他のアテを紹介してやるくらいはしてやりたい、と、早苗の登場以来何かと刺激されつつあった姉貴分的な感情から、珍しく真剣に霊夢は考えた。
知り合いの中から条件に合致する項目で検索、その後出てきた候補を信頼性及び距離や利便性でふるいにかけて絞込み、結果的に1つのところにいきつく。
「あのね早苗」
「あ、はい?」
「私は無理だけど、他の所に行って調べてみたら?」
「え、と……他の所と言いますと、魔理沙さんとかでしょうか?」
「あー、アレは止めたほうがいいんじゃないかしら。場所が場所だし、アテにならない確率の方が高いし」
絞込み検索の一回目で候補から外れたし。
「はあ……それじゃあどこへ? 私、まだあまり幻想郷のどこに何があるか良く分からないんですけど……」
「紅魔館、名前も聞いたことあるし、こないだここの宴会で顔も合わせてると思うけど」
「あ、えっと……確か、レミリアさん、でしたよね?」
「そ。そのレミリア他時をかけるメイドとかむらさきもやしの魔女とか、危険なのかそうじゃないのか良く分からない妹とかが住んでる所よ。ここからも割と近い。そこに無駄に巨大な図書館があるから、そういうのの載ってる本の一冊や二冊あるんじゃないかしら」
「ああ、なるほど、図書館ならあるかもしれませんね」
納得する早苗。ちょうど次第書も読み終わったところだし、まだ午前中の時間帯だ。行ってみて損は無いだろうと立ち上がった。
「ありがとうございます、霊夢さん! それじゃ私、早速行ってきますね!」
「あー、ちょっと待った」
「え?」
「多分緑と紅の門番っぽいのが警備してるけど、普段通りに用件言ったりすれば大丈夫だと思うわ」
「え、普段通り?」
「そ、あんたの普段通りで」
「はあ、良く分かりませんが、わかりました。それじゃあ……わ!?」
縁側に通じる襖を開けたところ、ぴゅうと吹き込んできた寒風に温かさに慣れた体が思わず縮こまった。慌てて閉めて炬燵に戻る。
「…………」
「……寒いです」
「……でしょうね」
「……どうしましょう」
「ていうかそんなに着込んでるのに寒いの?」
「これでも朝よりは少ないんですよ。日が昇れば少しはあったかくなるかと思って……」
そう言う早苗の格好はコートと耳あて。風祝の式服の特徴である腋はカバー出来ているが、首まわりがフォロー出来ておらず、確かにこの気温の中うろつくには寒そうだった。
対して霊夢は普段と変わりない。無論腋も丸出しで見てる方が寒くなるが、本人は至って平然としている。袖が毛糸だとか、腋は結界だとかの説もあるが詳細は不明だ。
「……あ、ちょっと待ってなさい。確か」
「?」
そんな早苗を見かねたのか、立ち上がって箪笥を開け何やら探し始める霊夢。ややあって目的の物を見つけたのか、折りたたまれた厚めの布地を持って炬燵に帰還する。
「はい、首が寒いでしょ。無いよりはマシな筈よ」
「あ、これ……マフラー、ですか?」
「そ。冬の間って来る奴も減って特に暇だから、誰かさんが大量に毛糸とか持って来たついでに作ってみたの」
紅白巫女服をあしらったらしい紅色の、端に白で少しのひらひらとポイントの入ったマフラーを受け取って巻いた。完全防寒とはいかないが、十分に温かい。
「…………んぅ」
「……何してんの?」
「あ、え、な、何でもないですよ! 何でも!」
「?」
と、マフラーに顔をうずめて何やらもぞもぞしていた早苗は、霊夢に問われると何故か顔を真っ赤にして慌てた。
「あ、あの、その……れっ、霊夢さんの匂いがするなって、思って……」
「……は?」
「あ、あのあのあの、そ、それじゃ失礼しますっ!!」
お辞儀を一つするやばたんばたんぶわーと、一挙動で襖を開け閉めして早苗は飛び立っていった。
一方の言われた霊夢はというと。
「……ま、いっか」
それまでと変わらぬ様子で、お茶のおかわりを淹れるために立ち上がった。
心なしか、ちょっぴり嬉しそうな表情ではあったが。
【段之十二 紅い館の図書館の静かな一日】
前々から場所自体は知っていたため、早苗はさほど迷うこともなく湖を飛んで渡り、紅い館へと到着した。
道中、火照った顔を抑えつつ「きゃーきゃー」とか身悶えしながら飛んでいたのは危険極まりなかったが、そのおかげか寒さは気にならなかった。マフラーが必要だったのかどうかもこうなるとちょっと疑問である。
そんな行動が落ち着く頃に辿り着いた門の前で、霊夢に言われた通り緑の服を着た紅い髪の門番っぽい人(人じゃないらしいが)の出迎えを受け、他所でもそうであるように用件を言うと、丁重に通してもらえた。
何故か珍しいタイプの客だと感謝されてしまい、あと、その門番さんの名前を呼ぶと「もっと呼んで下さい! motto! motto!!」と言われて何回も復唱させられてしまった。自分の分からないことが、幻想郷にはまだまだあるようだと感じた。
そんなわけで館内に入った早苗は、行き交うメイドっぽい妖精たちに何度か行き先を聞きつつ歩いていると、不意に視界に見慣れたメイド姿が現れた。突然。
「あ、えっと、こんにちは」
「こんにちは、には少し早いかしらね、ま、いっか。それで…珍しいのね、あなたが山を降りて来るなんて」
「あ、はい、実は……」
言わずもがな、紅魔館内でこんな応対が出来るとなると、メイド長十六夜咲夜以外にはそうは居ない。訪問の理由を言うと「歩いてたら日が暮れるわよ」と彼女の先導で飛行する事になった。
先ほどの門番の奇妙な行動について質問してみたところ「気にしなくていいわ。無遠慮な訪問者が多いから常識的なお客は珍しいの」とのこと。早苗には幻想郷がちょっと物騒な所に思えた。
飛行すること程もなく、一際巨大で重厚そうな扉が見えてくる。
「はい、ここよ」
「ありがとうございます。わざわざ案内までしてもらって」
「別にいいのよ。今日は珍しくお嬢様が夜更かししてさっき寝た所だから暇だったし。それに、常識的なお客には常識的に対応しないと、ね」
「はあ……はい」
はて、確かお嬢様というのは吸血鬼だったはずだから、夜更かしが珍しいのはどういうことなんだろうとか思ったが、早苗が聞こうとするより早く咲夜は扉を開けて中に入ってしまった。慌てて追う。
「うわぁ……」
視界一杯に広がる本と本棚。そしてむせ返るような書物の匂いが早苗の五感を一瞬で制圧した。
本、本、本また本。どこを見ても本と本棚と埃以外のものは無く、居並ぶ列はハテもキリも無い。
「凄いですね……」
「ごく少数以外には、あんまり価値のある場所とは言えないけどね」
何となく苦笑しているらしい咲夜に続いて本棚の樹海を少し歩くと、そこだけは読書スペースとして機能しているらしい、やや開けた場所に出た。頑丈そうな木のテーブルといくつかの椅子、そしてそれらを埋め尽くさんばかりに置かれているこれまた本の大連隊。ただ、咲夜と早苗以外に誰かがいる気配はなかった。
「あら?」
「?」
誰も居ないことが以外だったのか、咲夜は辺りを見回し、そしてアテが外れてどうしようかといった感じに頬を掻く。
やがてテーブルの上の呼び鈴に気付くと「ちょっと待っててね」と言ってそれを鳴らした。古ぼけた外見からは似つかわしくない澄んだ音が、魔法か何かで増幅されているのか思いもかけないほどの音量で響き渡った。
「……これで来るはずだけど」
「誰がですか?」
「来れば分かるわ」
「……はーい、ちょっとお待ちくださーぃ」
「?」
遠くから小さく聞こえてきたそんな声は、早苗の基準で言えば「諏訪子さま位の年頃の」といったところか。色々と語弊とか何とかはあるが、ひとまずそんな感じである。
ややあって咲夜が上を指差したのでそちらを見ると、ぱたぱたと羽音らしきものと共に、黒い服を着た小柄なシルエットが降りてきた。ふわりとやや紫っぽい紅の髪が揺れて背中の小ぶりな一対の羽の間におさまる。羽?
「はいはーい、お待たせしました。ってああ咲夜さん、どうかしました? あ、えっとそちらの方は?」
「前に話したでしょう。例の妖怪の山に引越してきたっていう外の神社の…」
「風祝の東風谷早苗です。初めまして」
「こぁ……!!」
「?」
丁重に挨拶をしたら、何故か驚いてずざざっという感じで引かれた。その様子に咲夜が苦笑して羽の子の肩を叩く。
「驚くのはよーく分かるけど、この娘はこれが素なの。何か調べたい事があるそうだから、頼めるかしら」
「は、はい……分かりました! このこぁ、精一杯お世話させていただきますっ!」
「あ、ありがとうございます……?」
背筋をビシりと伸ばして敬礼されてしまったため、早苗も思わず背筋を伸ばしてお辞儀をしてしまう。
咲夜と目が合うと、苦笑と微笑の境界っぽい笑いを浮かべていた。何なのだろう。
「そういえば、あのムラサキモヤシはどこかへお出かけ?」
「あ、はい。パチュリー様でしたら、今朝がたから魔術交流会という名目のお泊り会で森へ出掛けておいでです」
「そう。ま、館内で実験されるよりはマシかしら。今度はヘクタール単位になる前に終わるといいわね」
「まあ、あの森なら何ヘクタール焼けたり吹っ飛んだりしたところで、翌日には大体元より酷い事になっちゃうそうですけど」
早苗には理解しがたい内容の会話を交わす咲夜とこぁと名乗った羽根っ子。
個別の単語でなら理解出来るのだが、それらが繋がってセンテンスを為しているというのが不思議でならなかった。まだまだ自分は幻想郷のことを知らないと痛感する早苗である。
「ああ、もうこんな時間ね。私は妹様のお昼を用意しないといけないから、こぁ、後はよろしくね」
「はい、お任せ下さいですっ!」
「それじゃ、ごゆっくり」
と、言い残して文字通りその場から消失してのける咲夜。早苗も宴会の席で幾度か目にしてはいるものの、やはり不思議である。
「えーと、それではあらためまして、ここ魔法図書館の司書っぽいことをしております『小悪魔』と申します。以後よろしくおねがいします」
「あ、よ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げ合う両者。
それが幻想郷的に見て実に奇異な光景だということに気付くには、早苗はまだまだであった。
「えっと、小悪魔、さん?」
「あ、すみません。契約の都合上、あるじ以外には真名マナを明かせないことになっていまして、通称のようなものなんです。もしよろしければ、ふらんくりぃに『こぁ』と及び下さいませです」
「あ、はい。それじゃあ…こぁ、さん?」
「はい」
「えっと、私、調べたい事があって来たんですけど……」
「あ、そうでしたそうでした。それで、どのような本をお探しですか、奇書希書魔導書一般書桃色系から暗黒系、コミックから雑誌に小説と専門書グラビア写真集まで、ここにはあらかたは揃っていますよ!」
ばーんと両手を広げて誇らしげな小悪魔、何やら雰囲気と合わせてアレっぽい本が多そうではあるが、この数だから何となく納得してしまう。早苗は最初「はふり」と言おうとして止め、もう少し範囲を広げた言い方を考えた。
「日本の……えっと、神道関連の本を探しているんですけど」
「ふむふむなるほど、わかりました。ちょっとお待ち下さいね」
小悪魔は懐から笛……ちょうどサッカーの試合で審判が持っているようなホイッスル型のそれを取り出すと、勢いよくピリリリリと吹く。本棚の列の間を反響しながら音が遠ざかって消えた。
「……あの?」
「すぐに来ますよー」
「へ?」
果たして来た。ざざざ、ざざざざと何かが擦れるような音があちらこちらから段々と大きく聞こえるようになり、それの接近を確かに教えてくれる。黒くて光るあれを連想して早苗は思わず身構えた。
「あ、大丈夫ですよ。別に害のある蟲とかじゃありませんから、ここだと」
「は、はあ……?」
小悪魔がそう言ってくれるが、姿は見えないのに音だけ聞こえるというのはそれだけで恐怖を煽る。ついつい及び腰になってしまう早苗の目の前に、やがてそれが姿を現した。
「え……ひ!?」
ざざざ、ざざざざと音を立てて現れたそいつは、小悪魔の前に一匹、二匹と萃まり、十匹目を早苗が数えたところで音も止んだ。
両手を腰に、胸を張って小悪魔がそいつらに言い放った。
「番号!」
「イヨマンテ!」「二四が六!」「サザンクロス!」「子々孫々!」「五大陸!」
「六法全書!」「ナナめ37度!」「八つバカ村!」「⑨!」「じっぱひとからげ!」
「ぃよし!」
何が良いのか、低く野太い声で答えたそいつらに「休め!」と命じる小悪魔。
早苗は思わず小悪魔の後ろに隠れたままそいつらをうかがった。
「こ、こぁさん、その……」
「? ご存知ありません? 毛玉ですけど」
「し、知ってますけど……なんでそんなに大きいんですか!?」
特に物怖じもせず並んだ先頭のそれ、自分の半分位の背丈(?)の毛玉の頭を撫でる小悪魔。頬を赤らめるなそこ。
「あーえっと、何と言いますか、ここの主の実験とか魔導書の影響で時々、こんな感じで突然変異した子が生まれちゃうんですよ。でも気性が優しくてもの覚えの良い子が時々いたりするので、お手伝いをしてもらってるんです」
「は、はあ……?」
「便利ですよ? 図書館でなくても、大きい子はソファやベッド代わりになりますし、それにほら!」
「ひゃあっ!?」
小悪魔が何か合図を送ると、一斉にそこらへんをざざざざざざと動き回る毛玉たち。
「こーんな風に、自律タイプのクリーナーにもなるんですよー! 着いた埃とか汚れは、水かお湯で洗って陰干しでも日向干しでもしてあげれば綺麗になりますし、おひとつどうです?」
「え、ええええ遠慮しますっ!」
「そうですか……あ、はーい集合!」
再び、ざざざざと小悪魔の前に一糸乱れぬ隊列で萃まる毛玉達。
確かに、彼ら(?)の通った後は妙に綺麗になっていた。恐るべし毛玉。
「それじゃあね、日本の神道関係の……えっと、どの位のレベルで萃めましょうか?」
「え、どのくらい……ですか?」
「はい。たとえば簡単な概説書で良いのか、それとも専門的な研究書の類が良いのか、とか、色々とありますから。傾向を絞っていただければ、その分見つかり易いと思いますよ」
「あ、それじゃあ、概説書よりもう少し専門的なことの書いてある、できれば由来とか来歴とかが詳しく載ってるような本が良いんですけど……」
「ふむふむ……ということで、みんないい?」
小悪魔の確認に毛玉が一斉に頷いた。頷いたように見えた。多分。
「では、捜索開始!」
「応!!」
「うひゃぁっ!?」
一斉に毛玉たちが動いた。あるものは飛び、あるものは床を走り、あるものは手近の本棚を駆け上がり瞬く間に早苗と小悪魔の視界から消える。ざざざと毛玉たちの動く音が遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
「んー、結構遠くまで探しに行っちゃいましたね。まあ、十分かそこらで帰って来ると思いますし、待ってる間にお茶でも淹れますね、ちょっとお待ち下さいませです」
「あ、は、はい」
終始圧倒されっぱなしの早苗。幻想郷には自分の知らない事がまだまだたくさんあると、この日何度目になるか分からないその感想をあらためて持ったのであった。
【段之十三 ハフリの帰路】
東風谷早苗は、山の中腹にある神社への帰路にある。
あの後、予定よりさらに5分ほど遅れて毛玉たちは帰還し、早苗は小悪魔の淹れてくれた紅茶をお供に二十冊余りの本に挑み、結果七冊目でどうやら当りを引いたらしく、それらしき記述にいきついた。
はふり【祝】
神職の一、普通には禰宜の次位で祭祀などに従った人。はふりこ、はふりと、とも。
語源ははぶり(葬り)であるとされるが、神職にその名を用いるにあたり、祝の字が当てられたと思われる。
しかしもともとはハブリという言葉が日本語にあり、漢字が入ってきた段階で葬る(はぶる、はうむる、ほうむる)の字が当てられたため、これは二重の当て字である。
元来ハブリとは死者儀礼を司っていた者の名前、あるいは役職の名前であると考えられており、その意図を汲んだ形での葬の字であろう。
ほか祝人、祝子、祝部、大祝などもあるが、全てこの祝からの派生語であり、基本的な意味は同じである。
納得した。
つまり、あの女性、月華院の奥方という彼女は、それを知った上で「ハフリ」の自分にあの葬儀を頼んできたのだということ。「言葉は残ったけれど」というあの台詞の意味も。
これまで風祝と名乗りながら、それが本当に意味するところを知らずにいた自分を恥ずかしいと思った。そしてだからこそ、知った今はその恥を糧にして、祝としての役目をまっとうしようと、早苗は思い始めていた。
文の事は勿論気になるが、しかし守矢神社の方で動けば、いずれ話をする機会もあるだろうと考えてのことである。
「……あ、いけない」
首の周りを温かく包んでくれているマフラーに気付く。図書館を出た時には既に日が落ちかけていたので、帰路を急ぐあまり博麗神社へ寄るのを忘れてしまった。今から引き返していては、神社に着くのも、神社に帰りつくのも夜になってしまう。
「……ごめんなさい、霊夢さん」
言葉とは裏腹に、早苗の表情は緩んでいる。
おそらく霊夢が自分で着ける為に作ったものでは無い事は分かっていたし、彼女の言葉通り冬の暇つぶしで手慰みなのだろうが、これでまた博麗神社に行く理由が出来たと、早苗は少し嬉しい気分でいた。
「あ……ひょっとして、神奈子さま?」
近付いてきた神社の境内にひとつ、母屋や社殿のものでない明かりが左右に揺れている。そんな心配もないのに、帰りが遅くなった早苗を気遣い、目印を持って立ってくれているのだろう。
「もうそんなに子供じゃないですよ、神奈子さま」
着いた時に言う予定の言葉をあらかじめ考えて、思わず笑ってしまう。きっと神奈子はそれでも心配だったんだとでも言うだろうけど、それはそれで嬉しい。
ややあって、境内の明かりとふたり分の影が守矢神社の母屋に吸い込まれた。
今夜も宴会は無い。しばらくないかも知れない。
冬の冴え冴えとした星々だけが、これから起こることを知っているかのように、心細げに煌いている。
幻想郷の冬は、まだしんしんと深い。
【つづく】
ケロちゃんキレ者だよかわいいよ。神奈子さま過保護かわいいよ!
そしてなにより早苗さんの一挙一動が(幻想郷的に)新鮮でかわいすぎる!
とりあえずこの霊早は正義だとおもった。
あまったるぅい! 身もだえするほどに!
MOTTOだ! MOTTOやってください!
後編期待
後編期待して待っております
なので-20点。(逆切れ)
あとはすばらしい。
かわいい神奈子様、男前な諏訪子様、健気な早苗さんが良いです。
あと文ちゃんいったい何があったのって先が気になりますね。
早苗さんも可愛いし! 後編楽しみにしてます
続編楽しみにしてますww
さてさてどうなることやら。
誤字を発見しました。
「5分送れて」ではなく、「5分遅れて」ではないでしょうか?
腋巫女のところです。
でもとても引き込まれました。
今後の展開が気になります!
あと諏訪子かわいい