私がずっとずっと小さかった頃の話だ。
私には、ばっちゃがいた。
ばっちゃは幻想郷ではとても珍しい、技師だった。
皺くちゃだけど、何でも直してしまう魔法の手。
その手で頭を撫でてもらうと、なんだか勇気がもらえるような気がして。
私はそのばっちゃの手が、とても好きだった。
* * *
ばっちゃは変わり者だった。
ガラクタをいじるのが大好きだったのである。
そのガラクタは、いつも知り合いの妖怪から譲り受けている物らしかった。
わざわざ壊れているものを選んでもらってくるのである。
それを分解して、分析して、
そして使えるように直してしまう。
ばっちゃの倉庫には、私も使い方のわからない鉄の塊がぎっちり詰まっていた。
そんな変わり者だったせいか、
同族の河童たちの中でも気味悪がられていて、
ばっちゃも私も、自然と避けられるようになっていた。
そのせいか、私には友達がいなかった。
それでも私は、周りのことなんか気にせずに、ばっちゃの倉庫に通い詰めた。
長い時間をかけてガラクタを直して、子供のように喜ぶばっちゃのことが、
私はとても好きだったからである。
友達ができなくても気にしない、と私は思っていた。
そこの頃にはもう、私もばっちゃのような技師になろうと心に決めていたのだった。
* * *
ある日のことである。
ばっちゃが腰を痛めた。
そりゃそうだ。その年で座り仕事ばっかりしてれば痛めもする。
その日はばっちゃのかわりに、私がばっちゃの知り合いの妖怪にガラクタを貰いに行くことになった。
遠出をするのは初めてである。
もともと里の中でも出歩かなかったし、
里の外に出るなど当然なかった。
ばっちゃにその妖怪の住む場所を聞いて、私は意気揚々と出発した。
・・・。
迷った。
言うまでもないことである。
初めて里の外に出る子供が、
メモも取らずに目的地までたどり着けるはずもない。
当てもなく山林を彷徨い歩いて、私は途方にくれていた。
どうしよう。
二度とばっちゃの所に戻れないかも知れないと思うと、泣きそうだった。
足が痛くて、喉が渇いて、
私は太い木の根元に座り込んだ。
さらさらと、水の流れる音がした。
今までは歩いていたので、自分が踏みしめる枯葉の音で気付かなかったのか。
近くに川が流れているのかもしれない。
半ば誘い込まれるように歩くと、
丁度開けた場所に川原が広がっていた。
まるで迷子の子供が親に出会えたかのような安堵感。
躓きそうになりながら、川辺に駆け寄って、
私は川の水をすくって飲んだ。
ふぅ、と一息ついて、まともな思考が戻ってきた。
・・・結局、何も問題は解決していないことに気付いた。
川にたどり着いたからといって、里に戻れるわけではない。
この川が里につながってるとも限らないし。
さぁ、と風が一陣吹き付けて、
ざわざわと葉を鳴らす木々と、遠くで鳴く鳥の声。
猛烈な孤独感がこみ上げて、視界が滲んだ。
「・・・う、うぅ・・・・・・。」
今までは、ばっちゃが居てくれたから、どんなに孤独でも寂しくなかった。
でも今は、そのばっちゃも居なくて。
もう、会えないかも知れなくて。
ぼろぼろ涙が零れた。
「・・・・・・ねぇ、泣いてるの? 大丈夫?」
突然後ろから声を掛けられて、私はあまりにもびっくりして、
顔から川に突っ込んだ。
「あはははっ、ごめんね。そんなに驚かせちゃった?」
声の主は、子供だった。
人間の子供。
河童ではない。
「こんなところでなにしてるの? 村の子じゃないよね?」
「・・・そ、そっちこそ。」
「私? 私はこの近くの村に住んでるんだよ。
ここは私がよく来る遊び場なの。」
どうやら、この近くには人間の集落があるらしい。
この子はそこの集落の人間らしかった。
「ねぇ、よかったら一緒に遊ぼう?
なにがあったのかは知らないけど、遊んでれば嫌な事だって忘れられるよ!」
遊んでる場合じゃないのはわかっていたけど、
私はこの子を誘いを断りきれずに、一緒に遊んだ。
最初の内はしょうがなく、という感じで付き合っていたけれど、
いつの間にか、時間を忘れて楽しんでいた。
そういえば、私は同年代くらいの子と一緒に遊ぶのは初めてだったのだ。
気が付くと、空は茜色に染まっていた。
そうだ。里に帰らないと・・・。
でも、帰り方がわからない。
結局、問題を棚上げしていただけだということをようやく思い出した。
「どうしよう。帰らないと・・・。」
「ひょっとして、迷子なの? 帰り方がわからないの?」
「・・・・・・うん。」
人間の子供が河童の里の場所を知っているはずもない。
もうすっかり夕方。
帰り方がわからないのでは、日が沈むまでに里に戻ることはできないだろう。
ばっちゃもきっと心配している。
私の中に、再び不安感が膨らみ始めて、
「ああ、居た居た。こんなところに居たのね。随分探したわよ。」
後ろから突然、ぽんっと頭の上に手を置かれた。
聞き覚えのある声だった。
振り返ると、なんだか見覚えのある顔が私を見ていた。
ばっちゃの知り合いの妖怪だ。
何度かあったことがあるので、顔は覚えている。
私を探しに来てくれたみたいだ。
ということは、里に帰れるようになったということだ。
「帰っちゃうの?」
「・・・うん。」
「またね。」
「・・・うん!」
お互いに手を振り合って別れた。
また会おうと約束して。
さて、私はその妖怪に手を引かれて里に帰ったわけなのだが。
実はその場所は里から物凄く近いところにあった。
私は里の周辺を何時間も掛けてウロウロしていたわけである。
そう思うと実に恥ずかしい。
まあしょうがない。
子供のすることだから。
* * *
ばっちゃに友達が出来たことを報告すると、
ばっちゃは自分がガラクタを直せたときのように喜んでくれた。
そう、私にとっては初めての友達だったのである。
それから、私は毎日のようにその川まで遊びに行った。
もちろん、その友達に会いに行くためである。
行きかたは実に簡単で、里の東側の川を伝って山を下るだけ。
そう、結局あの川は里につながっていたのだった。
・・・まあ人生そういうこともある。
そのせいで、ばっちゃのところに行く機会は減ってしまったけど、
それでも行かなくなるということはなかった。
まあ、別腹というやつだ。
それから数日間は、とても充実した日々を送っていた。
* * *
迷子事件から数週間ほど後のことである。
もちろんその日も、あの子と川で一緒に遊んでいた。
ただその日は少しだけ、普段と違っていた。
ちょっとだけ、空の雲行きが怪しかったのである。
一雨来そうだなぁ、と思っていると案の定、
ぱらぱらと雨が降り出してきて。
しばらくすると、大人の人間が川にやってきた。
どうやら、この子の父親らしかった。
きっと雨が降り出してきたので、心配して連れ戻しにきたのだろう。
私は河童だから雨くらい平気だが、人間はそうもいかない。
雨の中、全然平気そうな顔をしている私に、その子の父親は目を丸くした。
「こりゃ、河童でねぇか!」
―ガツッ!
痛い!
痛みで額を押さえると、じんわりと血が滲み出していた。
石をぶつけられたのだ。
「河童に近づくでねぇってあれほど言ったべ! 尻子玉抜かれても知らんでよ!」
シリゴダマ・・・、ってなんのことだろう?
なんで、私は石をぶつけられたんだろう。
「か、河童・・・、だったの?」
「・・・うん。」
私が頷いて返すと、その子は怯えたように父親の背に隠れてしまった。
なんで?
あんなに仲良く、一緒に遊んでたのに・・・。
なにがいけなかったの?
私はその子に父親に追い立てられるようにして、里に逃げ帰った。
私が、河童だったからいけなかったのだろうか。
* * *
ばっちゃの倉庫に戻って、私は泣いた。
悔しくて、悲しくて、泣き喚いた。
なにが原因でそれが壊れてしまったのか、結局わからないままだった。
とても理不尽な気持ちで一杯だった。
それをばっちゃにぶつけるように、私は泣き喚いた。
「直してよ! ばっちゃの魔法の手で直してよ!
ばっちゃはなんでも直せるんだよね!?
直して、直してよぉ! うわああああああああん!!」
ばっちゃは文句の一つも言わないで、私のことを受け止めてくれていた。
申し訳なさそうに私の頭を撫でながら、ばっちゃは言った。
「にとりや。ばっちゃにもね、技師にも直せないものはあるんだよ。
ごめんね、ばっちゃにも直してあげられないんだよ。」
その日、私が泣きつかれて眠るまで、
ばっちゃはずっと私の頭を撫で続けてくれていた。
* * *
さて、山がどうにも焦げ臭いのはどういうことだ。
嫌な予感がして、私が臭いの元を覗うと、
予想通り、枯葉の積み上げられた小山から煙が立ち上っていた。
おまけに、そこには見覚えのある二人組みが陣取っていて、
「こら。山に火をつけるな。」
「おう、にとり。今焼き芋やってるんだ。食うか?」
黒白のほうは悪びれもせずに、こちらを見て口の端を吊り上げる。
「あんたも巫女なら止めろ。」
「この山は管轄外だし。」
紅白のほうはしれっと、そう答えて枯葉の山を棒でつつく。
管轄外なのはごもっともだ。
それがわかっているなら管轄内でやれ。
そもそもスタート地点がずれている。
「枯葉から燃え移って、山火事にでもなったらどうするつもりよ。」
「山火事にはならないぜ。なりそうだったら山ごと吹っ飛ばすからな。」
なぜだろう。
こいつらには言葉が通じないみたいだ。
いわゆる一つのカルチャーショック。
山に神様が引っ越してくるという大事件以来、
この二人はほいほい山に侵入してくるようになった。
こいつらは人間なのに、相手が妖怪だろうが神様だろうがまったく気にしない。
まったく、本当に困ったものだった。
ばっちゃは言った。
それは技師にも直せない。
けれど、ほんの少しの材料さえあれば、誰にでも作り出すことが出来る。
ほんの少しの、『勇気』という材料さえあれば。
私には、正直まだよくわからない。
それを教えてくれるばっちゃも、もういない。
けど、この二人となら、その答えを見つけられるかもしれない。
ふと、そう思った。
それは、『絆』というものらしかった。
「にとり、芋がコゲるぜ?」
「あちちっ。」
自分はソソワ新参者なんで、まだまだ読めていない作品が多いです。
なんていうか全部読むなんて無理な気がするし、恐らく新しいものから読んでいく形になるでしょう。
で、気にいった作者さんがいれば、その方の違う作品を読む、と。
そんなわけで、また違う作品は今度読ませていただきますね。
オリキャラばっちこい!面白ければ問題ないんですよ。
最後にも書いてますが、そういう路線で攻めていくのもありかもですね。
次は、あ~う~あたり期待してますねw
絆ってほんの少しの勇気でいくらでも治せるものですよね。
あなたの作品に出てくるオリキャラはみんな好きです。
>またオリキャラ
よく思うのですが、これくらいなら「オリキャラ」の範疇には含まれないのでは?
名前もないですし、幻想卿にだって、所謂「その他大勢」だっている筈ですし。少なくとも、「ジャンル:オリキャラ」では無いかと。
構成がありがちな気がしたので、もう一捻りほしかったかなぁと……。
・・・一瞬里の子は魔理沙で魔理沙とにとりの幼馴染説かと妄想しましたが、違った様でw
やはりおばああちゃんからの話は深いもんですね
あややややとか雛様は、別にそんな感じがしないのに。
なんででしょうね?
神 社 で や れ