A
「パチュリー様、紅茶が入りました」
「其処に」
「また本ですか?」
「見ての通り」
「思うのですが」
「うん?」
パチュリーは本から目を離さずに答える。
「パチュリー様は本のことをとても大事に思っていらっしゃいますよね?」
「それは貴女の質問に真面目に答えない私への嫌味のつもりかしら?」
「滅相もございません。しかし、それほど本を大事にされるパチュリー様が、
この図書館にはほとんど足を踏み入れないお嬢様をご友人とされていらっしゃるのも不思議なものと思いまして」
パチュリーはそこで本を置き、咲夜を見据える。
「咲夜、簡単なことよ。文字通り、レミィは本よりも興味深いからよ」
B
貴女は一児の母となり、夫とも円満な暮らしを送っているようです。
貴方が結婚してから、私も里によく出て行くようになりました。
神社に引き篭もっていた貴女が、夫の影響で近所付き合いというのを意識するようになり里で暮らすようになったからです。
私は里で買い物をしている貴女を見つけると、急いで近寄って貴女の家に押しかけます。
貴女に近づこうと家に行ったのにそこではいよいよと貴女と夫の距離の近さを感じざるをえないのです。
私は意地になって貴女の若いころの話を振るのでしょう。
そうすると貴女はちょっと困ったような顔をして、「私そんな物騒な奴だった?」と首をかしげるのでしょう。
私ばかり喋っていたことに気づいて顔をから火が出そうになるのは貴女の家を後にしてちょうど8分後。
A
「貴女は本というものの意義について考えたことは?」
「知識の伝達、でしょうか」
「そうね。特に、寿命の短い人間という種族は本の発明によって圧倒的に知識を蓄えることが出来るようになったわ」
「そうですね。でも、妖怪のように無限に近く生きるものなら、
その生の中で無限に近い知識を本に頼らずとも得られるのではないでしょうか」
「いい感じよ咲夜。いい生徒を持てて教師としても楽しいわ」
B
貴女は娘に博麗の巫女としての仕事を任せるのを嫌がっていたようで、里に妖怪の襲撃が来たときに、貴女の娘は逃げ遅れてしまいます。
ハクタクも貴女の家は相対的に大丈夫だと思って油断していたのです。
迫りくる妖怪に対して、貴女の娘は博麗の血を制御しきれなくなってしまいます。
貴女が娘に修行を施さなかったのは博麗の宿命を逃れさせたい想いもありましたが、娘の強大すぎる力を心配していたのもあったのでしょう。
暴走した博麗の力は凄まじく、私でもそこに立ち会えば生きていることは出来なかったでしょう。
けれども博麗の巫女として血によるものか、親としての愛によるものか、貴女の決死の助けで貴女の娘は一命を取り留めます。
ですが貴女は――
A
「いい感じ、ということは正解にはもう一歩、と?」
「ええ。貴女は知識というものを薬の調合とか錬金術のようなもののように狭く考えすぎよ。
知識の最たるもの、それは経験。こんなところで本ばかり読んでいる私のいうことじゃないけど。
そして『一人の人間から受ける感化は千の書よりも大きい』そうよ」
「では多くの知識を求めるパチュリー様は書を捨てて外に出るべきでは?」
「でもね、咲夜、小説というものの中には外にいないような連中とも会うことが出来て、彼らは生きているかのように私を感化するわ」
B
まだ少女のころの貴女は宴会で相変わらず妖怪たちの中心にいて、誰もから話しかけられつつ、誰もにぞんざいな態度を取るでしょう。
けれども皆そんな貴女のことを愛していて、それは私だってそうなのでしょう。
私は貴女にワインを勧めるのだけれど、貴女は私が差し出したワインを見て「血じゃないのこれ?」と顔を顰めるのです。
そうすると私は顔をふくらませて、馬鹿言わないで、貴女の前で他の人間の血なんか飲むもんですか、とぷりぷりと怒るのでしょう。
すると貴女は私の遠まわしの求愛を、B型じゃないわよ私、とわざと勘違いするのです。
私はそんな貴女の、勘違いすらも勘でやってのけることを、そしてそれに自分では気付かないことをとても愛おしく思うのです。
A
「小説、というジャンルの誕生は神話の解体に時を同じくするわ。
神話の中では完全無欠の神や英雄たちは苦悩することなく勝利し、幸福を手にする。
しかし小説の中では、主人公らは時にうまく行かない恋に悩み、時に崇高な理想のために肉親を殺さねばならなくなったりするわ。
そうした経験を我がことのように感じられるのに比べて、普通の現実の生は単調すぎる」
B
貴女は少女というより女性という時期に差し掛かり、あれほど面倒くさがっていた巫女としての仕事も板についてきたようです。
肌に風が突き刺さるような寒さの新月の日、貴女は拝殿の前で神楽舞をするのです。
この日のために二ヶ月ほども練習してきた貴女の努力を私は知っています。
舞う貴女は天女のような美しさを帯びていて、見上げる私は貴女がそのまま空へ舞い上がって消えてしまうのではないかと心配になるのです。
終わった後の宴会で私が貴女にそのことを告げると、
「そりゃあ代々空を飛ぶ程度の能力だからね、そういう神様神社にいて、それが乗り移るのかもね」と笑うのです。
私はきゅっと貴女の袖をつまんで貴女の傍を離れずにいて、慣れない日本酒を飲みそのまま眠りに落ちてしまいます。
どうやら貴女に膝枕をさせてしまうことになったようで、翌朝他の妖怪から「外見そのままにガキなんだから」とこっぴどく叱られるのです。
心なしか、咲夜の「お嬢様」という言葉にまで含みがあるようで決まり悪く思うのです。
A
「パチュリー様は一回の生では味わえきれないほどの経験を堪能したいから、本をお読みになるということですね」
「そう、正解よ。咲夜。あとはレミィの話ね」
B
貴女は透明感のあった少女のころとはうってかわり、落ち着いた包み込むような雰囲気をもった女性になってしまいます。
貴女も博麗の血を絶やさぬために里の男と結婚するときがやってきたのです。
あのハクタクが太鼓判を押した男だそうで、私は余計なことを、とほぞをかみます。
ハクタクは真面目なものですから、私の機嫌の悪いのを察して一生懸命にその男の良さをあげ、私を説得しようとします。
そうすると貴女はハクタクに、「いいのよ別に、ありがとう」というのです。私はその「ありがとう」を聞いて諦めることにするのです。
結婚式の日、貴女は真っ白い晴れ姿に身を包むのでしょう。
魔理沙が「なんだかいつもの巫女服の袴が変わっただけみたいだな」とつぶやきます。
私は貴女が近い将来その巫女服を着なくなることを思って声を殺して泣くのです。
A
「レミィの能力、『運命を操る程度の能力』
うすうす気付いているように、あれは一種の予知能力。
どの程度まで視えるのか知らないけど、私の予想している程度まで視えているとしたら――。
レミィは全ての苦悩を、他の人間の生を受け止めて、それでも生きていこうとしているのよ」
パチュリーはここまで一気に言って、間をおいて告げる。
「そこには物語よりも崇高な本物があるわ」
B
貴女は私の無分別がなしたこの赤い霧に激怒していて、問答無用で私に襲い掛かってくるのでしょう。
その必死の攻撃はいかんせん素直すぎていて私には退屈です。
でも、ここで貴女をこっぴどく圧倒してしまっては私は貴女の神社に胸を張って遊びにいけたのでしょうか。
あまり酷くやりすぎると貴女の神社に憑いている連中が勝手に解決しにきてしまうかもしれませんね。
そうすると私が今まで視てきた未来も変わるのかもしれません。
私は貴女の最後に立ち会えないでしょうし、立ち会えたとしても私にはどうすることも出来ない貴女自身の問題のようです。
もとより偕老同穴を望むこともできない私と貴女ですが、貴女と過ごす生にはきっとこの500年にもなかったし、
そしてこれから先当分もないであろう変化を、喜びを、胸の高鳴りを感じられると思うです。
わがままかもしれませんが、私は貴女と過ごす毎日をずっと夢見てきたのです。
さあ、貴女は咲夜を倒して私の部屋の扉を開ける。
私は貴女と友達になるのにふさわしいぐらいに強く振る舞い、それでいて貴女に華を持たせるのに苦労するのかなと苦笑しているのですが、
そろそろ真顔を作るとします。
貴女に怖い顔を向けている間に、堪えきれずに笑ってしまわないか、泣いてしまわないか、それだけが心配です。
「パチュリー様、紅茶が入りました」
「其処に」
「また本ですか?」
「見ての通り」
「思うのですが」
「うん?」
パチュリーは本から目を離さずに答える。
「パチュリー様は本のことをとても大事に思っていらっしゃいますよね?」
「それは貴女の質問に真面目に答えない私への嫌味のつもりかしら?」
「滅相もございません。しかし、それほど本を大事にされるパチュリー様が、
この図書館にはほとんど足を踏み入れないお嬢様をご友人とされていらっしゃるのも不思議なものと思いまして」
パチュリーはそこで本を置き、咲夜を見据える。
「咲夜、簡単なことよ。文字通り、レミィは本よりも興味深いからよ」
B
貴女は一児の母となり、夫とも円満な暮らしを送っているようです。
貴方が結婚してから、私も里によく出て行くようになりました。
神社に引き篭もっていた貴女が、夫の影響で近所付き合いというのを意識するようになり里で暮らすようになったからです。
私は里で買い物をしている貴女を見つけると、急いで近寄って貴女の家に押しかけます。
貴女に近づこうと家に行ったのにそこではいよいよと貴女と夫の距離の近さを感じざるをえないのです。
私は意地になって貴女の若いころの話を振るのでしょう。
そうすると貴女はちょっと困ったような顔をして、「私そんな物騒な奴だった?」と首をかしげるのでしょう。
私ばかり喋っていたことに気づいて顔をから火が出そうになるのは貴女の家を後にしてちょうど8分後。
A
「貴女は本というものの意義について考えたことは?」
「知識の伝達、でしょうか」
「そうね。特に、寿命の短い人間という種族は本の発明によって圧倒的に知識を蓄えることが出来るようになったわ」
「そうですね。でも、妖怪のように無限に近く生きるものなら、
その生の中で無限に近い知識を本に頼らずとも得られるのではないでしょうか」
「いい感じよ咲夜。いい生徒を持てて教師としても楽しいわ」
B
貴女は娘に博麗の巫女としての仕事を任せるのを嫌がっていたようで、里に妖怪の襲撃が来たときに、貴女の娘は逃げ遅れてしまいます。
ハクタクも貴女の家は相対的に大丈夫だと思って油断していたのです。
迫りくる妖怪に対して、貴女の娘は博麗の血を制御しきれなくなってしまいます。
貴女が娘に修行を施さなかったのは博麗の宿命を逃れさせたい想いもありましたが、娘の強大すぎる力を心配していたのもあったのでしょう。
暴走した博麗の力は凄まじく、私でもそこに立ち会えば生きていることは出来なかったでしょう。
けれども博麗の巫女として血によるものか、親としての愛によるものか、貴女の決死の助けで貴女の娘は一命を取り留めます。
ですが貴女は――
A
「いい感じ、ということは正解にはもう一歩、と?」
「ええ。貴女は知識というものを薬の調合とか錬金術のようなもののように狭く考えすぎよ。
知識の最たるもの、それは経験。こんなところで本ばかり読んでいる私のいうことじゃないけど。
そして『一人の人間から受ける感化は千の書よりも大きい』そうよ」
「では多くの知識を求めるパチュリー様は書を捨てて外に出るべきでは?」
「でもね、咲夜、小説というものの中には外にいないような連中とも会うことが出来て、彼らは生きているかのように私を感化するわ」
B
まだ少女のころの貴女は宴会で相変わらず妖怪たちの中心にいて、誰もから話しかけられつつ、誰もにぞんざいな態度を取るでしょう。
けれども皆そんな貴女のことを愛していて、それは私だってそうなのでしょう。
私は貴女にワインを勧めるのだけれど、貴女は私が差し出したワインを見て「血じゃないのこれ?」と顔を顰めるのです。
そうすると私は顔をふくらませて、馬鹿言わないで、貴女の前で他の人間の血なんか飲むもんですか、とぷりぷりと怒るのでしょう。
すると貴女は私の遠まわしの求愛を、B型じゃないわよ私、とわざと勘違いするのです。
私はそんな貴女の、勘違いすらも勘でやってのけることを、そしてそれに自分では気付かないことをとても愛おしく思うのです。
A
「小説、というジャンルの誕生は神話の解体に時を同じくするわ。
神話の中では完全無欠の神や英雄たちは苦悩することなく勝利し、幸福を手にする。
しかし小説の中では、主人公らは時にうまく行かない恋に悩み、時に崇高な理想のために肉親を殺さねばならなくなったりするわ。
そうした経験を我がことのように感じられるのに比べて、普通の現実の生は単調すぎる」
B
貴女は少女というより女性という時期に差し掛かり、あれほど面倒くさがっていた巫女としての仕事も板についてきたようです。
肌に風が突き刺さるような寒さの新月の日、貴女は拝殿の前で神楽舞をするのです。
この日のために二ヶ月ほども練習してきた貴女の努力を私は知っています。
舞う貴女は天女のような美しさを帯びていて、見上げる私は貴女がそのまま空へ舞い上がって消えてしまうのではないかと心配になるのです。
終わった後の宴会で私が貴女にそのことを告げると、
「そりゃあ代々空を飛ぶ程度の能力だからね、そういう神様神社にいて、それが乗り移るのかもね」と笑うのです。
私はきゅっと貴女の袖をつまんで貴女の傍を離れずにいて、慣れない日本酒を飲みそのまま眠りに落ちてしまいます。
どうやら貴女に膝枕をさせてしまうことになったようで、翌朝他の妖怪から「外見そのままにガキなんだから」とこっぴどく叱られるのです。
心なしか、咲夜の「お嬢様」という言葉にまで含みがあるようで決まり悪く思うのです。
A
「パチュリー様は一回の生では味わえきれないほどの経験を堪能したいから、本をお読みになるということですね」
「そう、正解よ。咲夜。あとはレミィの話ね」
B
貴女は透明感のあった少女のころとはうってかわり、落ち着いた包み込むような雰囲気をもった女性になってしまいます。
貴女も博麗の血を絶やさぬために里の男と結婚するときがやってきたのです。
あのハクタクが太鼓判を押した男だそうで、私は余計なことを、とほぞをかみます。
ハクタクは真面目なものですから、私の機嫌の悪いのを察して一生懸命にその男の良さをあげ、私を説得しようとします。
そうすると貴女はハクタクに、「いいのよ別に、ありがとう」というのです。私はその「ありがとう」を聞いて諦めることにするのです。
結婚式の日、貴女は真っ白い晴れ姿に身を包むのでしょう。
魔理沙が「なんだかいつもの巫女服の袴が変わっただけみたいだな」とつぶやきます。
私は貴女が近い将来その巫女服を着なくなることを思って声を殺して泣くのです。
A
「レミィの能力、『運命を操る程度の能力』
うすうす気付いているように、あれは一種の予知能力。
どの程度まで視えるのか知らないけど、私の予想している程度まで視えているとしたら――。
レミィは全ての苦悩を、他の人間の生を受け止めて、それでも生きていこうとしているのよ」
パチュリーはここまで一気に言って、間をおいて告げる。
「そこには物語よりも崇高な本物があるわ」
B
貴女は私の無分別がなしたこの赤い霧に激怒していて、問答無用で私に襲い掛かってくるのでしょう。
その必死の攻撃はいかんせん素直すぎていて私には退屈です。
でも、ここで貴女をこっぴどく圧倒してしまっては私は貴女の神社に胸を張って遊びにいけたのでしょうか。
あまり酷くやりすぎると貴女の神社に憑いている連中が勝手に解決しにきてしまうかもしれませんね。
そうすると私が今まで視てきた未来も変わるのかもしれません。
私は貴女の最後に立ち会えないでしょうし、立ち会えたとしても私にはどうすることも出来ない貴女自身の問題のようです。
もとより偕老同穴を望むこともできない私と貴女ですが、貴女と過ごす生にはきっとこの500年にもなかったし、
そしてこれから先当分もないであろう変化を、喜びを、胸の高鳴りを感じられると思うです。
わがままかもしれませんが、私は貴女と過ごす毎日をずっと夢見てきたのです。
さあ、貴女は咲夜を倒して私の部屋の扉を開ける。
私は貴女と友達になるのにふさわしいぐらいに強く振る舞い、それでいて貴女に華を持たせるのに苦労するのかなと苦笑しているのですが、
そろそろ真顔を作るとします。
貴女に怖い顔を向けている間に、堪えきれずに笑ってしまわないか、泣いてしまわないか、それだけが心配です。
ちょっと切ないレミリアお嬢様の独白。運命を操る程度の能力…こういう捉え方もあるか。
ええーい吸血鬼らしく花嫁さんを奪ってしまいなさい!
とりあえず、お嬢様万歳。
ちょっと切なくなるね
読めてよかった。
お嬢様の淡々とした独白に込められた感情に涙。
逆か! これ以前がすべて未来の……
AとB、初見では全く平行線だと思った二つの話がきちんとまとまっていて凄い。構成の妙という奴でしょうか。うーむ、脱帽。
……深いです、読むことが出来て良かった。
もう何も言えません
運命を操るスカーレットデビルはこんなにも強い存在なのですね。
「楽しい夜になりそうね」
………………うおう。
神から、「未来が見える」という罰を言い渡された男の話を思い出しました。
結末を知っていることって悲しいですよね。
運命を操るとはそういう・・・
それが悲しく、美しく思いました。
時間を越える力をよく換骨奪胎してレミリアと霊夢にあてはめられています