【御注意】
「風に乗りて歩むもの ~ 春一番、まわる! 厄神さま (2)」の続きでございます。
お手数にて恐縮ですが、どうぞ(1)からご覧になってくださいまし。
* *
丁度その折空の上では、双子の風の弾幕に、初めて鮮やかな色が付きました。
「予兆」「『天使の巻き毛』」
どろりどぶりと濁った黒の厄の弾と見事な対をなす、ふわふわと軽やかなまばゆい純白。そのちいちゃいのが、小刻みに弾む太鼓の連打に合わせて、一面にばら撒かれます。
「あら、もう撃ち止め?」
目の前に猫騙しのごとく出てきたそれを、優雅に黒孔雀の羽根の扇でよけながら、雛さんは可愛らしく駄々をこねておいでです。
見れば雛さん、見事なまでの早代わり。お召しはいつもの半そでのワンピースから、いつの間にやら無数の優雅なドレープで飾られた、溜息もののロングドレスに。お背ななんかこうぐりっと開いちゃって、夜会服の装いですな。
御髪(おぐし)、耳元、手首を飾りますのは、見事なまでの黒真珠。虹の揺らぎを秘めまして、上品な輝きを添えております。胸元には銀で縁取られたアンダルサイトと黒縞瑪瑙が妙なる陰影を歌のごとく紡いでおります。そしてお足元は、サンダル様の艶やかなサテンのダンスシューズ。先ほどのショールは、飾り帯がわりにお腰をきゅっと一回り。
お察しの通りこれらは全部、雛さんが厄をこごらせて作ったものでございます。
「大丈夫」「混ぜて出す」
「あら素敵」
天使の巻き毛はひどくゆっくり、邪魔な事この上なし。それを縫うようにして、厄のどぶどろがばらばらと降ってまいります。漏れてきた厄をつまみ食いに行こうとすれば、ウェンディさんの舞やマオマオさんの太鼓が巻き毛を吹き寄せて邪魔をします。そこを雛さんは、五目御飯から好きな具だけつまみ出すようにひょいひょいぱくぱく。お口に運ばなかった分は、いつのまにやら肘まであるレースの手袋に。
巧みに寄せ引く巻き毛は雛さんと双子との距離を、じわじわと離します。雛さんとは逆に、東奔西走ですっかり汚れてしまった霊夢さん。何かの準備と見て一気に距離を詰めました。雛さんの横を抜けざま、すぱんとタッチ。前衛後衛入れ替えの合図。
精緻巧手のステップで、霊夢さんは巻き毛の隙間を息もつかせぬ間にくぐり抜けました。驚いた顔の双子の鼻先に、さっきまでの鬱憤を晴らすべく符をばしーん!
「夢符『二重結界』!」
見事、二人まとめて箱の中。二重、四重、八重と締め上げます。舞で吹き飛ばそうと、太鼓で揺るがそうと、博麗謹製の結界は至って頑丈堅固。象が乗っても壊れない、百人乗ってもなんのその。
すると双子、力押しに出ました。
「前兆!」「『常夏の思い出』!」
枠の中に、大きな白い弾がむっくりむくむく。名に違わぬ入道雲の趣。後から後から沸き起こり、じわじわと二重結界を推し戻し始めます。膨らみすぎた挙句、結界のたがからすっぽ抜けて飛び出す特大の弾がちらりほらり。
霊夢さんは結界にさらに力を込め、双子は入道雲を膨らませ。つばぜり合いかと思いきや、雲の弾に紛れてひょっこり、ウェンディさんのお顔が。
「あらあら。もっといっぱい、絞らせてちょうだいな」
雛さん、扇をばさりと一巡りさせまして。
「悪霊『ミスフォーチュンズホイール』」
六芒の星をかたどって連なる、禍々しくも美しい深紅の弾が輪をなしてにじり寄ります。ウェンディさん、たまらず頭を引っ込めました。
なにやら篭城戦のごとくなりつつあります。押し込められた雲のかたまりの中に、深紅の弾がぷつぷつと食い込みますと、雲にほんのり色が差します。しかし、その色は紅にはあらず。赤みの差した灰色、さらには黒へと不吉な変化。
「霊夢、来るわよ」
「厄混じりね」
「神立(かんだち)!」「『龍の爪』!」
太鼓の音とは思えぬ大音声が轟き渡り、十六方に稲光。目を焼く青白い電撃を曳き、双子が結界を突き破りました。黒雲は特大の厄の固まりとなり、にじりにじりと広がり始めます。
踊り狂うウェンディさんの、貝殻の腕環脚環は絶えず轟き、雲間に蜘蛛の巣の如く稲妻の網を巡らします。
見え隠れする双子の姿を追う霊夢さん、黒雲の弾を一つ一つ丁寧に潰しにかかる雛さんに向けて、マオマオさんの太鼓が轟けば、巡らされた稲妻が一束になって襲い掛かります。
黒雲の陰、稲妻の合間を抜けての隠れ鬼です。追いつ追われつ弾が飛び交い、わたあめのごとくもさもさと食いちぎり。や、食いちぎってるのは雛さんだけですが。
「辛。なにこれ。唐辛子混ざってない?」
「濃ゆいばかりじゃ飽きるから」「薬味兼厄除けよ」
「竜の爪に」「鷹の爪」
「……」
「いきなりそんなに」「激しくしちゃいや~ん」
そんな雛さんの働きのかいあり、雲間は速やかに晴れていきます。稲妻も次第に落ち着く見通し。
ところが霊夢さん、柄にもなく稲妻の一迸(はし)りに蹴っつまづいてしまいました。
「痛(つ)っ!」
過たず狙ってマオマオさん、雷光を一閃。しかしくるりと舞い出でたる雛さん、それを扇ですぱんと一はたき。
「大丈夫? 無理は……」
「ちょっと油断しただけ!」
伸べられた手を払うように、霊夢さんは今一度『夢想封印』を。一気に雲が払われていきます。
晴れた空、思わぬ近さに双子が。どうやら正面から受けてこらえた様子。マオマオさんの太鼓が、三拍子のファンファーレの如く響き渡りました。
「円舞!」「『創世の記憶』!」
今度は真正面、至近距離から竜巻です。砂色がかった弾の渦が怒涛の如く。霊夢さんと雛さん、とっさに飛びのきますが、渦を巡る子渦が。
霊夢さん、渦を割るべく狙い所を探しますが、渦巻く渦がさらに渦巻き、時折ピンピンと物凄い速さで弾け飛んでくるはぐれ弾に邪魔され、思い通りになりません。とうとう、捨て鉢な目見当で符を撃とうと幣を振り上げました。
しかしその幣を持つ腕をひっつかまれてしまいまして、渦巻く向きにぐぐいと引きずり込まれてしまいます。
「雛! 何邪魔してるのよ!」
「符の無駄撃ちなんてもったいないじゃない!」
「無駄じゃないわよ!」
「しょうがないわね!」
雛さん、竜巻と一緒に回りながら、厄で煤けた霊夢さんの左のほっぺをぐっと掴みますと、泥パックを剥がすが如く、べりっと一発。
「厄の一番の怖さは、厄に鈍感になること」
えぇもちろん、丸めてお口にポイでございます。
「厄に足元掬われてるのがわからなくなって無茶をして、さらに厄を呼ぶのよ」
雛さんに腕を取られて一緒にぐるぐる回りながら、霊夢さんはちょっと一息。
「OK、落ち着いた。全く、こんな簡単な弾幕でテンパってたら世話ないわ」
「そうそう。だから、踊りましょう?」
「それよりも全部持ってってくれない?」
「上まで付き合ってくれたらね」
「……はいはい」
めでたくペア成立。手に手を取って渦に逆らわず、うねる太鼓の音に合わせて、上へ。さしたる事もなく、無事に麗らかな空の下に。
漆黒の令嬢と、薄汚れた巫女。なんとも不釣合いな組み合わせでございます。
「あ」「抜けちゃった」
「厄で落ちるかと思ったけど」「さすが巫女ね」
「あら。専門家の事も忘れて貰っちゃ困るわ」
「いやしんぼでしょ」「イカモノ喰らいでしょ」
双子はあっさり、竜巻を霧散させました。
「ほら、雛。早く」
握られた手を揺って催促する霊夢さんをちらっと見まして、雛さんちょいとばかり、ほっぺたを緩めておられるご様子。
「……何よ」
「あなたがリードを他人に任せるのってあんまり見ないから」
「うるさい。早くなさい」
「では失礼?」
雛さん、やや強引に霊夢さんの腰を抱えて引き寄せます。腕を反対の後ろに引いたもんですから、霊夢さん、ぐっとえびぞりに。
雛さんの白魚のようなお指が袂のあわせを一突きし、反り返った喉へと這い登ります。そのままきゅっと一握り。霊夢さん、まな板に乗せられた活け魚のごとく、苦しさのあまりぽかっと口が開いてしまいます。そこに雛さんの手が、ずぼりと一気に手首まで。一呼吸置いて、一息に引き抜きました。
その手にはなにやらどす黒い、蛇(くちなわ)のごときものが。ぶぅんとふるって御自(おんみずか)らの首に絡めれば、一瞬にして黒貂の襟巻き。
「ふふふ……やっぱり一度巫女を通すと艶が違うわ」
うっとりなさって、大変ご満悦のご様子。
「おー」「至芸至芸」
双子もぱらぱらと拍手など。
「だー! この妖怪どもっ!!」
厄も綺麗に落ちまして、さっぱりなさった霊夢さん。もがいて自由の身にならんといたしますが、雛さんがふんわり、捕らえて離しません。手に手をとって、すっかり馴染んだダンスペアのようにも見えます。和洋折衷ですが、不思議な具合に気品が調和しておいでで。
「さぁさぁ霊夢。本番はこれからよ?」
「そう、これから」「クライマックスは盛大にね」
「あんたたち、もうほとんど厄落ちてるじゃない」
おっしゃるとおり。最前までむくんでいた双子ですが、今はすっかり、赤銅色、小麦色の野生的な肌を晒しております。炯々たる瞳の輝きにも、何かしら愛嬌のようなものがにじみ出てまいりました。
「最後の仕上げに」「リハビリをちょっと」
「舐められたもんね。改めて病院送りにしてやるから見てらっしゃい!」
「霊夢……ダンスの申し込みにそれはないわ」
「申し込んでない!」
再び始まる太古の太鼓。華やかに、晴れやかに三拍子。腕環脚環の鳴らす響きがそれを鮮やかに飾り立てます。
先ほどまでとはうって変わった、極彩色の奔流が。
「虹蛇!」「『キザハシ』!」
大蛇となってほとばしりました。雛さん霊夢さんは、避ける事無く、その中に飲み込まれます。
弾速に合わせて流されるまま。ぴしりぴしりと時折身にかする弾を除けば、大蛇の中は、むしろ外より深閑たる風情。二人は向かい合い、互いの巡りを巡りながら、ゆっくり手を離します。
「遺恨」
「希縁」
前置きは二人それぞれ違いました。しかし、舞の振りのごとく互いの手の平を合わせ、声を揃えて詠んだ符の名は、
「『玉の緒』!」
一言一句、どんぴしゃり。撃ち出した弾の反動に任せ、二人は大蛇なす弾の隙間から外にこぼれ出ました。二人分、揃ってしっとりと落ち着いた藍色の弾幕は、徐々に大蛇の姿を希釈してゆきます。その流れはゆるりと還って架け橋をなし、その源、双子の風を目指します。
二人と双子は再びまみえ、太鼓の音はたまゆら途絶え。
「これで最後。極光」「『終幕-カーテンコール』!」
還った流れは百色千色(ももいろちいろ)のまばゆい幕となり、天空から降り注ぎます。
霊夢さん、たまゆら雛さんの出方をうかがいましたが、雛さんはここで一歩、退きました。目で問う霊夢さんに、雛さんは囁きます。
「神楽は巫女が舞ってこそ。形代は、厄を身に受け去ってこそ」
「デザートまで食べちゃったからもういいって?」
「あらやだ。わかる?」
「ったく」
お袖をまさぐり最後の一符。なんですが、こういう時に限って違うのが。魔理沙さんから話を聞いて、試しに作った実験作。あんまりな仕上がりだったんでお蔵入りにしたつもりだったんですが、どうやら突っ込んだまま忘れていた模様。
無駄口なんか聞いてたおかげで、向うの弾幕は思いのほか近くまで寄せてきております。霊夢さん、腹をくくって気合一閃。
「抗(あらがい)符、『嵐の大喜利』!!」
投げ放った符は二枚四枚十六枚と数を増しつつ膨れ上がり、座布団の大群となって乱れ飛ぶことその数、数百。
「なんてブーイング」「綺麗にまとめようとしたのに」
「勝手に幕は引かせないわ、ここはわたしたちの舞台よ!」
降ろされんとした緞帳(どんちょう)は哀れ散り散り、双子は怒涛と襲い掛かる座布団に押し流され、
「おあとが~」「よろしいようで~」
下の川へどぼーん。
「……その落とし方はどうなの」
「言わないで。お願い」
ところがどっこい、締めに入るのは早かった。座布団で削り残した僅かな弾が、ヨーヨーの如く帰ってきていたのであります。なんせ、カーテンコールですから。
で、どうなったかと申しますと見事、ぴったり揃って後頭部にすこーん。
「あ────……」
と、見物の三人。加えることの、取材の一人。ひるひるぽてりと墜落するとこまで丁寧に追いまして。
「結局どっちの勝ち?」
レネ婆さん、真っ先にそれを。
「いいんじゃない? 引き分けで」
萃香審判鶴の一声。魔理沙さんは、肩をすくめて済ませました。
「それじゃ、ちゃちゃっと行って来ようぜ」
お帽子をぽいとかぶり、弾みを付けて立ち上がり。箒を構えて跨りますと、ふわりと宙に浮かびます。
「博麗神社一周遊覧飛行、お代は妖精の矢。さぁ、乗った乗った」
レネ婆さん、思わず目を輝かせて立ち上がろうといたしますが。
「……ねぇ、あちらの皆さんは……?」
落ちたのとか、オチたのとか。計四人。
「気にするこたないぜ。妖怪なんて殺したって死なないし。人間一人混ざってるけど、あれは巫女だから」
* *
【続く】
「風に乗りて歩むもの ~ 春一番、まわる! 厄神さま (2)」の続きでございます。
お手数にて恐縮ですが、どうぞ(1)からご覧になってくださいまし。
* *
丁度その折空の上では、双子の風の弾幕に、初めて鮮やかな色が付きました。
「予兆」「『天使の巻き毛』」
どろりどぶりと濁った黒の厄の弾と見事な対をなす、ふわふわと軽やかなまばゆい純白。そのちいちゃいのが、小刻みに弾む太鼓の連打に合わせて、一面にばら撒かれます。
「あら、もう撃ち止め?」
目の前に猫騙しのごとく出てきたそれを、優雅に黒孔雀の羽根の扇でよけながら、雛さんは可愛らしく駄々をこねておいでです。
見れば雛さん、見事なまでの早代わり。お召しはいつもの半そでのワンピースから、いつの間にやら無数の優雅なドレープで飾られた、溜息もののロングドレスに。お背ななんかこうぐりっと開いちゃって、夜会服の装いですな。
御髪(おぐし)、耳元、手首を飾りますのは、見事なまでの黒真珠。虹の揺らぎを秘めまして、上品な輝きを添えております。胸元には銀で縁取られたアンダルサイトと黒縞瑪瑙が妙なる陰影を歌のごとく紡いでおります。そしてお足元は、サンダル様の艶やかなサテンのダンスシューズ。先ほどのショールは、飾り帯がわりにお腰をきゅっと一回り。
お察しの通りこれらは全部、雛さんが厄をこごらせて作ったものでございます。
「大丈夫」「混ぜて出す」
「あら素敵」
天使の巻き毛はひどくゆっくり、邪魔な事この上なし。それを縫うようにして、厄のどぶどろがばらばらと降ってまいります。漏れてきた厄をつまみ食いに行こうとすれば、ウェンディさんの舞やマオマオさんの太鼓が巻き毛を吹き寄せて邪魔をします。そこを雛さんは、五目御飯から好きな具だけつまみ出すようにひょいひょいぱくぱく。お口に運ばなかった分は、いつのまにやら肘まであるレースの手袋に。
巧みに寄せ引く巻き毛は雛さんと双子との距離を、じわじわと離します。雛さんとは逆に、東奔西走ですっかり汚れてしまった霊夢さん。何かの準備と見て一気に距離を詰めました。雛さんの横を抜けざま、すぱんとタッチ。前衛後衛入れ替えの合図。
精緻巧手のステップで、霊夢さんは巻き毛の隙間を息もつかせぬ間にくぐり抜けました。驚いた顔の双子の鼻先に、さっきまでの鬱憤を晴らすべく符をばしーん!
「夢符『二重結界』!」
見事、二人まとめて箱の中。二重、四重、八重と締め上げます。舞で吹き飛ばそうと、太鼓で揺るがそうと、博麗謹製の結界は至って頑丈堅固。象が乗っても壊れない、百人乗ってもなんのその。
すると双子、力押しに出ました。
「前兆!」「『常夏の思い出』!」
枠の中に、大きな白い弾がむっくりむくむく。名に違わぬ入道雲の趣。後から後から沸き起こり、じわじわと二重結界を推し戻し始めます。膨らみすぎた挙句、結界のたがからすっぽ抜けて飛び出す特大の弾がちらりほらり。
霊夢さんは結界にさらに力を込め、双子は入道雲を膨らませ。つばぜり合いかと思いきや、雲の弾に紛れてひょっこり、ウェンディさんのお顔が。
「あらあら。もっといっぱい、絞らせてちょうだいな」
雛さん、扇をばさりと一巡りさせまして。
「悪霊『ミスフォーチュンズホイール』」
六芒の星をかたどって連なる、禍々しくも美しい深紅の弾が輪をなしてにじり寄ります。ウェンディさん、たまらず頭を引っ込めました。
なにやら篭城戦のごとくなりつつあります。押し込められた雲のかたまりの中に、深紅の弾がぷつぷつと食い込みますと、雲にほんのり色が差します。しかし、その色は紅にはあらず。赤みの差した灰色、さらには黒へと不吉な変化。
「霊夢、来るわよ」
「厄混じりね」
「神立(かんだち)!」「『龍の爪』!」
太鼓の音とは思えぬ大音声が轟き渡り、十六方に稲光。目を焼く青白い電撃を曳き、双子が結界を突き破りました。黒雲は特大の厄の固まりとなり、にじりにじりと広がり始めます。
踊り狂うウェンディさんの、貝殻の腕環脚環は絶えず轟き、雲間に蜘蛛の巣の如く稲妻の網を巡らします。
見え隠れする双子の姿を追う霊夢さん、黒雲の弾を一つ一つ丁寧に潰しにかかる雛さんに向けて、マオマオさんの太鼓が轟けば、巡らされた稲妻が一束になって襲い掛かります。
黒雲の陰、稲妻の合間を抜けての隠れ鬼です。追いつ追われつ弾が飛び交い、わたあめのごとくもさもさと食いちぎり。や、食いちぎってるのは雛さんだけですが。
「辛。なにこれ。唐辛子混ざってない?」
「濃ゆいばかりじゃ飽きるから」「薬味兼厄除けよ」
「竜の爪に」「鷹の爪」
「……」
「いきなりそんなに」「激しくしちゃいや~ん」
そんな雛さんの働きのかいあり、雲間は速やかに晴れていきます。稲妻も次第に落ち着く見通し。
ところが霊夢さん、柄にもなく稲妻の一迸(はし)りに蹴っつまづいてしまいました。
「痛(つ)っ!」
過たず狙ってマオマオさん、雷光を一閃。しかしくるりと舞い出でたる雛さん、それを扇ですぱんと一はたき。
「大丈夫? 無理は……」
「ちょっと油断しただけ!」
伸べられた手を払うように、霊夢さんは今一度『夢想封印』を。一気に雲が払われていきます。
晴れた空、思わぬ近さに双子が。どうやら正面から受けてこらえた様子。マオマオさんの太鼓が、三拍子のファンファーレの如く響き渡りました。
「円舞!」「『創世の記憶』!」
今度は真正面、至近距離から竜巻です。砂色がかった弾の渦が怒涛の如く。霊夢さんと雛さん、とっさに飛びのきますが、渦を巡る子渦が。
霊夢さん、渦を割るべく狙い所を探しますが、渦巻く渦がさらに渦巻き、時折ピンピンと物凄い速さで弾け飛んでくるはぐれ弾に邪魔され、思い通りになりません。とうとう、捨て鉢な目見当で符を撃とうと幣を振り上げました。
しかしその幣を持つ腕をひっつかまれてしまいまして、渦巻く向きにぐぐいと引きずり込まれてしまいます。
「雛! 何邪魔してるのよ!」
「符の無駄撃ちなんてもったいないじゃない!」
「無駄じゃないわよ!」
「しょうがないわね!」
雛さん、竜巻と一緒に回りながら、厄で煤けた霊夢さんの左のほっぺをぐっと掴みますと、泥パックを剥がすが如く、べりっと一発。
「厄の一番の怖さは、厄に鈍感になること」
えぇもちろん、丸めてお口にポイでございます。
「厄に足元掬われてるのがわからなくなって無茶をして、さらに厄を呼ぶのよ」
雛さんに腕を取られて一緒にぐるぐる回りながら、霊夢さんはちょっと一息。
「OK、落ち着いた。全く、こんな簡単な弾幕でテンパってたら世話ないわ」
「そうそう。だから、踊りましょう?」
「それよりも全部持ってってくれない?」
「上まで付き合ってくれたらね」
「……はいはい」
めでたくペア成立。手に手を取って渦に逆らわず、うねる太鼓の音に合わせて、上へ。さしたる事もなく、無事に麗らかな空の下に。
漆黒の令嬢と、薄汚れた巫女。なんとも不釣合いな組み合わせでございます。
「あ」「抜けちゃった」
「厄で落ちるかと思ったけど」「さすが巫女ね」
「あら。専門家の事も忘れて貰っちゃ困るわ」
「いやしんぼでしょ」「イカモノ喰らいでしょ」
双子はあっさり、竜巻を霧散させました。
「ほら、雛。早く」
握られた手を揺って催促する霊夢さんをちらっと見まして、雛さんちょいとばかり、ほっぺたを緩めておられるご様子。
「……何よ」
「あなたがリードを他人に任せるのってあんまり見ないから」
「うるさい。早くなさい」
「では失礼?」
雛さん、やや強引に霊夢さんの腰を抱えて引き寄せます。腕を反対の後ろに引いたもんですから、霊夢さん、ぐっとえびぞりに。
雛さんの白魚のようなお指が袂のあわせを一突きし、反り返った喉へと這い登ります。そのままきゅっと一握り。霊夢さん、まな板に乗せられた活け魚のごとく、苦しさのあまりぽかっと口が開いてしまいます。そこに雛さんの手が、ずぼりと一気に手首まで。一呼吸置いて、一息に引き抜きました。
その手にはなにやらどす黒い、蛇(くちなわ)のごときものが。ぶぅんとふるって御自(おんみずか)らの首に絡めれば、一瞬にして黒貂の襟巻き。
「ふふふ……やっぱり一度巫女を通すと艶が違うわ」
うっとりなさって、大変ご満悦のご様子。
「おー」「至芸至芸」
双子もぱらぱらと拍手など。
「だー! この妖怪どもっ!!」
厄も綺麗に落ちまして、さっぱりなさった霊夢さん。もがいて自由の身にならんといたしますが、雛さんがふんわり、捕らえて離しません。手に手をとって、すっかり馴染んだダンスペアのようにも見えます。和洋折衷ですが、不思議な具合に気品が調和しておいでで。
「さぁさぁ霊夢。本番はこれからよ?」
「そう、これから」「クライマックスは盛大にね」
「あんたたち、もうほとんど厄落ちてるじゃない」
おっしゃるとおり。最前までむくんでいた双子ですが、今はすっかり、赤銅色、小麦色の野生的な肌を晒しております。炯々たる瞳の輝きにも、何かしら愛嬌のようなものがにじみ出てまいりました。
「最後の仕上げに」「リハビリをちょっと」
「舐められたもんね。改めて病院送りにしてやるから見てらっしゃい!」
「霊夢……ダンスの申し込みにそれはないわ」
「申し込んでない!」
再び始まる太古の太鼓。華やかに、晴れやかに三拍子。腕環脚環の鳴らす響きがそれを鮮やかに飾り立てます。
先ほどまでとはうって変わった、極彩色の奔流が。
「虹蛇!」「『キザハシ』!」
大蛇となってほとばしりました。雛さん霊夢さんは、避ける事無く、その中に飲み込まれます。
弾速に合わせて流されるまま。ぴしりぴしりと時折身にかする弾を除けば、大蛇の中は、むしろ外より深閑たる風情。二人は向かい合い、互いの巡りを巡りながら、ゆっくり手を離します。
「遺恨」
「希縁」
前置きは二人それぞれ違いました。しかし、舞の振りのごとく互いの手の平を合わせ、声を揃えて詠んだ符の名は、
「『玉の緒』!」
一言一句、どんぴしゃり。撃ち出した弾の反動に任せ、二人は大蛇なす弾の隙間から外にこぼれ出ました。二人分、揃ってしっとりと落ち着いた藍色の弾幕は、徐々に大蛇の姿を希釈してゆきます。その流れはゆるりと還って架け橋をなし、その源、双子の風を目指します。
二人と双子は再びまみえ、太鼓の音はたまゆら途絶え。
「これで最後。極光」「『終幕-カーテンコール』!」
還った流れは百色千色(ももいろちいろ)のまばゆい幕となり、天空から降り注ぎます。
霊夢さん、たまゆら雛さんの出方をうかがいましたが、雛さんはここで一歩、退きました。目で問う霊夢さんに、雛さんは囁きます。
「神楽は巫女が舞ってこそ。形代は、厄を身に受け去ってこそ」
「デザートまで食べちゃったからもういいって?」
「あらやだ。わかる?」
「ったく」
お袖をまさぐり最後の一符。なんですが、こういう時に限って違うのが。魔理沙さんから話を聞いて、試しに作った実験作。あんまりな仕上がりだったんでお蔵入りにしたつもりだったんですが、どうやら突っ込んだまま忘れていた模様。
無駄口なんか聞いてたおかげで、向うの弾幕は思いのほか近くまで寄せてきております。霊夢さん、腹をくくって気合一閃。
「抗(あらがい)符、『嵐の大喜利』!!」
投げ放った符は二枚四枚十六枚と数を増しつつ膨れ上がり、座布団の大群となって乱れ飛ぶことその数、数百。
「なんてブーイング」「綺麗にまとめようとしたのに」
「勝手に幕は引かせないわ、ここはわたしたちの舞台よ!」
降ろされんとした緞帳(どんちょう)は哀れ散り散り、双子は怒涛と襲い掛かる座布団に押し流され、
「おあとが~」「よろしいようで~」
下の川へどぼーん。
「……その落とし方はどうなの」
「言わないで。お願い」
ところがどっこい、締めに入るのは早かった。座布団で削り残した僅かな弾が、ヨーヨーの如く帰ってきていたのであります。なんせ、カーテンコールですから。
で、どうなったかと申しますと見事、ぴったり揃って後頭部にすこーん。
「あ────……」
と、見物の三人。加えることの、取材の一人。ひるひるぽてりと墜落するとこまで丁寧に追いまして。
「結局どっちの勝ち?」
レネ婆さん、真っ先にそれを。
「いいんじゃない? 引き分けで」
萃香審判鶴の一声。魔理沙さんは、肩をすくめて済ませました。
「それじゃ、ちゃちゃっと行って来ようぜ」
お帽子をぽいとかぶり、弾みを付けて立ち上がり。箒を構えて跨りますと、ふわりと宙に浮かびます。
「博麗神社一周遊覧飛行、お代は妖精の矢。さぁ、乗った乗った」
レネ婆さん、思わず目を輝かせて立ち上がろうといたしますが。
「……ねぇ、あちらの皆さんは……?」
落ちたのとか、オチたのとか。計四人。
「気にするこたないぜ。妖怪なんて殺したって死なないし。人間一人混ざってるけど、あれは巫女だから」
* *
【続く】