【御注意】
「風に乗りて歩むもの ~ 春一番、まわる! 厄神さま (1)」の続きでございます。
お手数にて恐縮ですが、どうぞそちらからご覧になってくださいまし。
* *
「こら、そこの押し込み強盗っ!」
「おい霊夢、あたしじゃなくってお客の方が先だろ?」
「……自覚あったんだ」
ランデブーは河原の上空でした。双子の風は、機体を進めながら顔を見合わせます。
「巫女が出た」「出たね」
「どうする?」「先に済ませない?」
「そうしようか」「そうしよう」
「だから、ちょっと待って」「これだけ済ますから」
霊夢さんがツッコミを入れる間は、ございませんでした。機体は右横倒しの姿勢で勢い良く、河原に向けて送り出されます。
まず翼が接地。後ろに畳まれるようにして機体にめり込み、後ろ半分を二枚おろしにいたします。破片を撒き散らしながら川に沿ってしばらく滑り、ようやく止まりました。
いつ追いかけたのやら、双子は機体のそばに。いかに手を下したものやら、シート一つをまるまる引っこ抜き、ベルトを切って縛り付けられていた乗客を解放しておりました。お察しの通り、前の方でちょいとお話しいたしました老婦人。
「起きて」「起きて、レネ」
二人してこう、唇を寄せますと、ふっふっとご婦人の鼻に息を吹き込みます。人工呼吸ではなさそうですが、ご婦人、ゆっくりと眼を開きました。まだ生きているのを確かめるように少々引っかかりながら深呼吸いたしまして、眼の焦点が合うのを待っておりますご様子。
幻想郷のお歴々も続々地に足を付けますが、三人目のお客の様子を察し、自然、軽口は控えた模様。
「病院にしては管がないわね」
これが第一声。もっとも、田舎訛りのイギリス英語ではございましたが。自分を支える二人分の腕をゆっくりと掴み、体の具合を確かめながら、そろりそろりと身を起こします。
「病院ではないわ」「日本に着いたの」
「落ちたのではなくて?」
中々、気丈なお人のようで。
「落ちたわ」「落としたわ」
双子に導かれて、酷い有様の機体を一瞥。
「……他は全部?」
「そう。生殺し。あの中で」「じわじわ死んでいくわ」
「上手に落としたもの」「加減は難しいのよ」
「グラシアス。いい気味」
般若が、小気味よさげに笑いました。
「そろそろ、いいかしら」
霊夢さん、相当待ちくたびれたご様子。
「あんなゴミいきなり放り込まれて、とっても迷惑なんだけど」
般若のご婦人、立ち上がろうといたしましたが、まだ無理なようで。双子の手を借りて横座りに腰を落ち着けました。
「申し訳ありませんが、このままで。ごめんなさいね」
霊夢さんに合わせ、今度は中々流暢な日本語です。
「構わないわ」
「わたくし、レナータ・××××××と申します。大変なご迷惑をおかけしてしまい、謝罪の言葉もございません」
「当たり前よ。で、そっちの二人は?」
ご婦人、きょとんとした顔に。
「そう言えばそうだわ」
「……頭打ってるんじゃない?」
言われながら、両側に立って自分を見下ろす二人を交互に見比べます。
「あなたたち、あの日の……妖精、よね」
「妖精と呼ぶならば」「そう、妖精」
「雲の中で会った」「あなたは一人で飛んでいた」
「北海の上」「嵐の日」
四つの炯々たる瞳に見つめ返されながら、ご婦人は一族のビジネス機の残骸を見、仁王立つ日本人の少女を見、その向こうの人群れ、やや童話めいた少女たちを眺めやりました。如月終わりのぬるみつつあるそよ風が、緑の気配をさざ波のように繰り返し繰り返し、運んで参ります。
「……わたくし、やっぱり死んだのではないかしら」
「ううん、生きてる」「でもどっちでもいいかもね」
「ここは幻想郷だから」「日本ではない日本だから」
「あぁ、ええと……ゴクラクジョウド?」
「いいえ。あなたの故郷の言葉なら」「ここはもう一つのティル・ナ・ノグ」
「エールの西に海を越えた」「常若の妖精郷ティル・ナ・ノグの」
「もっと西。鱒あふれる川と」「バファロー駆ける平原と」
「鯨舞う海を越えた」「西の果ての東の果て」
「そこにいるのは取り替え子」「向こうにいるのは妖精」
「そう思えばいい」「間違いではないから」
ご婦人、しばし遠い目をしておいででしたが、ふっ、と般若の面をお脱ぎになりました。ここ数十年で初めてのこと。珍しく辛抱強く待っておいでの霊夢さんの眼差しを、ひたと見つめ返します。
「このお二人は、わたくしの旧友です。前に一度会ったきり、名前も聞かないきりでしたけれどね。再会のお祝いをしてくれたのだけれど、それがとんだご迷惑になってしまったようだわ」
「そう……これだから妖怪は。妖精?」
霊夢さん、そろそろ本格的に、仕事の顔になってまいりました。
「選ぶなら」「多分精霊」
「そう。まぁどうでもいいわ。まず名乗りなさい。それから、何が目的?」
「レネを死んだ石の箱から助けたの」「ここに置いて欲しいの」
「それからあなたと遊びに来たの」「遊んでよ。幻想郷の巫女」
「人間一人くらい、物好きに任せればいいけれどね。で、名前は?」
「遊んでくれなきゃ教えない」「遊んでくれなきゃ嫌だもの」
「うっとうしいわね。これでもね、いろいろ忙しいのよ?」
「縁側でまったりお茶飲んだりとかねー」
外野がいいタイミングで混ぜっ返します。
「そうそう。さっきも昼間っからお酒と戯れてね」
「いいネタありますよ。昨日のタイムテーブルなんですが、起床は午前11時……」
「さすがだぜ。やっぱ霊夢はそうでなきゃな」
「……あんたら……」
言われたい放題。普段の行いがうかがわれますな。
「へーぇ」「ふーん」
双子の視線の冷たいこと痛いこと。
「ま、巫女があんななんでな。あたしとどうだい? あたしに勝ったら、巫女をスマキにしてくれてやるぜ」
箒を肩に、帽子を親指でくっと持ち上げて。魔理沙さん馴れた調子で見栄を切ります。が。
「クウキヨメ」「KY」
「なんだとぅっ!?」
結構本気で腹を立てて詰め寄りますが、双子、瞳の力を強めて正面対決の運び。
「お前は魔法使い」「お前は魔女じゃない」
「遊んでやらない」「もううんざり」
「……いい度胸だぜ」
魔理沙さん、そのままマスタースパークの準備に入りますが、その肩を雛さんが軽く叩きました。途端、背筋を悪寒が走り抜けます。
「雛っ! 止め方選べよっ! 濃い厄なんかいきなりたけるな!」
「ごめん遊ばせ? でもね」
雛さん、魔理沙さんが手の内に落としこんだスペルカードに、白魚のような指を絡めていましめます。
「あの子たちの言うことも、もっともなのよ」
指は、箒にも伸びてゆきます。
「これは、人のための道具」
その指はするりとすべり、今度は機体を。
「あれも、人のための道具。ねぇ、あなたたち」
雛さんの声が、ひどく優しくなりました。
「あれのせいで、そんなに厄を溜めたのね」
「そうよ」「その通り」
「呪いが飛び交うの」「醜い魂」
「くだらない祈り」「怨霊がぎゅう詰めのつづら」
「嘲罵の舌触り」「侮蔑の喉越し」
「わたしの羽根を染めていくの」「わたしの羽根を穢していくの」
「ほら」「こんなに」
二人がこちらに差し出して見せる両手は、汚い緑色を刷いて生白く、じくじくぶくぶくとむくんでいるのでありました。もしも触れようものなら、いかにもずるりと剥けてしまいそうです。
「かわいそうにね」
雛さんの声は、共にする悲しみと、もう一つ何かしらを含んで、不意に寄せたそよ風の中に溶けました。
「相手してやんなよ。博麗の巫女」
萃香さんのお声がかり。具合のいい石を脇息(きょうそく)にして、立て膝、大盃。その威風、まさに堂々たるもの。一種独特の笑みを霊夢さんに投げます。その顔(かんばせ)、言葉にするのが中々難しゅうございまして。ここはやっぱり、霊夢さんがぽつりと洩らした一言に頼るほかなさそうです。
「……ずるいわ。急に鬼の顔になって」
なんとも珍しく、少々拗ねたような声音。
「何を言ってんのさ。あんたは妖怪と付き合ってるんだよ? 忘れたのかい?」
霊夢さん、ふ、と片頬で笑いました。
「そうね。ここんとこ、少したるんでいたかもね」
そして今度は雛さんから。
「ペアを申し込むわ。博麗の巫女。一緒に踊りましょう?」
くるりと回って差し伸べる、腕も掌(たなごころ)も五本の指も、淡雪のごとく色白く。
「お前は巫女じゃない」「巫女じゃない」
「厄の払いはわたしのつとめ。示されたさだめ、選び取ったさだめ」
「あーそうですかそうですか」
霊夢さんやけくその勢いで、びっくりするほど大きな柏手をぱぁんぱぁんとご披露。おもむろに幣を取り出しまして。
「遊んで」
双子の片割れの顔をばさばさ。
「やろうじゃ」
もう一方もばさばさ。
「ないのよ!」
ついでに雛さんもばさばさ。雛さん、ぱくっと垂(しで)に食いつきます。
「山羊かあんたは」
「ちょっとお腹空いたから。あんまり美味しくないわね」
「わけわかんないし。ほら。あんたたち。名乗りなさい」
「きまぐれの西風はウェンディ・イサカ」
左のウェンディさん、いつの間にやら貝殻のじゃらじゃら付いた腕環と脚環を結わえております。
「なりゆきの西風はマオマオ・イサカ」
右のマオマオさんは、高坏(たかつき)のような太鼓を腰に。すぐさまリズムがこぼれ出し、ウェンディさんのステップを誘いました。腕環脚環の奏でる音は、太鼓の音に、ぴたり、揃っております。
流れ刻まれる響きは、聴く者の背筋や腰にさりげなく、ゆさぶりをかけて誘います。
「そして舞台に昇るのは」「風にその身をさらすのは」
「楽園の巫女、博麗霊夢と覚えなさい」
「去(い)にし形代、鍵山雛と呼ばいなさい」
風打ち鳴らす太鼓の音をば、踏みて踏みしめ、舞い手は舞台、空の上へ。
「よろしければこちらへ。肩をお貸ししましょう」
「まぁ、ありがとう」
文さんを頼りに、レネ婆さんはようよう、立ち上がります。
「でも、カメラはよろしいの? ご迷惑にはなりたくないわ」
「なに、神楽はこれから、シャッターチャンスもこれからですから」
「神楽。××神宮で一度見たわ」
「おや。いかがでした」
「そうねぇ。衣装は素晴らしかったけれど、正直、退屈だったわ」
「ここのはだいぶ違いますよ。舞い手はちょっと遠いですが、盛大に花火が上がります」
「本当? それは楽しみね!」
萃香さんの隣に腰を落ち着ければ、すぐと出てくる大盃。
「ばーちゃん、イケるクチ?」
「お手柔らかにお願いね。昔はそこそこ呑めたけれど」
「預けましたよ。それじゃ、また後ほど」
文さんもまた、空へ。
「素敵ね……あの子、翼があるのね」
「ばーちゃんのツノも結構イケてるよ? ヒトのツノって久しぶりだね~」
酔っ払い、なにやら不穏な気配をお背なに隠しつつ、とろんとした半眼で老貴婦人を愛でております。
本日いいとこ無しの魔理沙さんはと言えば、萃香さんから景気良く分けてもらい、ヤケ酒あおって不貞寝の構えでありました。
上空では、マオマオさんの太鼓を後ろに、ウェンディさんがゆらりゆらりと舞で序奏を奏でております。我らが巫女さんたちと言えば、雛さんが霊夢さんのお手を取ろうとして、ぺちっとしっぺをはたかれております。
「わざわざそんなことしなくていいでしょ」
「えー。せっかくなんだもの。一緒に回りましょうよ」
「謹んでご遠慮い・た・し・ま・すっ」
「リズムに乗れば少し楽なのに」「わかってないのよ。始めましょう」
太鼓の音が不意に乱れ、マオマオさんの腕が形を描きました。そこから、鉄(くろがね)色した無数の粒が。
霊夢さん、たかが雑な乱れ打ちと、体の力を抜いて構えますがしかし。
「!?」
粒の正体を見抜き、とっさにくるりと背を向けて踏ん張ります。降り注ぐ黒い雨の真ん中で構わず雨粒を背に浴び、不吉な後味の痺れに顔をしかめながら、陰陽玉を四つ。ぶんと放り投げれば玉は綺麗な円を成しつつ、雨の降り落ちる先に回りこみました。
「打尽符『天網恢々』!」
声に合わせて符が投げ撃たれ、玉を結んで呪(まじ)が走り、雨粒は見事、全てひっ捕らえられたのであります。呪はそのまま袋となって、どさりと地面に落ちました。和紙の風合いだったのですが、すぐさま、じわり、じわりとどぶ色のなにものかが玉の汗のごとく滲み出し、袋を染め付け始めます。霊夢さんも、雨を受けた背中が真っ黒け。その様ちょうど、ひっくり返し忘れて焼きすぎた魚のようでもございます。
「厄のカタマリなんか直接撃つな! 流したらどうなるかわかってるのっ!?」
霊夢さんのご立腹にも、双子の風は動じません。
「今のは大丈夫」「全部社の敷地に落ちるよう投げたから」
「……ふざけた真似を……」
同じく、厄の雨にまみれた雛さん。顔だけかばって正面から受けたもんですから、自慢のお洋服に無残な染みが点々、点々。ところがところが。その染みの一つをひょいと指で拭い取りますと、ぱくっ。
「んマ───────ベラス!!」(『ラ』にアクセントでお願いいたします)
さながら台風一過の晴天のごとく、長き夜を払う曙光のごとく、ぱぁっと顔を輝かせました。
「このコクは初めてだわ! これこそが醍醐よ!!」
霊夢さんの肩を後ろからがっしり掴みまして、まるで干した海苔を一気にひっぺがすように、お背なに染みついた黒を、べりべりべりべりっ、と綺麗さっぱりはがしてしまいました。
むしゃぶりつくようにしてはぐはぐもぐもぐ、端っこだけ食いちぎって整えまして、三角形に残します。それをばさっと一振り振りますれば、見事なモヘヤのショールに早変わり。くるりとまとい、さらにご満悦。
「素敵素敵! まだちょっと冷えるからちょうどいいわ!」
霊夢さんはもちろん、双子の風も開いた口がふさがりません。
「……なんて悪食」「イカモノ喰らい……」
「もっと欲しいわ、もっとちょうだい! 70年モノ? 80年モノ? 溜めて寝かせて熟成させて……辛かったでしょう。苦しかったでしょう。こんなに抱え込んで。さぁ、遠慮なんていらないから! 全部よ、全部!」
霊夢さんの手をがっしり掴んで、ぐいぐいと双子に迫ります。
「ほら、霊夢! 最後の一滴まで絞るのよ! 絞って絞って絞り抜くの!!」
ウェンディさんも、マオマオさんも、おもわずびくっと何歩か引きます。
「マオマオ、手が止まってる」「ウェンディこそ脚止まってる」
「ひるんでどうするの」「そうよ、どうするの」
太鼓のリズムが再び始まります。最前よりも、早く、力強く。
「いくわよ、楽園の巫女」「いくわよ、イカモノ喰らい」
「そんなに美味しいって言うなら!」「喰い倒れるまで喰らえ!」
次第に、太鼓のリズムはおどろおどろしいものへ。ウェンディさんの舞も、鬼気を帯びて参ります。ハジケた雛さんは舞い踊るウェンディさんを追いかけ回し、もっと、もっとと、厄を片っ端からかき集めにかかります。
一方、どうにも報われないのが霊夢さん。お行儀のいい弾幕とは違い、どこまで飛ぶか、飛んだ先でどう残るのかが判らない厄の弾。かわしてしまっては一大事に繋がるやも知れません。少々の遠い弾でも消し飛ばさねばならぬとあり、力任せにスペルカードの連発を余儀なくされております。
また、巧くお洋服の裾に引っ掛ければ、さして痛くも無く引き受けられはするようで。不服ながらも仕方なく、紅白のドレスを、時折嫌らしいつやをぎとりと光らせる、黒い色に染めてゆきます。
その動きを見越してか、こちらへ放てばまたあちらと、ウェンディさんは射線をめまぐるしく振り回します。雛さんの拾い洩らしをすくい上げるべく、霊夢さんはそれを追います。牽制の弾を撃ち込むも、華麗な舞でひらりひらりとかわされてしまい、中々思うように束縛できません。
腕の一打ち、脚の一踏みごとに放たれるウェンディさんの厄弾を、マオマオさんの太鼓の響きが自由自在に揺るがせ、複雑な波を作ります。符を打ち込んだ途端、ばらりと弾の波が分かれ、思うように掻き寄せられないこともしばしば。普通の弾幕ならば、スカスカでむしろ楽なはずなのですが。
「昼の花火は、やっぱり地味ね」
「まだ序盤だしねー」
「……」
見物の三人、呑気なもので。ただ、レネ婆さんなんですが、実は先ほどから魔理沙さんの方をちらちら……
「あの、ねぇ。あなた、さっき箒にまたがって飛んでたわよね?」
「あー? あたし?」
「そう。やっぱりあなた、魔女なの?」
「ま・ほ・う・つ・か・い、だとさー」
「違うの?」
「しらねー」
「じゃぁ、それはどうでもいいってことにしましょう」
魔理沙さん、図らずも失笑。
「変な婆さんだぜ」
「それには自信があるわよ? 若いころから『変な女』『イカれたオバん』とか言われ続けて来ましたからね。それよりも箒よ、箒」
レネ婆さん、にじり寄ったあげく魔理沙さんの帽子を顔の上からどかしてしまいました。
「後で乗せて貰えないかしら」
「ダメダメ、こいつは魔法使い専用だぜ」
「あら。実は私、魔女なのよ。ほんのちょっぴりだけど」
「へぇ?」
「六代前のご先祖まで、現役だったんだから」
「それじゃあんたはさっぱりなんじゃないか」
「まぁね。でもね、一つだけ」
懐から取り出だしましたるは、小さな石のついたペンダント。黒ずんではおりますが、早春の日の光にきらりと光っております。その光とともに、ささやかながらも、一種異質な気配が。魔理沙さん、気になって起き直ります。
「これはね、うちに代々伝わっている妖精の矢なのよ」
「へーぇ……」
その気配とは、魔理沙さんには馴染みのない香りをした魔力なのでありました。俄然、コレクターの血と魔法使いの血が騒いでまいります。
「私も半信半疑だったけど、霊感があるって人たちから結構いろいろ言われたのよ。持ってなさいとか、すぐ捨ててしまいなさいとか」
「そうだな。すぐ捨てちまった方がいいぜ。あたしが引き取るよ」
「だーめ」
魔理沙さん、差し伸べた手の平をぺちっとはたかれてしまいました。
「賭けをしましょう。あなたのお友達が勝ったら差し上げるわ。けれど、私の親友たちが勝ったら、箒に乗せてくださいな?」
顔を見合わせたお二方、期せずして同時ににまっと、ニヒルな笑みを。
「喰えない婆さんだぜ。今日は負けが込んでるんだけどなぁ……」
* *
【続く】
「風に乗りて歩むもの ~ 春一番、まわる! 厄神さま (1)」の続きでございます。
お手数にて恐縮ですが、どうぞそちらからご覧になってくださいまし。
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「こら、そこの押し込み強盗っ!」
「おい霊夢、あたしじゃなくってお客の方が先だろ?」
「……自覚あったんだ」
ランデブーは河原の上空でした。双子の風は、機体を進めながら顔を見合わせます。
「巫女が出た」「出たね」
「どうする?」「先に済ませない?」
「そうしようか」「そうしよう」
「だから、ちょっと待って」「これだけ済ますから」
霊夢さんがツッコミを入れる間は、ございませんでした。機体は右横倒しの姿勢で勢い良く、河原に向けて送り出されます。
まず翼が接地。後ろに畳まれるようにして機体にめり込み、後ろ半分を二枚おろしにいたします。破片を撒き散らしながら川に沿ってしばらく滑り、ようやく止まりました。
いつ追いかけたのやら、双子は機体のそばに。いかに手を下したものやら、シート一つをまるまる引っこ抜き、ベルトを切って縛り付けられていた乗客を解放しておりました。お察しの通り、前の方でちょいとお話しいたしました老婦人。
「起きて」「起きて、レネ」
二人してこう、唇を寄せますと、ふっふっとご婦人の鼻に息を吹き込みます。人工呼吸ではなさそうですが、ご婦人、ゆっくりと眼を開きました。まだ生きているのを確かめるように少々引っかかりながら深呼吸いたしまして、眼の焦点が合うのを待っておりますご様子。
幻想郷のお歴々も続々地に足を付けますが、三人目のお客の様子を察し、自然、軽口は控えた模様。
「病院にしては管がないわね」
これが第一声。もっとも、田舎訛りのイギリス英語ではございましたが。自分を支える二人分の腕をゆっくりと掴み、体の具合を確かめながら、そろりそろりと身を起こします。
「病院ではないわ」「日本に着いたの」
「落ちたのではなくて?」
中々、気丈なお人のようで。
「落ちたわ」「落としたわ」
双子に導かれて、酷い有様の機体を一瞥。
「……他は全部?」
「そう。生殺し。あの中で」「じわじわ死んでいくわ」
「上手に落としたもの」「加減は難しいのよ」
「グラシアス。いい気味」
般若が、小気味よさげに笑いました。
「そろそろ、いいかしら」
霊夢さん、相当待ちくたびれたご様子。
「あんなゴミいきなり放り込まれて、とっても迷惑なんだけど」
般若のご婦人、立ち上がろうといたしましたが、まだ無理なようで。双子の手を借りて横座りに腰を落ち着けました。
「申し訳ありませんが、このままで。ごめんなさいね」
霊夢さんに合わせ、今度は中々流暢な日本語です。
「構わないわ」
「わたくし、レナータ・××××××と申します。大変なご迷惑をおかけしてしまい、謝罪の言葉もございません」
「当たり前よ。で、そっちの二人は?」
ご婦人、きょとんとした顔に。
「そう言えばそうだわ」
「……頭打ってるんじゃない?」
言われながら、両側に立って自分を見下ろす二人を交互に見比べます。
「あなたたち、あの日の……妖精、よね」
「妖精と呼ぶならば」「そう、妖精」
「雲の中で会った」「あなたは一人で飛んでいた」
「北海の上」「嵐の日」
四つの炯々たる瞳に見つめ返されながら、ご婦人は一族のビジネス機の残骸を見、仁王立つ日本人の少女を見、その向こうの人群れ、やや童話めいた少女たちを眺めやりました。如月終わりのぬるみつつあるそよ風が、緑の気配をさざ波のように繰り返し繰り返し、運んで参ります。
「……わたくし、やっぱり死んだのではないかしら」
「ううん、生きてる」「でもどっちでもいいかもね」
「ここは幻想郷だから」「日本ではない日本だから」
「あぁ、ええと……ゴクラクジョウド?」
「いいえ。あなたの故郷の言葉なら」「ここはもう一つのティル・ナ・ノグ」
「エールの西に海を越えた」「常若の妖精郷ティル・ナ・ノグの」
「もっと西。鱒あふれる川と」「バファロー駆ける平原と」
「鯨舞う海を越えた」「西の果ての東の果て」
「そこにいるのは取り替え子」「向こうにいるのは妖精」
「そう思えばいい」「間違いではないから」
ご婦人、しばし遠い目をしておいででしたが、ふっ、と般若の面をお脱ぎになりました。ここ数十年で初めてのこと。珍しく辛抱強く待っておいでの霊夢さんの眼差しを、ひたと見つめ返します。
「このお二人は、わたくしの旧友です。前に一度会ったきり、名前も聞かないきりでしたけれどね。再会のお祝いをしてくれたのだけれど、それがとんだご迷惑になってしまったようだわ」
「そう……これだから妖怪は。妖精?」
霊夢さん、そろそろ本格的に、仕事の顔になってまいりました。
「選ぶなら」「多分精霊」
「そう。まぁどうでもいいわ。まず名乗りなさい。それから、何が目的?」
「レネを死んだ石の箱から助けたの」「ここに置いて欲しいの」
「それからあなたと遊びに来たの」「遊んでよ。幻想郷の巫女」
「人間一人くらい、物好きに任せればいいけれどね。で、名前は?」
「遊んでくれなきゃ教えない」「遊んでくれなきゃ嫌だもの」
「うっとうしいわね。これでもね、いろいろ忙しいのよ?」
「縁側でまったりお茶飲んだりとかねー」
外野がいいタイミングで混ぜっ返します。
「そうそう。さっきも昼間っからお酒と戯れてね」
「いいネタありますよ。昨日のタイムテーブルなんですが、起床は午前11時……」
「さすがだぜ。やっぱ霊夢はそうでなきゃな」
「……あんたら……」
言われたい放題。普段の行いがうかがわれますな。
「へーぇ」「ふーん」
双子の視線の冷たいこと痛いこと。
「ま、巫女があんななんでな。あたしとどうだい? あたしに勝ったら、巫女をスマキにしてくれてやるぜ」
箒を肩に、帽子を親指でくっと持ち上げて。魔理沙さん馴れた調子で見栄を切ります。が。
「クウキヨメ」「KY」
「なんだとぅっ!?」
結構本気で腹を立てて詰め寄りますが、双子、瞳の力を強めて正面対決の運び。
「お前は魔法使い」「お前は魔女じゃない」
「遊んでやらない」「もううんざり」
「……いい度胸だぜ」
魔理沙さん、そのままマスタースパークの準備に入りますが、その肩を雛さんが軽く叩きました。途端、背筋を悪寒が走り抜けます。
「雛っ! 止め方選べよっ! 濃い厄なんかいきなりたけるな!」
「ごめん遊ばせ? でもね」
雛さん、魔理沙さんが手の内に落としこんだスペルカードに、白魚のような指を絡めていましめます。
「あの子たちの言うことも、もっともなのよ」
指は、箒にも伸びてゆきます。
「これは、人のための道具」
その指はするりとすべり、今度は機体を。
「あれも、人のための道具。ねぇ、あなたたち」
雛さんの声が、ひどく優しくなりました。
「あれのせいで、そんなに厄を溜めたのね」
「そうよ」「その通り」
「呪いが飛び交うの」「醜い魂」
「くだらない祈り」「怨霊がぎゅう詰めのつづら」
「嘲罵の舌触り」「侮蔑の喉越し」
「わたしの羽根を染めていくの」「わたしの羽根を穢していくの」
「ほら」「こんなに」
二人がこちらに差し出して見せる両手は、汚い緑色を刷いて生白く、じくじくぶくぶくとむくんでいるのでありました。もしも触れようものなら、いかにもずるりと剥けてしまいそうです。
「かわいそうにね」
雛さんの声は、共にする悲しみと、もう一つ何かしらを含んで、不意に寄せたそよ風の中に溶けました。
「相手してやんなよ。博麗の巫女」
萃香さんのお声がかり。具合のいい石を脇息(きょうそく)にして、立て膝、大盃。その威風、まさに堂々たるもの。一種独特の笑みを霊夢さんに投げます。その顔(かんばせ)、言葉にするのが中々難しゅうございまして。ここはやっぱり、霊夢さんがぽつりと洩らした一言に頼るほかなさそうです。
「……ずるいわ。急に鬼の顔になって」
なんとも珍しく、少々拗ねたような声音。
「何を言ってんのさ。あんたは妖怪と付き合ってるんだよ? 忘れたのかい?」
霊夢さん、ふ、と片頬で笑いました。
「そうね。ここんとこ、少したるんでいたかもね」
そして今度は雛さんから。
「ペアを申し込むわ。博麗の巫女。一緒に踊りましょう?」
くるりと回って差し伸べる、腕も掌(たなごころ)も五本の指も、淡雪のごとく色白く。
「お前は巫女じゃない」「巫女じゃない」
「厄の払いはわたしのつとめ。示されたさだめ、選び取ったさだめ」
「あーそうですかそうですか」
霊夢さんやけくその勢いで、びっくりするほど大きな柏手をぱぁんぱぁんとご披露。おもむろに幣を取り出しまして。
「遊んで」
双子の片割れの顔をばさばさ。
「やろうじゃ」
もう一方もばさばさ。
「ないのよ!」
ついでに雛さんもばさばさ。雛さん、ぱくっと垂(しで)に食いつきます。
「山羊かあんたは」
「ちょっとお腹空いたから。あんまり美味しくないわね」
「わけわかんないし。ほら。あんたたち。名乗りなさい」
「きまぐれの西風はウェンディ・イサカ」
左のウェンディさん、いつの間にやら貝殻のじゃらじゃら付いた腕環と脚環を結わえております。
「なりゆきの西風はマオマオ・イサカ」
右のマオマオさんは、高坏(たかつき)のような太鼓を腰に。すぐさまリズムがこぼれ出し、ウェンディさんのステップを誘いました。腕環脚環の奏でる音は、太鼓の音に、ぴたり、揃っております。
流れ刻まれる響きは、聴く者の背筋や腰にさりげなく、ゆさぶりをかけて誘います。
「そして舞台に昇るのは」「風にその身をさらすのは」
「楽園の巫女、博麗霊夢と覚えなさい」
「去(い)にし形代、鍵山雛と呼ばいなさい」
風打ち鳴らす太鼓の音をば、踏みて踏みしめ、舞い手は舞台、空の上へ。
「よろしければこちらへ。肩をお貸ししましょう」
「まぁ、ありがとう」
文さんを頼りに、レネ婆さんはようよう、立ち上がります。
「でも、カメラはよろしいの? ご迷惑にはなりたくないわ」
「なに、神楽はこれから、シャッターチャンスもこれからですから」
「神楽。××神宮で一度見たわ」
「おや。いかがでした」
「そうねぇ。衣装は素晴らしかったけれど、正直、退屈だったわ」
「ここのはだいぶ違いますよ。舞い手はちょっと遠いですが、盛大に花火が上がります」
「本当? それは楽しみね!」
萃香さんの隣に腰を落ち着ければ、すぐと出てくる大盃。
「ばーちゃん、イケるクチ?」
「お手柔らかにお願いね。昔はそこそこ呑めたけれど」
「預けましたよ。それじゃ、また後ほど」
文さんもまた、空へ。
「素敵ね……あの子、翼があるのね」
「ばーちゃんのツノも結構イケてるよ? ヒトのツノって久しぶりだね~」
酔っ払い、なにやら不穏な気配をお背なに隠しつつ、とろんとした半眼で老貴婦人を愛でております。
本日いいとこ無しの魔理沙さんはと言えば、萃香さんから景気良く分けてもらい、ヤケ酒あおって不貞寝の構えでありました。
上空では、マオマオさんの太鼓を後ろに、ウェンディさんがゆらりゆらりと舞で序奏を奏でております。我らが巫女さんたちと言えば、雛さんが霊夢さんのお手を取ろうとして、ぺちっとしっぺをはたかれております。
「わざわざそんなことしなくていいでしょ」
「えー。せっかくなんだもの。一緒に回りましょうよ」
「謹んでご遠慮い・た・し・ま・すっ」
「リズムに乗れば少し楽なのに」「わかってないのよ。始めましょう」
太鼓の音が不意に乱れ、マオマオさんの腕が形を描きました。そこから、鉄(くろがね)色した無数の粒が。
霊夢さん、たかが雑な乱れ打ちと、体の力を抜いて構えますがしかし。
「!?」
粒の正体を見抜き、とっさにくるりと背を向けて踏ん張ります。降り注ぐ黒い雨の真ん中で構わず雨粒を背に浴び、不吉な後味の痺れに顔をしかめながら、陰陽玉を四つ。ぶんと放り投げれば玉は綺麗な円を成しつつ、雨の降り落ちる先に回りこみました。
「打尽符『天網恢々』!」
声に合わせて符が投げ撃たれ、玉を結んで呪(まじ)が走り、雨粒は見事、全てひっ捕らえられたのであります。呪はそのまま袋となって、どさりと地面に落ちました。和紙の風合いだったのですが、すぐさま、じわり、じわりとどぶ色のなにものかが玉の汗のごとく滲み出し、袋を染め付け始めます。霊夢さんも、雨を受けた背中が真っ黒け。その様ちょうど、ひっくり返し忘れて焼きすぎた魚のようでもございます。
「厄のカタマリなんか直接撃つな! 流したらどうなるかわかってるのっ!?」
霊夢さんのご立腹にも、双子の風は動じません。
「今のは大丈夫」「全部社の敷地に落ちるよう投げたから」
「……ふざけた真似を……」
同じく、厄の雨にまみれた雛さん。顔だけかばって正面から受けたもんですから、自慢のお洋服に無残な染みが点々、点々。ところがところが。その染みの一つをひょいと指で拭い取りますと、ぱくっ。
「んマ───────ベラス!!」(『ラ』にアクセントでお願いいたします)
さながら台風一過の晴天のごとく、長き夜を払う曙光のごとく、ぱぁっと顔を輝かせました。
「このコクは初めてだわ! これこそが醍醐よ!!」
霊夢さんの肩を後ろからがっしり掴みまして、まるで干した海苔を一気にひっぺがすように、お背なに染みついた黒を、べりべりべりべりっ、と綺麗さっぱりはがしてしまいました。
むしゃぶりつくようにしてはぐはぐもぐもぐ、端っこだけ食いちぎって整えまして、三角形に残します。それをばさっと一振り振りますれば、見事なモヘヤのショールに早変わり。くるりとまとい、さらにご満悦。
「素敵素敵! まだちょっと冷えるからちょうどいいわ!」
霊夢さんはもちろん、双子の風も開いた口がふさがりません。
「……なんて悪食」「イカモノ喰らい……」
「もっと欲しいわ、もっとちょうだい! 70年モノ? 80年モノ? 溜めて寝かせて熟成させて……辛かったでしょう。苦しかったでしょう。こんなに抱え込んで。さぁ、遠慮なんていらないから! 全部よ、全部!」
霊夢さんの手をがっしり掴んで、ぐいぐいと双子に迫ります。
「ほら、霊夢! 最後の一滴まで絞るのよ! 絞って絞って絞り抜くの!!」
ウェンディさんも、マオマオさんも、おもわずびくっと何歩か引きます。
「マオマオ、手が止まってる」「ウェンディこそ脚止まってる」
「ひるんでどうするの」「そうよ、どうするの」
太鼓のリズムが再び始まります。最前よりも、早く、力強く。
「いくわよ、楽園の巫女」「いくわよ、イカモノ喰らい」
「そんなに美味しいって言うなら!」「喰い倒れるまで喰らえ!」
次第に、太鼓のリズムはおどろおどろしいものへ。ウェンディさんの舞も、鬼気を帯びて参ります。ハジケた雛さんは舞い踊るウェンディさんを追いかけ回し、もっと、もっとと、厄を片っ端からかき集めにかかります。
一方、どうにも報われないのが霊夢さん。お行儀のいい弾幕とは違い、どこまで飛ぶか、飛んだ先でどう残るのかが判らない厄の弾。かわしてしまっては一大事に繋がるやも知れません。少々の遠い弾でも消し飛ばさねばならぬとあり、力任せにスペルカードの連発を余儀なくされております。
また、巧くお洋服の裾に引っ掛ければ、さして痛くも無く引き受けられはするようで。不服ながらも仕方なく、紅白のドレスを、時折嫌らしいつやをぎとりと光らせる、黒い色に染めてゆきます。
その動きを見越してか、こちらへ放てばまたあちらと、ウェンディさんは射線をめまぐるしく振り回します。雛さんの拾い洩らしをすくい上げるべく、霊夢さんはそれを追います。牽制の弾を撃ち込むも、華麗な舞でひらりひらりとかわされてしまい、中々思うように束縛できません。
腕の一打ち、脚の一踏みごとに放たれるウェンディさんの厄弾を、マオマオさんの太鼓の響きが自由自在に揺るがせ、複雑な波を作ります。符を打ち込んだ途端、ばらりと弾の波が分かれ、思うように掻き寄せられないこともしばしば。普通の弾幕ならば、スカスカでむしろ楽なはずなのですが。
「昼の花火は、やっぱり地味ね」
「まだ序盤だしねー」
「……」
見物の三人、呑気なもので。ただ、レネ婆さんなんですが、実は先ほどから魔理沙さんの方をちらちら……
「あの、ねぇ。あなた、さっき箒にまたがって飛んでたわよね?」
「あー? あたし?」
「そう。やっぱりあなた、魔女なの?」
「ま・ほ・う・つ・か・い、だとさー」
「違うの?」
「しらねー」
「じゃぁ、それはどうでもいいってことにしましょう」
魔理沙さん、図らずも失笑。
「変な婆さんだぜ」
「それには自信があるわよ? 若いころから『変な女』『イカれたオバん』とか言われ続けて来ましたからね。それよりも箒よ、箒」
レネ婆さん、にじり寄ったあげく魔理沙さんの帽子を顔の上からどかしてしまいました。
「後で乗せて貰えないかしら」
「ダメダメ、こいつは魔法使い専用だぜ」
「あら。実は私、魔女なのよ。ほんのちょっぴりだけど」
「へぇ?」
「六代前のご先祖まで、現役だったんだから」
「それじゃあんたはさっぱりなんじゃないか」
「まぁね。でもね、一つだけ」
懐から取り出だしましたるは、小さな石のついたペンダント。黒ずんではおりますが、早春の日の光にきらりと光っております。その光とともに、ささやかながらも、一種異質な気配が。魔理沙さん、気になって起き直ります。
「これはね、うちに代々伝わっている妖精の矢なのよ」
「へーぇ……」
その気配とは、魔理沙さんには馴染みのない香りをした魔力なのでありました。俄然、コレクターの血と魔法使いの血が騒いでまいります。
「私も半信半疑だったけど、霊感があるって人たちから結構いろいろ言われたのよ。持ってなさいとか、すぐ捨ててしまいなさいとか」
「そうだな。すぐ捨てちまった方がいいぜ。あたしが引き取るよ」
「だーめ」
魔理沙さん、差し伸べた手の平をぺちっとはたかれてしまいました。
「賭けをしましょう。あなたのお友達が勝ったら差し上げるわ。けれど、私の親友たちが勝ったら、箒に乗せてくださいな?」
顔を見合わせたお二方、期せずして同時ににまっと、ニヒルな笑みを。
「喰えない婆さんだぜ。今日は負けが込んでるんだけどなぁ……」
* *
【続く】