雪も綻び、土が見え始めた三月三日の洩矢神社。
「そういえば、今日は桃の節句だねぇ」
「ああ、もうそんな時期でしたね」
「雛壇飾り、持って来てたっけ?」
「いえ、あれは家の方にあったので、こちらには…」
「それじゃあ、あの子に頼むとするかい」
「あー、そっちは管轄外なんだけど」
『あの子』こと厄神・鍵山雛は、苦笑いしつつ答えた。
「流し雛ですもんね…」
飾り付ける雛壇飾りと、厄を流す流し雛とでは、さすがにモノが違いすぎた。
「そもそも、雛壇飾りを当日に飾っても仕方ないし、折角なら流し雛を作ってみたら?
里の寺子屋で、慧音さんが生徒と親御さんと一緒に作るみたいだから」
「そういえば、流し雛ってテレビでしか見たことなかったです」
「じゃあ、慧音の寺子屋に行ってみるかい?」
「いこういこう、流し雛作ろう!」
「厄はしっかり回収してあげるから、心を込めて作ってよ?」
「はい、ありがとうございます、雛さん」
「それじゃあ、行こうか。
ほら諏訪子、危ないから歩きながら回るんじゃないよ」
「流し雛くるくる~♪くるくr」
ずべしゃっ
「言わんこっちゃない…」
諏訪子は顔から地面に突っ伏していた。
「素人にはお勧めしないわよ、回転移動」
「あーうー、それを早く言ってよ~」
「言われなくても分かると思うんですが…」
「それで、流し雛を作りに来たわけか」
「はい、よろしくおねがいします、慧音さん」
「うむ、ところで……
そちらの神様も御作りになられるのか?」
恐らく、厄が最後にどこに行くのかを知っているからこその質問だろう。
「私は遠慮しとくよ。
…というか、これで流した厄を最後に始末するのは私らだしねぇ。
まあ、諏訪子は面白ければいいみたいだけど」
神奈子は少し微笑みながら、ちらりと諏訪子を見た。
「流し雛流し雛~♪…ん?」
「なんでもないよ、ほら、他の人たちはもう作り始めてるよ」
無邪気に笑う子供達が、親と一緒に和紙を折り、人形を作っている。
「そうだな、他の人たちは少し前から集まっていたからな。
ほら、桟俵と紙だ。
紙で人形を作って、桟俵に載せるだけだから、そんなに難しくはないぞ」
「さんだわら…あ、これって俵の蓋ですね?」
「そうそう、外じゃもうお目にかかることは殆どないけどね~」
諏訪子が割と器用に人形を作っていく。
早苗もそれを手本に、人形を作る。
「親子…って言うには離れてるか。家族水いらずってとこかね」
「貴方も家族ではないのか?」
不意に慧音に話し掛けられ、少し驚くが、すぐに元の顔に戻る。
「私は神で、早苗は風祝さ。それ以外の何でもないよ」
「そうか。てっきり母親二人の変わった家族だと思っていたのだが」
「ははは、そんな風に見えるのかい、私達は」
「ああ、なかなか幸せそうな一家に見えるが。
間違っていたか?」
「…いや、間違っちゃいないさ」
「そうか。変なことを聞いてしまったな、すまない」
慧音は教室の外へ出て行った。
…私は、自分の都合で家族を振り回す駄目な父親ってところかね…
「神奈子様」
「お、出来たのかい?」
「はいこれ、神奈子様の分」
「おいおい、自分で厄を流して自分で浄化しろってのかい?」
「いいじゃない、みんな家族で流すみたいだし、私達も流そうよ」
「そうですよ、折角なんですし、一緒にやりましょう?」
「やれやれ、仕方ないねぇ」
「おーい、早苗ちゃん、ちょっと白酒の準備を手伝ってくれないか?」
「はーい、今行きますー。
ちょっと行ってきますね」
ぱたぱたと慧音の方に、早苗は走っていく。
「神奈子」
「なんだい」
「あんまり後ろは見ない方がいい。
顔に出ると信仰が逃げるよ」
「…そうだね」
人里から、そう遠くない場所の川辺。
手に流し雛を持った人たちが集まっている。
その傍らでは、慧音が親御さん達に白酒を振舞っている。
「私達も流しましょう、神奈子様、諏訪子様」
「それ~」
「ふふ、ほらっ」
流し雛は流れていく。
くるくる、回りながら、水面を遊びながら。
厄と願いをその身に受けて、くるくる、くるくる。
「流し雛、ですね」
「流し雛、だねぇ」
「流し雛、だな」
「三人揃って、妙な納得しないでほしいんだけど」
「あはは、すいません」
いつのまにか、そこには鍵山雛がいた。
「これから仕上げかい?」
「ええ、下流に向かうところよ。
集めたら、そちらに伺うわ」
「お酒用意して待ってるね~」
「期待してるわ。
それじゃ、ちょっと急がないと最初の方の流し雛に追いつかないから」
「はい、それでは後ほど」
雛は下流に向かって飛んでいった。
「それじゃあ、帰って準備しておくとしようかね」
「早苗~ちらし寿司作ろう~」
「いいですね、それじゃあ、材料を買いに行きましょうか」
「イカ、タコ、エビ、マグロ、トビッコ~♪」
「こっちじゃ流石に揃わない気がするんですが…」
酒と料理の支度を終え、しばしの休憩。
海鮮ちらしもしっかりと用意されていた。
魚屋曰く、氷精様様だそうだ。
「お、どうやら来たみたいだね」
「え?…!な、何ですかあれ!?」
それは、巨大な闇に見えた。
「お邪魔します、神様」
「うひゃー、またずいぶん持ってきたね」
「ふふ、流し雛の本領発揮よ」
それは、とてつもない量の厄だった。
「普段纏ってるのとはスケールが違いますね…」
「さて、それじゃあ早速仕事にかかろうかね。
諏訪子、やるよ」
「はいはい、さくっとやっちゃおう」
二柱が真剣な顔で立ち、手を雛の方へとかざす。
「それでは、お渡しします」
そう雛が言い、くるくると回り始める。
すると、厄が二柱へと流れ始めた。
厄が二柱の手に触れると、それは光の粉となって空へと舞い上がっていく。
「綺麗…」
さながら地上から流れる天の川のように、厄は次々と浄化されていった。
二十分ほども経った頃だろうか、厄は全て空へと消えていった。
「ふうっ、こんなに疲れるとは、まだまだ信仰が足りないねぇ」
「くたびれたぁ~」
「お二人とも、お疲れ様。
でも、今年はお二人のおかげで一回で済んだわ、ありがとう」
「え?以前はどうしてたんですか?」
「あらゆる神様に少しづつお願いしてたのよ。
季節はずれの秋の神様にまでお願いしてたわ。
でも、お二人が徳の高い神様だったおかげで、今年は楽できたわ」
「大変なんですね、厄の浄化って…」
「まあ、厄の浄化も信仰を集める方法の一つだからねぇ。
私らがやらないわけにはいかないさ」
「早苗~疲れた~お酒とちらし~」
「はいはい、今お持ちしますから」
「ほら、あんたも上がりな。
今日はあんたの日なんだしね」
「それじゃ、ご相伴に預かりますわ」
雛祭りの夜の宴は、浄化した厄の光に寄って来た者達でずいぶんと盛り上がっていた。
天狗や河童はもちろん、気が付けば白黒の魔法使いや麓の巫女達も参加していた。
しばらく経って。
雛がブーツを履いていた。
「もう帰るのかい?酒ならまだまだ用意してあるよ?」
「私は貴方達ほど飲めないわよ。
それに、流し雛の片付けもあるし」
「そんなことまでしてたのかい?」
「最後は火にくべてしまえばいいだけなんだけどね。
そうすれば、思いは届くべきところに届くし」
「思いか。流し雛には、どんな思いが篭ってるんだい?」
「そうね、一言で言えば、家族への愛情かしら。
子供の成長、親の健康、家庭の平和」
「なるほどね」
ふわっと浮き上がり、雛は飛んだ。
少し上がったところで、くるりと振り返る。
「あなたたちは、本当にいい家族よ。
それじゃ、ごちそうさま」
「ああ、ありがとう」
雛は向き直り、森へと飛んでいった。
いい家族、か。
今日の厄神が言うなら、そうなのだろうな。
愛する家族を守る、そのために何をする。
「神奈子~お酒飲まないの~?」
私に出来るのは、信仰を集めることだけ。
「神奈子様、もう少しおつまみ作りましょうか?」
でも、とりあえず、後ろを見るのは止めよう。
「ああ、つまみも酒もまだまだ用意しておくれ」
守るべき家族は、目の前にいるじゃないか。
「そういえば、今日は桃の節句だねぇ」
「ああ、もうそんな時期でしたね」
「雛壇飾り、持って来てたっけ?」
「いえ、あれは家の方にあったので、こちらには…」
「それじゃあ、あの子に頼むとするかい」
「あー、そっちは管轄外なんだけど」
『あの子』こと厄神・鍵山雛は、苦笑いしつつ答えた。
「流し雛ですもんね…」
飾り付ける雛壇飾りと、厄を流す流し雛とでは、さすがにモノが違いすぎた。
「そもそも、雛壇飾りを当日に飾っても仕方ないし、折角なら流し雛を作ってみたら?
里の寺子屋で、慧音さんが生徒と親御さんと一緒に作るみたいだから」
「そういえば、流し雛ってテレビでしか見たことなかったです」
「じゃあ、慧音の寺子屋に行ってみるかい?」
「いこういこう、流し雛作ろう!」
「厄はしっかり回収してあげるから、心を込めて作ってよ?」
「はい、ありがとうございます、雛さん」
「それじゃあ、行こうか。
ほら諏訪子、危ないから歩きながら回るんじゃないよ」
「流し雛くるくる~♪くるくr」
ずべしゃっ
「言わんこっちゃない…」
諏訪子は顔から地面に突っ伏していた。
「素人にはお勧めしないわよ、回転移動」
「あーうー、それを早く言ってよ~」
「言われなくても分かると思うんですが…」
「それで、流し雛を作りに来たわけか」
「はい、よろしくおねがいします、慧音さん」
「うむ、ところで……
そちらの神様も御作りになられるのか?」
恐らく、厄が最後にどこに行くのかを知っているからこその質問だろう。
「私は遠慮しとくよ。
…というか、これで流した厄を最後に始末するのは私らだしねぇ。
まあ、諏訪子は面白ければいいみたいだけど」
神奈子は少し微笑みながら、ちらりと諏訪子を見た。
「流し雛流し雛~♪…ん?」
「なんでもないよ、ほら、他の人たちはもう作り始めてるよ」
無邪気に笑う子供達が、親と一緒に和紙を折り、人形を作っている。
「そうだな、他の人たちは少し前から集まっていたからな。
ほら、桟俵と紙だ。
紙で人形を作って、桟俵に載せるだけだから、そんなに難しくはないぞ」
「さんだわら…あ、これって俵の蓋ですね?」
「そうそう、外じゃもうお目にかかることは殆どないけどね~」
諏訪子が割と器用に人形を作っていく。
早苗もそれを手本に、人形を作る。
「親子…って言うには離れてるか。家族水いらずってとこかね」
「貴方も家族ではないのか?」
不意に慧音に話し掛けられ、少し驚くが、すぐに元の顔に戻る。
「私は神で、早苗は風祝さ。それ以外の何でもないよ」
「そうか。てっきり母親二人の変わった家族だと思っていたのだが」
「ははは、そんな風に見えるのかい、私達は」
「ああ、なかなか幸せそうな一家に見えるが。
間違っていたか?」
「…いや、間違っちゃいないさ」
「そうか。変なことを聞いてしまったな、すまない」
慧音は教室の外へ出て行った。
…私は、自分の都合で家族を振り回す駄目な父親ってところかね…
「神奈子様」
「お、出来たのかい?」
「はいこれ、神奈子様の分」
「おいおい、自分で厄を流して自分で浄化しろってのかい?」
「いいじゃない、みんな家族で流すみたいだし、私達も流そうよ」
「そうですよ、折角なんですし、一緒にやりましょう?」
「やれやれ、仕方ないねぇ」
「おーい、早苗ちゃん、ちょっと白酒の準備を手伝ってくれないか?」
「はーい、今行きますー。
ちょっと行ってきますね」
ぱたぱたと慧音の方に、早苗は走っていく。
「神奈子」
「なんだい」
「あんまり後ろは見ない方がいい。
顔に出ると信仰が逃げるよ」
「…そうだね」
人里から、そう遠くない場所の川辺。
手に流し雛を持った人たちが集まっている。
その傍らでは、慧音が親御さん達に白酒を振舞っている。
「私達も流しましょう、神奈子様、諏訪子様」
「それ~」
「ふふ、ほらっ」
流し雛は流れていく。
くるくる、回りながら、水面を遊びながら。
厄と願いをその身に受けて、くるくる、くるくる。
「流し雛、ですね」
「流し雛、だねぇ」
「流し雛、だな」
「三人揃って、妙な納得しないでほしいんだけど」
「あはは、すいません」
いつのまにか、そこには鍵山雛がいた。
「これから仕上げかい?」
「ええ、下流に向かうところよ。
集めたら、そちらに伺うわ」
「お酒用意して待ってるね~」
「期待してるわ。
それじゃ、ちょっと急がないと最初の方の流し雛に追いつかないから」
「はい、それでは後ほど」
雛は下流に向かって飛んでいった。
「それじゃあ、帰って準備しておくとしようかね」
「早苗~ちらし寿司作ろう~」
「いいですね、それじゃあ、材料を買いに行きましょうか」
「イカ、タコ、エビ、マグロ、トビッコ~♪」
「こっちじゃ流石に揃わない気がするんですが…」
酒と料理の支度を終え、しばしの休憩。
海鮮ちらしもしっかりと用意されていた。
魚屋曰く、氷精様様だそうだ。
「お、どうやら来たみたいだね」
「え?…!な、何ですかあれ!?」
それは、巨大な闇に見えた。
「お邪魔します、神様」
「うひゃー、またずいぶん持ってきたね」
「ふふ、流し雛の本領発揮よ」
それは、とてつもない量の厄だった。
「普段纏ってるのとはスケールが違いますね…」
「さて、それじゃあ早速仕事にかかろうかね。
諏訪子、やるよ」
「はいはい、さくっとやっちゃおう」
二柱が真剣な顔で立ち、手を雛の方へとかざす。
「それでは、お渡しします」
そう雛が言い、くるくると回り始める。
すると、厄が二柱へと流れ始めた。
厄が二柱の手に触れると、それは光の粉となって空へと舞い上がっていく。
「綺麗…」
さながら地上から流れる天の川のように、厄は次々と浄化されていった。
二十分ほども経った頃だろうか、厄は全て空へと消えていった。
「ふうっ、こんなに疲れるとは、まだまだ信仰が足りないねぇ」
「くたびれたぁ~」
「お二人とも、お疲れ様。
でも、今年はお二人のおかげで一回で済んだわ、ありがとう」
「え?以前はどうしてたんですか?」
「あらゆる神様に少しづつお願いしてたのよ。
季節はずれの秋の神様にまでお願いしてたわ。
でも、お二人が徳の高い神様だったおかげで、今年は楽できたわ」
「大変なんですね、厄の浄化って…」
「まあ、厄の浄化も信仰を集める方法の一つだからねぇ。
私らがやらないわけにはいかないさ」
「早苗~疲れた~お酒とちらし~」
「はいはい、今お持ちしますから」
「ほら、あんたも上がりな。
今日はあんたの日なんだしね」
「それじゃ、ご相伴に預かりますわ」
雛祭りの夜の宴は、浄化した厄の光に寄って来た者達でずいぶんと盛り上がっていた。
天狗や河童はもちろん、気が付けば白黒の魔法使いや麓の巫女達も参加していた。
しばらく経って。
雛がブーツを履いていた。
「もう帰るのかい?酒ならまだまだ用意してあるよ?」
「私は貴方達ほど飲めないわよ。
それに、流し雛の片付けもあるし」
「そんなことまでしてたのかい?」
「最後は火にくべてしまえばいいだけなんだけどね。
そうすれば、思いは届くべきところに届くし」
「思いか。流し雛には、どんな思いが篭ってるんだい?」
「そうね、一言で言えば、家族への愛情かしら。
子供の成長、親の健康、家庭の平和」
「なるほどね」
ふわっと浮き上がり、雛は飛んだ。
少し上がったところで、くるりと振り返る。
「あなたたちは、本当にいい家族よ。
それじゃ、ごちそうさま」
「ああ、ありがとう」
雛は向き直り、森へと飛んでいった。
いい家族、か。
今日の厄神が言うなら、そうなのだろうな。
愛する家族を守る、そのために何をする。
「神奈子~お酒飲まないの~?」
私に出来るのは、信仰を集めることだけ。
「神奈子様、もう少しおつまみ作りましょうか?」
でも、とりあえず、後ろを見るのは止めよう。
「ああ、つまみも酒もまだまだ用意しておくれ」
守るべき家族は、目の前にいるじゃないか。
それはそうと、良い雰囲気でした。
うまく言葉に出来ませんが本当に良かったです。
ありがとうございました