暗い朝方。
皆が寝静まった紅魔館でレミリア・スカーレットは自分とほぼ同じ大きさの鏡の前に立っていた。
少し緊張した様子で鏡にたずねた。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん、この幻想郷でもっとも人気のあるものは誰かしら?」
鏡は一瞬だけにぶく輝き、答えた。
「それは、博麗霊夢」
その言葉を聞いてレミリアは唖然とした。
「あの女が幻想郷でもっとも人気者ですって!年がら年中せんべい食ってるか妖怪をいじめているか脇全快なのに寒い寒いとわけのわからないことを言っているあの巫女が!」
この鏡が本当に魔法の鏡なのか疑問に思えてきたがせっかく高い金を払って買ったのだからとレミリアは自分を落ち着かせた。
小さく呼吸をし直し鏡に2度目の質問をした。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん、この幻想郷でもっとも強いものは誰かしら?」
先ほどと同じように一瞬だけにぶく輝き、答えた。
「それは、八雲紫」
その答えを聞いてレミリアはこの鏡を蹴りたい衝動に駆られた。
「あの幻想郷一の最低稼働率を誇る暇人妖怪がもっとも強いですって!1日の半分以上寝てるし、起きたら起きたで、霊夢が本当に寒いのか検証するために、脇の開いた服で霊夢とすごして次の日に風邪を引いて寝込んだあのバカ妖怪が!……はっ!私ったらなんて言葉づかいを。私はレミリア・スカーレットよ!500年も生きているのよ!吸血鬼なのよ!偉いのよ!すごいのよ!妹もいるのよ!」
最後の方は何だか自分でもよくわからいことを言ってしまったが気にしないことにした。
レミリアは小さく呼吸し心を落ち着け、自分がもっとも聞きたかった質問をした。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん、この幻想郷でもっとも美しいものは誰かしら?」
これまでとは違い、何かをためらうように輝くのが一瞬だけ遅れた。
鏡が答える。
「それは……レミリア・スカーレット」
レミリアは一瞬頭が真っ白になった。
もちろん自分だとは思っていたがこの流れからして咲夜か魔理沙あたりがくるのがオチだろうと考えていたのだ。喜びに震えるレミリアをよそ に鏡はさらに言葉を続けた。
「そして博麗霊夢、いやいや霧雨魔理沙、だがマイジャスティスは射命丸文、完璧さを求めるなら十六夜咲夜、西行寺幽々子もすてがたい、大人のおっぱいを持つ八雲紫、ヤンデレ好きならアリス・マーガトロイド、そして彼女を忘れてはいかん!ぜひ拙者をもっこもこに」
「このエロ鏡があ!」
レミリアのとび蹴りが鏡を黙らせた。
「えっ!何!」
ガラスのコップを落としたような高い音で、咲夜は飛び起きた。時を止めて、服を着替え、レミリアの私室へと急いだ。
「お嬢様!いったいなにが!」
咲夜が見たのは、ばらばらにくだけた大きな鏡といすに座って優雅に紅茶を飲むレミリアの姿だった。
「あら、どうしたの咲夜?もう少し寝ていてもいいわよ」
「お嬢様、この鏡は・・・・・・」
「ああそれ?じゃまだから捨てといて」
紅茶をすすりながら平然と言った。
咲夜は言われたとおり鏡をかたずける作業に入った。
咲夜はレミリアの私室でりんごをむいていた。
きれいにうさぎ型に切られたりんごをレミリアは口に運ぶ。
しゃりしゃりという音が静かな部屋によく響いた。
「お嬢様は鏡がお嫌いではなかったのですか?」
「あら、そんなこと言ったかしら?」
「はい、本当の私の体はこんなつるぺたじゃないの!もっとすごいの!美鈴みたいに巨乳なの!これは仮の姿なの!あんな偽者の姿を写す鏡なんて大嫌い!と先日言っておられたではないですか」
「……どうしてそれを知っているのかしら?」
「私は完璧なる従者、レミリア様のことは何でも知っております」
「ふ~ん」
後で河童を呼んで部屋の中に盗聴器がないか調べさせよう。レミリアはそう強く決心した。
「はあ、私も幻想郷一の称号が欲しいわ……」
「何を言ってるんですか!お嬢様は幻想郷一の美しさを持っています!」
「あなたに言われても説得力に欠けるわ」
「お嬢様のためならば私は一服脱ぎますよ!」
「肌を脱げ、服は脱ぐな、そして本当に脱ぐな」
「お……お嬢様ハァハァハァハァハァハァハァ」
「ハァハァするな」
レミリアは咲夜の頭に手刀を叩き込む。
興奮気味の従者をなんとか落ち着かせた。
「すみませんお嬢様、私ともあろうものが」
「気にすることないわ、いつものことよ」
「そう言っていただけると気が楽になります」
「けなしているのよ、気付きなさい」
咲夜は籠の中のりんごを1つ取りレミリアに差し出した。
レミリアは不思議そうな顔をしてそのりんごを見ていた。
「何、咲夜?このりんごがどうしたの?」
咲夜はひざまずき、厳かに言った。
「このりんごは幻想郷一美しい貴女に捧げます」
「……何の真似かしら?説明しなさい」
「以前パチュリー様から借りた外界の本の中に、もっとも美しいものが持つべきりんごをめぐって女性たちが争う、そのような話が載っていたのです」
「ふ~ん、もっとも美しいものが持つりんごね……」
鏡が言ったことはおそらく正しい。
幻想郷には多くの美しい女性がいる。
それは容姿だったり、性格だったり、能力、特性、生き様、弾幕、キャラクター性、数多くの美しさがあり、それを見る人間によってまったく 違う美しさになる。
美しさは星の数ほど、人の数ほど存在する。
だが、もしも何らかの手段によって私が、レミリア・スカーレットがこの幻想郷でもっとも美しいと皆に認めさせることができれば……?
「ふっ……ふふふ」
「お、お嬢様?」
ふいにレミリアは立ち上がる。
その顔には何か面白いことを思いついた子供のような笑みがあった。
「咲夜ちょっと出かけてくるわ」
「こんな時間にどこへ行くんですか?」
「香霖堂よ」
レミリアの手には真っ赤なりんごが握られていた。
「へえ?それでこんな朝早くにいったい僕に何のようだい?」
霖之助は不機嫌そうに言った。
「だから今言ったでしょ。あなたは私の王子に選ばれたのよ!」
霖之助は頭が痛かった。それは朝無理やり吸血鬼に起こされただけではないようだ。
「君の言っていることがよくわからないから聞いているんだ」
「これを見なさい霖之助」
レミリアはりんごを差し出した。
霖之助は先ほどのレミリアのように訝しげにそのりんごを眺めた。
「このりんごがどうかしたのかい?」
「外の世界の風習で、りんごはその村のもっとも美しいものが持つ、というものがあるそうよ」
もちろんレミリアが咲夜の話を聞いて思いついた嘘だ。
外の世界と聞いて霖之助が小さく反応する。
その様子をレミリアは見逃さない。
「ふ~ん、それがどうかしたのかい?」
「その風習を私は再現してみたいのよ」
「外の世界の風習なんて真似してどうするんだい?ここは幻想郷だ。幻想郷のルールに従えばいい」
「あら、あなたバレンタインデーに魔理沙からチョコをもらってうれしがってたそうじゃない」
「……どうしてそれを?」
「さあ、どうしてかしら?」
レミリアは悪戯っぽく笑って言った。
本当は魔理沙から自慢げに話を聞かされたのだ。
「私はいろいろあなたのことを知っているわ。外の世界に興味があると言うことも」
そして幻想郷において霖之助の信頼が厚いということも。
「……こんな店の中で立ち話も疲れてしまう、奥の部屋で話を聞こう」
すべてはレミリアの計画通りに進んでいた。
「つまり僕がレミリアの恋人のように振舞えと、君はそう言いたいわけだ」
「ええ、その通りよ」
霖之助から出された粗茶を飲みながらレミリアは答えた。
「悪い話じゃないでしょ?私の恋人気分を味わえておまけに魔法の鏡まで返ってくるのよ」
「君があの鏡をどうしても欲しいと言うからしかたなく売ったのにまさか壊してしまうとは……」
レミリアが出した条件は1日だけ自分と恋人のように振舞うこと、見返りとして壊してしまった魔法の鏡をパチュリーに頼んで直してもらうと 言うものだった。
「しかし本当にそんな風習があるのかい?他人に自分たちがどれだけ愛し合っているかを見せびらかし歩いて、その村で1番のカップルにりんごを贈るだなんて」
「あら、本当よ咲夜が言っていたんだもの、疑り深い男は嫌いよ」
「僕は嘘をつく吸血鬼が嫌いさ」
レミリアの体がぴくりと少し動いた。
霖之助は何かを考えていたようでその様子に気付いていない。
しばらく霖之助は思い悩んでいたようだが、レミリアに向き直り真面目な顔をして言った。
「わかった僕のコレクションのためだ、今日1日君の恋人として過ごそう」
「そう、よかったわ。それにしてもずいぶん迷ったわねそんなに悩むことかしら?」
「まあね、僕にとってはね」
そんなに私と恋人ごっこを演じるのが嫌なのかしら?
レミリアは少し傷ついた。
その様子に気付き霖之助は慌てて弁護した。
「い、いや別に君の恋人を演じるのが不服と言う訳じゃない」
「ならどうしてそんなに悩んだのかしら」
「僕は半妖で君は吸血鬼なんだよ」
「ええそうね」
「僕は小さな店の主人で君は館の主だ」
「だからどうしたのよ」
「その……他人から見て君とつりあう自信が無いんだ……」
霖之助は顔をぽりぽりと指でかいて、恥ずかしそうに言った。
レミリアは思わずくすりとかわいらしく笑った。
「別に笑うことも無いだろうに」
「あら、ごめんなさい。まさかあなたがそんなかわいい事で悩んでいたなんて思っても見なかったの」
「うぶで悪かったね」
霖之助はすねた子供のように急にレミリアから視線をそらす。
「僕はこれでも仕事一筋に生きてきたんだ。まあ、そのせいで女性との経験が少ないのは認めるが」
「そうなの、ならお姉さんである私がリードしなくちゃいけないのかしら?」
あぐらをかいている霖之助の後ろにレミリアは膝立ちして、両肩にそれぞれの手を置いた。
「レ、レミリア?」
「こーら、レミリアなんて呼び捨てにしたらだめでしょ?レミリアお姉さんと呼びなさい」
霖之助の耳元でそう優しくささやいた。
レミリアの吐息が首筋にふわりと乗った。
「ふざけるのはやめてくれないか」
霖之助は心臓の高鳴りを必死に抑えながら言った。
だがレミリアには通用しなかった。
「ふざけてないわ、これは練習よ。それに強がってもだめよ、お姉さんには全部わかってるんだから」
レミリアは霖之助の首に両腕を巻きつけた。
「霖之助は怖かったのよ、そうでしょ?」
お互いの頬が触れ合い、霖之助は背中にレミリアの暖かいものを感じた。
「ぼ、僕は別に……」
「大丈夫よ、お姉さんがしっかり教えてあげるから、さあ私の名前をゆっくり言うのよ」
悪魔のような甘い誘惑が霖之助をおそう。
霖之助の理性がその名を呼ぶのを否定していた。
だがそれはとても心地よく感じるのではないか?否定するほうが間違いではないのか?
霖之助の心は揺れ、口が本能に従って動いた。
「レミリア……おねえ」
その時、部屋のふすまが勢い良く開いた。
「霖之助さん!朝刊ですよ!」
射命丸文だった。
霖之助とレミリアの時が止まった。
文は本能的にカメラのシャッターをきった。
「……失礼しました!ご、ごゆっくりぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
文は叫びながら香霖堂を出て行った。
「……」
「……」
2人の時はまだ止まっていた。
その日の昼にはすでに文々。新聞は出来上がり幻想郷中にこのスキャンダルは広まった。
「……よかったねレミリア歩きまわる手間がはぶけて」
「……ええそうね、ところで霖之助」
「なんだい?」
「いつまで私たちはここに隠れていなければいけないのかしら」
2人は小さなほら穴にいた。
あの記事を見て、魔理沙、霊夢、紫の3強が紅魔館を襲撃、門番は数秒でやぶられたが咲夜とパチュリーのおかげでレミリア1人なんとか脱出 に成功し霖之助と合流、そして以前、美鈴が修行の際使っていたほら穴に隠れている。
「なんでこんなことになったのよ!」
「君がふざけたことをするからだ!」
「あんたも乗ってきたじゃない!」
「僕は乗ってない!」
「……はあ、このやりとりは何回めかしら」
「さあね、ところで報酬の魔法の鏡はちゃんと返してもらうよ」
「な、なんでよ!」
「僕と君が恋人どうしだと幻想郷中に自慢できたじゃないか」
「予定と違うじゃない」
「でも考えてみると、予定どうりの方が危なかったかもしれない……」
2人は予定どうり恋人を演じて、幻想郷を歩きまわる様子を想像してみた。
「……私はあの3人に囲まれてリンチにされる光景が浮かんだわ」
「同じく」
「まあ、いいわ。けっきょく私があなたを巻き込んじゃったわけだし鏡は返すわ」
「ああ、そうしてくれ」
特に話すことも無くなり、2人は寝ることにした。
「ねえ、霖之助起きてる?」
「ああ、起きてるよ」
「恋人ごっこは楽しかった?」
「2度とごめんだね」
「ふふ、あなたならそう言うと思ったわ」
「そうかい、じゃあその話題はもう金輪際なしだ」
「じゃあ最後に、あの時言おうとした言葉で終わりにしましょ」
「やだね」
「ちょっと、霖之助、こっち向きなさいよ」
「すーぴーすーぴー」
「嘘寝するな!もう知らない、寝る」
朝になり、美鈴が来てくれた。
咲夜が流した文の合成製造説のおかげで、あの3強はだいぶ落ち着いたらしい。
レミリアは寝ていたので、美鈴が背中でおんぶをしていた。
「すみません、レミリア様が迷惑をかけてしまって」
「いえ、まあ珍しい体験も出来ましたからいいですよ」
「あ、当分霖之助さんは紅魔館に来ないほうがいいですよ、咲夜さんに殺されますから」
「肝に銘じておきます」
「それじゃあここでお別れですね」
「はい、じゃあねレミリアお姉ちゃん」
「えっ?」
「いえなんでもないです、ただの戯言です、それでは」
霖之助は歩き出した。自分も魔理沙に馬鹿とは言えないなと自嘲気味に笑いながら。
レミリアは美鈴の背中の上で嬉しそうに微笑んでいた。
後日談?
「咲夜あの鏡どうしたの?」
「あの鏡は使い物にならないのでもうこの館にはありません」
「えっ!全部捨てちゃったの!」
「いえ、違います。このペンダントを見てください」
「あら、綺麗ね」
「あの鏡をパチュリー様に加工してもらい、これに作り変えてもらったんです」
「あらそうなの、困ったわね、謝りに行かないとけいないわ」
「顔がぜんぜん困ってませんよ」
「う、うるさいわね!でもなんでわざわざ、ペンダントにしてもらったのよ」
「うふふ、これはレミリア様の私物、つまりお嬢様の部屋の匂いがします。そしてペンダントにしたことで私とレミリア様はいつも一緒です。これで24時間一緒です。時が止まっていても一緒です。ハァハァハァハァハァハァハァ。
「ハァハァするな」
レミリアのとび蹴りが咲夜の幸せそうな顔に命中した。
皆が寝静まった紅魔館でレミリア・スカーレットは自分とほぼ同じ大きさの鏡の前に立っていた。
少し緊張した様子で鏡にたずねた。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん、この幻想郷でもっとも人気のあるものは誰かしら?」
鏡は一瞬だけにぶく輝き、答えた。
「それは、博麗霊夢」
その言葉を聞いてレミリアは唖然とした。
「あの女が幻想郷でもっとも人気者ですって!年がら年中せんべい食ってるか妖怪をいじめているか脇全快なのに寒い寒いとわけのわからないことを言っているあの巫女が!」
この鏡が本当に魔法の鏡なのか疑問に思えてきたがせっかく高い金を払って買ったのだからとレミリアは自分を落ち着かせた。
小さく呼吸をし直し鏡に2度目の質問をした。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん、この幻想郷でもっとも強いものは誰かしら?」
先ほどと同じように一瞬だけにぶく輝き、答えた。
「それは、八雲紫」
その答えを聞いてレミリアはこの鏡を蹴りたい衝動に駆られた。
「あの幻想郷一の最低稼働率を誇る暇人妖怪がもっとも強いですって!1日の半分以上寝てるし、起きたら起きたで、霊夢が本当に寒いのか検証するために、脇の開いた服で霊夢とすごして次の日に風邪を引いて寝込んだあのバカ妖怪が!……はっ!私ったらなんて言葉づかいを。私はレミリア・スカーレットよ!500年も生きているのよ!吸血鬼なのよ!偉いのよ!すごいのよ!妹もいるのよ!」
最後の方は何だか自分でもよくわからいことを言ってしまったが気にしないことにした。
レミリアは小さく呼吸し心を落ち着け、自分がもっとも聞きたかった質問をした。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん、この幻想郷でもっとも美しいものは誰かしら?」
これまでとは違い、何かをためらうように輝くのが一瞬だけ遅れた。
鏡が答える。
「それは……レミリア・スカーレット」
レミリアは一瞬頭が真っ白になった。
もちろん自分だとは思っていたがこの流れからして咲夜か魔理沙あたりがくるのがオチだろうと考えていたのだ。喜びに震えるレミリアをよそ に鏡はさらに言葉を続けた。
「そして博麗霊夢、いやいや霧雨魔理沙、だがマイジャスティスは射命丸文、完璧さを求めるなら十六夜咲夜、西行寺幽々子もすてがたい、大人のおっぱいを持つ八雲紫、ヤンデレ好きならアリス・マーガトロイド、そして彼女を忘れてはいかん!ぜひ拙者をもっこもこに」
「このエロ鏡があ!」
レミリアのとび蹴りが鏡を黙らせた。
「えっ!何!」
ガラスのコップを落としたような高い音で、咲夜は飛び起きた。時を止めて、服を着替え、レミリアの私室へと急いだ。
「お嬢様!いったいなにが!」
咲夜が見たのは、ばらばらにくだけた大きな鏡といすに座って優雅に紅茶を飲むレミリアの姿だった。
「あら、どうしたの咲夜?もう少し寝ていてもいいわよ」
「お嬢様、この鏡は・・・・・・」
「ああそれ?じゃまだから捨てといて」
紅茶をすすりながら平然と言った。
咲夜は言われたとおり鏡をかたずける作業に入った。
咲夜はレミリアの私室でりんごをむいていた。
きれいにうさぎ型に切られたりんごをレミリアは口に運ぶ。
しゃりしゃりという音が静かな部屋によく響いた。
「お嬢様は鏡がお嫌いではなかったのですか?」
「あら、そんなこと言ったかしら?」
「はい、本当の私の体はこんなつるぺたじゃないの!もっとすごいの!美鈴みたいに巨乳なの!これは仮の姿なの!あんな偽者の姿を写す鏡なんて大嫌い!と先日言っておられたではないですか」
「……どうしてそれを知っているのかしら?」
「私は完璧なる従者、レミリア様のことは何でも知っております」
「ふ~ん」
後で河童を呼んで部屋の中に盗聴器がないか調べさせよう。レミリアはそう強く決心した。
「はあ、私も幻想郷一の称号が欲しいわ……」
「何を言ってるんですか!お嬢様は幻想郷一の美しさを持っています!」
「あなたに言われても説得力に欠けるわ」
「お嬢様のためならば私は一服脱ぎますよ!」
「肌を脱げ、服は脱ぐな、そして本当に脱ぐな」
「お……お嬢様ハァハァハァハァハァハァハァ」
「ハァハァするな」
レミリアは咲夜の頭に手刀を叩き込む。
興奮気味の従者をなんとか落ち着かせた。
「すみませんお嬢様、私ともあろうものが」
「気にすることないわ、いつものことよ」
「そう言っていただけると気が楽になります」
「けなしているのよ、気付きなさい」
咲夜は籠の中のりんごを1つ取りレミリアに差し出した。
レミリアは不思議そうな顔をしてそのりんごを見ていた。
「何、咲夜?このりんごがどうしたの?」
咲夜はひざまずき、厳かに言った。
「このりんごは幻想郷一美しい貴女に捧げます」
「……何の真似かしら?説明しなさい」
「以前パチュリー様から借りた外界の本の中に、もっとも美しいものが持つべきりんごをめぐって女性たちが争う、そのような話が載っていたのです」
「ふ~ん、もっとも美しいものが持つりんごね……」
鏡が言ったことはおそらく正しい。
幻想郷には多くの美しい女性がいる。
それは容姿だったり、性格だったり、能力、特性、生き様、弾幕、キャラクター性、数多くの美しさがあり、それを見る人間によってまったく 違う美しさになる。
美しさは星の数ほど、人の数ほど存在する。
だが、もしも何らかの手段によって私が、レミリア・スカーレットがこの幻想郷でもっとも美しいと皆に認めさせることができれば……?
「ふっ……ふふふ」
「お、お嬢様?」
ふいにレミリアは立ち上がる。
その顔には何か面白いことを思いついた子供のような笑みがあった。
「咲夜ちょっと出かけてくるわ」
「こんな時間にどこへ行くんですか?」
「香霖堂よ」
レミリアの手には真っ赤なりんごが握られていた。
「へえ?それでこんな朝早くにいったい僕に何のようだい?」
霖之助は不機嫌そうに言った。
「だから今言ったでしょ。あなたは私の王子に選ばれたのよ!」
霖之助は頭が痛かった。それは朝無理やり吸血鬼に起こされただけではないようだ。
「君の言っていることがよくわからないから聞いているんだ」
「これを見なさい霖之助」
レミリアはりんごを差し出した。
霖之助は先ほどのレミリアのように訝しげにそのりんごを眺めた。
「このりんごがどうかしたのかい?」
「外の世界の風習で、りんごはその村のもっとも美しいものが持つ、というものがあるそうよ」
もちろんレミリアが咲夜の話を聞いて思いついた嘘だ。
外の世界と聞いて霖之助が小さく反応する。
その様子をレミリアは見逃さない。
「ふ~ん、それがどうかしたのかい?」
「その風習を私は再現してみたいのよ」
「外の世界の風習なんて真似してどうするんだい?ここは幻想郷だ。幻想郷のルールに従えばいい」
「あら、あなたバレンタインデーに魔理沙からチョコをもらってうれしがってたそうじゃない」
「……どうしてそれを?」
「さあ、どうしてかしら?」
レミリアは悪戯っぽく笑って言った。
本当は魔理沙から自慢げに話を聞かされたのだ。
「私はいろいろあなたのことを知っているわ。外の世界に興味があると言うことも」
そして幻想郷において霖之助の信頼が厚いということも。
「……こんな店の中で立ち話も疲れてしまう、奥の部屋で話を聞こう」
すべてはレミリアの計画通りに進んでいた。
「つまり僕がレミリアの恋人のように振舞えと、君はそう言いたいわけだ」
「ええ、その通りよ」
霖之助から出された粗茶を飲みながらレミリアは答えた。
「悪い話じゃないでしょ?私の恋人気分を味わえておまけに魔法の鏡まで返ってくるのよ」
「君があの鏡をどうしても欲しいと言うからしかたなく売ったのにまさか壊してしまうとは……」
レミリアが出した条件は1日だけ自分と恋人のように振舞うこと、見返りとして壊してしまった魔法の鏡をパチュリーに頼んで直してもらうと 言うものだった。
「しかし本当にそんな風習があるのかい?他人に自分たちがどれだけ愛し合っているかを見せびらかし歩いて、その村で1番のカップルにりんごを贈るだなんて」
「あら、本当よ咲夜が言っていたんだもの、疑り深い男は嫌いよ」
「僕は嘘をつく吸血鬼が嫌いさ」
レミリアの体がぴくりと少し動いた。
霖之助は何かを考えていたようでその様子に気付いていない。
しばらく霖之助は思い悩んでいたようだが、レミリアに向き直り真面目な顔をして言った。
「わかった僕のコレクションのためだ、今日1日君の恋人として過ごそう」
「そう、よかったわ。それにしてもずいぶん迷ったわねそんなに悩むことかしら?」
「まあね、僕にとってはね」
そんなに私と恋人ごっこを演じるのが嫌なのかしら?
レミリアは少し傷ついた。
その様子に気付き霖之助は慌てて弁護した。
「い、いや別に君の恋人を演じるのが不服と言う訳じゃない」
「ならどうしてそんなに悩んだのかしら」
「僕は半妖で君は吸血鬼なんだよ」
「ええそうね」
「僕は小さな店の主人で君は館の主だ」
「だからどうしたのよ」
「その……他人から見て君とつりあう自信が無いんだ……」
霖之助は顔をぽりぽりと指でかいて、恥ずかしそうに言った。
レミリアは思わずくすりとかわいらしく笑った。
「別に笑うことも無いだろうに」
「あら、ごめんなさい。まさかあなたがそんなかわいい事で悩んでいたなんて思っても見なかったの」
「うぶで悪かったね」
霖之助はすねた子供のように急にレミリアから視線をそらす。
「僕はこれでも仕事一筋に生きてきたんだ。まあ、そのせいで女性との経験が少ないのは認めるが」
「そうなの、ならお姉さんである私がリードしなくちゃいけないのかしら?」
あぐらをかいている霖之助の後ろにレミリアは膝立ちして、両肩にそれぞれの手を置いた。
「レ、レミリア?」
「こーら、レミリアなんて呼び捨てにしたらだめでしょ?レミリアお姉さんと呼びなさい」
霖之助の耳元でそう優しくささやいた。
レミリアの吐息が首筋にふわりと乗った。
「ふざけるのはやめてくれないか」
霖之助は心臓の高鳴りを必死に抑えながら言った。
だがレミリアには通用しなかった。
「ふざけてないわ、これは練習よ。それに強がってもだめよ、お姉さんには全部わかってるんだから」
レミリアは霖之助の首に両腕を巻きつけた。
「霖之助は怖かったのよ、そうでしょ?」
お互いの頬が触れ合い、霖之助は背中にレミリアの暖かいものを感じた。
「ぼ、僕は別に……」
「大丈夫よ、お姉さんがしっかり教えてあげるから、さあ私の名前をゆっくり言うのよ」
悪魔のような甘い誘惑が霖之助をおそう。
霖之助の理性がその名を呼ぶのを否定していた。
だがそれはとても心地よく感じるのではないか?否定するほうが間違いではないのか?
霖之助の心は揺れ、口が本能に従って動いた。
「レミリア……おねえ」
その時、部屋のふすまが勢い良く開いた。
「霖之助さん!朝刊ですよ!」
射命丸文だった。
霖之助とレミリアの時が止まった。
文は本能的にカメラのシャッターをきった。
「……失礼しました!ご、ごゆっくりぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
文は叫びながら香霖堂を出て行った。
「……」
「……」
2人の時はまだ止まっていた。
その日の昼にはすでに文々。新聞は出来上がり幻想郷中にこのスキャンダルは広まった。
「……よかったねレミリア歩きまわる手間がはぶけて」
「……ええそうね、ところで霖之助」
「なんだい?」
「いつまで私たちはここに隠れていなければいけないのかしら」
2人は小さなほら穴にいた。
あの記事を見て、魔理沙、霊夢、紫の3強が紅魔館を襲撃、門番は数秒でやぶられたが咲夜とパチュリーのおかげでレミリア1人なんとか脱出 に成功し霖之助と合流、そして以前、美鈴が修行の際使っていたほら穴に隠れている。
「なんでこんなことになったのよ!」
「君がふざけたことをするからだ!」
「あんたも乗ってきたじゃない!」
「僕は乗ってない!」
「……はあ、このやりとりは何回めかしら」
「さあね、ところで報酬の魔法の鏡はちゃんと返してもらうよ」
「な、なんでよ!」
「僕と君が恋人どうしだと幻想郷中に自慢できたじゃないか」
「予定と違うじゃない」
「でも考えてみると、予定どうりの方が危なかったかもしれない……」
2人は予定どうり恋人を演じて、幻想郷を歩きまわる様子を想像してみた。
「……私はあの3人に囲まれてリンチにされる光景が浮かんだわ」
「同じく」
「まあ、いいわ。けっきょく私があなたを巻き込んじゃったわけだし鏡は返すわ」
「ああ、そうしてくれ」
特に話すことも無くなり、2人は寝ることにした。
「ねえ、霖之助起きてる?」
「ああ、起きてるよ」
「恋人ごっこは楽しかった?」
「2度とごめんだね」
「ふふ、あなたならそう言うと思ったわ」
「そうかい、じゃあその話題はもう金輪際なしだ」
「じゃあ最後に、あの時言おうとした言葉で終わりにしましょ」
「やだね」
「ちょっと、霖之助、こっち向きなさいよ」
「すーぴーすーぴー」
「嘘寝するな!もう知らない、寝る」
朝になり、美鈴が来てくれた。
咲夜が流した文の合成製造説のおかげで、あの3強はだいぶ落ち着いたらしい。
レミリアは寝ていたので、美鈴が背中でおんぶをしていた。
「すみません、レミリア様が迷惑をかけてしまって」
「いえ、まあ珍しい体験も出来ましたからいいですよ」
「あ、当分霖之助さんは紅魔館に来ないほうがいいですよ、咲夜さんに殺されますから」
「肝に銘じておきます」
「それじゃあここでお別れですね」
「はい、じゃあねレミリアお姉ちゃん」
「えっ?」
「いえなんでもないです、ただの戯言です、それでは」
霖之助は歩き出した。自分も魔理沙に馬鹿とは言えないなと自嘲気味に笑いながら。
レミリアは美鈴の背中の上で嬉しそうに微笑んでいた。
後日談?
「咲夜あの鏡どうしたの?」
「あの鏡は使い物にならないのでもうこの館にはありません」
「えっ!全部捨てちゃったの!」
「いえ、違います。このペンダントを見てください」
「あら、綺麗ね」
「あの鏡をパチュリー様に加工してもらい、これに作り変えてもらったんです」
「あらそうなの、困ったわね、謝りに行かないとけいないわ」
「顔がぜんぜん困ってませんよ」
「う、うるさいわね!でもなんでわざわざ、ペンダントにしてもらったのよ」
「うふふ、これはレミリア様の私物、つまりお嬢様の部屋の匂いがします。そしてペンダントにしたことで私とレミリア様はいつも一緒です。これで24時間一緒です。時が止まっていても一緒です。ハァハァハァハァハァハァハァ。
「ハァハァするな」
レミリアのとび蹴りが咲夜の幸せそうな顔に命中した。
吸血鬼はたしか鏡に映らないような・・・まあ幻想郷ですし魔法の鏡ですしね。
アレでナニな展開まで行着きました。脳内で。
の所で谷口を思い出しましたよwwww
>ごねんなさい
ごめんなさい ではないでしょうか
結局鏡はどーなったのだろうか
お姉さんぶるお嬢様がたまらんです。
あれ?鏡の性格って・・・俺に似てない?
鏡は咲夜が勝手にペンダントにして、宝物になってます。書いたつもりでしたが、うまく説明できてなかったようですね。気をつけます。
誤字報告を受け、修正しました、失礼しました。
ちなみに、鏡のセリフの順番は人気投票を参考にしております。
霖之助のカップリング物がもっと増えてくれないものか
猫談義に続きいいもん見せてモロタ
しかし、考えてみれば香霖って3強から好かれてるんだな・・・
レミリア・・・ガンバレ・・・