くぎがふそくで ていてつうてず
ていてつふそくで うまははしれず
うまがふそくで のりてはのれず
のりてがふそくで いくさにかてず
いくさにまけて くにをとられた
なにもかもいっぽんのくぎのせい
「で、これを貴方達でやった訳」
山にある木々という木々が根こそぎ倒れて、豪雪というおまけも付いた。
目の前で並んで正座している二人。一人は天狗で、もう一人は青と白で装う見慣れない少女。彼女は足をぷるぷる震わせながら。
「ワタシ、ニッポン語、ワッカリマセーン」
とりあえず、笑顔で張り倒した。
目を覚ます。布団の中、体も返せない。
夢を見ていた。でも、思い出せない。
けだるい。桜の匂いがうっとうしい。目蓋を上げておくことさえ疲れる。
また、寝ようかな。
「あれ、紫。起きているの?」
その声が、私を目覚めに引き止めた。その相手は、短くて癖のついた桜色の髪に、まんまるい瞳で私を覗き込む少女。
「幽々子、なの?」
幽々子は苦笑した。
「寝ぼけてる」
正座している幽々子にあわせて、体を起こそうとする。けれど、全く駄目。
「ほら、無理しないで」
幽々子が体を起こしてくれた。でも、起こされただけで体の節々に痛みが走る。
「西行寺家秘伝の痛み止め薬。飲んで」
秘伝って何よ。それに、飲んでと言っても幽々子が全部やってくれた。私の体を起こして、粉薬を口に含ませて、白湯を注いでくれて、自分でやったのは飲み込むだけ。
「ゆっくり、休んでね」
横にしてくれた。言葉に甘えて目を閉じる。そういえば、なんの夢を見たんだろう。
「レティ・ホワイトロック。ふぅん、海を渡ってきたのね」
「ええ、そうよ」
「腕に覚えあり、ということかしら?」
「何の話?」
空振りで、逆に聞き返された。
仕方がないので私から説明する。
「月に小旅行をしようと計画中。その話を聞きつけてきたと思ってね」
「ロマン溢れる割には、参加条件が物騒なんだけど」
「主として喧嘩旅行だから」
「なら駄目、ご遠慮させて頂くわ」
「あっそ」
そこで目を覚ました。
そうだった。レティ、レティ・ホワイトロックの夢をやたらとよく見ていたのよ。
ふう。それを思い出すだけで、何日掛かったんだろう。寝てばかりで時間感覚がおかしい。
けど、この子には関係ないみたい。
「はい、紫。体を拭くからじっとしていてね」
待ち構えていた幽々子につかまる。体を起こしてもらって、幽々子に上着を脱がされる。そして、丁寧に背中を拭いてもらう。正直、この時間はあんまり好きじゃない。
幽々子にこうしてもらうのは悪い気はしないけど、ただ、自分の裸をこの目で見るのが気持ち良くない。月との戦争で、文字通りのひどく傷物にされた体を見るのだから。
こうして暗い面持ちでいると、「紫」と名前を呼ばれて頭を撫でられる。手を振り払うまでそうしてくれる。しかも、すぐには振り払えないので、どうしようもない。
私の体を拭き終わった幽々子は、水の張った桶を手に、腰にはあの子に不釣合いな大きな刀を差して立ち上がる。するなり、刀の重さに負けてふらつく。
「平気?」と、布団の中から尋ねる。返事はもちろん「平気」。
「これがなかったら、いざという時に困るでしょ。大体、こんなのが必要に思えるくらいの物騒を持ち込んだのは、どこのどちら様でしょうね」
逃げ込んできた身としては肩身が狭く、私も居直れない。
これ以上、つつかれるのも嫌なので話題を替えてみる。
「ねぇ、藍はどうしたの?顔を見ないんだけど」
「さあ、私が付きっきりで紫の世話をしているから、いじけてどこかに隠れているかもね」
笑って返す。
「じゃあ、少ししたらお薬持ってくるから」
「うん」
幽々子は出て行った。でも、桜の香はまだ居座っていた。
レティを前に。
「災難ねぇ。最近、変なのに追われているんでしょ」
「ああ、あの妖精ね。前に山を吹き飛ばした時、一緒にそいつの家も吹き飛ばしちゃったみたいで、それ以降、何かにつけて勝負を挑んでくるのよね」
せせら笑うように。
「永遠のライバルに認定されたんでしょうね」
「別にいいけどね、面倒くさい時は山とあるけど。悪い気はしないから」
からかったつもりが、真面目に返された。あまつさえ。
「貴女には、そういう人っているの?」と、聞き返された。
「私は……」といい掛けたところで何故か咄嗟に出てきたのが幽々子の顔。けれども「どうかしらね」と茶を濁すに留めた。
夢から覚めた。
伸び。寝覚めはこれをしておかないと目覚めが悪くなる。いかに桜の香によって心地良くなろうとも、これは真理として揺るぎない。
自力で体を起こす。そして、様子見に来た幽々子に「おはよう」の挨拶。元気そうな私を見届けて、刀をかちゃかちゃ鳴らせながら、一緒に持ってきた朝食を並べる。
最近、食事らしい食事が取れるようになった。いつも幽々子の手料理を作ってくれるらしい。まだ、おかゆぐらいしか食べられないけど、味はしっかりついている。今日は何味なのかも密かな楽しみ。
そんな楽しみな一口目、を口に入れて、私は驚く。幽々子は緊張した面持ち。
「口に、あわなかった?」
私は首を振って、「とても美味しい」とだけ言った。幽々子は嬉しそうに頷いた。
「これ、私の大好物。だから、幽々子の髪、ちょっと血で汚れているのね」
「え?ほんと?」
「あとで確認なさい」
慌てふためく幽々子を尻目に、私はおかゆを一口一口噛み締めて米粒ひとつも残さずに完食。
「ごちそうさま」
幽々子も満足そうに笑う。
「さて、と。紫、食後のお薬ね」
「ねぇ、幽々子。薬、飲ませて」
幽々子はきょとんとしていた。
「すっかり、甘え癖がついてしまったわね」
「いいでしょ別に、こんな機会、滅多にないんだから」
自分でもちょっと駄々をこね過ぎたと思った。だから、話題を変える。
「ところでさ、藍はどうしたの」
「さあ、紫の為にあちこち駆けずり回っているんじゃない」
レティが、彼女を追い回す妖精、チルノと力比べをしている所を偶々見かける。
滑稽といえば滑稽な見世物だった。妖精の力が自然のそれなら、自然の寒波を強めることの出来るレティは、常に妖精の力で底上げした状態を下限として立ちはだかる訳だから、この勝負は最初から、詰み。
それがわからぬ冬の妖怪でもないだろう。このあからさまな無駄の、どこを楽しんでいるのだろう。
それと、幽々子はあんなに馬鹿じゃないよ、私。
真夜中に目を覚ます。相変わらず、夢にレティが出てくる。
相変わらずといえば桜の香。でも目を覚まさせたのはそれじゃない。何かをずるずる引きずって、部屋の前を通り過ぎる音。
立って歩くことはできない。でも、私は気になったので、四つん這いで廊下に出る。
闇の向こうから。
「あれ、紫?ごめん、起こしちゃったね」
顔の見えない幽々子に向かって。
「何しているの?」
「紫がいつも飲んでいる薬の原材料を咲かせにね、今、肥料を持っていくところ」
こんな夜中にそんなことを。
「あんまり根をつめすぎないで、幽々子のお陰で私はもうすっかり良くなったから。それとも、今度は幽々子が私に看病される?」
「いいわね、それ。紫がそれ出来るまで、私が頑張らないと」
満足に歩くことも出来ない今の私に、幽々子を説き伏せるのは難しそうだ。
「だったら、うちの藍をつかって、雑務は全部あいつに押し付ければいいから」
幽々子は少し黙ったあとに。
「めっきり見かけないけど、彼女が暇そうにしていたら使わせてもらうわ」
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
ずるずるという音は、暗闇の向こうに遠ざかっていく。
私達が月へと出向く前のこと。
「ひとつ聞いてもいいかしら、貴女はどうして幻想卿に来たの」
レティはあっけらかんと言った。
「ここの神様達って仲良いでしょ」
「そうかしら、いがみ合う程度のことはしょっちゅうだけど」
「しょっちゅういがみ合える事が良いのよ。負けた相手の存在も何もかもを消してやろう、って程でもないでしょ」
「成る程。そういうことに辟易しているのなら、誘うのは無理ね」
レティは笑った。
「話が早くて助かるわ。で、老婆心ながら忠告。戦争は釘が足りないだけで負けることもあるから、細心の注意を払って……」
「わかっているわよ、ちゃんとね」
その忠告はあまり真剣に聞いていなかった。
私は、強烈な桜の香で目が覚めた。夢は、そこまで。
木の根の上に寝かされて、そのまま上を見た。夜の黒を下地に、月明かりを受けて輝くのは、天球いっぱいに広がっていると錯覚させるくらいに咲く桜の花。けれども私の見立てでは、桜が花を咲かせる余裕はまだまだある。
そんなの大きな桜の枝から縄一つでぶら下がるのは、私と一緒に月まで行って逃げてきた妖怪達や、幽々子の屋敷で働いていた人間達が、首から下だけを残して。……ああ、藍、そこにいたんだ。
不意に、肌寒い風に吹きつけられて、上体を起こす。すぐそこに、刀を抜いた幽々子が立っていた。私は幽々子に尋ねる。
「今の季節って何かしら」
「冬」
どおりで、大して仲良くもないクセにやたらと夢に出る訳だ。
そして、前後関係が全く掴めないけど、大体わかった。たぶん、私はここで死ぬ。幽々子に殺される。
まあ、いいか。
「あのね、紫」
「何?」
最期の会話だ。愉しもう。
「私、紫を助けたかっただけなの」
「うん」
そう、貴女は優しい。時に、罪深いと思えるくらい。
「紫がね。痛い、て言えないくらい悶えてて、良くないことばかり考えてて、それを何とかしたくて、西行妖の花を煎じた薬がたくさん欲しくて」
幽々子の背から蝶が舞う。
「だから、血を、命を、たくさん、用意したの。でも、でもぉ、止まらなくなっちゃったの、私が、私が……」
……あれ?何か、食い違ってきていない?
私が気付いた時、増え続けた蝶は、私達の周りを取り囲んでいた。
何?この蝶?幽々子の蝶なの?
「ごめんね、紫。私、もうダメ。耐えられない。このままだったら、紫を滅茶苦茶しちゃうから、私、そんなのイヤだから……。
ごめん。本当にごめん。私、馬鹿だから、元気になるまで一緒にいられなくて」
声を掛ける間もなく、蝶は幽々子の体を貫いた。
刀と、幽々子の体が傾いて、倒れた。
西行寺 幽々子は、自害した。
私は、止まった。
ずきん。
痛い。
ああ、頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。
立てない。這って。地面の花びらを貪る。
頭痛が、治まらない。
もっと花を。
もっと。
くぎ?たりないのは、なんだったの?
なんで、こうなってしまったの?
なんで、どうして?
ああ、ゆゆこ。
あたまが、いたいよ。
レティと幽々子、そして紫のバックボーンストーリーを繋げるお話
っていう構図は解るんですけども、それゆえに視点がぶれているように読めるのです。
小説的技法としても、物語的主題としても。
続きがあるということなので、現時点での疑問がそれで
見えるようになることを期待します。