・・・セン・・・・・
レイ・・・・・セン・・・・
・・・・・も・・・・くに・・・・
* * *
ぼんやりと目を開けた。
見慣れた天井。
永遠亭の私の自室だ。
ゆっくりと体を起こすと、
体にかかっていた布団がずるずるとずり落ちた。
今は何時だろう?
どれくらい寝ていたのか。
窓の外は真っ暗で、いまだ夜が明ける気配はなく・・・。
今夜は満月で、雲すらかかっていないはずなのに、
月明かりのまったく入ってこない、おかしな夜だった。
頭がひどくぼんやりとしている。
熱に浮かされているみたいに、思考がまとまらない。
それに、ひどく喉が渇いた。
もしかしたら、風邪でも引いたのかもしれない。
季節はもう春だというのに、先日急に冷え込んだせいか。
そういえばひどい寒気が・・・。
と思ったら、寝汗をかいていただけだった。
それも結構な量。
なにかおかしな夢でも見ていたのだろうか。
夢の中で、誰かに呼ばれていたような・・・。
よく思い出せない。
とにかく水が飲みたい。
私はのろのろと着替えをして、台所へ向かった。
* * *
なぜ館の中がこうも真っ暗なのだろう。
今は深夜だ。
明かりがついていないのは当然である。
しかし、今日はよく晴れているし、満月だ。
それなら、もっと月明かりで明るくてもいいはずなのに。
見慣れたはずの廊下もひどく不気味で、
まるで廊下に沈殿する暗闇が、粘性を持って足に絡み付いてくるようだ。
くだらない。ただの錯覚だ。
そんなことを考えてしまうのも、きっと体調が良くないからだ。
私は頭を振ってそんな考えを追い出し、台所の戸を開けた。
飲み水を溜め込んである大樽は台所の一番奥にある。
明かりをつけなくても場所はわかる。
早いところ水が飲み
目の前の暗闇でなにかが動いた。
「きゃっ!?」
私は驚きのあまり、派手に尻餅を付いてしまう。
なんだ!?
なにがいる!?
「ちょっと、大丈夫?」
動揺する私にかけられた声は、とても聞きなれた声だった。
「し、師匠じゃないですかぁ。」
「ええ、そうだけど。」
暗闇の中から、にゅっと手が伸びる。
その手を掴むと、ぐいっと私を引き起こしてくれた。
ああ、びっくりした・・・。
「なにやってるんですか、こんな真っ暗なところで?
明かりくらいつけてくださいよ。」
「あなただって明かりをつけずに入ってきたでしょう?
あなたこそ、こんな時間にどうしたの?」
呆れたような師匠の声。
それに私は大げさなほど安堵する。
一体なぜそれほどまでに私は緊張していたのだろうか。
「ちょっと目が覚めてしまったので、水を飲みにです。」
師匠の脇を通過して、念願の樽までたどり着く。
樽の脇に引っ掛けてある柄杓で水をひと掬い。
冷たい水がまるで体に染み込むようだった。
「ところでレイセン。月の都のことなんだけど。」
「はい?」
師匠が月の都の話題を振ってくるのは珍しい。
てっきり私は師匠が月の民のことを嫌っていたのかと思っていたが、
実はそうでもなかったのだろうか。
「月のみんなに会いたいとは思わない?」
「はぁ・・・。」
会いたいかって・・・?
正直、よくわからない。
私は月の民のことを裏切り、見捨てたのだ。
一度だけでなく二度も。
私が地上に居て、今もこうしてここに住んでいるということはそういうことだ。
きっと、月のみんなは私のことを恨んでいる。
顔も見たくないだろう。
だから、正直よくわからなかった。
再び会うのが、怖い。
それでも、月のみんなに謝罪しなければならないのもまた事実だ。
「・・・あの、なにか会う方法でもあるんですか?」
「ええ。だからレイセンに会ってもらおうと思って。」
「私だけですか? 師匠や姫は?」
「残念だけど、私たちではそれは無理なの。
それが出来るのはあなただけなのよ。」
方法って、一人乗りのロケットとかだろうか。
いや、そんなものを師匠が用意していたようには思えないし。
それに、それなら私の代わりに師匠や姫が乗り込む事だって可能なはずだろう。
師匠と姫では不可能という点がどうにも引っかかる。
それでも私が答えあぐねていると、
師匠は窓の外に目を移した。
窓の外の、空に浮かぶ満月に。
「人間達が、今度月に基地を作るらしいわ。」
月に、基地を・・・?
それはつまり・・・、
「ええ、そうでしょうね。
月人は地上人に敗北し、滅ぼされた。」
かなづちで頭をぶん殴られたような衝撃が走った。
もう、月のみんなは・・・。
私が、
私がみんなを見捨てて地上に逃げ込んだから?
私が月に戻らなかったから?
・・・いや、それは違うことはわかる。
私一人が戦に加わったところで、戦況が変わったりなどしなかっただろう。
私はそれほどまでに強力な力を持っているわけではないし、そこまで自惚れてもいない。
違うのだ。
月のみんなが勇敢に戦って死に、
戦から逃げ出した臆病者の私がこうしてのうのうと生きていること。
それが吐き気がするほどおぞましいことに感じたのだ。
私も月のみんなと一緒に戦って、
そして、死ぬべきだった・・・。
「だからね、レイセン。
あなたには月のみんなにちゃんと謝罪して欲しいの。
私たちの分も含めて、ね。」
謝罪。
それができるならどんなにいいことか。
しかし、月の都はもう滅んでしまったのだ。
私がみんなに謝ることは、もうできない。
「大丈夫よ、レイセン。私がみんなに会わせてあげる。」
会えるのか。
月のみんなに。
そういえば、さっき師匠が言っていた。
私じゃなければ会えないって。
なら、会う方法がきっとあるのだ。
「師匠、私、みんなに会いたいです。会って、謝りたいです。」
「そう、いい子ね。少しの間じっとしてるのよ。」
師匠は流し台の下の戸を開けると、そこからなにかを取り出した。
なんだろうか。
どうやら、一人乗りの小型ロケットではなさそうだ。
そもそも、台所にある道具なんて・・・。
相変わらずの真っ暗闇の中、
一瞬だけ、
それがあるはずのない光を反射して煌いた。
包丁。
包丁だった。
それを片手に握り締めて、師匠がこちらを向いた。
「し、師匠? ほ、包丁なんか取り出して、どうしたんですか?」
師匠は答えない。
ふらふらとした危なっかしい足取りで、
少しずつ、ゆっくりと私との距離を詰める。
私が一歩後ずさりすると、師匠は二歩詰め寄った。
「あ、あの、包丁なんて危ないですよ? それを置いてください。」
「あら、どうして?」
どうしてって・・・。
いや、まさか師匠がそれで危ないことをするなんて思えないけど。
じゃあ、なんで包丁を持って私に詰め寄ってくるんだ。
師匠の声も足取りも、まるで酔っ払ったみたいにふらふらとしていて。
まるで、正気じゃないかのような・・・。
―どんっ
いつの間にか、私は壁に追い詰められていた。
もう後がない。
なんで、私は師匠に追い詰められているんだ?
「じょ、冗談はやめてくださいよ。」
「くすくすっ。」
師匠は虚ろな調子で笑うと、さらに私との距離を詰める。
包丁の刃が暗闇の中で不自然に浮いて見える。
いや、
まさかそんな・・・。
その包丁で、私を刺そうなんて―――
「私たちには無理だって言ったでしょう?」
* * *
・・・セン・・・・・
レイ・・・・・セン・・・・
・・お・えも・・じ・くに・・ろ・
* * *
「はぁ、はぁ、はぁ・・・!!」
何度も後ろを確認しながら、廊下を全力で駆ける。
暗闇のせいで視界はほとんど効かない。
それでも足音だけは確実に追ってきていた。
なぜなんだろう。
なんでこんなことになったんだろう。
師匠は、手に持った包丁を振り上げて
私を殺そうとした。
とっさに師匠を突き飛ばして台所から抜け出すことはできた。
師匠は私を追ってきている。
足音の感覚はまるで歩いているようにゆっくりなのに、
なぜだか全力疾走しているにもかかわらず距離はまったく開かない。
師匠は正気じゃない。
原因はわからない。
師匠ほどの人に呪術をかけられる奴なんてそうそう居るものじゃない。
だとしたら原因はなんなのか。
まさか、月の滅亡がそれほどまでにショックだったのだろうか。
あまりのショックで冷静さを失っている?
考えにくい。
絶対にありえないとは言い切れないかもしれないが、
それでもこれは違うと思う。
なら一体なんなのだ。
これはまるで、悪夢だ。
「あー? うるさいよレイセン。こんな真夜中にドタバタと。」
前方の廊下の襖が開いた。
てゐだ。
眠そうに目をこすりながら、襖の向こうから顔を出した。
「てゐ!? 大変なの!!
師匠が私を殺そうとして!!」
「はぁ? なに言ってんの? ちょっと落ち着きなよ。」
てゐの他人事のような冷静さが恨めしい。
こうしている間にも師匠はこちらに迫ってきているというのに。
「とにかく匿って!!」
てゐを部屋の外に放り出すと、私は部屋の中に飛び込んで襖を閉めた。
そして襖越しに様子を覗う。
てゐがうまくごまかしてくれればいいけど・・・。
襖の向こうで小さな話し声が聞こえる。
声が小さすぎてうまく聞き取れない。
てゐが私に味方してくれるのを祈るばかりだった。
やがて、
一つの足音が遠ざかっていった。
どっちの?
師匠の?
それともてゐの?
―すっ
「ひっ!」
唐突に襖が開いた。
私は慌てて距離を取って身構える。
襖の向こうから現れたのは、
てゐだった。
「・・・・・・はぁ~。」
極度の緊張から開放されて、私はその場にへたり込んだ。
本当に、師匠だったらどうしようかと・・・。
心臓が止まるかと思った。
「とりあえず他に行ってもらったけど・・・。」
てゐは頭に疑問符を浮かべながらこちらを見る。
説明しろ、ということか。
といったって、私だってなにがなんだかわかっていない。
とにかく、師匠が私を殺そうとしているとしか・・・。
「私にもよくわからないのよ。師匠が月のみんなに会わせるとか言って突然・・・。」
「へぇ~、月の兎たちにレイセンを?」
「うん。」
「そっか。それなら―――」
その時、なぜ私が首を傾けたのかはわからない。
偶然としか言いようがない。
なにが起こったのかを私が把握したのは、数秒も放心した後だったからだ。
その偶然のお陰で、私は髪の毛を数本持っていかれるだけで済んだ。
にたぁ、と笑ったてゐの手には、いつの間にか包丁が握られていた。
「―――私も手伝ってあげるね。」
* * *
それから数十秒間は記憶が飛んでいる。
いつの間にか私は走っていた。
おそらく無我夢中で、てゐの部屋から逃げ出したのだ。
師匠だけでなく、てゐまで。
一体なんなんだ、これは!
まるで悪い夢のようだ。
いや、きっとこれは夢なんだ。
そうに決まっている。
夢なら今すぐ、醒めてくれ・・・!!
私がそう念じていると、
やがて廊下に終わりが見えてきた。
玄関だ。
やった、外に出られる!
もしこれが夢ならば、
ひょっとしたら外に出た瞬間に目が醒めるかもしれない。
醒めなかったとしても、外ならいくらでも逃げようはある。
外にさえ出られれば・・・!!
私は玄関の戸に飛びついた。
引き戸の取っ手に手を掛けて一気に、
―ガタッ!
―ガタガタガタッ!!
開かない!?
あと少しなのにッ!!
「そうか、鍵・・・!!」
今は真夜中だ。
当然戸締りはしている。
例の黒白が来るようになってからはなおさらだ。
私は慌てて玄関の鍵に手を伸ばして、
「・・・・・・!?」
絶句した。
掛かってない。
鍵なんかもともと掛かってなかったのだ。
じゃあどうして?
―ガタッ!
―ガタガタガタッ!!
―ガタガタガタガタガタガタンッ!!
「なんで!? なんで開かないの!?」
どんなに力を込めても戸はビクともしない。
こうなったら蹴破ってでも
―ちくっ
背中に小さな痛みが走って、
私の体は凍りついたように動かなくなった。
呼吸すらできない。
なにか、とても鋭くて固いものが背中に押し付けられている。
「ふふっ、捕まえた。」
水槽から放り出された金魚みたいに、間抜けに口をパクパクさせることしかできない。
振り向けなかった。
振り向かなくても、状況は容易に想像が付く。
私は今、師匠に背中から包丁を突きつけられている。
なんで・・・?
一体、どうしてこんなことに・・・?
夢なら、早く醒めて・・・!!
怖い怖い怖い怖い怖い!!
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!!
「さよなら、レイセン。」
ずぶずぶと、冷たい鉄の塊が、ゆっくりと私の体に押し込まれ
* * *
レイセン・・・・・
レイセン・・・・・
お前も、地獄に堕ちろ・・・!!
* * *
「あああああああああああああああああああっ!!!」
・・・、
・・・・・・、
・・・・・・・・?
私の、部屋だった。
布団に下半身だけ突っ込んで、
上体を起こしたまま、ぽかんと口を開けている。
そしてすぐ隣には、師匠が座っていた。
「ひっ!!」
慌てて跳ね起きると、部屋の端まで可能な限り距離を取った。
師匠は両手で耳を塞いだまま、
半眼でこちらを見据えている。
「突然絶叫を上げて跳ね起きたと思ったら、今度は私の顔を見て怯えるの?
忙しい子ね、まったく。」
・・・いつもの師匠だった。
夢、だったのか?
いや、夢に決まっている。
師匠が私のことを殺そうとするなんて・・・。
それにしても、いやにリアルな夢だった。
本当に、現実と見分けが付かないほどに。
「あ、あの、私・・・?」
「もうお昼だっていうのにまだ起きてこないから様子を見に来たのよ。
随分ひどくうなされてたわよ。なにか悪い夢でも見た?」
見た。
それも、とてつもなく恐ろしい夢を。
もう今夜は怖くて眠れないかもしれない。
とにかく、夢だったのだ。
そう、悪い夢。
あんなもの、現実であるはずがない。
もう、醒めた今となってはどうでもいいこと。
「・・・はあ、なんか安心したらお腹空いてきちゃいました。」
「そりゃ昼まで寝てれば空くでしょうね。
お昼の支度はもう終わってるわ。
あなたは輝夜様に声を掛けてきて頂戴。」
・・・・・・えっ?
今、なんて言った?
「どうしたの? まだ寝ぼけてる?」
しょうがない子ねぇ、と師匠は笑って。
「あの、本当に師匠ですよね?」
「他に誰に見えるっていうのよ。」
「いえ、師匠はいつも『輝夜様』じゃなくて『姫』って呼びますから・・・。」
本当に些細なこと。
ほんの気まぐれだったかもしれない。
なのに、
師匠の顔から表情というものが完全に消えてなくなった。
人形のように無機質な瞳で、じっと私の事を見つめてきて・・・。
息がうまく吸えなくて、嫌な汗がどっと噴き出した。
まるで永遠とも思えるほど長い時間、
私は師匠の無機質な瞳から目を反らせなくて。
金縛りに会ったかのように全身が動かなくて。
心臓まで動かなくなってしまったんじゃないかと錯覚するほどに。
師匠の口が、不意に笑みを形作った。
「そうなの? 次は間違えないわ。」
* * *
天井。
視線の先には天井。
布団の中の私はぼんやりそれを眺めている。
ここは、夢?
それとも、現実?
私にはそれを証明する手だてがない。
体をのろのろと起こすと、隣には師匠が座っていた。
「おはよう。といっても、もうお昼だけどね。」
「おはようございます。」
「顔も赤いし、寝汗もひどいわね。風邪でも引いた?」
「そうかもしれません。」
師匠は果物ナイフと林檎を手に取ると、
林檎の皮を綺麗にむき始めた。
「林檎、食べるでしょう、『レイセン』?」
* * *
「ウドンゲ~? もうお昼よ~?
・・・・・・あら、まだ寝てたのね。
この子が寝坊なんて珍しいわ。
まぁ、いつも頑張ってるし。今日くらいはゆっくり寝かせてあげようかしらね。」
ということはつまり…………((;゜Д゜))))
こ、こわ~(((゜д゜;)))
うどんげ早く起きてええええええ
お願い、生きていると断言してください!(ブルブル)
私的には包丁に刺されるところが一番恐怖感がありました……。
早く起きてくれますように。
全部夢ならば師匠早く起こしてあげてー!!
早く優曇華を起こしてあげてください!
控えめでこれなら本気の怖さは一体どうなってしまうのでしょうか…
ありがとうございました
はー、こえぇえ…(ブルブル
夢の中で夢を見ることは偶にありますねぇ
そして、それが夢だと認識できるときもあるし、出来ないときもある。
夢と認識できない夢は、本人にとっては現実と変わりませんからねぇ・・・
あとがきの
>見ている、と言う表現にしておきます。
というので、一気にゾクッときました。似た経験があるだけにこれは怖い…。
この夢に終わりはあるんでしょうか。いや、そもそも本当に夢?など、色々と考えさせられました。
その夢は本当に貴方の夢・・・それとも・・・
夢から覚めても夢で覚めても夢でそれから覚めても夢・・・
無限ループって怖いですねぇ・・・
鈴仙は現実に戻れるのか…
夢がループしてるってことはわかるんだが、今回が現実か夢かってことは判別できないんだよなあ。
ってか無限ループ怖いんで助けて永琳!
たすけて、えーりーん!!
評価も正直、ここまで多くいただけるとは思っていませんでした。
沢山のお米にお腹一杯です。多謝です。
・・・まだまだ食べられますがねッ!!
逆に考えるんだ!
「罪の意識がここまで大きい鈴仙はすごくいい子」と考えるだ!
こえええええぇぇぇぇぇ・・・・──
目を覚まさない限り、悪夢は永遠に続く……。
…だよね?
まあ何時までも起きなければ本物のえーりんが必ず助けてくれるさ・・・たぶん。
さあ早くハッピーエンドverを書いて投稿するんだ
うどんげ早く起きてくれってか誰か起こしてあげてくれ!