Caution:
本作は作品集50「彼女が門番になった理由(わけ)」の続編となっております。
直接の関連はありませんのでこの作品単独で読んでいただいても大丈夫ですが、そちらを先にお読みいただくことで、より一層楽しんでいただけることと思います。
では、本編をどうぞ。
一筋の流れ星が、黄昏と宵闇の交わる領域を切り裂きながら飛んでいく。
花をつけ始めた森の木々とも相まって、これを見上げた誰かは、きっと美しい光景だと思ったことだろう。……当事者はそれどころではなかったが。
「うおっ!? くっ、このー! いうこときけっ!」
当事者、即ち霧雨魔理沙は、火を吹きながら暴れまわる箒を必死にコントロールしようとしていた。
紅魔館から我が家に帰る途中、突如として箒が暴走したのである。……いや、そもそも紅魔館に付いたときにも調子が悪くて不時着した以上、気をつけるべきだったのだ。そう考えれば自業自得と言えるかも知れない。
そして。
「おーわーっ!?」
とうとう墜落した。
だが、最後の最後でツキは残っていたらしい。派手な水音と水しぶきを上げて、魔理沙は川にダイブした。
※ ※ ※
「……む、もうこんな時間か」
やれやれ、と言った感じで池辺に寝そべっていた少女は大きく伸びをする。すぐ近くに池に糸を垂れたままの釣竿が置いてあるところを見ると、釣りが途中から昼寝に変わったという塩梅だろうか。
「早く戻らんとアイツがうるさいな……ん?」
そうぼやきながら釣竿を引き上げようとしたところで、少女は妙に抵抗が大きいことに気づいた。根がかり(針などが水底に引っかかること)でも起こしたかと思ったが、そこまでの抵抗はなく、引っ張りあげられそうではあった。
「……よっ、と!」
そして、一息に引き上げてみると。
「……最後に大物が釣れたな」
針の先には、黒白の衣服を身につけた金髪の少女――有体に言って、魔理沙が引っかかっていた。意識は失っているようだが、それでも箒を手放していないのは大したものかも知れない。
「……面倒くさいが、放置もできんか」
一旦帽子を目深に被って深いため息をつくと、少女は荷物を纏め始めた。この分では帰りが遅くなって、また妹分に怒られそうだ、と若干憂鬱になりながら。
※ ※ ※
「ん、んぅ?」
「気が付いたか」
魔理沙が意識を取り戻すと、聞きなれない声がした。目を開いて上を見ても、知らない天井である。慌てて、布団を押しのけながら跳ね起きた。
「ここはどこだ!?」
「……今説明してやるから布団を被れ、風邪を引くぞ。まあ、俺は目の保養になるから構わんが」
「え……きゃあっ!?」
自分が全裸であることに気づき、魔理沙は慌てて布団を被った。顔の上半分だけを布団から出しながら、件の声をかけてきた人(?)物を恨みがましい目で見る。
「なんで服を剥いでるんだよ」
「ずぶ濡れでほっとくと本当に風邪をひきかねんかったからな。洗濯したから、乾くまでしばし待て」
「な、ならせめて代わりの服を!」
「……うむ、それは俺も考えたんだが。……生憎、君が着れるサイズの服はここになくてな」
と、下着姿の魔理沙より明らかに小柄な少女が、暖炉に薪を放り込みながら答えた。見た目の愛くるしさに反して、妙に言動が男前である。
「……あー、で、そっちがその格好なのは?」
「君を連れて帰ったせいで、俺の服もびしょ濡れになったからな。妹分が家事をサボってたせいで、着替えもないし」
そう言いながら薪をへし折る仕草は妙に怖かった。
ともあれ、ようやく頭もはっきりしてきたところで、一番疑問に思っていたことを魔理沙は尋ねた。
「……で、お前誰だ?」
「誰だ、とはご挨拶だな」
少女はくっくっ、と喉の奥で鳴らすような笑い声を上げる。
「まあ、そう面識があるわけでなし、無理もないか。だが……」
そう言いながら、少女は壁に掛けてあった帽子を取って、被って見せた。
「これなら分かるだろう?」
「……っ! リリー!?」
「その通りだよ、魔法使いのお嬢さん」
魔理沙の反応に満足したような笑みを浮かべると、投げ出すように帽子を壁に戻し、少女――リリーブラックは再び暖炉の前に戻った。
「まあ、もう夜だ。今夜は泊まっていくといい。じきに服も乾くだろう」
「お、おう。恩にきるぜ」
「気にするな。これも他生の縁というやつだ。……ああ、俺のような妖精が使う言葉ではなかったかな」
そう言うと、リリーブラックは暖炉の方を向いた。そんな彼女の背中を見ながら、魔理沙は内心で思う。ここのところ、幻想郷の連中の意外な一面をやたらと目にする気がする。これはあれか、私に幻想郷の秘密を暴けと言う神の声か? ……そこまで考えたところで、ブン屋の天狗やら最近幻想郷に来た神様やらの姿が脳裏に浮かび。頭が痛くなってきたので、布団を被って寝ることにした。
※ ※ ※
三十分か、一時間か。
暫しのまどろみの後、鼻をくすぐる蜂蜜の香りに魔理沙は目を覚ました。
「蜜の香りに誘われて目を覚ましたか。まるで蝶や蜂だな」
相変わらずの皮肉げな様子で、リリーブラックが声を掛けてきた。眠る前と変わらない目のやり場に困る格好だが、まあ女同士だしと気にしないことにする。
「ほら、飲むといい。温まるぞ」
そう言って、湯気の立つカップを差し出す。魔理沙は受け取ると軽く目礼をして、一口啜る。ミルクの温かさと柔らかい蜂蜜の甘さが、心まで温めてくれるようだった。
「旨いぜ。最近は酒ばっかりだが、こういうのもいいな」
「そうか。まあ春も近いとは言え、まだ冷たい水に浸かってたんだ。しっかり体を温めるんだな」
それを見て、リリーブラックの方も椅子に腰掛けてもう一つのカップに口をつける。魔理沙はというと、とても大事な物であるかのようにカップを両手で持ち、ホットミルクをすすることに没頭していた。
※ ※ ※
「ごちそうさん。大分温まったぜ」
そう言って魔理沙は飲み干したカップをサイドテーブルに置くと、うん、と大きく伸びをした。幸い、風邪の症状はない。
「んー、それにしてもこう、一息ついて体が温まってくると、なんか動きたくなってくるぜ」
「ストリップショーがやりたいなら止めないがね」
「い、いや。流石にそれは遠慮しておくぜ」
と、そこまで言ったところでふとあることに気づき、魔理沙はそのことを口にした。
「あ、そう言えば……えーっと」
「ブラック、それでいい」
「そうか。……んで、ブラックはどこで寝るんだ?」
自分が今寝ているベッドが彼女の物だろうと想像し、魔理沙はリリーブラックにそう問いかけた。流石に自分がベッドを占領して、家主を追い出すというのも気が引けたからだ。だが、リリーブラックはそんなことを気にした風もなく、軽く答えた。
「俺はソファーで寝る。……ああ、気にしなくていいぞ。一晩ぐらいどうということはない」
「いや、そういうわけにもいかないだろ」
「気にしなくていい、と言ったが。……ああ、それとも」
にやり、といった感じの笑みをリリーブラックが浮かべる。それに魔理沙が嫌な予感を感じた、その瞬間。
魔理沙の上に『柔らかく重い物』が圧し掛かった。
「寝床を共にする、か? 俺は構わんが」
「え!? あ、いや、うぉ、ええ?」
リリーブラックの端整な顔が、魔理沙の視界一杯にあった。突然の展開に、魔理沙は目を白黒させ、意味のある言葉を紡げない。そんな魔理沙を可笑しそうに見つめながら、リリーブラックはゆっくりと魔理沙から布団を引き剥がす。
「ああ、そういえば『動きたい』とか言ってたか。なるほど、誘ってくれたのに気づけなくて済まなかった」
くすくす、と笑いながら身を起こし、布団の下から現れた魔理沙の裸身を眺める。魔理沙の方はと言えば、頭がついていかず、ただぼんやりと目の前の少女の――春告精に使うには不適切かもしれない例えだが――雪のような白皙の肌を眺めていた。
そんな惚けたような魔理沙を見てリリーブラックは微笑みを浮かべる。そして、魔理沙の顎を持ち上げるようにすると、ゆっくりと唇を近づけ……。
「きゃあああぁぁぁっ!」
そこでようやく正気に返った魔理沙がリリーブラックを突き飛ばした。リリーブラックは空中で三回転して降り立ったが、魔理沙はその隙に布団を引っつかみ、部屋の隅まで下がると自分を守るように身を丸めた。
「い、いやあの、私は、そういう趣味はないん、だぜっ?!」
焦りか、怒りか、羞恥心か。顔を真っ赤にした魔理沙の様子に、リリーブラックは一瞬呆気にとられた表情をしたが……その直後に今度は腹を抱えて笑い出した。
「はははっ……! 勇名轟く『普通の魔法使い』も、その内実は純情な乙女か! あんな可愛らしい悲鳴が聞けるとはな!」
「なっ、なんだよっ! 私は真剣にだなぁっ!」
「いやいや、済まない。ちょっと冗談が過ぎたな」
「じょ、冗談……って……」
「冗談さ。俺にだってそのケはない」
「んなっ!?」
「くくく……まあそう怒るな。……ほら、そろそろ乾いてるぞ」
怒りの感情をあらわにしながらも、リリーブラックから手渡された服を魔理沙は着込んでいった。ただ、先ほどの経緯からか、布団の裏に隠れるようにしてではあったが。
そんな魔理沙に構わずに、リリーブラックの方も服を着込んでいく。その姿を見て、魔理沙はようやくといった感じで、彼女が春告精だということを再認識した。
「……ベッドは、私が使わせてもらうぜ」
「ああ、構わんよ」
むすっとした表情の魔理沙に、まだ笑いの衝動をこらえきれない様子のリリーブラックがこともなげに答える。
「全く、春は春でもそっちの春はいらないぜ」
「上手いことを言う」
苦笑をもらしながら、ふと思いついたようにリリーブラックは声を繋いだ。
「まあ……詫びという訳でもないが、明日になったら、素敵な『春』を見せてやろう」
「桜はまだだぜ? それとも明日咲くのか?」
「なるほどな、春と言えば桜か……。ま、明日だ。今夜はお休み、『魔法使い』」
「……ああ、おやすみ」
色々思う事はあったが、それでも冷たい水に浸かったせいか、思ったより身体は疲れていたらしい。魔理沙は、あっさりと眠りについた。
※ ※ ※
「起きろ、お嬢さん。もう朝だぞ」
「ん、んうー」
冬と春の境目の日差しに、魔理沙はゆっくりと目を開けた。一瞬、辺りの様子が見知ったものでないことに違和感を抱くが、すぐに自分が昨夜リリーブラックの家に泊まったことを思い出す。
「おう、おはよう」
「ああ、おはよう。ほら、早く起きるんだな。今日はいい天気になりそうだ」
その声につられ、窓から外を見る。そこには、
「桜?」
「いや、梅だ」
薄紅色の花をつけた木が、残雪の中に立っていた。
朝日を照り返す雪の中に見えるそれは、花見と言って仲間と騒ぎながら眺める博麗神社の桜とは、全く違った趣を見せる。
感嘆の表情で梅を見る魔理沙の横で、リリーブラックが朗々とした声を上げた。
有梅無雪不精神
有雪無詩俗了人
薄暮詩成天又雪
興梅併作十分春
「なんだ、それ?」
何やら詩歌のように聞こえるが、意味が分からず魔理沙が首をかしげる。
「梅があっても雪がなければ寂しい。雪があっても詩心がなければつまらない。夕暮れになって詩ができた頃、空からまた雪が降ってきた。梅と一緒に十分な春を楽しもう。……そんな意味らしい」
「へぇー」
魔理沙にとって、春と言えば桜だった。そこには普通雪はない。そも、魔理沙にしてみれば雪と言えば冬のものだ。だが、雪と梅を併せてそれこそが春と言った詩人によって、そしてその詩をこの場で口にしてみせた少女によって、魔理沙は今、自分が新しい『春』を知った気がした。
暫し、無言で風景を眺める。ただ声もなく、花を見つめる『花見』は、リリーホワイトが二人を朝食に呼びに来るまで続いた。
――梅は咲いたか、桜はまだか――
春は、すぐそこ。
本作は作品集50「彼女が門番になった理由(わけ)」の続編となっております。
直接の関連はありませんのでこの作品単独で読んでいただいても大丈夫ですが、そちらを先にお読みいただくことで、より一層楽しんでいただけることと思います。
では、本編をどうぞ。
一筋の流れ星が、黄昏と宵闇の交わる領域を切り裂きながら飛んでいく。
花をつけ始めた森の木々とも相まって、これを見上げた誰かは、きっと美しい光景だと思ったことだろう。……当事者はそれどころではなかったが。
「うおっ!? くっ、このー! いうこときけっ!」
当事者、即ち霧雨魔理沙は、火を吹きながら暴れまわる箒を必死にコントロールしようとしていた。
紅魔館から我が家に帰る途中、突如として箒が暴走したのである。……いや、そもそも紅魔館に付いたときにも調子が悪くて不時着した以上、気をつけるべきだったのだ。そう考えれば自業自得と言えるかも知れない。
そして。
「おーわーっ!?」
とうとう墜落した。
だが、最後の最後でツキは残っていたらしい。派手な水音と水しぶきを上げて、魔理沙は川にダイブした。
※ ※ ※
「……む、もうこんな時間か」
やれやれ、と言った感じで池辺に寝そべっていた少女は大きく伸びをする。すぐ近くに池に糸を垂れたままの釣竿が置いてあるところを見ると、釣りが途中から昼寝に変わったという塩梅だろうか。
「早く戻らんとアイツがうるさいな……ん?」
そうぼやきながら釣竿を引き上げようとしたところで、少女は妙に抵抗が大きいことに気づいた。根がかり(針などが水底に引っかかること)でも起こしたかと思ったが、そこまでの抵抗はなく、引っ張りあげられそうではあった。
「……よっ、と!」
そして、一息に引き上げてみると。
「……最後に大物が釣れたな」
針の先には、黒白の衣服を身につけた金髪の少女――有体に言って、魔理沙が引っかかっていた。意識は失っているようだが、それでも箒を手放していないのは大したものかも知れない。
「……面倒くさいが、放置もできんか」
一旦帽子を目深に被って深いため息をつくと、少女は荷物を纏め始めた。この分では帰りが遅くなって、また妹分に怒られそうだ、と若干憂鬱になりながら。
※ ※ ※
「ん、んぅ?」
「気が付いたか」
魔理沙が意識を取り戻すと、聞きなれない声がした。目を開いて上を見ても、知らない天井である。慌てて、布団を押しのけながら跳ね起きた。
「ここはどこだ!?」
「……今説明してやるから布団を被れ、風邪を引くぞ。まあ、俺は目の保養になるから構わんが」
「え……きゃあっ!?」
自分が全裸であることに気づき、魔理沙は慌てて布団を被った。顔の上半分だけを布団から出しながら、件の声をかけてきた人(?)物を恨みがましい目で見る。
「なんで服を剥いでるんだよ」
「ずぶ濡れでほっとくと本当に風邪をひきかねんかったからな。洗濯したから、乾くまでしばし待て」
「な、ならせめて代わりの服を!」
「……うむ、それは俺も考えたんだが。……生憎、君が着れるサイズの服はここになくてな」
と、下着姿の魔理沙より明らかに小柄な少女が、暖炉に薪を放り込みながら答えた。見た目の愛くるしさに反して、妙に言動が男前である。
「……あー、で、そっちがその格好なのは?」
「君を連れて帰ったせいで、俺の服もびしょ濡れになったからな。妹分が家事をサボってたせいで、着替えもないし」
そう言いながら薪をへし折る仕草は妙に怖かった。
ともあれ、ようやく頭もはっきりしてきたところで、一番疑問に思っていたことを魔理沙は尋ねた。
「……で、お前誰だ?」
「誰だ、とはご挨拶だな」
少女はくっくっ、と喉の奥で鳴らすような笑い声を上げる。
「まあ、そう面識があるわけでなし、無理もないか。だが……」
そう言いながら、少女は壁に掛けてあった帽子を取って、被って見せた。
「これなら分かるだろう?」
「……っ! リリー!?」
「その通りだよ、魔法使いのお嬢さん」
魔理沙の反応に満足したような笑みを浮かべると、投げ出すように帽子を壁に戻し、少女――リリーブラックは再び暖炉の前に戻った。
「まあ、もう夜だ。今夜は泊まっていくといい。じきに服も乾くだろう」
「お、おう。恩にきるぜ」
「気にするな。これも他生の縁というやつだ。……ああ、俺のような妖精が使う言葉ではなかったかな」
そう言うと、リリーブラックは暖炉の方を向いた。そんな彼女の背中を見ながら、魔理沙は内心で思う。ここのところ、幻想郷の連中の意外な一面をやたらと目にする気がする。これはあれか、私に幻想郷の秘密を暴けと言う神の声か? ……そこまで考えたところで、ブン屋の天狗やら最近幻想郷に来た神様やらの姿が脳裏に浮かび。頭が痛くなってきたので、布団を被って寝ることにした。
※ ※ ※
三十分か、一時間か。
暫しのまどろみの後、鼻をくすぐる蜂蜜の香りに魔理沙は目を覚ました。
「蜜の香りに誘われて目を覚ましたか。まるで蝶や蜂だな」
相変わらずの皮肉げな様子で、リリーブラックが声を掛けてきた。眠る前と変わらない目のやり場に困る格好だが、まあ女同士だしと気にしないことにする。
「ほら、飲むといい。温まるぞ」
そう言って、湯気の立つカップを差し出す。魔理沙は受け取ると軽く目礼をして、一口啜る。ミルクの温かさと柔らかい蜂蜜の甘さが、心まで温めてくれるようだった。
「旨いぜ。最近は酒ばっかりだが、こういうのもいいな」
「そうか。まあ春も近いとは言え、まだ冷たい水に浸かってたんだ。しっかり体を温めるんだな」
それを見て、リリーブラックの方も椅子に腰掛けてもう一つのカップに口をつける。魔理沙はというと、とても大事な物であるかのようにカップを両手で持ち、ホットミルクをすすることに没頭していた。
※ ※ ※
「ごちそうさん。大分温まったぜ」
そう言って魔理沙は飲み干したカップをサイドテーブルに置くと、うん、と大きく伸びをした。幸い、風邪の症状はない。
「んー、それにしてもこう、一息ついて体が温まってくると、なんか動きたくなってくるぜ」
「ストリップショーがやりたいなら止めないがね」
「い、いや。流石にそれは遠慮しておくぜ」
と、そこまで言ったところでふとあることに気づき、魔理沙はそのことを口にした。
「あ、そう言えば……えーっと」
「ブラック、それでいい」
「そうか。……んで、ブラックはどこで寝るんだ?」
自分が今寝ているベッドが彼女の物だろうと想像し、魔理沙はリリーブラックにそう問いかけた。流石に自分がベッドを占領して、家主を追い出すというのも気が引けたからだ。だが、リリーブラックはそんなことを気にした風もなく、軽く答えた。
「俺はソファーで寝る。……ああ、気にしなくていいぞ。一晩ぐらいどうということはない」
「いや、そういうわけにもいかないだろ」
「気にしなくていい、と言ったが。……ああ、それとも」
にやり、といった感じの笑みをリリーブラックが浮かべる。それに魔理沙が嫌な予感を感じた、その瞬間。
魔理沙の上に『柔らかく重い物』が圧し掛かった。
「寝床を共にする、か? 俺は構わんが」
「え!? あ、いや、うぉ、ええ?」
リリーブラックの端整な顔が、魔理沙の視界一杯にあった。突然の展開に、魔理沙は目を白黒させ、意味のある言葉を紡げない。そんな魔理沙を可笑しそうに見つめながら、リリーブラックはゆっくりと魔理沙から布団を引き剥がす。
「ああ、そういえば『動きたい』とか言ってたか。なるほど、誘ってくれたのに気づけなくて済まなかった」
くすくす、と笑いながら身を起こし、布団の下から現れた魔理沙の裸身を眺める。魔理沙の方はと言えば、頭がついていかず、ただぼんやりと目の前の少女の――春告精に使うには不適切かもしれない例えだが――雪のような白皙の肌を眺めていた。
そんな惚けたような魔理沙を見てリリーブラックは微笑みを浮かべる。そして、魔理沙の顎を持ち上げるようにすると、ゆっくりと唇を近づけ……。
「きゃあああぁぁぁっ!」
そこでようやく正気に返った魔理沙がリリーブラックを突き飛ばした。リリーブラックは空中で三回転して降り立ったが、魔理沙はその隙に布団を引っつかみ、部屋の隅まで下がると自分を守るように身を丸めた。
「い、いやあの、私は、そういう趣味はないん、だぜっ?!」
焦りか、怒りか、羞恥心か。顔を真っ赤にした魔理沙の様子に、リリーブラックは一瞬呆気にとられた表情をしたが……その直後に今度は腹を抱えて笑い出した。
「はははっ……! 勇名轟く『普通の魔法使い』も、その内実は純情な乙女か! あんな可愛らしい悲鳴が聞けるとはな!」
「なっ、なんだよっ! 私は真剣にだなぁっ!」
「いやいや、済まない。ちょっと冗談が過ぎたな」
「じょ、冗談……って……」
「冗談さ。俺にだってそのケはない」
「んなっ!?」
「くくく……まあそう怒るな。……ほら、そろそろ乾いてるぞ」
怒りの感情をあらわにしながらも、リリーブラックから手渡された服を魔理沙は着込んでいった。ただ、先ほどの経緯からか、布団の裏に隠れるようにしてではあったが。
そんな魔理沙に構わずに、リリーブラックの方も服を着込んでいく。その姿を見て、魔理沙はようやくといった感じで、彼女が春告精だということを再認識した。
「……ベッドは、私が使わせてもらうぜ」
「ああ、構わんよ」
むすっとした表情の魔理沙に、まだ笑いの衝動をこらえきれない様子のリリーブラックがこともなげに答える。
「全く、春は春でもそっちの春はいらないぜ」
「上手いことを言う」
苦笑をもらしながら、ふと思いついたようにリリーブラックは声を繋いだ。
「まあ……詫びという訳でもないが、明日になったら、素敵な『春』を見せてやろう」
「桜はまだだぜ? それとも明日咲くのか?」
「なるほどな、春と言えば桜か……。ま、明日だ。今夜はお休み、『魔法使い』」
「……ああ、おやすみ」
色々思う事はあったが、それでも冷たい水に浸かったせいか、思ったより身体は疲れていたらしい。魔理沙は、あっさりと眠りについた。
※ ※ ※
「起きろ、お嬢さん。もう朝だぞ」
「ん、んうー」
冬と春の境目の日差しに、魔理沙はゆっくりと目を開けた。一瞬、辺りの様子が見知ったものでないことに違和感を抱くが、すぐに自分が昨夜リリーブラックの家に泊まったことを思い出す。
「おう、おはよう」
「ああ、おはよう。ほら、早く起きるんだな。今日はいい天気になりそうだ」
その声につられ、窓から外を見る。そこには、
「桜?」
「いや、梅だ」
薄紅色の花をつけた木が、残雪の中に立っていた。
朝日を照り返す雪の中に見えるそれは、花見と言って仲間と騒ぎながら眺める博麗神社の桜とは、全く違った趣を見せる。
感嘆の表情で梅を見る魔理沙の横で、リリーブラックが朗々とした声を上げた。
有梅無雪不精神
有雪無詩俗了人
薄暮詩成天又雪
興梅併作十分春
「なんだ、それ?」
何やら詩歌のように聞こえるが、意味が分からず魔理沙が首をかしげる。
「梅があっても雪がなければ寂しい。雪があっても詩心がなければつまらない。夕暮れになって詩ができた頃、空からまた雪が降ってきた。梅と一緒に十分な春を楽しもう。……そんな意味らしい」
「へぇー」
魔理沙にとって、春と言えば桜だった。そこには普通雪はない。そも、魔理沙にしてみれば雪と言えば冬のものだ。だが、雪と梅を併せてそれこそが春と言った詩人によって、そしてその詩をこの場で口にしてみせた少女によって、魔理沙は今、自分が新しい『春』を知った気がした。
暫し、無言で風景を眺める。ただ声もなく、花を見つめる『花見』は、リリーホワイトが二人を朝食に呼びに来るまで続いた。
――梅は咲いたか、桜はまだか――
春は、すぐそこ。
こんな設定もありだな
あかん、これは惚れる
bottomlessさんの考える白リリーも見てみたいですね。
やっぱり黒リリーとは対称的な性格なんでしょうか?
味のあるリリーですね。
台詞無しだし、この味付けもありですね。
リリーホワイトにもご登場願いたかったんだぜ!