Coolier - 新生・東方創想話

天職を転職 中編

2004/08/04 13:02:57
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紅魔館は、未曾有の混乱に巻き込まれていた。
どのくらい未曾有かというと、紅魔館にいるメイドが誰一人として寝てないほどだ。
三交代制。常に働く者がいる代わりに常に誰かが休息する筈が、メイドたちが全員、総出で対処しているのだ。
これは異常事態と言える。

「咲夜! なんなのこれは!」
「お嬢様、申し訳ございません」
「謝る必要はないわ、理由を言いなさい!」
「その――」
「咲夜様! 毛玉が、毛玉が!!」

メイドが慌てた様子で駆け込んだ。
よほど焦っているのか、言葉が意味不明だった。

「またなの!? 皆! 迎撃準備!」
「……咲夜?」

従者は、毅然とした態度で告げた。

「お嬢様、毛玉が来襲しています」

毛玉、埃、あの雑魚、あの白い何か。
正式名は特にないが、紅魔館周辺に棲息する『何か』である。
自然現象とも下級妖魔とも言われているが、本当は何なのか誰も知らない。
根気良く調べていけば分かるだろうが、そんな暇な人間は幻想郷にいない。
ともかく、いままでは無視できる程度の量であったのに、今日に限って紅魔館へと襲来していた。それも馬鹿らしいほど大量にだ。

「……咲夜、貴女が蹴散らすることはできないの?」
「無理です」
「なんで? 貴女ほどの力があれば可能でしょう」

悔しそうに唇を噛みながら告げた。

「量が、普通ではないんです」

紅魔館は闇に沈んでいた。
月が仄かに照らすが、全体像をはっきりとは知らせない。
吸血姫とて、事実を知れば従者を責めはしないだろう。
雲海というものがある。
ある程度の高度から、たとえば山頂などから『雲を見下ろす』風景のことだ。
雲が生成される高さよりも上に登ると、このような光景が見える。
文字通り、雲の海。
地平の先まで続く雲平線だ。
紅魔館の屋根から見た『毛玉』が、そんな有様だった。
大量などという言葉では表現しきれない。それはまさに『天災』であり『氾濫』だった。

「私のナイフの数には限度があります。一度に投げれる量もたかが知れてますし、一定方向しか対応できません。それならば紅魔館のメイドが全員で対応に当たった方が、まだマシなのです」
「……みたいね」

窓の外を見ていた。
毛玉が軽い音と供に弾けてる。
音は絶え間なく、途切れることなく続き、迷惑なほどの音量になっている。
空から俯瞰して見れば、霧とも水とも判別のつかないものが、紅魔館という『穴』に流れ込んでいる状態だった。
「……どうしてこうなったの?」
「分かりません、夕方から増えつづけてはいましたが、理由も原因も判然としません」
「そう……」

レミリア・スカーレットは考えた。
この紅魔館、つまりは自分に喧嘩を売る愚か者は誰なのか。
色々と考えてみるが、思いつかない。
大抵の相手は叩き潰したはずだ。
いや、少なくとも、自分が相手をしてきた者たちは、己の力で闘っていた。
このような姑息な手段にでる者はいないだろう。

「うーん」

ならば自然現象なのかとも思うが、それも少しばかり不審だ。
長年暮らしてきて、このような事態は初めてだ。
自然のものだとしても、なにか『原因』があるに違いない。
珍しく考え込んでいると、後ろの扉が開かれた。

「なによ、これ~」

コホコホと、咳と供に現れたのは、紅魔館一の知識者兼病弱っ子、パチュリー・ノーレッジだった。
口には大きなマスクをつけていた。
毛玉が弾けた後に出る粉塵、それが館内にまで満ちている。
慢性喘息持ちの彼女には過酷過ぎる環境だ。

「あ、パチュリー」
「パチュリーさま」

主従、ふたりの声が重なった。

「咳、とまらない……」

言葉の合間にも咳をつく。
紅魔館一の知識人は現在、かなり頼りなかった。




+++




「うう、このご恩は一生忘れません~!」

もふもふと食べながら中国は叫んだ。
手には白米と箸。
目からは涙が滂沱と流れていた。

「ああ、もう涙流しながら食べないでよ、ほら顔拭いて」
「ありふぁとうございまふゅ」

顔を拭かれるままにお礼を言った。
神社の中に通され、暖かいご飯まで用意してくれた上に、一泊の宿まで与えてくれたのだ、このトリプルコンボに彼女は一生ついてゆこうとまで心に決めた。
生涯の住み家はここだと決心する。
紅魔館?
ああ、そんな所もあったかなあ? という勢いだ。

「まったく、あんなとこでどうしたの? 言っとくけど、あそこに張ってあるのは本気にしちゃだめよ」
「ほうなんれふか?」
「……あー、とにかく食べ終って、涙を拭いてから喋ってね」
「ふぁい」

いそいで食べる。
霊夢は彼方を向いたまま解説した。

「最初はけっこう真面目なものばっかりだったんだけどね、だんだんと勘違いする妖怪が増えてきてね」
「?」

首だけを傾げる。
箸と口は止まらない。

「ったく、人間を募集するものがやたらと多いと思ったら、要は『金は払うから食べさせて』って内容ばっかりだし。まあ、滅多に人が来ないから放っておいたんだけど」
「…………」
「とはいえ、あんなんで雇われる人間はいないだろうし、最近は張る方も冗談半分だけどね」

はっはっはと笑い飛ばす霊夢。

「……………………」

彼女は完全に信じていた。
どれにしようか迷っていた。
信じて迷った上に落胆し、絶望のどん底にまで落ちていた。
思わず箸を咥えたまま遠く彼方を見つめ、意識もそちらに飛ばした。

(外って怖いところだったんだ)

母さん、都会って怖いところですね、騙す人がたくさんいます。
ふるさとの水の味や、のどかな風景がなつかしいです。私が壊してしまった蓬莱山は無事でしょうか?
意味の分からないことも考えてみる。
門入り娘には厳しすぎる冗談だった。

「まあ、とにかく一晩の宿くらいは貸すわよ、その後で心当たりをあたってみるわ」
「本当ですか!?」
「ええ」

霊夢としてはこんなことをする義理はこれっぽっちもないのだが、生憎と先ほどの振り向く姿が忘れられなかった。
捨てられた子猫でさえ、あそこまで哀切な目を持たないだろう、そう確信できる威力を誇っていた。
これで無常に雨なぞが降っていれば、おかしな部分が野生の咆哮を上げるだろうとさえ思えた。
どんなおかしな部分かはトップシークレットである。
現在はチルノが常備してるとの噂もあったりする。

「客用布団も最近干したから大丈夫だと思うけど、湿ったりしてたら言ってよね」

霊夢は、いわゆる『いい人間』ではないが非情でもない。良くも悪くも気紛れな彼女は、たまにお人よしな部分を発揮する。
今がまさにそうだった。

「…………」

中国は思わず両手を組んで、ひざまずいた。
両膝もついたその様は、まるでマリア像を崇める信徒だった。

「こら、ちょっと止めてよ」
「……一生ついていっていいですか?」
「いや」
「即答しないでくださいよ」
「そんな柄じゃないわよ、私は」
「いまの私には、霊夢様の背後に後光が見えます」
「そんなものない! 様も付けない! 平伏もしない! 涙も流さない!」

ビシビシと言い返す。
痛む頭を押さえ、それでも霊夢は続けた。

「とにかく今日はもう寝なさい、あんたは疲れてるから変なこと言い出すのよ、客間に布団を敷くわ」
「あ、霊夢様、それぐらいは私がやります」
「いや、だから、いいって」
「そう言うわけにもいきません」
「あんた、一応、客なんだから」
「霊夢様の手を煩わせるわけには――」
「ええい! 黙って座ってなさい!」

博麗神社は、かなり平和だった。




+++




一方、そうもいかないのが紅魔館の面々だ。
夜を徹して対抗・撤去作業が続けられていた。
敵は雑魚とはいえ無限に近い。
メイドたちが投げるナイフは底をつき、現在はヴワル図書館の魔書と妹様が奮闘してた。

「ああ、もう! 久しぶりに外に出れたと思ったら、こんなんかー!!!」

苛立ち紛れにレーヴァテインを振るう。
八つ当たり気味な様相とは裏腹に、真っ赤な巨剣は容赦なくほとばしった。
ザックザックと小気味良く切り裂き、月夜の静けさをぶち壊しにしてる。
夜の古城に衛星レーザー級の攻撃が振り回されているのだ、かなりのミスマッチと言えるだろう。
その様子――光剣が大気をかき乱してる様子を見て、パチュリーはあることに気が付いた。

「……これ、風なのかな」
「どういう意味、パチュリー?」

眠気目をこすり、真紅の吸血鬼は尋ねた。
小さくアクビをし、かなり眠そうだ。
大きなマスクから咳をコホコホ出し、パチュリーは答えた。
寝るどころではないほど、つらそうだ。

「う~ん、紅魔館に向かって、全方位から風が吹いてるのよ。それで毛玉が、ここに集まってきてるんだわ」
「うん? つまり?」

「おまたせしました」

咲夜が入室した。
濃い目の紅茶と喘息用の薬を、トレイの上に乗せている。

「あら、ありがと」

レミリアは珍しくお礼を言った。
それだけ眠いのだろう。

「まったく、ここ最近、昼夜が逆転してるわね」
「お嬢様、普通は夜に寝るものです」
「私は吸血鬼よ? 昼に起きないのが普通だわ」
「そんな眠そうな姿では説得力がありませんよ。あ、パチュリー様、お薬はこれでよかったですか?」
「ああ、これこれ~」

声も身体も歩幅さえもフラフラさせながら近づき、パチュリーは七色に変わる不思議な薬を一気飲みした。

「相変わらず、貴女の薬は身体に悪そうね」
「ん~」
「お嬢様、あの薬は違いますよ? どこかの『黒くてすばしっこいの』が丹精と情熱とその他諸々を込めて作った一品です」
「あ、だからパチュリーがあんなに嬉しそうなのね」
「ええ、「飲んだら次の作ってやるぜ」とか言ってましたから、早く使ってしまいたかったのでしょうね」
「――――」

彼女は聞こえない振りをした。
そっぽを向きながらも、その頬は赤い。

「と、とにかく、この一件は風が原因なのよ」
「誤魔化しましたね」
「ごまかしたわね」
「……ふたりで意味ありげなヒソヒソ話をしないで~」
「まあ、分かったわ。このままじゃ話が進まないしね」
「ええ、後で追求しましょう」
「あ、そういえば妹が黒いのに求婚されたって言ってたわね」
「えぇ!?」
「自己申告ですが、確かにそう言っていましたね」
「でも関係無いから、話を進めましょう」
「そうですね」
「…………」

パチュリーは石化の呪文をかけられた。
汗がダラダラと流れてる。

「あ――」

どういうことなのか、尋ねようとしたが。

「関係無いけど、パチュリーの話が終れば言うかもね?」
「そうですね、パチュリー様の話が終れば」

彼らは暗に要求していた。
『続きが聞きたければ説明を手早く』と。
パチュリーの説明は長いことで有名だ。知識人が知識を披露するのは『正確さ』をとにかく重視する。
いちいち本を引用し、物証を積み重ね、誰も疑っていないというのに『本当に本当なのだ』ということを強調するのだ。
そんなことをすれば、当然のように説明時間は膨大になる。

「うっ……」

パチュリーの脳裏に、妹様と黒帽子が抱き合っている光景が浮かんだ。愛しそうに目と目を合わせ、何かを囁きあっていた。
顔中に焦りを浮かべながら説明を始めた。
彼女にしてはかなり早口だった。

「毛玉は、自分で動き回れるけど、基本的には風任せなの」
「ふうん」
「なるほど」
「だから、この館に向けて四方八方から風を吹かせる。それだけで毛玉は集まるわ」
「あら、それだけ?」
「意外と簡単ですね」
「やることは壮大だし、かなりの力が要るけど、『嫌がらせ』以上の効果はないわ。実際、怪我人すら出てないし――――だから、その」

救いを求める罪人のような有様だった。
無実だと信じているのだが、何かの間違いや不運によって有罪となるのを恐れていた。
だが、裁判官のふたりは一向に判決を言おうとしない。

「逆に風を吹き散らせばいいかしら」
「お嬢様、風はずっと吹いているようです、一時的には散らせても、すぐに毛玉が集まってきます」
「どうやっているのかしら? そんなに力を使いつづけるのは難しいはずだけど」
「なにかの装置を使っているのでしょうか」
「あの……」

パチュリーは、怖さと嫉妬と不審と恋心をカクテルされていた。

「それで、魔理沙が求婚したっていうのは、どいういう――」
「でも、そんなものを作っていたら分かるはずでしょう?」
「そうですね、長期的に作っているのであれば、気が付かない筈がありません」
「一夜にして作った装置、ってこと?」
「そのようなことが可能なのでしょうか」

真剣な主従に、不安に揺れる乙女心が入り込む余地は無かった。

「は、話の続きは~……?」

三者三様な彼ら、その横の窓からは、朝日がゆっくりと昇ろうとしていた。




+++



チュンチュンと雀の鳴き声がする。
ごく普通の雀なので、妖怪を呼び寄せたりはしない。
朝日の中で戯れる、ごく平和な光景だ。

「なにこれ……」

霊夢は寝癖のついた頭を掻きながら呟いた。
寝床を出ての第一声が、これだった。
サンサンと照らしつける太陽が、目の前の出来事を現実だと強調する。
だが、起き立てで処理速度の遅い脳みそは、なかなか現実を理解することができない。
まず、廊下が輝いていた。
生まれてから今まで、これほどまでに清潔に磨かれた廊下は見た事が無い。
庭は玉石の一つ一つまでが太陽光を反射し、新品同様の有様だ。
木々は異様なほど生き生きとし、石畳は滑らないか心配なほど艶やか、鳥居はペンキ塗りたてなのかと思うほどに朱い。
博麗神社は一夜にしてリニューアルされていた。
常駐してる幽霊たちも居心地が悪そうだ。
霊夢は腕を組み、頭を捻った。

「ここって、あたしの家なはずよね……」

綺麗過ぎて違和感があった。
廊下もツルツルとしていて、なんだか気色が悪い。
立て付けの悪い障子も、抵抗なく開いてしまう。
――ここは本当に住み慣れた我が家なのか?
他人の家で、「あー、凄い。こんなに綺麗にしてるんだー」と尊敬する感覚。それを『自分の家で』味わっていた。
いつも通り、居間へと進むと。

「あ、霊夢様! おはようございます」

喜色満面な中国が挨拶をしてきた。
お玉を片手に調理する様子は、どこぞの若奥さまといった雰囲気だ。
着古された割烹着が、やたらと似合っていた。

「あー、あんた随分早起きね」
「ええ、それはもう!」

当然のように、元気が良かった。
周囲も、それに応え、清潔な輝きを見せつけている。

「……これって、あんたが掃除したの?」
「ええ、朝から頑張りました!」

疑問が解消された。
理由が分かれば後は放っておいてしまうのが、霊夢の良い所である。
害が無ければ、なんでも受け入れてしまう。

「ふうん、あたしはまだ眠いわ」

霊夢はちゃぶ台の前に陣取り、一週間まとめて届けられる新聞を広げた。
中国が若奥さまなら、こちらは気風のいい亭主だろうか。
座る様に、なんとも言えない風格がある。

「お茶を飲みますか?」
「ん」

煎餅をかじっているのを見て、中国が声をかけた。
霊夢は新聞から目を離さずに頷く。
目線は、四コマ漫画の行く末に夢中だ。
手元に置かれた湯のみを、これもまた禄に見ないまま啜る。

「ん?」

――おいしい。
素直にそう思った。
いつもの安い茶葉のはずだが、何故か味わい深い。
だが、古き良き日本な亭主はそんなことには触れず、湯のみを置きつつ、気になる事を尋ねた。

「あんた、一体いつ起きたの? わたしだって結構、早起きなはずだけど、それ以上でしょ」

もっと早くとなると、日が昇る前以外にない。

「は、はい。うるさかったでしょうか?」
「いや、そいうことじゃなくて――」
「布団で寝れたのは久しぶりでしたから、かなり安眠できました。だから、その分、睡眠時間も短くなってしまったみたいです」

――そのため、つい早起きをしてしまったと、そう続けた。
屈託なく笑う顔に、暗さは微塵もない。
ただ単純に、布団で寝れたことを喜んでいた。

「……………………あんた、普段、どういう生活してるの?」

疑念を覚えた霊夢は尋ねた。
布団で寝れたのが久しぶり?
一体、どういうことだと思った。

「え、そうですね――」

彼女は、自分の『いつもの生活』を解説した。
日々の慎ましやかな出来事を喋ってみる。
普段通りの、ごくごく一般的な門番生活なはずだ。
これが平均値であり、通常であり、普通だと確信して喋った。
だんだんと変化する、霊夢の表情には気づきもしない。

がし!

「え?」

全てを喋り終える前に、中国の両肩に手が乗せられた。
こう、叩きつけられるように、がし! っと。
霊夢の目からは、涙が滂沱と流れていた。
いわゆる『感動もの』の本を読んでも「ふーん」の一言で終らせる女、霊夢。その涙腺を直撃してた。
ちょうど彼女が説明途中に、『寒い時には新聞紙で身体を包むといいんですよ~』と、豆知識を披露したところだった。

「いつまでもここにいなさい!」

涙も拭かず、霊夢は中国の瞳を見据えたまま宣言した。
彼女は、なんのことだかサッパリだった。

「あの、えっと――いいんですか?」
「もちろんよ!」

たしかに、それは彼女が望んでいたことではある。
しかし、何故そんなことを言ってくれるのかが分からなかった。
霊夢は裾で涙をぬぐい、「不憫、不憫過ぎるわ」と小声で呟いた。
『おしん・紅魔館編――人権って何? 美味しいの?――』
ヘンな映画のタイトルまで浮かんでしまう。
この映画が酷いのは救いがどこにもなく、本人が不幸だとは、ちいっとも、まるっきり思ってない点だ。

中国は、お玉を片手に首をひねっていた。




+++




「んっふっふ」

チルノは満足気に含み笑いをした。
朝靄の中、堂々と仁王立ちをしてる様子は、一端の悪党だった。
乗っている場所は巨大な氷壁だ。
並みの大きさではない。
下から見上げれば引っくり返りそうな高さだ。
しかも、それが一つではなく、湖をぐるりと囲むように立っている。


――凍符・アイシクルウォール


それが『原因』の正体だった。
冷たい空気は下へと落ちる。
氷壁によって冷やされた空気は湖上を滑り渡り、毛玉もろとも紅魔館へと突っ込む。
空気は冷たい方から暖かい方へと動くという、海風・陸風の理屈を応用したものだった。
自称・『りけいなちてきびじん』のチルノは、腕を組み、目を閉じる。
不敵な笑みとかも浮かべてみる。
さすが『りけいなちてきびじん』だわと、自画自賛する。
ちなみに『りけいなちてきびじん』を漢字で書くことは、まだ出来ない。
それはちょっと範囲外なのだ。

「中国が転職したら、会う機会が減っちゃうじゃない。当然のむくいだわ」

うんうんと納得する。
単身で紅魔館に行くなどという無謀なことはしない。
『運命』と『時間』と『破壊』と『知識』を相手に、『氷結』ていどでは分が悪すぎる。
だからこそ、この作戦だ。
これならばチルノ本人が攻撃する必要がなく、それでいて紅魔館にダメージを与えることができる。
さらにこの作戦の良い点は――

「んっふっふ、誰がこの氷壁を作ったか分からないでしょ」

幻想郷には雪やら氷を操るものが結構いる。
その中の誰であっても、この程度の氷壁を作る事は可能だ。
……紅魔館近くにいる雪ん子はチルノだけなのだが、それは考えないようにする。

「さあて、もうそろそろ離れなきゃね」

氷壁から降り、ふよふよと離脱した。
夏の暑さが身にしみるが、笑みはなくならない。
博麗神社へ中国に会いに行こう、そのまま出来れば愛の逃避行でも突入しようかな。などと妄想を繰り広げてる。
最後にしばらくは見る事も無いだろう、湖を振り返った。

「…………」

変わらない冷気を湛える氷壁。
透明度の高い、広大な湖。

「はあ」

なんだかんだと言っても愛着はあった。
長年、住み慣れた場所を離れるのは、やはり、惜しい。
溜息を地面に向かって吐く。

「けど、これもそれも愛のため!!」

決意を込めて顔を上げる。
そこに一片の迷いもなかったのだが――

「――――え?」

氷壁が、無かった。
全て破壊されていた。
氷の欠片がキラキラと舞い。夏の陽光を反射していた。
湖を取り囲んでいた氷壁は、まったく同時に散華した。
元から自壊機能を備え、それを発動させたかのようだった。

(うそ――――)

チルノは思う。
地面を見て、顔を上げる。
たったこれだけの時間で、全ての氷壁を『同時に』破壊するなどあり得ない。
まるで、マジックだ。
――さあお立会い、氷壁を一瞬で氷の欠片に変えてみせます――
『時間を止めて壊した』ような有様だ。

「!!」

チルノはダッシュした。
無駄だと知りつつも、自分の出来る最大加速で離脱する。
だが、意味が無い。
どれだけ早い速度でも、『時間』相手には敵わない。
無効化されてしまう。

「うな!?」

現に、数歩も行かないうちに捕まった。
1秒前まで走っていたはずなのに、今はもう両手両足を拘束され、連れ去られている。
瞬間移動したみたいだと、チルノは思った。

「話は聞きました」

もう手も足も出ない。
抱えられたまま、瀟洒な、それでいて冷徹な笑みを見る以外にない。
完全なメイドが浮かべる完全な笑みは、この場合、恐怖でしかなかった。
額に血管が浮き出てるから、尚更だ。

「つまりは貴女が実行犯、そして――」

目が鋭く細められた。
笑みが冷たいものに変わる。
徹夜で毛玉を相手にした恨みが、行く先を見つけてしまう。


「計画犯、全ての原因が中国、そういうことですね?」






後編は、さ、再来週?
本当に終わるのか我ながら心配です。

追記・ymさん、ありがとうございます。
なぜか普通に勘違いしてました。

スペルの方は、
アイシクルフォールをアイシクルウォールと勘違いしたなんていう、基本的かつ、うっかりミスなわけでは――――

――――すいません。ありました。w

このSSでは変えられないので、オリジナルということでスルーしてください。
nonokosu
http://nonokosu.nobody.jp/index.html
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コメント



0.4280簡易評価
3.40ym削除
中国の不遇っぷりとけなげさがなんともw
結末が気になりますね。
どう中国が料理されるのか、と(ぉ

ところで誤字ぽいのを。
・パチェリー→パチュリー
アイシクルウォールはどうもオリジナルスペルぽいんで誤字じゃなさそうですがw

5.50佐伯々削除
チルノに対しても言葉が丁寧なあたりに咲夜さんの本気を感じ取りましたw
何か自分の脳内で勝手に結末が構築されたので文章にしてみようか等と思ってしまったり
後編を震えて待ちます
8.50裏鍵削除
あーチルノはやはりチルノでしたか。哀れな中国。っていうか出来てるんだこの二人。
アイスクルウォールにワロタw
9.60名前が無い程度の能力削除
チルノが頭良いー!?
引き際さえ間違わなければ完勝だったろーに。
雨も降らせられるし、氷の環の中にでかい氷を落とせば津波も起こせるし。
でもこうでなきゃチルノじゃない。

後、中国の田舎ってどんな所なんだろう?
続編が楽しみです。
11.60名前が無い程度の能力削除
『おしん・紅魔館編――人権って何? 美味しいの?――』
に爆笑しました。続きが楽しみです。
14.50shinsokku削除
かしこみかしこみコミカルコミカル。語感似てますよね。それは置いといて。
楽しませていただきました。笑いを堪えるのに苦労(現時刻午前一時)。
中国=ピュアハート田舎娘のはまるはまる。しかし、おしんは有能だけd(ry
それにしてもこのページ、本名で検索かけても該当なしっていうのが凄い。
既にして禁句の域まで達したか、中国。後編での処遇に期待。
(私的白眉:『寒い時には新聞紙で身体を包むといいんですよ~』)
19.50Barragejunky削除
やべえ面白い。
これぞ正統派コメディ、表現の豊かさは勉強になりますとても。
古き良き日本な亭主とりけいなちてきびじんが個人的ツボに入りました。
美鈴が何とも不憫すぎて泣けます。君よ博麗神社で幸せになってくれ。
しかしその願いも最後の咲夜さんの御言葉に叶わぬ夢と散るのは明白。
人の夢って書いて儚いんですね……

後編もお待ちしております。
22.50MSC削除
すごいっすね。
この先、美鈴とチルノがどうなるか気になるところ。
なにげに霊夢も良い味だしてました。
美鈴はどっちの生活を選ぶんだろう・・・・・・。
コレ読んでて、とある漫画のキャラを思い出してしまった。
なんて不憫なんだ美鈴(泣)
24.60みっくす削除
不憫さが突き抜けてますね、中国はw
しかも不幸を不幸と気づいていないだけに涙を誘う(つдT)
頑張れ中国!負けるな中国!
そういえば・・・

チルノはまだ生きてますか(ぇ
37.無評価いち読者削除
随所に配された小ネタがとにかく面白いです。
中でも『寒い時には新聞紙で~』のくだりは私もツボでした。
やっぱり、コレやると暖かいんですかね、私はやった事ないんですが(当たり前)。

それにしても、雲の海になるほどの数の毛玉って……。
41.80紗枝削除
す…すごいです。
かなりぐっときました。
84.90名前が無い程度の能力削除
博麗宅で割烹着を着ている美鈴に最高に萌えました
88.70名前が無い程度の能力削除
おしんwww