その少女は冷たく光るナイフのような鋭い美しさを持っていた。
その少女はどこまでも完璧で、人というより人形のような雰囲気を持っていた。
その少女は止まった世界で生きていた。
その少女を初めて見た時のことを今でも覚えている。
お嬢様が連れてきたからというのもあるが、何よりも人間とは思えないその雰囲気が印象深かった。
肩まで伸びた銀の髪は、光を受けると少し紫かかった輝きを見せ綺麗だった。しかし、その美しさとは対象的に、その瞳は冷たく無機質な光を映していた。
一瞬、私の方を見た気がした。その綺麗な瞳で…
その時、私はその少女に何かを見た気がした…
門番という職業柄、紅魔館の中のことはよくわからなかったが、警備隊のメイドの幾人からその少女の噂だけは聞こえてきた。
「あの新入りの人間、今度メイド長に昇格ですって…」
「人間とは思えない完璧な仕事ぶりなんですって? 何でも時間を操れるとか…」
…そっか、もうメイド長なんだぁ…
私はその事実に大した驚きは覚えなかった。きっと当然のことと、頭のどこかで思っていたのだろう。
「メイド長の前だとやっぱり緊張しちゃうよね~」
「わかるわかる。本当に人間か怪しいよね。妖怪なんかよりよっぽど怖いわ…」
いつからかその『メイド長』への周りの認識は嫉妬から畏怖へと変わっていた。
…そんなに怖いのかな…
直接会って確かめればいいのだけど、どうしても踏ん切りがつかない。一度、お休みの時に『メイド長』の仕事ぶりを見たことがあるが、時を操っているのか一瞬でいなくなってしまった。
何となく、『メイド長』に会ってみたいという感情が高まっていた。
だけど意外にその機会は早く訪れた。
その日、懲りずにお嬢様の命を狙う妖怪を返り討ちにしたのだが、その時どこから話を聞きつけたのか、『メイド長』がやってきた。
「あ、め、メイド長!」
警備隊のメイド達の声が震えている。それもそうだ。その時の『メイド長』の冷たい瞳はとてもとても冷たいものだったのだ。
「…侵入者というのはコレ?」
私が縛り上げた妖怪を指して、『メイド長』は冷たい口調で言った。
「え? そうですけど…」
こんなところに何の用だろうと、私は疑問に感じながらもそう答えた。
「そう…。で、何故生かしているのかしら?」
「…え?」
その場にいた警備隊全員の時が止まった気がした。
――気づいた時には、そこには妖怪だったモノの肉の塊が散らかっていた…銀のナイフとともに…
「あ…あ…ぁ…」
あまりの惨劇に皆が言葉を失う。吐き気を催す者、倒れそうになる者もいた。
「何故…ここまでする必要があるんですか…?」
私は、正直、目の前にいる人間に初めて恐怖を覚えたが、それでも己を奮い立たせてそう訊ねた。
「何故? コレはお嬢様の命を狙ってきたのでしょう? だったら殺すのが当然の処置よ」
『メイド長』はその瞳に何も映さずにそう答えた。
それ以上、誰も何も言うことができなかった…
――数日後
「はぁ……」
私は一人ため息をついた。
正直、あそこまで『メイド長』が冷酷なものと思わなかった。私が初めて少女を見た時に感じたものはただの勘違いだったのだろうか。
「あの時…一瞬だけど、冷たいとは違う…何かを見た気がしたんだけどなぁ…」
私は初めて見た少女を必死に思い出そうとしてみる。けれど、やはり一瞬の出来事を確認しろと言っても、いくら妖怪といえど不可能がある。まして記憶力に自信があるというわけでもない。
「はぁ…私の勘違いだったのか………っ!?」
――殺気!? それもかなりの数!!
「全員配置について! 敵の襲撃よ!!」
「了解!!」
私の号令を合図に全員が配置につく。敵は…目に見えるくらい多い。巨大な影を湖に映しながら迫ってくる。
「……くる!!」
昼間から妖々跋扈とはおめでたいじゃない!!
虹色の弾幕が前方に展開された…
「負傷者を連れて後退して!! ここは私が食い止めるから!!」
「は、はい!」
状況は思わしくない…。一匹一匹は大したことはないが、如何せん数が多すぎる。警備隊のメイド達も疲れを隠せない。
幸い、今は負傷者だけで済んでいるが、このままでは…
「隊長! 後ろ!!」
「え…?」
抜かった…!
気づいた時には目の前に弾幕が展開されていた。
「…あれ?」
いつまで経っても弾幕は私に当たる気配がなかった。
私は恐る恐る目を開ける。すると、私の目の前には…
「ご苦労様。貴方達は充分頑張ったわ。あとは任せなさい…」
あの日の少女――十六夜 咲夜の顔が私の目の前にある。その瞳に私の顔が映っている。
嗚呼…私があの日見たモノは勘違いなんかじゃなかった。
「随分暴れてくれたようね…。容赦は…必要ないわよね…」
私を下に下ろすと、その少女は力を解放した。
――止まる止まる止まる
止まった世界の中、その少女だけが自由だった。少女だけの世界だった。
「メイド秘技『殺人ドール』!」
舞った 舞った 舞った
ナイフが ナイフが ナイフが
敵が撃ち抜かれる 切り裂かれる 磔にされる
そして殲滅 殲滅 殲滅
全てが一瞬の出来事だった…
あれだけいた敵は、一匹たりとも動かない。
「………」
誰もが圧倒されていた。自分達が苦戦していたモノを、少女は一瞬にして片付けてしまったのだ。
「…大丈夫?」
呆気に取られて動けないでいた私の顔を覗き込みながら、少女は訊ねてきた。
その瞳には何一つ冷たさなんてなかった。優しい瞳だった…その少女の美しさに相応しい、とても優しい瞳だった。
「………です…」
「え?」
「カッコ良かったです! “咲夜さん”!!」
「えっ? って、きゃっ!!」
何を思ったか、つい咲夜さんに飛びついてしまった。咲夜さんは驚きながらもしっかりと受け止めてくれる。
「まったく…。…でも、みんな無事で何よりだわ…」
そう言って咲夜さんは微かに微笑んだ。とても素敵な笑顔だった…
「……」
それを見たメイド達が顔を見合わせる。そして…
「「咲夜さ~~ん♪」」
一斉に咲夜さんに飛びついた…
「ちょっ! こら、貴方達ーーーーーー!!!」
咲夜さんのお怒りがその場全員に降り注いだのは言うまでもなかった。
「咲夜さん、初めて私達を助けた時のこと覚えてますか?」
「どうしたの突然?」
買出しの帰り道、夕日に煌く咲夜さんの髪を見ながら、ふとちょっと昔のことを思い出したので、そんなことを聞いてみる。
「いえ、なんとなくですけど…」
「そうね…初めて貴方達が私のことを『咲夜さん』って呼んだ日かしら?」
「!? 気づいていたんですか?」
驚いて咲夜さんの顔を見る。その顔は優しい顔だった。
「正直言うとね、初めて私が来た時、歓迎されていないことはわかっていたわ。人間である私に対する反感や妬みも感じていたわ。もちろん、私が恐れられていたのも知っていたわ」
「咲夜さん…」
咲夜さんの表情が少し曇る…
「でもね、どう思われようと、私はお嬢様を、紅魔館の皆を守りたかったのよ…。ここが私の居場所だから…」
そう言った咲夜さんの瞳には、あの日と同じ優しさがあった。
その瞳で思い出した。あの日、初めて会ったあの時…
「そういえば咲夜さん、初めて会ったあの日、私を見た時、微かにですけど目が優しかった気がしたんですけど…」
「ああ、あれ? あれはね、私を見ても呑気な顔をしていたから、随分頭の軽そうな門番ねって思ってね。少し可笑しかったから、つい…ね」
「な!? さ、咲夜さんは、私のことそう思っていたんですか!?」
「ふふっ さて、どうかしら?」
呆れた。私が感じたモノはこんなものだったのかと思うと自分が情けなくなる。それと同時に咲夜さんへの怒りがふつふつと…
「もうっ! 咲夜さんなんて知りません!!」
ぷいっと顔を背けると、そのまま一人で先に飛んでいく。謝ってくれるまで許してなんてあげないんだから。
拗ねた美鈴が先に飛んで行く。あとで適当に誤魔化してご機嫌でも取ってあげよう。
「本当はね…」
あの日、美鈴だけが私に微笑みかけたくれたのだ。本人は覚えていないようだけど、あの時、私は私なりにその時の精一杯の笑顔を返そうとして失敗したのだった。
「言えないわよね…。あの時の笑顔が嬉しかったとは…」
そう言いながら、私は自然と笑っていた。
「ふふっ 美鈴には感謝しないとね」
私は少し遠くなった紅い髪の少女を追った。心の中で感謝の言葉を思い浮かべつつ…
――銀色の髪が夕日を受けて、紅く煌いていた…
その少女はどこまでも完璧で、人というより人形のような雰囲気を持っていた。
その少女は止まった世界で生きていた。
その少女を初めて見た時のことを今でも覚えている。
お嬢様が連れてきたからというのもあるが、何よりも人間とは思えないその雰囲気が印象深かった。
肩まで伸びた銀の髪は、光を受けると少し紫かかった輝きを見せ綺麗だった。しかし、その美しさとは対象的に、その瞳は冷たく無機質な光を映していた。
一瞬、私の方を見た気がした。その綺麗な瞳で…
その時、私はその少女に何かを見た気がした…
門番という職業柄、紅魔館の中のことはよくわからなかったが、警備隊のメイドの幾人からその少女の噂だけは聞こえてきた。
「あの新入りの人間、今度メイド長に昇格ですって…」
「人間とは思えない完璧な仕事ぶりなんですって? 何でも時間を操れるとか…」
…そっか、もうメイド長なんだぁ…
私はその事実に大した驚きは覚えなかった。きっと当然のことと、頭のどこかで思っていたのだろう。
「メイド長の前だとやっぱり緊張しちゃうよね~」
「わかるわかる。本当に人間か怪しいよね。妖怪なんかよりよっぽど怖いわ…」
いつからかその『メイド長』への周りの認識は嫉妬から畏怖へと変わっていた。
…そんなに怖いのかな…
直接会って確かめればいいのだけど、どうしても踏ん切りがつかない。一度、お休みの時に『メイド長』の仕事ぶりを見たことがあるが、時を操っているのか一瞬でいなくなってしまった。
何となく、『メイド長』に会ってみたいという感情が高まっていた。
だけど意外にその機会は早く訪れた。
その日、懲りずにお嬢様の命を狙う妖怪を返り討ちにしたのだが、その時どこから話を聞きつけたのか、『メイド長』がやってきた。
「あ、め、メイド長!」
警備隊のメイド達の声が震えている。それもそうだ。その時の『メイド長』の冷たい瞳はとてもとても冷たいものだったのだ。
「…侵入者というのはコレ?」
私が縛り上げた妖怪を指して、『メイド長』は冷たい口調で言った。
「え? そうですけど…」
こんなところに何の用だろうと、私は疑問に感じながらもそう答えた。
「そう…。で、何故生かしているのかしら?」
「…え?」
その場にいた警備隊全員の時が止まった気がした。
――気づいた時には、そこには妖怪だったモノの肉の塊が散らかっていた…銀のナイフとともに…
「あ…あ…ぁ…」
あまりの惨劇に皆が言葉を失う。吐き気を催す者、倒れそうになる者もいた。
「何故…ここまでする必要があるんですか…?」
私は、正直、目の前にいる人間に初めて恐怖を覚えたが、それでも己を奮い立たせてそう訊ねた。
「何故? コレはお嬢様の命を狙ってきたのでしょう? だったら殺すのが当然の処置よ」
『メイド長』はその瞳に何も映さずにそう答えた。
それ以上、誰も何も言うことができなかった…
――数日後
「はぁ……」
私は一人ため息をついた。
正直、あそこまで『メイド長』が冷酷なものと思わなかった。私が初めて少女を見た時に感じたものはただの勘違いだったのだろうか。
「あの時…一瞬だけど、冷たいとは違う…何かを見た気がしたんだけどなぁ…」
私は初めて見た少女を必死に思い出そうとしてみる。けれど、やはり一瞬の出来事を確認しろと言っても、いくら妖怪といえど不可能がある。まして記憶力に自信があるというわけでもない。
「はぁ…私の勘違いだったのか………っ!?」
――殺気!? それもかなりの数!!
「全員配置について! 敵の襲撃よ!!」
「了解!!」
私の号令を合図に全員が配置につく。敵は…目に見えるくらい多い。巨大な影を湖に映しながら迫ってくる。
「……くる!!」
昼間から妖々跋扈とはおめでたいじゃない!!
虹色の弾幕が前方に展開された…
「負傷者を連れて後退して!! ここは私が食い止めるから!!」
「は、はい!」
状況は思わしくない…。一匹一匹は大したことはないが、如何せん数が多すぎる。警備隊のメイド達も疲れを隠せない。
幸い、今は負傷者だけで済んでいるが、このままでは…
「隊長! 後ろ!!」
「え…?」
抜かった…!
気づいた時には目の前に弾幕が展開されていた。
「…あれ?」
いつまで経っても弾幕は私に当たる気配がなかった。
私は恐る恐る目を開ける。すると、私の目の前には…
「ご苦労様。貴方達は充分頑張ったわ。あとは任せなさい…」
あの日の少女――十六夜 咲夜の顔が私の目の前にある。その瞳に私の顔が映っている。
嗚呼…私があの日見たモノは勘違いなんかじゃなかった。
「随分暴れてくれたようね…。容赦は…必要ないわよね…」
私を下に下ろすと、その少女は力を解放した。
――止まる止まる止まる
止まった世界の中、その少女だけが自由だった。少女だけの世界だった。
「メイド秘技『殺人ドール』!」
舞った 舞った 舞った
ナイフが ナイフが ナイフが
敵が撃ち抜かれる 切り裂かれる 磔にされる
そして殲滅 殲滅 殲滅
全てが一瞬の出来事だった…
あれだけいた敵は、一匹たりとも動かない。
「………」
誰もが圧倒されていた。自分達が苦戦していたモノを、少女は一瞬にして片付けてしまったのだ。
「…大丈夫?」
呆気に取られて動けないでいた私の顔を覗き込みながら、少女は訊ねてきた。
その瞳には何一つ冷たさなんてなかった。優しい瞳だった…その少女の美しさに相応しい、とても優しい瞳だった。
「………です…」
「え?」
「カッコ良かったです! “咲夜さん”!!」
「えっ? って、きゃっ!!」
何を思ったか、つい咲夜さんに飛びついてしまった。咲夜さんは驚きながらもしっかりと受け止めてくれる。
「まったく…。…でも、みんな無事で何よりだわ…」
そう言って咲夜さんは微かに微笑んだ。とても素敵な笑顔だった…
「……」
それを見たメイド達が顔を見合わせる。そして…
「「咲夜さ~~ん♪」」
一斉に咲夜さんに飛びついた…
「ちょっ! こら、貴方達ーーーーーー!!!」
咲夜さんのお怒りがその場全員に降り注いだのは言うまでもなかった。
「咲夜さん、初めて私達を助けた時のこと覚えてますか?」
「どうしたの突然?」
買出しの帰り道、夕日に煌く咲夜さんの髪を見ながら、ふとちょっと昔のことを思い出したので、そんなことを聞いてみる。
「いえ、なんとなくですけど…」
「そうね…初めて貴方達が私のことを『咲夜さん』って呼んだ日かしら?」
「!? 気づいていたんですか?」
驚いて咲夜さんの顔を見る。その顔は優しい顔だった。
「正直言うとね、初めて私が来た時、歓迎されていないことはわかっていたわ。人間である私に対する反感や妬みも感じていたわ。もちろん、私が恐れられていたのも知っていたわ」
「咲夜さん…」
咲夜さんの表情が少し曇る…
「でもね、どう思われようと、私はお嬢様を、紅魔館の皆を守りたかったのよ…。ここが私の居場所だから…」
そう言った咲夜さんの瞳には、あの日と同じ優しさがあった。
その瞳で思い出した。あの日、初めて会ったあの時…
「そういえば咲夜さん、初めて会ったあの日、私を見た時、微かにですけど目が優しかった気がしたんですけど…」
「ああ、あれ? あれはね、私を見ても呑気な顔をしていたから、随分頭の軽そうな門番ねって思ってね。少し可笑しかったから、つい…ね」
「な!? さ、咲夜さんは、私のことそう思っていたんですか!?」
「ふふっ さて、どうかしら?」
呆れた。私が感じたモノはこんなものだったのかと思うと自分が情けなくなる。それと同時に咲夜さんへの怒りがふつふつと…
「もうっ! 咲夜さんなんて知りません!!」
ぷいっと顔を背けると、そのまま一人で先に飛んでいく。謝ってくれるまで許してなんてあげないんだから。
拗ねた美鈴が先に飛んで行く。あとで適当に誤魔化してご機嫌でも取ってあげよう。
「本当はね…」
あの日、美鈴だけが私に微笑みかけたくれたのだ。本人は覚えていないようだけど、あの時、私は私なりにその時の精一杯の笑顔を返そうとして失敗したのだった。
「言えないわよね…。あの時の笑顔が嬉しかったとは…」
そう言いながら、私は自然と笑っていた。
「ふふっ 美鈴には感謝しないとね」
私は少し遠くなった紅い髪の少女を追った。心の中で感謝の言葉を思い浮かべつつ…
――銀色の髪が夕日を受けて、紅く煌いていた…
某所では咲夜さん美鈴にお仕置きしてばっかりで……って私のSSか!
普通は妖怪よりも脆弱な存在である人間の咲夜が紅魔館に来た当時はこんな出来事があったかもしれませんね。
感情を表に押し出す美鈴と本音を隠す咲夜さん。
対照的ですがどちらも可愛いなあと思いました。萌え(´∀`)
もちろんそのきっかけだけでなく、紅魔館を守りたい、紅魔館の皆を守りたいという共通の思いが咲夜たちの中にあったからこそ、今の2人の仲があるんでしょうけど。
咲夜と美鈴、シリアスでもギャグでも、ホントにいいコンビしてます。
ああ、こんなSSが咲夜さんの八割だったら(ワケワカンネ
(*´ー`) フッ おぬし、なかなかやるな…(飛膝蹴り(吐血