Coolier - 新生・東方創想話

紅色の狂月下 三章

2004/07/31 09:05:39
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『月時計と世界』





目の前の光景に、僕は唖然とするしかなかった。
その光景はあまりにも異常すぎて、けれど、紅い満月の下に立ち、血まみれのまま、無表情のままこちらを見続けているライアの姿は、どこか神秘的にも見えて――何かを言葉にしようとして、口を動かしても、声が出なかった。
まるで、自分の周りの時間が止められているような、そんな感覚が――

「なん、で・・・・・・」

ようやく、吐き出すように口からでたのは、自分でもありきたりだ、と思えるような言葉。
けれど、その言葉に、ライアは一瞬、体を震わせた。
そして、

「やっと・・・・・・た」

小さく、集中していなければ聞き逃しそうな声で、彼女は言った。

「え?」
「やっと、私を、見つけてくれた」

彼女の言葉に、僕は眉を寄せる。

「何を・・・・・・?」
「お願い、です」

僕の質問に答えず、彼女は俯いて、

「私を・・・・・・私でない私を、止めて・・・・・・!」

悲痛な叫び。だが、僕はその意味を理解する前に、ある異変に気づいた。
彼女の背後――国会議事堂の時計の針が、僕がメアリー・ケリーの家を出てから、まったく動いていない位置で止まっていた。
混乱しかけた僕は、彼女の方に視線を戻して、更に絶句する。

――血まみれの奉仕服が、青色の真新しい物になっていたから。

そして、彼女が顔を上げて、

「・・・・・・!!」

目が、赤く染まっていた。
思わずその眼光に圧倒されかけ、そこでふと、先ほどの情報を思い出した。

――真っ赤な目がどうとか・・・・・・まさか?

「君が、ジャック・ザ・リッパー・・・・・・か?」

その質問に答えず、彼女でない彼女は血まみれのナイフを手に、紅い満月と止まった時計台を背に、艶然と微笑んで、

「Ihre zeit meine」
――あなたの時間も私のもの――

初めて聞く言葉なのに、ドイツ語なんて知らない筈なのに、何故かすんなりと、言葉の意味が分かった。
この言葉が意味するのは、時間操作。それも、なんとなくだけど分かる。僕とは比べ物にならない程の――!!

その時、彼女は左手を高々とかかげて――持っていた何かを、握りつぶした。
潰すような音が響いて、だけど、その手からは何も飛び散らない。
そして、左手を目の高さまで下ろし、その手を開いて――掌にあったのは、二枚のカード。
奥の一枚は、表の一枚の影になっていて分からない。だけど、もう一枚は、はっきりと見てとれる。あらぬ方向に刃を向けた、ハートのジャックのカード。
そのカードを右手のナイフに添えて、彼女は微笑んだまま、宣告するように言った。

「Anblick Geist『Verrückter Jack』」
 ――幻幽『気違いジャック』――

その言葉と共に、彼女は手に持っているナイフを、僕に向かって投げてくる。だけど、速度は言うほどたいしたものじゃない。これなら、余裕で回避できる。
僕は余裕をもって、左腰にある銃を手に取り、だけど、ナイフの軌道に注意する。
変化があったのは、そのナイフが、僕と彼女の丁度中間地点にまで到達した時だった。

「なっ!?」

一瞬。そう、ほんの一瞬の間に、大量のナイフが空中に浮かんでいた。そしてそれは一秒にも満たない時間の間に三方向に分かれ、停滞から逃れるかのように、すさまじい勢いで襲い掛かってくる。
僕は慌てて能力を使った。

「未世『インコンプリートワールド』!」

――一秒。

紅いとはいえ満月のためか、本来なら使えないはずの日に、僕の能力は発動した。
だが、安心は出来ない。残りの時間の間に、避けられる場所を探さないと――

――二秒。

駄目だ、見れば見る程、逃げ道がないような気がしてならない。
全てのナイフが三方向に分かれて飛び交うように・・・・・・三方向?
待てよ、なんで全てのナイフが、同じ角度で――

――三秒。

止まっていた世界が動き出す。もう考えている時間はない!
僕は勘を頼りに、左前に走った。
飛び交うナイフに向かって走る、というのは、はっきり言って怖い。だけど、その恐怖をねじ伏せる。
勘で導き出した場所に到達する。飛んできたナイフにコートを切り裂かれたけれど、回避は――できた!
全て同じ角度で、三方向に分かれて飛ぶナイフ。動かなければナイフの嵐の真っ只中だけど、それぞれのナイフが交差する部分なら、ナイフの数は最も少ない。左右に一定の空間が出来て当たり前なのだから――
そうと分かれば、後はタイミングさえ掴めば、この技は回避できる。
再び、彼女は血に濡れたナイフ――時を戻したのだろうか――を投げてくる。そして丁度間まで到達した時、再び現れる大量のナイフ。
だけど、今度は能力を使わずに回避できた。
パターンさえ分かれば、攻撃する機会もできる。僕は銃を構え、引き金を引く。狙いは、彼女の右腕。
だけど、銃声がした瞬間に、彼女はわずかにずれた場所に立っていた。勿論、銃弾はあらぬ方向に飛んでいく。

「時を止めて回避、か・・・・・・」

何となく、分かっていたことだった。だからこそ、僕は顔を険しくして呟くしかなかった。
こうなっては、こちらにも有効な攻撃手段はないに等しい。いくらこちらが躍起になって攻撃しても、向こうが時を止めて回避すれば、それでいいのだ。ただの攻撃では相手に届きもしない。
思わず舌打ちした僕――だけど、彼女は微笑んだまま、もう一枚のカードをナイフに添える。
影になって見えなかったカード。そこには、ハートのジャックと書かれていたが、絵は大量のナイフが描かれているのみ。
そして、彼女は右手を高々とあげて、

「Mädchen geheimnis fähigkeit『Totschlag puppe』」
 ――メイド秘技『殺人ドール』――

その言葉と共に、彼女の右手から現れたのは、数えるのも空しくなる程の大量のナイフ。
そして、それら全てが彼女を中心にして広がり――一瞬の間の後、一部がバラバラに飛び交いだす。
ゾッとして、僕は慌てて時を止めた。
時を止められる三秒間の間に、なんとかわずかな隙間を見つけ、そこにもぐりこむ。
脇をナイフがかすめたけれど、目の前の光景を見る限り、気にしていられない。
何故なら――最初に飛んできたナイフが完全に通過しきる前に、彼女は再び大量のナイフを放つのが見えたのだから。
一部のナイフが軌道を変える瞬間、僕も能力を発動し、隙間を探しながら、舌打ちした。
どうやら先ほどとは違い、変化するナイフの向き完全にランダムのようだ。これが一番回避しづらいというのに――!
それでも、三秒の間にわずかな隙間を見つけ、そこに潜り込み、銃を構えて、

――――ドスッ

「っ!!」

右肩に衝撃、そして激痛が走る。あまりに唐突すぎて一瞬意識が飛びかけ、銃を取り落としてしまった。
思わず後ろを振り返り、絶句した。通り過ぎた筈のナイフのうちの数本が、軌道を変えて、こちらに向かっている――!
慌ててその軌道から離れる。けれど、ついさっき飛んできたナイフはまだ残っていて、無理やり隙間から離れたせいで、数本が体をかすめた。
それでも、気にしている余裕はない。右肩の激痛に耐えながら、僕は彼女から放たれた、第三陣のナイフの群れを凝視する。
一部のナイフが軌道を変える瞬間、僕は時を止め、後ろを振り返った。

――一秒。

見たくもない光景――そこには、通り過ぎた筈のナイフの内数本が、再び軌道を変え、こちらに向けられているものだった。

――二秒。

一瞬、その光景に舌打ちしかけ、僕は思い出したように彼女の方を向く。
そう、ついさっき放たれたナイフがまだ――

――三秒。

彼女の方を向いた瞬間、時が動き出して、

――背後と、正面から迫り来るナイフの群れに、僕は思わず目を瞑った。





――おかしい。そう思ったのは、目を閉じてから、実に十秒近くも経過した後だった。

いくら待っていても、何の衝撃も、音もない。更には、右肩の痛みさえも消えていた。
恐る恐る目を開けてみると、そこには予想外の光景が広がっていた。
どう見渡しても、すべてが黒で塗りつぶされた空間。そして目の前にはポツンと、先ほどの白い日傘を差した少女が立っていた。

「君は?」
「未だに目覚めの気配すらないのかしら、あなたは」

僕の質問に、しかし少女は呆れたような口調で、少女にも女性にも、賢者にも愚者にも聞こえるような声で言った。
その言葉の内容に、僕は眉を寄せる。

「どういうことだい?」
「分からないかしら?スペードのジャック」

スペードのジャック、と呼ばれて、だけど僕は首をかしげた。そう呼ばれる謂れがないのだから。

「あなたの力を解放しないと、ハートのジャックは止められないわよ?スペードのジャック」
「ハートのジャック?」
「あら、対峙しておいて分からないのかしら?」

少女は笑う。それは、嘲りも侮蔑もない、ただ単に可笑しいから笑う、という笑みだった。
笑みを浮かべたまま、少女は言う。

「ハートのジャックのモデルは誰だったかしら?」
「誰って・・・・・・確か、フランスの勇士・・・・・・ラ・イア・・・・・・まさか!?」

僕の言葉に、少女は可笑しそうにクスクスと笑う。

「そう。それじゃあ、その名を持つ彼女は?ハートのジャック、と考えるのが妥当じゃないかしら?」
「・・・・・・じゃあ、僕がスペードのジャック、と言うのは?そのモデルはパラディンの一人、オジェのはずだ」
「あら、あなたの場合は、その呼び名も暫定的なものにしか過ぎないわよ」
「暫定的?」

疑問の声に、少女は頷く。

「そう、あなたの名前は『満月の狂人』。だからこそ、あなたは満月にしか力が使えない。それも、ごく一部しか」

少女の言葉に、僕は言葉を失わざるをえなかった。
三秒間だけとはいえ、時を止める。それが『ごく一部』――?

「ええ、そうよ。名前によって封じられたあなたの能力は、本来はこんなものではすまない」
「君は、一体何を知ってるんだい?」
「霖之助」

――今日は色々な名前で呼ばれる日だ。僕はそう思った。

「あなたの本来の名は霖之助。世界の事象の一つを名に持つ者」
「霖之助・・・・・・何故そんな名前で?」
「その名こそが、あなたの能力を最大限に引き出すもの。言ったでしょう?世界の事象だと。木は水を糧に生きているけれど、その水は雨がもたらすもの。その助けで息づいている木々――それは、誰もが、そこにあって当たり前だと思う光景。だからこそ、誰も気づかない。その光景こそが、自分達の住まう『世界』が、人に見えるよう具現化された一つだということに」
「言っている意味が・・・・・・」
「分からなくてもいいわ。これは単なる例えの話。――本題に入りましょうか。あなたが本来持つ能力、それは――」



――ゆっくりと目を開ける。見えたのは、狂ったように飛び交うナイフの群れ。
背後からも迫る気配。だけど、僕はついさっきに比べれば、ずいぶんと冷静になっていた。
右肩に刺さったままのナイフを抜き取る。傷口から血が流れているけれど、不思議と痛みはない。
そのナイフを左手に、僕は先ほど少女に渡された二枚のカードの内一枚を右手に持ち、叫ぶ。

「創世『クリエイティブワールド』!」

瞬間、世界の空気が確実に変化し――迫り来るすべてのナイフが、僕を避けるような軌道に変えられた。



「――『世界』を、創り変える力?」
「ごく限定された空間だけ、ね」

少女の言葉に、僕は思わず耳を疑った。到底信じられるような内容ではなかったから。
だけど、少女は笑みを浮かべたまま、言った。

「けれど、創り変えられた空間は、文字通りあなただけの『世界』。それに囚われれば最後、誰もそこからは抜け出せない。破壊も、運命も、時間も、すべてが世界の事象の一つ。――その中で、あなたは口に出さず、想うだけでいい。それだけで、あなたの想い通りに『世界』は変化する。――さっき、力を使った際に時が止まっていたのは、あなたが心の底で願っていたこと。名前によって封じられた『世界』を創り変える力。だからこそ、未世『インコンプリートワールド(未完成の世界)』」

とんでもない能力だな、と僕は他人事のように思った。いまいち実感が湧かなかったせいもある。だけど――何故か、すんなりと少女の言葉を信じている僕がいて、そのことに関して、何の疑問も抱いていない『僕』がいる。

――妙な感覚だな。

そんな僕の思いなんてまるで気づかないように、けれど、と少女は笑みを消して続ける。

「それは同時に諸刃の刃。あなたが少しでも『敵わない』と想ってしまえば、本当に、そのように『世界』は変化していく。――だからこそ、これが必要なのよ」

そう言って、少女は日傘を持っていない方の手を僕の方に向け、ゆっくりと掌を回し――次の瞬間には、五枚のカードが、そこに現れていた。
絵柄はない。ただの白紙に、それぞれ「クリエイティブ」、「ジャック」、「クイーン」、「キング」、「エース」、という文字だけが書かれたカード。
その中の「クリエイティブ」と「ジャック」を僕に手渡して、少女は言う。

「それはスペルカード、というものよ」
「スペルカード?」
「そう。それを使えば、カードに書かれてある現象しか起こらない制約がかかる。代わりに、自分の能力が自身に刃を向ける危険もない。簡単に言えば、リミッター、かしら?」
「ありがとう、と言いたいところだけど・・・・・・何故?」
「何故、とは?」
「なんで、ここまでしてくれるんだい?」

純粋な僕の疑問の声に、少女は女神のような柔らかな微笑みを浮かべた。
何もかもを包み込むような、そんな笑みを浮かべて、少女は言った。

「気まぐれ、と言っても信じないでしょうね。・・・・・・そうね、強いて言うなら――」


――私が、ハートのキングの意志が具現化した存在だから、かしら――



勝手に避けていくナイフの群れの中、僕は一歩も動かずに、彼女にナイフを向けた。
その様子を見て驚いたのか、一瞬、攻撃の手が止まる。
僕はもう一枚のカードを取り出し、それを右手に持ってから、彼女に向かって走りだす。
再び、彼女の手から放たれる大量のナイフ。それを眺めながら、僕は呟いた。

「禁世『守護と殺戮の世界』」

言葉と共に、僕に向かってきたナイフのすべてが弾かれ――それらが、彼女に返っていった。
慌てるようにしてそれを避け始める様子を眺めながら、それでも僕は駆ける。
そして、ナイフを避け終えた彼女の目の前で止まり、左手のナイフを振り上げる。
その様子を、彼女は避ける様子もなく、眺めて――


――彼女が、微かに、安心したような笑みを、浮かべて――


僕は、ナイフを振り下ろした。
とりあえず三章書き終えて思ったことは、「ああ、言われたのにやっぱり長くなったなぁ」ということでした(汗
これでも削ったほうなんですが・・・・・・^^;

ここでようやく、と言うべきか、東方らしく(?)スペルカードが出てきます。後、カードや霖之助の能力に関しても。
予定では四章と終章でこのシリーズは完結します。

ちなみに、ドイツ語に関してですが、学のない僕は翻訳機能(笑)を利用してそのままもってきただけのため、もしかしたら間違いがあるかもしれません。
それと、ジャック・ザ・ルドビレに関してですが、あるHPの考察を参考にさせてもらい、あえて気違い、としました。
その考察を参考にさせていただいたHPはすべて終わってから紹介したいと思います。一応許可はもらったので(笑


あ、BGMは月時計で(笑
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コメント



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4.40Barragejunky削除
全体を通しての話なのですが、東方の世界と独自の世界や設定を噛み合わせるのが凄いです。これ現時点では幻想郷の外のお話なんですよね。
東方世界の中で、東方の人物だけを動かす事しかできない身にはもう不可思議の領域。よくそんな設定思いつくなあ……頭の作りからして違うのかしら。
戦いの場面がしっかりSTGしてましたね。最後は近接攻撃でしたが。
さあ、そろそろ幻想郷に戻ってくるのでしょうか。残り二章、頑張ってください。