Coolier - 新生・東方創想話

アゲハチョウに誘われて

2004/07/24 03:02:53
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幻想郷の境、八雲邸。
ここにも、夏が来ている。


「しかし、毎日毎日暑いな…」
汗を拭きつつ、ほう、と一息つく藍。
相変わらずの猛暑である。
昨日は温度計が40℃を指していた。
今日はと言うと……
「うわ、39℃。あんまり昨日と変わらないか…」
「暑いわね、本当に」
「紫様、涼しい顔で言わないで下さい…ってあれ?今日はかなり早いですね」
「昨日丸一日寝過ごしてしまったみたい」
「そうでしたね。良いよなぁ……こんな暑さでもぐっすり眠れるって…」
「……そうかしら?」



そんな日の、昼下がり。
少々遅い昼食をとっていた時の事。
紫が、こんな事を言った。
「ちょっとお使い頼んで良いかしら?」
素麺を取る手を止める藍。
「あ、はい……何ですか?」
「後で紙を渡す。見れば分かるわ」
「藍ひゃま、わひゃひも行く」
「ほら、口の中に物を入れたまま話さない。
 連れて行ってやるから、慌てない」
「んぐ……はーい」


紫から紙を受け取り、橙とともに外へ出る。
暑い。
これは40℃を超えているんじゃなかろうか、と思うくらい。
「麦藁帽子、かぶって来て正解だったな……」
「うん」
2人とも、紫から渡された麦藁帽子をかぶっていた。
「さて、何と書いてあるのか、と…」
さっき受け取った紙を広げる。
と。
「藍様、藍様」
橙が、しきりと前を指差している。
「ん……何だ?」
紙をしまい、そちらを向くと。
アゲハチョウが、ひらひらと舞っていた。
「久しぶりだな、蝶を見るのも…
 って、橙!待て、何処へ行くんだ!?」
藍の答えを聞く前に、橙はアゲハチョウを追い駆けて走り出していた。
藍は麦藁帽子をちょっとかぶり直し、後を追った。



蝶が、ひらひらと舞う。
人が歩くぐらいの速さで、藍と橙の前を、導くように。
今にも追いつきそうなのだが、
捕まえようと橙が歩調を上げると、それに合わせて蝶も速度を上げる。
諦めて歩調を下げると、それに合わせて蝶の速度も下がる。
そして気が付くと、小道に入っていた。
教えられなければ気付かないような小道を、
この蝶はまるで知っているかのようにひらひらと飛んでいく。


そして、視界が開ける。
「な…何だこれは」
藍の眼が、驚きと黄色を宿した。
辺り一面の、向日葵。
数え切れない程の向日葵が辺りを埋め尽くし、一帯を黄色で支配している。
高さは藍の鼻ぐらい。
かなり高い。
「っと、橙!何処行ったんだ!?」
そして、それに驚いている間に、藍は橙を見失っていた。
辺りを見回すと。

―がさっ、

向日葵畑の一角が、僅かに動いたのが眼に止まった。
「そこかな?」
藍は、迷路に足を踏み入れる心地で向日葵畑の中へと入って行った。


一方、橙。
「何処に逃げたのかな?」
向日葵畑の中、蝶を見失ってしまった。
「そう言えば、藍様も…」
藍ともはぐれた。
「どっちを先に捜すかな…」
少し考える。
「藍様ー!」
…藍に決定。
橙は、藍の名を呼びながら歩き出した。


「橙ー!」
大声で呼ぶ。
返事は無い。
「ここじゃないのかな…」
確かにさっき、この辺りから音がしたのだが…。
それは合っている。
しかし、藍が来る少し前に、橙はここから藍を捜して歩き出してしまっていた。
完全な行き違いである。
橙の背は藍の肩辺りまでしか無いので、
藍の鼻まで高さのある向日葵の中では完全に隠れてしまう。
手がかりが、かなり少ない。
足跡を見れば大体分かるのだろうが、向日葵に隠れてあまり良く見えない。
「……ま、良いか」
不思議と嫌な気はしない。
むしろ、ちょっと楽しい。
顔を洗わせようとして逃げ出した橙を捜している時のような、そんな感じである。
「さて、探索再開~♪」
鼻唄まで歌いながら、再び捜索を開始した。


「…はぁ、どっちから来たんだっけ…?」
橙は、迷っていた。
左右を向いても同じ景色。
上を向いても向日葵の花が見えるだけ。
さっきまでは夢中だったので気付かなかったが。
「もしかして、迷った?」
お決まりの文句を言ってはみるが。
もしかしなくても、迷ったようだ。
「ここで待ってた方が良いかな…」
そう呟いた時だった。

―ぽとり。

向日葵の種が、何かにぶつかって落ちる音。
橙がその音のする方を向くと。
「あれ、こんな所にいた」
さっきのアゲハチョウが、いた。
ひらひらと、橙の周りを飛ぶ。
橙がそっと手を伸ばすと、それをかわして逃げるように飛んで行った。
「今度は逃がさないよ!」
知らず、蝶を追って走り出す。
右、右、左。
かくかくと曲がる軌道を追いながら。
と。
蝶の飛ぶ速度が、不意に下がった。
「……?」
それと同時に。

―ばふっ、

何か、やわらかい物にぶつかった。
見ると、それはいつも目にしている、九本の尾。
「…藍様!」
その声に、振り向いてしゃがむ藍。
「橙、こんな所にいたのか」
「やっと見つかった…って、藍様、帽子」
「ん?」
藍の帽子に、アゲハチョウが止まっていた。
「…あ」
捕まえようとしてみたが、蝶は藍の手を巧妙にすり抜けた。
そして、また人が歩くぐらいのスピードでどこかへと飛んでいく。
「追ってみるか」
「うん」



今度は森の中へ。
人が2人並んで通れる程度の細さの道を、蝶に導かれて進む。
強い日差しが、緑のフィルターで優しい日差しに変換されている。
通り抜ける風は涼しい。
「良い風…」
誰に言うとでもなく、橙が呟いて深呼吸。
藍は、無言で同意した。


そして、再び視界が開ける。
「うわぁ……」
藍が溜め息を漏らす。
川である。
「こんな所あったのか……」
澄んだ水が少し勢いを持って流れている。
さらさらと言う音が、2人の耳に入ってきた。
「藍様、来て来て!」
「お?」
見ると、橙はもう川底を覗き込んでいた。
「川底が見えるよ、ほら!」
藍も同じようにする。
「本当だ…」
川は浅く、川底もはっきりと見えた。
ここまで澄んだ川を見たのは、藍にも数えるぐらいしかない。
「綺麗…」
橙に至っては嫌いな物が物なので、多分こう言う物を見るのは初めてだろう。
と。

―ぱしゃり。

流れが石にぶつかって、小さく飛沫をあげた。
「わっ!」
飛沫が顔にかかりそうになり、飛び退く橙。
「綺麗だけど、やっぱり濡れるのは怖い…」
「はははっ、このぐらいどうって事は無いだろう?」
「このぐらいでも怖いんです!」
そこへ、さっきのアゲハチョウが飛んできた。
ひらひらと、橙を誘うように舞う。
「もう、さっきから!私を挑発してるの、この蝶は?」
そう言いながら、右手をそっと伸ばす。
頃合いを見計らって、
「―ふんっ!」

―空振り。

橙はそのままバランスを崩してしまった。
「わっ、わっ、わぁああぁ~っ!」
そのまま川へ。
「ちっ、橙…おわ!?」
助けようとした藍も、石の苔に足を滑らせて。

―派手な水音とともに、川へと落ちた。

「あいたた……橙、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ~……」
あっと言う間に全身濡れ鼠ならぬ濡れ狐と濡れ猫になってしまった。
顔を見合わせる2人。
そこへ、さっきのアゲハチョウが飛んで来た。
ひらひらと2人の間を舞ってから、どこかへと飛び去って行った。

―何故か、笑いたくなった。

「―ぷっ」
「ふふ…」
「あははははは」
「はは、はははははは」

2人は、しばし笑いあった。
「な?水、怖くないだろ?」
「こう言うのは大丈夫だけど…やっぱり顔を洗うのはちょっと怖い…」
「どう違うんだよ」
「…なんとなく。さもなければ、そうする時の藍様が怖い」
「お前な」
藍は2人の帽子を外し、川原へ投げた。
「丁度良い、ここらで、お前の水嫌いを克服してみようか」
「…嫌な予感」
「そらっ!」

―ばしゃっ、

「にゃああぁあぁ!」
橙は水を顔にもろに浴びた。
「お前の為だ、私は心を鬼にして…」
「じゃあ、その笑顔は何なんですかあぁ!」

―ばしゃっ、

「楽しいからに決まってるじゃないか」
「わっ!…やったなぁ!」

―ばしゃっ、

橙も負けじとやり返す。
「初めから分かってますけど!」
「うおっ!」

―ばしゃっ、
―ばしゃっ、

笑い声と、水が飛び交う川。
時の経つのも忘れ、2人は思いっきり遊んだ。



服を夏の風で乾かし、近くにあった丘に登る。
気が付くともう夕方。
「こんな壮観な夕日は久しぶりだな…」
「……」
藍は一言だけ、橙は言葉無しに、その夕日を見ていた。
一体どのぐらい、そこにいたのだろう。
太陽の光が白から黄、黄から橙、そして赤へと変わっていく。
そして赤がだんだん紫になり始めるかといった頃、藍は言った。

―紫様が、待っている。

「さぁ、帰るか」
「うん」


夕日の照らす帰り道、藍は紙を広げた。
紙には、達筆な字で、ただこれだけが書かれていた。

「2人で思いっきり遊んで来ること。
                ―八雲紫」



「うー……っん」
夕日の差し込む、八雲邸。
4時間と言う長い昼寝から紫は目を覚ました。
大きく伸び。
「…そろそろ帰って来る頃かしら…?」
寝ながらではあったが、彼女は“あるもの”の帰りを待っていた。
藍と橙の事もそうだが、それとはまた別に。
「…お、帰って来た帰って来た」
紫が眼を向けた先には。

―藍と橙を導いた、アゲハチョウ。

「ふふっ、ご苦労様」
アゲハチョウはひらひらと、紫の手の甲に止まり、ふっと消えた。
「夏結界『爽夏幻想』…
 いつも働かせてばかりだったからと思ったけど、上々だったようね…」
その言葉が空気に溶けて消えるのと、八雲邸の扉が開くのが同時だった。
「「ただ今戻りましたぁ!」」
「2人とも、お帰り」
紫は、2人を笑顔で出迎えた。


「紫様、今日凄い物を色々見たんだよ!」
橙は、手洗い嗽もそこそこに話し出す。
「へぇ、どんな?」
「それがね……」




どうも、斑鳩です。
夏ネタその4です。
これで博麗神社(百物語)、紅魔館(蛍と彼女)、白玉楼(流/響)、八雲家(これ)と、4つのロケーションで夏ネタ書いたわけですが。

夏結界「爽夏幻想」>
森羅結界の夏版みたいなもので、ある一定区画の「夏」を具現化します。
その結果の出入りに必要なのが「麦藁帽子」だったわけです。
……全ては紫氏の企てだった、と(笑)

さて、この物語はここで終わりです。敢えてここにしました。
後はご想像にお任せします。煮るなり焼くなり、ごろふかするなり好きにしちゃってください。


感想待ってます。
斑鳩
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コメント



0.2020簡易評価
6.70名前が無い程度の能力削除
向日葵のシーンの辺り、
常世の国にでも迷い込んだのかなーと思っていました。
不安と期待を交えながら読めました。

ラスト、一生懸命説明する橙と、楽しそうに聞く二人が自然に想像できて良かったです。
7.60RIM削除
夏の向日葵畑たまらなく良いですよね
河での水遊びなんてまさに夏って感じ、そして藍と橙の二人の姿がとても微笑ましく感じて良かったです
11.50いち読者削除
何から何までゆかりんの仕業な訳ですか。粋なことをしますね、ゆかりんも。
確かにこうでもしないと、藍なんかはまともに息抜きなんて出来なさそう。真面目ってイメージありますし。
印象的なのはやはり、川で遊ぶ場面ですね。2人が心から楽しんでいる情景が、ありありと浮かびます。
この夏の暑い日に、涼しげな雰囲気の作品をありがとうございます。
17.40Barragejunky削除
情景の描写が良いです。何故か昔小学校の授業で呼んだタクシー運転手(たしか名前は松井さん)の話を思い出しました。
あ~水浴びしたい……
紫様、どうかうちにも秋か春結界を……暑すぎる……
読後の爽快感も一入の良作でした。
50.60名前が無い程度の能力削除
ゆうかりんが向日葵の物影からその様子を見て微笑んでたのかもしれない