あるとき、紅い悪魔がいった。
「妖精どもときたら、ろくでもない連中ばかり。愚にもつかない悪戯のほかは、ひねもすぐうたら。このさい、みな追い出してくれよう」
そこで手下のメイドどもに命じ、おのがねぐらの周囲にすくう妖精どもを掃討せんとした。
「退去せよ。しからずんば殲滅す」
悪魔の部下たちの通告に、妖精どもは怒気もするどく、
「妖精は生きる。悪魔は死ね」
とて、激しく抵抗した。
争いは三日三晩続いたが、妖精側は劣勢だった。
「こうなれば」妖精どもはうなだれた。「尻に帆かけ逃げ出すほかはない」
そのとき、妖精どもを叱咤する声があった。
「妖精は生きる、悪魔は死ね。忘れたの」
見ればそれは、湖上の氷精であった。
「とはいうものの」妖精どもは及び腰。「このままでは湖を枕に討ち死には必定」
ならば、と氷精。「悪魔を手に入れる」
「なんと」仰天する妖精どもに、氷精はなおいう。
「そもそも、悪魔の手下どもがこぞって出むいてきているから、ねぐらの守りは薄いはず。そこで不意打ちをしかけて、ご本尊を人質にしようというわけ」
「無理な話だ」と妖精ども。「あの悪魔に、われらの歯がたとうか」
「やってみなきゃ」と氷精は吼えた。「わからないでしょうが」
彼女のけんまくに異議をたてる者もなく、氷精は単身、悪魔の巣へむかった。
氷精の推察あやまたず、屋敷の守りは門番ただひとりという具合であったので、隙をみはからって侵入することは容易だった。
悪魔の巣に侵入した氷精は、
「なによこれは」と、瞠目した。
それというのも、屋敷の中はいたるところゴミだらけガラクタだらけ、あたかも廃墟のようであったから。
「きっと」氷精はおもんばかった。「使用人どもがこぞって妖精退治に出ているから、片付けをする人手が足りないってわけね」
これまた推測たがわず、悪魔は参っていた。
「こんなことなら」頭にふりかかってくる蜘蛛の巣を振り払いながら、うんざりとぼやく。「妖精なんて放っておけばよかったわ」
「自業自得というのよ」と、悪魔の友の知識人。たださえ喘息もちの身に、この埃っぽさは毒なのか、ベッドに寝たきりのありさま。
「こうなれば」と知識人のともがらの小悪魔。「いずれからか、人手を集めてきては如何でしょう」
そうね、と紅悪魔は両手を重ねた。
このやりとりを物陰から聞いていた氷精は、一思案した。
そこでさっそく、命を帯びて屋敷を出た小悪魔に呼びかける。「そこのお人!」
「何の御用?」「見たところ、探し物があるみたいね」「それはそう」「それはなに?」
そこで小悪魔はいった。「屋敷の世話をしてくれる人手を募りに行こうというところ」
そんなら、と氷精。「いい話があるよ」
さていっぽう、悪魔の使徒たちはといえば、妖精どもの本拠へと総攻撃を仕掛けようと手ぐすね力こぶ。
払暁。
「いざ」とメイドの長がいった。「妖精どもを駆逐せよ」
かくて銀光ひらめかせ手下たちはいっせいに突き進んだ――が、いっこう抵抗がない。
「誰もいません」狼狽ぎみの報告。「妖精の子いっぴき」
「さては」とメイド長。「われらの鋭鋒をおそれて、さっさと逃げ出したというわけね」
そこで一同は勝どきの声をあげ、意気も軒昂、屋敷へ凱旋した。
「開門開門」と門へと雄たけび。「主命を果たして、一同帰還せり!」
されど不審にも、いくら待っても門は開かぬ。
「面妖ね」と長。「さては変事が?」
とて、力押しに門を破ろうとすると、門番とその配下どもが現れ、行く手をはばんだ。
「どういう了見?」長は叱責した。「遠征がえりの同輩を拒むとは!」
「これすべて」と門番。「あるじが命でございます」
肯んぜぬ、と首を振り、門番どもを一蹴し、メイドらは邸内へと雪崩れ込んだ。
そこには、変わり果てた光景が広がっていた。
瀟洒をほこった景観は野趣のなかに埋もれ、静謐な回廊は喧騒と猥雑に満ちていた。
「これは」長は頭をかかえた。「どういうわけ」
「風向きが変わりました」と告げたのはかの小悪魔。往時の古風は去り、新興の気風を帯びていた。
「お嬢様はかつて妖精を毛嫌いしていましたが、いまやもっとも親しみを感じています。逆に」
小悪魔の周囲に無数の魔道書が出でる。「あなたがた『人間』をたいそう毛嫌っています。連中は面白みがなく、年中同じことの繰り返しだと」
では、とメイド長がいった。「どうすると?」
「追い出して」魔道書が開き、中から現れた妖精どもがいっさいに砲火する。「くれようと」
「妖精は死ね」部下たちが次々と砲撃に倒れるなか、メイド長は叫んだ。「人間は生きる」
「妖精どもときたら、ろくでもない連中ばかり。愚にもつかない悪戯のほかは、ひねもすぐうたら。このさい、みな追い出してくれよう」
そこで手下のメイドどもに命じ、おのがねぐらの周囲にすくう妖精どもを掃討せんとした。
「退去せよ。しからずんば殲滅す」
悪魔の部下たちの通告に、妖精どもは怒気もするどく、
「妖精は生きる。悪魔は死ね」
とて、激しく抵抗した。
争いは三日三晩続いたが、妖精側は劣勢だった。
「こうなれば」妖精どもはうなだれた。「尻に帆かけ逃げ出すほかはない」
そのとき、妖精どもを叱咤する声があった。
「妖精は生きる、悪魔は死ね。忘れたの」
見ればそれは、湖上の氷精であった。
「とはいうものの」妖精どもは及び腰。「このままでは湖を枕に討ち死には必定」
ならば、と氷精。「悪魔を手に入れる」
「なんと」仰天する妖精どもに、氷精はなおいう。
「そもそも、悪魔の手下どもがこぞって出むいてきているから、ねぐらの守りは薄いはず。そこで不意打ちをしかけて、ご本尊を人質にしようというわけ」
「無理な話だ」と妖精ども。「あの悪魔に、われらの歯がたとうか」
「やってみなきゃ」と氷精は吼えた。「わからないでしょうが」
彼女のけんまくに異議をたてる者もなく、氷精は単身、悪魔の巣へむかった。
氷精の推察あやまたず、屋敷の守りは門番ただひとりという具合であったので、隙をみはからって侵入することは容易だった。
悪魔の巣に侵入した氷精は、
「なによこれは」と、瞠目した。
それというのも、屋敷の中はいたるところゴミだらけガラクタだらけ、あたかも廃墟のようであったから。
「きっと」氷精はおもんばかった。「使用人どもがこぞって妖精退治に出ているから、片付けをする人手が足りないってわけね」
これまた推測たがわず、悪魔は参っていた。
「こんなことなら」頭にふりかかってくる蜘蛛の巣を振り払いながら、うんざりとぼやく。「妖精なんて放っておけばよかったわ」
「自業自得というのよ」と、悪魔の友の知識人。たださえ喘息もちの身に、この埃っぽさは毒なのか、ベッドに寝たきりのありさま。
「こうなれば」と知識人のともがらの小悪魔。「いずれからか、人手を集めてきては如何でしょう」
そうね、と紅悪魔は両手を重ねた。
このやりとりを物陰から聞いていた氷精は、一思案した。
そこでさっそく、命を帯びて屋敷を出た小悪魔に呼びかける。「そこのお人!」
「何の御用?」「見たところ、探し物があるみたいね」「それはそう」「それはなに?」
そこで小悪魔はいった。「屋敷の世話をしてくれる人手を募りに行こうというところ」
そんなら、と氷精。「いい話があるよ」
さていっぽう、悪魔の使徒たちはといえば、妖精どもの本拠へと総攻撃を仕掛けようと手ぐすね力こぶ。
払暁。
「いざ」とメイドの長がいった。「妖精どもを駆逐せよ」
かくて銀光ひらめかせ手下たちはいっせいに突き進んだ――が、いっこう抵抗がない。
「誰もいません」狼狽ぎみの報告。「妖精の子いっぴき」
「さては」とメイド長。「われらの鋭鋒をおそれて、さっさと逃げ出したというわけね」
そこで一同は勝どきの声をあげ、意気も軒昂、屋敷へ凱旋した。
「開門開門」と門へと雄たけび。「主命を果たして、一同帰還せり!」
されど不審にも、いくら待っても門は開かぬ。
「面妖ね」と長。「さては変事が?」
とて、力押しに門を破ろうとすると、門番とその配下どもが現れ、行く手をはばんだ。
「どういう了見?」長は叱責した。「遠征がえりの同輩を拒むとは!」
「これすべて」と門番。「あるじが命でございます」
肯んぜぬ、と首を振り、門番どもを一蹴し、メイドらは邸内へと雪崩れ込んだ。
そこには、変わり果てた光景が広がっていた。
瀟洒をほこった景観は野趣のなかに埋もれ、静謐な回廊は喧騒と猥雑に満ちていた。
「これは」長は頭をかかえた。「どういうわけ」
「風向きが変わりました」と告げたのはかの小悪魔。往時の古風は去り、新興の気風を帯びていた。
「お嬢様はかつて妖精を毛嫌いしていましたが、いまやもっとも親しみを感じています。逆に」
小悪魔の周囲に無数の魔道書が出でる。「あなたがた『人間』をたいそう毛嫌っています。連中は面白みがなく、年中同じことの繰り返しだと」
では、とメイド長がいった。「どうすると?」
「追い出して」魔道書が開き、中から現れた妖精どもがいっさいに砲火する。「くれようと」
「妖精は死ね」部下たちが次々と砲撃に倒れるなか、メイド長は叫んだ。「人間は生きる」
暗黒館の奇術師のも好き。
レティチルとは違った口調がとても良かった。