永い時、変わらずに有り続けるこの世界
変わる事の無い、一人の世界
それが私の全て・・・
真っ暗・・・
ここはいつも暗闇に閉ざされている。そう、今まではそうであった
しかし、そこにあるのは闇を切り裂きたたずむ大きな桜の巨木
辺りには、幻想とも思えるほど鮮やかな蝶達が軽やかに舞っている
そこに居るのは、『私』と『わたし』
まるで、『わたし』を誘っているようだ
『わたし』は導かれて行く、その桜に・・・
「・・・・・・ゆ・・・ゆこ・・・!」
『私』と『わたし』だけのこの世界
けれども、『わたし』を呼ぶ声が聞こえる。そう、懐かしい声が・・・
そう、この声は・・・
― * ―
辺りは、一面の桜
幽冥楼閣は、今や溢れんばかりの桜で覆われている
西行妖を除いては・・・
「・・・やっと見つけた」
桜吹雪の中、春を取り返しに来た者達が居た
妖夢の言う通り、3人の人間達が亡者達を意図も容易く倒しながらこちらに向かってくる
多くの春をたずさえて・・・
「・・・奪い尽くしてあげる」
それが、自分の『意思』である幽々子は何の躊躇もない
「あなたたちのなけなしの春を・・・。命さえ・・・」
例え、それが
『わたしの『意思』でも、ね』
一人の少女は静かに笑い続ける・・・
・
・
・
「ようこそ、幽冥楼閣に・・・」
死の世界に
「お呼ばれはされてないぜ」
「・・・あなたが、元凶のようね」
元凶?
私を元凶というの?
ただ、私は西行妖の桜を見たいだけ。それだけ
「・・・だとしたらどうするのかしら」
「幻想郷の春を返して貰おうかしら」
「・・・・・・・・・」
返してもらう?この春は私のものよ
ここにある桜は、全部、全部、私のもの
それを奪うつもりなのね
「・・・、このすばらしい桜に必要なものは、なんだと思うかしら?」
「?」
「あら、分からないのかしら。なら、教えてあげるわ」
そう、それは舞
私の舞いと、もう一つ・・・
「う、うあぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁぁ!」
「ちょっと、魔理沙、咲夜!」
そう、あなた達の可愛い悲鳴
散り逝く命の最後の悲鳴。死の狂騒曲が・・・
「もっと良い声で鳴いて。いつまでも、いつまでも訊かせて・・・」
「・・・なにをしたのよ、あんた!」
・・・私の舞を見ても、動けるなんて
「(・・・面白い)」
そう、こうでないと面白くない。余興の準備はできたわ
「少し、遊んであげてるだけよ。あなたも、どうかしら」
「・・・いいから、止めなさい!」
・・・なんで、私のことを睨むのかしら
所詮、人間なんて決められた死から逃れる事なんてできない
私が、そうであったように・・・
・・・そうだった?
「止めないなら、滅しなさい!春の亡霊!」
私は・・・
私は・・・・・・
本当の、私は・・・
― * ―
『わたし』が泣いている。なんで泣いてるか分からない
だって、無く理由すらないはずだから・・・
『知りたい?』
そう『わたし』は、知っている。『私』も、本当は知っているはずだ
覚えていなければならない事。忘れていてはいけない事
彼女達が『私』から切り離した記憶
『・・・もう思い出したはずよ』
そう、確かに戻りつつある。切り離したものが一つになるように・・・
『なら、分かるはずよ。わたしはあそこに存在してはならなかった』
そう、『わたし』は存在してはならなかったかもしれない
『だから、だからって!』
それが、『わたし』の運命だったから。決まっていた事だから
逃れられない・・・
『そう、だから『わたし』は選んだ』
そう、だから『わたし』は選んだ
あの桜の「下」で・・・
― * ―
「・・・亡郷『亡我郷 ‐自尽‐』 」
そう私には、もう・・・
(それしか、残されていないのよ。死しか、死しか、死し・・・)
違う、違う、違う、ちがう、チがう、チガう、チガウ、チガウ・・・
私にはある!
(ないわ・・・)
うそよ・・・
なんで、分かるのよ!
(『わたし』は、『私』だからよ)
私にはある
ここがそうよ!ここが私の居る場所よ!
『本当にここがあなたの場所?』
「えっ」
今・・・
「食らいなさい。亡霊姫!」
― * ―
桜、大きな桜
雄大にただ一本佇む、桜
・・・その下には優雅に舞う『わたし』
どうしてここにいるのか私には分からない
これは、夢なのかしら?
『―――、舞は好き?』
『わたし』が聞いてくる。私と同じ姿をした『わたし』が・・・
「・・・嫌いよ」
本当の事だ
私は、舞をを恐れる。何故かは、分からない
でも、一つ確かな事はある。私が舞うと悲しむ人がいる
そう、あれは・・・
『・・・嘘ね』
「えっ」
『わたし』は、言いきった。鋭い眼差しを向けながら
『だって、あなたにはこんなにも多くの見てくれる観客がいるんですもの』
『わたし』の言う通り、私の後ろには数多くの・・・
― * ―
「くっ・・・」
なんで、私、こんな事をしているのかしら?
「成仏しなさい!」
なんで、彼女はこんなにも必死なのかしら?
それに、
「(強い・・・)」
どうして、こんなにも強いの
人というのはこんなに強いの
(強い?この程度で・・・)
・・・黙りなさい
私の邪魔をしないで!
(何に怯えているの)
怯えている、この私が・・・冗談言わないで!
(・・・『私』なら、もっと上手にできるはずよ)
何を言っているの?
(好きだったじゃない。歌も舞も)
違う!私は、舞を好きだなんて・・・
(舞っていいのよ。心いくまで・・・。それが『わたし』の意思・・・)
私の意思。心いくまで踊る事が私の意思
・・・踊っていいの?
(ええ、そうよ)
でも、私・・・。また一人になる
一人は、いや・・・
(『わたし』が居るわ)
「・・・。私は一人じゃない・・・ 亡舞『生者必滅の理 ‐魔境‐』 」
(そう、それでいいのよ。思う存分舞うのよ。死の舞を・・・。生けとしい生きる者への平等な死をね・・・ふふふ)
『わたし』が笑っている
そう、私は知っている。舞ってはいけない事を
今、舞おうとしている舞の後の世界を目の当たりにしたから
でも、舞いたい・・・
例えそれが、生者が生きていくことのできない『魔境』となったとしても・・・
― * ―
「・・・綺麗」
(きれい?本当にそう思うの)
「ええ、綺麗じゃない」
大きな大きな桜の木の周りには、色とりどりの蝶が飛んでいる
『私』と『わたし』の周りにも飛んで来て、懐くように舞っている
蝶は優雅に空を舞う
(なら・・・)
『わたし』が扇を一なぎ、蝶は次々と蝶は散っていった
まるで、命の灯火が消えていった様に・・・
(これでもきれいだと思う?)
「!!!」
散っていった蝶が、折り重なる
そして、蝶だったものは色を失い一つの色となり、形を変えていく
(それはあなたの・・・)
「い、いや・・・」
幾つもの、ブヨブヨとした肉塊がヒトの手、足のようになり・・・
(思い違い)
「いやぁぁぁーーー」
私の手や足いたる所に取り憑き
私を連れ去ろうとする
やめて・・・
やめ・・・
― * ―
・・・ありえない。なんでこの人間は
「死なないの!」
「?」
(愚かね)
なんですって!
(分からないの)
なにを何がわからないって言うの・・・
(彼女は、生きようとしている。『私』と違って・・・)
何を言ってるの。私はもう死んでるのよ
(『私』はね・・・。でも)、『わたし』は違う!
(どう言う意味?)
『・・・ 華霊『バタフライディルージョン』 』
(あれ、私・・・
― * ―
多くの手が私を掴んでいる。逃れられない・・・
「やめて放して。いや、あそこに私を閉じ込めないで、お願い、お願・・・」
『・・・大丈夫よ』
『わたし』が見て笑っている
クスクスと小さく笑っている
「助けて・・・」
『悲しむことはないよ。だって、ほら。ここにはたくさんの友達がいるもの』
『わたし』の言う通り、私の周りには数多くのかつては「ヒト」であった物がいた
それらの目だけが私を見て・・・
私を見・・・
私を・・・
― * ―
『・・・少しはやるようね。でも、その程度じゃわたしを倒せないわよ。ふふふ・・・もっと、もっと楽しませてちょうだい』
「狂ってるわ、あんた」
『そうかしら、今の『わたし』はそうかもね。久しぶりだから・・・』
「?」
(私・・・)
あら、まだ完全じゃなかったみたいね。まあ、元々、一つなわけだし・・・
いいわ。そこで見てるがいいわ
『わたし』の力を・・・
『・・・ 幽曲『リポジトリ・オブ・ヒロカワ ・・・‐妖霊‐』 』
(それは、私の・・・。でも、そんなのない!)
驚いた?
今の『わたし』は『私』であって、『わたし』なの
これは『わたし』の力
(やめて、こんなの私じゃない)
『わたし』は『私』よ。気がついていないと思うけど・・・
(『あなた』とは違う!)
・・・『あなた』
そう、だからあの時、わたしを捨てたのね
でも、わたしは待っていたのに!
ずっと・・・
― * ―
『・・・もう遅いよ』
そこに、一人佇むのは小さい『わたし』
大きな桜の巨木は花を次々とつけ始めている
まるで、活動を再開したように・・・
(私が・・・捨てた?)
『そうよ!忘れたの?わたしに全部、全部押し付けたくせに!よくもそんなことを言えるわね!』
あの小さい体にどれほどの思いが詰まっているのだろうか
『あの時から、ずっと一人だった。何年も、何十年も、何百年も、この時を待っていたのよ』
涙を流す少女に、どれほどの思いが・・・
『一人で、たった一人で・・・』
泣きつづけるわたし
『今度は、わたしが『あなた』を捨てる』
拒絶
全てを拒絶して逃げた『私』
拒絶した全てを抱え込んだ『わたし』
『そう、わたしがずっといたところに・・・。『あなた』を』
そうだった。私は逃げた。私だけが逃げたのだ。一人で・・・
『わたし』がここにいることさえ忘れて
光さえも届かないこの暗闇の中に置いて行ったんだ
この墨染め桜の木の牢獄の中に・・・
― * ―
『・・・ついに手に入れた』
「何を言ってるの」
『ふふふ・・・』
「!」
『綺麗でしょ、この桜』
これが西行妖
空を埋め尽くすほどの桜の花
自ら成長をし始めた妖怪桜
この世のものとは思えないほど綺麗な『墨染めの桜』
『・・・これで、最後よ。・・・ 桜符『完全なる墨染めの桜 ・・・‐満開‐』 』
・
・
・
体が重い・・・
あの傷ならしかたがないか。それより、幽々子様はどうなさったかな
だめだ、なんだか意識が薄れてきた
・・・
んぅ、なんだか頬が痛いのは気のせいか
・・・いや、気のせいじゃない
「いいかげん起きなさいよ。妖夢!」
この声?紫様・・・
「って、何をしているんですか!」
「やっと、起きたわね」
私は私の頬を引っ張っていた手を払った。
なんだか、前にも似たような事が・・・
「・・・で、どうしたんですか?紫様」
「よし、取り敢えず成功のようね」
「成功って何が・・・」
「自分の体を見てみなさい」
「?」
よく分からなかったが、言われた通り体を見た
が、そこには、いつもの人の身はなく、半透明の自分がいた
つまり、霊体の自分が
「紫様これ・・・」
「・・・妖夢。あまり時間が無いの、来てちょうだい」
状況は分からないが、紫様の瞳にいつもの余裕が無いように感じられた・・・
*
「ゆ、紫様」
「始まったわ・・・」
そこは、まさしく死の世界
西行妖の周りにあった桜の木々達は一様に枯れ木となり桜の花びらを散っていく
その花びらさえ地に付いた瞬間、色を失い死んだ
その範囲は徐々に広がり、全てを死に至らしめていた
草木一本さえ、残さずに・・・
そして、その中心には主である西行寺幽々子が優雅に舞を踊っていた
「幽々子様・・・」
彼女は知っていた
自分の主が舞を嫌い、一度もしなかった事を
「幽々子様!」
そんな、主があんなにも楽しそうに舞う姿を見ていられなかった
あんな心から楽しそうに舞う幽々子の姿を・・・
「博霊の巫女もダメなようね…」
舞う幽々子の近くには、侵入者である三人の姿があった
メイドと魔女の方はすでに戦えないほど衰弱している
そんな二人を庇う様に結界を張って耐える巫女だが、そう長くは持たない感じだった
それほど、辺りの妖気。死は強かった
「・・・妖夢、よく聞いて」
いつにない真剣な口調で紫は言う
「妖忌がいない今、あなたが一人でやるしかないのよ。魂魄の運命を今・・・」
「紫様!」
なぜ、その事を知っているのか
魂魄の名を持つ者の運命
西行寺のために尽くし、お守りする事
・・・そして、西行寺の力に溺れ、制御できなくなった者の『始末』
それが、運命
「今のあの子を止められるのは弐本の霊刀を従えた妖夢。あなたがやるの」
私の手にあるのは師であり父である、妖忌から頂いた弐本の刀
主に仕える者の証
一振りで幽霊十匹分の殺傷力を持つ長刀 「楼観剣」
人間の迷いを断ち斬る事が出来る短剣 「白楼剣」
「魂魄の本当の役割を・・・」
発狂し、力の制御できない西行寺の者を殺戮する 「楼観剣」
現世になおも、執着しようとする西行寺の者を滅する 「白楼剣」
そのためだけに、造られた弐本の霊刀
いかに、その刀を主のために振るっても本質は変わらない
「・・・使命を果たしなさい。魂魄妖夢」
そう、変わらない・・・
*
「変わらないわね。あの子は・・・」
一人になった紫はそう思った
あの時の事を覚えてなくても、妖夢の考えは同じだった
「がんばりなさい・・・。妖夢」
これは、彼女達の問題
自分には手助けくらいしかできない
「そんな事、分かっている」
視線の先には、今もなお禍禍しく咲き乱れる墨で染めたような桜
幹に一筋の大きな傷を持ちながらも活力に満ち満ちて咲き乱れる西行妖
辺りの、生在るものの命を奪いながら、より大きく雄大に成長する
「それでも・・・」
何もできない事への焦りが紫を苛む
手に添えられた物を力強く握り締めながら
色のあせた古い扇を握り締めて・・・
・
・
・
「寒い・・・」
紫様に頼んで、ここへ連れてきてもらったが本当にここは何もない
西行妖の中は闇が支配していた
真っ暗でいて、それに寒かった。吐いた息さえも凍っていくそんな息の詰まるような暗闇の世界
しかし、ここには幽々子様が居る。そんな確証なんてどこにも無い
でも、感じる事はできる
皮肉にも、弐本の霊刀が教えてくれる
西行寺の者の居場所を・・・
「あれは・・・」
この世界に唯一光の差す場所があった
大きな桜
そして、そこには幼い幽々子様がいた・・・
・・・・・・・・・ to be continue
この後どうなるのか楽しみです。
で、暴走してしまった西行寺の者を止めるのが魂魄の名を持つものの仕事、ときましたか。設定が面白いです。
先の展開が……私には読めないので、続きを待ちます。