連日、猛暑である。
幻想郷内でも、暑さにやられてダウンする者が、間々出ていた。
「紫様を見てると、時々羨ましくなるよ…」
「…?どうしたの藍様?」
「いや、こんなに暑くても眠れるからさ」
…そう言うものと、無縁な者も。
紅魔館では。
「パチュリーが、風邪だぁ?」
「うん。お姉様がそう言ってた」
「アイツ、万年風邪っぴきじゃあなかったのか…」
百物語の翌日、魔理沙は本とスイカを持って紅魔館を訪ねた。
出迎えたフランドールの第一声が、これだった。
―パチュリーが、風邪をひいた。
「スイカ持ってきたんだけどなぁ…夏風邪ひいた体にはちょっと酷かな…」
「熱の方は無いみたいだったけど…」
「いや、そうじゃなくて。…触ってみるか?」
「?……冷たっ!」
指先で触れるが、すぐに引っ込める。
この暑さだと言うのに、スイカは凍ったかのように冷たかった。
「何でこんなに?」
「ああ。チルノが川で涼んでたんでそこで冷やしてきた」
「冷え過ぎじゃない?」
「まあな。暑いからと思ったんだが、こんなもん風邪ひきに食わせたら腹壊すだろ」
「私達でも…駄目じゃない?」
「確かに、な。…おお、冷たい」
「魔理沙じゃない。……スイカ?」
「ああ。凍る寸前のを持ってきたぜ」
こんな猛暑だと言うのに。
魔理沙からスイカを受け取るレミリアの額には一粒の汗も浮いていない。
咲夜も魔理沙も、内心羨ましかったりするのだ。
こういう点だけは。
「それ、冷やし過ぎって言うんじゃないの?」
「甘いぜ咲夜。冷やすのと凍らすのとは違う。
まぁ……冷たすぎて頭に“来る”かも知れないがな」
「じゃあ、しばらく待ちましょうか。
その間に、本でも返してきたら?」
スイカを咲夜に渡しつつ、レミリアが言った。
「あ、そうそう。パチュリー、夏風邪なんだってな。
フランが教えてくれたぜ。
……図書館って今開いてるのか?」
「小悪魔がいるから、多分開いてるわよ」
「……なんか嫌な予感がするから、また今度に」
「駄目。スイカにはまだ早いし、今日返さないと期日を過ぎるわ」
「ちぇっ。……まぁ、その為に来たんだしな」
踵を返して図書館へ向かおうとする魔理沙。
「あ、私も行く」
フランドールが付いて来た。
図書館の前。
魔理沙とフランドールは、立ち止まっていた。
「……」
「……」
ドアが、開かないのだ。
「……開いてないのか?」
「朝はドアが開け放してあったけど…」
もう一度、ドアノブを捻って、押す。
―押し返す感触と、魔力の気配。
「……感じたか?」
「……うん」
さっき「嫌な予感」といったのは、別に本を返したくなかったからでは無い。
図書館を管理しているのは、パチュリーと小悪魔。
パチュリーがいないとなると、小悪魔が一人で管理している事になる。
本の持つ魔力を抑えきれるかと言う事も心配だが、
それ以前に、彼女は「小悪魔」なのだ。
―悪魔は大小の違いこそあれ、悪戯好きと相場が決まっている。
「悪戯してしくじったか、または何かアホやらかしたか……」
扉から一歩下がる。
「フラン、何が起こってもいい様に、心の準備はしといてくれ」
そう言うと、足を上げた。
「オンパッキャラマド……」
―バターン!
渾身のヤクザキック。
蝶番が外れんばかりの勢いで扉が開いた。
中に踏み込んだ2人が眼にしたのは。
「……どうなってんだこりゃ?」
「……」
何の変化も無い、図書館であった。
「なんだ、大丈夫じゃないか」
「確かに……」
空気が澱んでいる感じはあったが、それ以外は何の異常も無いようだ。
しかし、いつもは司書がいる机に、誰もいない。
司書室を覘いても、やはりいない。
「さて、小悪魔は何処にいるのかな、っと…」
ずんずん奥へ歩いていく魔理沙。
フランドールは、慌てて後を追った。
「小悪魔ぁー!」
「司書さーん!」
「やられ際のクナイ弾が時々いやらしい奴ー!」
「……けて~……」
「……?」
「小悪魔ぁー!」
「気のせいか……」
「ん?どした?」
「いや、今声がしたような…」
「……たすけて~……」
「ほら!」
「ああ。…こっちかな?」
東洋文学の棚を右に折れる。
「おーい、小悪魔ぁー!」
「司書さーん!」
「やられ際のクナイ弾が時々いやらしい奴ー!」
「……誰かぁ~……」
ぴたり。
前に進もうとしていた魔理沙が止まる。
「?」
「……バックオーラーイ……」
そのまま後ろに下がり始めた。
「え?どうしたの魔理沙?」
つられるフランドール。
そして、ある棚に来たところで止まる。
右を向く。
「…そこかあぁぁっ!」
そして、走り出す。
「あ、待ってよ!」
つられるフランドール。
そして。
「…馬鹿…」
「……うわー」
本の山が、そこにあった。
床にも本が散乱。
中にはページを上に向けて開いている物もあった。
「掘るぞ」
「うん」
数分後。
「はぁ~、死ぬかと思いました」
「そのまま死んでも…」
「魔理沙」
「へいへい。で、どうしたんだ?本に埋まったりして」
本に埋まっていた小悪魔は無事発掘された。
いや、救出された。
「一人で暇だったから、ちょっと遊ぼうかって…」
「ふむ。で?」
「本棚から本棚に飛び移っていたら、足が本に引っ掛かって…」
「この有様と…」
「はい…」
小悪魔はうつむいてしまった。
扉を押し返していた魔力は、本が大量に開かれていた事で発せられた物だったのだ。
「お前なぁ、自身では気付かなくても暑い時ってのは疲れてるんだ。
そんな時に、さらに体力使う遊びなんかするなよ…」
本棚に向き直る魔理沙。
「やれやれだぜ……。さて、パチュリーにばれないうちに、片付けるぞ」
「え?…出来るんですか?」
「何が?」
言ってから、ニヤリと笑う。
「ははあ、お前、これを全部手で片付けると思ったな?」
「え?あ、はい…」
「馬鹿、それじゃ何の為の魔法だよ」
右手を肩の高さまで上げる。
「不可能を、可能にするのが魔法だろ?」
―パチン。
指が、打ち鳴らされた。
「さて、スイカの時間だな」
「うん」
レミリアの部屋に戻ってきた二人。
扉を開けると。
「おう、霊夢!とメイリ……中国もか」
「スイカを一緒に食べようって誘われてね」
「言い直すなよ」
部屋の中にいる人の数が、増えていた。
「…ちぇっ、私の一切れが小さくなるじゃないか」
口ではそう言うが、顔は笑っている。
「フラン、良い事を教えておく。
『スイカの一切れの大きさは、食べる楽しさに反比例する』んだ。
…忘れるなよ」
「うん」
スイカは、咲夜が綺麗に六等分した。
「…塩、いるかしら?」
「いや、遠慮させていただきます」
「魔理沙、何でスイカに塩なの?」
「隠し味だな。それで甘みが増すんだ」
そう言って、種を吐き出しかけてやめる。
「…ここ、室内だったな」
「中国って…言い直された…しくしく…」
「まあまあ。しょうがないじゃない、中国なんだから」
「…慰めになってない」
「あ、そうそう。皮を残しておいてくれるかしら?」
咲夜の言葉に、皮を食べようとしていた魔理沙が止まる。
「…え?なんでだ?」
「ちょっと、ね」
魔理沙から皮を受け取りつつ、意味ありげな微笑を浮かべた。
スイカの皮を使った咲夜の手品でひとしきり沸いた後、
夜になるのを待って魔理沙はパチュリーの部屋を訪ねた。
「パチュリー、入るぜ」
返事を待たずに扉を開けると、パチュリーはベッドから上半身を起こしていた。
「どうだ、調子の方は?」
「うーん…。いつもと変わらない」
「そうか。じゃあ、まだ駄目かな?」
「…どうかしら?」
「まあ、ゆっくり休んどけ。
今日はな、お前にマジックアイテムを持ってきた。
この部屋を夏にする、とびっきりのもんだ」
「何?」
「これだよ」
そう言った魔理沙の右手がつまんでいたのは。
―ちりーん…
「……」
「……」
「……風鈴じゃない」
「ああ、風鈴だぜ」
「それの何処が?」
「なんだ。お前でも、知らない事ってあるんだな。
誰が聞いても『これぞ夏』って言う音は、そうそう奏でられるもんじゃないんだぜ」
そう言いながら窓を開け、ひさしに吊るす。
―ちりーん…
風に揺れ、風鈴が夏を奏でる。
「まあ、確かに」
「…あ、蛍とフランだ」
「妹様?」
窓から外を見る二人。
―蛍が、舞っている。
それは、淡い光。
それは、儚い光。
それは、美しい光。
それは、命の光。
そして、その光が彩る庭を、フランドールが駆け回っていた。
「元気ね、妹様」
「ああ。きっと、蛍が綺麗だからだろうな」
「?」
―ちりーん…
「『…夏は夜。
月のころはさらなり。
やみもなほ、蛍の多く飛びちがひたる。
また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。
雨など降るもをかし』」
「……何それ」
「昔の人が、夏に愛でた物だ。
綺麗な物を綺麗だと思う、その心は昔も今も変わらないのさ」
―それから、言葉の無い時間が暫し続いた。
やがて、魔理沙が口を開いた。
「…蛍」
「え?」
「外へ出て、一緒に蛍を見ようぜ」
―ちりーん…
「……」
「風邪を治す一番の薬だぜ?下手な魔法薬よりもよく効く」
「……」
パチュリーの答えは決まっていたが、迷うそぶりだけは見せた。
「そうね、行こうかしら」
「よし、決まりだな。
それじゃパチュリー、お手を此方へ」
返事を聞くと、魔理沙は笑顔で手を差し伸べた。
「……何?」
「何って、エスコートに決まってるだろ」
「柄にも無い事を」
「私ゃいつでも普通だぜ」
―ちりーん…
「……そうね」
微笑みとともにのせられたパチュリーの右手を、
魔理沙は優しく握った。
―蛍が、舞っている。
それは、淡い光。
それは、儚い光。
それは、美しい光。
それは、命の光。
月がまだ出ていないからだろうか、そこはまるで別世界。
パチュリーは魔理沙に手を引かれ、その世界へと足を踏み入れた。
「あ、魔理沙!」
魔理沙とパチュリーに気付いたフランドールが駆け寄って来た。
「綺麗ね…」
「な?間近で見たほうが良いだろ?」
「パチュリーさん、こっちこっち!」
「え?ちょっと、何?」
「いいから早く!」
そして今度はフランドールに手を引かれ、
蛍の集まっている所へ連れて行かれるパチュリー。
「いい夜だな……」
誰に言うとでもなく、空を見上げて呟くと、魔理沙はその後を追った。
>良い事を教えておく。 『スイカの一切れの大きさは、食べる楽しさに反比例する』んだ。
真理ですね。このセリフがお話の中では一番のお気に入りです。
すらすらと滞りなく読めましたが、締めくくりがやや弱い気もしました。
個人的な好みなのですがパチェとフラン、魔理沙だけでは寂しいな、と。
やはり西瓜のくだりが一番好きですね。ああいったわいわいした感じが好みです。自分には書けませんが_| ̄|○
そういえば蛍なんてテレビでしか見たことないなあ…。ぜひとも現物を見たいものですね。
それと、
>「やられ際のクナイ弾が時々いやらしい奴ー!」
には激しく同意いたします(笑)。
・・・・・「コレね?人間界居た時好評だった奴なんだけどね?
この西瓜の皮をね?こうして、こうするとー・・・・
ほら!縦縞が横縞になったでしょ?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これじゃマギーと一緒になっちゃうk(殺人ドール