山の奥の奥、川を渡り、谷を越え、森をつっきって延々と歩き続けたら、もしかして辿り着けるかもしれない。
そんな、自然が豊かな……というよりもそれ以外何もない場所に、幼稚園がありました。
幼稚園ですから、もちろん通っているのは小さい子供たちですが、どうも一癖も二癖もある子ばかりです。
それもそのはず。ここに通っているのは、ほとんど妖怪の子供たちです。人間の子供はここでは少数派。
それ位、この博麗幼稚園は人里離れたところにありました。そんな博麗幼稚園の、ある夏の一日。
** ** **
今日はとっても暑い日です。空を見上げても雲ひとつありません。こんな日は、青空がとても高く見えます。
お日様も、もうこれ以上ないってくらい、元気一杯に照り付けています。
博麗幼稚園のある一室では、窓を全部開け放っていました。
時折吹き込む風は、ついさっきまでは生温かったのですが、誰かが打ち水をしたようで、
今は涼しげなものに変わっていました。
窓の一つにつるされた風鈴が、風にあわせてチリンチリンと鳴っています。
その部屋からは、今日も子供たちの賑やかな笑い声が聞こえてきました。子供たちの元気さには、お日様も形無しです。
ちょっと部屋の中をのぞいてみましょう。
この部屋では、三人の女の子が遊んでいました。
ちょっと順番に見ていきましょうか。
一人目は、この季節にはちょっと不似合いな、黒い服を着た女の子です。
肩あたりで切りそろえた金髪に、赤いリボンがちょこんと乗っています。
この子の名前はルーミアといって、とっても素直な女の子です。
彼女の口癖は『そーなのかー』。何かにつけて口に出てしまうのですが、
その時の気持ちによって、同じ言葉でも少しずつ違っています。
納得した時は『そーなのかー』
驚いた時は『そーなのかー』
不思議に思ったときは『そーなのかー』
……うーん、文章では上手く伝わりませんね。皆さんがんばって想像してください。
おっと、今日もまた『そーなのかー』が出ましたよ。
これはちょっと疑問系の『そーなのかー』です。
ほっぺたに手を当てる仕草がかわいらしいですね。
ルーミアに話し掛けている女の子に目を向けて見ましょう。
びしっと指を突きつけて、自信満々に話しています。けれど、その目は妖しく輝いて……というとちょっと怖いですが、
それは、悪戯の成功を確信したときの目です。いったい何を吹き込んでいたのでしょう。
彼女の服は青い大きめのワンピース。足元の白が涼しげです。
背中には薄い羽があって、時々パタパタと振るわれています。
彼女の名前はチルノ。とにかく元気一杯な女の子です。
実は、さっきから聞こえてくる声の大半は、チルノの声だったりします。
元気がいいだけじゃなくて、悪戯も、暴れるのも、ルーミアをからかうのも好きという、ちょっと困ったちゃんです。
でも本当は優しい子なので、相手を泣かせたりすることはあまりありません。
また、結構照れ屋さんで、思った事を素直に話せない事があるのを少し気にしています。
この事を彼女は秘密にしているつもりなので、他言無用ですよ。
さて、最後の一人を見てみましょう。彼女は、チルノの後ろの方で、足を伸ばして座っています。
その顔は、この暑さだというのにとても気持ちがよさそうです。
それもそのはず。実はチルノの羽がパタパタするたびに、その周りにはひんやりとした空気が発生しているのでした。
冬だと寒くて大変ですが、夏真っ盛りの今なら、実に便利な扇風機です。
しばらくじっとしていた女の子 -名前は橙と書いてチェンと読みます-ですが、いきなり立ち上がって、壁の方にそろそろと近づいていきました。
何か見つけたんでしょうか。
壁の近くまで着た彼女は、両膝をついて、顔を畳にくっつけて目の前の何かを見つめています。
それは、一匹のちょうちょでした。なんでこんな時期に蝶がいるのかなんて考えちゃいけません。
山奥ならいるでしょう。多分。
ちょうちょの羽が時々上下するのに合わせて、橙の目が動きます。
彼女は、右手をそうっとちょうちょに近づけていきました。捕まえようと思っているみたいですね。
あ、残念。気付かれてしまいました。
ぱたぱたと羽ばたいて目の前を飛んでいくちょうちょに、橙はぴょこぴょこと飛び掛ります。
でも、そんなに乱暴に掴もうとしたら、つぶれちゃいますよ。大丈夫でしょうか。
しばらく追いかけっこをしていましたが、ついにちょうちょは窓から外に出ていってしまいました。
橙はとっても残念そうです。おっきな耳がぺたっと頭にくっついているのは、それだけくやしかったということでしょう。
橙はああいう目の前を動くものをついつい追いかけてしまうのでした。
その好奇心の強さと生まれつきの機敏さで、いつもそこらじゅうを跳ね回っている彼女は、ちょくちょく怪我をしたりします。
でも、本人はあまり気にしていません。心配しているのは専ら彼女のお姉さんでしたが、それはまた別のお話です。
彼女の服は概ね赤色が基調で、スカートは少し短め。活動的な彼女によく似合っています。
さてさて、これで全員見てきたわけですが、なにか足りない気がします。
ここは幼稚園なのですから…そう、先生がいませんね。
おっと、廊下から小気味よいトントンという足音が聞こえてきました。
いよいよ先生の登場です。
** ** **
少し建付けの悪い障子戸が、がたがたと音を立てて開き、紅白の衣装に身を包んだ少女が入ってきました。
妙に落ち着いた佇まいが、彼女を大人っぽく見せています。
けれども、その表情にはまだまだあどけなさが残っていて、子供っぽくも見えます。
全体として大人でも子供でもなく、ちょうどその中間にいるような、不思議な雰囲気を持った少女です。
彼女の名前は博麗霊夢。この幼稚園の持ち主であり、ついでに先生も兼ねていました。
彼女は部屋の中の騒ぎを見て、やれやれといった感じで口を開きました。
「はいはい、あんたら、ちょっと座って話を聞きなさい。」
ぞんざいな口調ですが、別に怒っているわけではありません。これが彼女の素なのです。
子供たちは、まだ騒ぎ足りなさそうな様子でしたが、それぞれ思い思いの返事をして座りました。
彼女たちは知っています。普段はやさしい霊夢先生ですが、怒るととっても怖いのです。
「んーと、じゃあ出席…なんて取るまでもないし、めんどいから省略。」
あらら、ずいぶん大雑把な性格のようですね。そんなことは承知の上といった様子で、チルノが手をあげました。
「せんせー、ここにいても暑いだけだから早く行こうよ。」
「そうね。じゃ、昨日連絡していた通り今日は泳ぎに行くわよ。みんな水着は持ってきた?」
その言葉にチルノとルーミアは元気よく返事をします。
けれど、橙はちょっと元気がありません。
「どうしたの、なんか元気ないわね。」
声をかけられた橙は、びっくりしたように霊夢のほうを向きます。
なんとなくそわそわとしていて落ち着きがありません。
「あの、あのね、私、水着忘れてきちゃったの。だから見ていてもいいかな。」
「それは困ったわね、でも今から取りにいくわけにも行かないし…仕方ないか。」
「うん、ごめんなさい。」
そういった橙はしょんぼりとした様子で後ろを向きました。
けれど、あれあれ、何かほっとしたような表情です。
「じゃあ、行くわよ。準備はいい。」
「はーい。」
霊夢の言葉に子供たちが返事を返します。
それでは出発、と、霊夢が言おうとしたとき、障子戸がトントンと鳴りました。
霊夢が「どうぞ」と言って、招き入れます。
入ってきたのは、道服のような衣装を着た女の子です。
最初に声をかけたのは、霊夢ではなく橙でした。それも、とても嬉しそうな声です。
「お姉ちゃん。どうしたの。」
「ん、おお橙。元気か。」
「うん。元気だよ。」
そう、彼女は橙のお姉さんで、藍といいます。二人はとても仲のいい姉妹です。
藍もこの幼稚園に通っているのですが、橙とは別のクラスです。
「藍、突然どうしたの。」
「あ、先生、いつも橙がお世話になっています。今日は橙が忘れ物をしたので、届けにきました。」
そう言って、手に持った包みを差し出しました。
中には水着が入っています。
「あら、ありがとう。」
「いえ、それでは失礼します。橙をよろしくお願いします。」
「ご苦労様。橙、よかったわね。」
藍は部屋を出て、自分のクラスに戻りました。
一方、水着を受け取った橙はというと、そのまま固まってしまっています。いったいどうしたんでしょうか。
それを知ってか知らずか、霊夢は子供たちに声をかけました。
「さあ、それじゃ今度こそ出発よ。しっかりついてきなさい。迷っても助けないからね。」
ずいぶんな言い草ですが、実際問題として、迷ったところでどうということはありません。
この辺りは、子供たちにとっても庭のようなものですから。
一行は、裏手の森の中へと入っていきました。
** ** **
霊夢を先頭に、子供たちは森の中を進んでいきます。
歌など歌って上機嫌のルーミアとチルノ。
それに対してやっぱりちょっと元気のない橙。霊夢は橙の事が少し気になります。
しばらく歩いていくと、さわさわと水音が聞こえてきました。もう少しです。
ほどなくして、目的地の川原に到着しました。この川をずっと下っていくと、大きな湖にたどり着きます。
その途中には、かなり流れの急な危ないところもあるのですが、この川原はちょうど入り江のようになっていて、
その中なら水深も浅く、流れも緩やかで、子供たちの水遊びにはもってこいの場所でした。
澄んだ水が木漏れ日を受けてきらきらと光っています。
「よーし、みんないるわね。じゃ、着替えて。」
それを聞いて、子供たちは着替えはじめました。
それを見届けて、私はどうしようかな。とか、霊夢が考えていると…
「先生、着替え終わったよ。もう行っていい。」
「ほえ。」
目を上げると、ものすごい速さで着替えを終えたチルノが、今にも飛び出しそうな勢いでこちらを見ています。
彼女の水着は薄い水色で、白いフリルがちょこちょことついています。
氷精の彼女にぴったりな水着だと霊夢は思います。
すぐにルーミアもやってきました。こちらは、特に柄や飾りのない紺色の水着です。
胸のところに、大きく『るーみあ』と書かれています。
平仮名で書いてあったり、『る』が大きくて、その後の文字が段々ちっちゃくなっていくあたり、まだまだ幼さ全開です。
「ちょっと待ちなさい。準備運動をしてからよ。」
「「えー。」」
二人は早く行きたくてしょうがない様子。いろいろとおしゃべりをしているものの、視線がちらちらと入り江の方を向きます。
少し遅れて橙がやってきました。デザインはチルノの水着と似ていますが、こちらは赤色が基調です。
それぞれの水着を見て、霊夢は、みんならしいと言えばみんならしいわね。と、思います。
「じゃあ、準備体操するわよ。はいジャンプ。いちに、いちに。」
霊夢の声にあわせて子供たちはぴょんぴょんとジャンプします。
「次、屈伸。はい、曲げて……伸ばして……」
「次、伸脚。右から、いち、に、さん、し……」
「はい、じゃあ軽く足開いて、体を前に倒して……次、後ろに反らせる……」
しばらくの間、霊夢の掛け声と水の音だけが川原に響きます。
「最後、深呼吸……おっけ。行っていいわよ。」
待ちわびたかのように、二人が入り江に向かってダッシュします。遅れて橙もついていきます。
「川のほうには行っちゃ駄目よ。深くて流れも速くて危ないから。」
大声で叫ぶと、「はーい」という返事が聞こえてきましたが、本当にわかっているのかどうか、ちょっとだけ不安です。
まぁ、それはさておき…
「たまにはこういうのも悪くないわね。」
そう呟いて、木陰に入りました。元気の有り余っている子供たちの相手をするのは、これでなかなか大変なのです。
** ** **
森の中に子供たちの歓声が響き渡ります。
閑静な川原は、一転して騒がしさに包まれました。
そんな中、橙は川岸の岩に腰を下ろしていました。
足に引っ掛けたサンダルが、所在なげにぷらぷらと揺れているのがなんとも寂しげです。
(いいな、私もあそこに行きたいな…)
何度もそう思うのですが、どうしても最初の一歩が踏み出せません。
水のかけっこをして遊んでいる二人をじっと見ています。
「どうしたの、橙。」
呼びかけられて振り向くと、そこには霊夢が立っていました。
両手を背中で組んで、覗き込むようにこちらを見ています。
水着は着ていませんでしたが、上着を脱いで、胸にサラシを巻いています。
その膨らみはまだまだ発展途上といったところですが、橙には霊夢がとても大人っぽく見えました。
なんとなく恥かしくなって、目を伏せてしまいます。
「入らないの。冷たくて気持ちいいわよ。」
「うん。いいの。」
「そう。」
霊夢は橙のとなりに並んで座りました。そのまま、何をするわけでもなく、ぼんやりと座っています。
しばらくの間、二人に無言の時が流れました。
「…先生……あの…」
最初に話し掛けたのは橙でした。でも、そこまで言って黙り込んでしまいました。
霊夢はゆっくりと振り向きました。
「水が怖い?」
「……うん。」
「水着、忘れたんじゃないんだよね。わざと持ってこなかったんでしょう。」
それを聞いて橙ははじかれたように顔をあげます。霊夢はそれ以上何も言わずに、橙の目を見つめて答えを待っています。
「…はい……。」
怒られると思ったのでしょうか。目をぎゅっと瞑りました。そんな橙の頭に、ゆっくりと手が乗せられました。
橙が目を開きます。
「先生…?」
「私は怒ってるんだからね。」
「ごめん…なさい……。」
霊夢は橙の目を真っ直ぐに見つめて、静かに話します。
「苦手なものは誰にだってあるの。だから、橙が水が嫌いなのは仕方ないわ。
でもね、いくら嫌だからってこういうズルはよくないわ。」
「…はい……。」
普段、誰に対してもぞんざいな言葉使いの霊夢。こういう話し方はあまりしません。
それだけに、怒鳴られるよりもよほど心にささります。
「もう、ズルはしないって約束できる?」
ちゃんと反省していると思ったのか、優しい声で言いました。橙は頷いて答えます。
「うん、約束する。」
「じゃあ、指切りしようか。」
そう言って霊夢は手を差し出しました。橙もおずおずと手を出しました。
二人の小指が絡まります。
「「ゆびきりげんまん うそついたらはりせんぼんのーます ゆびきった!! 」」
** ** **
その頃、ルーミアとチルノはずっと水のかけっこをして……
あれ、二人の姿が見えません。いったいどうした事でしょう。まさか…
と、どこかの誰かが思っていると、突然水面からざばっと水柱が立って、そこからチルノが顔を出しました。
それから少しして、同じようにルーミアも顔を出しました。
ルーミアはにっこり笑顔。それに対して、チルノはとても悔しそうです。
どうやら、どっちが長く潜っていられるか競争していたみたいですね。大事なくて何より何より。
「わは~ また私の勝ち~~。」
「うー また負けた…。」
「チルノちゃんよわ~。」
「むっか、もう一度勝負よ!」
合図と同時に水に潜ります。
二人とも大分がんばっているようですが……今回も最初に顔を出したのはチルノでした。ルーミアはまだ顔を出しません。
まだ、
まだ、
まだ、
まだ……?
まさか本当に溺れたんじゃ…と、チルノが心配し始めた頃、ようやくルーミアが顔を出しました。
だいたい二倍くらい潜っていた感じです。
「ん~ こんなもんかな。」
「こんなもんって、あんなに潜ってて平気なの。」
「うん。がんばればもう少しいけるかな。」
これにはさすがのチルノも呆れるしかありませんでした。はっきり言って勝負になりません。
それでもまだ悔しそうなチルノ。腕組みをして何か考えています。
おっと、何か思いついたようですね。
「今度は別の我慢比べで勝負よ。」
「いいよ。どういう勝負。」
「この辺を氷で冷やして、どっちが長く浸かってられるか。」
「えー。それってチルノちゃんにばっかり有利じゃない?」
「そんなことないない。氷精っていっても、冷たいものは冷たいの。」
「ほんとに~。」
いくらルーミアが素直だといっても、さすがにこれは簡単には納得できないみたいですね。
ちなみに、チルノは嘘を言ってはいません。ただ氷精の場合、冷たければ冷たいほど気持ちいいんですが……。
チルノはさらにたたみ掛けます。
「それにね、冷たい水に浸かってると、肌が引き締まってすごく綺麗になれるの!」
「そ、そーなのかー!?」
嘘ですよ。多分。でも、自信満々に言い切るチルノを見て、つい、いつもの口癖が出てしまいました。
幼稚園児とはいえ、そこはルーミアも女の子。こういう単語には敏感です。
「じゃ、そういう事で。」
そう言って、大きな氷のカタマリをぽんぽんと出して並べていきます。
ほどなく氷の輪ができました。さながら決闘場のリングの様です。
「じゃあ、よーい スタート!!」
チルノの声を合図に、二人はその中に入りました。
初めはたいした事はありませんでしたが、どんどん水温が下がっていきます。
「うぅ、冷たいよう…」
いきなり音をあげそうなルーミアに対して、チルノは余裕の表情です。
こればっかりは、ルーミアに勝ち目はなさそうですね。
** ** **
「その調子、その調子。ゆっくりでいいからね。」
一方こちら側では、橙が水に慣れる練習中です。
この辺りは、あっちの二人がいるところよりももっと浅く、
霊夢の膝よりちょっと上。橙の腰よりちょっと下くらいの深さしかありません。
霊夢はスカートがぬれないように、たくし上げて太もものあたりで結んでいます。
霊夢に手を握ってもらいながら、橙は本当にゆっくりと体を水に沈めていきます。
それでも、初めは足元が水に浸っただけでも怖がっていたのですから、実はこれでも結構な進歩です。
そんな時、少し水が跳ねて顔にかかりました。
その瞬間橙は飛び上がらんばかりに…いえ、実際本当に飛び上がって驚きました。
その結果、当然バランスを崩して水の中に倒れそうになったところで、霊夢が橙を抱き上げました。
泣きそうな顔でひしとしがみついてくる橙を抱えながら、川岸に向かって歩いていきます。
川岸の岩に座らせて、用意しておいたタオルで体を拭いてあげました。
橙はまだ少しぐずっています。
これは、今日中に顔を水につけるってのは無理かな。と、霊夢は思います。
水が苦手な子供にとって、それが最大の難関です。
ま、焦っても仕方ないし、のんびりやればいいか。
そう思い直しました。
「橙、あそこの大きな岩。わかる?」
指でそちらを示すと、橙もそっちを見て頷きました。
その岩はかなり大きくて、その上で七、八人くらいが寝転がっても全然大丈夫そうです。
森の木々はその上だけぽっかりと開き、お日様の日差しが柔らかく降り注いでいて、日光浴には絶好のポイントです。
「休憩にするわ。あそこで体を乾かしてきなさい。」
もう一度頷くと、あっという間に岩の上まで行ってしまいました。
陸の上では橙の運動神経は抜群です。
「水が怖くなくなれば、すぐ泳げるようになりそうね。」
そんな様子を見て微笑んだとき、風が水にぬれた肌を撫でていきました。ぶるっと体を震わせます。
「そういえば、さっきから水が冷たいような……って、何なのよあれはっ。」
呟いて振り向いた霊夢が見た物は、流氷のように…というと大げさですが、
まあそんな感じに鎮座ましましている氷の山でした。
慌てて、そちらに向かいます。服がぬれてしまいますが、この際仕方ありません。
氷を掻き分けて真ん中まで行くと、そこには案の定ルーミアとチルノがいました。
チルノは平気そうですが、ルーミアの顔は真っ青です。
「こらぁ、あんたたち、何やってんのっ。」
「何って…我慢比べだけど。」
大声で叫ぶ霊夢と、きょとんとした表情のチルノ。ルーミアのほうを見ると、震えながら頷きました。
霊夢は頭を抑えて溜息をつきます。
「ストップ。中止中止。」
「えー。」
「えー、じゃない。ルーミアなんてもう真っ青じゃないの。ああもう、この子も大概負けず嫌いなんだから…」
そう言ってルーミアを抱えあげました。冷え切った体から冷たさが伝わってきて、思わず身震いします。
「まったく。私はルーミアを連れてくから、あんたはこの氷を片付けておきなさい。」
「冷たいほうがいいのに…」
「い・い・わ・ね。」
「はいぃ。」
一音一音区切って話す霊夢の迫力に、チルノはしぶしぶといった様子で氷を片付け始めました。
ルーミアは霊夢の腕の中で震えています。急いで体を暖めないといけません。
大急ぎで岸に上がって水気をふき取ります。それから、乾いたタオルを何枚か掴んで橙のいる岩の上に駆け上がりました。
子供を一人抱えながら、先ほどの橙もかくやという速度です。
岩の上では、一番日当たりのよさそうなところで、橙が寝そべっていました。
「橙、ごめん、ちょっとそこあけてくれる。」
「ふわぁ、どうしたの……。」
本当に寝ていたようですね。まだ少しぼうっとしているようです。
けれども、霊夢に抱えられて震えているルーミアを見て目が覚めたようで、すぐに場所を空けました。
「わ、ルーミアちゃん真っ青。どうしちゃったの。」
「ちょっとはしゃぎすぎたのよ……っと、これでよし。」
タオルで包んで寝かせました。橙も心配そうに覗き込んでいます。
しばらくして震えも収まり、紫色だった唇も元に戻りました。
そのまま寝てしまったらしく、すやすやと規則正しい寝息を立てています。
「ルーミアちゃん、大丈夫?」
「ええ、もう大丈夫よ。」
「よかったぁ。」
そう言って、ようやく安心した表情を浮かべました。と、思ったら、急に辺りをきょろきょろと見回しはじめました。
「橙?」
「先生、何か聞こえなかった。」
「何かって言われても…。」
なおも辺りを見回す橙。大きな耳もせわしなくあちらこちらを向きます。その耳が川のほうを向き、動きを止めました。
「橙、いったい何が聞こえ……」
言い終わる前に、橙は飛び出しました。岩を飛び降り、一目散に川の方へ。
** ** **
少しだけ時間が戻ります。
霊夢がルーミアを連れて行った後、チルノは氷を片付けていましたが、それもすぐに終わりました。
そうすると、何もする事がなくなってしまいました。せっかくの水遊びも、一人では面白くありません。
そんなこんなで、何となく川のほうを見ていると…
パシャ。と水音がして、何かが跳ねました。
なんだろうと思って目を凝らします。
しばらくそうしていると、また何かが跳ねました。
それを合図にしたかのように、川のあちこちで水音が鳴り始めました。
遠くでパシャリ 近くでパシャパシャ あっちでパチャリ どこかでバシャバシャ
突然の演奏会にチルノは惹き込まれていきます。
その時、一際大きな水音が響きました。それをタイミングよく見ていたチルノは、水音の正体が分りました。
「お魚さん…おっきなお魚さんだ!」
チルノはもう夢中です。もっと近くで見たくてどんどん近づいていきます。
けれども近づけば近づくほど、魚の群れが遠ざかっていくような気がします。
「ねえ、待ってよ。待ってってば。」
なおも近づいていきます。でも、これ以上は……
「待ってよぉ、お魚さ……」
突然足元に支えがなくなりました。不意に水に潜ってしまったため、いっぱい水を飲んでしまいました。
なんとか浮き上がると、入り江からずいぶん離れてしまった事がわかりました。
戻らなきゃ…と思っても、流れが速くて思うように泳げません。
「た、助けて、せんせ…」
必死の叫び声も、体ごと水底に飲み込まれていきました。
** ** **
慌てて橙の後を追いながらも、入り江にチルノがいないことに気付きます。
一人チルノを残してしまったのは失敗でした。
それでも、今は後悔している場合ではありません。まずはチルノを助けないと。
橙はチルノの位置が分っているようで真っ直ぐ走っていきます。
視線を橙のその先に向け、目を凝らすと………水面から一瞬だけチルノの顔がのぞきました。
今ならなんとか間に合いそうです。
「橙待ちなさいっ。私が行くから!」
その叫び声が届かなかったのか、それとも聞こえていたのに無視したのか。
一足早く川岸に着いた橙は、そのまま飛び込みました。あんなに水を怖がっていたのに。
バシャバシャと不恰好に水を掻いて、何度も沈みそうになりながら、それでもチルノの方に向かおうとしています。
僅かに遅れて霊夢も飛び込みました。先行する橙に追いつき、腕につかまらせます。
「子供が無理するんじゃないの。」
「……………」
息があがってしゃべる余裕もない様子ですが、その目は霊夢を見つめ返しています。
チルノを助けるんだという強い意志が伝わってきます。
霊夢は黙って頷くと、目を閉じて精神を集中し、霊力を高めていきます。
同時に、そのままでは意味をなさない霊力に、意志の力で方向性を定めます。
すると、霊夢の周囲の空気が揺らぎ、やがて風となって二人を包み込みました。
「さあ、行くわよ。しっかりつかまってなさい。」
そう叫んで目を開くと、高めた霊力を解放しました。
二人の体がふわりと浮き上がります。霊夢先生得意の飛行術です。
水面から足が離れると、真っ直ぐに飛んでいきます。
距離を一瞬で詰め、チルノを抱き上げました。
そのままUターンして岩の上へ。
橙はぴょんと飛び降りましたが、
よほど怖かったのでしょう。チルノは抱きついたまま泣きじゃくっています。
霊夢はずっと抱きしめたまま、背中をさすってあげました。
チルノが泣きつかれて眠ってしまうまで。
** ** **
二人が起きるのを待って、一行は幼稚園に戻りました。
ルーミアやチルノも、いつもの元気を取り戻しています。
遊んで、お昼寝をした後はおやつの時間です。
いつの時代も子供たちはおやつが大好き。勿論この三人だって大好きです。
それに、霊夢先生お手製のおやつはとてもおいしいことで評判です。
その霊夢先生がやってきました。
子供たちも、このときばかりは卓袱台の周りにおとなしく座っています。
その目はみんなキラキラ輝いています。
霊夢は今日のおやつを並べて座りました。おいしそうな甘い匂いが鼻をくすぐります。
あれ、でも子供たちは不思議そうな顔です。ルーミアが首を傾げて言いました。
「先生、チルノちゃんの分は?」
そう、チルノの前にだけ、おやつが並べられていません。
チルノと橙も霊夢のほうを見上げます。
「今日はチルノはおやつ抜き。」
霊夢は素っ気無くそう返しました。
降り注ぐ子供たちの疑問の視線。特にチルノは泣きそうな目でどうしてと語りかけてきます。
「川の方には行っちゃいけないって言ったよね。おやつ抜きは約束を破った罰。」
霊夢はやはり素っ気無く言いました。
チルノは訴えるように霊夢の目を見ます。
それには気付かなげに、霊夢は食べてもいいわよと言って他の二人を促しました。
チルノはしょんぼりと俯いてしまいました。膝の上では手がぎゅっと握られています。
少しだけ時間が経って…
「どうしたの、二人とも。食べないの?」
霊夢の声にチルノは顔をあげました。目の端に涙が浮かんでいます。
見ると、橙はフォークにおやつをさしたまま、口に運ぼうとしません。
いつもは食いしん坊なルーミアも、膝に両手を置いたまま動きません。
二人とも、とっても悲しそうな顔です。
二人がおずおずと口を開きます。
「あの、あのね…、みんなで食べないとおいしくないと思うの…」
「私の、半分こしていい…かな。私も、その…ズルしようとしたから……」
二人は霊夢のほうを見上げます。思っていた事が口に出たせいか、いっそう悲しそうな表情をしています。
チルノはそんな二人を、呆けたような顔で見ています。
そんな時間がどれくらい続いたでしょうか。
霊夢が根負けしたように溜息をつきました。
「まったくもう、そんな目で見るんじゃないわよ。まるで私が悪いみたいじゃない。」
仕方ないといった様子で、チルノの分のおやつを取り出す霊夢。でも、その顔はやさしく微笑んでいます。
まるでこうなる事がわかっていたみたいに。
二人の顔がぱぁっと明るくなります。
「「よかったね、チルノちゃん。」」
「う…うん。あ、あの…。」
「…? どうしたの。」
「だから、あの……何でもない…。」
何か言いたそうなチルノですが、彼女にしては珍しく口篭っています。
二人は不思議そうに顔を見合わせましたが、みんなで食べられることになった今、意識はおやつの方に向いています。
「それじゃ、いただきまー……」
「待ちなさい。」
おやつに手を伸ばそうとしたルーミアを霊夢が止めました。
その視線が真っ直ぐにチルノに移ります。
それに気付いたチルノが身を硬くしました。
「二人に言わなきゃいけない事…ううん、言いたい事があるんじゃないの。」
それを聞いて、チルノは目を見開きました。その目はまだちょっと赤いです。
でも、目だけじゃなくて、ほっぺたまで赤くなっているのはどうしてでしょう。
ルーミアと橙は何だろうといった顔で、チルノのほうを見ています。
チルノはつっかえつっかえ口を開きます。
「その…、あ…あ……。」
つい二人から視線をそらして、霊夢のほうを見てしまいました。
霊夢は何も言わずにチルノを見つめています。
けれどもその視線はとても優しくて、「がんばって」と、背中を押してくれているように見えました。
チルノは二人に視線を戻します。
「あの、ね…。二人とも…あ…りが……とう。」
そう言うと、真っ赤になって俯いてしまいました。
ルーミアと橙は初め驚いた様子でしたが、すぐにっこりと満面の笑みをうかべます。
霊夢が優しくチルノの頭を撫でました。
「よくできました。たまには素直になんなさい。」
チルノは真っ赤になったまま頷きます。
「それじゃ、改めてみんなで食べましょう。用意はいい?」
子供たちが頷きます。
「じゃあ、いただきます。」
『いただきますっ!! 』
全キャラかわいすぎです!
可愛いですね~(*´ヮ`)
個人的には他のクラスの話も読んでみたいです。
しかし、橙と藍が「兄弟」には唖然としました。
誤字ですよね?
あんたは最高だ!!!!
いい感じでほのぼのしてます、本当に。私もほのぼのしたいですねぇ(何)。
誤字が1点。
『その目はみんなキラキラ輝いていています。』(「いて」の重複)。
荒んだ心を癒す糧にさせて頂きます。
(個人的に藍様にもっと活躍して欲しかったり)
このほのぼのさが最高だ!