幻想郷も、夏になった。
連日、昼も暑く、夜も暑い。
「暑いぜ暑いぜ、暑くて死ぬぜ」
なんて言葉を、魔理沙でなくても言いそうな猛暑である。
「よーし、全員集まったな」
そんな夏の、とある夜。
魔理沙は方々へ声をかけ、答えてくれた者達を博麗神社へと集めた。
連日の暑さを少しでも忘れるために。
「霊夢、用意は出来てるか?」
「良いわよ。しかし貴女が百物語をしようなんて言い出すと思わなかったわ」
―百物語をしようというのだ。
「いやぁ、暑さを忘れたいなら、やっぱこれだろ」
やってきたのは、紅魔館からレミリア、フランドール、咲夜。
魔理沙が連行して来たアリス。
後、話を聞きつけて来た紫。
魔理沙も含め、計6人である。
霊夢に案内され、入った部屋には、蝋燭が100本灯されていた。
百物語とは、集まった人が順番に怪談なり怖い話なりを語り、蝋燭を一本ずつ消していく。
そして最後の一本を消した時、妖怪が現れる、と言うものだ。
「魔理沙が怖い話なんて、柄にも無い事を…」
「そうか?怪談ってのは、襖一枚あれば作れるんだぜ」
「私には霊夢も加わる事の方が分からないわ」
「なんで?」
「いつも暇人なのに」
そう口々に語りながら、車座になった。
そして、自然と話が終わる。
「さて、始めるか。
まずはこの企画の主犯である私から行くぜ」
それを見計らい、魔理沙が、静かに話を始めた。
「これは、私の知人がしばらく前に体験した、実際にあった事だ」
「知人って誰よ」
「……今、くしゃみした奴」
「―へっくし!」
「…風邪か?夏風邪は早めに始末しとかないと、長引くぞ…」
「いや……多分、誰かが噂しているのだろう。と思うが…光哉、前!」
「え?あ?うわわ、だああぁああぁあぁ!」
「短いから聞き逃すなよ?
ある日の夕方、1人の少女が家路についていた。
家までは一本道。
自然と急ぐ彼女。
ところが…
足が、急に重くなった。
息も、急速に上がっていく。
迫る夕闇。
彼女は焦った。
何に焦ったのか自分でも分からぬまま。
で、重い足を引きずってやっとの思いで家に辿り着いた。
次の日。
朝彼女は家を出て、そこで気付いた。
…そこが、上り坂だった事に」
「…何も怖い事無いじゃない」
「アリス、そう言う事は終いまで聞いてから言うもんだぜ?
さて、そう気付いて安心した、その日の夜だ。
風呂に入った彼女は、自分の両脛に見慣れない痣がある事に気付いた。
どこかにぶつけた形跡も無いし、覚えも無い。
しかもだ。考えてみると、その上り坂は息が切れるほど急なものじゃない。
……さて、足を引っ張ったのは、何処の何方だったんだろうな?」
「……っ」
小さく息をのむ音。
以外にも、咲夜からだった。
そして、魔理沙は近くにあった蝋燭に息を、
―ふっ、
と吹いた。
蝋燭も
―フッ、
と消えた。
「さて、次は私でいいかしら?」
「異論はないわよ」
「異議無しだぜ」
「それじゃあ、始めるわ。
私の知人で人形師の人から聞いた話なんだけど、これも実話ね…」
「彼が人形師として歩み出す、ほんの少し前の事。
彼宛てに差出人不明の小包が届いた。
中身は人形。
一目見て、その精巧さに驚いたそうよ」
「男なのか」
「ええ。何か?」
「いやぁ、お前にもそう言う奴がいるとはねぇ…」
「うるさいわね、ただの同業者よ!」
その人形は、完璧な「人の形」であった。
作り物なのに、なんだか今にも動き出しそうな。
そこから放たれる気配は、まさに人の物であり。
「送って来た人のことが気になったんだけど、
いくら調べても分からなかった」
「差出人不明ってのは、そう言うもんじゃないか?」
「そうね」
結局差出人について調べるのは諦めた。
そして、それを家に飾った次の日から、異変が始まった。
「次の日から連日、雨が続いた。
なんでも、バケツをひっくり返したような雨だったそうよ」
窓から見えるのは、雨の流れだけ。
なんだかこの家が世界から切り離されてしまったような、そんな錯覚。
彼は思った。
世界は、こんな簡単に仕切れてしまうのかと。
そして、降り始めてから4日目。
いつもの様に雨を眺めていると、
声がした。
「―雨、止まないわね」
彼は驚いた。
この家には、自分しかいないのだ。
声はそれきりだったが、恐怖と驚愕はそれきりにはならなかった。
「……その人形ね?」
と、霊夢。
「ご名答。それから2日して、その声が人形からの物であった事が分かったの」
今日も雨は止まない。
雨が降る空を見るのも、いい加減うんざりして来た。
そう思いながら、椅子に座った時だった。
―人形と、眼が合った。
何故、そう思ったのだろう。
疑問を感じ、そして答えはすぐに見つかった。
眼が、人のそれだったのだ。
そして。
「―雨、止まないわね」
声が、した。
……人形から。
「しかもその日から、回数が増えていった」
次の日は2回。
また次の日は3回。
4回。
5回。
「―雨、止まないわね」
とだけ繰り返す。
彼の言葉に答える事は無い。
ただ、
「―雨、止まないわね」
とだけ。
そして、その声が30回繰り返される日。
まだ雨は止まない。
もしかしたら、これが雨を呼んでいるのかも知れない。
これが、自分を世界から隔離しているのかも知れない。
そう思った彼は。
「人形の首を、刎ねたの」
「―雨、止まないわね」
そう繰り返す人形の首を、ナイフで刎ねた。
―ごとり、
そんな音がした。
その生々しさに立ち尽くしていると。
首が、こちらを向いた。
―眼が、合う。
そこで気付いた。
人形の眼から、血の涙が。
そして、その首の口が動き。
歌い始めた。
「―Rain rain go away,
Come again anothor day,
Little Johnny wants to play―」
それきり、静かになった。
辺りは、嘘のように静まりかえった。
気が付くと、雨も上がっていた。
「それから2週間後、彼は人形師になった。
そこで初めて完成させたのが、自分が首を刎ねた、あの人形だった」
作っている間は気付かなかった。
完成し、顔を見て、初めて気付いたと言う。
作り物なのに、なんだか今にも動き出しそうな。
そこから放たれる気配は、まさに人の物であり。
その眼は、人のそれである、
―自分が首を刎ねた、あの人形だと。
しかし、もうあの声は聞こえない。
「―雨、止まないわね」
あの声は。
「……余談だけど、彼は音楽家でもある友人にその事を話して、
それを基に一つの楽曲を作ってもらったらしいわ。
あの雨の一ヶ月を、思い出として留めておくために。
題までは…分からないけどね」
そして、アリスは近くにあった蝋燭を、
―ふっ、
と手で仰いだ。
蝋燭も
―フッ、
と消えた。
「次は私が。よろしいかしら?」
紫が、そう言って微笑む。
もうそこから、既に恐怖が感じられた。
「そう言ってる貴女が、もう怖いんだけど」
「気のせいよ…多分ね。
これも、人間界で実際にあった事よ」
「ある所に、少年が普通に暮らしていた。
彼には友達が1人いて、彼の名も……忘れたわ」
「おいおい」
「まぁ、それはさておき。
彼は、幼い頃に親を亡くし、親戚である少年の家の隣に世話になっていたの。
だから、付き合いも長くて、彼らは本当の肉親にも見えたそうよ。
そんなある日…。
少年とその友達は、家族連れ立って山にハイキングに行ったのよ…」
そこでの事。
少年の両親が休憩を取っている間に、2人は近くにある吊り橋で遊んでいた。
下は川の流れる岩場で、橋からの俯瞰光景は実に壮大なものであったと言う。
だが、そんな事は露知らず、2人は追い駆けあいながら、橋の中程まで来た。
その時。
「友達の方が、足を踏み外して落下してしまったの」
「古い吊り橋だったの?」
「どうもそうだったみたいね」
―ゴッ。
鈍い音がした。
少年は、橋から乗り出して下を見ると、そこに。
―さっきまで笑っていた、友の変わり果てた姿。
顔は半分潰れ、岩が紅く塗られていた。
服は顔から流れる血で汚れ、少年を掴もうと伸ばした手は、
力なく広げられたまま。
気が動転した少年は、両親に助けを求めた。
何がなんだか分からず戸惑う両親を引っ張るようにして、その岩場まで辿り着くと。
「その子の体が、忽然と消えていたの」
さっきまでここにあった、友の体が無い。
岩を紅く塗っていたはずの、その血すらも無かった。
しかも。
「両親は、彼を連れ出した覚えが無いと言ったのよ」
少年の話に、両親は首を傾げるだけ。
初めから、3人だったと。
そう言われてしまったのだ。
「少年は、彼が死んでいないならそれで良いと、そこでは思った。
でも、これで終わりじゃなかった」
そして、家に帰ってきた次の日、少年は隣を訪ねた。
「そこで友達の事を聞いたら、返ってきた答えが…」
―そんな子、知らない。
「と言うものだったの」
「うわ…」
フランドールが、小さく声を上げた。
「それで…」
それから数ヶ月が経ち、その記憶が風化しようとしていた、ある日の事。
学校からの帰り道。
少年はいつものように、通学路を通って帰っていた。
「そこで、見つけたのよ」
「何を?」
フランドールの問いに、紫は微笑で答えた。
「風化しようとしていた、記憶を」
そこで、少年は見た。
前を歩く、彼の姿を。
忘れもしない、その服装。
あの時橋から落ち、忽然と消えた、友の姿に間違い無かった。
「少年は嬉しさの余り、その子の名を叫んだのよ」
少年は叫んだ。
探したんだよ、と。
今まで何処に行っていたんだよ、と。
「友達は、その声に立ち止まり、ゆっくりと振り向いた。
少年は、余りの恐怖と驚愕に言葉を失ったわ。
服は血に汚れていて。
手は力なく広げられて。
そして、」
言葉を切る。
皆が引っ張られたのを見計らって、
言った。
「―顔が半分潰れていた」
確実に、部屋の温度が下がった。
「……さて、次は誰かしら?」
紫は微笑みを崩さずに、近くにあった蝋燭に、
―つと、
指を向けた。
それだけで、蝋燭が
―。
と消えた。
話はどんどん進んだ。
時に笑いを交えて。
時に凍りつくような怖さを交えて。
特に、レミリアの最後までオチが分からない話と紫の本当に怖い話は秀逸だった。
これぞ年の功、
……と言ったら半殺しは免れないだろうが。
「さて、最後だな」
そして。
仄暗い部屋に、蝋燭が一本だけ。
「大トリも私がやるぜ」
「良いとこ取りしすぎじゃない?」
「まぁ、そう言うな。そうしたかったんだから。
…最後だから、とびっきりのを行かないとな」
そう言うと、ニヤリと笑う。
笑いながら、蝋燭を手元に引き寄せる。
「小便は済ませたか?
神様にお祈りは?
部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOK?」
「な、何よ、大袈裟ね…」
そう言うアリスだったが、声が少し上ずっていた。
「じゃあ、行くぜ。
……今私は、襖を背に座っているな?」
「…うん」
レミリアが、小さく返事をする。
「じゃあ、」
皆を見回す。
そして、さらに一呼吸置いてから、言った。
「私の後ろにいるのは、だーれだ?」
そして、蝋燭をふっと吹き消す。
―襖に、人影が浮かび上がった。
皆、一歩引いた。
「……!?」
そして。
「うふ、うふふ、うふふふふふふふ……」
笑い声が響いた。
影からではなく、部屋全体から発せられ、部屋全体に響くような。
レミリアは、咲夜にしがみ付いた。
霊夢は、息をのんだ。
アリスは、恐怖の余り叫びそうになった。
その時だった。
アリスが、隣で必死に笑いを噛み殺している紫に気付いたのは。
「な、何が、可笑しいの?」
「ふふふ、あははははははは」
アリスのその言葉を聴いて、たまらず笑い出す紫。
「魔理沙さん、貴女の言うとおりだわ。
襖一枚あれば、怪談は作れるようね」
「ははははは、だろ?」
そう言いながら、襖に手をかける。
「死人嬢、博麗神社にようこそ、っと!」
―パァン!
襖が、引き開けられる。
月明かりが、さっと差し込む。
夏の暑さが、人心地を取り戻させる。
そして、そこには。
「こんばんは、魔理沙さん」
幽々子が、いた。
「今日はいつもより余計におどろおどろしいな」
「あら、生身の体で白玉楼に入ってくる貴女の方がずっとおどろおどろしいわよ。
それに、こうするように頼んだのは、貴女じゃ無かったかしら?」
「まぁ、そうだ」
いつもと変わらぬ、その会話。
安堵が、皆に広がる。
―それは、百物語の終わりをも示していた。
「どうだ?怖かったろ?」
「ええ、寿命が3秒くらい縮まったわ」
「お嬢様、それは縮むと言わないのでは?」
涼しい顔をしている咲夜だったが、
背中が汗に濡れ、服がぴったりと張り付いている。
レミリアも魔理沙も気付いたが、知らぬ振りを装った。
「あー…ホントに怖かった。白状するわ」
「アリス、怖さだけで言ったら貴女が一番よ」
「え?」
「話してる貴女がなんだけど」
「そんな顔、してたかしら?」
「うん。なんか、自己陶酔以外の何物でもないような、そんな顔」
「フランドール、辛口ね」
アリスは以外に怖がりだと言う事が、これで判明してしまった。
(意外な弱点ね…)
霊夢は、ちょっとだけ驚いていた。
その反対に、一番楽しんでいたのがフランドール。
自分の持っているネタが少ないだけに、周りから盗もうとでも考えていたのだろうか。
一方、紫と幽々子は、縁側に腰掛けていた。
「それにしても、驚いたわ」
「何が?」
「いくら演技とは言え、あんな笑い方が出来るなんて…」
しかし。
幽々子は、それを否定。
「…え?あれ、私じゃないわよ」
紫は、ちょっと眼を見開いた。
連日、昼も暑く、夜も暑い。
「暑いぜ暑いぜ、暑くて死ぬぜ」
なんて言葉を、魔理沙でなくても言いそうな猛暑である。
「よーし、全員集まったな」
そんな夏の、とある夜。
魔理沙は方々へ声をかけ、答えてくれた者達を博麗神社へと集めた。
連日の暑さを少しでも忘れるために。
「霊夢、用意は出来てるか?」
「良いわよ。しかし貴女が百物語をしようなんて言い出すと思わなかったわ」
―百物語をしようというのだ。
「いやぁ、暑さを忘れたいなら、やっぱこれだろ」
やってきたのは、紅魔館からレミリア、フランドール、咲夜。
魔理沙が連行して来たアリス。
後、話を聞きつけて来た紫。
魔理沙も含め、計6人である。
霊夢に案内され、入った部屋には、蝋燭が100本灯されていた。
百物語とは、集まった人が順番に怪談なり怖い話なりを語り、蝋燭を一本ずつ消していく。
そして最後の一本を消した時、妖怪が現れる、と言うものだ。
「魔理沙が怖い話なんて、柄にも無い事を…」
「そうか?怪談ってのは、襖一枚あれば作れるんだぜ」
「私には霊夢も加わる事の方が分からないわ」
「なんで?」
「いつも暇人なのに」
そう口々に語りながら、車座になった。
そして、自然と話が終わる。
「さて、始めるか。
まずはこの企画の主犯である私から行くぜ」
それを見計らい、魔理沙が、静かに話を始めた。
「これは、私の知人がしばらく前に体験した、実際にあった事だ」
「知人って誰よ」
「……今、くしゃみした奴」
「―へっくし!」
「…風邪か?夏風邪は早めに始末しとかないと、長引くぞ…」
「いや……多分、誰かが噂しているのだろう。と思うが…光哉、前!」
「え?あ?うわわ、だああぁああぁあぁ!」
「短いから聞き逃すなよ?
ある日の夕方、1人の少女が家路についていた。
家までは一本道。
自然と急ぐ彼女。
ところが…
足が、急に重くなった。
息も、急速に上がっていく。
迫る夕闇。
彼女は焦った。
何に焦ったのか自分でも分からぬまま。
で、重い足を引きずってやっとの思いで家に辿り着いた。
次の日。
朝彼女は家を出て、そこで気付いた。
…そこが、上り坂だった事に」
「…何も怖い事無いじゃない」
「アリス、そう言う事は終いまで聞いてから言うもんだぜ?
さて、そう気付いて安心した、その日の夜だ。
風呂に入った彼女は、自分の両脛に見慣れない痣がある事に気付いた。
どこかにぶつけた形跡も無いし、覚えも無い。
しかもだ。考えてみると、その上り坂は息が切れるほど急なものじゃない。
……さて、足を引っ張ったのは、何処の何方だったんだろうな?」
「……っ」
小さく息をのむ音。
以外にも、咲夜からだった。
そして、魔理沙は近くにあった蝋燭に息を、
―ふっ、
と吹いた。
蝋燭も
―フッ、
と消えた。
「さて、次は私でいいかしら?」
「異論はないわよ」
「異議無しだぜ」
「それじゃあ、始めるわ。
私の知人で人形師の人から聞いた話なんだけど、これも実話ね…」
「彼が人形師として歩み出す、ほんの少し前の事。
彼宛てに差出人不明の小包が届いた。
中身は人形。
一目見て、その精巧さに驚いたそうよ」
「男なのか」
「ええ。何か?」
「いやぁ、お前にもそう言う奴がいるとはねぇ…」
「うるさいわね、ただの同業者よ!」
その人形は、完璧な「人の形」であった。
作り物なのに、なんだか今にも動き出しそうな。
そこから放たれる気配は、まさに人の物であり。
「送って来た人のことが気になったんだけど、
いくら調べても分からなかった」
「差出人不明ってのは、そう言うもんじゃないか?」
「そうね」
結局差出人について調べるのは諦めた。
そして、それを家に飾った次の日から、異変が始まった。
「次の日から連日、雨が続いた。
なんでも、バケツをひっくり返したような雨だったそうよ」
窓から見えるのは、雨の流れだけ。
なんだかこの家が世界から切り離されてしまったような、そんな錯覚。
彼は思った。
世界は、こんな簡単に仕切れてしまうのかと。
そして、降り始めてから4日目。
いつもの様に雨を眺めていると、
声がした。
「―雨、止まないわね」
彼は驚いた。
この家には、自分しかいないのだ。
声はそれきりだったが、恐怖と驚愕はそれきりにはならなかった。
「……その人形ね?」
と、霊夢。
「ご名答。それから2日して、その声が人形からの物であった事が分かったの」
今日も雨は止まない。
雨が降る空を見るのも、いい加減うんざりして来た。
そう思いながら、椅子に座った時だった。
―人形と、眼が合った。
何故、そう思ったのだろう。
疑問を感じ、そして答えはすぐに見つかった。
眼が、人のそれだったのだ。
そして。
「―雨、止まないわね」
声が、した。
……人形から。
「しかもその日から、回数が増えていった」
次の日は2回。
また次の日は3回。
4回。
5回。
「―雨、止まないわね」
とだけ繰り返す。
彼の言葉に答える事は無い。
ただ、
「―雨、止まないわね」
とだけ。
そして、その声が30回繰り返される日。
まだ雨は止まない。
もしかしたら、これが雨を呼んでいるのかも知れない。
これが、自分を世界から隔離しているのかも知れない。
そう思った彼は。
「人形の首を、刎ねたの」
「―雨、止まないわね」
そう繰り返す人形の首を、ナイフで刎ねた。
―ごとり、
そんな音がした。
その生々しさに立ち尽くしていると。
首が、こちらを向いた。
―眼が、合う。
そこで気付いた。
人形の眼から、血の涙が。
そして、その首の口が動き。
歌い始めた。
「―Rain rain go away,
Come again anothor day,
Little Johnny wants to play―」
それきり、静かになった。
辺りは、嘘のように静まりかえった。
気が付くと、雨も上がっていた。
「それから2週間後、彼は人形師になった。
そこで初めて完成させたのが、自分が首を刎ねた、あの人形だった」
作っている間は気付かなかった。
完成し、顔を見て、初めて気付いたと言う。
作り物なのに、なんだか今にも動き出しそうな。
そこから放たれる気配は、まさに人の物であり。
その眼は、人のそれである、
―自分が首を刎ねた、あの人形だと。
しかし、もうあの声は聞こえない。
「―雨、止まないわね」
あの声は。
「……余談だけど、彼は音楽家でもある友人にその事を話して、
それを基に一つの楽曲を作ってもらったらしいわ。
あの雨の一ヶ月を、思い出として留めておくために。
題までは…分からないけどね」
そして、アリスは近くにあった蝋燭を、
―ふっ、
と手で仰いだ。
蝋燭も
―フッ、
と消えた。
「次は私が。よろしいかしら?」
紫が、そう言って微笑む。
もうそこから、既に恐怖が感じられた。
「そう言ってる貴女が、もう怖いんだけど」
「気のせいよ…多分ね。
これも、人間界で実際にあった事よ」
「ある所に、少年が普通に暮らしていた。
彼には友達が1人いて、彼の名も……忘れたわ」
「おいおい」
「まぁ、それはさておき。
彼は、幼い頃に親を亡くし、親戚である少年の家の隣に世話になっていたの。
だから、付き合いも長くて、彼らは本当の肉親にも見えたそうよ。
そんなある日…。
少年とその友達は、家族連れ立って山にハイキングに行ったのよ…」
そこでの事。
少年の両親が休憩を取っている間に、2人は近くにある吊り橋で遊んでいた。
下は川の流れる岩場で、橋からの俯瞰光景は実に壮大なものであったと言う。
だが、そんな事は露知らず、2人は追い駆けあいながら、橋の中程まで来た。
その時。
「友達の方が、足を踏み外して落下してしまったの」
「古い吊り橋だったの?」
「どうもそうだったみたいね」
―ゴッ。
鈍い音がした。
少年は、橋から乗り出して下を見ると、そこに。
―さっきまで笑っていた、友の変わり果てた姿。
顔は半分潰れ、岩が紅く塗られていた。
服は顔から流れる血で汚れ、少年を掴もうと伸ばした手は、
力なく広げられたまま。
気が動転した少年は、両親に助けを求めた。
何がなんだか分からず戸惑う両親を引っ張るようにして、その岩場まで辿り着くと。
「その子の体が、忽然と消えていたの」
さっきまでここにあった、友の体が無い。
岩を紅く塗っていたはずの、その血すらも無かった。
しかも。
「両親は、彼を連れ出した覚えが無いと言ったのよ」
少年の話に、両親は首を傾げるだけ。
初めから、3人だったと。
そう言われてしまったのだ。
「少年は、彼が死んでいないならそれで良いと、そこでは思った。
でも、これで終わりじゃなかった」
そして、家に帰ってきた次の日、少年は隣を訪ねた。
「そこで友達の事を聞いたら、返ってきた答えが…」
―そんな子、知らない。
「と言うものだったの」
「うわ…」
フランドールが、小さく声を上げた。
「それで…」
それから数ヶ月が経ち、その記憶が風化しようとしていた、ある日の事。
学校からの帰り道。
少年はいつものように、通学路を通って帰っていた。
「そこで、見つけたのよ」
「何を?」
フランドールの問いに、紫は微笑で答えた。
「風化しようとしていた、記憶を」
そこで、少年は見た。
前を歩く、彼の姿を。
忘れもしない、その服装。
あの時橋から落ち、忽然と消えた、友の姿に間違い無かった。
「少年は嬉しさの余り、その子の名を叫んだのよ」
少年は叫んだ。
探したんだよ、と。
今まで何処に行っていたんだよ、と。
「友達は、その声に立ち止まり、ゆっくりと振り向いた。
少年は、余りの恐怖と驚愕に言葉を失ったわ。
服は血に汚れていて。
手は力なく広げられて。
そして、」
言葉を切る。
皆が引っ張られたのを見計らって、
言った。
「―顔が半分潰れていた」
確実に、部屋の温度が下がった。
「……さて、次は誰かしら?」
紫は微笑みを崩さずに、近くにあった蝋燭に、
―つと、
指を向けた。
それだけで、蝋燭が
―。
と消えた。
話はどんどん進んだ。
時に笑いを交えて。
時に凍りつくような怖さを交えて。
特に、レミリアの最後までオチが分からない話と紫の本当に怖い話は秀逸だった。
これぞ年の功、
……と言ったら半殺しは免れないだろうが。
「さて、最後だな」
そして。
仄暗い部屋に、蝋燭が一本だけ。
「大トリも私がやるぜ」
「良いとこ取りしすぎじゃない?」
「まぁ、そう言うな。そうしたかったんだから。
…最後だから、とびっきりのを行かないとな」
そう言うと、ニヤリと笑う。
笑いながら、蝋燭を手元に引き寄せる。
「小便は済ませたか?
神様にお祈りは?
部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOK?」
「な、何よ、大袈裟ね…」
そう言うアリスだったが、声が少し上ずっていた。
「じゃあ、行くぜ。
……今私は、襖を背に座っているな?」
「…うん」
レミリアが、小さく返事をする。
「じゃあ、」
皆を見回す。
そして、さらに一呼吸置いてから、言った。
「私の後ろにいるのは、だーれだ?」
そして、蝋燭をふっと吹き消す。
―襖に、人影が浮かび上がった。
皆、一歩引いた。
「……!?」
そして。
「うふ、うふふ、うふふふふふふふ……」
笑い声が響いた。
影からではなく、部屋全体から発せられ、部屋全体に響くような。
レミリアは、咲夜にしがみ付いた。
霊夢は、息をのんだ。
アリスは、恐怖の余り叫びそうになった。
その時だった。
アリスが、隣で必死に笑いを噛み殺している紫に気付いたのは。
「な、何が、可笑しいの?」
「ふふふ、あははははははは」
アリスのその言葉を聴いて、たまらず笑い出す紫。
「魔理沙さん、貴女の言うとおりだわ。
襖一枚あれば、怪談は作れるようね」
「ははははは、だろ?」
そう言いながら、襖に手をかける。
「死人嬢、博麗神社にようこそ、っと!」
―パァン!
襖が、引き開けられる。
月明かりが、さっと差し込む。
夏の暑さが、人心地を取り戻させる。
そして、そこには。
「こんばんは、魔理沙さん」
幽々子が、いた。
「今日はいつもより余計におどろおどろしいな」
「あら、生身の体で白玉楼に入ってくる貴女の方がずっとおどろおどろしいわよ。
それに、こうするように頼んだのは、貴女じゃ無かったかしら?」
「まぁ、そうだ」
いつもと変わらぬ、その会話。
安堵が、皆に広がる。
―それは、百物語の終わりをも示していた。
「どうだ?怖かったろ?」
「ええ、寿命が3秒くらい縮まったわ」
「お嬢様、それは縮むと言わないのでは?」
涼しい顔をしている咲夜だったが、
背中が汗に濡れ、服がぴったりと張り付いている。
レミリアも魔理沙も気付いたが、知らぬ振りを装った。
「あー…ホントに怖かった。白状するわ」
「アリス、怖さだけで言ったら貴女が一番よ」
「え?」
「話してる貴女がなんだけど」
「そんな顔、してたかしら?」
「うん。なんか、自己陶酔以外の何物でもないような、そんな顔」
「フランドール、辛口ね」
アリスは以外に怖がりだと言う事が、これで判明してしまった。
(意外な弱点ね…)
霊夢は、ちょっとだけ驚いていた。
その反対に、一番楽しんでいたのがフランドール。
自分の持っているネタが少ないだけに、周りから盗もうとでも考えていたのだろうか。
一方、紫と幽々子は、縁側に腰掛けていた。
「それにしても、驚いたわ」
「何が?」
「いくら演技とは言え、あんな笑い方が出来るなんて…」
しかし。
幽々子は、それを否定。
「…え?あれ、私じゃないわよ」
紫は、ちょっと眼を見開いた。
何はともあれ、真夏の夜のお供にはピッタリな作品でした。
しかし百物語には幽々子様と魔理沙は欠かせませんなw
>「enigmatic doll」ってどう訳すのが適当なんでしょうか
エキサイト翻訳にかけてみたところ、
『不可解な人形』という答えが返ってきました。
これを読んだのが12時すぎだったら、そうとうきたかも。
以外にアリスが怖がりと言うのが可愛かったです。
それはそれとして、『あー…ホント~』~『アリスは意外に~』の一節が少しわかり辛いかも。
アリスが怖がりってのを示唆しているのは最初の一文ですよね。間の会話は、アリスが怖い顔で話していた。という感じ。で、最後に『アリスは~』。
それとも、話してるアリス本人が一番怖そうにしていた。と取ればいいのかな。
だとしたら誤解してすみません。
途中の人形の話は、「蓬莱人形」の「人形の森」からなのでしょうか?
違っていたら申し訳ありませんが・・・。
ところで、このお話の中で一番気に入っているのが、魔理沙の「怪談ってのは、襖一枚あれば作れるんだぜ」という台詞でした。
ともあれ、真夏の夜に相応しい小咄を読ませて頂いて、感謝です。
>Enigmatic Doll
私は、直訳の「謎めいた人形」から脳内変換(と元曲のイメージをブレンド)し、「解き得ない存在」などと訳の分からない意訳をしております。
この間の梅雨話もそうですが、やっぱりこういう話は同調してないとちょっと、ね。
私の問題ですけど orz 余り気にしないで下さい…
…部屋が明るくてよかったぁ(笑)。
返答を有難うございました。
余談で申し訳ないのですが、「人形の森」のZUNさんのコメントを読むと、奇妙な違和感を感じます。
詳しくはさておいて、要点は以下の通りです。
「雨が止まない中、人形を見ている人物」と、「人形の首を刎ねた人物」というのは別物ではないのか?
あの場所には二人の(人間か人形かはともかく)人物がいて、互いに相手を見つめ続けていたのではないか?
そして、前半部において「人形を見ている人物」が、実は後半において「首を刎ねられた人形」と同一なのではないのか?
お互いが人形だとした場合、互いは自分を人間と誤認し相手を人形と認識して、最後には相手の首を刎ねてしまう。
そんなことを考えておりました。
・・・駄文、意味無きコメント、失礼致しました。