*いつもとは作風を変えてみたり。挿絵の方は芹さんに描いていただきました。
夏の真っ盛りのとある日に、幻想郷全体を震撼させるような事件が起きた。
現場は幻想郷唯一の神社である博麗神社の境内。
被害者は同所所属の巫女――博麗霊夢。
後頭部強打により、今のところ意識不明であるが、それ以外に目立った外傷はない。
第一発見者は、被害者の友人の一人であるところの霧雨魔理沙。
いつものように遊びに行くと、境内で仰向けになって倒れている被害者を発見して泡食ったとのこと。
そんな彼女の供述によると、その現場は実に奇妙なものであったらしい。
何でも、現場はまるで大雨でも降ったかの如く水浸しになっていたそうだ。だが、肝心な点はそこではなく、現場で仰向けになって倒れていた被害者の背面にあたる部位だけがぐっしょりと濡れていたのである。
もし大雨が降っていたとすれば体全体が濡れていないとおかしいものであったが、生憎とこの日は快晴で雨など降った形跡は一切無い。つまり、何らかの能力を持つ者に霊夢が襲われたというのは明白であった。
※挿絵1
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…だとすれば、どれほど強大な力を持つ敵が霊夢の前に立ちはだかったというのだろうか? あの霊夢が他者にひけを取るなどとは……。
なお、現在は本当に現場が水浸しであったかどうかは日中照りつける太陽のせいで裏が取れない状態になっている。背面だけ濡れたという霊夢の服も、魔理沙が気を利かせて洗濯してしまったために最早確認のしようはない。
*
魔法の森の近くに骨董屋・香霖堂はあった。博麗神社とは違って辺鄙なところにない分儲けはこちらの方が上かもしれない。もっとも店の主人がまともに商売をする気を持っているのかは少々疑問であるが。
店の主人――森近霖之助は書痴でもあるらしく、店内の自分用の椅子に腰掛けながら一心不乱に本を読んでいた。話し掛けても気付かれそうにないほどに集中しているようであった。
※挿絵2
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本のタイトルには「量子力学のなんちゃら」と銘打ってあるが、こんなものは外の世界のほとんどの人間にとっても意味不明な分野だろう。そんなものを黙々と読み耽る辺り、やはりこの店主は軒並み外れての変り種であるらしかった。
…このまま眺めていれば、次の日までも延々と読み続けていきそうな感じだったが、唐突に彼の読書時間は終わりを告げた。
―――ガンガンガン!!!
ノックとは思えない派手な音が入り口から響いてきたのだった。
霖之助は入り口を見やり、少しムスッとしてから本に栞を挟み、「…開いてるよ」と口にした。口ぶりからして客ではなさそうだった。
…と、堰を切ったように入り口の引き戸を開けて飛び込んできたのは、霖之助の予想通り客ではなかった。毎度店にトラブルを引っ張ってくる文字通り魔女の――霧雨魔理沙だった。
「ん、叩き方からして霊夢かと思ったが、魔理沙か」
いずれにしても神聖なる読書の時間を妨げられた事に変わりは無かった。少々不機嫌気味に霖之助は読んでいた本を脇にどけると、腕を組みつつ魔理沙と向き合う。
「……どうした?」
向き合った魔理沙の只ならぬ様子に、少し深刻気味に霖之助は尋ねた。客商売をやっているせいもあるのか、瞬時に態度を切り替えられるようだった。
霖之助の問いに、ぜぇ…ぜぇ…と息を吐きながら、しどろもどろに魔理沙は答える。
「ぜぇ……霊夢が………はぁ……襲われた…」
雷光が直撃したかのようなショックを霖之助は味わった。まさか……霊夢が、霊夢が襲われたなどと! 相手はどこの馬の骨だ? と、沸々と怒りまで込み上げてきていた。普段は迷惑千万な客であっても、顔なじみが襲われたとあっては人として霖之助は許せなかった。
一方の魔理沙にしてみてもそうだろう。親友と呼び合う程仲のいい友人が襲われたのだ、こうして慌てないわけがない。
「なん…だって!? 魔理沙、その相手の男は一体誰なんだ? 心当たりはあるのか?」
たぶん、偶々神社に参拝に来た不埒な輩が霊夢によからぬ思いを抱いたのだろう、そう霧之助は勝手に決めて拳をギュッと握りこんだ。爪が食い込んで血が出て来そうな程だ。
だが、そんな妙に力が入っている霖之助に、きょとんとして魔理沙は返事を返す。息切れも霖之助が一人怒りに悶えている間に収まったらしい。
「はっ? 男??? 香霖、何のことを言ってるのかよく分からないが、霊夢が意識不明でやばいんだよ。どっかの妖怪の攻撃でも食らったのか知らないけど、頭を打ってる」
トントン、と自分の指で後頭部を突付く動作を魔理沙はした。
霖之助は一瞬呆けたようになり、なるほどそういうことか、と納得した。内心、早合点してどうのこうのと魔理沙に聞いたことを叫び出したい程に恥じ入っていたが、努めてそのことは表情には出さなかった。下手したら後々に強請りのネタにでも使われかねない。
「…いや、何でもない。それよりも、意識不明って……大丈夫なのか?」
本当に何でもないように徹しながら、霖之助はしれっと霊夢の様態について聞いた。
魔理沙も、先の霖之助の失言については意味が理解できなかったらしく、普通に霊夢に何が起こったのかを霖之助に説明した。
………
「ふーん、神社の境内だけ水浸しねぇ…。そこはかとなく興味深い現象だけど、何せここは幻想郷。どこかの酔狂な妖怪が悪戯を仕掛けただけじゃないのか?」
果たして、伊達や酔狂で霊夢に攻撃をする愚かな妖怪なんているものだろうか? と魔理沙は思った。霊夢にしたって、そもそも大して妖力も持たない妖怪相手の攻撃なら軽くいなせるはずなのだ。だが、今回に限っては何時目が覚めるとも知れぬ意識不明の状態に追い込まれている。すると、やはり今までどこぞかに身を潜めていた強大な妖怪が動いたとしか考えられない。
今度はそんな奴が相手なのか、と魔理沙は身震いした。
「…馬鹿言うなよ香霖。幻想郷のどこに返り討ちになると分かって霊夢に悪戯なんて仕掛けるような命知らずがいるんだ? 今回に限っては、霊夢の背後を取っているほどの凶悪なヤツだ。やり口は汚いが、恐ろしく強い敵だと思うぜ?」
「ふーむ。だが、そんな妖怪が仮にいたとして、霊夢を殺さなかったのはなぜだ? 気を失わせるまでしておきながらとどめを刺していかないなんて随分と間が抜けている」
それは……、と魔理沙もちょっと考え込んだ。
「ちょうど私が境内に来たからじゃないのか? 顔を見られたくなかったとか……、理由は想像でしか言えないけど…」
「それはどうだろうな…。相手はあの霊夢の背後を取るくらい強かな奴なんだろう? たぶん気配すら感じさせずに、だ。だったら、その場で魔理沙を始末するくらいそいつにとっては造作もないんじゃないかな?」
霖之助は眼鏡の位置を直しながらそう言った。
少しムッとしながら魔理沙は返す。霊夢より低く見られたことが癪に障ったというのもあったのかもしれない。
「だからあくまで想像の話だって! とにかく、だ。霊夢が誰かに襲われた事だけは間違いはないんだ。だからさ、ちょっくら犯人を挙げるのを手伝ってくれないか? こういうときのための香霖のとんでも理論だろう?」
とんでも…と頭の中で反芻し、霖之助は再び眼鏡の位置を直す動作をした。キラン、とちょうど乱反射した光が魔理沙の目を眩ませた。
「…心外だな、僕の考えはいつも理にかなっているよ」
はあ、左様で御座いますか、と魔理沙は頭の中で毒突く。それでも、今は一人でも多くの協力者が欲しいところなので、その表情は揉み手をする訪問販売員のようににこやかだった。
「…ああ、その通りだぜ香霖。で、手伝ってくれるよな?」
「…そうしてやりたいのは山々だが、僕には店の番がある」
言うなり、霖之助は脇にどけてあった本を手に取り、そっぽを向いた。霊夢が男に襲われたわけではないのなら、大した事もあるまいと踏んだのだ。大した事がないのであれば……店番をやりつつ本でも読んでいた方がましだった。
「まあそう言わずに…、どうせいつも閑古鳥が鳴いてるじゃないか」
グサリと痛い言葉が霖之助の胸を突いた。そっぽを向きつつも体がぷるぷると震えているのが魔理沙には分かった。実は結構気にしているのかもしれない。
「まぁ、いつお客さんが来るとも限らないしね…」
妙な意地を張る霖之助であった。
仕方ないので魔理沙は奥の手を出すことにした。
「ふーん、そうか。ところで、さっき変な事言ってたよな、男がどうとか。あれどういう意味か詳しく説明してもらえると有り難いんだが……な?」
ぴたりと霖之助の動きが止まった。かと思えば、眼鏡を拭き掃除し、位置がずれないように装着しながら魔理沙の方を向いた。
「偶には休むのもいいかもしれないな」
あっさりと魔理沙の誘いに転ぶ霖之助。
このままだと、どんな謂れのないことをあちこちに吹いて回られるか知れたものではないと判断した上での決断だった。
「…そーこなくっちゃ、な?」
にんまりとする魔理沙。
愛想笑いを霖之助は返したが、内心では狂えるほどに悶えていた。
馬鹿なことを言わなければよかった、と。
後々どころか早速強請りのネタに使われていたのであった。どうやら後で使えると、敢えて霖之助の言った失言を流していたらしい。中々に賢しいではないか。
そのまま流されるままに霖之助は魔理沙に促され外に出た。
どうやら博麗神社に行くらしかった。
「…魔理沙、手伝うのはいいんだが、これから歩いて神社まで行くのか?」
のらりくらりと歩いていっては日も暮れかねない。霖之助の当然の問いだった。
「あー? 何言ってるんだ香霖。飛んで行くに決まってるだろ? 二人乗りだよ、二人乗り」
「…落すなよ」
「落さないぜ」
そんなやり取りをしながら、二人は箒を跨いだ。
「…それじゃあ安全のため、腰に手を回してくれ。……胸は触るなよ」
「胸なんてあったのか?」
と、返した矢先、霖之助の顔に季節はずれの紅葉が咲いた。
*
博麗神社に着くと、二人は霊夢が寝かされている部屋へと向かった。
霖之助の方が、身長が抜きん出てるせいもあって歩幅が大きいため、その差を補うように魔理沙がちょこちょこと忙しそうに追いかけていく。
そんな魔理沙に気付いて―――いや、何か言うために霖之助は立ち止まった。
「…今、ふと思ったんだが」
「あ? ……もう少しゆっくり歩け香霖」
少し息を切らせてそう返答した魔理沙を無視し、霖之助は続ける。
「…霊夢が誰かに狙われていると仮定するならば……だが、どうして一人にしたんだ? 魔理沙が僕のところに来ている間に再度襲われでもしたらどうする?」
ほんの一瞬、魔理沙が青くなるのを霖之助は逃さない。
早速魔理沙の言うとんでも理論が展開されていく!
「どうやら馬脚を表したようだね? つまり最初から霊夢が誰かに襲われただなんて嘘だ。当然、境内が水浸しだったとか何とかっていうのも嘘だろう。恐らくは、君の起こした不始末で霊夢が意識不明になったとか、その辺りじゃないかな? それをさも別の第三者がやったことのように周囲に思わせるため、わざわざ僕のところまでくんだりして来たんだ。…ご丁寧に博麗神社にまで引っ張ってきてね。」
呆気に取られている魔理沙に、…勝ったな、と霖之助は思ったが、次の瞬間には魔理沙は吹き出していた。あまりにも発想がとんでもだったからである。
「…ぷっ、はははは! 香霖、私はそんな回りくどい誤魔化しなんてやらないぜ? それに、霊夢を一人にしてるだなんて誰も言っちゃいない。ちゃんと信頼出来る奴に任せてあるさ」
ポンと胸を叩いて抜かり無しであることを宣言する魔理沙。
「…………」
行こうか、と霖之助は今の会話など存在しなかったように歩みを進める。
ただ、さっきと少しだけ光景が違うとすれば、二人の歩幅がぴったりと合っていることだろうか。霖之助なりの照れ隠しなのだと、ここは見てやるとしよう。
………
霊夢が寝かされている部屋に入ると、そこには意識不明の霊夢と看病する金髪碧眼の少女の姿があった。魔理沙の言った信頼出来る奴というのはどうやら彼女のことらしい。
「助っ人を連れて来たぜ」
霖之助を指差しながら魔理沙は言った。
どうもと会釈をして、霖之助は自己紹介をした。
「へぇ、貴方が噂の骨董屋さん。私はアリス、人形師をやっているわ」
よろしくとアリスは霖之助に握手を求めた。
霖之助はそれに応じながら、「霊夢の容態は?」と訊いた。
「見ての通りね、一向に目を醒ます気配もないし……」
「そうか…、それじゃあおかしな奴が様子を伺ってきたりとかは?」
「…それも、ないわね。一応私がガードも兼ねてるから…。向こうも馬鹿じゃないでしょうし」
「ふむ」
話を聞いて、霖之助は少し俯いた。なにやら考え事をしているらしく、しきりにぶつぶつと呟いている。
そして、思い立ったように――――「君か?」とアリスを見ながら言った。
一瞬何の事を言ってるのかアリスは分からなかったが、すぐに霖之助は自分のことを犯人なんだろう? と言ってきているのだと理解した。
「昔聞いたところによると、君は霊夢に何やら付き纏っていたという話じゃないか? 友達になってくれ……、或いはその先を望んだのかも知れないが、今に至るまでそれは受け入れられる事はなかった。
…そうなると話は早い、あっという間に君の霊夢を偲ぶ感情は憎しみへと転じ、本日彼女を意識不明にさせてしまった……。そうだね?」
そうだね? と言われましてもと、アリスは自分を見据える霖之助を見て思った。
肘で横に座っていた魔理沙を小突き、小さな声で(…この人大丈夫なの?)と訊くと、魔理沙は、(あいつはこれだからな…)と、頭の横を指で突付くジェスチュアをした。
なるほど…と溜息をこぼすアリス。
にやにやしながら魔理沙は霖之助に言った。
「へぇ、そいつは吃驚だな香霖。ところで、もしこいつがやったって言うんなら、例の境内が水浸しだったってのはどう説明するつもりだ?」
もちろんアリスには境内一面を水浸しにするような能力はない。魔理沙は霖之助をからかっているのだった。
だが、霖之助は魔理沙の予想を越える発言をした。
「…それは、アリス君の涙さ」
ぽかんとする魔女の両名。
※挿絵3
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「恐らく、それまで溜まっていた感情の鬱積というか、そんなものが一挙に噴出したのだろう。アリス君の涙は留まるところを知らず、やがて境内一面を濡らしてしまうほどに…」
熱弁を振るう霖之助にアリスは楔を打つ。
「はぁ、それはそれは。でもそれなら……、美味しそうな塩がそこら中に出来てるでしょうね?」
にっこりとアリスは笑う。
そのとき霖之助が一瞬固まったように魔理沙とアリスには見えた。
だがすぐに―――
「人形というとどんなものが専門なのかな?」
―――と、またしても何事もなかったかのように霖之助は話題を変えた。
胡散臭そうな顔をしてアリスは魔理沙にごにょごにょと聞く。
(ねぇ、この人本当に助っ人なわけ? 適当に物言ってるだけな気がするけど…)
(ん? ああ…、まぁ三人寄れば文殊の何とかって言うだろ? それに、偶に正解を言う事もあるからさ、今回はそれに賭けてみようかなって…)
……ないほうがましだった。
アリスは頭を押さえる、こんな調子で大丈夫なのかと。
*
三人は霊夢を囲うように座って、それぞれ推論を立てていた。
一番うんうんと頭を捻っていたアリスが急に何か閃いたらしく、一つの考えを言う。
「私は亡霊説を推すわ」
ほう、と興味深そうな霖之助。
何で亡霊なんだ? と首を傾げる魔理沙。
「ほらっ、よく怪談話にあるじゃないの。幽霊とかが消えたときに水だけが残るってやつ。だから境内が水浸しだったっていうのも、無数にいた怨霊死霊の類が一斉に消えたからじゃないかしら? それを陰で操って霊夢を亡き者にしようとしたのが―――」
―――幽冥楼閣の亡霊少女、西行寺幽々子…。
彼女には西行妖を満開にさせるという計画を霊夢に台無しにされたという十分過ぎる動機がある。その遺恨を晴らそうと、得意の死を操る程度の能力で霊夢を死に誘おうとした……か?
「あいつは自分のとこの桜を咲かせるためだけに幻想郷の春をかっさらったような奴だからなぁ…。つまんないことでそんな大それた事をやりかねなくはないが……」
……だが、霊夢は死んではいない。幽々子の能力で死に誘われたのならば、そのまま綺麗に息を引き取っているはずである。霊夢が意識不明に陥っているのはあくまでも後頭部を強打したのが原因だ。つまり、背後から何らかの攻撃を受けていなくてはおかしい…。
―――背後。
何か引っかかるものを魔理沙は感じた。
あの冥界にいたという庭師…、あいつなら敵の背後を取る攻撃『現世妄執』が使えるではないか! 厄介な攻撃だったと霊夢が言っていたのを魔理沙は思い出した。
そうか、そういうことか…。
あいつらは共謀して霊夢の命を取りに来たのだ。
…でも、それにしたって霊夢が生きているのはなぜだ?
うむむ…、と魔理沙が頭を捻っていると霖之助が水を差すように言う。
「残念だが、アリス君の考えには賛成出来ないな」
ムッとしてアリスは霖之助を見据えた。さっきは自分を疑っていたくせに何を言うかと、まくし立てんばかりの表情である。
「まあそう怒らないで。だって考えてもご覧、確かに幽霊の類が姿を消したときに水の跡がその場に残るという怪談はある。だが、それはあくまでも俗説的なものであって、必ずそうなるとは断言出来ない。
『日本霊異記』何かにもそういった話はあるにはあるが、幽霊が飲んだお茶がそのまま畳を濡らしていただけなんて話だったりするしね。だから、その西行寺某が亡霊を引き連れて霊夢を本当に殺しに来たかっていうのは……ちょっとどうだろうね」
霖之助が珍しくまともな事を言ったのでちょっと魔理沙は感心した。霖之助にそう言われるまでは、自分も冥界組の犯行ではないか思い始めていたので、下手をしたらアリスと共に冥界に全面戦争に赴いていたやもしれない。
一応、敵の背後を取る攻撃を行える奴が冥界にいることを魔理沙は霖之助に言ったが、「剣士たる者がいくら主人の命令とはいえ、闇討ち同然の攻撃をするなんていうのは考えられないな」と一蹴されてしまった。
それを聞き、霊夢が冥界で戦ったときも、恐らくは相手の虚を突くために使ってきただけの技なんだろうと、魔理沙は考え直した。
……あと一名ばかり、庭師同様に背後から攻撃を行える妖怪を魔理沙は思いついたが、それを口にすることはなかった。さしたる相手でもなかった上に、そもそも名前すらも知らない。きっと今頃は、幻想郷の片隅でもう誰にも見つからないようにひっそりと本を読んでいるに違いない。あのときに、こっちの恐ろしさは嫌と言うほど体で理解した事だろうし―――。
――っと、思いついたことを自分の胸中に仕舞い込むと、魔理沙は霖之助の意見に賛成であるという旨を伝えた。アリスも納得したようで、亡霊説はそれでなかった事になった。
そしてまた振り出しに戻る…。
「じゃあ考えられる範囲で、境内を水浸しに出来る能力を持つ奴を挙げていこうぜ」
魔理沙はそう提言した。
すると、すぐにパッと閃いたようにアリスが手を挙げたので魔理沙は指名する。
「えーっと、昔魔界にいたマイっていう奴が氷を扱った攻撃が出来るわね…」
その名前を聞いて魔理沙は首を振った。
「うーん、あいつらが報復しにくるような玉かぁ? それにそもそも私も魔界には行ったしな、連中はこてんぱんにのしてやったぜ」
そういうことなら霊夢だけでなく魔理沙も襲われなくては何かおかしい。
先に魔理沙の脳裏をかすめた名無し妖怪もまた―――。
「まあ私も、あの娘たちがわざわざこっちまでやってくるとは思えないけどね…。それじゃあ、魔理沙は誰か思い当たる奴はいないのかしら?」
「ん、私か? そうだなぁ………紅魔館のパチュリー…とか。あいつは火とか水とか結構な数の要素を操れたが……。でもなあ、わざわざ外に出るような奴じゃないしなぁ。それに仕返ししてくるほど霊夢に恨みなんてなさそうだし…な」
まさにその通りだった。
と、なると他にはもう目ぼしい該当者は魔理沙とアリスには考えつかなかった。いや、敢えて言おうとしなかっただけかもしれない。絶対に有り得ない者の名前が二人の頭の中にちらついてはいたのだが、理性でその者が誰か口にするのを留めていた。
しかし、それが誰かはあっさりと言われた。誰に? もちろん、唯一今の話で発言をしていない骨董屋によって、だ。
「君たち、一人忘れているよ―――」
―――言うな、皆まで言うな…と二人の魔女は頭で思う。
それはあまりにも頭の悪過ぎる発言なのだから。
「ほらっ、神社の裏手の大きな湖に住んでる―――」
あ、ああああ、言う気だ、霖之助は言う気なのだ。
こういう頭脳が物言う犯行に、決して挙げてはいけない妖精の名を…。
―――チルノ、っていったかな。
どこぞのメイド長はこの場にはいないはずなのに、時が止まったという感覚を魔理沙とアリスは味わった。冗談も休み休み言ってくれ、と両名は思った。
「そいつは有り得ないぜ」
「有り得ないわ」
ほぼ同時に発せられた有無を言わさぬ発言だった。
どこかしら言葉に重みが感じられる。
…なぜだい? と実にあっけらかんな霖之助。
―――なぜなら、チルノは………。
「「バカだから」」
…そう、なのだ。故に彼女が今回の霊夢に対する蛮行を企てたなど限りなくゼロに等しい。むしろ、ゼロそのものだと言っても差し障りあるまい。
そういうわけで、霖之助の発言は『なかった事』として流されるはず―――だった。
「君たち…考え違いをしてもらっては困るよ。彼女は確かに君たちの言う通りの娘なのかもしれないが……、背後に優秀な頭脳が控えているのを忘れちゃあいけない」
!?!? 今日の霖之助は実は冴えているらしい、先の二回の失態が嘘のようだ。魔理沙とアリスはその背後に控える優秀な頭脳とやらが誰なのかがすぐ分かった。
「黒幕者か!!」
そう叫んだ魔理沙に同意するように、うんうんとアリスは頷いていた。
確かに…、『黒幕』レティならばチルノを一流のエージェントに仕立てる事も出来よう。しかし、それは限られた時期の中でのみ成立する事象だ。残念ながら、今はその時期ではなかった。
「………けどな、香霖。お前こそ考え違いをしてるぜ…」
「…どういうことだ?」と霖之助は表情を硬くした。
だって今は―――
「―――夏、だから」
再度同意するように頷くアリス。
この魔理沙の発言によって、本来そうなるよう運命付けられたかの如く、霖之助の発言はやっぱり『なかった事』になった……。
*
それからも三人は目覚めぬ霊夢を心配しながら意見を出し合っていた。
宇宙人説だの、新キャラ説だの、様々な流言が三人の中で飛び交ったが、どれも釈然としないだけでなく、霊夢を襲うまでに足る動機も根拠も何もありはしなかった。
「…なあ、今更だが、本当に霊夢は誰かに襲われたのか? いい加減不毛に感じてきたんだが……」
やれやれと霖之助がそう切り出した。
段々と自分の見た事に魔理沙は自信がなくなってきていたが、実際こうして霊夢が意識を失っている以上、何かがあったのだけは疑いようはない。
「じゃあ霊夢のことはどう説明するっていうんだ!」
すこし焦りが嵩じたのか魔理沙の口調はきついものだった。
フォローしつつ霖之助は提案する。
「…悪かった。だが、少しここらで見方を変えないか? どうも端から特定の誰かの犯行だと決めてかかっているようだしね…」
そう聞いて、感心したような面持ちになるアリス。
「へぇ、それはどういうことかしら?」
「ん? つまりだね、霊夢がこんなことになったのは、あくまで二次的なものだと考えるのさ」
「…二次的?」とよく分からなさそうに魔理沙は返した。
「あぁ、始めに犯人が意図していたのとは別の…予期せぬ事が起こった。分かりやすく言うなら、事故だね」
要するに、霖之助は始めから霊夢の命を狙うつもりのあった犯人などいないと言いたいのだ。事故だとすれば、霊夢にとどめを刺しに犯人とやらが来ないのも頷ける。
「確か、霊夢は後頭部を打ったって魔理沙は言ってたわよね?」
霖之助の話になるほど、と思いながらアリスは尋ねた。
「…だな。…んっ? ってことは後頭部を『打った』っていうのがそもそも事故だとするとだ。つまりこういうことか?」
―――滑ってこけた。
「「「………………」」」
あまりにもお粗末過ぎるが、状況からして実はその辺りが妥当な線なのかもしれなかった。だが、仮にそうだとしても謎はまだ残る。そう、一面水浸しだったという境内だ。
「……鍵はそこか! 普通に歩いていたんじゃ何かにけっつまずいても前のめりに倒れる。でも、例えば濡れていればそこは問題じゃない。少なくとも、渇いているよりかは滑って仰向けに倒れるのは有り得る話だな!!」
段々と分かってきたぞ、魔理沙は思う。だが、まだ足りない。確実にこれだ! と言える物がまだ足りないのだ。
「うーん、でも魔理沙。仮に濡れていたとしても霊夢がそんなドジやるかしら? もう何年も住み慣れた神社なんだし、境内が濡れてるくらいで盛大にこけたりなんてするとは思えないわ」
確かにそうだ。しかも霊夢くらい悪運が強ければ、ただ濡れているくらいで意識を失うほど派手にこけたりはしないだろう。ならば、決め手は一体!?
「…霊夢も全く想定していなかったことが境内に起こっていたからだ。渇いているよりも濡れている方がこけやすい、しかしそれよりもこけやすい状況があるだろう?
普通に考えれば全く有り得ないことだが、この季節にそんなことがあるわけがない! という思い込みが霊夢の心に隙を生んだのだと思うね」
うん、と三人は頷いた。
つまり、霊夢が無様にもこけてしまったのは、境内だけが凍っていたからなのだ。凍るはずのない季節に、境内が凍っていたために霊夢は見事に足元を掬われ意識を失った……。
…では、一体誰が境内を凍らせたというのか?
「…マイやチルノは論外だな。そんな悪戯をして後でどういう目に会うかは痛いほど体で知ってるはずだし、かといって黒幕レティは冬にならないと活動できない…」
そこでまた三人は頭を悩ませる。
パチュリーに至っては動機すらないため、いよいよもって八方塞となりつつあった。
そろそろ夕暮れになろうとしていた。
――ちりん
突如として、夏の風物詩である風鈴の音を聞いたように三人は思った。
音がした方を見ると、首に小さな鈴をつけた黒猫がいた。どうやら風鈴と思ったものはあの猫の鈴の音であったらしい。…その横に、大らかそうな女性が一人立っていた。
※挿絵4
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ゆっくりと、その黒猫が先駆けるように三人の方へ近付き、女性の方もその後に付いて来ている。
「…お前は」
魔理沙がそう口にした、見覚えのある相手だったらしい。
「しばらくぶりだな、白玉楼以来か。あとの二人はお初にお目にかかる。私は八雲藍、見ての通り式神をしている」
魔理沙を除く二人は、藍に言われて簡単に自己紹介をした。
黒猫も自己紹介したそうな様子だったが、まんま猫の姿なので喋ることは出来ないようだった。どうやら今日は式を憑けてないらしく、かわりに藍が紹介してやる。
「…ちなみにこの子は橙と書いてチェンだ」
黒猫なのに橙なんて変わった名前ね、とアリスは微笑む。
そう言われてか、橙はアリスをジッと見た。何となく睨まれているような感じがしたのでアリスは視線をそらした。
「…それで、何の用だ? その様子じゃ弾幕ごっこをやりに来たわけでもなさそうだが」
「ふん、それも面白い話だが、今日はそんなことをしにわざわざ来たのではない」
少々険悪な感じの魔理沙と藍。以前の禍根が今だ尾を引いているのかもしれない。
「じゃあなんだ? 式神が雁首揃えて来たところを見るとおつかいか何かかい? 生憎だがここには魚も油揚げも置いちゃいないぜ」
「……はははは、へらず口だな。まぁ、実際おつかいみたいなものなのだがな…」
口では笑っていたが、藍の目は据わっていた。その『おつかい』とやらがなかったら、即刻博麗神社は戦場と化していたであろう。
「へぇ、それはそれは…。で、結局のところ何か用でもあるのかい? 悪いが今はちょっと取り込み中だ」
「ちょっと魔理沙、キツ過ぎよ! もしかしたら何か有益なことを伝えにきたのかもしれないじゃないの!」
喧嘩腰な魔理沙を諭すようにアリスは言った。
「そっちの御仁は分かっておられるようだな。…それで、博麗霊夢殿はどんな様子だ?」
!? と三人に緊張が走った。
魔理沙はアリスと霖之助にしか霊夢が意識不明になったことを言っていない。なのに、霊夢の容態を知っているような口ぶりをするところを見ると、もしや藍が『黒』なのであろうか?
―――魔理沙は恋符を身構えた。
―――アリスは携帯している戦闘用の人形を取り出した。
―――霖之助は眼鏡に手をやりながら近くの木の陰に隠れた。
一人を除いて臨戦状態にある二人を見て、藍は慌てた。このままでは事を伝える前に目どころかいろいろと当てられない状態にさせられそうだったからだ。
「まて、落ち着け! …言い方が多少回りくどかった。その、霊夢殿のことで、ご主人様から話を伺っている」
藍の必死の弁解を聞いて、魔理沙とアリスは臨戦状態を解いた。
「…ご主人様? って、あのすきま妖怪か。いずれにしても霊夢のことを知っているのは解せないな。納得のいく説明をしてもらうぜ?」
「…そうね、一体霊夢に何をしたのかしら? 貴方のご主人様とやらは…」
「…やれやれ、これで漸く事件も終息に向かうか」
隠れていたはずの霖之助も、なぜか二人の魔女に混じって発言していた。
この三人の中でも、特に魔女二人が殺気だっているので、藍は慎重に言葉を選びながら事の真相を語りだす。
「実はな、今日は珍しく私のご主人――紫様は、朝早くに目を醒まされたのだ。それで、私もこの子も眠っていたから起こすのも悪いと、暇つぶしにこちらに伺われたのだと」
あの紫が早起きだってー!? と、魔理沙は驚いた。いつもは夜中に起きるようなヤツがよりによって明朝に活動するなどとは…。何か悪いものでも食べたのだろうか。
「…で、まあ霊夢殿もなぜか朝早くに起きておられたようでな。退屈しのぎにからかってやろうと境界を操作されたのだ―――」
―――夏と冬の境界を。
境内一帯が水浸しだったのは……季節の境界を操作された『冬』の齎した雪の跡だったのだ。
何となくその続きが予想できた三人は溜息をついた。
「…それで、急に辺りが冬景色になったものだから霊夢殿も慌てて外に飛び出したらしくてな、…そのまま勢いあまってこけてしまわれた、と」
「「「……………」」」
もはや言葉も出なかった。
「…それから、目の前で笑ってやろうと紫様が霊夢殿の側に寄ってみると、あろうことか意識がない。もしかしたら死んでしまったのかと思って、恐くなった紫様は季節の境界を夏に戻された後、早々にマヨヒガにお戻りになったと、こういうわけだ」
流石に放置しっぱなしは拙かろうと、紫は事の顛末を見届けさせるために自らの式神を博麗神社に遣わせたのだった。もし死んでいれば弔いの言葉を、生きていれば誠意ある陳謝をするつもりだったらしい。
だが、実際来てみれば今だ意識の戻らない霊夢を囲って、何やら談義をしている霊夢の知り合い連中がいたため、事情を説明する事にしたのだという。
だからといって、被害者側の人間にすればとんでもない話である。なんせ、危害を加えた当の本人は話の解決を全部式神任せにしているのだから。
そんなわけで、無比の友人魔理沙が怒らないはずがない。
「…ふ、ふざけんない!! それならあのすきま妖怪を直に連れて来るんだな! たっぷりと弾幕のお仕置きをかまさせてもらうからな!」
―――アリスもまた。
「…この人形たちの戦闘βテストに付き合ってもらうのも悪くないわね?」
……闘うのも已む無しかと藍は思う。自分の主が蒔いた種とはいえ、自分たちはその主を守るためにあるのだ。見よ、黒猫姿のままの橙でさえ、己が使命を全うしようと全身の毛を逆立てて戦慄いているではないか。
霖之助は弾幕ごっこに巻き込まれないよう木の陰から様子を窺っていたが、そんなことをする意味はすぐになくなった。
「……ふわぁ、五月蝿いわねぇ。人の家で何騒いでんのよ―――」
!? この声は…と全員が全員、声のしたほうを向いた。
すると、眠そうな顔をした霊夢が目を擦りながら魔理沙たちの方へ歩いてきていた。
「れ、霊夢!? お前、頭は大丈夫なのか?」
「そうよ、すごく心配したんだから!」
アリスは今にも泣きそうだ。
「頭は大丈夫か…って、失礼ね。ま、なんだか知らないけど少し痛くはあるわね…」
寝不足が祟ったかのかしら…とブツブツと言いながら霊夢は後頭部をさすった。
それを聞いて魔理沙はふとある疑惑を抱いた。
「…霊夢、お前……昨日ちゃんと……寝たん…だろうな?」
「うーんと、確か朝方まで起きてた気がするわ。霖之助さんとこから持ってきた本が面白くてねぇ。つい夜更かししちゃったわ」
……ということはつまりあれか? あれなのか?
四人と一匹は真相を理解する。ひとまず確認しようとアリスが霊夢に尋ねる。
「……霊夢、貴方は今日境内でおかしなものを見なかった?」
「おかしな…? ああ、それなら多分夢よ。何か今は夏だっていうのに辺りが冬になってる夢。でもなんか、夢の中でこけたあとそのまま暗転したわ。たぶん途中から熟睡に入ったんじゃないかしら。―――あらっ、自分でも気付かないうちに着替えもしていたのね」
そいつは私だよ…と魔理沙は頭を押さえた。
アリスは心配していたのが馬鹿みたいだと言わんばかりの顔をしていた。
霖之助はもうどうでもよさそうに、「ところで霊夢、その本返してくれないか?」と聞いていた。
―――ちりん
そう音がしたかと思うと、猫と狐の式神は身を翻してその場から去っていた。
責任は我が主にはなし、と踏んだのだろう。ならば、もうこの場にいる必要はない。
「…何であいつらがうちにいたわけ? もしかして、参拝? まさかね…」
いいんだ霊夢、もう何も知らなくてと魔理沙は思う。
散々騒いでおいて、事件の真相の真相がただの霊夢の寝不足だったのだから―――。
(…魔理沙、今回の騒ぎの迷惑代として、貴方の秘蔵の魔導器をひとついただくわね)
そう魔理沙に耳打ちすると、アリスは軽やかにステップしながら博麗神社を後にした。
(…これまでの未納の代金、近いうちに頼んだよ)
魔理沙の肩をポンと叩き、霖之助も去り行く。
日が暮れる頃には帰れるといいな香霖、と魔理沙は思った。
―――あとに残るは魔理沙と霊夢。
散々な結果を迎えて、ひどく魔理沙は落胆していた。
霊夢は何で皆がいたのかわけが分からないといった表情をしている。
「…ねぇ、何であんなに人がいたの? 博麗神社の例大祭はまだ先よ??」
「……は、ははは。いいんだ、霊夢、……もう、いいんだ…」
ともすれば壊れてしまいそうな勢いの魔理沙であった。
いろいろと損失も計り知れないので、致し方あるまい。
「…そう? それなら私はもうちょっと寝るわ。あんたも遅くならないうちにさっさと帰っちゃいなさいね。んじゃ、おやすみ~」
欠伸をしながら霊夢は寝間の方へ踵を返していった。
そして一人残される魔理沙。
「………」
あまりにもやるせないので魔理沙も家に帰って不貞寝することにした。
箒に跨って、神社から飛び立つとやる気なく自分の家を目指す。
―――途中、妖怪に襲われて逃げ惑いながら自分の名前を叫んでいる霖之助の姿が目に映ったが、魔理沙は見なかったことにした。
*
「――ふぅ、みんなお疲れ様」
博麗神社の境内にて、霖之助は労いの言葉を皆にかけた。
「あー、お疲れお疲れ。……何というか、やな役回りだったぜ」
主役(?)を張っていた魔理沙は、今更ながらに自分の役にケチをつけた。最初は友人のために奔走する役回りだったのに、最後の最後で自分の早合点だったというオチをつけられてしまったのだ。百年の恋も一時に冷めるといった感じである。
「…君はまだいいよ、僕なんて終始間が抜けたキャラだったんだからね」
「…そう? いつもの霖之助さんとあんまり変わらない気がしたけど」
くすりと霊夢は笑った。
その通りだぜ、と魔理沙もニヤニヤする。
霖之助だけは絶対に違うと断言していた。
「えっと、もしかして一番まともだったのって私だけ?」
と、ほっぺたにちょんと指を当てるアリス。
それを聞いて、橙を抱きかかえていた藍が言う。
「…いや、まともさで言うなら私と橙が一番だな。……アリス殿は途中でストーカーのレッテルを貼られているし、霊夢殿に至っては滑ってこけて気を失ってそのまま寝ていたという凄まじい役なのだからな」
ストーカー……と、ものすごい勢いでアリスは凹んだ。
確かにその通りだったので、霊夢の表情がピシッと凍った。
その二人の様子を見ながら、彼女たちの横に立っていた日傘をさした女性が口にする。
「あら、霊夢はまだいいじゃないの。私なんて闇討ちした上に逃げたなんていう卑怯なキャラにされているのだから。しかも姿が一切出て来ないなんて―――」
「…は、はは。まあ紫様には『撮影』して回るという大任があったからよいではないですか。今回の一番の功労者だと思いますが……」
何となく日傘の女性――紫が怒っているような気がしたので藍はフォローに回る。抱かれた橙もミィミィと鳴いた。藍様の言う通りですよ、とでも言っているようだった。
「確かに、一番の功労者だ。この、外の世界の高性能な『幻燈機』が手に入ったのは、紛れもなく貴方のすきま能力のおかげですよ。全く、面白いものが漂着してくる」
そう言って、霖之助は手元にある幻燈機(デジタルビデオカメラ)を手で撫でた。ごくごく最近に紫の元に流れてきたもので、それを香霖堂に引き取ってもらったのがそもそもの事の発端であった。
こうした外の世界の物に大きな興味を示す霖之助にとっては、まさしく値千金の物だった。引き取るついでにこいつを使わない手はないと思い、皆で考えたシナリオを元にお芝居を演じることにしたのだった。
この後は打ち上げがてらに、香霖堂にて試写会を催す予定になっていた。
魔界にも、冥界にも、紅魔館にも、はては神社裏手の湖にまでも、そうすることの旨は伝えてある。招かれた客人たちは初めて見る外の世界の魔法にきっと驚愕する事だろう。
―――幻燈機を使った幻燈ショー、すなわち『ファンタスマゴリア』に。
みすてりーモノ(?)いいですね~wウチには全く無理なジャンルですわw
滑ってこけて気絶っていう所が、ある意味霊夢らしいというか……ニヤニヤ笑ってしまいましたw
あと、最後の『幻燈機』…即ち、このお話は幻想郷の住人が作ったドラマだったというオチは蛇足に感じたんですが――どうなんでしょうか?
しかし、ファンタスマゴリアと聞いて他のゲームを連想してしまう私は末期?
劇中劇の内容はサブのように感じました(違ってたら申し訳ありませんが)。
それならば、前半部に何かしら違和感を埋め込んでおくと芝居だったと明かした時のカタルシスが
大きかったかもしれません(極端な例で「魔理沙の一人称を『俺』にする」など)。
前半部のキャラたちが全く違和感なく面白く書かれているために
かえって「あれ?芝居だったの?」という印象を与えている気がします。
あまり大きな違和感を仕込んでも前半部を楽しめなくなってしまうので匙加減が難しそうですけど(^^;
あと解答編は前半に比べたらちょっと張力が足りなかった、とか。でもそれは前半が面白かったということですね。
ミステリーっぽいのも珍しいです。お疲れ様ですー
途中に挿絵が入れられていたのは、作品に視覚的な意味合いを持たせるという点で、『撮影』の伏線になっていたのかな、と、読み終えてから思ってみたり。とりあえず3つ目の挿絵がツボです。
皆で考えたというこのシナリオですが、魔理沙なんかこういうのを考えるのが好きそうですね。なんか、全員でやいのやいの言いながらシナリオを構築していく情景が浮かんできてしまいます。シナリオ作成中にも、霖之助の顔に紅葉が咲いてそう(笑)。
「このお騒がせ巫女めッ!!」