<3 決着…仮初の>
意識が過去へ遡る。
遠い遠い、
過去の風景。
永い眠りから覚めたような感覚の幽々子の俯瞰光景に、
桜の前で舞う少女が独り。
何故か、その顔に見覚えがあった。
舞に合わせ、
ついさっきまで満開だった
桜が散る。
―桜花
散りぬる風のなごりには
水なき空に
波ぞ立ちける……
空に、波が立つ。
その波は、死に穢れた桜の花びらをさらい、
―同時に少女の魂もさらって行った。
その時ふと、疑問に思った。
彼女は、何を思い、魂を捨ててまで桜を散らせたのか。
だから、話が聞きたくなった。
永い時間が経っても
その思いは
おぼろげながら残っていた。
その思いが風化しようとしていた、
ある日だった。
あの、運命を分ける書物を見つけたのは。
「富士見の娘、西行妖満開の時、幽明境を分かつ、
その魂、白玉楼中で安らむ様、
西行妖の花を封印しこれを持って結界とする。
願わくは、二度と苦しみを味わうことの無い様、
永久に転生することを忘れ・・・」
もしかしたら、封印されているのは彼女かもしれない。
封印を解けば、彼女が復活するやも知れない。
その思いが、聴けるかも知れない。
あと一歩で、
その望みが叶うのに
……それを
人間ごときに……!!
「…気でも狂ったか…?」
「いいえ、正気よ。
ただ、人間ごときにここまでやられるとは思って無かっただけ」
ひとしきり笑った後、左の扇を右に持ち替える。
「まあいいわ。それも今全て終わる事。
教えてあげるわ。人間は、所詮人間でしかないという事を」
殺気が、幽々子の全身から放たれる。
それは、周りの空気の温度を確実に下げた。
―春の暖かさが、死をはらんだ冬の冷たさに変わる。
「そんな事、言われなくたって分かっているわ。
人間だけじゃない。人外であろうと、何であろうと、
物は予め定義付けられた存在以上にも、それ以下にもなれない。
その定義の中で力を持ち、生きて、死んで、また産まれて。
輪廻の輪は、そうやって創られて来たの」
―だがしかし、霊夢の紡ぎ出す言葉は、それを跳ね除けていた。
その言葉は、全くの真実。
「だから、貴女も貴女以上の何かにはなれないし、
それ以下の何かに成り下がる事も出来ない」
霊夢には、解っていた。
この解呪は、どうやっても成功しない事を。
当然この定理は、霊であり死を操る幽々子にも、
例外なく適用されるのだ。
…だから。
「ここまでの努力を全て無にするようだけど、
貴女は、所詮死しか操れない。
それ以上の事は、どう足掻いても無理」
「やってみなければ、分からないわよ…?」
そう言う幽々子だったが、声がかすれていた。
崩壊寸前の論理武装を完全に破壊するために、
霊夢は、もう一言だけ続けた。
そして、
その一言は、幽々子の心をも打ち砕くのに十分だった。
「……やってみなければ?
冗談、今こうやってやってるじゃない」
―今、何と言った?
心の拠り所が、一気に、それも全て崩された。
目の前が真っ暗になる感覚。
―封印は、解けないだと?
それじゃあ、今までの行為は、全て無駄だったのか。
いや、違う。
―本当は、分かっていたのかも知れない。
叶わぬ夢だと。
叶わぬ望みだと。
―私に、出来るのは。
死を操る事だけ。
……ならば
「……そうね」
幽々子の口から放たれた声には、心がこもっていなかった。
「ああ、本当は結界なんてどうでも良かったのかも知れない。
最近、ここに魂が来ないから、退屈してたのかも」
その言葉は、明らかに3人に向けられていなかった。
「ああ、もうどうでも良くなってきたわ。
貴女達、ここにお住まいなさい。私が家を作ってあげる」
舞の形を構える。
「……そう。それが、貴女の答えなのね」
霊夢はそれだけ言うと、眼を閉じて何やら呟き始めた。
体から、何やら紅いオーラが溢れ出てくる。
「それじゃあ…」
「と言うわけで…」
もう、言葉は要らない。
後は、決着を付けるだけ。
「花の下に還るがいいわ、春の亡霊!」
「花の下で眠るがいいわ、紅白の蝶!」
その声は、僅か一瞬の、しかし永遠とも思える一瞬の、
攻防の始まりを告げるものだった。
カッ、と霊夢は両目を見開く。
幽々子は舞い始める。
―この瞬間。
幽々子は、霊夢の持つ余りの「生」の輝きに、
思わず舌なめずりをした。
先手は幽々子。
「―堕ちろ」
放たれた声は、力の行使の宣言。
その声を聞いた者は、
その瞬間に等しく死へと引きずり込まれる。
その声に勝てた者は、今までいない。
だが。
「―Durchstecheln…」
幽々子の叫びより遅く動き出した霊夢は、
その声よりも疾かった。
霊夢の手から、声とともに紅い光条が放たれる。
「貫く」という、明確な意志が。
―死の声が、
紅の波動に貫かれた。
幽々子は、左手を霊夢に向ける。
相手の意識に、「死」の意識をぶつける。
それだけの行動であったのに、しかし。
霊夢の飛行の前には遅すぎた。
紅い残像を残しつつ、左手を横に払う。
まさに舞っている様なその動きで、
「……!!」
右手に握っていた扇が、粉々に砕け散った。
そして次の瞬間には、
目の前に霊夢の姿。
流れる体。
「―Alt Nagel…」
声とともに、振るわれる祓え串。
振るわれる、
「古き爪」。
幽々子は、後ろへ飛び退いた。
振り切った姿勢のまま、霊夢は幽々子の顔を見た。
―眼が、紅い。
それを認識するのとほぼ時を同じくして、
幽々子の背の扇が、3分の1ほど切り取られた。
「……何!?」
扇は気に留めず、幽々子は前方に舞う相手に驚愕の眼差しを向ける。
斬られた感触は、無かった。
霊夢は、それだけのスピードで扇を斬ったのだ。
人間に、何故ここまでの力がある?
しかし、その疑問はすぐに解決された。
「……あれ、もう終わり?」
そう言う霊夢の口から、
ほんの少しだけ、
八重歯が突き出ていた。
その歯の形は、吸血鬼の物。
「……霊夢さん、貴女…」
「ええ。黙っていようかと思ったけどね」
「どう言う、事?」
「そうね……」
答えながら、幽々子に迫る。
振り抜きが神速なら、この飛行はさらにその上。
「今までが“白の霊夢”。
そして今が“紅の霊夢”……そんなところかしらね」
僅か一呼吸で間合いがゼロになる。
「―Schneiden Ende…」
振るわれる左腕。
―鈍い音。
幽々子は、目の前の状況を理解できなかった。
―体が、霊夢の“爪”に切り裂かれていた。
まさに、「究極の斬撃」。
「……っぐ…!!」
漏れる息。
弾幕を放ちつつ、後退する。
霊体を切り裂く、そんな無茶があっただろうか。
「最期に教えてあげる。
私の定義は“無重力”。
―即ち、是れ力に相克する者也、ってね」
しかし、幽々子の死の弾幕も、
今の霊夢には意味を成さなかった。
一歩も動かず、弾幕を避け切る霊夢。
そして、左腕を肩の高さに上げる。
人差し指と中指の間に挟まれた、呪札がちょっと風に揺れた。
「…二重結界」
幽々子の体が、なす術も無く扇ごと結界に縛り付けられる。
それだけではない。
四方八方から伸びてきた鎖が、さらに雁字搦めに縛り上げた。
「……春は、返してもらうわよ」
それだけ言うと、
呪札を空へ投げ上げ、左手を大きく広げた。
「―Gnaden Sturz…」
そして、左手を握る。
―紙を破るような音。
それは、その名に相応しい、
「終焉の一撃」。
結界が、鎖ごと握り潰される。
「あああああああああああああああああああああっ!!!」
断末魔とともに、
幽々子の背の扇が、真っ二つになった。
意識が過去へ遡る。
遠い遠い、
過去の風景。
永い眠りから覚めたような感覚の幽々子の俯瞰光景に、
桜の前で舞う少女が独り。
何故か、その顔に見覚えがあった。
舞に合わせ、
ついさっきまで満開だった
桜が散る。
―桜花
散りぬる風のなごりには
水なき空に
波ぞ立ちける……
空に、波が立つ。
その波は、死に穢れた桜の花びらをさらい、
―同時に少女の魂もさらって行った。
その時ふと、疑問に思った。
彼女は、何を思い、魂を捨ててまで桜を散らせたのか。
だから、話が聞きたくなった。
永い時間が経っても
その思いは
おぼろげながら残っていた。
その思いが風化しようとしていた、
ある日だった。
あの、運命を分ける書物を見つけたのは。
「富士見の娘、西行妖満開の時、幽明境を分かつ、
その魂、白玉楼中で安らむ様、
西行妖の花を封印しこれを持って結界とする。
願わくは、二度と苦しみを味わうことの無い様、
永久に転生することを忘れ・・・」
もしかしたら、封印されているのは彼女かもしれない。
封印を解けば、彼女が復活するやも知れない。
その思いが、聴けるかも知れない。
あと一歩で、
その望みが叶うのに
……それを
人間ごときに……!!
「…気でも狂ったか…?」
「いいえ、正気よ。
ただ、人間ごときにここまでやられるとは思って無かっただけ」
ひとしきり笑った後、左の扇を右に持ち替える。
「まあいいわ。それも今全て終わる事。
教えてあげるわ。人間は、所詮人間でしかないという事を」
殺気が、幽々子の全身から放たれる。
それは、周りの空気の温度を確実に下げた。
―春の暖かさが、死をはらんだ冬の冷たさに変わる。
「そんな事、言われなくたって分かっているわ。
人間だけじゃない。人外であろうと、何であろうと、
物は予め定義付けられた存在以上にも、それ以下にもなれない。
その定義の中で力を持ち、生きて、死んで、また産まれて。
輪廻の輪は、そうやって創られて来たの」
―だがしかし、霊夢の紡ぎ出す言葉は、それを跳ね除けていた。
その言葉は、全くの真実。
「だから、貴女も貴女以上の何かにはなれないし、
それ以下の何かに成り下がる事も出来ない」
霊夢には、解っていた。
この解呪は、どうやっても成功しない事を。
当然この定理は、霊であり死を操る幽々子にも、
例外なく適用されるのだ。
…だから。
「ここまでの努力を全て無にするようだけど、
貴女は、所詮死しか操れない。
それ以上の事は、どう足掻いても無理」
「やってみなければ、分からないわよ…?」
そう言う幽々子だったが、声がかすれていた。
崩壊寸前の論理武装を完全に破壊するために、
霊夢は、もう一言だけ続けた。
そして、
その一言は、幽々子の心をも打ち砕くのに十分だった。
「……やってみなければ?
冗談、今こうやってやってるじゃない」
―今、何と言った?
心の拠り所が、一気に、それも全て崩された。
目の前が真っ暗になる感覚。
―封印は、解けないだと?
それじゃあ、今までの行為は、全て無駄だったのか。
いや、違う。
―本当は、分かっていたのかも知れない。
叶わぬ夢だと。
叶わぬ望みだと。
―私に、出来るのは。
死を操る事だけ。
……ならば
「……そうね」
幽々子の口から放たれた声には、心がこもっていなかった。
「ああ、本当は結界なんてどうでも良かったのかも知れない。
最近、ここに魂が来ないから、退屈してたのかも」
その言葉は、明らかに3人に向けられていなかった。
「ああ、もうどうでも良くなってきたわ。
貴女達、ここにお住まいなさい。私が家を作ってあげる」
舞の形を構える。
「……そう。それが、貴女の答えなのね」
霊夢はそれだけ言うと、眼を閉じて何やら呟き始めた。
体から、何やら紅いオーラが溢れ出てくる。
「それじゃあ…」
「と言うわけで…」
もう、言葉は要らない。
後は、決着を付けるだけ。
「花の下に還るがいいわ、春の亡霊!」
「花の下で眠るがいいわ、紅白の蝶!」
その声は、僅か一瞬の、しかし永遠とも思える一瞬の、
攻防の始まりを告げるものだった。
カッ、と霊夢は両目を見開く。
幽々子は舞い始める。
―この瞬間。
幽々子は、霊夢の持つ余りの「生」の輝きに、
思わず舌なめずりをした。
先手は幽々子。
「―堕ちろ」
放たれた声は、力の行使の宣言。
その声を聞いた者は、
その瞬間に等しく死へと引きずり込まれる。
その声に勝てた者は、今までいない。
だが。
「―Durchstecheln…」
幽々子の叫びより遅く動き出した霊夢は、
その声よりも疾かった。
霊夢の手から、声とともに紅い光条が放たれる。
「貫く」という、明確な意志が。
―死の声が、
紅の波動に貫かれた。
幽々子は、左手を霊夢に向ける。
相手の意識に、「死」の意識をぶつける。
それだけの行動であったのに、しかし。
霊夢の飛行の前には遅すぎた。
紅い残像を残しつつ、左手を横に払う。
まさに舞っている様なその動きで、
「……!!」
右手に握っていた扇が、粉々に砕け散った。
そして次の瞬間には、
目の前に霊夢の姿。
流れる体。
「―Alt Nagel…」
声とともに、振るわれる祓え串。
振るわれる、
「古き爪」。
幽々子は、後ろへ飛び退いた。
振り切った姿勢のまま、霊夢は幽々子の顔を見た。
―眼が、紅い。
それを認識するのとほぼ時を同じくして、
幽々子の背の扇が、3分の1ほど切り取られた。
「……何!?」
扇は気に留めず、幽々子は前方に舞う相手に驚愕の眼差しを向ける。
斬られた感触は、無かった。
霊夢は、それだけのスピードで扇を斬ったのだ。
人間に、何故ここまでの力がある?
しかし、その疑問はすぐに解決された。
「……あれ、もう終わり?」
そう言う霊夢の口から、
ほんの少しだけ、
八重歯が突き出ていた。
その歯の形は、吸血鬼の物。
「……霊夢さん、貴女…」
「ええ。黙っていようかと思ったけどね」
「どう言う、事?」
「そうね……」
答えながら、幽々子に迫る。
振り抜きが神速なら、この飛行はさらにその上。
「今までが“白の霊夢”。
そして今が“紅の霊夢”……そんなところかしらね」
僅か一呼吸で間合いがゼロになる。
「―Schneiden Ende…」
振るわれる左腕。
―鈍い音。
幽々子は、目の前の状況を理解できなかった。
―体が、霊夢の“爪”に切り裂かれていた。
まさに、「究極の斬撃」。
「……っぐ…!!」
漏れる息。
弾幕を放ちつつ、後退する。
霊体を切り裂く、そんな無茶があっただろうか。
「最期に教えてあげる。
私の定義は“無重力”。
―即ち、是れ力に相克する者也、ってね」
しかし、幽々子の死の弾幕も、
今の霊夢には意味を成さなかった。
一歩も動かず、弾幕を避け切る霊夢。
そして、左腕を肩の高さに上げる。
人差し指と中指の間に挟まれた、呪札がちょっと風に揺れた。
「…二重結界」
幽々子の体が、なす術も無く扇ごと結界に縛り付けられる。
それだけではない。
四方八方から伸びてきた鎖が、さらに雁字搦めに縛り上げた。
「……春は、返してもらうわよ」
それだけ言うと、
呪札を空へ投げ上げ、左手を大きく広げた。
「―Gnaden Sturz…」
そして、左手を握る。
―紙を破るような音。
それは、その名に相応しい、
「終焉の一撃」。
結界が、鎖ごと握り潰される。
「あああああああああああああああああああああっ!!!」
断末魔とともに、
幽々子の背の扇が、真っ二つになった。
というかアルトネーゲルとグナーデン・シュトース以外読めませんでした_| ̄|○
読み方キボ(メルティブラッド