妖怪の類にとって使い魔とは、つまり道具である。
によって、時と次第によっては手放さねばならぬし、また新たに調達せねばならぬということにもなる。
といって、そこらにほいほいと転がっているほどには、使い魔も供給過多ではない。
それゆえ、ここにオークションが開かれる。
……すなわちあるいはおのれの使い魔を譲りわたし、あるいはまた誰かの使い魔を譲りうけ、あるいははたまた主人をもたぬ『はぐれ使い魔』を得ようがため、妖怪あるいはその類がぞろぞろと集まる祭典なのだ。
この話を聞きつけ、チルノは胸を騒がせた。
――いやさ、なぜここでチルノなんぞが出てくるのか? という疑問はもっともである。
なんせチルノといえば、妖怪としては下っ端だが、といっても使い魔というほどに下っ端ではない。いうなら下の中っ端、よくいって中の下っ端というあんばい。
となれば使い魔オークションとはなんの縁もゆかりもありはすまい――なるほどそうだ。だが、他者にとって自明な事実も、当の本人にとってはそうでない、というのは多々あることである。
ここのところ、チルノはひどく自尊心を傷つけられていた。なんとなれば、
『チルノは、レティ・ホワイトロックの使い魔である』
という話が、あたかも既成事実のごとく世間に広まっていたのだ。
なるほどレティとは浅からぬ縁ある間柄、さればとてその関係は対等のはずであり、主従、まして使役者と使い魔などというものではとうていない。
それをさて明らかにしようにも、かんじんのレティは冬にしか姿を見せぬ風物妖怪ゆえ、どうにもならぬ。
ゆえに、人間連中には『ご主人がいなきゃ半人前ね。「チル」よね』『いやむしろ「ノ」だぜ』などと小馬鹿にされ、妖怪狐には『おたがい主が寝てばかりで苦労が多いな』などと妙なシンパシーを感じられ……などといった屈辱にも、耐えるほかはなかったのだが、そこでくだんのオークションだ。
『ここで』
と、チルノは冷え切った脳みそ(あるいはそれに類する器官)で考える。
『あたしが使い魔をゲットして使役者になれば! 使い魔呼ばわりからも脱却できようってものよ』
それはチルノなりの論理の帰結であり、ある意味では正しかったが、彼女は『使い魔もまた、使い魔をもつことがある』という使い魔業界の常識を知らなかった。
それはそれで、やむをえないことだったが、そうとは知らずオークション会場へ意気揚々と向かう彼女は、いささか道化の態をさらしていたのもまた、事実ではあった。
オークション会場では、早くも多くの使い魔が売りに出されており、たいそうな賑わいだった。
ここでチルノは『はた』と気づいた。使い魔の取引は、金銀や宝物などで行われるのだが、彼女はまったくの手ぶらであったのだ。これでは、たとえ望みの使い魔を見つけたとて、指をくわえて誰かが競り落とすのを眺めているほかない。
どうしたものか、と難渋していると、ふと声をかけられた。
声の主はこのオークションの元締めである魔法使、アリスであった。
「暇そうね!」とアリス。「そんなに暇なら、バイトをしてみない?」
「バイトというと?」
そこでアリスは指を曲げながら説いた。
「使い魔を入手するにも、どんな力を持っているのかわからなくては詮方ない。そこで、使い魔を戦わせることによって、その性能をアピールできるコーナーが設けてあるの」
アリスはなおいう。「これまでは、私の人形が使い魔どもの相手をしてきたのだけど、連中もちょっと疲れ気味でね。誰か、代わりになってくれないかと探していたというわけ」
「つまりは使い魔と戦えばいいのね」
「そういうこと! ただし、勝ってはダメよ。相手の力量を最大限に引き出したうえで、なおかつ、星をゆずってあげないといけない。どうしてどうして、なかなか大変なんだから」
「へえ! でも、バイト代をはずむならやるわ」
そこでさっそくチルノはくだんのコーナーへおもむき、使い魔を相手にしようというしだい。
最初の相手は、何やら虫のごときもの――いや、虫だった。それも一匹や二匹でなく、ワンワンと羽音を立てながら群がってくるのだ。
冷気を用いれば容易い相手だが、それでは商売にならぬ。
それゆえチルノは必死で逃げ回り、最後にはみずから氷の柱と化すことで命からがら難を逃れた、というてんまつでおさめた。
「なかなかの役者じゃない」と肩を叩くアリス。「次も頑張ってよ」
その次の相手とは鳥の群れであった。チルノはペンギンに偽装して仲間のふりをしてのけ、助かった。
「どうしてどうして」と、麦茶を出してねぎらうアリス。「機転が利くじゃあないの。さて、次で今日のぶんはおしまいだから、気合を入れて頂戴」
そこでチルノが『ヒョーッ』と気合を入れて臨むと、相手が現れた。
最後の相手は、もののふ(武士)であった。一撃必殺の剛剣をふりかざし、チルノを裂けチルノにせんと斬りつけてくる。
あやうくかわしたチルノだが、こいつはまずい、やらなきゃやられる、と、いざ全力で冷気を放とうとした――が、これいかに、出てくるのはせいぜい涼気にすぎぬ。
あっ! と思って客席を見れば、アリスがヒラヒラとハンカチを振っている。口が動く。サ・ヨ・ナ・ラ。
畜生! あの麦茶に細工したな! と今更気づいても後の祭り、今はこれまで、もはや「チル」と「ノ」に両断されるは必定か――と覚悟した。その刹那。
チルノの身体が、我知らず勝手に動いていた。
太刀をかわし、足払いをくわせる。
仰向けにひっくり返った侍にまたがり、その腰から脇差をひっこぬき、一息に首を掻き落とした。
「ギャーーー!!」
とは武者の断末魔にあらず、使役者らしき少女の声。
彼女の怒声と、謝り倒しながらもこちらを睨みつけるアリスの視線にも気づかず、チルノは呆然としていた。
チルノは悟ったのだ――あのとき、自分を動かしたのは『彼女』だと。
、冬訪れるまで続く深き眠りのうちにありながら、自分を『使役』して、難を逃れさせてくれたのだと。
(なんてこった)
チルノは自嘲した。
(あたしは、とっくにあんたの使い魔になってたってわけ?)
会場を去ったチルノは、中空へ舞った。
(いいわ――認めるわよ。今はね)
(でも、次の冬が、来たら――)
そのときこそは、どちらがどちらか。どっちがどっちか。
「白黒つけてやるんだから!」
チルノは渦巻く冷気を夜空へ放った。
その余波が、季節のはざまで眠る『彼女』に届いたか、どうか?
もとより、確かめるすべもないことである。
によって、時と次第によっては手放さねばならぬし、また新たに調達せねばならぬということにもなる。
といって、そこらにほいほいと転がっているほどには、使い魔も供給過多ではない。
それゆえ、ここにオークションが開かれる。
……すなわちあるいはおのれの使い魔を譲りわたし、あるいはまた誰かの使い魔を譲りうけ、あるいははたまた主人をもたぬ『はぐれ使い魔』を得ようがため、妖怪あるいはその類がぞろぞろと集まる祭典なのだ。
この話を聞きつけ、チルノは胸を騒がせた。
――いやさ、なぜここでチルノなんぞが出てくるのか? という疑問はもっともである。
なんせチルノといえば、妖怪としては下っ端だが、といっても使い魔というほどに下っ端ではない。いうなら下の中っ端、よくいって中の下っ端というあんばい。
となれば使い魔オークションとはなんの縁もゆかりもありはすまい――なるほどそうだ。だが、他者にとって自明な事実も、当の本人にとってはそうでない、というのは多々あることである。
ここのところ、チルノはひどく自尊心を傷つけられていた。なんとなれば、
『チルノは、レティ・ホワイトロックの使い魔である』
という話が、あたかも既成事実のごとく世間に広まっていたのだ。
なるほどレティとは浅からぬ縁ある間柄、さればとてその関係は対等のはずであり、主従、まして使役者と使い魔などというものではとうていない。
それをさて明らかにしようにも、かんじんのレティは冬にしか姿を見せぬ風物妖怪ゆえ、どうにもならぬ。
ゆえに、人間連中には『ご主人がいなきゃ半人前ね。「チル」よね』『いやむしろ「ノ」だぜ』などと小馬鹿にされ、妖怪狐には『おたがい主が寝てばかりで苦労が多いな』などと妙なシンパシーを感じられ……などといった屈辱にも、耐えるほかはなかったのだが、そこでくだんのオークションだ。
『ここで』
と、チルノは冷え切った脳みそ(あるいはそれに類する器官)で考える。
『あたしが使い魔をゲットして使役者になれば! 使い魔呼ばわりからも脱却できようってものよ』
それはチルノなりの論理の帰結であり、ある意味では正しかったが、彼女は『使い魔もまた、使い魔をもつことがある』という使い魔業界の常識を知らなかった。
それはそれで、やむをえないことだったが、そうとは知らずオークション会場へ意気揚々と向かう彼女は、いささか道化の態をさらしていたのもまた、事実ではあった。
オークション会場では、早くも多くの使い魔が売りに出されており、たいそうな賑わいだった。
ここでチルノは『はた』と気づいた。使い魔の取引は、金銀や宝物などで行われるのだが、彼女はまったくの手ぶらであったのだ。これでは、たとえ望みの使い魔を見つけたとて、指をくわえて誰かが競り落とすのを眺めているほかない。
どうしたものか、と難渋していると、ふと声をかけられた。
声の主はこのオークションの元締めである魔法使、アリスであった。
「暇そうね!」とアリス。「そんなに暇なら、バイトをしてみない?」
「バイトというと?」
そこでアリスは指を曲げながら説いた。
「使い魔を入手するにも、どんな力を持っているのかわからなくては詮方ない。そこで、使い魔を戦わせることによって、その性能をアピールできるコーナーが設けてあるの」
アリスはなおいう。「これまでは、私の人形が使い魔どもの相手をしてきたのだけど、連中もちょっと疲れ気味でね。誰か、代わりになってくれないかと探していたというわけ」
「つまりは使い魔と戦えばいいのね」
「そういうこと! ただし、勝ってはダメよ。相手の力量を最大限に引き出したうえで、なおかつ、星をゆずってあげないといけない。どうしてどうして、なかなか大変なんだから」
「へえ! でも、バイト代をはずむならやるわ」
そこでさっそくチルノはくだんのコーナーへおもむき、使い魔を相手にしようというしだい。
最初の相手は、何やら虫のごときもの――いや、虫だった。それも一匹や二匹でなく、ワンワンと羽音を立てながら群がってくるのだ。
冷気を用いれば容易い相手だが、それでは商売にならぬ。
それゆえチルノは必死で逃げ回り、最後にはみずから氷の柱と化すことで命からがら難を逃れた、というてんまつでおさめた。
「なかなかの役者じゃない」と肩を叩くアリス。「次も頑張ってよ」
その次の相手とは鳥の群れであった。チルノはペンギンに偽装して仲間のふりをしてのけ、助かった。
「どうしてどうして」と、麦茶を出してねぎらうアリス。「機転が利くじゃあないの。さて、次で今日のぶんはおしまいだから、気合を入れて頂戴」
そこでチルノが『ヒョーッ』と気合を入れて臨むと、相手が現れた。
最後の相手は、もののふ(武士)であった。一撃必殺の剛剣をふりかざし、チルノを裂けチルノにせんと斬りつけてくる。
あやうくかわしたチルノだが、こいつはまずい、やらなきゃやられる、と、いざ全力で冷気を放とうとした――が、これいかに、出てくるのはせいぜい涼気にすぎぬ。
あっ! と思って客席を見れば、アリスがヒラヒラとハンカチを振っている。口が動く。サ・ヨ・ナ・ラ。
畜生! あの麦茶に細工したな! と今更気づいても後の祭り、今はこれまで、もはや「チル」と「ノ」に両断されるは必定か――と覚悟した。その刹那。
チルノの身体が、我知らず勝手に動いていた。
太刀をかわし、足払いをくわせる。
仰向けにひっくり返った侍にまたがり、その腰から脇差をひっこぬき、一息に首を掻き落とした。
「ギャーーー!!」
とは武者の断末魔にあらず、使役者らしき少女の声。
彼女の怒声と、謝り倒しながらもこちらを睨みつけるアリスの視線にも気づかず、チルノは呆然としていた。
チルノは悟ったのだ――あのとき、自分を動かしたのは『彼女』だと。
、冬訪れるまで続く深き眠りのうちにありながら、自分を『使役』して、難を逃れさせてくれたのだと。
(なんてこった)
チルノは自嘲した。
(あたしは、とっくにあんたの使い魔になってたってわけ?)
会場を去ったチルノは、中空へ舞った。
(いいわ――認めるわよ。今はね)
(でも、次の冬が、来たら――)
そのときこそは、どちらがどちらか。どっちがどっちか。
「白黒つけてやるんだから!」
チルノは渦巻く冷気を夜空へ放った。
その余波が、季節のはざまで眠る『彼女』に届いたか、どうか?
もとより、確かめるすべもないことである。
相変わらず楽しいセンスしてらっしゃる。毎回楽しみにしてますよ。
後、妖怪狐に萌え。