東方シリーズ二次創作
『東方神魔譚』
シナリオ5 『裏切りと、真実と、宣戦布告と・・・』
「退屈ですね~」
朝も早く、テントから離れて適当に散歩している羅刹。目的を持って歩いてはいるのだが、肝心な目的のモノの発見には至っていない。
今は、場所も分からない森の中を奥へ奥へと無計画に歩いている。
「いっその事、真上に光符でも撃ちましょうかね」
見つからないのなら見つけてもらえば良い。だが、それをすると余計な者まで集めてしまうかもしれない。正直言うと、昨日の夜からだるくてだるくて堪らない。余計な戦闘だけは避けたいところなのだ。
「空から降って来たら楽なんですけどね・・・・・」
そう言って空を見上げる羅刹。空には、雨の降りそうな雨雲が広がっている。
今夜、一雨来るかもしれない。昼頃には洞窟でも探した方がいいだろうか。さすがに雨の日にテントだけでは心もとない。
「はあ~・・・」
しかし、自分でさえも気付かなかった能力が有るとは思わなかった。戦闘には何の役にも立たないが、目的達成の為には大いに役立つ。この能力を持っているなら、様々な知識を保有しているのも当然だ。全てあの場所で得たものだろう。
「そういえば、テント内のファイルが一冊・・・・・・・」
ガンッ!!
「・・・・・・・・・痛い・・・・・・」
空から本当に何か降ってきた。相当な高さから落ちてきたからだろうか、頭がズキズキと痛む。最近、何かに殴られたり、ぶつかったりする時、全てがいい所に当たっている気がする。
羅刹は、自分の頭に降って来た物体の方を見る。
「・・・人形・・・・・・ですかね?」
どこの国の人形かは分からない。
大体、全長20cm。髪は黒・・・と言うより、茶色を黒になるまで濃くしたような色だ。目の色は蒼で、唇には黒いルージュが引いてある。服は真っ黒なドレス。
・・・・・・・ゴスロリ?
「ん?・・・・・・この人形の持ち主は、さぞかし趣味の悪い人なんでしょうね」
一目で分かった。この人形には、何か憑いている。
どす黒く、凶悪で、どこか自分に近い。
ふと、人形が笑った様な気がした。
脳内に直接響く不気味な声。
「だめですよ。むやみやたらと人に暗示をかけては」
羅刹は人形を目線の高さに持ってくる。
「そうですか。そんな事があったんですね。それで、今は逃走中なんですか?」
人形が上を見た気がした。誰かが近づいてくる気配がする。
「丁度いいですね。僕もその方に用があるので、一時的に力を貸してくれせんか?」
羅刹は人形を肩に乗せ、上空へ浮かんで行く。
「ありがとうございます。代わりと言っては何ですが、あなたの望むものを何とかしてみますよ」
「あら、あなたは人形と話せるの?」
「そうですね。彼女の言葉は意外とよく通りまして、非常に発音が綺麗ですよ」
この方が彼女を落としたんでしょうね。
目の前の少女はブルーを基調とした服を着ていて、片手に魔導書を持っている。
魔法使いさんですね。
「その人形を返してくれないかしら?」
「条件付ならいいですよ」
彼女から抗議の声が響く。
フルボリュームで怒鳴られると頭が痛い。
「もともと私の落し物よ」
「落とした瞬間を見てませんから信用できません。それに彼女は一人で自由にやりたいそうです。でも、条件付なら渡しますよ」
相手はこの条件を飲むはずが無い。魔法使いなら絶対に許容できない。
だから、必然的に僕と彼女の望む結果になる。
「僕にあなたの血液をください。だいたい、200mlくらいですかね」
「いやよ。そんなの」
魔法使いなら断って当然だろう。
血は魔術の行使に重要なもの。特に呪いの方面で・・・・・。
「それじゃあ、渡せません。欲しかったら力尽くで奪ってください」
「後悔するわよ」
「はい。ところで、あなたのお名前は?相手の名前も知らずに弾幕ごっこは出来ません」
「アリス。アリス=マーガトロイド。そっちは?」
「響羅刹です」
自己紹介しながら距離を取る。近すぎると咄嗟の反応が出来ない。相手の情報が一切無い以上、むやみやたらな攻撃はすべきではない。
だったら今すべき事は、戦闘準備。
「あなたも一緒に踊りましょうね」
羅刹は左手と右手の指を合わせて、引き離す。すると指と指の間に、光を反射する糸状の物質が現れた。グラスファイバーだ。
羅刹は、手際よく糸を人形の手足に接続する。結ぶのではない、接続するのだ。
「完成。次は・・・・・・・」
右手を縦に一閃。現れたのは人形と同じサイズの鎌が二つ。それを人形の手に持たせると、戦闘用人形の完成だ。
「なにしてるの?」
「もう終わりましたよ。待っていてくださってありがとうございます。それでは始めましょうか」
左手を動かし、人形を操作する。
人形は、その場で踊りながら二振りの鎌で金属音を奏でる。
「悪趣味」
「その悪趣味な人形を欲しがってる貴女も悪趣味ですね」
「そうかもね。・・・・・・行くわよ!」
示し合わせたように飛び出す、魔力弾と砕けたガラス。お互いに張った弾幕を避けながら、互いの実力の程を見る。と言っても互いに本気を出していない。判断する上での参考にもなりはしない。
「埒が明かないわね」
「そうですね。彼女も退屈そうにしています」
羅刹の操作で踊る人形。
相変わらず鎌を擦り合わせながら不気味な音を出している。
「先制スペル行くわよ。操符『乙女文楽』!」
「重ねますか・・・光符『白色鏡』」
光符を使ったが、以前に使ってから充填をしていない。つまり今すぐ撃てる状態じゃない。昼間だから充填事態は直に終わるだろうが、それまでスペルをやり過ごさないといけない。
アリスが放った魔力弾が羅刹へ向かって飛んでくる。通常より遥かに大きい弾だが、一発だけなら問題なくかわせる。
だが、その弾は羅刹の予想を裏切って急停止する。
そしてその場で音をたてて弾ける。
「くっ!」
急発射されたレーザー状の弾が、1,2発掠めた。
まだ終わってない。一瞬見えただけだが、弾の影から人形が出て来た筈だ。
「そこです!!」
左右に展開する数体の人形を、ガラスの破片で正確に打ち抜く。当然全てが打ち抜ける筈がない。撃ちもらした人形が複数の弾丸を放つ。だが数が減った為、脅威にすらならない。
「もう一発行くわよ!」
「甘いです!」
右手をピストルの形にしてアリスに標準を合わせる。そう、白色鏡の充填はとっくに終わっている。
鏡から放たれる二発のレーザーが魔力弾ごと人形を打ち抜く。
「追撃、いきます!」
残り四枚の鏡が一斉に光を放出する。だがその程度ではアリスには命中しない。しかも光符の効力が消えた。予想以上に昨夜の疲労が残っているようだ。
だが、今回は一人で戦っているわけじゃない。
「次行くわよ!蒼符『博愛のオルレアン・・」
ザシュッ!!
アリスに左手から血飛沫が舞い上がる。アリスの視界が真っ赤に染まる。紅に染まった視界の中で、二振りの鎌を持った人形が笑った様に見えた。
アリスは左手首を押さえて止血をする。予想以上に傷が深い。どうやら横ではなく縦に切られたようだ。
「あなた、やってくれるわね。人形を使って手首を切るなんて」
「彼女から注意を逸らすからですよ」
いつの間にか羅刹の肩に戻った人形。いまだに踊り続けている。心なしか髪と肌の色が綺麗になった様な気がする。
「彼女は生きているんです。僕が魔力を供給して、それを利用して動き回る。このグラスファイバーがパイプになってるんですよ」
「人形は自分の意志で動くから、実質2対1。考えたわね」
羅刹は左手と繋がっているグラスファイバーを引っ張っている。その動きに連動するように、人形は動きを変えている。微妙にタイミングがずれていることから、羅刹の言った事が真実だと分かる。
「即席スペル、呪殺『血塗れの首狩り人形』・・・なんちゃって」
羅刹の笑顔に合わせて、人形も笑った様な仕草をする。血塗れで笑う人形は、どこか恐ろしく見える。
「そうそう、言い忘れました。『相手の名前も知らずに弾幕ごっこは出来ません』と言いましたよね」
「ええ、そうね」
「でも、僕は・・・・・・」
羅刹の肩から人形が降り、鎌を擦り合わせ金属音を奏でる。
「弾幕ごっこをするとは一言も言ってません」
言い終わりと同時に突っ込んでくる羅刹の人形。
魔力の供給量を増やしたのだろうか。先程の攻撃より速い。
何とか人形を避けたアリスは、グラスファイバーを破壊する為に標準を合わせる。
「させません!」
羅刹の手から放たれる新たなガラス。大した数ではないが、避けなければ危険だ。
避けた瞬間、脇腹に激痛が走る。
「つぅ!!」
痛みの原因を見ると、人形が脇腹に鎌を突き立てていた。不幸中の幸いだったのが、人形が非力な為に傷が深くなかったことだ。
だが、厄介だ。羅刹と人形は最悪の組み合わせかもしれない。羅刹は、広範囲にガラスを撒き散らし、人形は羅刹の攻撃を隠れ蓑にしている。ガラスの回避に集中すると人形が襲ってくる。人形に集中すれば、ガラスが回避しきれない。
だったら・・・
「雅符『春の京人形』!!」
自分を中心に広がるスペルなら、少なくともガラスを気にする必要はない。後は人形の正確な位置を知るだけ。
「天符『鏡面世界』!!」
アリスの世界が遮断された。
「という訳で集まってもらったのよ」
「どういう訳だか分からないぜ」
「まさか、意味もなく呼び出したわけじゃないわよね」
博麗神社に呼び出された魔理沙と咲夜。
口ではそんな事を言ったが、呼び出された内容は分かっている。夜になると共に消える生物の気配のことだろう。
「咲夜に昨日の料理の感想を聞きたかったの」
「は?」
予想外の質問だった。
だが、ある意味当然の質問かもしれない。
「昨日の料理ってどんな味がしたの?」
「正直言うと、私も気になるぜ」
「ど、どんなって・・・」
話したくない。一晩中悪夢に魘されたなんて言いたくはない。
しかも夢の内容は、羅刹が料理を持って迫ってくる物だった。
夜中に何度も目が覚めては、部屋を見回していたのだ。
「そ、それより、夜の事を先に解決しましょう。そう、それがいいわ」
「ケチ~。教えてくれたっていいじゃない」
「そうだぜ、咲夜。食べたのはお前だけなんだからな」
「そこまで知りたいなら作って貰えばいいじゃない」
「いやよ。自分の寿命を縮める気はないわ」
「同感だぜ」
咲夜の顔色がどんどん悪くなってきた。本人は思い出したくなくても、耳に入れば自然と連想してしまう。あんな奇妙なものを一皿全部飲まされたのだ。その記憶はトラウマとなって心の底に残っている。
「まあ、いいわ。本題に入りましょう」
「夜の事だな。はっきり言って原因不明だぜ」
「そうね。パチュリー様にも相談してみたけど、分からないそうよ」
「いきなり手詰まりね」
「やっぱ、夜に動き回るしかないだろ。他に手段もないし」
「そうね。それで行きましょ」
集まった割には何も分からなかった。
誰だろう、『三人いれば文殊の知恵』なんて言ったのは・・・。
「魔理沙、咲夜・・・頑張ってね。私は神社で朗報を待ってるわ」
「・・・・・・お前も来るんだよ」
「二人だけでどうにかなると思ってるの?」
「冗談よ。これ以上、不快な睡眠が続くと健康に悪いのよね」
ドンドンドン!!!
「霊夢!霊夢、お願い、ドアを開けて!!」
聞きなれた声。だがどこか様子がおかしい。
そもそも彼女は、大声を上げるような事はしない筈だ。
とにかく三人で玄関の方へ向かい、訪問者を招き入れる。
「どうしたの、アリス?」
「助けて!アイツおかしいわよ!!普通じゃない、狂ってる!!」
アリスは霊夢にしがみ付き、助けを求める。完全に恐慌状態に陥っている。よく見れば、所々傷がある。左手首、右の脇腹、その他細かい傷の数々。空色の服は血の色で真っ赤に染まり、表情からは恐怖以外の感情は読み取れない。
「落ち着けアリス!まずは手当てが先だ!」
「傷口の時間を止めるわ!魔理沙は薬を取ってきて!霊夢は、アリスを落ち着かせなさい!」
とにかく、アリスを居間に運び込む。咲夜のお陰で血は止まっている。だが、服に付いた量からすると、かなり出血をしていると思われる。
「なんなの!?アイツは何なのよ!!何であんな眼が出来るのよ!!!」
「いいから落ち着きなさい!もう誰も追って来てないから。ここなら安全だから」
霊夢は必死にアリスを落ち着かせようとしている。だが、今の状態のアリスに霊夢の声は届いていない。果てる事無く湧き上がってくる恐怖。それに支配されたアリスに、外界の音など届くはずがない。
「ああ、もう何だってのよ。訳わかんないわ」
「いずれにせよ、アリスがここまで怯えるなんて普通じゃないぜ」
「こうなった以上眠らせるのが一番ね」
アリスは布団に包まって、部屋の隅で震えている。これが今の様な状況でなかったら、昨日の事を思い出して笑っていただろう。
その時、外から押し潰されそうな程の殺気が放たれた。
「な、何これ・・・」
「やばいぜ、これは」
「アリスを襲った奴かしら?」
「いずれにしても、外に出た方がいいわね」
神社の中では反撃はおろか、回避すら満足に出来そうにない。だったら外へ出て迎え撃つしかない。
三人は恐る恐る縁側から外へ出る。
攻撃の気配はない。だが警戒を怠ってはいけない。
「霊夢さん」
一瞬聞き間違えかと思った。
だが違う。聞いた事がある。この底冷えする様な口調、声と共に伝わって来るような非常識な殺気。全てあの夜に感じた。
「羅刹・・・」
神社の外に佇んでいるのは、白髪の死神。
紫眼を光らせながら獲物を待っている、残酷な狩人。
「あなたは人の家に訪ねる時に、いつも殺気を放っているのかしら?」
「そんな事はありませんよ。今回は少し用事がありまして」
隙を見せたら飛び掛ってきそうだ。体中が警戒している。
「渡してもらえますね。アリスさんを・・・・・・」
認めたくはなかった。だが、そんな淡い期待は簡単に裏切られた。アリスを襲ったのは羅刹なのだ。アリスをあそこまで追い詰めたのも、全て羅刹の仕業なのだ。
「何でアリスを襲ったの?」
「彼女の様な人が適任だったからです。早く渡してください。殺すつもりはありませんから」
「それは出来ない相談だぜ。あんなに怯えた奴を、今のお前に渡す気は無い」
「交渉決裂ですね」
限界まで張り詰められた空気。
「霊夢、魔理沙。あれの相手は私がするわ。二度も遊ばれて黙っていられるほど出来た人間じゃないの」
「一人で来るつもりですか?今回は負けますよ」
「あなたの能力の正体は見えたわ。それに注意すれば問題ない」
広い場所を確保する為、空に浮かび上がる二人。
初めて対峙した時とも、二回目の時とも違う。互いに戦う準備は出来ている。
「是非とも解答を聞きたいですね」
「見せてあげるわ。その答えを・・・奇術『エターナルミーク』!!」
全てを飲み込むような勢いで放たれる弾丸。
だが・・・
「以前一発も当たらなかった事を忘れたんですか?そのスペルでは僕を倒せませんよ」
前回と同様に全ての弾が羅刹を避けて通る。
このまま行けば、前回と同じ結果に終わる。
「本命はこれよ!」
無数の弾丸に隠すように一本のナイフを投げる。
何の変哲もないただのナイフ。
羅刹の視界は弾幕に遮られて、ナイフは見えないはず。
予想通りならば・・・・
ピシッ!
ナイフが何もない空気中で静止した。そして、ナイフを中心に広がる罅割れ。破砕音と共に光の破片が舞い落ちる。
憎らしげに染まる羅刹の表情。
「いつ・・・気が付いたんですか?」
「二度目の襲撃の時よ。一度目の時、ナイフだけは自分の力で避けていた。二度目の時はともかく、一度目の時は自力で避ける必要はない。すでに、弾が自分を避ける様に細工がしてあったんだから」
咲夜はガラスの破片を一つ取り出す。
「そして二回目の戦闘の時にあなたが残したガラスの破片。そこで気が付いたのよ。あなたはレンズを応用して攻撃を避けたんじゃないかってね。しかも私の予想通り物質を屈折させる事は出来ない。出来るのは魔力や霊力を帯びたものだけね」
「・・・・・・ご名答です。たった二度で気付かれるとは思っても見ませんでしたよ。その点に関しては100点をあげてもいいですね」
羅刹は拍手をしている。
まさかここまで、読まれるとは思っていなかった。答えから遠ざける為に暗符まで使ったのに、それには目もくれなかった様だ。
「全体から見ればどんなものなのかしら?70点くらい?」
「いいえ。せいぜい40点です・・・・煉符『咎人の断罪』!!」
赤い文字が空中に浮かび上がる。
羅刹を中心に広がる黒霧。急激に低下する気温。
「気を付けて下さいね。殺傷能力は低いですけど、当たると厄介ですから」
狙いを定めずに進む黒い霧。
嫌な予感がする。当たってはいけない。
速度が遅いので避けやすいが、有効範囲が広すぎる。
どんどん逃げ道をふさがれる。
「咲夜!」
目の前に現れる紅と黒。
「魔符『スターダストレヴァリエ』!!」
「夢符『二重結界』!!」
魔理沙の魔法で押し流され、霊夢の展開する結果に弾かれる霧。それは当ても無く彷徨い、やがて大気に消えた。
後に残ったのは、楽しそうに笑う羅刹だけ。
「やっと来てくれましたね、霊夢さん、魔理沙さん」
「アリスを襲った理由を聞かせなさい」
「彼女の血が欲しかった。それだけです」
「なぜ?」
「そこから先は今度話しますよ。いい加減疲れてきたんで終わりにしたかったんです」
羅刹が印を切る。見たことも無い青い文字が浮かび上がり、羅刹の魔力を吸収、変換していく。
「天符『鏡面世界』!!」
右手を霊夢たちに向かって突き出す。
変換された魔力が、右手に集中する。
だが・・・
「あれ?」
何も起こらない。
「ちょっと待ってください」
勢いよく右手を振る羅刹。
だが何も起こらない。
「もしかして・・・・魔力切れ、ですか」
身構えていた霊夢たちも唖然としている。
まじめに警戒していたのが、バカみたいだ。
「れ、霊夢、咲夜。今がチャンスだぜ!」
魔理沙の一声で我に返る霊夢と咲夜。すぐに攻撃を放とうとする。
羅刹の顔に笑みが浮かんだ。
「嘘ですよ・・・・・・・・・発動!!」
飛来する八つの光。だがそれは霊夢たちに向かわず、彼女たちを囲むように配置される。そして、それぞれを紡いで面をつくり出す。面は光り輝くと物質へと変わり、霊夢たちを中に閉じ込めた。
「捕獲完了。さて、本命の方へ行きましょうか。彼女も持っている事ですしね」
「ちょっと何なのよ、これは・・・」
霊夢たちは鏡で構成された立方体の中にいた。
それぞれが合わせ鏡になっている為、距離感は全く掴めない。
「閉じ込められたみたいだぜ。まあ、壊せば解決だろ」
魔理沙は鏡に向かってマジックミサイルを放つ。
その光景を見た咲夜はポツリと呟く。
「うまく行くのかしら」
マジックミサイルが鏡に命中する。
だが、それは破裂する事無く鏡に吸収された。
「やっぱり・・・」
「魔理沙、後ろ!」
「おわっ!」
魔理沙が先ほど放ったマジックミサイルが背後から襲ってきた。霊夢の声が無ければ直撃していただろう。
それを見た咲夜は、真下にナイフを放り投げる。下の鏡に向かったナイフは、吸収されて真上から降ってきた。今度は物質さえも対象になるらしい。
「スペルを使わないでよかったわ。幻符なんか使ったらとんでもない事になったわね」
前後左右上下関係なく襲ってくる、無数のナイフ。
想像するだけで疲れる。
「それよりもココから早く出ないと、アリスが危ないわ」
「それは分かってるが・・・・出れるのか?コレは・・・」
「攻略法はあるはず。問題はそれを見つけられるか」
時間は刻一刻と過ぎ去ってゆく。
「遅れてすみません」
霊夢たちを閉じ込めた羅刹は、博麗神社に戻ってきた。
そこには例の人形と、倒れたアリスの姿があった。
「首尾の方はどうでした?」
人形は一本の注射器を取り出す。中に入っているのは深紅の血液。
羅刹はそれを受け取ると、自らの腕に刺して血液を体内に流し込む。
吐き気を催す嫌悪感は相変わらずだ。
「これで、お仕事は終了ですね。あとは・・・・」
アリスの方を見る。気を失ってはいない様だ。
だったら置手紙を残す必要は無い。
「アリスさん。霊夢さんに伝言をお願いします」
アリスが敵意の篭った瞳で羅刹を睨む。先程まで怯えていた少女とは思えない。どうやらこの短時間で吹っ切れたようだ。
「今夜、もう一度だけ友人として会いに来ます。詳細はその時に・・・それと、Project:『God or Devil』についての知識を頭に入れておいてください・・・・・・この二つを伝えてください。では」
人形を肩に乗せ、空へと舞い上がる。天符の効果は、後2分程で切れるだろう。それまでに湖に辿り着かなければならない。
それが終わったら、とりあえず疲労回復。
「アナタはどうします?」
頭の中に響く声。
慣れると頭痛は一切感じない。
「そうですか・・・短い付き合いでしたが楽しかったです。ここから落としてしまっていいんですね?」
人形と向かい合う。
「それでは、縁があればまたいつか」
人形をその場から落とす。
どんどん、小さくなっていく人形。
やがて、森の中に消えていった。
「しかし、面白くなりそうですね」
羅刹は右の脇腹に手を当てる。
軽い痛みと共に、指先に付着する自身の血液。
「あの瞬間に攻撃したんですね、あの人だけは」
相手を騙してのスペル発動。タイミング的には十分上手く行っただろう。
だが、攻撃されるとは思ってなかった。
「期待してますよ、霊夢さん・・・・・・・」
羅刹は自分から流れ出た黒い血を、口に運んだ。
「つまり、坊やに完全にしてやられた訳ね」
効果の切れた『鏡面世界』から抜け出した霊夢たちは、アリスを自宅へ運んだ後、紅魔館で対策を考えていた。と言っても、羅刹が今晩尋ねて来るまでは下手に動けない。
「それよりもProject:『God or Devil』の方が問題よ。知識を頭に入れとけって言われても、そんなの聞いた事も無いんだから」
「そんな事無い筈だぜ。霊夢も見たろ?羅刹のテントで・・・」
「そうだっけ?」
羅刹が幻想郷に来た二日目の昼。霊夢と魔理沙は、羅刹のテントで一冊のファイルを見つけた。それに書かれていた文字が・・・
「そのファイルがProject:『God or Devil』だ」
「それがわかっても、肝心のファイルが無いじゃない。二人とも、中身を覚えているわけじゃないんでしょ?」
咲夜が言う事はもっともだ。たとえ存在していても、手元に無い以上見ることは出来ない。
「いや、それがな。実は私が持ってるんだ、そのファイル」
魔理沙は、どこからとも無く一冊のファイルを取り出した。表紙にはProject:『God or Devil』とプリントされている。
「魔理沙・・・盗んだのね」
「人聞きの悪い事言うもんじゃないぜ、霊夢」
「そんな事はどうでもいいじゃない。これで坊やの事が分かるんでしょ?」
「そうとも限らないけどね。魔理沙、概要だけ聞かせて」
「実を言うと、私もまだ読んでないんだ。今すぐ読むから少し待っててくれ」
その場でファイルを開き、黙々と読み始める魔理沙。霊夢たちは呑気にお茶を啜りながら、その光景を見ている。ある程度読み進んだ所で、魔理沙の表情が嫌悪に染まった。よほど腹に据えかねる内容なのだろう。
魔理沙は黙ってファイルを閉じる。
「最悪だぜ・・・」
「何だったの?」
「簡単に言えば・・・・・・人体実験だ」
「人体実験?」
魔理沙は頷く。もう一度ファイルを開き、霊夢たちへの説明を始める。
「3年前の話だが、人間界で強い力を持った2種類血液が見つかったんだ。このプロジェクトは、その血液を人間に投与して生物兵器を造る為の物だ」
「強い力を持った血液って?」
「・・・・・・・・・・・神と屍神だ」
「笑い話にもならないわね」
「そうね」
咲夜とレミリアは、全く信じていないようだ。
霊夢も同じ様な反応をしている。
「まあ、これは便宜的な呼び名だと思うがな。だけど、2種類の血液が相反する物である事に間違いは無いようだ。人間はこれを使って神を造り出そうとしたらしい。世界を創った本物の神を・・・・・・」
他の3人も、真面目に聞き始めた。
魔理沙の口調がどんどん深刻になってきたからだ。
「このファイルに乗っているのはNo0~No13までの14人。その中の一人に、レミリアとフランドールを襲った奴もいる」
羅刹と共闘して倒した『歪んだ正義』。
あれ以来、消息は完全に途絶えた。
「そして、14番目の被検体・・・No13が、羅刹だ」
ファイルに添付された一枚の写真。
髪の色こそ違えど、間違いなく響羅刹だった。
夜の博麗神社。
梅雨の時期独特の湿気に包まれた霊夢は、ただ一人訪問者を待っていた。
魔理沙達は、同席するといっていたが、
『二人だけで話がしたい』
と言って遠慮してもらった。おそらく、羅刹も2人だけで合う事を望んでいるだろう。それに友人として会いに来ると言っていた。なら問題は無い。
「はぁ・・・まさか一晩中待たせるなんて事は無いでしょうね」
一人でお茶を飲みながら、ため息をつく。
すでに3時間ほど縁側でこうしている。もっとも雨の所為で何が出来るわけでもない。
自分は待ち続けるだけ。
「遅いわね、本当に・・・」
「お待たせしたようですね」
不意に響く羅刹の声。
どことなく緊張している様に感じるのは、気のせいではないだろう。
「びしょ濡れじゃない」
「生憎、傘などの雨具は持っていないので」
「ちょっと待ってなさい」
羅刹を家に上げ、タオルを取ってくる。
羅刹は非常に大人しい。借りてきた猫のようだ。
「はい、これ」
「・・・・・・・・・・」
返事が無い。よく見ると何かを考え込んでいるようだ。
だが放っておくと風邪を引く。
「ああ、もう・・・」
頭にタオルをかぶせる。そして、頭を拭く・・・・と言うより揺さぶる。
そこまでして、やっと気が付いた様だ。
「あっ、すいません。自分でやります」
「当然」
霊夢はそう言い残し、2人分のお茶を淹れた。
羅刹はそれを受け取り、口にする。
「あったかいですね」
「そうね」
「2度目ですよ、人から温かいものを貰ったのは・・・・・・研究所では、冷たいご飯と薬しか出ませんでしたから」
「あれは、本当の事なの?」
「どれですか?」
「神が云々」
魔理沙から聞いた研究の概要。
普通なら信じることなんか出来ない。
「本当かは分かりませんけど、本気でしたよ。その為に僕らは捕まり、無理やり血液を投与された」
「羅刹の力はそれで得たのね」
「はい。NO13以前はほとんど失敗に終わりました。と言っても、彼らの望む力を持っていなかっただけなんです」
「その人たちは、何を望んだの?」
「僕の力・・・『無から有を生み出す能力』です」
はじめて明らかになった羅刹の能力。
神に最も近いといわれる力。
「もちろん、そんな力を完全に制御出来ません。いくつかの特性を持たせて戦闘に利用するのが限界です。でも、その力だけで十分だった」
「羅刹は受け皿だから?」
「はい。僕達は神を構成する部品の一つです。そして一番重要な部品。この部品が保有している能力が性能に大きな影響を与える。つまり神を造る為には、神と同レベルの能力が必要だった。だけど普通なら、そんな能力は得られるはずが無い。でも、彼らは見つけてしまった・・・・・・」
「神と屍神の血ね」
ここでの神は、いわゆる善神のことだろう。
そうでないと大きな矛盾が生まれる。
「そうです。生者の崇める神と、死者の崇める神。二つの相反する血です。本当の神に善悪なんて存在しない。ただそこにあり、創世と終焉を司り、見守るだけの存在。そして善悪を生み出した存在。つまり、二つに分かれたモノを再び一つにする事で、神の能力を造り出したんです」
「そんな事が出来るの?」
「さあ・・・でも僕がその能力を持っているから成功したんでしょうね」
羅刹は、ガラスの破片と、鏡の欠片を創りだす。
「そして、能力が開花したと分かった時から地獄が始まりました。毎日の様に繰り返される投薬。戦闘訓練と称した殺し合い。夜には気が狂いそうな悪夢に襲われ、昼は能力をデータ化する為の検査。心身ともにボロボロでした」
「酷いものね・・・」
「そして、薬の副作用で髪の色は抜け、記憶の殆どを失いました。これは後で知った事なんですけど、神の部品に自我があってはならないそうです。自我があると、どうしても善悪が存在してしまう。投薬は自我の消失も兼ねていたんでしょうね」
薬を飲んで凶暴化した『歪んだ正義』の言葉がよぎる。
あのときの言葉はまさにその通りなのだろう。
「『なんだかんだ言ってお前が一番囚われてるじゃねえか』・・・」
「え?」
「『歪んだ正義』さんの言葉です。そう、僕が一番あの薬に囚われている」
「どうして?今は薬を飲んでないんでしょ?」
「彼とは投薬された量が違うんです。もう既に体に染み付いている。だから、長時間の戦闘、生命の危険を感じた時、薬の効果が最も強く現れる夜、この三つの条件が揃うと投薬状態と同じ症状を引き起こします」
「だからあの時・・・」
『歪んだ正義』との戦闘時に起こった暴走状態。
あれは、体内に残った薬の所為だったのだ。
「それじゃあ、アリスを襲った理由は?」
「欲しかったんです、彼女の知識が」
「知識?」
「はい。記憶を無くしたと言いましたよね。僕は、自分が誰だか知りたかった。その為にはアリスさんの血が必要だった」
「どうして血液が?」
「『歪んだ正義』さんを殺した時に気が付いたんですけど、多量の血液を浴びる、または体内に取り入れる事で、その血液の所有者が保有している知識を得る事が出来るんです。しかも、本人が忘れてしまった知識さえも・・・・・この力を使えば、自分が誰だか分かるかもしれないから」
霊夢は『歪んだ正義』の死には、何の反応も示さなかった。殺されている事は十分予想できたからだ。羅刹もそれを理解していたから口にしたのだろう。
「そんな馬鹿げた事・・・」
「そう思います?」
「・・・・・・」
「不安なんですよ、自分が誰だか分からないって。こんな力を持たされて、体中を薬で侵されて、挙句の果てには全てを奪われた。縋る物が一つも無い。世界にたった一人で取り残された様なものです。そこで唯一見つけた希望が、幻想郷なんです」
「どうして?」
人間界で捕まったのなら、羅刹を知っている人間は人間界にいる様な気がする。
「研究所を壊した時に、『幻想郷』と言う単語を思い出したんです。所員はそんな事を知っている筈が無い。となれば、それは僕の記憶。つまり幻想郷に住んでいた、もしくは行った事がある。だから、幻想郷の生き物の知識が欲しかった。蒐集家である彼女の知識が欲しかった。もしかしたら僕を知っているかもしれないから」
「なるほどね・・・・・・・・・やめる気は無いのね」
「はい」
決別の言葉。
2人の求めるものが一致しない。
となれば・・・
「私は止めるわよ」
「らしくないですね」
「友達がバカな事始めたら、殴ってでも止めるわよ」
「まだ、友達と言ってくれるんですね。ありがたいやら、迷惑やら」
お茶を一気に飲み干す。冷めたお茶は非常に苦かった。
だが、決意は固まった。
「僕の能力について教えますよ、フェアにやりたいですから」
「そっちこそ、らしくないわね」
「そんな日もあります。・・・知っての通り、僕はガラスと鏡を使う。でも、それは善神の力です。意味は分かりますね」
「屍神の力は別にある」
「そうです。屍神としての力は、刃と氷。破壊力重視で、ガラスや鏡と違って応用は利きません。煉符の霧は、高速振動する氷の微粒子。触れると表皮を傷つけ、体内に侵入する。そして体を内側から破壊する。致命傷は与えられませんが、激痛を与えて動きを鈍らせることが出来ます」
黙って話を聞く霊夢。
能力がわかっても厄介な事に変わりは無い。
むしろ、より注意が必要だろう。
「レンズについての補足としては、物質は屈折できない。でも例外として、自分で創った物は屈折させる事が出来ます。鏡については、反射は当たり前として、移動に応用してます。『鏡面世界』と同じ原理です」
「今日は大サービスね」
「ええ、他にもスペルはありますからね。・・・・・これだけ教えたんですから『鏡面世界』程度は攻略してくださいよ」
「何とかするわ」
「期待してます」
羅刹は立ち上がり、空を仰ぐ。
雨脚は少しばかり大人しくなった。
「そろそろ帰ります」
「雨、降ってるわよ?」
「仕方ないことですよ」
「泊まる?」
「ふう・・・あなたは本当に・・・・・・」
羅刹は振り返り、右手をかざす。
それと共に現れる神の槍。その全てが霊夢に標準を合わせる。
「なぜ、一人で待ってたんですか?こうなる事は想像できた筈です」
「ええ、出来たわよ」
「なら、なぜ?」
霊夢は、目の前にあるガラスの錐に怯みもしない。
それが羅刹を苛立たせる。
「友達だから」
当たり前の様に答えた。
「あんたは、友達として会いに来ると言った。そして、あんたは友達を傷つけるような奴じゃない。それだけよ」
「理解に苦しみます」
「なら、なぜあなたは『歪んだ正義』から私と魔理沙を助けたの?」
「それは・・・・」
「見捨てる事も出来たはず。でもそれをしなかった・・・私達を助けた。それだけで確信できたわ」
羅刹の戦意喪失と共に神の槍が消える。
その表情に笑顔が浮かんでいるのは錯覚だろうか?
「あなたがそんな人じゃなかったら、ここで殺してたんですけどね」
「残念だったわね」
「ええ。でも僕は、あなたのそんな所が・・・・・・」
一拍開いた。
その間に響き渡る雨音。
「大嫌いです」
笑顔で言っても説得力は無い。
でも、なぜか笑ってしまう。
「明日、紅魔館の北にある渓谷に来てください。時間は夜の方がいいですね。その方が誰も巻き込みません」
「わかったわ、同じ時間でいいのね」
「はい」
霊夢に背を向ける羅刹。
「最後に一つ聞かせて・・・なんで能力の事を私に話したの?」
「そんな事、僕にも分かりませんよ。自分で考えてください」
そっけなく答え、空へと舞い上がる羅刹。
それを見送る霊夢。
「そう・・・またね(そんなことも分からないの?)」
「はい。さようなら(そんなことも分からないんですか?)」
((心のどこかで、止めて欲しいと思っているから))
ラストがんばって下さい。
いよいよクライマックスですねー頑張って下さいな
霊夢は『鏡面世界』を攻略出来るのか?
他のキャラたちはどう絡んでいくのか?
一戦を交えた先には一体何が待っているのか?
クライマックスを乞うご期待!
ってな感じですね(笑)。楽しみにしています。
正直最初は違和感あったのですが、今ではしっくり来てますね。
ラストに向けて頑張ってください。
あと主人公キャラとオリキャラの性格の描き方がうまいと思いました