昔々、あるところに一匹の子狐がいました。
子狐はとても好奇心が旺盛で、たびたび山から降りては人里で遊んでいました。
ある日、いつものように里に向かっていた時のこと。
ガチンという音がして、その場から動けなくなってしまいました。
大きな鉄のつめに足を挟まれてしまったのです。
子狐はつめをはずそうと必死になりましたが、どうしてもはずす事ができません。
そうしてもがいているうちに、挟まれた足が痛み始めました。
痛みと疲れで意識が朦朧としはじめた時、一人の男の子がやってきました。
男の子は小さな体に不釣合いな、とても長い刀を持っていました。
男の子はしばらくの間子狐を見つめていましたが、やがて刀をすらりと抜きました。
チリン…と、鈴の音が響きました。
男の子は刀を構えました。とても子供とは思えないほど、堂に入っています。
けれど、そんなことは子狐にはわかりません。逃げようにも体が動きません。
恐怖に身を硬くしました。
「破っ!」
一閃。
銀色の帯が目の前を通過しました。
綺麗だ…と、思いました。不思議と痛みはありませんでした。
それとも、もう痛みを感じるだけの力すら残っていなかったのでしょうか。
男の子は刀を振り切った姿勢のまま、ぴくりともしません。
その姿をぼんやりと目に映しながら、子狐の意識は途切れました。
どこかで、また鈴の音を聞いたような気がしました。
*** *** *** ***
ちゅんちゅんとスズメの鳴く声で目が覚めた。自分も朝は早いつもりだが、彼ら程ではない。
今し方見た夢に思いを馳せる。おかしな夢だった。内容はよく思い出せないが、不思議と一つだけ印象に残っていた。
「何で狐なんだか…。」
そう呟やいて、外に出た。早朝の風はひんやりとしていて気持ちがいい。
ここに居を構えたのは正解だったようだ。
井戸水で顔を洗うと、頭がすっきりとしてきた。
いつまでも夢の事を気に留めているわけにはいかない。やる事はいっぱいあるのだ。
最優先でやらなければならないのは・・・。
「ま、飯の支度か。」
腹が減っては戦はできないとは誰が言った言葉だろうか。全くそのとおりだと思う。
今日は仕事もある。しっかり食べておかなければ後々差し支えるだろう。
しかし、その前に・・・
ひょいと身を横に滑らせた。今まで自分がいた空間を何かが通過した。
再び移動。元居た場所に戻る。また、先ほどまでいた空間を何かが通過する。
「あーもうっ、よけるなっ。」
何か大きなものが走ってくる気配。ぎりぎりまで引きつけて身をかわすと、その何かは勢い余って井戸に突進していき、
「わ、わ……わーーーっ。」
…落ちた。ドボンと盛大な水音が響き渡る。
何をしたかったのかわからないが、とりあえず無視もできない。井戸に駆け寄る。バシャバシャという水音と、何かの声が聞こえる。
「暗いよー、冷たいよー、怖いよー、ふえーん。」
「おーい、誰だか知らないけど大丈夫か。」
「ふえーん、怖いよー、暗いよー、冷たいよー。」
駄目だ、聞こえてない。
つるべを降ろしてしっかりと固定し、綱をつたってするすると降りる。
件の何かは、何事か騒ぎながら水をかいでいる。これでよく溺れないものだ。
その手を掴んで、声をかける。
「おい、もう大丈夫だから落ちつ…」
「暗いよー、怖いよー、冷たいよー、ふえーん。」
ひと一人を抱えて綱を上るくらい、それこそ朝飯前のはずだった。抱えている人が暴れさえしなければ。
四苦八苦して井戸の外に出た。
改めて、『それ』を見た。
十五、六くらいの少女。白を基調とした丈の長い服を着て、真ん中に穴の開いた大きな布を首にかけている。
頭には根本から二つに分かれた、かわった帽子をかぶっている。
「で、結局何がしたかったんだ。」
「………。」
「黙ってたら何もわからないんだけどな。」
「………。」
彼女は、上目遣いにこちらを睨んでいた。何か彼女に恨まれるような事でもしたか。
考えてみても、何も思い浮かばない。それとも忘れているだけなんだろうか。
「どこかで会った事があったか。それとも単なる人違いか。」
「初めて。でも、人違いじゃない。」
「何だそりゃ。意味が…」
へくちっ。
彼女のくしゃみで台詞が途切れた。
「…まぁ、話は着替えて飯食ってからだな。」
彼女はコクコクと頷く。何か、厄介な事になりそうだ…。
・
・
・
騒動は遠慮などしてくれなかった。
着替えをめぐってひと悶着あり(服がかわいくないだの(そんな事知るか)絶対覗くなだの・・・ (誰が覗くか))、
食事を終えた頃には、お日様はすっかり高く上っていた。ようやく話が再開する。
「で、お前いったい何しに来たんだ。」
「知らない。」
「んじゃ、どっから来たんだ。道がわからないんなら送っていくけど。」
「知らない。」
「あのなぁ……じゃあ名前は。それくらいはいいだろ。」
「知らない。覚えてない。」
「そのへんにしとけよ。いくらなんでも怒るぜ。」
「ホントだもん。覚えてないんだもん。」
「じゃあ、何で俺に用があるってわかるんだ。初対面だろ。人違いじゃないのか。」
「わかんない。でも、間違いないもん。」
「…わかった、もういい。仕事があるから出てくる。」
そう言って立ち上がり、傍らに立てかけていた刀を手にする。
チリン…と、鈴が鳴った。
彼女は、はじかれた様に顔をあげる。
「やっぱり、間違いないもん。」
無視して戸をあける。出ようとすると軽い抵抗があった。振り向くと、彼女がうつむいて服の裾を掴んでいる。強く握って放さない。
「何だ。」
「何処に行くの。」
「仕事。」
「私も行く。」
「駄目だ。」
「行く。」
「駄目だ。危ない。」
「行くったら行く。」
「駄目ったら駄目だ。いいか、すぐに出ていけとは言わないから、ここで大人しく待ってろ。」
「帰ってくるの。」
「当り前だ。ここは俺の家なんだからな。」
彼女の力が僅かに緩んだ。その隙にすばやく出る。
「絶対帰ってきなさいよ! 嘘ついたら許さないんだからね。」
声が追ってきたが、それには応えずに走った。声が届かなくなるまで走って、ようやく立ち止まる。
「何なんだろうな、いったい。」
ふと刀を見た。幼い頃からの愛刀。
「お前なら、何か知ってるのかな。」
チリン…と、鈴が鳴った。
「まさか…な。何を考えてるんだか。さ、仕事だ仕事。」
*** *** *** ***
昔々、あるところに一匹の子狐がいました。
子狐はとても好奇心が旺盛で、たびたび山から降りては人里で遊んでいました。
ある日、子狐は人間の男の子に出会いました。
初めは警戒していましたが、すぐに懐きました。
彼に助けられた事がわかったからです。
子狐はずっと男の子にくっついていました。
朝も、昼も、夜眠る時も。
男の子はよく頭を撫でてくれました。少しくすぐったかったけど、子狐はそれが大好きでした。
男の子は時々、両親とともに刀を持って出かけました。
その時だけは、どんなについていこうとしても許してもらえませんでした。
子狐は賢かったので、言葉は分からなくても、なんとなく男の子の言いたいことはわかったのです。
そんな時、子狐は鈴の音が聞こえるのを待っていました。男の子が帰ってくる時には、鈴の音が必ず聞こえるからです。
男の子が両親と出かけたある日。
子狐はいつものように、男の子の帰りを待っていました。
けれど、男の子は帰ってきませんでした。
それでも、子狐はずっと待ち続けました。
鈴の音が聞こえるのを。
男の子が帰ってくるのを。
*** *** *** ***
「また狐か…。」
やはり細部ははっきりしないが、狐がいた事だけは覚えていた。二日連続で狐の夢を見るなど・・・まぁ、夢だから仕方ない。
隣で眠っている少女を見る。昨日の疲れが出たのか、それとも単に布団が気持ちいいのか、
すやすやと寝息を立てている彼女の顔は、とても安らかだ。
「まったく、本当に何を考えているんだか。」
・
・
・
昨夜、仕事から帰って戸を開けると、彼女はそれを待ち構えていたかのように拳をお見舞いしてきた。
咄嗟の事だったが、その程度の事で驚くような鍛え方はしていない。ひょいと避けると、彼女の額に手刀をお見舞いした。
ぺちっと、小気味のいい音が響く。
「あぅ…。」
「何なんだいったい。」
「何すんのよ、痛いじゃないっ。」
「それはこっちの台詞だぞ。」
「あんたが避けなければ、こんな事にはならないのよ。」
「へいへい、そうですか。」
構っていられない。腹もすいている事だし、とっとと夕飯の支度でもしなければ。そう思って居間に入って驚いた。
夕飯の支度ができている。ご飯も味噌汁も、少ないながらもおかずまで用意されていた。
「…これ、お前が作ったのか。」
「他に誰がいるってゆーの。」
そう言った彼女の声は、どことなく誇らしげであり、偉そうでもあった。
「驚いた? 驚いたなら、ありがたくいただきなさい。感謝を忘れないよーに。」
「驚いた。何か癪だが…いただきます。」
「いただきます。」
味噌汁を口に運ぶ。彼女はその様子をじっと見ていた。一口、味わうように飲んで椀を置く。
「どう。」
「…やられたよ。これはかなり入念に仕込まれた、見事な罠だな。」
「何言ってるの。こんなにおいしそうなのに。」
そう言って、彼女も味噌汁に手を伸ばした。
「あ、おい…。」
彼女の顔が情けなく歪んだ。どうやら罠ではなかったらしい。
「……味がないよぅ。」
「だしは入れたか。」
「何、それ。お味噌汁って、味噌だけ入れればいいんじゃないの。」
「あのなぁ。」
一事が万事この調子だった。彼女の料理には、どれも何かが抜けていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい…。」
そう繰り返す彼女の落ち込みようは、見ている方が痛々しくなってしまうほどだった。
そんな姿を見せられては、とても強くあたる事などできない。無論、もともとそんな事をする気はなかったが。
「気にするな。別に悪気があったわけじゃないんだろ。まぁ、今日のところは気持ちだけもらっておく。」
「でも、私…。」
それをあえて無視して立ち上がる。
「さてと、夕飯の作り直しだな。」
彼女がうつむいた。適当に間を取ってから付け足す。
「来るか。」
ばっと、顔をあげた。真っ赤な目に涙を浮かべている。いけね、やりすぎだったか。
「来いよ、料理なんてこれから覚えりゃいいんだ。」
呆けたようにこちらを見上げてくる。
「それとも、やめとくか。」
ぶんぶんと激しく首を振って立ち上がった。まだ目は赤かったが、これなら大丈夫だろう。
……それにしても。
夕飯を適当に片付けて、さて寝るかと思った時、もう一つ問題が生じた。
彼女が一緒に寝たいと言い出したのだ。さすがにこれには焦った。
どうにかこうにかなだめすかして、隣に布団を敷いて寝るという事で妥協した。
来客用の布団が有って良かった。無かったら、今日は布団無しで寝る羽目になっていただろう。
大騒ぎしていた彼女も、布団に入るとすぐに寝息をたて始めた。
そんな彼女を見ていたら、先ほど慌ててしまった事がはずかしく思われた。
多分彼女の言葉には深い意味など無かったのだろう。単に一緒の布団で寝たいだけという…
いや、だからといってそれを承知するわけにはいかないが。
……それにしても。
・
・
・
「それにしても、子供みたいな奴だな。」
昨日から考えていた事が口に出た。外見こそ十五、六だが、その中身は十かそこらの幼子のように思えた。
「う…ん。あれ、もう朝。」
「おはよう。起こしちまったかな。」
「ふぁ、おふぁよう。」
あくびと挨拶が混ざった。
「まず、顔洗って目を覚ませ。」
「ふぁい。」
寝ぼけ眼で外に出る彼女。何か不安だ。
胸騒ぎがして外に出ると、案の定、彼女は井戸に落ちかかっていた。
全力でダッシュして救出。二日連続で朝から水浴びなど冗談ではない。
水を汲んで、二人で顔を洗う。
「全く、勘弁してくれよ。そんなに井戸が好きなら、俺が居ない時にやってくれ。」
こちらの言葉に耳を貸さず、彼女は何事か考えていた。
「おーい、聞いてんの…」
「そう、思い出したっ。」
ぱんっと手を打って彼女が叫んだ。
「おどかすな。いったい何を思い出したんだ。」
「藍。私の名前。八雲藍。どう。」
「どうって言われてもな。」
「いい名前でしょ。言葉の響きとかすごく綺麗だし。」
「そうだな。お前にゃもったいないくらいだ。」
「む、どういう意味よ。」
「そのまんまの意味だが。」
「むっか。これでもくらえっ。」
彼女…藍が拳を繰り出した。はっきり言おう。予想通りだ。
軽くかわして、彼女の額に手刀を打ち込む。
ぺちっと、小気味のいい音が響いた。
「あぅ…。」
「まだまだ甘いな。十年早い。」
「くっそ~。絶対一発殴ってやる。」
「おう、まぁがんばれ。」
そう言って家に戻る。彼女もついて来たが……
ドテっと鈍い音がした。
「何やってんだお前。」
「おっかしいな。なんか足がもつれちゃって。」
*** *** *** ***
昔々、あるところに一匹の子狐がいました。
子狐は、ずっと男の子の帰りを待っていました。
けれども、どれだけ待っても男の子は帰ってきませんでした。
子狐は、誰も帰ってこなくなった家を出ました。
もう、待つのは嫌でした。
探しにいこう。絶対見つけて、また一緒に遊ぶの…。
*** *** *** ***
「また…か。」
藍と出会ってからしばらく経っていた。
このところ、よく狐の夢を見る。相変わらず靄がかかったようで、起きるとよく覚えていない。
藍は何時の間にか、それなりに家事をこなすようになっていた。
こちらに向かって、いきなり殴りかかってくる事は無くなった。かわりにいろいろと手の込んだ悪戯を仕掛けてくるようになったが。
そして、なぜかよく転ぶようになった。特に何も無いようなところでだ。
体調が悪いのかと心配したが、そんな事はないと言い張るばかりだった。
「まったく、何で俺があいつの心配してるんだろうな。」
自分で言っておいて苦笑する。理由など考えるまでもなかった。口には出さないが。
藍と朝食をとり、仕事に出かける。
彼女はいつもついて来たがったが、それは断った。危険である事は本当だったからだ。
妖怪退治など、そうそう生業にできることではない。
いくら幻想郷の人間がそれなりに強いとは言え、それはあくまでも、妖怪と戦えないことはないという程度。
まして、高位の妖怪や、徒党を組んだ相手となってはかなり分が悪い。
そして自分が相手をしているのは、主にそういう者たちであった。
依頼主の屋敷に着いた。
高台から見渡した一帯全てがその家の敷地だというのだから、なんとも広大な屋敷である。
門をぬけるとそこにはずっと道が伸びていた。真っ直ぐ行けば着くとは言われたものの、目を凝らしても建物らしきものは見えない。
まぁ、のんびりいくか。と思いつつ、辺りを見回す。
道の両脇には、いや、それだけではなく、敷地のいたるところに桜の木が植えられていた。
一体どれほどあるのだろうか。残念ながらこの季節では花はおろか、葉っぱすら見られないが、
後二月もすれば、それは見事な桜が見られるだろうと思う。
その時には藍もつれて来ようか。などと考えた。
とはいえ、仕事ででもなければそうそう来られるようなところではなさそうだが。
とりとめのないことを考えながら歩いていると、反対側から誰かが歩いてきた。
淡い水色を下地に、桜の花をあしらった着物。
まだ幼いといっていい少女だが、その佇まいには見るものを惹きつける優雅さがあった。
けれどそれ以上に…儚げに見えるのはどうしてなのだろう。
彼女は目の前で立ち止まると、詩を詠むかのような伸びやかな声で言った。
「本日おこしになるお客様というのは、あなたでしょうか。」
「はい。あなたはこの家の方ですか。」
「はい。西行寺幽々子と申します。本日は両親が不在のため、この館を取り仕切らせて頂いております。
両親は、お呼び立て申し上げながら不在である事を深くお詫びする、と申しておりました。」
「いえ、何かと忙しい御身なのでしょう。気にしてはいませんよ。」
「そう言っていただければ助かります。では、こちらへ。」
・
・
・
帰り際に、幽々子と名乗った少女が話し掛けてきた。
「失礼ですが、あなたには死の匂いを感じます。」
「…どういう事でしょうか。」
「私は、誰よりも死に近いところに存在しております。それゆえ、死というものを感じ取る事ができるのです。」
「私が、近いうちに死ぬと?」
「いえ、あなたご本人の事ではないようです。あなたにまつわる誰か。お心当たりはございませんか。」
「…いえ。」
「そうですか。不躾な事を言って申し訳ありません。」
「いいんですよ。気になさらないで下さい。そろそろ失礼致します。日が傾いてまいりましたので。」
「ごきげんよう。いつでも遊びにいらして下さい。西行寺はあなたを歓迎します。」
*** *** *** ***
昔々、あるところに一匹の子狐がいました。
いえ、子狐は成長して、今では立派な大人の狐でした。
狐はずっと男の子を探し続けていました。
仲間の狐からは変な目で見られる事もありましたが、気にはなりませんでした。
しかし、どれだけ探しても見つかりませんでした。
ある日、狐は怪我をしました。
誰かのちょっとした縄張り争いが、辺り一帯の大騒動に発展したのです。
狐には関係のない事でしたが、巻き込まれてしまいました。
怪我は相当に深いものでした。何とか巣に戻ったものの、そこで力尽きました。
薄れゆく意識の中で、男の子のことを考えていました。
会いたいな。もう一度だけでもいい。遊べなくてもいい。わからなくてもいい。
会いたい。
会いたいよ……。
*** *** *** ***
「っく・・・はぁ、はぁ。」
寝汗がひどい。だいぶうなされていた様だ。
今日の夢。まだぼんやりとではあるけれど、少しずつ輪郭がつかめるようになってきた。
けれど、今ではそれが怖い。夢がはっきりとした時に、全てが壊れてしまいそうで…。
藍の調子はよくなかった。転ぶ事はますます増え、せっかく覚えた料理もできなくなっていた。
子供のような仕草はひどくなる一方だった。
言葉もだんだんと怪しくなり、あれほど騒がしかったのが嘘のように、今の藍は静かだった。
何かを言おうとしても、すぐに口篭ってしまう。上手く言葉が出てこないようだ。
それでも、身振り手振りを交えて何とか伝えようとする藍。
そんな彼女を直視する事はつらかった。けれど、目を背けるわけにはいかなかった。
彼女が頼れるのは、俺しかいないのだから。
でも、こんな時、俺はいったい誰を頼ればいいのだろう。
・
・
・
「こんなに早く、訪ねる事になるとはな。」
そう呟いて、門をたたいた。ゆっくりと門が開く。既に話は通っているようだ。
花も葉もない、寒々しい桜の回廊を抜けていく。
しばらく歩くと、彼女がいた。
「お久しぶりです。幽々子様。」
「ええ。そろそろおいでになる頃だと思っておりました。」
「あなたは、全てお見通しだったのですね。」
「全て、というわけではありません。それでも、何かを感じる時があるのです。不思議ですね。」
そう言って幽々子は小さく笑った。
それは、如何ともしがたい現実を、必死に受け入れようとしている者の笑み。
唐突に悟った。彼女は誰よりも多くの死に・・・死者の魂とでも言うべきものに触れているのだと。
中には、彼女の大事な者もいたかもしれない。
死に逝く魂に触れる事が、どれだけ幼い少女の心を抉っているのだろうか。
「幽々子様。あなたの感じた事、話していただけますか。」
「はい。では、こちらへどうぞ。」
*** *** *** ***
昔々、あるところに一匹の子狐がいました。
いえ、かつて子狐だったその狐は、今、最後の時を迎えようとしていました。
その先は、魂の旅立ち。
此処ではない何処かへ。現在ではない何時かへ。
しかし、狐はまだ此処に留まっていました。
会いたいという、その一心で。
チリン…と、鈴の音が響きました。
狐は空ろな目を開きました。
鈴の持ち主を求めて。男の子の姿を求めて。
そこに男の子はいませんでした。
いたのは、会った事の無い一人の少女。
目を閉じた狐に、少女は話し掛けました。
「あなたがそんなにも会いたがっているのは誰。」
狐は、少しだけ目を開きました。
「ああ、しゃべらなくてもいいの。想うだけで私には届くわ。ここはそういう所だから。」
(………)
「そう。」
(………)
「そんなことがね…。」
(………)
「会いたい?」
(………)
「できるわ。けれど、それには大きな代償が必要になる。」
(………)
「これは生と死の境界を越えること。けれど長くは持たない。生命としての在り方として不自然だから。」
(………)
「人の姿をしたあなたに、彼は気付かないかもしれない。」
(………)
「あなたは、今までの記憶のほとんどを失う。会うことができても、どうして会いたかったのかは思い出せない。」
(………)
「そう。なら、もう止めない。いってらっしゃい。もう、やり方はわかっているはず。」
(………)
「いいのよ、これは私の気まぐれ。そうね、あなたにもう一つプレゼントをするわ。」
(………)
「あなたの名前。もし覚えていることができたならば使いなさい。」
(………)
「藍。あなたの名前は…『八雲 藍』。」
*** *** *** ***
「…………………」
幽々子が手配した乗り物のなかで、全てを理解した。
幽々子は全てを語り、最後に、家に着くまでもう一度だけ寝てみなさいと言った。それで全てわかるだろうから、と。
今見た夢も、今まで見てきた夢も、全て思い出した。
どうして、今まで気付かなかったのか。
どうして、思い出してやれなかったのか。
どうして、
どうして…。
家に着いた。礼もそこそこに藍を探した。
居間にはいない。台所にもいない。寝室?
「藍、いるのか。」
寝室にも彼女の姿は無かった。
なぜ? 決まっている。俺を探しに外に出たのだ。
「くそ、どこだ。何処に行く。」
あいつなら、藍なら何処へ…。
「そういえば、この辺りは…。」
ふと気付く。ここは、かつて暮らしていた場所とそれほど離れていない。
故郷に程近いこの場所。それなら、もしかして。
走った。初めて藍と出会ったあの草原へ。
・
・
・
チリン…と、鈴の音が響く。
それを耳にした少女が、ゆっくりと振り返った。
「藍。」
一歩、彼女に近づく。
「藍、ごめんな。」
また一歩、また一歩。
「ごめんな、気付いてやれなくて。」
最後の一歩。
「ごめんな、帰ってやれなくて。本当に、ごめんな。」
肌身離さず持っていた刀が地に落ちる。
チリン…と、また鈴の音が響いた。
空ろだった藍の目に、少しだけ光が戻った。
斜め下からこちらを見上げる。
かつて、そうしていたように。
「見つけた。見つけたよ。」
「ああ。」
「何で帰ってきてくれなかったの。」
「ごめんな。ほんとに、ごめんな…。」
「待ってたんだよ…。」
「ごめんな…。」
「会いたかったんだよ………ばか。」
胸に顔をうずめて、彼女は静かに泣いた。
ずっと待ち焦がれた瞬間が、ずっと積み重ねてきた全ての想いが、
今…。
・
・
・
どれだけの間そうしていたのだろうか。
日は既に傾いて、草原と空を赤く染めている。
時折吹く風が、二人を包むように流れていった。
二人は、幼い時の二人に戻っていた。
いつも一緒だった二人に。
いつも遊んだ二人に。
誰よりも素直になりあえた二人に。
藍の肩を軽く押した。
彼女の体が離れる。
不思議そうな、けれどとても安らかな表情でこちらを見上げた。
「結婚しようか、藍。」
「けっこん? なぁに、それ。」
「一番好きな人と、ずっと一緒にいる事、かな。」
「じゃあ、する。けっこんする。」
「じゃ、ちょっと帽子を取ってくれないかな。」
「なんで。」
「いいから。」
「うん。」
懐から大事にたたまれた一枚の布を取り出す。
それを広げて、藍の頭にそっとのせた。
風に吹かれてひらひらと揺れる、透き通るように白いヴェール。
「こんなものしか、用意できなかったけど。」
「わぁ、きれい。なぁに、これ。」
「お嫁さんが結婚式でかぶるもの。」
「わたし、およめさん…。」
「そうだよ。」
「えへへ。およめさん、およめさん。」
見守る者は地平に沈みかけた太陽と、山際から昇り始めた月。
神父もいない、二人だけの結婚式。
「汝…ええと、あなたは私とずっと一緒にいたいですか。」
「はい。」
「あなたは八雲藍とずっと一緒にいることを誓いますか…………誓います。
…………それでは、誓いのキスを。」
二人が向き合う。
にこっとした無垢な笑顔。
「藍、目を瞑って。」
「なに、するの。」
「大事なこと。」
二人の時間が止まる。
永遠に等しい一瞬。
それを破ったのは、一際強く吹いた風。
「あっ…。」
手を伸ばすが、あと少しのところで間に合わなかった。
ヴェールが風に乗って、何処へかと飛び去った。
「あぅ…。」
「いいんだ。」
「でも…。」
「いいんだよ、俺には藍がいるから。」
そういって、草原に腰を下ろす。
「おいで、藍。」
「うん。」
彼女も座って、こちらに背を預ける。
藍の頭をそっと撫でる。
子供の頃に、いつもそうしていたように。
「あぅ、くすぐったい。」
「嫌?」
「…ううん、もっとなでて。」
「ああ。」
藍の目が少しずつ光を失う。
時間が……来たのだ。
「どうした、藍。眠いのか。」
「………」
「寝るなよ、まだ、寝るには早いぞ。」
「……あ…ぅ」
「そうだ、また一緒に遊ぶんだろ。」
「………」
「返事しろよ。」
「………」
「返事しろよ、藍。」
「………」
「藍………。」
藍の体が少しずつ、少しずつ、薄くなっていく。
霧が少しずつ晴れていくように。
儚い幻想が消えていくのように。
一時の夢が、終わりを告げた。
あの好奇心に満ちた目も、この手に感じた確かな重みも、最後に見せた無垢な笑顔も・・・
もう、この手には届かない。
誰もいなくなった草原で、一人呟く。
「もし、生まれ変わる事があったら、
今度こそ、誰かと…幸せに………。」
*** *** *** ***
「・・さま、・・さま。もう、藍さまってば。」
「え、あぁ、橙。」
「あぁじゃないですよ。お掃除サボっちゃ駄目です。」
「すまん。眠ってしまったらしい。」
「藍さまが居眠りするのなんて初めて見ました。ってあれ、泣いてるんですか。」
橙の言葉を聞いて鏡を見ると、確かに一筋の涙の痕があった。
「いや・・・おかしいな。こんなこと、今までなかったんだが。」
「ああ、そうそう。こんなものが出て来たんですけど。」
そう言って、何かの包みを差し出した。開けていいかと聞くので頷く。
「うわ、綺麗ですね。なんなんですか、これ。」
「それはヴェールといって、結婚式の時に花嫁がかぶるものだ。」
「結婚ってなんです。」
「好きな人同士が一緒になる事だ。」
「ふーん。」
「しかし・・・。」
何でこんなものが此処にあるのだろう。
そんな思考を打ち消したのは、橙の無邪気な声だった。
「だったら、私藍さまと結婚するっ。」
「な、いや、ちょっと待て。」
「う、嫌なんですか。藍さま、私のこと嫌いですか。」
「いや、違う。そうじゃなくてだな・・・」
「ふえ~ん。藍さまに嫌われたぁ~っ。」
そう言って走り回る橙。
「ええい、人の話を聞け。」
それを追いかける藍。
「あらあら、楽しそうね。私も混ぜてくれない。」
主人が眠そうな顔で起きてきた。
「紫様。すみません。散らかったままで。」
「あ、紫さま。藍さまったら、居眠りしてたんですよ。」
「うぁ、こら橙、余計な事を言うな。」
「あら、珍しい事・・・なのかしら。私の方がいつも寝てるから、よくわかんないわ。」
「申し訳ありません。」
「まぁ、たまにはいいんじゃない。それより、懐かしい物があるわね。」
「懐かしいもの・・・コレ?」
「橙。紫様には敬語を使えとあれほど。」
「硬い事言わないの。そうね、それの事よ。」
「ご存知なのですか。」
「ええ、よーく知ってるわ。聞きたい?」
「聞きたいっ。」
「いや、何か嫌な予感が。」
「あら、橙は素直ね。藍も昔はこんなだったのに。」
「紫様っ。」
困っているようにも、けれど、とても楽しそうにも見える。
騒がしい毎日ではあるが、藍は今、確かに幸せなのだった。
「全く、あいつも今ごろ何処をほっつき歩いてるんだか。」
「何のことです。」
「え、あぁ、こっちの事よ。それじゃ始めましょうか。ある狐と、人間のお話。」
子狐はとても好奇心が旺盛で、たびたび山から降りては人里で遊んでいました。
ある日、いつものように里に向かっていた時のこと。
ガチンという音がして、その場から動けなくなってしまいました。
大きな鉄のつめに足を挟まれてしまったのです。
子狐はつめをはずそうと必死になりましたが、どうしてもはずす事ができません。
そうしてもがいているうちに、挟まれた足が痛み始めました。
痛みと疲れで意識が朦朧としはじめた時、一人の男の子がやってきました。
男の子は小さな体に不釣合いな、とても長い刀を持っていました。
男の子はしばらくの間子狐を見つめていましたが、やがて刀をすらりと抜きました。
チリン…と、鈴の音が響きました。
男の子は刀を構えました。とても子供とは思えないほど、堂に入っています。
けれど、そんなことは子狐にはわかりません。逃げようにも体が動きません。
恐怖に身を硬くしました。
「破っ!」
一閃。
銀色の帯が目の前を通過しました。
綺麗だ…と、思いました。不思議と痛みはありませんでした。
それとも、もう痛みを感じるだけの力すら残っていなかったのでしょうか。
男の子は刀を振り切った姿勢のまま、ぴくりともしません。
その姿をぼんやりと目に映しながら、子狐の意識は途切れました。
どこかで、また鈴の音を聞いたような気がしました。
*** *** *** ***
ちゅんちゅんとスズメの鳴く声で目が覚めた。自分も朝は早いつもりだが、彼ら程ではない。
今し方見た夢に思いを馳せる。おかしな夢だった。内容はよく思い出せないが、不思議と一つだけ印象に残っていた。
「何で狐なんだか…。」
そう呟やいて、外に出た。早朝の風はひんやりとしていて気持ちがいい。
ここに居を構えたのは正解だったようだ。
井戸水で顔を洗うと、頭がすっきりとしてきた。
いつまでも夢の事を気に留めているわけにはいかない。やる事はいっぱいあるのだ。
最優先でやらなければならないのは・・・。
「ま、飯の支度か。」
腹が減っては戦はできないとは誰が言った言葉だろうか。全くそのとおりだと思う。
今日は仕事もある。しっかり食べておかなければ後々差し支えるだろう。
しかし、その前に・・・
ひょいと身を横に滑らせた。今まで自分がいた空間を何かが通過した。
再び移動。元居た場所に戻る。また、先ほどまでいた空間を何かが通過する。
「あーもうっ、よけるなっ。」
何か大きなものが走ってくる気配。ぎりぎりまで引きつけて身をかわすと、その何かは勢い余って井戸に突進していき、
「わ、わ……わーーーっ。」
…落ちた。ドボンと盛大な水音が響き渡る。
何をしたかったのかわからないが、とりあえず無視もできない。井戸に駆け寄る。バシャバシャという水音と、何かの声が聞こえる。
「暗いよー、冷たいよー、怖いよー、ふえーん。」
「おーい、誰だか知らないけど大丈夫か。」
「ふえーん、怖いよー、暗いよー、冷たいよー。」
駄目だ、聞こえてない。
つるべを降ろしてしっかりと固定し、綱をつたってするすると降りる。
件の何かは、何事か騒ぎながら水をかいでいる。これでよく溺れないものだ。
その手を掴んで、声をかける。
「おい、もう大丈夫だから落ちつ…」
「暗いよー、怖いよー、冷たいよー、ふえーん。」
ひと一人を抱えて綱を上るくらい、それこそ朝飯前のはずだった。抱えている人が暴れさえしなければ。
四苦八苦して井戸の外に出た。
改めて、『それ』を見た。
十五、六くらいの少女。白を基調とした丈の長い服を着て、真ん中に穴の開いた大きな布を首にかけている。
頭には根本から二つに分かれた、かわった帽子をかぶっている。
「で、結局何がしたかったんだ。」
「………。」
「黙ってたら何もわからないんだけどな。」
「………。」
彼女は、上目遣いにこちらを睨んでいた。何か彼女に恨まれるような事でもしたか。
考えてみても、何も思い浮かばない。それとも忘れているだけなんだろうか。
「どこかで会った事があったか。それとも単なる人違いか。」
「初めて。でも、人違いじゃない。」
「何だそりゃ。意味が…」
へくちっ。
彼女のくしゃみで台詞が途切れた。
「…まぁ、話は着替えて飯食ってからだな。」
彼女はコクコクと頷く。何か、厄介な事になりそうだ…。
・
・
・
騒動は遠慮などしてくれなかった。
着替えをめぐってひと悶着あり(服がかわいくないだの(そんな事知るか)絶対覗くなだの・・・ (誰が覗くか))、
食事を終えた頃には、お日様はすっかり高く上っていた。ようやく話が再開する。
「で、お前いったい何しに来たんだ。」
「知らない。」
「んじゃ、どっから来たんだ。道がわからないんなら送っていくけど。」
「知らない。」
「あのなぁ……じゃあ名前は。それくらいはいいだろ。」
「知らない。覚えてない。」
「そのへんにしとけよ。いくらなんでも怒るぜ。」
「ホントだもん。覚えてないんだもん。」
「じゃあ、何で俺に用があるってわかるんだ。初対面だろ。人違いじゃないのか。」
「わかんない。でも、間違いないもん。」
「…わかった、もういい。仕事があるから出てくる。」
そう言って立ち上がり、傍らに立てかけていた刀を手にする。
チリン…と、鈴が鳴った。
彼女は、はじかれた様に顔をあげる。
「やっぱり、間違いないもん。」
無視して戸をあける。出ようとすると軽い抵抗があった。振り向くと、彼女がうつむいて服の裾を掴んでいる。強く握って放さない。
「何だ。」
「何処に行くの。」
「仕事。」
「私も行く。」
「駄目だ。」
「行く。」
「駄目だ。危ない。」
「行くったら行く。」
「駄目ったら駄目だ。いいか、すぐに出ていけとは言わないから、ここで大人しく待ってろ。」
「帰ってくるの。」
「当り前だ。ここは俺の家なんだからな。」
彼女の力が僅かに緩んだ。その隙にすばやく出る。
「絶対帰ってきなさいよ! 嘘ついたら許さないんだからね。」
声が追ってきたが、それには応えずに走った。声が届かなくなるまで走って、ようやく立ち止まる。
「何なんだろうな、いったい。」
ふと刀を見た。幼い頃からの愛刀。
「お前なら、何か知ってるのかな。」
チリン…と、鈴が鳴った。
「まさか…な。何を考えてるんだか。さ、仕事だ仕事。」
*** *** *** ***
昔々、あるところに一匹の子狐がいました。
子狐はとても好奇心が旺盛で、たびたび山から降りては人里で遊んでいました。
ある日、子狐は人間の男の子に出会いました。
初めは警戒していましたが、すぐに懐きました。
彼に助けられた事がわかったからです。
子狐はずっと男の子にくっついていました。
朝も、昼も、夜眠る時も。
男の子はよく頭を撫でてくれました。少しくすぐったかったけど、子狐はそれが大好きでした。
男の子は時々、両親とともに刀を持って出かけました。
その時だけは、どんなについていこうとしても許してもらえませんでした。
子狐は賢かったので、言葉は分からなくても、なんとなく男の子の言いたいことはわかったのです。
そんな時、子狐は鈴の音が聞こえるのを待っていました。男の子が帰ってくる時には、鈴の音が必ず聞こえるからです。
男の子が両親と出かけたある日。
子狐はいつものように、男の子の帰りを待っていました。
けれど、男の子は帰ってきませんでした。
それでも、子狐はずっと待ち続けました。
鈴の音が聞こえるのを。
男の子が帰ってくるのを。
*** *** *** ***
「また狐か…。」
やはり細部ははっきりしないが、狐がいた事だけは覚えていた。二日連続で狐の夢を見るなど・・・まぁ、夢だから仕方ない。
隣で眠っている少女を見る。昨日の疲れが出たのか、それとも単に布団が気持ちいいのか、
すやすやと寝息を立てている彼女の顔は、とても安らかだ。
「まったく、本当に何を考えているんだか。」
・
・
・
昨夜、仕事から帰って戸を開けると、彼女はそれを待ち構えていたかのように拳をお見舞いしてきた。
咄嗟の事だったが、その程度の事で驚くような鍛え方はしていない。ひょいと避けると、彼女の額に手刀をお見舞いした。
ぺちっと、小気味のいい音が響く。
「あぅ…。」
「何なんだいったい。」
「何すんのよ、痛いじゃないっ。」
「それはこっちの台詞だぞ。」
「あんたが避けなければ、こんな事にはならないのよ。」
「へいへい、そうですか。」
構っていられない。腹もすいている事だし、とっとと夕飯の支度でもしなければ。そう思って居間に入って驚いた。
夕飯の支度ができている。ご飯も味噌汁も、少ないながらもおかずまで用意されていた。
「…これ、お前が作ったのか。」
「他に誰がいるってゆーの。」
そう言った彼女の声は、どことなく誇らしげであり、偉そうでもあった。
「驚いた? 驚いたなら、ありがたくいただきなさい。感謝を忘れないよーに。」
「驚いた。何か癪だが…いただきます。」
「いただきます。」
味噌汁を口に運ぶ。彼女はその様子をじっと見ていた。一口、味わうように飲んで椀を置く。
「どう。」
「…やられたよ。これはかなり入念に仕込まれた、見事な罠だな。」
「何言ってるの。こんなにおいしそうなのに。」
そう言って、彼女も味噌汁に手を伸ばした。
「あ、おい…。」
彼女の顔が情けなく歪んだ。どうやら罠ではなかったらしい。
「……味がないよぅ。」
「だしは入れたか。」
「何、それ。お味噌汁って、味噌だけ入れればいいんじゃないの。」
「あのなぁ。」
一事が万事この調子だった。彼女の料理には、どれも何かが抜けていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい…。」
そう繰り返す彼女の落ち込みようは、見ている方が痛々しくなってしまうほどだった。
そんな姿を見せられては、とても強くあたる事などできない。無論、もともとそんな事をする気はなかったが。
「気にするな。別に悪気があったわけじゃないんだろ。まぁ、今日のところは気持ちだけもらっておく。」
「でも、私…。」
それをあえて無視して立ち上がる。
「さてと、夕飯の作り直しだな。」
彼女がうつむいた。適当に間を取ってから付け足す。
「来るか。」
ばっと、顔をあげた。真っ赤な目に涙を浮かべている。いけね、やりすぎだったか。
「来いよ、料理なんてこれから覚えりゃいいんだ。」
呆けたようにこちらを見上げてくる。
「それとも、やめとくか。」
ぶんぶんと激しく首を振って立ち上がった。まだ目は赤かったが、これなら大丈夫だろう。
……それにしても。
夕飯を適当に片付けて、さて寝るかと思った時、もう一つ問題が生じた。
彼女が一緒に寝たいと言い出したのだ。さすがにこれには焦った。
どうにかこうにかなだめすかして、隣に布団を敷いて寝るという事で妥協した。
来客用の布団が有って良かった。無かったら、今日は布団無しで寝る羽目になっていただろう。
大騒ぎしていた彼女も、布団に入るとすぐに寝息をたて始めた。
そんな彼女を見ていたら、先ほど慌ててしまった事がはずかしく思われた。
多分彼女の言葉には深い意味など無かったのだろう。単に一緒の布団で寝たいだけという…
いや、だからといってそれを承知するわけにはいかないが。
……それにしても。
・
・
・
「それにしても、子供みたいな奴だな。」
昨日から考えていた事が口に出た。外見こそ十五、六だが、その中身は十かそこらの幼子のように思えた。
「う…ん。あれ、もう朝。」
「おはよう。起こしちまったかな。」
「ふぁ、おふぁよう。」
あくびと挨拶が混ざった。
「まず、顔洗って目を覚ませ。」
「ふぁい。」
寝ぼけ眼で外に出る彼女。何か不安だ。
胸騒ぎがして外に出ると、案の定、彼女は井戸に落ちかかっていた。
全力でダッシュして救出。二日連続で朝から水浴びなど冗談ではない。
水を汲んで、二人で顔を洗う。
「全く、勘弁してくれよ。そんなに井戸が好きなら、俺が居ない時にやってくれ。」
こちらの言葉に耳を貸さず、彼女は何事か考えていた。
「おーい、聞いてんの…」
「そう、思い出したっ。」
ぱんっと手を打って彼女が叫んだ。
「おどかすな。いったい何を思い出したんだ。」
「藍。私の名前。八雲藍。どう。」
「どうって言われてもな。」
「いい名前でしょ。言葉の響きとかすごく綺麗だし。」
「そうだな。お前にゃもったいないくらいだ。」
「む、どういう意味よ。」
「そのまんまの意味だが。」
「むっか。これでもくらえっ。」
彼女…藍が拳を繰り出した。はっきり言おう。予想通りだ。
軽くかわして、彼女の額に手刀を打ち込む。
ぺちっと、小気味のいい音が響いた。
「あぅ…。」
「まだまだ甘いな。十年早い。」
「くっそ~。絶対一発殴ってやる。」
「おう、まぁがんばれ。」
そう言って家に戻る。彼女もついて来たが……
ドテっと鈍い音がした。
「何やってんだお前。」
「おっかしいな。なんか足がもつれちゃって。」
*** *** *** ***
昔々、あるところに一匹の子狐がいました。
子狐は、ずっと男の子の帰りを待っていました。
けれども、どれだけ待っても男の子は帰ってきませんでした。
子狐は、誰も帰ってこなくなった家を出ました。
もう、待つのは嫌でした。
探しにいこう。絶対見つけて、また一緒に遊ぶの…。
*** *** *** ***
「また…か。」
藍と出会ってからしばらく経っていた。
このところ、よく狐の夢を見る。相変わらず靄がかかったようで、起きるとよく覚えていない。
藍は何時の間にか、それなりに家事をこなすようになっていた。
こちらに向かって、いきなり殴りかかってくる事は無くなった。かわりにいろいろと手の込んだ悪戯を仕掛けてくるようになったが。
そして、なぜかよく転ぶようになった。特に何も無いようなところでだ。
体調が悪いのかと心配したが、そんな事はないと言い張るばかりだった。
「まったく、何で俺があいつの心配してるんだろうな。」
自分で言っておいて苦笑する。理由など考えるまでもなかった。口には出さないが。
藍と朝食をとり、仕事に出かける。
彼女はいつもついて来たがったが、それは断った。危険である事は本当だったからだ。
妖怪退治など、そうそう生業にできることではない。
いくら幻想郷の人間がそれなりに強いとは言え、それはあくまでも、妖怪と戦えないことはないという程度。
まして、高位の妖怪や、徒党を組んだ相手となってはかなり分が悪い。
そして自分が相手をしているのは、主にそういう者たちであった。
依頼主の屋敷に着いた。
高台から見渡した一帯全てがその家の敷地だというのだから、なんとも広大な屋敷である。
門をぬけるとそこにはずっと道が伸びていた。真っ直ぐ行けば着くとは言われたものの、目を凝らしても建物らしきものは見えない。
まぁ、のんびりいくか。と思いつつ、辺りを見回す。
道の両脇には、いや、それだけではなく、敷地のいたるところに桜の木が植えられていた。
一体どれほどあるのだろうか。残念ながらこの季節では花はおろか、葉っぱすら見られないが、
後二月もすれば、それは見事な桜が見られるだろうと思う。
その時には藍もつれて来ようか。などと考えた。
とはいえ、仕事ででもなければそうそう来られるようなところではなさそうだが。
とりとめのないことを考えながら歩いていると、反対側から誰かが歩いてきた。
淡い水色を下地に、桜の花をあしらった着物。
まだ幼いといっていい少女だが、その佇まいには見るものを惹きつける優雅さがあった。
けれどそれ以上に…儚げに見えるのはどうしてなのだろう。
彼女は目の前で立ち止まると、詩を詠むかのような伸びやかな声で言った。
「本日おこしになるお客様というのは、あなたでしょうか。」
「はい。あなたはこの家の方ですか。」
「はい。西行寺幽々子と申します。本日は両親が不在のため、この館を取り仕切らせて頂いております。
両親は、お呼び立て申し上げながら不在である事を深くお詫びする、と申しておりました。」
「いえ、何かと忙しい御身なのでしょう。気にしてはいませんよ。」
「そう言っていただければ助かります。では、こちらへ。」
・
・
・
帰り際に、幽々子と名乗った少女が話し掛けてきた。
「失礼ですが、あなたには死の匂いを感じます。」
「…どういう事でしょうか。」
「私は、誰よりも死に近いところに存在しております。それゆえ、死というものを感じ取る事ができるのです。」
「私が、近いうちに死ぬと?」
「いえ、あなたご本人の事ではないようです。あなたにまつわる誰か。お心当たりはございませんか。」
「…いえ。」
「そうですか。不躾な事を言って申し訳ありません。」
「いいんですよ。気になさらないで下さい。そろそろ失礼致します。日が傾いてまいりましたので。」
「ごきげんよう。いつでも遊びにいらして下さい。西行寺はあなたを歓迎します。」
*** *** *** ***
昔々、あるところに一匹の子狐がいました。
いえ、子狐は成長して、今では立派な大人の狐でした。
狐はずっと男の子を探し続けていました。
仲間の狐からは変な目で見られる事もありましたが、気にはなりませんでした。
しかし、どれだけ探しても見つかりませんでした。
ある日、狐は怪我をしました。
誰かのちょっとした縄張り争いが、辺り一帯の大騒動に発展したのです。
狐には関係のない事でしたが、巻き込まれてしまいました。
怪我は相当に深いものでした。何とか巣に戻ったものの、そこで力尽きました。
薄れゆく意識の中で、男の子のことを考えていました。
会いたいな。もう一度だけでもいい。遊べなくてもいい。わからなくてもいい。
会いたい。
会いたいよ……。
*** *** *** ***
「っく・・・はぁ、はぁ。」
寝汗がひどい。だいぶうなされていた様だ。
今日の夢。まだぼんやりとではあるけれど、少しずつ輪郭がつかめるようになってきた。
けれど、今ではそれが怖い。夢がはっきりとした時に、全てが壊れてしまいそうで…。
藍の調子はよくなかった。転ぶ事はますます増え、せっかく覚えた料理もできなくなっていた。
子供のような仕草はひどくなる一方だった。
言葉もだんだんと怪しくなり、あれほど騒がしかったのが嘘のように、今の藍は静かだった。
何かを言おうとしても、すぐに口篭ってしまう。上手く言葉が出てこないようだ。
それでも、身振り手振りを交えて何とか伝えようとする藍。
そんな彼女を直視する事はつらかった。けれど、目を背けるわけにはいかなかった。
彼女が頼れるのは、俺しかいないのだから。
でも、こんな時、俺はいったい誰を頼ればいいのだろう。
・
・
・
「こんなに早く、訪ねる事になるとはな。」
そう呟いて、門をたたいた。ゆっくりと門が開く。既に話は通っているようだ。
花も葉もない、寒々しい桜の回廊を抜けていく。
しばらく歩くと、彼女がいた。
「お久しぶりです。幽々子様。」
「ええ。そろそろおいでになる頃だと思っておりました。」
「あなたは、全てお見通しだったのですね。」
「全て、というわけではありません。それでも、何かを感じる時があるのです。不思議ですね。」
そう言って幽々子は小さく笑った。
それは、如何ともしがたい現実を、必死に受け入れようとしている者の笑み。
唐突に悟った。彼女は誰よりも多くの死に・・・死者の魂とでも言うべきものに触れているのだと。
中には、彼女の大事な者もいたかもしれない。
死に逝く魂に触れる事が、どれだけ幼い少女の心を抉っているのだろうか。
「幽々子様。あなたの感じた事、話していただけますか。」
「はい。では、こちらへどうぞ。」
*** *** *** ***
昔々、あるところに一匹の子狐がいました。
いえ、かつて子狐だったその狐は、今、最後の時を迎えようとしていました。
その先は、魂の旅立ち。
此処ではない何処かへ。現在ではない何時かへ。
しかし、狐はまだ此処に留まっていました。
会いたいという、その一心で。
チリン…と、鈴の音が響きました。
狐は空ろな目を開きました。
鈴の持ち主を求めて。男の子の姿を求めて。
そこに男の子はいませんでした。
いたのは、会った事の無い一人の少女。
目を閉じた狐に、少女は話し掛けました。
「あなたがそんなにも会いたがっているのは誰。」
狐は、少しだけ目を開きました。
「ああ、しゃべらなくてもいいの。想うだけで私には届くわ。ここはそういう所だから。」
(………)
「そう。」
(………)
「そんなことがね…。」
(………)
「会いたい?」
(………)
「できるわ。けれど、それには大きな代償が必要になる。」
(………)
「これは生と死の境界を越えること。けれど長くは持たない。生命としての在り方として不自然だから。」
(………)
「人の姿をしたあなたに、彼は気付かないかもしれない。」
(………)
「あなたは、今までの記憶のほとんどを失う。会うことができても、どうして会いたかったのかは思い出せない。」
(………)
「そう。なら、もう止めない。いってらっしゃい。もう、やり方はわかっているはず。」
(………)
「いいのよ、これは私の気まぐれ。そうね、あなたにもう一つプレゼントをするわ。」
(………)
「あなたの名前。もし覚えていることができたならば使いなさい。」
(………)
「藍。あなたの名前は…『八雲 藍』。」
*** *** *** ***
「…………………」
幽々子が手配した乗り物のなかで、全てを理解した。
幽々子は全てを語り、最後に、家に着くまでもう一度だけ寝てみなさいと言った。それで全てわかるだろうから、と。
今見た夢も、今まで見てきた夢も、全て思い出した。
どうして、今まで気付かなかったのか。
どうして、思い出してやれなかったのか。
どうして、
どうして…。
家に着いた。礼もそこそこに藍を探した。
居間にはいない。台所にもいない。寝室?
「藍、いるのか。」
寝室にも彼女の姿は無かった。
なぜ? 決まっている。俺を探しに外に出たのだ。
「くそ、どこだ。何処に行く。」
あいつなら、藍なら何処へ…。
「そういえば、この辺りは…。」
ふと気付く。ここは、かつて暮らしていた場所とそれほど離れていない。
故郷に程近いこの場所。それなら、もしかして。
走った。初めて藍と出会ったあの草原へ。
・
・
・
チリン…と、鈴の音が響く。
それを耳にした少女が、ゆっくりと振り返った。
「藍。」
一歩、彼女に近づく。
「藍、ごめんな。」
また一歩、また一歩。
「ごめんな、気付いてやれなくて。」
最後の一歩。
「ごめんな、帰ってやれなくて。本当に、ごめんな。」
肌身離さず持っていた刀が地に落ちる。
チリン…と、また鈴の音が響いた。
空ろだった藍の目に、少しだけ光が戻った。
斜め下からこちらを見上げる。
かつて、そうしていたように。
「見つけた。見つけたよ。」
「ああ。」
「何で帰ってきてくれなかったの。」
「ごめんな。ほんとに、ごめんな…。」
「待ってたんだよ…。」
「ごめんな…。」
「会いたかったんだよ………ばか。」
胸に顔をうずめて、彼女は静かに泣いた。
ずっと待ち焦がれた瞬間が、ずっと積み重ねてきた全ての想いが、
今…。
・
・
・
どれだけの間そうしていたのだろうか。
日は既に傾いて、草原と空を赤く染めている。
時折吹く風が、二人を包むように流れていった。
二人は、幼い時の二人に戻っていた。
いつも一緒だった二人に。
いつも遊んだ二人に。
誰よりも素直になりあえた二人に。
藍の肩を軽く押した。
彼女の体が離れる。
不思議そうな、けれどとても安らかな表情でこちらを見上げた。
「結婚しようか、藍。」
「けっこん? なぁに、それ。」
「一番好きな人と、ずっと一緒にいる事、かな。」
「じゃあ、する。けっこんする。」
「じゃ、ちょっと帽子を取ってくれないかな。」
「なんで。」
「いいから。」
「うん。」
懐から大事にたたまれた一枚の布を取り出す。
それを広げて、藍の頭にそっとのせた。
風に吹かれてひらひらと揺れる、透き通るように白いヴェール。
「こんなものしか、用意できなかったけど。」
「わぁ、きれい。なぁに、これ。」
「お嫁さんが結婚式でかぶるもの。」
「わたし、およめさん…。」
「そうだよ。」
「えへへ。およめさん、およめさん。」
見守る者は地平に沈みかけた太陽と、山際から昇り始めた月。
神父もいない、二人だけの結婚式。
「汝…ええと、あなたは私とずっと一緒にいたいですか。」
「はい。」
「あなたは八雲藍とずっと一緒にいることを誓いますか…………誓います。
…………それでは、誓いのキスを。」
二人が向き合う。
にこっとした無垢な笑顔。
「藍、目を瞑って。」
「なに、するの。」
「大事なこと。」
二人の時間が止まる。
永遠に等しい一瞬。
それを破ったのは、一際強く吹いた風。
「あっ…。」
手を伸ばすが、あと少しのところで間に合わなかった。
ヴェールが風に乗って、何処へかと飛び去った。
「あぅ…。」
「いいんだ。」
「でも…。」
「いいんだよ、俺には藍がいるから。」
そういって、草原に腰を下ろす。
「おいで、藍。」
「うん。」
彼女も座って、こちらに背を預ける。
藍の頭をそっと撫でる。
子供の頃に、いつもそうしていたように。
「あぅ、くすぐったい。」
「嫌?」
「…ううん、もっとなでて。」
「ああ。」
藍の目が少しずつ光を失う。
時間が……来たのだ。
「どうした、藍。眠いのか。」
「………」
「寝るなよ、まだ、寝るには早いぞ。」
「……あ…ぅ」
「そうだ、また一緒に遊ぶんだろ。」
「………」
「返事しろよ。」
「………」
「返事しろよ、藍。」
「………」
「藍………。」
藍の体が少しずつ、少しずつ、薄くなっていく。
霧が少しずつ晴れていくように。
儚い幻想が消えていくのように。
一時の夢が、終わりを告げた。
あの好奇心に満ちた目も、この手に感じた確かな重みも、最後に見せた無垢な笑顔も・・・
もう、この手には届かない。
誰もいなくなった草原で、一人呟く。
「もし、生まれ変わる事があったら、
今度こそ、誰かと…幸せに………。」
*** *** *** ***
「・・さま、・・さま。もう、藍さまってば。」
「え、あぁ、橙。」
「あぁじゃないですよ。お掃除サボっちゃ駄目です。」
「すまん。眠ってしまったらしい。」
「藍さまが居眠りするのなんて初めて見ました。ってあれ、泣いてるんですか。」
橙の言葉を聞いて鏡を見ると、確かに一筋の涙の痕があった。
「いや・・・おかしいな。こんなこと、今までなかったんだが。」
「ああ、そうそう。こんなものが出て来たんですけど。」
そう言って、何かの包みを差し出した。開けていいかと聞くので頷く。
「うわ、綺麗ですね。なんなんですか、これ。」
「それはヴェールといって、結婚式の時に花嫁がかぶるものだ。」
「結婚ってなんです。」
「好きな人同士が一緒になる事だ。」
「ふーん。」
「しかし・・・。」
何でこんなものが此処にあるのだろう。
そんな思考を打ち消したのは、橙の無邪気な声だった。
「だったら、私藍さまと結婚するっ。」
「な、いや、ちょっと待て。」
「う、嫌なんですか。藍さま、私のこと嫌いですか。」
「いや、違う。そうじゃなくてだな・・・」
「ふえ~ん。藍さまに嫌われたぁ~っ。」
そう言って走り回る橙。
「ええい、人の話を聞け。」
それを追いかける藍。
「あらあら、楽しそうね。私も混ぜてくれない。」
主人が眠そうな顔で起きてきた。
「紫様。すみません。散らかったままで。」
「あ、紫さま。藍さまったら、居眠りしてたんですよ。」
「うぁ、こら橙、余計な事を言うな。」
「あら、珍しい事・・・なのかしら。私の方がいつも寝てるから、よくわかんないわ。」
「申し訳ありません。」
「まぁ、たまにはいいんじゃない。それより、懐かしい物があるわね。」
「懐かしいもの・・・コレ?」
「橙。紫様には敬語を使えとあれほど。」
「硬い事言わないの。そうね、それの事よ。」
「ご存知なのですか。」
「ええ、よーく知ってるわ。聞きたい?」
「聞きたいっ。」
「いや、何か嫌な予感が。」
「あら、橙は素直ね。藍も昔はこんなだったのに。」
「紫様っ。」
困っているようにも、けれど、とても楽しそうにも見える。
騒がしい毎日ではあるが、藍は今、確かに幸せなのだった。
「全く、あいつも今ごろ何処をほっつき歩いてるんだか。」
「何のことです。」
「え、あぁ、こっちの事よ。それじゃ始めましょうか。ある狐と、人間のお話。」
タイトルからして藍が出てくるとは思いましたが、これは思いつかなかった。
やられましたね。
元ネタでは、ラストは絵だけだったので、こっちでは続きを書いてみるのも面白いかもしれませんね。
個人的にはもう一捻り欲しかったかな。
あとがきにあるように、結末やその他幽々子まわりの事について、想像をめぐらす余地が多分に残されているのがいいですね。ちなみに私は「戻ってこない」派(聞いてない)。
ただやっぱり、そのまますぎる部分もあるので、もう少しアレンジが欲しかったですね。モトネタが分かっていると、予定調和の話になってしまいますので。
一応、誤字指摘。
「ちゅんちゅんとスズメの鳴く声がで目が覚めた。」の1点。
この類のミスは私もやるので、他にもやる人がいて一安心(コラ)。
最後に、ダシ入れなかったのはまこぴじゃないとか、どうでもいい突っ込みをしておきます(笑)。いやまあ、わざとでしょうけど。
うん、うん、うん、分かりますよそれ。
俺シリアスとかしか書けないので、羨ましいです。
途中でもとネタがアレだと気付いてへぇー
この藍は幼い藍と思っていいのかな?
ぐっじょぶでした。
まぁ読みやすかったですw