Coolier - 新生・東方創想話

私が幻想郷を好きになった日

2008/02/28 08:22:53
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 人間が耐えられる力なんてたかが知れている。少なくても、あの高さから落ちるこれだけの水量を耐えられるとは思えなかった。
 いくら秘術が使えるからといって、私の基本構造は普通の人間と何ら変わらない。むしろ変わっているはずはなく、夜な夜な私が知らぬ間に怪しげな改造を受けていなければ、まず間違いなく耐えられないはずである。むしろ、耐えれてしまったら、色々と人生について考え直さなくてはいけないだろう。

「やっぱり、無理よね…」

 つい口から零れる弱気。決心して妖怪の山の滝まで来たものの、圧倒的な存在感の前に二の足を踏み続けてはや30分が経過していた。
 深呼吸をし、意を決して滝つぼへと足を進める。しかし、ある所まで進むと、必ず足が止まる。滝の上から流れ落ちる圧倒的な水量、濡れていかにも滑りそうな足場、滝つぼの足場となる岩の合間に流れる濁流の様な水の流れ。それらが明確に視界に入ってくると足が急に動かなくなるのだ。

「こんな天気のいい日に、投身自殺ですか?」

 急に声をかけられ、振り向いた先にはこの山に住む鴉天狗の射命丸 文がいた。彼女は不思議そうな顔をして、相変わらずカメラを片手に携えていた。

「どうしたんですか?若さ故の過ちで、早苗さんが仕えている二人の神様のお怒りにでも触れてしまったんですか?それとも青春真っ盛りで、あの世に向かって全力疾走をしている最中なんですか?」
「い、いえ、そういう訳じゃないですが」
「じゃあ、何故投身自殺なんてしようとしているんですか?ちなみに、新聞の見出しは『怪奇、守矢神社の巫女の死!神社で一体何が!?』で決定ですね」
「だから、投身自殺なんてしようとしてませんってば」

 そんな三流ゴッシプ誌の見出しにされてはかなわないので、全力で文の誤解を解く事約20分。ようやく文は投身自殺を頭から切り離してくれた様だ。
 つまるところ、私はこの滝に修行に来ていた。この前麓の神社の巫女に散々に撃ち落されて以来、私はこの幻想郷ではなんら特別な存在ではない事に気がついた。むしろ、自分が扱える力が割りと平凡的なものである事を悟りもした。
 しかし、私は神に仕え、神の存在を世に知らしめなければならない存在である。私が弱いままでは、この幻想郷で誰も私の言う事に耳を貸してはもらえないだろう。
 だから私は修行をして、もっと強くなる事を決めた。だが…

「実際に滝に来たはいいけど、先に進めなくなってしまった、と」
「はい…」
「まあ、あの滝に打たれたいなんて誰も思わないでしょうね。少なくとも、私だったら良いネタをもらったとしてもやらないでしょうね」

 非常に情けない話である。私の決心など、この程度の事だったのか。そう自責の念にも駆られもする。

「そんなに落ち込まなくてもいいじゃないですか。別に早苗さんが悪い訳じゃないと思いますよ。結局、何をするにしても命あっての事ですからね。信仰だって同じ事だと思いますよ」

 人を救うべき信仰も、所詮命あってのもの。文の言葉を聞いた瞬間、カッとなった。

「分かりました。そこまで言われるのなら、この東風谷 早苗がお見せしましょう。信仰というものがいかほどのものかを!」
「あ、ち、ちょっと!危ないですよ!止めてください」
「いいえ、止めません。私が躊躇った事でその様な風評が立つと言うなら、その風評、私自信が覆して見せます!」

 あれだけ動こうとしなかった足が、自然と前に出た。これならばやれる。私はそう確信した。



「で、投身自殺を煽ったと言う訳か。お前、それをネタにして新聞でも作る気だったのか?」
「嫌ですね、そんな見向きもされない事を新聞に載せる訳無いじゃないですか。それに、私は煽ったつもりなんてありませんし」
「だが、実際にこの娘は濁流に身を投じたではないか。この娘の噂は聞いているが、到底自殺を踏み切る様な娘とは考えられん。誰かが最後の一押しをした事は明白だ」
「だからって、私が早苗さんの投身自殺の補助なんてする訳無いじゃないですか。第一、もしそうなら早苗さんを抱えてここまで来ませんよ」
「なら、面白半分に煽った訳だな。それで実際にこの娘が投身自殺を決行して、慌てて助けに入った、と。更に性質の悪い話になるな。」
「だから、そんな事しませんってば。信じてくださいよ」

 どこからか話し声が聞こえる。まどろむ意識の中、何となくそう思った。だが、誰の声なのかは分からない。また頭がそこまで十分に覚醒していないからだ。

「なら、なんでこうなる前にもっと早く助け出さなかったんだ?自称幻想郷一の速さなら、十分に可能だろ?命があったから良いものを、もう少し助け出すのが遅かったら死んでいたかもしれないぞ」
「馬鹿言わないでください。全ては一瞬の事だったんですから。気がついた時には既に滝つぼから流されて、あっという間に濁流に飲み込まれていたんですからね。あのとんでもない流れの中で早苗さんを助け出すのに、どれだけ苦労したと思っているんですか」
「ふむ、そうか。鴉は、否、鳥は水が苦手だったな」
「私を鳥類なんかと一緒にしないでください。ある事無い事新聞に載せますよ?」

 少しずつだが、意識がしっかりしてきた。会話をしている二人のうち、一人は文である事が分かった。しかし、もう一人の声の主ははっきりと思い出す事ができない。

「しかし、何が彼女をそこまで追い詰めたのだろうな。まだ青春真っ盛りの年頃だろうに」
「それは私にも分かりません。本人は投身自殺をするという事実を頑なに拒んでいましたから」

 投身自殺を、私が。何の話かまるで検討が付かなかった。ただ、少し前にこんな話を誰かとしていた気がする。それも、ごく最近に。

「だが、この娘は濁流に身を投じたのは事実。これが投身自殺ではなくて何とする」
「早苗さんの供述では、霊夢さんに手も足も出なかった事が原因みたいですよ。早苗さん、外の世界じゃ現人神なんて言われていたみたいですからね。それが、幻想郷に来て直ぐに霊夢さんにボロカスにやられた事で、随分ショックを受けたんじゃないでしょうか」
「それで自殺を図ったとは、あまりにも情けない話だな。外の世界の人間とは、そんなに脆い人間なのか」
「あああ、もう!だから私は投身自殺なんてしようとしていませんって!!」

 流石に黙って寝ている訳にはいかなくなってきたので、起き上がると同時に二人に対して抗議の声を張り上げた。



 つまるところ、私は滝の水圧に耐え切れずに川に投げ出され、そのまま流されたらしい。そして、かなり流さたところで文に助け出され、そして近くにあった慧音の家に連れ込まれ、今に至る。
 ずいぶんと水を飲み込んでいた様だが、文の適切な処置があったらしく、私は直ぐに蘇生してもらえたらしい。これが下手な処置だったら、私は今頃三途の川を渡っている最中だっただろう。

「文に感謝するんだな。いつも悪知恵ばかり働かせて変な写真を取るだけが取り柄かと思ったが、なかなかどうして機転が利くじゃないか。しかし、駆け込んできた時の形相は見ものだったな」
「新聞記者が見世物になっても、何のネタにもなりませんよ。カメラも濡れてしまったし、まったく、とんだ災難ですよ」

 不貞腐れながら文は部屋の片隅に置いてある彼女のカメラの方へと目を向ける。カメラは分解して乾かしている最中の様だが、果たして使えるかどうかは分からなかった。

「まあ、そう言ってやるな。早苗が無事だったんだから、良しとしようではないか。そうだ、何だったらこの際、香霖堂で売っている外の世界のカメラを使ってみてはどうだ?」
「使い方がいまいち分からなくて、商品棚の片隅で埃かぶっているあのカメラですか。確か、でじたるカメラっていう名前でしたっけ?」
「そうそう、それ。ちょうどここに外の世界からやって来た人間がいる事だし、使い方を教えてもらったらどうだ?」
「それは少し興味を引く提案ですが、止めておきますよ。私は長年使い慣れたカメラが好きなんです。仕事の相方は、お互い知り尽くしているに限りますからね」

 ふと文と目が合った。だが、睨むような仕草はせず、普段通りの表情だった。どうやら私の事を怒っている訳ではないらしい。ひょっとすると、川に飛び込む前にカメラをどこかに置いておかなかった自分に対して腹を立てているのかもしれない。

「しかし、信仰の為に修行ね。急に修行をしたところで、そんなに直ぐに強く成れる訳じゃ無かろうに。どうして慌てて強くなりたいと思ったんだ?私には焦って馬鹿をやったとしか見えないぞ?」
「焦ってと言われても、その…」

 まるで心の奥底を見透かされたかのごとく、慧音の言葉は私の心に響いた。
 確かに私は八坂様や諏訪子様の為、八坂様達の信仰をもっと広める為に強くなろうとした。それは紛れも無い事実である。しかし、心の奥底では、何か得体の知れない感情が燻り続けているのも事実である。
 そんな感情に気づいのはいつ頃だっただろうか。少なくとも、外の世界にいた頃は無かった。幻想郷にやって来て、博麗神社の巫女に惨敗し、その後山の妖怪達に受け入れられた頃からだと思う。そして、それがどんどん大きくなっていったのだ。

「…まあ、早苗さんは外の世界から急に引っ越してきたと聞いていますから、周りの環境が急に変わった事で色々と心の整理ができていなかったんでしょう」
「ふむ、それも一理あるか。まあ何にせよ、これに懲りたらもう馬鹿な真似は止めるんだな」

 この話題に関心を失ったのか、それから二人は外の世界の話を始めた。もっとも、ほとんど私が二人に質問攻めにされていただけであった。
 日が暮れ始め、そろそろ神社に戻ろうと思い始めた頃だった。玄関の戸が開き、誰かが家の中に入ってきた音がした。そして、そのまま私達がいる今の戸が開いた。

「お、今日は珍しい客が来ているな。三流新聞記者の鴉天狗に、そっちは…誰だっけ?」
「だれがさん…」
「私は東風谷 早苗と言います。今日はちょっとした事で慧音さんのお世話になっていました」

 今の発言に食って掛かろうとした文を後ろから取り押さえ、ついでに口も塞ぐ。家の中で弾幕が飛び交う事態は避けたかったが、今は不毛な口論で話が進まない事態も避けたかった。

「ちょっとしたこと、ね。まあ、この幻想郷にはちょっとした事を起こしたがる連中が、私が知る限りでも何人もいるから、あえて聞かないでおくよ。後でまき込まれるのは勘弁願いたいからな。それで、飯は食べていくの?」
「いえ、お構いなく。それそろ失礼しようと思っていたところですから」

 藤原 妹紅。山の妖怪や、たまに食料を調達しに里に下りたときに噂だけは聞いていた人物。実際に会った事は一度も無かったが、その容姿、纏っている雰囲気から、私の目の前にいる彼女が妹紅で間違い無いと思った。



 数日後、私は再度慧音の家を訪れた。お世話になった事について、改めてお礼を言いたいと思ったからだ。
 しかし、運が悪い事に、私が訪れたときはちょうど慧音は留守にしていて、家の中には慧音の代わりに妹紅がいた。

「あんたも運が悪い女だな。慧音は今里の会合に出てるよ。しばらく帰って来これないみたいだから、諦めてのんびり待つんだな」

 妹紅に促されるままに、私は慧音の家で待たせてもらう事にした。後日改めてという選択肢もあったが、今日は特にしなければならない用事は無く、せっかく里まで下りて来たという事もあった。しかし、何よりも妹紅という人間と一度話をしてみたかったという思いがあった。
 人の身でありながら、ゆうに千年以上生き続ける人間。私が聞いている話では、何とかと言う怪しげな薬を飲み、不老不死の体を得たという。
 この幻想郷にはそれ以上生きている妖怪はいるだろ。また、私がお仕えする八坂様や諏訪子様も軽く千年以上生きている。だが、せいぜい百年程度で死するべき定めの人間が千年以上生きている事に、何となく私は興味を抱いたのだ。

「あの、妹紅さんはいつも慧音さんの家に来ているんですか?」
「別にいつもとは言わないが、来る頻度は多いほうだと思う。普段は飯でも一緒に食べようってな具合だけど、今日みたいに慧音がしばらく家を空ける時には留守番を頼まれるんだ。慧音は色々と顔が広いから、あんたみたいに突然やって来る奴がいるからな」
「留守番を頼まれるなんて、妹紅さんは慧音さんと本当に仲が良いんですね」
「なんだ、暇を持て余して私なんかと話がしたいのか?まあ、私も暇だったから付き合っても良いけどさ」

 妹紅は私が考えていたよりも難しい性格ではないようだ。それに伊達に千年生きている訳じゃなかった。その豊富な経験や知識からなる言葉は、興味深いものだった。
 妹紅の生い立ちから日本の歴史まで、彼女のとの会話は多岐に渡った。特に永遠亭に住む蓬莱山 輝夜との因縁は、彼女の怨念の篭った言葉もあり、非常に面白いものだった。

「ふう、しかし慧音の奴遅いな。客が来ているって言うのに、どっかで道草でも食ってるのか?」
「突然押しかけた私が悪いんですから、気にしないでください。それにしても、妹紅さんて本当に色んな事を知っていますよね」
「まあね。無駄に千年以上生きていないって事よ。もっとも、良い事ばかりじゃなく、嫌な事や忘れてしまいたい事もたくさん知っているけどな」

 ふと、妹紅が目を細める。そのしぐさは小さく、そして自然なものだが、彼女の雰囲気はそれだけで何かが変わった。

「嫌な事や忘れてしまいたい事、ですか?」
「ああ、そうだ。輝夜との縁一つとってもそうだが、人生の半部以上はそんなものさ。辛い事のちょっとした合間に嬉しい事がある。ま、たかだか十数年しか生きていないあんたには分からん事だろうけどな」

 妹紅の言葉に、私は肯定も否定もできなかった。私と彼女の刻む歴史の質も長さも、あまりにも違いがありすぎるのだ。意見をする事など、できるはずも無かった。

「…妹紅さんは、どうやって耐えてきたんですか?」

 千年以上という想像もできない時の中で、妹紅はどの様にして耐え抜いてきたのか。あまり触れてはならない話題だと理解はしているが、好奇心が抑えられなかった。

「一番いいのは、酒を飲んで忘れてしまう事さ。だけど、全部が全部そうできる訳じゃない。そういう時は、ただ耐えるしかないな」
「ただ、耐えるだけですか。それが一番難しい事ですよね」
「そうだ。最後にはそうするしかない。私は視線をそらすって事はしたくないからな。だから、いつも心が折れるか折れないか、勝負しているって訳さ」

 重い言葉。私には想像できない苦労をしてきた者の言葉。そして、どこか悲しい響きのする言葉。
どれだけという経験をしてきたら、この様な言葉が出せれるのか、検討もつかなかった。
 ただ、妹紅の心を救う方法を私は知っていた。こういう人にこそ、私は八坂様の信仰を信じてもらいたかった。

「…あの、妹紅さん。差し出がましいようですが、」
「おいおい、まさか私に信者になれと言うんじゃないだろうな?」

 妹紅の表情が険しくなる。何か触れてはいけないものに触れてしまったかのごとく。

「舐めてくれるなよ、小娘。私は今まで生きてきた自分を信じている。ろくな人生じゃなかった事は認めるが、それでも私は自分の力で生きてきたし、そんな自分に誇りを持っている」

 妹紅がすっと立ち上がる。気がつくと、私は妹紅から離れるようにしていた。それだけの気配を、もはや殺気とも呼べる気配を妹紅は発していた。

「それを信仰だの、宗教だの。そんなくだらないもの勧められるなんて、不愉快極まりない話だ」
「く、くだらないなんて失礼な!八坂様を侮辱するつもりですか!?」
「少なくても、祀っているあんたを見る限り、信じる気持ちなんてこれっぽっちも起きないね。むしろ、くだらないものだという再認識をさせてもらったよ」
「っく…!!」

 ここまで言われて、黙っている訳にはいかなかった。私も立ち上がり、妹紅を睨みつける。だが、言うべき言葉が出てこなかった。私が不甲斐無い為に、誤った認識を持たれる。これは幻想郷に来てから痛感し続けている事だからだ。

「ふん、何も言えないか。つくづく情けない奴だな、あんたは」

 妹紅が、懐から何かを取り出す。スペルカード。それは私もよく知っているもので、私も持っているものだ。

「だが、ここは幻想郷だ。相手に自分の意見を押し通すのに良い方法がある。言葉の代わりに、弾幕をぶつけるって方法がな」
「この勝負、受けて立ちましょう。必ず八坂様を侮辱した事を後悔させますから!」

 私も懐からカードを出す。そして、示し合わせた様に、二人して家から出る。

「まったく、威勢と言葉だけは一人前だな、神の下僕!」
「風祝が奇跡、その身で味わいなさい、不死の人間!」



 呼吸が荒い。心臓が激しく波打っている。体が休みをしきりに求めている。だが、動きを止める訳にはいかない。動き続けなければ、一瞬で勝負が終わってしまう。

「どうした、さっきの威勢はどこへいった!」

 しかし、疲労は着実に私の動きを鈍くしていた。疲れきった頭はろくに働かず、鉛の様に重く感じる体は回避行動の妨げとなっていた。

「所詮この程度か、風祝!」

 妹紅の気迫と共に、私のスペルカードが撃ち破られる。すぐに私は次のスペルカードを用意するが、その動きは酷く緩慢なものに感じた。
 私の動きを鈍くしているのは、疲労だけではなかった。覆しようの無い妹紅との力の差から来る 圧倒的な絶望感 が心に重くのしかかっていた。

「くっ、奇跡『白昼の客星』!!」

 次のスペルカードを宣言し、弾幕を展開する。しかし、まるで妹紅に当たる気がしなかった。何をやっても彼女に届かない。そんな諦めにも似た予感が私の心を支配していた。

「こんな弾幕で私が落ちるなんて思っているのか!奇跡とは名ばかりだな!」

 私の力がまるで通用しない。妹紅に当てれるビジョンすら見えない。もはや勝負にすらなっていなかった。

「これで終わりだ!凱風快晴『フジヤマヴォルケイノ』!」

 妹紅の宣言と同時に、圧倒的な密度の弾幕が押し寄せる。そして、宣言したばかりの私のスペルカードはあっさりと破られた。
 無理だ。勝てる訳がない。そう思った瞬間、体中の力が抜けた。そして膝が折れ、地に手を付いてしまった。

「なんだ、これで終わりか。信仰の力、あんたが祀る神様の力なんてこんなもなのか」

 信仰を馬鹿されて、八坂様や諏訪子様を馬鹿にされた。しかし、何も言い返すことができなかった。今のこの状態が全てを物語っているからだ。
 悔しかった。悔しくて堪らなかった。唇を噛み過ぎて血が出た。体を支える腕は震え、目から涙が止まらなかった。
 それでも、私は敗者だった。敗者に残されたものは無く、ただ勝者の主張を認めるだけの存在だった。風祝である私が、私という存在をもって八坂様達を否定しなければならないのだ。

「あんた、弱いな。そりゃ強くなりたいと思うのも、無理ないわな」

 この幻想郷に来て、博麗の巫女に敗れて初めて思い知ったこと。それは風祝は強くなければならないという事だった。特に幻想郷ではこの様な意思主張の方法がある。だから、強くならねばと切実に思ったのだ。

「…その様子だと、まだ気づいていないみたいだな。いや、気づきたくないだけか」

 何を。項垂れていた頭を上げ、妹紅を見る。彼女の表情に、哀れみの色が見て取れた。

「慧音におおかたの事は聞いた。あんたが焦って強くなろうとしたことを。それで、今日あんたと弾幕交えて大体分かった。あんたが何故焦っていたかってね」

 聞きたくない。慌てて妹紅から目線を逸らし、耳を塞いだ。

「自分が負けると、信仰が疑われる。だから強くなければならない。あんたの頭はそう思っているんだろうけど、心の方はもっと素直だったな」

 妹紅に腕を捕まれ、塞いでいた耳が現れた。そして、私の視界一杯に彼女の顔が寄せられた。

「あんたは確かに外の世界じゃ特別な存在だったんだろうな。何せこんな力が使えるんだから。だから風祝が勤まったし、あんた自身にも信仰の対象となった。」

 聞きたくないのに、耳が塞げれなかた。妹紅の視線から逃れたいのに、顔を動かす事すらできなかった。

「だけど、あんたはこの幻想郷じゃ何ら特別な存在じゃない。少し力を持っている程度の、ただの少女に過ぎないんだよ、あんたは。だから、力を切実に求めたんじゃないのか」

 この瞬間、私の心は凍りついた。もっとも聞きたくないこと、決して認めたくないこと。それは、私が幻想郷に来てからずっと直視する事を避けてきた事だった。

「あんたは恐れていたのさ。あんたが風祝として存在している価値があるのかと問われる事を。言葉が相手に伝わらない風祝なんて、いても仕方がないからな」

 何かが、崩れていく感じがした。それは私が最後までしがみ付いていた、虚ろなる砦。だが、それも妹紅が言葉にして現した事で、無残にも崩れ去っていった。
 私には、この幻想郷では、風祝としての資格がない。私はただの人間でしかなく、私の言葉は誰にも伝わらない。ただ、愚かなる道化を演じていただけだの存在。
 何も、言う事ができなかった。泣き声一つ上げる事もできず、ただ崩れ落ちるだけだった。

「もっとも、あんたが風祝をやっていたぐらいだ。あんたの祀る神様なんて、たかが知れてるな。」

 妹紅が八坂様や諏訪子様を馬鹿にした。酷く悔しかったが、それでも何も言い返す事ができなかった。ただ、拳を握り締めるだけだった。

「 案外、あんたが風祝をやっているくらいが、お似合いなのかもな。この風祝あれば、この神ありってな」

 私には、もう何も無かった。私の自信は崩れ、風祝としての存在価値もない。だけど、湧き上がる怒りがあった。八坂様や諏訪子様を侮辱する、妹紅に対しての怒りがあった。八坂様や諏訪子様に侮辱を許す私に対して、怒りがあった。
 それでも、私は何も言い返す事ができなかった。
 妹紅がまだ、何か言っていた。その一つ一つに私は何も言い返す事ができなかった。だが、八坂様達の侮辱だけは許せなかった。
 私の事をどの様に言われてもいい。しかし、八坂様達の、私が信じる八坂様や諏訪子様まで悪い評価を受けるのは許せなかった。何としてでも、八坂様達を、信仰を守りたかった。
 何一つ妹紅に言い返す事ができない。こんな情けない私にでもできる事がある。

「…ふん、その目は何か言いたそうな目だな。いいよ、付き合ってやるよ」

 言葉で言い返せなければ、想いを弾幕に込めて返す。幻想郷なら可能な、意思の現し方だ。
 息は相変わらず荒い。自信もプライドも、砕け散っている。私が繰り出す弾幕は、どれも妹紅に届かない。勝機など、見出せれるはずもない。
 それでも、守りたかった。こんな私でも、守らなければならないものがあった。

「八坂様…」

 信仰が、私の全てだったのかもしれない。だから、元の世界を捨て、幻想郷に来る事を選んだのだ。
 それ故に、私の心はどこか空虚なもので、脆かった。

「諏訪子様…」

 だけど、今は違う。心の中に、八坂様がいた。諏訪子様がいた。信仰が、あった。
 今の私には、それだけで十分だった。

「私は風祝として失格です」

 相手は、あの妹紅。力の差は歴然。

「それでも、今一度力を使う事をお許しください」

 息を吸う。そして腹に溜め、妹紅を見据える。
 妹紅に向けて、踏み出した。その一歩は、何の迷いも恐れも無かった。



 暮れる夕日を背に、私は山への帰路へと着いていた。体中が悲鳴を上げ、疲労は極限へと達していたが、それでも気分はどこか晴々としていた。
 あの後、疲れ果てて共に倒れた私達は、慧音の家で目を覚ました。目を覚ました後に、妹紅と一緒にこってりと絞られた事は言うまでも無い。
 地獄の様な説教からようやく開放され、色んな意味で疲れ果てて帰ろうとした時だった。帰り際に、妹紅はこう言った。今のあんただったら、風祝としてやっていけると。その言葉の意味を問い返したが、自分で考えろとそっぽを向かれた。
 ふと、夕日を見上げた。妹紅の言葉の意味は今でも分からなかった。だが、そっけなく振舞う妹紅の様子が可笑しかったし、妹紅に何故か認めてもらった事が純粋に嬉しかった。だからだろうか、気分が何故か軽かった。

「おやおや、こんなところで何をしているんですか。妹紅さんに認められて、嬉しさのあまりに夕日に向かって叫ぶ十秒前といったところでしょうか?」

 文だった。いつのまにか私の傍へとやって来ていた。その様子を見る限り、どこかで一連の出来事を見ていた様だった。

「まったく、見かけによらず妹紅さんも意外とお節介な人ですね。結局、早苗さんにとことん付き合ってしまうんですから」
「文さんも相変わらずですね。盗み見や盗み聞きしていた事がばれたら、また閻魔様にお説教されますよ」
「早苗さんも分かっていませんね。閻魔が怖くて新聞記者なんてしていられると思っているんですか?」

 四季映姫が聞いていたら、それこそ烈火のごとく怒りを顕わにしただろう。閻魔すら恐れぬその不遜な態度、まさに鴉天狗である。

「でも、妹紅さんには感謝しています。なんだかんだと酷い事を言われましたけど、お陰でようやく自分が駄目だって認めれたんです。もし妹紅さんに叩きのめされていなかったら、自分で自分を騙しながら、一生逃げ回らなくてはいけないところでした」
「端から見ていたら、ほとんどイジメに近かったですけどね。妹紅さんは加減と言うものを知りませんから、見ているこちらの方がヒヤヒヤしましたよ」
「確かに厳しい事を言われましたけど、それぐらいじゃなければきっと私は中途半端に自覚するだけだったんでしょうね」
「早苗さん、妹紅さんの事を信じたい気持ちは分かりますけど、もう少しポジティブな考えでいきましょうよ。あれはどう考えても訴えていいものだと思いますよ?」

 文が割りと真剣な顔で言ってくるので可笑しかったが、私はどうも妹紅を憎めなかった。こんな私に、真摯に向き合ってくれたのだ。むしろ感謝すらしている。

「しかし、やっぱり妹紅さんが最後に言われた事は分かりません。あれほど私の事を駄目だと言われていたのに、どうして私が風祝としてやっていけるなんて言われたのでしょうか?」
「うーん、分からないものですかね。私も今の早苗さんならしっかり風祝の職務をまっとうできると思うんですけどね、何となくですけど」

 しばしの間、何やら悩んでいる様子でしきりに難しい顔をしていた文だが、何か諦めた様子で大きな溜息をついた。

「…これでは妹紅さんの事を言えませんね」
「え?」
「いえ、何でもありません」

 文がこほんと咳払いをする。そして、スッとこちらを見据えてきた。

「要するにです、今の早苗さんの言葉なら説得力があるという事です」
「説得力、ですか?」
「そう、説得力です。以前の早苗さんは、言ってみれば信仰に埋没していたような感じでした。でも、今の早苗さんは心の中に信仰を秘めているって感じです。どっちの人間の言う事を信じれるかと言えば、当然後者ですよ」
「でも、私は結局妹紅さんには勝てませんでしたよ。確かに負けもしませんでしたけど。こんな程度では、誰も私の話なんて聞いてくれないじゃないですか」
「おや、私が言うのもなんですが、風祝ってそういうものじゃないと思いますよ。風の神様を祀るって、皆に神様のありがたみを伝えるのが仕事ですよね。何も特別である事は必要ないと思いますが」
「それはそうですが、ここでは強くなければ話を聞いてもらえませんよね?」
「…何か凄く勘違いされている様なので訂正しておきますが、別に幻想郷は力が全てじゃないですよ。そりゃ確かに私や早苗さんの周りでは、とりあえず弾幕撃って話はその後で、っていう方々が多いのは事実ですけどね。でも、それはほんの一部の存在ですから、そこを間違えてもらっては困ります」

 今思えば、それもそうかもしれない。確かに紅白の巫女や、黒白の魔法使い等を基準に考えていたら、他の至極一般の方々に失礼というものだろう。

「まあそういう訳で、今の早苗さんならちゃんと相手に言葉が伝わるって事です。もっとも、届いた言葉をどうするかは相手次第ですから、過度な期待はしないほうがいいですけど」

 文がやれやれといった感じで溜息をついた。しかし、それは私に対してではなく、柄にも無い事を喋った自分にといった感じだった。

「妹紅さんには、感謝しなくてはいけませんね」
「でも、恨み言も言ってもいいと思いますよ。まったく、非文化的な話もあったもんじゃないですよ。人には言葉や文字があるのに、体力勝負なんて野蛮過ぎますよ」

 それでも、妹紅は私を真っ直ぐに見てくれた。風祝としての私ではなく、ただの人間の私として。そんな真っ直ぐに向き合ってくれた妹紅だからこそ、張りぼてで飾られていた私の心を丸裸にできたのだと思う。

「それにしても、結局文さんは一部始終見ていたんですね」
「当たり前じゃないですか。そこに事件があるならば、千里の彼方から駆けつける。幻想郷一早い文屋とは私の事ですよ?」
「じゃあ、今回の事も記事にするんですか?私としては恥ずかしい限りの事ですから、止めてもらいたいんですけど」
「…もちろんと言いたいところですが、あの時は何故かカメラの調子が悪くて、写真が取れませんでしたからね。今は好調そのものなんですけど、何ででしょうね。せっかくの特ダネになりそうなネタでしたのに。ああ、悔しい、悔しい」

 まるで悔しく無さそうな顔で、さも悔しそうな事を言う文が可笑しくて堪らなかった。そして、なんだかんだとお節介で優しい鴉天狗に、感謝した。

「ここぞと言うところでネタを逃すから、いつまで経っても新聞大会で勝てないんですよ」
「耳の痛い話で恐縮です。でも、私には私なりのやり方ってものがありますので」

 どうやら、文にも大きな借りができてしまったようだ。この恩を一体どうやって返せばいいものだろうか。情けない話だが、私には彼女が喜びそうなネタなど提供できそうにない。

「でじたるカメラ」
「え?」
「ですから、でじたるカメラです。先日話に出た、香霖堂で売っている外の世界のカメラですよ。アクシデントでシャッターチャンスを逃さない為に、予備のカメラを持つのも悪くないと思ったんです」
「そう言えば、そんな話もありましたね。デジカメを購入されるんですか?」
「何となく興味が沸いたので、買ってみる事にしたんです。ただ、困った事に使い方が香霖さんにもよく分かっていないみたいなんです。ですから、使い方を教えてもらえると助かるんですけどね」
 何も言わず、文が片目を軽く閉じ、ウインクしてきた。堅苦しい事を考えるな。文はそう無言で伝えてきた。
「いいですよ。デジカメなら私も使った事がありますから。それで、いつ香霖堂に行きますか?」
「明日にでも。場合によっては、でじたるカメラを主題にした記事を書く事になるかもしれませんから」

 笑顔で言う文には、かなわないなと思った。それと同時に、文の事をなんとなく好きになっていた。
だが、好きになったのは文だけではない。妹紅もそうだし、色々と世話になった慧音もそうだ。
 幻想郷に来てからずっと、私は言ってみれば自分しか見えていなかった。だから、幻想郷に対しては不安感や劣等感等の負の感情しか抱けなかった。
 これからは、幻想郷を好きになろう。何となく、そう思った。
お久しぶりです。いえ、もはや初めましてといった方がいいかもしれませんね。
風神録が出たので、何か書きたいな思い始めて約半年。やっとSSを書く事ができました。
いつになるか分かりませんが、また思い立ったらSSを書きたいと思います。

※誤字を修正しました。ご指摘、ありがとうございます。
ニケ
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コメント



0.1500簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
デジカメは充電されていなくては使えないことを知って無駄金をはたいたと後悔する文を幻視した。

この早苗さんはとても生々しいと感じました。人間っぽいというかなんというか。
個人的にかなり好きです。この物語。
5.80名前が無い程度の能力削除
幻想郷にはお節介な人(?)が多いなぁ。皆根がしっかりしてますね。
早苗さんは幻想郷に来たばかりだし心の中は葛藤や責任感だらけだと思いますが、
人間なんて悩み続ける生き物なんで、強く生きていってください。
自分も応援しますから、と言ってみる。
12.80名前が無い程度の能力削除
妹紅かっこいいよ妹紅。
何というか不器用なりに相手の為を思って事をするってのはいいものですね。

いい幻想を見させて頂きました。
15.無評価名前が無い程度の能力削除
>大きくなっいったのだ
大きくなっていった
19.90名前が無い程度の能力削除
不器用な妹紅が可愛らしい

早苗さんが投身自殺…
しそうな気もしないこともないな。と思ったり
34.90名前が無い程度の能力削除
早苗が健気で良い!妹紅も文も良いお節介焼きで魅力的!なんて素敵な幻想郷だ。
38.100名前が無い程度の能力削除
早苗が前に進めたようで良かった。
文も妹紅も慧音もやさしいですね。