※この作品には、作者のある程度の主観が入っております。
過去話につきましては、
http://www.geocities.jp/ocean_sakaki/library/index2.htm#hanmyon ←こちらのACT1~ACT7と、
先程に投稿しました其のよん、其のごをご参照ください。
ではでは、お楽しみを。
「はい、これ」
冥界の境界線近くでの幽霊団体の襲撃を退け、幽々子さまに頼まれていたおつかいを済ませてから紅魔館に到着し。
館内広場にて、十六夜咲夜に妖夢が渡されたのは、手の平サイズの小さな包みであった。
開けて良いかどうかを確認してから包みを開封してみると、中には白色のタブレット状の小さな粒が幾つか入っている小瓶が姿を見せる。
「これは……お薬?」
「私の時間操作を打ち消す薬といったところかしらね。永遠亭の薬師さんに作ってもらったの」
「八意先生ですか」
蓬莱の薬屋さん・八意永琳のことだ。
一年半前の秋月の事件に絡んでいた人で、その事件時に満月の見過ぎで妖夢が狂気の目を発症してしまったときはお世話になり、その年の末辺りに狂気の目を再発させたときもやはりお世話になった。
そして、どうやら今回もお世話になってしまったようだった。
軽い風邪薬から永遠の生命を得る薬まで様々な薬を作れるのは知っているが、こういう都合の良い薬も作り出せるとは、本当にあの人は何でもありだ。
……でも、こんな効果の薬を作られたとなると、
「これで咲夜さんが不利になったりしないの? 永遠亭と衝突が起こったときとか」
「ご心配なく。薬はこれっきりだし、薬の精製には、基となる能力を持つ私の立会い、複雑な種類の材料、しかも二、三日の期間も要するから、頼まれない限りは作らないって彼女も言ってたわ」
妖夢のちょっとした懸念に、咲夜は苦笑で返す。
その辺は別に気にするな、ということか。
それにしても。
自分は妙夢とわりとのんびり過ごしていたと言うのに、その間、咲夜のみならず永琳まで忙しなく動き回ってくれていたとなると、少し申し訳ない気分にもなる。
「…………」
ぺこり
と、今まで妖夢の後ろに控えていた半霊――妙夢が、咲夜に向かって深々と頭を下げた。
「あら」
「妙夢」
妖夢の申し訳なく思う心情を感じ取ったのか、自分自身の意志であるのか、他にも何かがあったのか……おそらく全部だろう。
それを理解し、妖夢も倣って、わずかばかり目を丸くしている咲夜に頭を下げる。
「ありがとうございました」
「……いいのよ。今回の件には私も絡んでるし、それに、困ったときはお互い様っていうじゃない」
少々恐縮しながらも、咲夜は柔らかに笑いかけてくる。
完全なる従者の笑みは綺麗であり、頼もしくも感じた。
「じゃあ今度、私やうちのお嬢様が困ったとき、あなたには存分に助けてもらうつもりだから、そのつもりでいて頂戴」
「ははは……未熟者ですが、お手柔らかに」
くいくい
「あら。何かしら?」
会話中、妙夢が咲夜の袖を軽く引っ張って、彼女の事をジーッと見ている。
妙夢の言いたいことがわからない咲夜は『?』と疑問符を浮かべるのだが、妖夢はその様子を見て、このように通訳した。
「私にも、是非協力させて欲しい、だって」
「……そうなの?」
こくこく
「例えこの姿でもなくなっても、出来ることはいっぱいあるから、だって」
「まあ……それは頼もしいわね」
もう一度笑って、咲夜は妙夢の髪を軽く撫で、妙夢もされるがままに受け止める。
顔は相変わらずの無表情だが、それでも雰囲気は心地良い。
――幻想郷と冥界との溝は、ここ数年で随分と浅くなった。
これからも、紅魔館やこの十六夜咲夜とは何度も協力し、しかし何度も対立していくだろう。命の取り合いまではしないとは思うけど、良い形でも悪い形でも、顔を合わす機会は少なくないはずだ。
そんな中でも、こういった心地良さを共有できれば良いなと、妖夢は思った。
「じゃあ、妙夢は今日までってことになるのね。悲しいわ~」
白玉楼に帰還し、妖夢がこの件の解決方法を得たことを幽々子に報告すると、彼女は少々名残惜しそうに言った。
元に戻る戻らないに付いては別に何のこだわりも見せていなかった幽々子だが、やはり戻るとなるとそれなりの感傷もあるということなのだろうか。
ちなみに『今日まで』というのは、咲夜にもらった薬が遅効性だからである。
――既に、妙夢は薬を服用している。
今日一杯はこの姿のままであるだろう、というのが咲夜の弁だが、実際はどうなのかは定かではない。こういうときは、なるようにしかならないのか。
「まあ、いきなり顔も見ずに元に戻ってたとかそういうのよりは良いと思いますし、それに半霊の姿になるだけで、永遠のお別れとかじゃありませんから」
「でも、ここ数日二人分の働きで随分楽だった気がするから、また一人分に戻ると思うと不便ねぇ」
心配するところそこですか。
「ああもう、大丈夫ですよ。半霊に戻っても、妙夢はできる限り手伝ってくれるって言ってくれてますし、幽々子さまのお世話もするって言ってます」
「本当に?」
「本当です。ねぇ、妙夢」
こくこく
妖夢が同意を求めるのに対し、いつものように妙夢が頷くのに、幽々子は、
「なら、いいんだけどね」
けろりと感傷状態から立ち直った。……この切り替えの早さも如何なものかと妖夢は思うのだが。
それにも構わず、幽々子は妖夢の隣に居る妙夢に向かって柔らかに微笑んで、
「おつかい、きちんとできた?」
「…………」
こくこく
問いに対し、妙夢は頷く。
回答に満足したのか、幽々子も満足そうに頷いた。
「そう、よかったわね。妖夢はニブチンさんだからいろいろと大変だけど、そんなこの子のことをこれからも支えてやってね」
こくこく
「……あの、幽々子さま、人の目の前でボロクソに言うのやめてくれませんか? あと、妙夢もそんなあっさりと肯定しないで」
「だって、妙夢の気持ちにアレだけ鈍感力示したんだから。今回の件で、妖夢がどれだけ未熟かっていうのが改めてわかった日々だったじゃない?」
「それは……まあ、そうですけど」
自覚があることだけに、強く否定も出来ない。
というか、ジーッと見てきている無表情の妙夢の視線が微妙に痛い。
責めるような視線ではないのだが、罪悪感を抱える妖夢には、その視線だけでも被ダメージ対象だ。
いや、ホントにごめんなさい。
「で、ぶっちゃけて、妖夢はどうだったの?」
「どうだったとは……?」
「妙夢がいた日々は、楽しかった?」
「…………」
また、率直な問いだな、と妖夢は思う。
でも、これからを過ごすにあたっては結構重要なのかも知れないし、何より、妙夢がちょっとそわそわしている様子を見ると。
やはりこう答えるべきなのだろう。
「もちろん、楽しかったですよ」
昨夜に、思ったこと。
依存しすぎて失ってしまったときのことが怖いと思う反面、この子を守ろうとすることで見えない力が発揮できるかも知れないという漠然とした期待。
否定も肯定も出来ない日常。
……でも、今日、妙夢の笑う瞬間を感じることが出来て、わかったことがある。
幽々子さまが何とはなしに示していたことについても。
だから――次には、自分自身の意志をプラス。
「一緒に居れば、楽しいことはまだまだいっぱいありますよ、きっと」
剣の修行といい、幽々子さまのお世話といい、そしてこれからもずっと共にあり続けるこの子のことといい、妖夢のこれからは試練の山積み状態だ。
でも、真っ直ぐに立ち向かおうと思う。
お師匠様にはいつか追いつきたいし、幽々子さまにはずっと御仕えしたいし、この子とはいつでも助け合える。
そんな風に、いろんなことに翻弄されながら、いろんなことを楽しみながら、これから歩き続けたい。
「……さっきはちょっと駄目っぽかったけど」
フッと、幽々子は表情を伏せて、その後に、
「合格ー!」
「わぁっ!?」
ガバッと、またしても幽々子に抱きつかれた。昨日と同じ横から、それはもうギューッと強い上に、すりすりすりと頬ずりのオマケ付きだ。
ビックリしたし、苦しいし、ちょっと温かいし、ものすごく恥ずかしいしで、もうなにがなにやら。
「ちょ、ちょっと、幽々子さま」
「んもぅ~、妖夢が珍しくカッコよかったから、思わず可愛さ分を補充したくなっちゃったじゃないっ」
「言ってることの意味が良くわからないんですけど……」
「妙夢もそう思わない? 今妖夢に足りないのって可愛さよねっ?」
などと、ものすごい勢いで幽々子が問うのに、今までボーっと見ていた妙夢は『ん~』と言った仕草で考え、それから、
こくこく
数秒ほどして、やはり頷いた。……何だか、どこかで見たようなこのパターンだというか、数秒も考えなくとも答え最初から決まっていたのではなかろうか。
「じゃ、妙夢もこっち来なさい。昨日以上にギューッとやるのよ、ギューッと」
来い来いと幽々子が手招きをすると、今度はあまり考えもせずまたも頷いて、妙夢は前から抱きついてきた。しかも、幽々子の頬ずりの影響を受けてか、妙夢は妖夢のささやかな胸元にぐいぐい頬をすり寄せてくる。
「うわ、ちょ、こら、妙夢。どこに顔埋めてんのっ」
「まあっ、妙夢ったら昨日以上に超大胆っ。私も負けないわよっ」
「幽々子さまも対抗しなくても良いですから……って、スカートの中に手を伸ばすのは有害ですからっ」
左右からとは言わず、四方八方から受けるセクハラ攻撃に『本当に、何なのだろうか、この構図……』と、妖夢がほとほと困り果てるも。
「妖夢」
「え……幽々子さま?」
「ずっと、一緒に居ましょうね」
耳元に囁かれた我が主の優しい言葉は、妖夢の顔を真っ赤にするもので。
「…………」
「もちろん、妙夢もずっと一緒よ」
微笑で声をかけられた妙夢の顔は、無表情ながらも、間違いなく弾んでいるように妖夢には見えた。
夜分になっても、妙夢が元の姿に戻る気配はない。
本当に効果あるのかなぁ、と疑いたくなるのだが、とりあえず今日一日待ってみるしかあるまい。
翌朝に目覚めたときは、既に元に戻ってたとかになってたらいやだなぁ……。
ちらりと、妖夢は思う。
やはり、これまで過ごしてきたのもあるし、瞬間はきちんと見届けたいと思うのだが……。
「…………」
そんな妖夢の思考を意に介さず、妙夢は淡々と布団を敷いて就寝の準備をしている。
座敷までの道程はやはり涙目になって、妖夢無しでは一歩も踏み出せなかった妙夢だが、今はわりと落ち着いたものだ。
「……布団、敷けた?」
こくこく
準備が出来るのを見計らって訊いてみると、妙夢は律儀に頷いて答えてくれた。
「じゃあ、寝ようか」
明日も朝が早い。
例え朝に妙夢の姿が半霊に戻っていようといまいと、明日も早く起きて庭師としての務めを果たさないといけないのは確かなことだ。
そんな思いで座敷の明かりを消し、妖夢は布団に潜り込もうと思うのだが。
予想のとおりと言うべきか、妙夢は布団の上に座って、こちらのことをジーッと見てきていた。
しかも、何故か枕を抱き締めつつ、そわそわと身体を揺らす仕草のオマケつき。
いかん。無表情でも、何だかものすごく可愛い。
自分の姿がどうとかじゃなくて、もうこれは客観的に見て。
そして、妙夢が何を言いたいのかについては、妖夢には既に解っている。
「……一緒に寝ようか」
こくこく
昨夜に『今回限り』と言ったのに、自分から破ってしまうとは泣けてくる。
今夜で一応最後だからとか、妙夢がヤケに可愛かったからとか、そういう要素を取り沙汰すのは単なる言い訳なのだろうか。
ともかく。
『さっきのように変なことしちゃ駄目だよ?』と釘を出しておき、妙夢とピッタリとくっ付きながら、妖夢はモゾモゾと布団に入る。
二人とも揃って体格が小柄で華奢なので、広さ的には問題がない。基本、体温の低い者同士だが、季節は春過ぎなので寒くもなく丁度良い。
となれば、そのまま眠ってしまっていいものなのか、ということだが……。
見ると、妙夢はあっさりと目を閉じている。
さっさと眠ってしまうつもりなのだろうか。
それとも、薬の効果が現れるのは翌朝過ぎと自分で踏んでいるのか。
「…………」
あんまり考えすぎても、仕方がないか。
こっそりと息をつき。
妖夢もまた、眠りに就くべく、ゆったりと目を閉じる。
腕の中にいる妙夢を、少し強めに抱き寄せながら。
――そして、妖夢は自分のものと同じ声を聴く。
『ありがとう』
……こちらこそ。
――対し、自分も無意識に声に応えていく。
『一緒に過ごせて、楽しかったよ』
私もだよ。
『ただ、剣の稽古、もっとやりたかったね』
確かに、もうちょっと続けたかったかな。
『感じてくれて、嬉しかったよ』
仮にも自分自身だからね。
『わがまま言ったときは、ごめんなさい』
私も、わかることができなくて、ごめんなさい。
『咲夜さんや八意先生にも、お礼言わなきゃね』
明日、一緒にお礼に行こう。
『昨日今日と、わりと抱き心地良かったよ』
あなたも今それなりに抱き心地良いよ。
『改めてわかったんだけど、胸、ちっちゃかったね』
と言うことは、あなたもそういうことにならない?
『……頑張ろう』
うん、頑張ろう。
『幽々子さまに言ったことは、本当だよね』
嘘は付かなかったつもりだよ。
『楽しい日々は、まだまだ続くよね』
そう信じていれば、きっとできる。
『うん、どこまでも行ける』
どこにだって行ける。
『私達が共にあれば』
斬れないものなど。
――あんまりない!
自分の声と、聴こえてくる声。
二つが重なったのを、耳の奥に感じながら、
「ん……」
妖夢はゆっくりと目を開ける。
座敷はまだ薄暗いが、障子の隙間から差し込んでくる朝焼けの光が、視覚の端をわずかに刺激する。
いつの間にか、自分は眠ってしまい、朝を迎えていたらしい。
そして。
「…………あ」
自分の腕の中では、見慣れた魂魄――自分自身を示している半霊が、ふよふよと青白く揺れていた。
おかっぱの白い髪も、体温が低くも温かかった小柄な体躯も、そして、何より彼女を象徴していた無表情が、もうそこにはない。
「……おはよう」
と挨拶してみても、やはりあの子がしたように『こくこく』と頷いたりはしてこない。
でも。
不思議と、妖夢の胸の中に喪失感はなかった。
「ふぁ……」
一つ欠伸をしてから、もぞもぞと寝具を這い出し、妖夢は寝間着から普段着へと着替えを始める。
着替えの途中、自分と同じデザインの、丁寧に折りたたまれた服――白色を基調としたベストとスカートと言った衣装一式が目に入る。
これを見て、何かを感じるものはあったかと問われると。
やはり、何もない。
ただ無心で着替えを済ませ、楼観剣と白楼剣を腰に差し、その他、座敷の鏡の前で身づくろいをする。
白の衣装一式をタンスの中に仕舞い、二人分の寝具をきちんと折りたたみ、全ての準備が完了。
障子を開けて、朝焼けの光を浴びながら一つ大きく深呼吸。
「……よし」
そして、ふっと振り返る。
座敷の中では、半霊が見慣れた姿でふよふよと漂っている。
――否、自分のことを、じっと見て。
自分の発する言葉を、今か今かと、待っている。
だから、妖夢はきりりと表情を締めて、
「じゃあ、行こうか」
言うと、半霊はこちらにふよふよと寄ってきて。
――こくこくと、頷いた。
少なくとも、妖夢にはそのように見えた。
喪失感はない。悲しいと思う気持ちも、ない。
胸の中にあるのは。
新しい朝に対するちょっとした高揚感と。
わずかな経験を経たことで、少しは上の自分になれたかもしれないという自信。
新たな日々の中でその自信を実証しようと、どこまでも頑張れる気持ち。
それがあるから、歩いて行ける。
さあ、行こう。
楽しい日々は、まだまだこれから。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
私は彼女自身である。
常に彼女と共にあり、常に彼女の傍らに付き、常に彼女の意思通りに動く。
ただ、私は人の形をしていない。
幽霊の形をしている。
表情も何も表に示さないまま、彼女の周囲を漂っている。
そのためか、他者からは、私のことを存在としては捉えられるが、あまり気にも留められないことが多い。
それが普通の反応である、と私も認識している。
……でも。
少なくとも、彼女や彼女の主は、私のことを感じてくれる。
私はそれを、嬉しく思う。
そしてもちろん、必要とあらば。
彼女はまた、私のことを呼んでくれる。
「魂符・幽明の苦輪!」
さあ、行こう。
楽しい日々は、まだまだこれから。
- おしまい -
過去話につきましては、
http://www.geocities.jp/ocean_sakaki/library/index2.htm#hanmyon ←こちらのACT1~ACT7と、
先程に投稿しました其のよん、其のごをご参照ください。
ではでは、お楽しみを。
「はい、これ」
冥界の境界線近くでの幽霊団体の襲撃を退け、幽々子さまに頼まれていたおつかいを済ませてから紅魔館に到着し。
館内広場にて、十六夜咲夜に妖夢が渡されたのは、手の平サイズの小さな包みであった。
開けて良いかどうかを確認してから包みを開封してみると、中には白色のタブレット状の小さな粒が幾つか入っている小瓶が姿を見せる。
「これは……お薬?」
「私の時間操作を打ち消す薬といったところかしらね。永遠亭の薬師さんに作ってもらったの」
「八意先生ですか」
蓬莱の薬屋さん・八意永琳のことだ。
一年半前の秋月の事件に絡んでいた人で、その事件時に満月の見過ぎで妖夢が狂気の目を発症してしまったときはお世話になり、その年の末辺りに狂気の目を再発させたときもやはりお世話になった。
そして、どうやら今回もお世話になってしまったようだった。
軽い風邪薬から永遠の生命を得る薬まで様々な薬を作れるのは知っているが、こういう都合の良い薬も作り出せるとは、本当にあの人は何でもありだ。
……でも、こんな効果の薬を作られたとなると、
「これで咲夜さんが不利になったりしないの? 永遠亭と衝突が起こったときとか」
「ご心配なく。薬はこれっきりだし、薬の精製には、基となる能力を持つ私の立会い、複雑な種類の材料、しかも二、三日の期間も要するから、頼まれない限りは作らないって彼女も言ってたわ」
妖夢のちょっとした懸念に、咲夜は苦笑で返す。
その辺は別に気にするな、ということか。
それにしても。
自分は妙夢とわりとのんびり過ごしていたと言うのに、その間、咲夜のみならず永琳まで忙しなく動き回ってくれていたとなると、少し申し訳ない気分にもなる。
「…………」
ぺこり
と、今まで妖夢の後ろに控えていた半霊――妙夢が、咲夜に向かって深々と頭を下げた。
「あら」
「妙夢」
妖夢の申し訳なく思う心情を感じ取ったのか、自分自身の意志であるのか、他にも何かがあったのか……おそらく全部だろう。
それを理解し、妖夢も倣って、わずかばかり目を丸くしている咲夜に頭を下げる。
「ありがとうございました」
「……いいのよ。今回の件には私も絡んでるし、それに、困ったときはお互い様っていうじゃない」
少々恐縮しながらも、咲夜は柔らかに笑いかけてくる。
完全なる従者の笑みは綺麗であり、頼もしくも感じた。
「じゃあ今度、私やうちのお嬢様が困ったとき、あなたには存分に助けてもらうつもりだから、そのつもりでいて頂戴」
「ははは……未熟者ですが、お手柔らかに」
くいくい
「あら。何かしら?」
会話中、妙夢が咲夜の袖を軽く引っ張って、彼女の事をジーッと見ている。
妙夢の言いたいことがわからない咲夜は『?』と疑問符を浮かべるのだが、妖夢はその様子を見て、このように通訳した。
「私にも、是非協力させて欲しい、だって」
「……そうなの?」
こくこく
「例えこの姿でもなくなっても、出来ることはいっぱいあるから、だって」
「まあ……それは頼もしいわね」
もう一度笑って、咲夜は妙夢の髪を軽く撫で、妙夢もされるがままに受け止める。
顔は相変わらずの無表情だが、それでも雰囲気は心地良い。
――幻想郷と冥界との溝は、ここ数年で随分と浅くなった。
これからも、紅魔館やこの十六夜咲夜とは何度も協力し、しかし何度も対立していくだろう。命の取り合いまではしないとは思うけど、良い形でも悪い形でも、顔を合わす機会は少なくないはずだ。
そんな中でも、こういった心地良さを共有できれば良いなと、妖夢は思った。
「じゃあ、妙夢は今日までってことになるのね。悲しいわ~」
白玉楼に帰還し、妖夢がこの件の解決方法を得たことを幽々子に報告すると、彼女は少々名残惜しそうに言った。
元に戻る戻らないに付いては別に何のこだわりも見せていなかった幽々子だが、やはり戻るとなるとそれなりの感傷もあるということなのだろうか。
ちなみに『今日まで』というのは、咲夜にもらった薬が遅効性だからである。
――既に、妙夢は薬を服用している。
今日一杯はこの姿のままであるだろう、というのが咲夜の弁だが、実際はどうなのかは定かではない。こういうときは、なるようにしかならないのか。
「まあ、いきなり顔も見ずに元に戻ってたとかそういうのよりは良いと思いますし、それに半霊の姿になるだけで、永遠のお別れとかじゃありませんから」
「でも、ここ数日二人分の働きで随分楽だった気がするから、また一人分に戻ると思うと不便ねぇ」
心配するところそこですか。
「ああもう、大丈夫ですよ。半霊に戻っても、妙夢はできる限り手伝ってくれるって言ってくれてますし、幽々子さまのお世話もするって言ってます」
「本当に?」
「本当です。ねぇ、妙夢」
こくこく
妖夢が同意を求めるのに対し、いつものように妙夢が頷くのに、幽々子は、
「なら、いいんだけどね」
けろりと感傷状態から立ち直った。……この切り替えの早さも如何なものかと妖夢は思うのだが。
それにも構わず、幽々子は妖夢の隣に居る妙夢に向かって柔らかに微笑んで、
「おつかい、きちんとできた?」
「…………」
こくこく
問いに対し、妙夢は頷く。
回答に満足したのか、幽々子も満足そうに頷いた。
「そう、よかったわね。妖夢はニブチンさんだからいろいろと大変だけど、そんなこの子のことをこれからも支えてやってね」
こくこく
「……あの、幽々子さま、人の目の前でボロクソに言うのやめてくれませんか? あと、妙夢もそんなあっさりと肯定しないで」
「だって、妙夢の気持ちにアレだけ鈍感力示したんだから。今回の件で、妖夢がどれだけ未熟かっていうのが改めてわかった日々だったじゃない?」
「それは……まあ、そうですけど」
自覚があることだけに、強く否定も出来ない。
というか、ジーッと見てきている無表情の妙夢の視線が微妙に痛い。
責めるような視線ではないのだが、罪悪感を抱える妖夢には、その視線だけでも被ダメージ対象だ。
いや、ホントにごめんなさい。
「で、ぶっちゃけて、妖夢はどうだったの?」
「どうだったとは……?」
「妙夢がいた日々は、楽しかった?」
「…………」
また、率直な問いだな、と妖夢は思う。
でも、これからを過ごすにあたっては結構重要なのかも知れないし、何より、妙夢がちょっとそわそわしている様子を見ると。
やはりこう答えるべきなのだろう。
「もちろん、楽しかったですよ」
昨夜に、思ったこと。
依存しすぎて失ってしまったときのことが怖いと思う反面、この子を守ろうとすることで見えない力が発揮できるかも知れないという漠然とした期待。
否定も肯定も出来ない日常。
……でも、今日、妙夢の笑う瞬間を感じることが出来て、わかったことがある。
幽々子さまが何とはなしに示していたことについても。
だから――次には、自分自身の意志をプラス。
「一緒に居れば、楽しいことはまだまだいっぱいありますよ、きっと」
剣の修行といい、幽々子さまのお世話といい、そしてこれからもずっと共にあり続けるこの子のことといい、妖夢のこれからは試練の山積み状態だ。
でも、真っ直ぐに立ち向かおうと思う。
お師匠様にはいつか追いつきたいし、幽々子さまにはずっと御仕えしたいし、この子とはいつでも助け合える。
そんな風に、いろんなことに翻弄されながら、いろんなことを楽しみながら、これから歩き続けたい。
「……さっきはちょっと駄目っぽかったけど」
フッと、幽々子は表情を伏せて、その後に、
「合格ー!」
「わぁっ!?」
ガバッと、またしても幽々子に抱きつかれた。昨日と同じ横から、それはもうギューッと強い上に、すりすりすりと頬ずりのオマケ付きだ。
ビックリしたし、苦しいし、ちょっと温かいし、ものすごく恥ずかしいしで、もうなにがなにやら。
「ちょ、ちょっと、幽々子さま」
「んもぅ~、妖夢が珍しくカッコよかったから、思わず可愛さ分を補充したくなっちゃったじゃないっ」
「言ってることの意味が良くわからないんですけど……」
「妙夢もそう思わない? 今妖夢に足りないのって可愛さよねっ?」
などと、ものすごい勢いで幽々子が問うのに、今までボーっと見ていた妙夢は『ん~』と言った仕草で考え、それから、
こくこく
数秒ほどして、やはり頷いた。……何だか、どこかで見たようなこのパターンだというか、数秒も考えなくとも答え最初から決まっていたのではなかろうか。
「じゃ、妙夢もこっち来なさい。昨日以上にギューッとやるのよ、ギューッと」
来い来いと幽々子が手招きをすると、今度はあまり考えもせずまたも頷いて、妙夢は前から抱きついてきた。しかも、幽々子の頬ずりの影響を受けてか、妙夢は妖夢のささやかな胸元にぐいぐい頬をすり寄せてくる。
「うわ、ちょ、こら、妙夢。どこに顔埋めてんのっ」
「まあっ、妙夢ったら昨日以上に超大胆っ。私も負けないわよっ」
「幽々子さまも対抗しなくても良いですから……って、スカートの中に手を伸ばすのは有害ですからっ」
左右からとは言わず、四方八方から受けるセクハラ攻撃に『本当に、何なのだろうか、この構図……』と、妖夢がほとほと困り果てるも。
「妖夢」
「え……幽々子さま?」
「ずっと、一緒に居ましょうね」
耳元に囁かれた我が主の優しい言葉は、妖夢の顔を真っ赤にするもので。
「…………」
「もちろん、妙夢もずっと一緒よ」
微笑で声をかけられた妙夢の顔は、無表情ながらも、間違いなく弾んでいるように妖夢には見えた。
夜分になっても、妙夢が元の姿に戻る気配はない。
本当に効果あるのかなぁ、と疑いたくなるのだが、とりあえず今日一日待ってみるしかあるまい。
翌朝に目覚めたときは、既に元に戻ってたとかになってたらいやだなぁ……。
ちらりと、妖夢は思う。
やはり、これまで過ごしてきたのもあるし、瞬間はきちんと見届けたいと思うのだが……。
「…………」
そんな妖夢の思考を意に介さず、妙夢は淡々と布団を敷いて就寝の準備をしている。
座敷までの道程はやはり涙目になって、妖夢無しでは一歩も踏み出せなかった妙夢だが、今はわりと落ち着いたものだ。
「……布団、敷けた?」
こくこく
準備が出来るのを見計らって訊いてみると、妙夢は律儀に頷いて答えてくれた。
「じゃあ、寝ようか」
明日も朝が早い。
例え朝に妙夢の姿が半霊に戻っていようといまいと、明日も早く起きて庭師としての務めを果たさないといけないのは確かなことだ。
そんな思いで座敷の明かりを消し、妖夢は布団に潜り込もうと思うのだが。
予想のとおりと言うべきか、妙夢は布団の上に座って、こちらのことをジーッと見てきていた。
しかも、何故か枕を抱き締めつつ、そわそわと身体を揺らす仕草のオマケつき。
いかん。無表情でも、何だかものすごく可愛い。
自分の姿がどうとかじゃなくて、もうこれは客観的に見て。
そして、妙夢が何を言いたいのかについては、妖夢には既に解っている。
「……一緒に寝ようか」
こくこく
昨夜に『今回限り』と言ったのに、自分から破ってしまうとは泣けてくる。
今夜で一応最後だからとか、妙夢がヤケに可愛かったからとか、そういう要素を取り沙汰すのは単なる言い訳なのだろうか。
ともかく。
『さっきのように変なことしちゃ駄目だよ?』と釘を出しておき、妙夢とピッタリとくっ付きながら、妖夢はモゾモゾと布団に入る。
二人とも揃って体格が小柄で華奢なので、広さ的には問題がない。基本、体温の低い者同士だが、季節は春過ぎなので寒くもなく丁度良い。
となれば、そのまま眠ってしまっていいものなのか、ということだが……。
見ると、妙夢はあっさりと目を閉じている。
さっさと眠ってしまうつもりなのだろうか。
それとも、薬の効果が現れるのは翌朝過ぎと自分で踏んでいるのか。
「…………」
あんまり考えすぎても、仕方がないか。
こっそりと息をつき。
妖夢もまた、眠りに就くべく、ゆったりと目を閉じる。
腕の中にいる妙夢を、少し強めに抱き寄せながら。
――そして、妖夢は自分のものと同じ声を聴く。
『ありがとう』
……こちらこそ。
――対し、自分も無意識に声に応えていく。
『一緒に過ごせて、楽しかったよ』
私もだよ。
『ただ、剣の稽古、もっとやりたかったね』
確かに、もうちょっと続けたかったかな。
『感じてくれて、嬉しかったよ』
仮にも自分自身だからね。
『わがまま言ったときは、ごめんなさい』
私も、わかることができなくて、ごめんなさい。
『咲夜さんや八意先生にも、お礼言わなきゃね』
明日、一緒にお礼に行こう。
『昨日今日と、わりと抱き心地良かったよ』
あなたも今それなりに抱き心地良いよ。
『改めてわかったんだけど、胸、ちっちゃかったね』
と言うことは、あなたもそういうことにならない?
『……頑張ろう』
うん、頑張ろう。
『幽々子さまに言ったことは、本当だよね』
嘘は付かなかったつもりだよ。
『楽しい日々は、まだまだ続くよね』
そう信じていれば、きっとできる。
『うん、どこまでも行ける』
どこにだって行ける。
『私達が共にあれば』
斬れないものなど。
――あんまりない!
自分の声と、聴こえてくる声。
二つが重なったのを、耳の奥に感じながら、
「ん……」
妖夢はゆっくりと目を開ける。
座敷はまだ薄暗いが、障子の隙間から差し込んでくる朝焼けの光が、視覚の端をわずかに刺激する。
いつの間にか、自分は眠ってしまい、朝を迎えていたらしい。
そして。
「…………あ」
自分の腕の中では、見慣れた魂魄――自分自身を示している半霊が、ふよふよと青白く揺れていた。
おかっぱの白い髪も、体温が低くも温かかった小柄な体躯も、そして、何より彼女を象徴していた無表情が、もうそこにはない。
「……おはよう」
と挨拶してみても、やはりあの子がしたように『こくこく』と頷いたりはしてこない。
でも。
不思議と、妖夢の胸の中に喪失感はなかった。
「ふぁ……」
一つ欠伸をしてから、もぞもぞと寝具を這い出し、妖夢は寝間着から普段着へと着替えを始める。
着替えの途中、自分と同じデザインの、丁寧に折りたたまれた服――白色を基調としたベストとスカートと言った衣装一式が目に入る。
これを見て、何かを感じるものはあったかと問われると。
やはり、何もない。
ただ無心で着替えを済ませ、楼観剣と白楼剣を腰に差し、その他、座敷の鏡の前で身づくろいをする。
白の衣装一式をタンスの中に仕舞い、二人分の寝具をきちんと折りたたみ、全ての準備が完了。
障子を開けて、朝焼けの光を浴びながら一つ大きく深呼吸。
「……よし」
そして、ふっと振り返る。
座敷の中では、半霊が見慣れた姿でふよふよと漂っている。
――否、自分のことを、じっと見て。
自分の発する言葉を、今か今かと、待っている。
だから、妖夢はきりりと表情を締めて、
「じゃあ、行こうか」
言うと、半霊はこちらにふよふよと寄ってきて。
――こくこくと、頷いた。
少なくとも、妖夢にはそのように見えた。
喪失感はない。悲しいと思う気持ちも、ない。
胸の中にあるのは。
新しい朝に対するちょっとした高揚感と。
わずかな経験を経たことで、少しは上の自分になれたかもしれないという自信。
新たな日々の中でその自信を実証しようと、どこまでも頑張れる気持ち。
それがあるから、歩いて行ける。
さあ、行こう。
楽しい日々は、まだまだこれから。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
私は彼女自身である。
常に彼女と共にあり、常に彼女の傍らに付き、常に彼女の意思通りに動く。
ただ、私は人の形をしていない。
幽霊の形をしている。
表情も何も表に示さないまま、彼女の周囲を漂っている。
そのためか、他者からは、私のことを存在としては捉えられるが、あまり気にも留められないことが多い。
それが普通の反応である、と私も認識している。
……でも。
少なくとも、彼女や彼女の主は、私のことを感じてくれる。
私はそれを、嬉しく思う。
そしてもちろん、必要とあらば。
彼女はまた、私のことを呼んでくれる。
「魂符・幽明の苦輪!」
さあ、行こう。
楽しい日々は、まだまだこれから。
- おしまい -
>永淋
永琳(偏が王)ですよ。幾つかありました。
>見えない力がはきできる
「発揮」でしょうか?
誤字指摘分に付いては修正しております。其のごのアレは……その、なんだ、悪ノリということで(遠い目)
これからも誤字脱字の指摘、もちろん感想も随時受け付けておりますよ。
……遠い過去作品に埋もれたらさすがに目が届かなくりますけども。
届いているうちは、もう少し皆さんのご意見を頂戴したい所存であります。