※ジャンプ・コミックスの藤崎 竜先生の作品『封神演義』とのクロスオーバー(?)ものです。
見ていない方でも楽しめるよう、オリキャラのようにしておりますがそういうのが苦手な方はブラウザで戻るをどうぞ。
※人里に住む方も登場するので『東方求聞史紀』を持っていると少し楽しめるかもしれません。
※太公望とは
解説:稗田 阿求
昔々、周という国に文王(ぶんおう)という王様がいました。ある日文王が狩りをしようと思い、獲物は何かと占うと、
「今日の獲物は竜ではない、虎でもない、人間だ」
と出たそうです。
文王が不思議に思って出かけると、釣りをしている呂尚(りょしょう)という人を見つけました。
「占いで出た人はきっとこの人に違いない」
と思った文王は呂尚を連れて帰り、周の軍師としたそうです。文王の父の太公(たいこう)は、
「聖人が来てから、この国は栄えるだろう」
と前に予言していました。
それから呂尚は、「太公」が「望」んだ人物というわけで太公望(たいこうぼう)と名乗ることになり、
周が天下を統一する上で、大きな功績を残しました。
このことから、釣りをする人のことを、『太公望』というようになったのです。
ちなみにこのお話の釣り人さんとは関係はありますが実はあまり関係ない、と思われます。
まあ時間軸のズレというか世界観の違いというか何というか……とにかく、今は気にしないでくださいね。
じゃあ、私はあとがきに出番があるのでこれで。
……では、始まります。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
・湖で魚を釣り上げたら既に冷凍されていた。本当に吃驚したが、魚は長持ちしてて美味しかった。
(食べ盛りの太公望)
「あ、ここも脱字」
かきかき……
・湖で魚を釣り上げたら既に冷凍されていた。本当に吃驚したが、魚は長持ちしてて美味しかった”そうだ”。
(食べ盛りの太公望)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ある日、チルノは暇だった。
冬も近くなってカエルが減ってきたし、レティもまだ来ないという微妙な時期だったため暇を潰す方法が無かった。
とりあえず霧の湖の真ん中ぐらいで水を凍らせてその上でどべーっと寝そべりながら何か無いかなぁと空を見る。。
「あー、暇だなあ」
空を飛ぶ鳥の行方でも調べようかな、とも思ったがあいにくそれはこの間やってしまった。
……ちなみに妖怪の山まで行って途中で天狗に止められた。
友達の妖怪達と遊ぼうにも冬支度とやらで忙しいらしいし、同じ妖精の大妖精は寒い寒いと布団から出ようとしない。
仕方なくちゃぷちゃぷと手漕ぎで適当な方向に進んだ。
――と。
「あっ人間!」
岸の方に人間がいるではないか。霧のせいでよく見えないが、それは逆にチルノにとって好都合だった。
こっちが見えないならむこうも見えないはずだからだ。
「何してんだろう」
じーっと目を凝らして岸にいる人間を見る。
人間は湖を向いていて、座って足を伸ばし、両手で細長い棒状の何かを持っていた。
「……釣りしてるみたいね」
なら目は糸の垂れている水面を見ているはず。
チルノはもう少し近づこうと、なるべく音を立てないように釣り人に向けてそっと氷のイカダを漕いだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
チルノの思ったとおり、釣り人は水面を見ていた。
よほど集中しているのか、この霧の中、姿がそれなりにわかる距離に来ても気付く素振りすらない。
黒に茶交じりの髪の若者で、奇妙な道士服と変わった巻き方の頭巾が特徴的な男だ。
(さて、どうしてやろうかなー)
このままこっそりと背後まで飛んで後ろから湖に突き飛ばそうか?
いや、あの姿勢じゃ押した所で意味無いか。
ここから氷のつぶてをぶつけようか?
あ、そういえば昔投げ返された事あったなぁ。
久しぶりの獲物にわくわくしながらあれこれと悪戯の方法をチルノは考えていたが、
「……うーん、釣れんのう。まあ当たり前か」
「っ!?」
急に独り言を言い出したものだからえらく驚いた。
しかし無論釣り人がチルノに気が付いた訳ではない。
(あー、びっくりした……って何であたいが吃驚させられなきゃいけないのさ!!)
こうなったら誰にも思いつかないようなすごい方法で、しかもばれないように驚かしてやる! と意気込み、
再びチルノはうんうんと考え始めた。
―それから数分―
「しかし肌寒いのう……こりゃあ魚も寒くて池の底に潜るか」
再び釣り人は独り言を漏らした。
若いのに年寄り臭い口調だなあ、とチルノは思った。
(独り言が好きな奴ね……ん、寒い?)
チルノが指を水面につけてみた。常人には冷たいだろうが、チルノにとってはどうということない温度だった。
(そうだ!)
ピコン、とチルノが何かを閃いた。
そして『作戦』の段取りを確認すると、すぐさまチルノは湖へと飛び込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
バシャン、と何かが飛び込んだ音が聞こえた。
釣り人は音の聞こえた方を見たが、水の波紋と岩場のようなでっぱりしか見えなかった。
「はて、あそこに岩場なぞあったかのう」
釣り人は首を傾げた。
その『岩場』は氷のイカダなのだが、
霧のせいでシルエットのような状態に見えたので釣り人は岩場と勘違いしているようだ。
「まあ、なんにせよあれだけ大きな音がしたのだ、大物に違いない」
そう言って一度釣り針を手元に戻すと、水の波紋が広がっている中心へと釣竿を振った。
そして数秒もしないうちに、釣竿に強い”引き”が感じられた。
グイッ
「? ……お?」
何故か一瞬”おかしい”という顔をし、
「……ふ、ふはは、もうかかりおった。ダアホな魚だ!」
しかしすぐにしたり顔になった釣り人は釣竿を思いっきり引く。
ザバァッ
「フィーシュッ……おお、でか…ってあら?」
でかい魚を釣り上げた。軽く70センチはあろうかという大物である。
何故か氷漬けであったが。
「うおっ!? 危なっ!」
何故氷漬けなのか一瞬考え呆然としていたが、
こちらに”大きな氷の塊が頭に向かって飛んで来ている”という事に気付き、
釣り人は咄嗟に上体を反らして魚入りの氷塊をかわす。
ゴトンッと重そうな音を立てて釣り人の後ろの地面に氷塊が落ちた。
こんな物が頭にぶつかったらひとたまりもなかっただろう。
「はぁー、肝が冷えたわ。……しかし何故凍っておるのだ?」
ちら、と釣り人は湖を見るが湖からは何の反応も無い。
「ふむ、まあよいか。凍っているとは好都合だしのう、はっはっはっ」
くるりと背を向け、釣り人は凍った魚ごと釣竿を背負い、軽い足取りで湖から離れていった。
しかし離れていく途中、ボソッと
「……泡が見えとるわ、ダアホめ」
と、呟いた。
――確かに湖から小さく不自然な泡がぶくぶくと出ていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
釣り人がどこかへ行った直後、ザバッとチルノが水面から顔を出した。
「……っぶはっ! ……ふふん、まさかこんな時期に水の中にいるなんて思いもしないでしょ」
ずぶ濡れのまま氷のイカダの上に戻ると、
「それにしても…ぷっ、くく…あーはっは! なーにが『ダアホ』よ! おかしいったらないわ!」
バンバンとイカダを叩き、腹を抱えて大笑いしてやった。しばらくの間笑い転げる。
転がりすぎて湖に落ちたが、それさえもおかしいかのように笑った。
「あははははははははは!」
あまりに暇な日が続いていたからか、笑いの琴線もずいぶん緩くなっていたらしい。
しばらくして、笑い疲れたのかイカダの上で眠ってしまった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―なあ六介、俺見たんでよ。霧の湖の水面で一部を凍らせて氷の上でそりゃもう無防備に寝てるん妖精を。
―あい、ホントか彦左衛門? じゃあ稗田様んとこ行って言ってくるといい。そういう話を集めてるんだと。
―んだ、俺もそう思うてた所でよ。いやあ、それにしても……おっと。
―どうしたよ?
―んあ、何でもないよ。それよか六介が見たって言うめんこい夜雀の屋台行こうや。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……あれ? 服が乾いてる」
辺りが暗くなった頃にやっと起きたチルノは、
霧の濃いここでは物がそう簡単に乾くことがない筈なのに、
何故か乾いていた服に疑問を持った。
が、
「うーん、まあいいか。ラッキーラッキー」
深く考える事はせずに自分のねぐらへと帰っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―次の日―
また誰か来てないかな、と期待を膨らませて岸に来たチルノだったが、
なんとまたあの爺口調の若者が来ているではないか。
「うわ、懲りずにまた来てる。本当に間抜けな奴」
大方『あれだけの大物が釣れたからまた釣れる』と思ったに違いない、とチルノは考え、
それならまた同じ目に遭わせてやろうと、チャンスを伺うために空から釣り人を観察した。
自分を警戒してるかもしれないからだ。
が、当の釣り人は
「……あれ?」
目を閉じてじっとしていた。釣竿を垂らしてすらいない。
寝ているのかな、とも思ったが用心を重ねて手の平ぐらいの石を持ってきて適当な所に投げ込んでみた。
――ポチャンッ
音がした瞬間、釣り人の目がカッと開いた。
「! ……いや、小さいか」
しかし石が投げ込まれた方を見ると、一言呟いてから再び目を瞑ってしまった。
チルノはそれを見て
(アホだなあ。自分から切り株にぶつかって死ぬ兎を待ってるようなもんじゃん……)
と呆れたが、まあそれはそれでやりやすいかと思い直し、
こっそりと近くの水面へと向かい、水の中へ飛び込む準備を――
――しようとした瞬間。
「かかった!」
ヒュンッ
「えっ?」
じっとしていた釣り人がいきなり釣竿をチルノに向けて”横に”振った。
糸の先の重りにより遠心力で糸が二重三重と見る見るうちにチルノに何重にも巻きつき、
「そおらっ」
その後思いっきり岸へと引き寄せられる。
「わ、わわわっ!?」
突然のことでなす術も無く、チルノはそのままびたーん、と岸に打ち上げられた。
釣れたチルノを見て釣り人は満足そうに頷く。
「うむ、やはり逃がした『魚』はでかかったのう、チルノとやら」
「????」
ぽかん、とした顔でチルノは釣り人を見上げている。
「え? なんで?」
混乱しながらもチルノは釣り人に聞いた。
「昨日のアレは意図的な悪戯とは判っておったが……誰がやったのか検討がつかなくてのう。
あの後人里に行って人外に詳しい者に聞いたら、
『湖を根城にしている冷気を操る妖精がいる』と言うていたからこうして今日待ち伏せておったのよ」
「……き、昨日は魚を凍らせて遊んでたから、ぐ、偶然あたいが凍らせた魚を釣り上げたんじゃ、ない?」
「いいや、違うの。『魚が釣れる訳が無い』筈なのに釣れたのだから、おかしいのは当たり前よ」
ますますチルノは混乱した。
最低釣り針さえあれば魚は釣れるのだ。
目の前の釣り人は『釣れる訳が無い』と言っているが、
釣りの要である針はちゃんとあった。針が水中でキラキラしてたのを見たし、
それを目印にして近くにいた魚ごと釣り針を凍らせ、
あたかも『偶然”凍っている魚”を釣った』と思わせようしたのだ。
わざわざ演出のために糸を強めに引っ張ったりしてみたし、抜け目は無いはずだ。
「え、え?」
「だーかーら、食いついてすらいない魚がどうやって糸を引くというのだ」
………………………………………………………………。
「あ。」
そうだ、氷は水に浮いてっちゃうからまず魚を凍らせた後、
さらに覆うように釣り針もまとめて凍らせて引っ張ったんだった。
そうしたら氷が浮くのとコイツが引っ張る力を合わせて、
コイツが自分の力で自分の頭に氷の塊をぶつける、となるように。
「策士をきどるならもう少し策を練るんだったのう」
若い釣り人はかかか、と笑う。
「で、でも魚が一回食いついてからすぐに離れたんだったら……」
「む、まだ認めんか。ならばこの釣り針の形をよく見るがいい」
釣り人はチルノにぐるぐると巻かれた糸の先に付いている釣り針をわざわざ見やすいよう、目の前に持ってきた。
――まったく曲がっていない、真っ直ぐで短く、非常に細い針だった。
「な、なにこれ?」
「裁縫の針」
なるほど、こんな針で魚が釣れるわけがない。
たとえ食いついたとしても口からするりと抜けていってしまうだろう。
間違っても魚によって強い”引き”が出るはずは無い。それこそ掴んで引っ張るぐらいしなければ、だ。
「な、な、なんでそんなモンで釣りなんかしてんのよ!」
「だだくつろぐ為の趣味なのだからよかろう」
「鈎針(かぎばり)で釣った後、食べるなりすればいいじゃない!!」
「とは言ってものう、わしは道士だからなまぐさ(魚)なぞ食わんし……釣れたら逆に困る」
「そ、それなら昨日釣ったのはどうしたのさ」
「凍ってて常に新鮮であったから、凍らせたまま人里に持って行って売った」
「うええ、じゃあ昨日帰るときに言ってた『好都合』って……」
「丁度路銀にも困ってた所だったからのう。魚を買い取った者も旨そうに食っていたぞ」
「つ、つまり……」
「悪戯どころか人助けになった、ということよのう。ありがとう」
「そ、そんなぁ」
ガクッと皿の上のエビフライのような状態で、釣り人に背を向け暗いオーラを漂わす。
ありがとうとは言われてるものの心境的に複雑すぎる。
「まあ気を落とすでないチルノよ。あのときわしが驚いたのは事実だぞ」
なんか気の毒に思えてきた若い釣り人はチルノに巻きついた糸をしゅるしゅると解いてやった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いいよ、どうせあたいは駄目な子なのさ。頑張って考えてもあんたみたいな若いのにあっさりと見破られるぐらいだもん」
自由の身になってもチルノは横になったまま動こうとしない。半べそだった。
「や、わしはこう見えても齢七十を超えるのだが」
「……妖怪だったの?」
「さきほど道士だと言ったであろう」
「……『どうし』って何?」
ごろん、とチルノは釣り人に体を向けた。
「なんだ、知らんのか」
釣り人は話しやすいようにと、胡坐を掻くように石の上に座る。
「仙人になる為の修行をしている者のことよ」
「『仙人』……ああ、”妖怪が食べると強くなれる人種”、だったっけ」
「む、そうじゃないぞ。”生命の道を究めんとする者”だ。誰しもがなれる資格がある」
「じゃあ妖怪も仙人になれるの?」
「わしの教えられた通りだとなれるのだがのう……幻想郷では妖怪は”仙人”じゃなく”賢者”となるらしい」
「妖怪の、賢者……? ねえ、あんたの教えでは『妖精』が強くなったらどうなるかわかる?」
チルノは起き上がって適当な石に座った。
「さて、幻想郷の法則はわしにとって専門外でな」
釣り人はチルノが立ち直ったのを見ると、背を向けて釣竿を手にし、再び意味の無い釣りを始めた。
チルノは動かず、ただその背中を見ているだけだ。
「……ただ、先程言ったように『命あるもの全て仙人になる資格あり』だからのう
――もしかしたら強くなった妖精の行き着く先の一つとして『仙人』になるかもしれん」
「強くなった、妖精……」
いつか聞いた言葉が思いだされる。
『――あなたは力を持ちすぎたことを自覚しなさい』
誰が言ったかまでは思い出せなかった。
「ねえ、あたいも『仙人』になれるかな」
釣り人は背を向けながら答えた。
「どうかな。おぬし次第よ」
と。
それ以上、二人とも何も言う事はなく、
だだ何も考えず、糸の先の水面を見ていた。
空が暗くなってきた頃、釣り人は一言、
「じゃあ、またいつかの」
と言って帰っていってしまった。
チルノもじゃあね、と挨拶をして別れを告げた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―次の日―
また岸に行ってみたが誰もいなかった。
チルノは少しガッカリした。ああ、また暇になるなあ、と。
「あ、そういやあいつの名前聞いてなかった!
……ま、いいか。あたいがいつか『仙人』になった時に聞けばいいし」
それなら仙人になる修行でもして過ごそうと、
チルノは『魚が釣れる訳が無い釣り』を始めた。
(了)
見ていない方でも楽しめるよう、オリキャラのようにしておりますがそういうのが苦手な方はブラウザで戻るをどうぞ。
※人里に住む方も登場するので『東方求聞史紀』を持っていると少し楽しめるかもしれません。
※太公望とは
解説:稗田 阿求
昔々、周という国に文王(ぶんおう)という王様がいました。ある日文王が狩りをしようと思い、獲物は何かと占うと、
「今日の獲物は竜ではない、虎でもない、人間だ」
と出たそうです。
文王が不思議に思って出かけると、釣りをしている呂尚(りょしょう)という人を見つけました。
「占いで出た人はきっとこの人に違いない」
と思った文王は呂尚を連れて帰り、周の軍師としたそうです。文王の父の太公(たいこう)は、
「聖人が来てから、この国は栄えるだろう」
と前に予言していました。
それから呂尚は、「太公」が「望」んだ人物というわけで太公望(たいこうぼう)と名乗ることになり、
周が天下を統一する上で、大きな功績を残しました。
このことから、釣りをする人のことを、『太公望』というようになったのです。
ちなみにこのお話の釣り人さんとは関係はありますが実はあまり関係ない、と思われます。
まあ時間軸のズレというか世界観の違いというか何というか……とにかく、今は気にしないでくださいね。
じゃあ、私はあとがきに出番があるのでこれで。
……では、始まります。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
・湖で魚を釣り上げたら既に冷凍されていた。本当に吃驚したが、魚は長持ちしてて美味しかった。
(食べ盛りの太公望)
「あ、ここも脱字」
かきかき……
・湖で魚を釣り上げたら既に冷凍されていた。本当に吃驚したが、魚は長持ちしてて美味しかった”そうだ”。
(食べ盛りの太公望)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ある日、チルノは暇だった。
冬も近くなってカエルが減ってきたし、レティもまだ来ないという微妙な時期だったため暇を潰す方法が無かった。
とりあえず霧の湖の真ん中ぐらいで水を凍らせてその上でどべーっと寝そべりながら何か無いかなぁと空を見る。。
「あー、暇だなあ」
空を飛ぶ鳥の行方でも調べようかな、とも思ったがあいにくそれはこの間やってしまった。
……ちなみに妖怪の山まで行って途中で天狗に止められた。
友達の妖怪達と遊ぼうにも冬支度とやらで忙しいらしいし、同じ妖精の大妖精は寒い寒いと布団から出ようとしない。
仕方なくちゃぷちゃぷと手漕ぎで適当な方向に進んだ。
――と。
「あっ人間!」
岸の方に人間がいるではないか。霧のせいでよく見えないが、それは逆にチルノにとって好都合だった。
こっちが見えないならむこうも見えないはずだからだ。
「何してんだろう」
じーっと目を凝らして岸にいる人間を見る。
人間は湖を向いていて、座って足を伸ばし、両手で細長い棒状の何かを持っていた。
「……釣りしてるみたいね」
なら目は糸の垂れている水面を見ているはず。
チルノはもう少し近づこうと、なるべく音を立てないように釣り人に向けてそっと氷のイカダを漕いだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
チルノの思ったとおり、釣り人は水面を見ていた。
よほど集中しているのか、この霧の中、姿がそれなりにわかる距離に来ても気付く素振りすらない。
黒に茶交じりの髪の若者で、奇妙な道士服と変わった巻き方の頭巾が特徴的な男だ。
(さて、どうしてやろうかなー)
このままこっそりと背後まで飛んで後ろから湖に突き飛ばそうか?
いや、あの姿勢じゃ押した所で意味無いか。
ここから氷のつぶてをぶつけようか?
あ、そういえば昔投げ返された事あったなぁ。
久しぶりの獲物にわくわくしながらあれこれと悪戯の方法をチルノは考えていたが、
「……うーん、釣れんのう。まあ当たり前か」
「っ!?」
急に独り言を言い出したものだからえらく驚いた。
しかし無論釣り人がチルノに気が付いた訳ではない。
(あー、びっくりした……って何であたいが吃驚させられなきゃいけないのさ!!)
こうなったら誰にも思いつかないようなすごい方法で、しかもばれないように驚かしてやる! と意気込み、
再びチルノはうんうんと考え始めた。
―それから数分―
「しかし肌寒いのう……こりゃあ魚も寒くて池の底に潜るか」
再び釣り人は独り言を漏らした。
若いのに年寄り臭い口調だなあ、とチルノは思った。
(独り言が好きな奴ね……ん、寒い?)
チルノが指を水面につけてみた。常人には冷たいだろうが、チルノにとってはどうということない温度だった。
(そうだ!)
ピコン、とチルノが何かを閃いた。
そして『作戦』の段取りを確認すると、すぐさまチルノは湖へと飛び込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
バシャン、と何かが飛び込んだ音が聞こえた。
釣り人は音の聞こえた方を見たが、水の波紋と岩場のようなでっぱりしか見えなかった。
「はて、あそこに岩場なぞあったかのう」
釣り人は首を傾げた。
その『岩場』は氷のイカダなのだが、
霧のせいでシルエットのような状態に見えたので釣り人は岩場と勘違いしているようだ。
「まあ、なんにせよあれだけ大きな音がしたのだ、大物に違いない」
そう言って一度釣り針を手元に戻すと、水の波紋が広がっている中心へと釣竿を振った。
そして数秒もしないうちに、釣竿に強い”引き”が感じられた。
グイッ
「? ……お?」
何故か一瞬”おかしい”という顔をし、
「……ふ、ふはは、もうかかりおった。ダアホな魚だ!」
しかしすぐにしたり顔になった釣り人は釣竿を思いっきり引く。
ザバァッ
「フィーシュッ……おお、でか…ってあら?」
でかい魚を釣り上げた。軽く70センチはあろうかという大物である。
何故か氷漬けであったが。
「うおっ!? 危なっ!」
何故氷漬けなのか一瞬考え呆然としていたが、
こちらに”大きな氷の塊が頭に向かって飛んで来ている”という事に気付き、
釣り人は咄嗟に上体を反らして魚入りの氷塊をかわす。
ゴトンッと重そうな音を立てて釣り人の後ろの地面に氷塊が落ちた。
こんな物が頭にぶつかったらひとたまりもなかっただろう。
「はぁー、肝が冷えたわ。……しかし何故凍っておるのだ?」
ちら、と釣り人は湖を見るが湖からは何の反応も無い。
「ふむ、まあよいか。凍っているとは好都合だしのう、はっはっはっ」
くるりと背を向け、釣り人は凍った魚ごと釣竿を背負い、軽い足取りで湖から離れていった。
しかし離れていく途中、ボソッと
「……泡が見えとるわ、ダアホめ」
と、呟いた。
――確かに湖から小さく不自然な泡がぶくぶくと出ていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
釣り人がどこかへ行った直後、ザバッとチルノが水面から顔を出した。
「……っぶはっ! ……ふふん、まさかこんな時期に水の中にいるなんて思いもしないでしょ」
ずぶ濡れのまま氷のイカダの上に戻ると、
「それにしても…ぷっ、くく…あーはっは! なーにが『ダアホ』よ! おかしいったらないわ!」
バンバンとイカダを叩き、腹を抱えて大笑いしてやった。しばらくの間笑い転げる。
転がりすぎて湖に落ちたが、それさえもおかしいかのように笑った。
「あははははははははは!」
あまりに暇な日が続いていたからか、笑いの琴線もずいぶん緩くなっていたらしい。
しばらくして、笑い疲れたのかイカダの上で眠ってしまった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―なあ六介、俺見たんでよ。霧の湖の水面で一部を凍らせて氷の上でそりゃもう無防備に寝てるん妖精を。
―あい、ホントか彦左衛門? じゃあ稗田様んとこ行って言ってくるといい。そういう話を集めてるんだと。
―んだ、俺もそう思うてた所でよ。いやあ、それにしても……おっと。
―どうしたよ?
―んあ、何でもないよ。それよか六介が見たって言うめんこい夜雀の屋台行こうや。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……あれ? 服が乾いてる」
辺りが暗くなった頃にやっと起きたチルノは、
霧の濃いここでは物がそう簡単に乾くことがない筈なのに、
何故か乾いていた服に疑問を持った。
が、
「うーん、まあいいか。ラッキーラッキー」
深く考える事はせずに自分のねぐらへと帰っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―次の日―
また誰か来てないかな、と期待を膨らませて岸に来たチルノだったが、
なんとまたあの爺口調の若者が来ているではないか。
「うわ、懲りずにまた来てる。本当に間抜けな奴」
大方『あれだけの大物が釣れたからまた釣れる』と思ったに違いない、とチルノは考え、
それならまた同じ目に遭わせてやろうと、チャンスを伺うために空から釣り人を観察した。
自分を警戒してるかもしれないからだ。
が、当の釣り人は
「……あれ?」
目を閉じてじっとしていた。釣竿を垂らしてすらいない。
寝ているのかな、とも思ったが用心を重ねて手の平ぐらいの石を持ってきて適当な所に投げ込んでみた。
――ポチャンッ
音がした瞬間、釣り人の目がカッと開いた。
「! ……いや、小さいか」
しかし石が投げ込まれた方を見ると、一言呟いてから再び目を瞑ってしまった。
チルノはそれを見て
(アホだなあ。自分から切り株にぶつかって死ぬ兎を待ってるようなもんじゃん……)
と呆れたが、まあそれはそれでやりやすいかと思い直し、
こっそりと近くの水面へと向かい、水の中へ飛び込む準備を――
――しようとした瞬間。
「かかった!」
ヒュンッ
「えっ?」
じっとしていた釣り人がいきなり釣竿をチルノに向けて”横に”振った。
糸の先の重りにより遠心力で糸が二重三重と見る見るうちにチルノに何重にも巻きつき、
「そおらっ」
その後思いっきり岸へと引き寄せられる。
「わ、わわわっ!?」
突然のことでなす術も無く、チルノはそのままびたーん、と岸に打ち上げられた。
釣れたチルノを見て釣り人は満足そうに頷く。
「うむ、やはり逃がした『魚』はでかかったのう、チルノとやら」
「????」
ぽかん、とした顔でチルノは釣り人を見上げている。
「え? なんで?」
混乱しながらもチルノは釣り人に聞いた。
「昨日のアレは意図的な悪戯とは判っておったが……誰がやったのか検討がつかなくてのう。
あの後人里に行って人外に詳しい者に聞いたら、
『湖を根城にしている冷気を操る妖精がいる』と言うていたからこうして今日待ち伏せておったのよ」
「……き、昨日は魚を凍らせて遊んでたから、ぐ、偶然あたいが凍らせた魚を釣り上げたんじゃ、ない?」
「いいや、違うの。『魚が釣れる訳が無い』筈なのに釣れたのだから、おかしいのは当たり前よ」
ますますチルノは混乱した。
最低釣り針さえあれば魚は釣れるのだ。
目の前の釣り人は『釣れる訳が無い』と言っているが、
釣りの要である針はちゃんとあった。針が水中でキラキラしてたのを見たし、
それを目印にして近くにいた魚ごと釣り針を凍らせ、
あたかも『偶然”凍っている魚”を釣った』と思わせようしたのだ。
わざわざ演出のために糸を強めに引っ張ったりしてみたし、抜け目は無いはずだ。
「え、え?」
「だーかーら、食いついてすらいない魚がどうやって糸を引くというのだ」
………………………………………………………………。
「あ。」
そうだ、氷は水に浮いてっちゃうからまず魚を凍らせた後、
さらに覆うように釣り針もまとめて凍らせて引っ張ったんだった。
そうしたら氷が浮くのとコイツが引っ張る力を合わせて、
コイツが自分の力で自分の頭に氷の塊をぶつける、となるように。
「策士をきどるならもう少し策を練るんだったのう」
若い釣り人はかかか、と笑う。
「で、でも魚が一回食いついてからすぐに離れたんだったら……」
「む、まだ認めんか。ならばこの釣り針の形をよく見るがいい」
釣り人はチルノにぐるぐると巻かれた糸の先に付いている釣り針をわざわざ見やすいよう、目の前に持ってきた。
――まったく曲がっていない、真っ直ぐで短く、非常に細い針だった。
「な、なにこれ?」
「裁縫の針」
なるほど、こんな針で魚が釣れるわけがない。
たとえ食いついたとしても口からするりと抜けていってしまうだろう。
間違っても魚によって強い”引き”が出るはずは無い。それこそ掴んで引っ張るぐらいしなければ、だ。
「な、な、なんでそんなモンで釣りなんかしてんのよ!」
「だだくつろぐ為の趣味なのだからよかろう」
「鈎針(かぎばり)で釣った後、食べるなりすればいいじゃない!!」
「とは言ってものう、わしは道士だからなまぐさ(魚)なぞ食わんし……釣れたら逆に困る」
「そ、それなら昨日釣ったのはどうしたのさ」
「凍ってて常に新鮮であったから、凍らせたまま人里に持って行って売った」
「うええ、じゃあ昨日帰るときに言ってた『好都合』って……」
「丁度路銀にも困ってた所だったからのう。魚を買い取った者も旨そうに食っていたぞ」
「つ、つまり……」
「悪戯どころか人助けになった、ということよのう。ありがとう」
「そ、そんなぁ」
ガクッと皿の上のエビフライのような状態で、釣り人に背を向け暗いオーラを漂わす。
ありがとうとは言われてるものの心境的に複雑すぎる。
「まあ気を落とすでないチルノよ。あのときわしが驚いたのは事実だぞ」
なんか気の毒に思えてきた若い釣り人はチルノに巻きついた糸をしゅるしゅると解いてやった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いいよ、どうせあたいは駄目な子なのさ。頑張って考えてもあんたみたいな若いのにあっさりと見破られるぐらいだもん」
自由の身になってもチルノは横になったまま動こうとしない。半べそだった。
「や、わしはこう見えても齢七十を超えるのだが」
「……妖怪だったの?」
「さきほど道士だと言ったであろう」
「……『どうし』って何?」
ごろん、とチルノは釣り人に体を向けた。
「なんだ、知らんのか」
釣り人は話しやすいようにと、胡坐を掻くように石の上に座る。
「仙人になる為の修行をしている者のことよ」
「『仙人』……ああ、”妖怪が食べると強くなれる人種”、だったっけ」
「む、そうじゃないぞ。”生命の道を究めんとする者”だ。誰しもがなれる資格がある」
「じゃあ妖怪も仙人になれるの?」
「わしの教えられた通りだとなれるのだがのう……幻想郷では妖怪は”仙人”じゃなく”賢者”となるらしい」
「妖怪の、賢者……? ねえ、あんたの教えでは『妖精』が強くなったらどうなるかわかる?」
チルノは起き上がって適当な石に座った。
「さて、幻想郷の法則はわしにとって専門外でな」
釣り人はチルノが立ち直ったのを見ると、背を向けて釣竿を手にし、再び意味の無い釣りを始めた。
チルノは動かず、ただその背中を見ているだけだ。
「……ただ、先程言ったように『命あるもの全て仙人になる資格あり』だからのう
――もしかしたら強くなった妖精の行き着く先の一つとして『仙人』になるかもしれん」
「強くなった、妖精……」
いつか聞いた言葉が思いだされる。
『――あなたは力を持ちすぎたことを自覚しなさい』
誰が言ったかまでは思い出せなかった。
「ねえ、あたいも『仙人』になれるかな」
釣り人は背を向けながら答えた。
「どうかな。おぬし次第よ」
と。
それ以上、二人とも何も言う事はなく、
だだ何も考えず、糸の先の水面を見ていた。
空が暗くなってきた頃、釣り人は一言、
「じゃあ、またいつかの」
と言って帰っていってしまった。
チルノもじゃあね、と挨拶をして別れを告げた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―次の日―
また岸に行ってみたが誰もいなかった。
チルノは少しガッカリした。ああ、また暇になるなあ、と。
「あ、そういやあいつの名前聞いてなかった!
……ま、いいか。あたいがいつか『仙人』になった時に聞けばいいし」
それなら仙人になる修行でもして過ごそうと、
チルノは『魚が釣れる訳が無い釣り』を始めた。
(了)
大変面白く読ませていただきました。
太公望とチルノのやりとりもすごく微笑ましかったです。
文の長さも丁度いいのでさくっと読めました。
ジャンプの作品は知らないので、原典の方でイメージしたのですが、楽しめました♪
>妖怪が食べると強くなれる人種
確かにそう書いてありましたね。まぁ仙人といえば大陸が本場ですからね。
八雲さん家は大陸風ですが。
もしかすると師叔は、全てを終えて「ブラブラしとる」うちに、幻想郷へと行き着いたのかも…とか思いました。違和感なく溶け込んでましたし。他に、チルノがこの後どうしたのかも色々と想像が膨らみます。
東方の世界に違和感無く師叔が溶け込んでますね。
藤竜太公望ののんびりした雰囲気は、東方キャラと近いものがあるのかも
ちなみにコミックスの方、全巻集めました。
さあ、次は大公 望ちゃんを・・・
すんなりと読めてとても面白かったですよ。お見事です。
次回にも期待しています。
幻想郷にきたらこういう反応するだろうなぁ。
封神演技の世界もある種の理想郷ですからね。このニ作のクロスオーバーは相性がいいのかもしれません。冒頭の一文はネタバレじゃないのか、とか思いましたが、まあ、そんなのは些細なこと。置くならあそこしかないですし。申公豹とかいてもいいかも・・・
苔の一年岩をも通すでチルノが仙人になったら笑えるんですがすぐ飽きちゃうんでしょうねw
ありがとうございました。
またかと辟易したんですが,点数に期待して読ませていただきました。
面白かったです。こういうクロスオーバーなら大歓迎w
あっさりと飽きて,すぐにキレイに忘れる⑨が見えた。
チルノと太公望、なんかいい組み合わせですね。
チルノとのやりとりが東方らしくもあり、封神らしくもありで面白かったです
読みやすい上に面白かったです。
でも、どうせここまでできるなら、
藤竜の破天荒なギャグノリがもっと欲しかったりと我侭を言ってみよう。
太公望のどうでも良い策士っぷりが原作を彷彿とさせます。
そういえば、あれも妖怪だ神話だとかを扱う話でしたね。
ひょんな所でぴったりな組み合わせに少し感動しました。
ダアホっていった時はニヤついてたに違いない