Coolier - 新生・東方創想話

霖と阿求と求聞史紀

2008/02/24 21:42:58
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60年に一度の花と幽霊の祭りも終わり、花に囲まれていた幻想郷は徐々に緑色に包まれつつあった。
桜、向日葵、野菊、桔梗……咲くのが早すぎた花、遅すぎた花、皆消えてゆき香霖堂の窓からは、もう数えるほどしか見当たらない。
美しかった花々は散ってしまった。
いや、花は散ってしまうからこそ美しいとも言える。
人間は昔から花の命の短さを儚み、美しさにあやかろうと花の詩を詠み、花の絵を描き、さまざまな物に花を彫り込んだ。
だが、そんなものは花の一面を切り取っているに過ぎない。
いくら出来が良くとも偽者の花では本物の美しさにはかなわないのだ。
本当の花の楽しみ方とは偽者の花を永遠に愛でるのでは無く、花が咲けばただ愛で、花が散ればまた咲くのを待つのだ。
花とは、散ってしまっても時が経てば再び咲く。
再び花が咲くのを待つ事も、また花の楽しみ方の一つと言えよう。




―――カランカラン


ドアベルの音に霖之助は顔を向けると、入り口には和服を着て風呂敷包みを携えた見覚えのある少女が立っていた。

「こんにちは、店主殿はいらっしゃいますか」
「やあ、君は御阿礼の九代目じゃないか」

少女の名は稗田阿求。
さまざまな知識と資料を持つ稗田家の当主なのだが、護衛も付けずに一人でこのような場所まで足を運ぶのは珍しい。

「一人で来店とは珍しいね。今日は何の用だい?」
「今日は、幻想郷縁起が完成しましたので、そのお礼と報告、あとは別件でお願い事があって来ました」

幻想郷縁起、それは人間が安全に暮らすために御阿礼の子が代々執筆している書物である。
霖之助は数ヶ月前に阿求が幻想郷縁起を編修するための取材に来たのを思い出した。
香霖堂の商品を宣伝するのを条件に阿求の取材に協力したのだ。

「完成したのか、それはおめでとう。それで別件のお願いとはなんだい?」
「その前にこちらをどうぞ」

阿求は持ってきた風呂敷包みを霖之助の前に差し出した。
霖之助が風呂敷包みを解くと中から化粧箱と二冊の本が出てきた。
化粧箱、これは蓋の文字からすると菓子折りだろう。
人様の家にお邪魔するのに御土産を用意してくる阿求は香霖堂に出入りする客の中でも珍しい常識人だ。
そして、二冊の本の内の一冊は香霖堂目録、これは香霖堂の商品を宣伝してもらうために貸し出した物だ。
そしてもう一冊、これが阿求の言う幻想郷縁起なのだろう。

「”東方求聞史紀”か、稗田阿礼の本では無く阿求の史記とはまた思い切った名前を付けたもんだね」

今までに作られたの幻想郷縁起は皆、稗田阿礼の本として書かれており個人の名前が表題になっている物などこれが初めてである。

「ええ、御阿礼の子が転生しているといっても転生前の事はあまり覚えていません。同じ御阿礼の子といってもそれぞれ嗜好や性格も違う別人なんです。私は御阿礼の子の一人ではなく阿求という人間がいた事を残したくてそのようなタイトルにしたんですよ。」
「なるほどね」
「お願い事というのもそれが関係しているのですが、この手紙を十代目の御阿礼の子に渡して欲しいのです」

そう言うと阿求は着物の懐から一通の手紙を取り出し、霖之助に差し出した。

「これは?」
「私から十代目に宛てての手紙です。私がどんな事を考え思っていたのかを一番伝えたい相手はやはり次の自分ですから」
「でも、どうしてその手紙を僕に託すんだい? 君なら他にも託せる相手がいるんじゃないのかい?」
「手紙が届くのは百数十年後になるでしょ。私の知り合いにも信用できる人間は居ますが、次に手紙を託された人間まで信用できるとは限りません。だからといって妖怪に預けるにしても悪戯したりせずに、百数十年後に届けてくれそうなものなどあまり居ませんよ」

なるほどと霖之助は思う。
妖怪は一般的に精神が肉体を司っている。
そのため精神年齢が幼い者は肉体も幼く、精神年齢が高い者は見た目も老け込んでいる。
行動が活発な妖怪に見た目が若いものが多いのはそのせいだろう。
老いている妖怪では次の転生までの百数十年の間生きているか怪しい。
しかし、幼い妖怪では手紙を読んでしまったり、悪戯されたり、手紙の事自体を忘れられてしまう恐れがある。
それなりに成熟しており、人間に友好的で、もしもの時の為居場所が特定できる妖怪となると選択肢はあまり無いだろう。

「しかし、里の守護者なら信用できる相手じゃないのかい?」
「上白沢慧音の事ですか? 確かに彼女なら信用できます。しかし、彼女は半獣人ですが、どうも人間のほうに傾いているようなので……普通の人間よりは長生きするでしょうが百数十年後となると生きているかどうか」
「分かった。さまざまな候補の中から僕が選ばれたんだ、責任を持ってその手紙は預かるよ」
「お願いします」

霖之助は阿求から手紙を受け取り、ふむと考える。

「それにしても十代目の御阿礼の子か……次の名前は阿斗といったところかな?」
「阿斗とは三国志の劉禅の幼名ではありませんか。国を滅ぼされた皇帝の名前とは縁起が悪くないですか?」

思いつきで言っただけだったが、以外にも気に入らなかったようだ。
その証拠に少しだけ阿求の眉根がよっている。

「じゃあ君は十代目にどんな名前が付くと思うんだい?」
「そうですね……きゅうの次だからじゅう、阿を重ねると書いて阿重ではどうでしょう」
「男性ならいいかもしれないが、女性だった場合重いという字が含まれるのはあまりいい気がしないのではないかい?」
「う……い、いいんです、ふとましくてもいい、たくましく育って欲しい。そんな事より早く求聞史紀を読んで感想を聞かせてください」
「分かったよ。でもその前にお茶を煎れてくることにしよう、何時までも立って居ては疲れるだろうそこらの椅子に座って待っててくれ」

そう言って霖之助は台所へと向かった。


~☆~


霖之助が求聞史紀を読み始めて半刻ほど経った。
その間自分が書いた本に読み手がどのような反応をするの気になるのだろう、阿求はそわそわと霖之助を見つめていた。
見た目相応の精神年齢なのは妖怪だけではないのかもしれない。
阿求もまた合計何百年と生きているはずなのに、見た目の年相応の反応をしている。

霖之助は自分の事が書かれている頁まで詠み進めたとき、求聞史紀読む手を止めた。
商売に向いていない性格等引っかかるところは在るのだが、それよりも問題は香霖堂で売っている商品の説明の所だ。
説明文の最後に”買っても役に立たない”や、”買うだけ無駄”等書かれては誰も買おうとはしないでだろう。
取材に協力する代わりに宣伝をするという事だったのだが、これでは話が違うではないか。

「ちょっと、これはどういうことだい。こんな書き方をされては売れる物も売れないじゃないか」

霖之助は立ち上がり、問題の頁を開き阿求に突きつけた。

「あぁ、それですか。目録を拝見したのですがどうにも使えない物ばかり書いてあったのでそのようにしか紹介できなかったのですよ」

さすがにその言葉にはさすがに霖之助もムッとした。

「こういったものは珍しいだけで価値があるんだ。それにここで売っている商品は使い方が分からないだけで価値が無いわけじゃない。それに本来の使い方とは違うが、テレビジョンを霊気容れに出来るように、使い方次第では役に立つ」

霖之助は手近にあった古めかしいカメラを阿求に向けた。

「例えばこのカメラ、これを通して君を見ると……」
「見ると?」
「小さい君がさらに小さく見える」
「なっ!」

馬鹿にされた、その事に気づいた阿求は霖之助に掴みかからんと立ち上がった。

「貴方という人は!自分がちょっと背が高いからといって調子に乗るんじゃありません。稗田家の当主を馬鹿にするとどうなるか思い知らせて―――」

カシャ!

抗議の声を上げている阿求の言葉を遮る一瞬の光と音。
それに続いてジジジジという音と共にカメラより吐き出される一枚の紙。
その紙にゆっくりと浮かびあがってくるのは両手を振り上げで掴みかからんとする阿求の姿だった。

「な、な、な、なんで?使えないはずじゃ……」
「これはポラロイドカメラと呼ばれる物で写真を撮る事が出来る道具だ。これで店においてある物が使えない物じゃない事を理解してもらえたかな」
「その写真を渡してください。そんな姿を誰かに見られたら私のイメージが……」

阿求は写真を奪おうと必死に手を伸ばす。
しかし、霖之助が写真を頭上に掲げるだけで、いくら手を伸ばそうとも届く様子は無かった。
これが阿求ではなく霊夢や魔理沙であれば非力な人妖である霖之助一人どうとでもなるのだが、一度見た物を忘れない程度の能力を持つとはいえ身体能力的には唯の少女である阿求にはどうしようもない。

「この写真は非売品だよ。だけど、香霖堂の商品紹介を書き直すというのなら考えないでもないよ」
「むぐぐ……」

阿求は写真を他人に見られる事の恥ずかしさ、霖之助にからかわれた事への怒り、真実を後世に残すというプライドを天秤に掛け、その結果。

「ふん、好きになさい。この稗田阿求、間違った事実を幻想郷縁起に残すわけにはいきません」

阿求はそう言い残し、香霖堂を後にした。


~☆~


やれやれ、阿求を怒らせてしまったか。
彼女は一度見た物を忘れない、つまりは怨みも忘れないという事だ。
これからしばらくは香霖堂には顔を出さないだろう。
御阿礼の子の寿命は短いし、もしかしたら二度と阿求に会う事が出来ないかもしれない。
だけどそれでも僕と彼女の縁が無くなった訳ではない。
結局十代目への手紙は預かったままなのだ。
彼女が香霖堂に二度と訪れることなく亡くなってしまっても、百数十年経てば転生した彼女に会う事になるのだ。
そのときは是非とも今日の出来事を語るとしよう。

花の詩を詠み、花の絵を描き、花を彫り、そして花の写真を撮る。
そんなものは花の一面を切り取っているに過ぎない。
しかし、それらの行為に意味が無いわけでは無い。
花の一面を切り取り、花の美しさを伝えようとする意思、それが重要なのだ。
花はまた咲く。
しかし、花にも個性があり、以前と同じ物は一つとしてない。
その個性を伝える事が出来れば、作者として本望だろう。
貴重なポラロイドカメラのフィルムだったが、百数十年に一度しか咲かない花の記録を残す事が出来たのだ。
そう悪い使い方では無いはずだ。


霖之助は阿求から受け取った手紙と一緒に先ほど撮ったポラロイド写真をそっと箱にしまった。
花が散って、再び咲くまでのちょっとした時の流れを思い浮かべながら。
どうも、ここまで読んでいただきありがとうございます。
久我&金井です。

今回はの作品では、幻想郷の方々は見た目どおりの精神年齢をしているんじゃないか?というお話です。
きっと、霖之助や阿求も見た目相応に若く、お茶目なところもあるんじゃないかなと思い書きました。
書くたびに霖之助のキャラクターが変わっていっているような気がしていたのですがもうこの際気にしない事にします。
あと、冒頭の部分で時間軸的に花映塚が終わってすぐ位を表したつもりなのですが、分かりにくかったらごめんなさい。

前作、夢で逢いましょうの続きを期待してくださった方々へ
たくさんの感想ありがとうございました。
続きの話ではなくてごめんなさい。
夢で逢いましょうは、あれで終わりのつもりで書いたので続きは考えていませんでした。
姫様と霖之助のカップリングは好きなのでそのうち書くかも知れませんが、今回の話みたいなのをいくつか挟みつつ、無い頭で姫様と霖之助の話を考えてみたいと思います
現状では続きの話なのか、また別の話なのかすら考えていません。
金井
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コメント



0.2300簡易評価
1.90名無しー削除
ああ、阿求がかわいいなぁwwwwwwwww(何
しかし霖之助が自分の商品の目録なんてめんどくさいものを作っていたなんておどr(字が霞んで読めない
てか、まぁ、年齢はお嬢様とかは500歳とはとても思えんしなぁwwwww(失礼
3.90名前が無い程度の能力削除
良い作品でした!
ならばゆかりんの年齢は…(スキマ送りにされました)
4.100名無し妖怪削除
霖之助は見た目20代前半に見えるな
7.無評価パセリ削除
阿求はいいですなあ。うんうん。
10.90名前が無い程度の能力削除
そういえば、ポラロイドは本当に幻想入りしちゃうみたいですね…
霖之助には、なんとか次の代まで写真を保存して欲しいなぁ。
11.80三文字削除
阿求可愛いよ阿求。
数百年に一度しか見れない阿求の写真。なんとも素敵な花の写真だ。
あと、見た目=精神年齢というのは合ってる気がします。
それだけ、単純な奴らが多いと言うことで・・・
15.80名前が無い程度の能力削除
相変わらず霖之助がいい塩梅だな~
百数十年に一度の華という表現がGOODでした。
16.90名前が無い程度の能力削除
あと、あじゅー、まではまあいいとしても11代目からは本当に名前に難儀しそうだな。
21.90bobu削除
和んでしまいましたw
十一代目から阿イレブンとか英語使ってみるw
見た目=精神年齢ならこーりん、えーりんや紫以外は意外と子供かも知らんねw
ありがとうございました
25.100削除
あっきゅんすーぱーみらくるぐれーとかわいいよ!(あまりのことに文章が幼稚化しています)
冒頭の花の愛でかた論がオチにするりとつながるうまさにほぅと息をつきました。
それにしても霖之助がいい感じですわー。
今後も霖之助を主人公とした作品が読みたいです。
(もちろん他の主人公でも喜んで読ませていただきます!)
42.100名前が無い程度の能力削除
導入部からの引き込みがうまいです。
御阿礼の御子を咲いては散華する花に喩えたところが素敵でした。