Coolier - 新生・東方創想話

君想桜咲

2008/02/23 07:44:00
最終更新
サイズ
5.64KB
ページ数
1
閲覧数
834
評価数
3/14
POINT
630
Rate
8.73
―桜が咲き、桜が舞う
清らかな光を享けて、眩しく舞い上がる花よ・・・―

「歌・・・?」

季節は初春。
この白玉楼でも、例に漏れず桜が咲き誇っている。
が、見たところ、どの樹も満開には今一歩及んでいない。
それでも、冥界の桜の幻想的な姿は見た者の心を震わせる力があり。
そして、そんな風景に溶け込むような透き通る歌声が響き渡る。




歌に引き寄せられるままに、私は西行寺家の中庭にゆっくりと降り立った。その歌が不意に止む。
見れば屋敷の縁側には西行寺家の亡霊嬢、幽々子さんが腰掛けていた。彼女は私を見つけると、勝手な来訪を咎めるでもなく、少し困ったように口元に1本指を当てて微笑む。
静かに、ということらしい。
幽々子さんの様子に納得して、心持小声で話すことにした。

「どうもこんにちは、幽々子さん。」
「こんにちは天狗さん。一体こんなところまで何の御用かしら?」
「えぇ、実は次の新聞は各地の春の様子、桜の開花状況などを記事にしようと思ってましてね。それならば下界だけでなく、この白玉楼の冥界桜の様子も取材させていただきたいと思い伺ったのですよ。」
「そう。取材なら構わないわ。どうぞご自由に。」

なんともあっさりと。
ここに来る前は、写真を取らせてくれないなら弾幕ごっこの1つや2つ!と意気込んでいたのですが・・・。
力技を使わなくてよかったと喜ぶところなのだろうが、拍子抜けである。
・・・まぁ、この状態では相手である彼女がたに弾幕ごっこなど到底できないんですけどね。

「ありがとうございます。・・・ところで、珍しいですね。」

先ほどから気になっていたこと。
優しい笑顔で庭の桜を見つめる幽々子さんから少し視線を落として、その膝元。
そこには、私達が小声で話さなければいけない理由でもあり、弾幕ごっこができない理由。
柔らかそうな膝に、まだ小さな頭を預けて寝入るのは短く切り揃えられた銀髪の女の子。
つまり、幽々子さんの従者でお庭番の妖夢さんが、膝枕でお昼寝中だったのだ。

「あの妖夢さんがお昼寝なんて驚きです。それもご主人様のお膝元で。やっぱり春眠暁を覚えずってやつなんですかねぇ?」

妖夢さんといえば、いつもきりっとしていてお堅いイメージがあったのだが、ご主人と二人きりだとかにはもっと柔らかかったり甘えん坊なところがあるのだろうか。やはり人は気を許している場所や人の前では印象の変わるものなのですか。
春麗、ご主人の膝の上で幸せそうに眠る妖夢さんをみて、私も少し幸せな気持ちになって・・・。

「えっとね・・・ちょっと違うのよ。」
「はい?」

幸せな気持ちに、なってきたのだけど・・・。どうしてか幽々子さんは歯切れ悪く苦笑する様子。
はて、私が何かしましたでしょうか?

「最近の妖夢ったら桜たちの満開見頃に向けて最後の一仕事って張り切っちゃってて、あんまり私に構ってくれなかったのよ。」
「はぁ。」
「だから、ちょっと寂しくて、今日、悪戯をしたの。」
「悪戯、ですか。」
「ええ、そしたらね・・・なんだかタイミングや場所が絶妙だったみたいで。慌てた妖夢が足を滑らせて樹の根に頭をぶつけて・・・」
 
怪訝な顔をした私に、ほんのちょっとよ?可愛い悪戯よ?と、少し声を大きくして慌てて付け加える幽々子さん。
・・・一体どんな悪戯だったのか気になるんですが、“ほんのちょっと”の“可愛い”悪戯ではないことは察しました妖夢さん・・・。
冥界(ここ)でこの言葉が効くのかはわかりませんが、とりあえず言っておきましょうか。南無。

「・・・つまり妖夢さんは寝てるのではなく、気絶しているんですね。」

微妙に目線をそらす幽々子さん。
何ともまぁ、先ほどまでは気持ちよさそうに熟睡しているようにみえた妖夢さんが、心なしか少しうなされているように見えてくる始末。
柔らかそうな太ももに包まれたその銀髪の後頭部に、たんこぶまで幻視してしまったんですけれども・・・。

「それにしても、こうしていると色々と懐かしいわ。」
「といいますと・・・昔は妖夢さんもこんな風に膝枕をねだったりする甘えん坊さんだったのですか?」

強引に話題をそらしたような気がしないでもないけれど、それはそれで気になる話題だったので先を促しつっこみはしないでおく。
妖夢さんの半霊は、妖夢さんのそばをぷかぷかと浮いていた。

「いいえ。小さい頃からそれはもう真面目で頑固で真っ直ぐで・・・でも、たまにどうしても寂しくなってしまうときはあったんでしょうね。それでも、そういうことを表すのが苦手な子だったから、そういうときはちょっと強引に私から、ね。」

今だって、もう少しくらい私に頼ってくれてもいいのだけど。
ぼんやりと呟く幽々子さんは、おっとりと微笑んで気絶・・・いや、眠り続ける妖夢さんを見つめていた。



―桜が咲き、桜が舞う
花の心に寄り添いて、篤い命を生き生きる・・・―

お二人から離れて桜の様子を取材する私の耳に、不意に届いたあの歌声。やはり先ほどのは幽々子さんの歌声だったようだ。
みれば幽々子さんは、相変わらず微笑みながら膝の上の小さな頭をゆっくりとなでていた。しかし、こうまでしても妖夢さんに目覚める様子は全くない。
・・・最初は気絶だったにしても、今は本当に寝入ってしまっているのかもしれませんね。
幽々子さんのお話によれば、最近の妖夢さんは働きづめだったよう。取材も十分出来ましたし、これ以上お邪魔になるのはよくないのかもしれない。

「そろそろお暇します。」
「そうなの?お勝手でお茶を淹れてお団子と一緒に持ってきてくれるなら、もっとゆっくりしていっていいのよ?」
「いえいえ、人のうちで給仕をやる趣味もないですし、これ以上お二人の大切な時間の邪魔をしても失礼ですし、謹んで遠慮させてもらいますよ。取材へのご協力、ありがとうございました。」
「ふふ、次の新聞は久しぶりに楽しみにしておくわ。」

久しぶりって・・・それは遠まわしに私の新聞が面白くないってことでしょうかね。
ちょっとひっかかります。

「・・・それにしても素晴らしい桜ですね。」
「ありがとう。私の自慢なのよ。」
「全く素晴らしいですよ。いやはや、博麗神社の並木や山の上の大桜と並んでも引けを取らない、3者3様甲乙つけがたいです。」
「あら嫌だわ。幻想卿で一番の桜はここの桜よ?」
「と、申しますと?」

幽々子さんが私を真っ直ぐに見てふっと微笑んだ。
・・・その微笑みは、いつものおっとりのんびりしたものより、幾分も優しさと嬉しさに溢れているように見える柔らかく美しい笑みで。


「妖夢が毎年毎年手をかけ管理してくれている白玉楼(ここ)の桜が、一番美しいに決まっているわ。」


そんな美しい微笑みと素晴らしい桜に優しい時間を、私は迷わず記録に。






後日、我が文々。新聞の一面を飾った写真をみて、どこかのお庭番が顔を真っ赤にして私のところに斬りこみにきたのは、また別の話ということで。
はじめまして、緋色龍と申します。
前々から皆様方の作品を拝見してましたが、ついに耐え切れなくなって自分でも書いてみることに。
桜咲く季節まだもう少しはやいのですが・・・思い立ったが吉日ってけーねが言ってた気がします。
それでは、ここまで読んでくださった方に万感の想いを込めて。
ありがとうございます。
緋色龍
http://web-box.jp/hosikara/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.390簡易評価
5.100Noxious削除
白玉楼の主従を書いた作品は重いか軽いか極端になるものが多い気がしますが、
この作品は軟性と剛性の調和が取れている印象を受けました
個人的な所感ですが、優しくてお茶目な幽々子様がとても魅力的でした
8.80名前が無い程度の能力削除
やさしいゆゆ様はいいものです
9.60名前が無い程度の能力削除
慈愛に満ちたゆゆ様がしっかりと表現できていたように思います。
最後の断定口調もとてもゆゆ様らしいと思いました