※この作品を読む前に『oneself』を読んでおくことをお勧めします。
ぶっちゃけ読まずに来られると訳が分からない代物かと思いますので。
人であれば幸せだったのだろうか
愛する人間と共に生活できたのだから
獣であれば幸せだったのだろうか
もとより夢を見ることもなかっただろうに
半獣であることは不幸なのだろうか
それは彼女にしか分からない
~大昔~
「はぁ・・・」
私は、深い溜め息をついていた。
溜め息一つつくごとに幸せが逃げていくとはいうが、もしそれが本当だとしたら私の幸せはもう全部逃げてしまっているだろう。
それとも一つ歳を取るのだっただろうか。そうだとするなら恐ろしい。
「紫様、お疲れのようですね」
「んぅ、まぁ大丈夫よ」
自らの式の気遣いの言葉にも、まともな返事一つ返してやれない。
彼女は私の顔色を伺いながら、台所へと引っ込んでしまった。
今日の夕餉は山菜尽くしの味噌汁らしいが、残念ながら今の私にはあまり食欲がない。
本当に残念だ、藍が作る料理は美味しいのに。
私の心を悩ませているもの。
それは、“人間”という存在だ。
ここ、幻想郷は文字通り外の世界で“幻想”となってしまった者を保護するために存在するようなものだ。
そう、例えば“妖怪”のような。
では、妖怪だけを囲ってしまえば良いのだろうか。
そうではない。
例えば妖怪は、“人間に恐れられて”初めて妖怪となる。
例えば神は、“人間に信仰されて”初めて神となる。
故に、この楽園には人間という存在が必要不可欠なのだ。
だというのに・・・
「いただきます」
「いただきま~す」
ご飯と味噌汁、そして川魚の煮物というごくごく質素な料理。
だが藍が作るそれはどこぞの料理人よりはるかに美味いのだ。
それでも・・・
「紫様、塩加減でもおかしかったでしょうか?」
「え? あ、美味しいわよ。本当に美味しいわ」
「そうですか・・・あまり箸が進んでおられないので」
それもそうだろう、私は基本的に料理は味わって食べる。だが、それにしても私の箸の進み具合は遅々としたものだ。
自分でそうと分かっているのに、自らの式がそれに気づかないはずもない。
「ごめんなさいね、ちょっと気分が優れなくて・・・」
「・・・・・・人里の、ことですか」
私の言葉に、藍の眉の皺が寄った。恐らく、私の顔も同じようなものになっているだろう。
「そうなのよね・・・」
人間という存在は“脆い”。
ほんの少し妖怪が力を出せば、それだけで人生を終わらせてしまうほどだ。
それが悪いとは言わない、それが人間なのだから。
だが、その脆さは時として人間にとっての死活問題となる。
故に、私は頭を悩ませている。
「今月だけで被害は両手の指を超えてます」
「そうなのよね・・・」
藍が出した報告は、つまるところ妖怪に襲われた人里の人間の数。
人間は賢い。徒党を組み、武器を集め、妖怪と立ち向かうこともできる。
だが、“立ち向かう”ことは出来ても勝てはしない。それほどまでに妖怪とは力の差があるのだ。
「巫女も頑張ってはいますが、いかんせん手が足りないようです」
「そう、なのよね・・・・・・」
なんとなく、食卓がどんよりとしてきた気がする。
このままでは、せっかく藍が作ってくれたご飯が不味くなってしまう。
かといって、食欲もわかない。
「藍、ご馳走様。今日はもう寝るわ」
「はい、かしこまりました」
私は席を立つ。後片付けは藍がやっておいてくれるだろう。
とりあえず、私は眠ることにした。
賢い妖怪は人間という存在の大切さを分かっている。
だが、妖怪は賢い者ばかりとは限らない。
仮に幻想郷内に存在する人間が全滅してしまえば、妖怪もまた力を失うこととなる。
それが分かっているから賢い妖怪は、人間に滅多に手を出そうとしない。
それが分からないから、賢くない妖怪は人間に手を出す。
幸運なことに、人間は過去から学ぶ動物である。
知識や教訓を生かして妖怪に立ち向かうことを覚えたが、まだだ。
このままでは、いずれ人間は居なくなってしまうだろう。
何かが、変わらない限り。
~どこではないそこ~
「紫様、おられますか紫様」
夢と現を彷徨う私の脳裏に、愛すべき式の声が飛び込んでくる。
どうやら、何かが起こったようだ。
目を開き、布団から上体を起こしてみる。
暗かった。
「まだこんな時間じゃない・・・」
自らの式に悪態をつきながら、私は布団から出た。
「紫様、おられましたか」
そのタイミングを見計らったかのように藍が障子を開けて飛び込んでくる。せめて一声かけるかぐらいはしてほしかった。親しき仲にも礼儀あり。
「どうしたの藍、そんなに慌てて」
「はい、それがその・・・・・・とりあえず、来てください」
私の問い掛けにもろくすっぽ返事をせず、藍は私を置いて出て行く。
しょうがないので、ついていくことにした。
「紫様、このような者が結界を越えました」
布団に寝かされているのは、傷だらけの女性。美しい容姿を持つ彼女は男性の目を惹きつける何かを持っていた。
・・・胸は私が勝っている筈だ、うん。
絶対に勝っている、何が何だろうと勝っている。
「おかしいわね、結界に目立つ綻びはなかったはずだけど」
外見的特長からの考察は置いておいて、私は藍に聞いた。
これでも私は結界の管理運営維持活動をしているのだ、結界に綻び・穴があればすぐに分かる。
まぁ面倒な時は藍に直させているのだが。
「はい、それがどうやら自力で結界を越えたらしく・・・」
「・・・藍、それ本当?」
私は思わず聴き返していた。この式、時々抜けているところもあるから大事なことは二度聞くことを忘れてはいけない。
「はい、本当です」
肯定の返事を聞いて、私はもう一度眠る女性に目を向けた。
自力で結界を越えられる人間など居ない、つまり彼女は―――妖怪。
あとはほんのちょいと境界を覗いて弄くってまさぐれば、彼女の持つ力・能力などすぐに分かる。
こういう時は、私の能力というのは便利なものだ。
そして出てきた物は―――
「・・・なるほど、能力を自分に使って“幻想”になった、か。何があったのか―――は、この様子から見てよく分かるわね」
恐るべきはその能力か。
『歴史を隠す程度の能力』、それを自らに使い、幻想と成り果てる。
特筆すべきはその過去か。
彼女にそれを決断させた、過去と苦悩。
彼女の能力は、ある意味においては私をも凌駕するもの。
「はい、ほぼ治癒しかけているようですが、体力の大半を失っているようです―――紫様?」
藍が私に問いかける。恐らく、その時の私の瞳は何やら光り輝いていたのだろう。
天啓だ。
「いえね・・・この能力と彼女の辿った歴史があれば、人里の繁栄と守護に良さそうと思って」
私の口から出てきた言葉は、藍をびっくりさせるには十分すぎたようだ。
「この者を人里に送る、と?」
「ええ、それが最適だと思うわ」
確かに最適だ、だが、どこの馬の骨とも分からない妖怪を人里に送るというのは、下手をすればそれこそ人里壊滅という運命を招きかねない。
だが、おそらく大丈夫だろう。
「はぁ、分かりました・・・ん? この者、何か言ってますよ?」
「え? ・・・どうやらうわごとのようね、どれどれ―――」
眠る女性の口元に、耳を近づけてみる。
呻き声とも取れそうだが、確かに彼女は何かを言おうとしている。
その何かは、呪詛でも恨み言でも絶望でもなんでもなく
「死なせてくれ」
達観
「紫様、どうですか?」
声量の問題か、藍の耳にまでは届いていなかったようだ。
かなり大きな耳をしていながらそれはまずいのではないだろうか。
「―――これは、恨まれるわね」
「・・・は?」
「藍、治療したら人里の方に送っといて、私は寝るから~」
「は、はぁ・・・って紫様! ・・・まったく、しょうがない主だ」
~時は飛び~
「まったく、なんでこんな夜中に・・・」
「はいはいブツブツ言わないの、お仕事お仕事~」
「めんどくさい~」
私の隣を飛ぶめでたい色の巫女は、さっきから愚痴ばかり垂れ流している。
仮にも巫女であるならば、せめて異変の時ぐらいは喜喜として駆けつけてほしいものである。
いや、異変を喜ばれては困るが。
「そういえば、そろそろ人里よね~、というより、もう着いてそうなはずだけど」
「ええ、そうね」
巫女は気づいていないようだが、今日は人里に着くことは出来ないだろう。
何故なら―――
「お前達か。
こんな真夜中に里を襲おうとする奴は。」
愛しい人間達を護るために、彼女は戦っているから。
~それは蛇足な物語~
あの不思議な夜の事件のあと、私はたびたび彼女―――上白沢慧音の宅を尋ねている。
何故って? 暇だから。
「むぅ・・・」
目の前の彼女は書の真っ最中のようだ。紙を前にして何やら呻いている。
さて、どのタイミングで話しかけようか。
と、彼女が書き損じの紙を部屋の隅の屑篭へと放り投げた。
「あら、勿体無いわね、資源の無駄遣いよ」
いつものように胡散臭い声で、胡散臭い笑顔を浮かべて。
それが“私”だから。
案の定、彼女は嫌そうな顔をして振り向いてくれた。
「どうしたんだ八雲紫、自らの式に邪魔者扱いされたか?」
「そうなのよ~藍ったら私を掃除の邪魔だって・・・ってそんな訳ないでしょ」
開口一番の嫌味とも取れる言葉に私はノリツッコミで返しておく。
まぁハクタクにそのようなユーモアが分かるとは思えないけど。
「まぁまぁ、今日はちょっと聞きたいこともあったから~」
「どうしたんだ? 私に尋ねごとなど珍しい」
確かに珍しいことかもしれない。
でも、私は一度聞いておかなければならなかった。
これの返事次第では、私は彼女に―――
「いえ・・・一つだけよ、『今でも―――死にたい?』」
質問の最後がどこかから響いてくる爆音にかき消された。
例の不死鳥でもまた暴れているのだろうか。
「―――私は、大丈夫だ」
「そうよね、忘れてちょうだい」
返ってきた答えは、予想通りのもの。
むしろ、恨み言の一つでも吐かれるかもしれないとある程度覚悟はしてきたが。
彼女の意思を考えずに、私は彼女を幻想の存在として生かさせたのだから。
とりあえず、これで用事は済んだ。
私はスキマを展開し、そこに足を踏み入れる。もしかすると、ここに寄ることはこれからあまり無くなるかもしれない。
と―――
「紫殿、ありがとう」
背後から、確かに聞こえてきたその言葉。
私は何も言わず、スキマを閉じた。
だって、感謝されるようなことは何もしてない。
恨まれることはしても、感謝されるようなことは―――
彼女は愛しい人間達を護る
「ま、いいか」
何にせよ、今日は妙に気分が良くなってきた。
愛しい式が待つ家へと、帰ることにしよう。
そして私は、この楽園を護るのだから
「また、寄ってみようかしら」