Coolier - 新生・東方創想話

雪の降る音

2008/02/16 13:38:49
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 机に向かい淡々と白い紙の上に墨と筆で文字をえがき、文字をつなげ単語にする。
その単語は連なり文章となり、そして文章は相互に影響しながら一つの長文として完成する。
 今日は少し寒い。雨戸を閉め、淡々と紙に文を連ねていた輝夜は、おもむろに筆を置き、背筋を伸ばした。
「ん……ふぅ……」
 肺から押し出された空気が彼女の声帯を揺らし、艶めいた声をあげさせた。
彼女はおもむろに正座していた足を崩し、雨戸に手を伸ばした。凍っているのか滑りが悪いのか、雨戸は容易に開かない。
輝夜はさらに雨戸に近寄り、右手に左手を沿え、先ほどよりさらに力を込めた。
まるで石棺を開けるような重い音を立て、雨戸がわずかに開く。その隙間から冷たい風が温かな室内に流れ込んだ。
その冷たい風に少し体を震わせた後、輝夜は少しだけ隙間を狭くし、また机に座りなおした。
暖かな部屋は確かに快適だ。しかし自然に逆らった気候の部屋は空気が悪くなる。
空気は自然の物、人の手より自然の手を好むのは当然だろう。
それに余り暖かな部屋では頭が少々煮えて思考が鈍ってしまう。少しは冷たい風でも入れ、息をつくとしよう。
 そう考えながら雨戸が縁取った額から、自然の作品を眺めていた輝夜は、机をおもむろに雨戸の正面に動かした。
「これで良し」

 移動した机に向かい合うと、雨戸から覗く風景の移り変わり、雪が竹林や地面と触れる音、
そして吹き込む冷気が、彼女のやや停滞していた感覚を刺激した。
「あら素敵な掛け軸ねこれは。長さも幅もちょうどいいわ」
 雨戸の隙間から見える風景を掛け軸として、彼女はその千差万別する素敵な掛け軸をしばらく楽しそうに眺めた。
「笹に触れ 何を奏でる 粉雪よ」
「なんじも雪ぞ 何を奏でん」
「あら永琳。」
 輝夜が振り向くと、湯飲みを盆に載せた永琳が、輝夜のニ歩ほど後ろに下がって立っていた。
この位置なら、輝夜が勢い良く振り向いてもぶつかることは無いだろう。
輝夜は右手を支えに、上体だけ振り向いたまま微笑を浮かべた。
「その下の句の意味は何かしら?」
 永琳は輝夜の右に座り、左手で湯のみを机の上に置く。永琳が横に来たので輝夜も上体を正面に戻す。
「雪は白い物を表すこともあります。姫の肌はまさに白く、新雪の様に美しい。その姫が雪に笹で何を奏でるとお聞きになりました」
 彼女はさりげなく、輝夜の着物に付いた畳のクズを払いのけ、言葉を続けた。
「ですから私は、貴方は何を奏でるのでしょうか?とお尋ねしたのです」
 その言葉を聞いて輝夜はくすくすと笑う。そして筆を取りその細い指でそれを操り、紙に言葉を生み出した。
「情熱的ね永琳。人の詩で求婚かしら?」
 輝夜が永琳に渡した紙にはただ「書」の一文字。その文字を見た永琳は目を閉じ、頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。」
 そう言って退室しようと立ち上がる永琳の指に、輝夜は指を絡ませた。その指は永琳に絡みつき、
まるで獲物に絡む蛇のように彼女を拘束した。輝夜はゆっくりと首を横に振り、指を絡めたまま外を眺めた。
「一緒に居なさい永琳。これは私の演奏の邪魔をした罰。景色を眺め文の構成を練っていた私を邪魔した貴方への刑罰よ」
「はい」
 永琳は大人しく輝夜の横に正座し、雨戸からのぞく風景を眺めた。
 屋根から滴り落ちる雪解け水は、その雫で地面に敷き詰められた柔らかな雪を穿つ。
竹や石灯籠に積もった雪は、塊となって落ち、地面の雪と音をたてる。
静寂の中で奏でる雪の音はまさに千差万別だ。永琳が感嘆の吐息を漏らした。
「雪というものは、こうも色々な音をたてるのですね」
「そうよ永琳。時には降っている雪でさえ音をたてるわ」
 その言葉に永琳は疑問を口にする。
「降っている雪は音をたてるのでしょうか?」

 輝夜が流水のように視線を動かし、その瞳で永琳を射抜いた。
その顔の動きに合わせて、輝夜の黒髪が小波のように揺れ、彼女の着物と擦れ合い音を奏でた。
この世のどの宝石よりも美しく濡れ、輝く輝夜の瞳を受け、永琳は思わず目をそらす。
輝夜はそれを許さず、両手で永琳の顔を優しく包み、その顔を近づけた。
睫毛は触れ合い、二人の唇の間は半紙一枚分ほどしか無い。
 輝夜の熱っぽい息が永琳の唇に触れる。輝夜はにっこりと微笑み、永琳にささやいた。
「そうね……その疑問は素敵。じゃあ永琳にも聞かせてあげる……雪の降る音を」
 輝夜は優しく永琳の右頬から手を離すと、そっと永琳の胸に手を当て、優しく突き放す。
永琳は少し頬を赤らめ、少しの間足を崩したまま呆けていたが、すぐに座りなおし、表情を引き締めた。
「彼女を呼んでくるのよ。紅い館の近くの、氷精をね……」
 そう言って机に向かい、筆を走らせ始めた主の背中に頷いた永琳は、輝夜の書道の邪魔をしないように静かに部屋を立ち去った。


 紅魔館周辺の湖は厚い氷に覆われていた。その氷の足場の上でパチュリーは、ひざを生まれたての子馬のように震えさせ、両手を前に突き出し、必死にバランスを取りながら滑っていた。
「パチェ。こっちこっち。ほら」
 そう言ってレミリアは笑顔でスイスイと氷の上を滑り、キャンバスに美しい軌跡を描いた。
「意外と難しいわね……っと、むきゅ!な……なんで右に」
 対するパチュリーは、なんとか酔っ払いの様に頼りなく進んでいるが、転ぶのは時間の問題だろう。
そんな二人の様子を湖の縁で眺めているのは咲夜とチルノ。
チルノは気だるそうな表情で地面に座り、咲夜に視線を送った。
「スケートって楽しい?」
「私はお嬢様が転んで、その拍子に月明かりの下に晒される太ももを見るのが楽しいわね」
「主人が居ないと本音暴露ってこと?」
 両手を広げ、信じられないと訴えるチルノに、咲夜は右人差し指を唇に当て、息を吹いた。
「あら、これは願いよ?私だってご褒美は欲しいもの」
「ふぅん。ところで門番は?」
「フランドール様と雪だるま作ってるわ」
 咲夜が指差した先をしばらく眺めたチルノは、頭を掻くと視線をそらした。
「新しい山が出来たわけじゃないのね」
 咲夜はレミリアに視線を固定したまま頷いた。
「まぁ美鈴と仲良くやってるわよきっと」
 そう言って咲夜が視線をチルノに移すと、彼女はどこにも居なかった。
咲夜はそれに疑問を少し覚えたが、きまぐれに帰ってしまったのだろうと思い、視線をレミリアにまた固定した。
すると丁度良くレミリアが咲夜の目の前で転び、咲夜が座っている場所の土が瞬く間に赤く染まった。


 雨戸を全て開け、外の景色が良く見えるようにした永琳は、月を眺めながら少し落ち着きの無い輝夜の横に立った。
「始めまして。蓬莱山輝夜よ」
 そう言って目の前に座る小さな少女に輝夜は話しかける。
チルノは顔を上げると少し不機嫌そうな表情で輝夜の瞳をのぞいた。二人の視線が交差して数秒、チルノは頭を激しく掻いた。
「あたいを捕まえてどうする気?」
「違うわ。お願いを聞いて欲しいだけ」
「何?」
 輝夜は袖で口元を隠すと、くすくすと笑った。輝夜はチルノの表情や仕草に恐れを見つけたのだ。
「怖がらないで。別に不死鳥に投げつけたりはしないわ」
 彼女は左を指差し、ゆっくりとそれを右に滑らせた。
「この一面の雪を凍らせて欲しいの。落ちたり、溶けたりしないように」
「時間かかるけど良い?」
「構わないわ、時間はいくらでもかけて頂戴」
 そう言うと輝夜はまた辺りの景色を眺め、そわそわと落ち着きを無くし始めた。

 
 チルノが辺りを凍らせ始めてた時には月は東に浮かび、そして今は西にその姿を移している。
輝夜は永琳と将棋を指しながら耳を澄ます。すると辺りの雪が奏でる音が一つ、また一つと消えていくのが聞こえた。
 将棋で永琳に勝てるはずは無い。実際に輝夜はすでにかなりの駒を失っていた。
しかし彼女は表情一つ変えず、銀を見当違いの方向へ指す。
まったく意味の無いその駒を見て、永琳は考えた。この銀は何かを暗示しているのだろう。
銀を眺め、考える天才に、輝夜は言葉をかけた。
「戦略的にも何の効果も無い銀よ永琳」
 永琳はしばらくその銀について考えたが、結局その銀を無視することにした。

 
 そして数手後、輝夜は詰められた。
「流石ね永琳」
 輝夜は素直に永琳に賞賛の言葉をかける。
「光栄です。もう一局指しますか?今度はウドンゲとでも」
 そう言って駒を片付けようとする永琳を、輝夜は制止した。
「そのままにしておいて。後で使うから」
「はい、では私は夕食の支度をしてまいります」
 永琳は輝夜に一礼すると部屋の奥へと消えて行った。
その背中を見送った輝夜は何かに気付いたかのように呟いた。
「雨戸と雨戸の隙間から見る景色が掛け軸なら、この景色は屏風ね」
 輝夜は、小さくあくびをした。
そして彼女はゆっくりと立ち上がり、外の景色に背を向け、部屋に入る。
部屋に入った輝夜は本棚から本を取り出すと、また外の景色の見える場所に座り、持ってきた本を読み始めた。


 輝夜の読書が終盤に差し掛かった辺りで、彼女は目の前に気配を感じた。
ゆっくりと顔を上げると、息を荒くしたチルノが憮然とした態度で立っていた。
「出来たわよ」
 輝夜は辺りを見渡す。目に入る世界はすべて凍りつき、部屋の中の明かりを受けて輝いている。
その輝きの中に、動こうとするものは何一つとしてない。
チルノに視線を合わせ、にっこり微笑んだ輝夜は、頭を下げた。
「ありがとう」
「もう帰るわよ?」
「ええ……。帰りはウドンゲに送らせましょうか?」
 チルノは首を横に振ると、ふわりと浮き上がり、月の沈んだ夜空へ消えていった。
しばらく彼女の消えていった方向を見つめていた輝夜は、永琳がやって来るまでに本を読み終わることにした。
彼女の視線がまた本に向かい。しばらくは彼女の吐息と紙がこすれる音だけが、静寂の中でわずかに響いた。


 「姫。夕食の支度が――」
 そこで永琳は言葉を飲み込み、薄暗い明かりに映された外の景色に感嘆のため息を漏らした。
月が沈み、景色に光を与えるのは、いくつかの蝋燭の明かりのみ。
蜃気楼の様に揺れるその炎を受けた氷の表面が揺れ動き、まるで生きているかのような錯覚を感じさせる。
しかしその揺らめきは音を立てることは無く、氷に遮断された生物を見る様でもあった。
「こっちの準備も整ったわ永琳」
 本から目を離した輝夜が自分の右の畳をなでる。永琳はその場所に座り、輝夜の見ている方向を見た。
相変わらず雪は舞い落ち、地面に積もっていく。そしてしばしの静寂の後、輝夜は首をひねった。
「あら?雪が地面に落ちる音しかしないわね」
「ですね……」
「おかしいわね、本には『しんしんと雪は降る』って書いてあるのに」
 そう言って本を眺める輝夜に、永琳は彼女の間違いを理解したらしく、クスクスと笑った。
「姫、それは擬態語です。雪の降る様を音に例えた言葉なのです」
 輝夜は眉をひそめ、いまいち理解が出来ていないと訴える表情を浮かべた。
「実際に音がするわけではないのね」
「ええ」
 そこまで聞いた輝夜は、残念そうに空を見上げ、彼女の近くに舞い落ちた雪に吐息を吹きかけた。
その息に吹かれ、雪の粒は溶けながら地面に落ちた。
「あーあ……聞きたかったなぁ雪が落ちる音」
 輝夜は心底残念そうにため息を吐いた。機嫌が直るまで少しかかりそうだ。永琳はそう思い、輝夜に提案をした。
「どうでしょう。折角ですし、この景色を見ながら夕食を召し上がっては?」
 その提案が、輝夜の不機嫌を少し消し去ったらしく、少し激しく首を縦に振り、輝夜は少し大きな声で答えた。
「それは良いわね。じゃあ持ってきてくれる?」
「はい。ただいま」
 永琳は輝夜に一礼をすると、夕食を持ってくるために台所へ向かった。
 
 
 輝夜は空を眺めたまま動かない。彼女の目に映るのは氷に覆われた世界。
こんな奇妙な風景は、なかなか見ることが出来ない。
雪の音は聞くことは出来なかったが、おかげでこんな景色が眺めることが出来た。
輝夜は満足そうに頷くと、自分にしか聞こえないほど小さな声で、独り言をもらした。
「こういうのを、たなからぼたもちって言うのかしら?」
 その言葉がこの状況を表す表現として正しいのだろうか。彼女はそう思い少し考える。
そしてしばらくして「不幸中の幸い」の方が良いと結論付けた。そして視線の端に映った将棋盤を何気なく眺める。
将棋盤の上にある戦略的に意味の無い銀を眺め、輝夜は恥ずかしそうに頬を掻いた。
「この銀を雪の音に見立てて、何も影響を及ぼさなくても存在するものがあるって、説教しようと思ったけど……」
 彼女は盤面を手でバラバラにすると、右手で自分の額を押さえ、自分の未熟さを恥じた。
「恥の上塗りだったみたい」
 その後しばらく輝夜は、得意げに永琳に先程の盤面を使って説教をする自分を思い浮かべ、その恥ずかしさに一人もだえた。


 しばらくもだえていた輝夜だが、永琳らしき気配が近づいてくると、姿勢を正した。
永琳は食事を輝夜の前に置くと、一礼してそそくさと部屋をあとにした。
もだえている姿を見られたと確信した輝夜は、少し頬を赤らめると、目の前の食事に目を移した。
今日のおかずは大根の煮物と煮魚。輝夜は箸を取り、まず大根の煮物から食べることにした。 
 
 大根の煮物を、はしで一口大に切りながら輝夜は、ふと思った。
あの氷精は帰り道が分かるのだろうか?行きは永琳に連れ来られたはず。
彼女が帰り道を知っているとはとても思えなかった。
輝夜は、そっとはしを置いた後、後ろを向き、そして少し大きめの声をあげた。
「永琳。あの氷精は、きっと迷っているわ」



 結局輝夜の予想は当たり、竹林の中で泣いていたチルノを発見した永琳が、彼女を無事に送り届けた。



【終】
都会に降る雪の降る様を「聞いて」みるのも、たまには風流で面白いものです。

結局輝夜は雪の音を聞くことが出来ませんでしたが、
その目や肌で雪を感じてみれば、もしかすると聞こえたかもしれませんね。

誤字脱字や文章等に気付いた点がありましたら、ご指摘していただければ幸いです。
みょ
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コメント



0.390簡易評価
1.60名前が無い程度の能力削除
お馬鹿なチルノが少し賢くなりすぎな気がした…
永遠亭の場面は全体的に良い雰囲気が出ていて良かったです。
2.90三文字削除
風流ですねぇ
雪が降る時って不思議と音がするような気がします。
それにしても、紅魔館・・・
3.70名前が無い程度の能力削除
降り積もった雪を踏んだ時の音は幻想的な響きがしますよね。
しかし、咲夜さん風流のかけらもないな。
4.無評価名前が無い程度の能力削除
本編の素敵風流さと落ちの切なさが良い落差でした。
チルノ不憫だ…。
7.90名前が無い程度の能力削除
これはいい永遠亭