「ねぇ咲夜、ちょっと聞いていい?」
「何でしょうか、お嬢様」
二月十四日、時計の針は十時くらいを指している。
私はどうしても知りたいことがあって咲夜を問いただすことにした。
「これ……何かしら」
「バレンタインのチョコレートですが?」
そうチョコだ。赤い包みに包まれたそれは、さっき咲夜から受け取った物。
「うん、それは分かるし、くれるのは嬉しいわよ。けどね、その、何て言うか……」
「はぁ、何かご不満でも?」
この日にチョコをくれるのは素直に嬉しい。自惚れでなければきっとこのチョコには、私への日頃の恩や感謝、親しみなどが込められているのだろう。
それは喜ばしい事、だからこういう事を言うのはどうかと思うけど……言わずにいられなかった。
「このチョコ……小さくない?」
私の手の中にあるそれは、もはや手のひらサイズでもなく、一口サイズだった。
「それはチロルチョコと言いまして、外の世界で親しまれているそうですよ」
「そう、珍しいものなのね……」
けどもうちょっと大きく作ることは出来なかったのだろうか? せめて数を用意するとか。
「これ……断じて大きさが私への思いって訳じゃないのね?」
「ええ、断じて」
きっとこのチロルチョコって言うのは外の世界の物だけに材料とかがあまり確保出来なかったのだろう、そうだと願いたい。
「とりあえず、ありがとうと言っておくわ咲夜。それともう一つ聞きたいんだけど?」
私の礼に対して咲夜は律儀に頭を下げる。だが、それより私は気に物がある。
「その手に持っているのは何?」
「チョコレートです。妹様やパチュリー様に渡す分の」
うん、それは赤い包装紙を見れば何となく分かる。けど私が聞きたいのは別の事。
「そのチョコ、大きいわね」
格別に特大という訳では無く、ごく普通のサイズ。けれど私のに比べたらずっと大きい。
「こちらはお嬢様のとは違い、普通のチョコレートなので」
「そう、普通のなのね」
あれは普通のチョコ、私のは一つだけの珍しいチョコ。うん、そう思えば多少の大きさの差など無いに等しい。等しいのだが、何だろうこの胸のもやもやは?
まぁそれは置いといて、ついでだから朝から気になってたことも聞いてみよう。
「咲夜、これは聞く気は無かったのだけどこの際だから聞くわ。あの外にあるでっかい箱は何?」
でかい箱。縦横三メートルはあるだろうか? 真っ赤な包装紙とリボンに包まれているそれは、目が覚めたときから窓の外に置かれていた。
「ああ、あれは美鈴に渡すチョコレートです」
やっぱりチョコなのか、ていうかいつの間に用意したんだろうか?
「……あれは、普通のチョコなの?」
「いえ、ミルク、ホワイト、ブラックや、それらを層にした物、他にもチョコレートのケーキやアイス、チョコムースのショートクリームやイチゴやバナナをチョコレートでコーティングした物など。私の作れるチョコレート菓子を多種多様に取り揃えています」
どう考えても気合入れすぎよ咲夜。
「制作期間は二週間ほど掛かりました」
きっと日の持たない物は昨夜、アイスなんかは今日の朝に用意したのだろう。所で私のチョコの制作期間はどれ位なのだろうか? 聞こうかと思ったが「時を止めてたので一瞬です」とか言われたら何かショックだから聞かなかった。
「ちなみにどれも作り立てを味わってもらいたかったので、全て今日の朝に作りました」
私の従者はもしかしたら私が思っている以上に逸材かもしれない。
「チョコは一日やそこいらじゃ味は落ちないでしょうに」
「油が固まってしまっては変色してしまい、見栄えを落としてしまいますので」
それにしたって一日二日は持つだろう。そう思いながら私は、窓の外で異様な存在感をかもし出す箱に目をやる。
パチェ達のは普通のチョコ、私のは小さいけど一つだけのチョコ、けど……あれは大きくて一つしかないチョコ。なんだろ? この敗北感。
「咲夜……チョコの大きさが、思いの大きさじゃ無いのよね?」
「ええ、違いますよ」
そう言い切ってくれる咲夜だが、なぜか私は釈然としなかった。
「でわ、私はこれで失礼いたします。この後、妹様やパチュリー様にもお渡しに行きますので」
「そう、分かったわ。……所でフランにも渡しに行くの?」
私の言葉を聞き、咲夜は不思議そうな顔を浮かべた。何か変なこと言っただろうか?
「ええ、当然渡しますよ。妹様にも」
「……そう。変なこと聞いて悪かったわ」
「いえ、お気になさらず。でわ」
それだけ言い残し咲夜は姿を消した。静まり返った部屋の中、私の手の中にある小さなチョコ。
「大きさと思いは比例しないわよね」
それだけを信じ、赤い包装紙を開けた。珍しい割に見た目普通なチョコだった。
「……珍しいだけあって、まさに珍味みたいなのじゃないわよね」
噛み砕いたら中に虫の佃煮なんかが入ってた、とかだったらどうしよう。そう思ったら口に入れるのが怖くなってくる、こんな事なら咲夜にどう珍しいのか聞いておけば良かった。
少しの間チョコと睨めっこしていたが、こうしていても始まらない。
「まさか、いくらなんでもねぇ」
そう自分に言い聞かせ、チョコを口に放り込む。舌触りや表面は普通のチョコだ。
そして、私はまさかの事態がこない事を祈りながらチョコを噛み砕いた。
「……きな粉餅?」
意外と美味しかった。けど咲夜、これなら数を用意出来たんじゃない?
昼過ぎ。昼食を食べ終えた私は、パチェと小悪魔の三人で食後のお茶を楽しんでいた。
「お嬢様、パチュリー様。私からのチョコレートです」
この子は本当にいい子だ。渡されたサイズも普通だし。普通って偉大ね、学んだ小悪魔を褒めてあげたい。
「ありがたく受け取るわ。これ、今開けてもいい?」
「ええ、構いませんよ」
私は受け取った箱を開ける。中には一口サイズのチョコが八個、実に普通だ。
でも何か心が潤った気がする。バレンタインに受け取ったチョコをお茶菓子にする、うんいい。
「それじゃ私も空けるわよ」
普通のチョコに希望を見た私の横で、パチェも箱を開けようとしていた。
「え、ちょ、ちょっと待ってくださいパチュリー様!」
なぜか小悪魔はパチェの手を止める。
「どうしたのよ? 開けちゃいけない理由でもあるのかしら」
「い、いえ、開けちゃいけないって訳じゃ……」
パチェの疑問に小悪魔は言葉を濁している。一体どうしたのか私も気になったが、これは私が口を出すことじゃない気がしたので何も言わなかった。
「理由が無いなら開けるわよ」
「ダ、ダメですって、ああ!」
小悪魔の言葉を振り切りパチェは蓋を外した。何が入っているのか私も気になったので少し覗き込む。
「これは……凄いわね」
「うう、だからダメだって……」
まぁはっきり言ってチョコが入っていた。けど私のものとはまるで別物に感じる。
そのチョコはストロベリーチョコのハート型、しかもホワイトチョコで綺麗な模様まで描かれ、その上に色とりどりのドライフルーツで飾られている。そして何よりも一緒に入っていたメッセージカード。
「これは魔道文字? えーと……生涯、貴女のそばに――」
「わー! わー! こんな所で読み上げないでくださいよ!」
カードの内容を読むパチェの声を小悪魔が遮った。なにこの空気、ひょっとして私お邪魔ですか?
潤ったばかりの心が、何処からか現れた砂糖やら砂やらに潤いを奪われまた干からびていく、そんな気分だ。
義理チョコを渡された直後に、目の前で友人が本命チョコを渡される。この胸のわだかまりは何処にぶつければいいんだろう?
「……いいわね、皆バレンタインを満喫してて」
「レミィも楽しめばいいじゃない」
小悪魔にカードを没収されてしまったパチェが私の呟きに答える。そう思うならギブミーチョコレートよ。
「バレンタインはね、十九世紀イギリスで始まったと言われているの。そして十九世紀イギリスと言えばこんな言葉を残した偉人が居たわ、逆に考えるんだ。別に、貰うだけがバレンタインじゃないでしょうに」
「……それもそうね」
うん、言われてみれば確かにそうだ。その謎の偉人の言葉は置いといて。
「たまには自分で作ったりしてみるわ」
もっともチョコ作りなんてやったことないけど。後で咲夜にでも教えてもらおう。
「レミィ。バレンタインはね、チョコレートと一緒に思いを伝える日よ」
「……それ位分かってるわよ」
今、目の前で見たばかりだ。
「咲夜、何処に行ったのかしら?」
いざチョコ作りを始めようとしても、右も左も分からないので咲夜に頼ろうと思っていたのだが、その咲夜が見つからない。
「さしずめ、美鈴の顔でも見に行ってるのかしら。あの箱持って」
あの箱どうやって運ぶんのだろうか? そんな事を考えながら私は何となく窓から門に目をやった。
「……勘って言うのはどうでもいい時に当たる物ね」
空から箱が落っこちてきている、もっと分かりやすく言えば空から門に向かって箱が落下している。
多分、いや確実に咲夜が美鈴にチョコを渡すつもりなのだろう、あれを渡すと言っていいのか分からないが。ていうかあれ、下に居る美鈴に直撃コースじゃない?
そして当の咲夜はというと、箱の上に乗っかって一緒に落下していた。もう気分は「チョコレートだ! もう遅い脱出不可能よ無駄無駄!」って感じだろう。このままじゃ美鈴がぶっ潰れることになる。
「あ、ギリギリで避けた」
もう少しで、まさに愛が痛い事になる所だった。
早速美鈴が咲夜に向かって何か叫んでるが、咲夜は聞く耳持たずでリボンを解き、箱を開け始めている。少なくとも私にはそう見える。
大量に押し付けてくる咲夜のチョコを美鈴はため息を吐きながら受け取っている様だ。あんなに沢山美鈴一人で食べ切れるんだろうか?
そんな事を考えていると、案の定周りにいた門番隊の子達が集まってきている。止めときなさい、奪おうとでもしたら貴女達全員が止まった時の中で寸分狂わぬほど同時に剣山にされるわよ。
「あ、一匹刺された」
チョコの山から一つ拝借しようとした子の額にトスッとナイフが刺される、それを見た美鈴がますます咲夜に何か言っている様だ。それより早くナイフを抜いて止血してあげなさい。
「それにしても困ったわね」
あの様子では暫く咲夜はあそこに留まることになるだろう。
「まぁ……一人でも何とかなるでしょ」
そう結論付けた私は厨房へ向かうことにした。
「まさかここまで手も足も出ないとは……」
厨房に訪れた私を待っていたのは想像以上の苦難だった。
まず、何より分からない。無知とはここまで恐ろしい物だったのか。
「でも、ここまで来て諦めてたまるものですか」
私だって基礎知識くらいはあるつもりだ、要は溶かして型に入れ冷やす、その途中で色々なアレンジをする、これで合ってるはず。しかし、ここまで分かっていながら私が挫折しかけている理由は一つ。
「一体、何処にチョコあんのよ!」
うん、つまり厨房の何処にチョコがしまってあるのかが分からない。
「少しくらい余った分があるでしょうに……」
よもやカカオ豆から作れって言うんじゃないでしょうね、それにしたってカカオ豆が何処にあるか分からないし。
頭を抱えながらチョコを探し回っていると、不意に厨房の扉が開られる。
「あれ? お姉様何してるの?」
フランだった。長く生きてきたが厨房で妹の顔を見たのは初めてかもしれない。
「……フランこそ何しに来たの? こんな所で」
「甘いもの食べてたら喉が渇いちゃって、何か飲み物取りに」
そう言いながらフランはアイスボックスから葡萄ジュースのビンを取り出している。
「フラン、それ位なら誰かに言えば持って来てくれるから、次からはそうしなさい」
その為にメイドがいるのだから。
「はいはい、なるべく部屋から出るなって言いたいんでしょ。」
「……どう思うかは貴女の勝手だけど、分かってるならいいわ」
この子とのやりとりは、本当にため息を吐きそうになってしまう。
「それじゃ、悪い子は地下に帰るから……それと、チョコなら一番上の棚に入ってるよ、何に使うか知らないけど」
そしてフランはビンを片手に厨房を出て行った。コップを持っていかなかったけど、そのまま飲むつもりだろうか? 品が無いから次に会ったらやめるように言おう。もっとも素直に聞くとは思えないが。
って言うかあの子、私が必死の思いでチョコを探していたのを見てたのだろうか? 見てたんだろうなぁ、あの子変なことに興味を持つから。
「……それにしても、私も大人気ないわね」
なぜ私はあの子に対して、あれほど高圧的になってしまうのだろう。
「そんなの……悩むまでも無いか」
罪悪感、それ以外まったく思いつかない。まったく、罪悪感で高圧的になるなんて、姉妹揃って変わり者らしい。
そんな考えていても解決しない悩み事をしながら、一番上の棚を開ける。そこにはフランの言った通りチョコが入っていた、それもミルク、ホワイト、ブラックと多彩に揃えてある。それにしても何であの子が知ってるんだろう? つまみ食いでもしてるのだろうか。
「まぁ、これだけあれば十分でしょ」
チョコを手に取った私はもはやゴールした気分になる、スタートはこれからなのだけど。
「さて、これから始めるわけだけど……」
いざやろうとすると、どこから手をつけていいか分からない。一体どうやってチョコを溶かすのだろうか?
そんな感じでチョコを前にして腕を組む私の視界に、一冊の本が入ってくる。さっきまではチョコを探すことに夢中で気づかなかったのだろう。
「何かしらこれ? バレンタインチョコの作り方、これで相手は貴女の虜編?」
なんだこの胡散臭すぎる本は、しかも良く見ると一ページだけ端が折られてる、この本の持ち主が折ったのだろうか?
私は意を決して折られたページを開く。なぜ本をめくるのに意を決しなければいけないのか分からなかったが、なぜか決意が必要な気がした。
「これって……」
そこに書かれていたチョコは、ストロベリーチョコのハート型で、ホワイトチョコで模様を描きドライフルーツで飾られている。しかもワンポイントアドバイスと言う欄があり、そこにはこう書かれていた『貴女の思いを込めたメッセージカードも忘れずに』なんかむかつく。
しかしこのチョコ、どっかで見たことがある気がしてしょうがない。まぁ気のせいだろう。
「……見なきゃよかった、決意が足りなかったわ」
そんな事を思いながらも、まぁ参考にはなるだろうと色々ページをめくってみる私は意外と現金なのかも知れない。
「ん? 何か落ちた?」
足元を見ると、なにやらメモのような物が落ちている。この本に挟まっていたのだろうか。何となく気になって、私は拾い上げてみる。
「えーと、惚れ薬の調合法?」
本当に見なきゃよかった。しかも注意書きに『これはあまりに強力な為、相手の精神を壊す恐れがあります。使用の際には用法、容量を守ってお使いください』とか書かれてる、見なかった事にしよう。材料の欄に『相手(パチュリー様)の体液』とか書かれてるけど見なかった事にしよう。
「……まぁ大体の手順は分かったわ」
胡散臭くともハウツー本には変わらない。友人の危機を無視した私は、書かれている通りの器具を引っ張り出す。
「これでよしと」
今度こそスタート地点に立った気がする。
まずは書かれている通り、お湯を沸かしチョコを溶かす、これをやらなければ始まらない。直接熱するのではなく、沸かしたお湯の熱で溶かすのだ。
「何々? お湯は五十から六十度と……これくらいかしら?」
適度に湯気を出し始めたお湯をボウルに移し、もう一つのボウルをその上に浮かべる。後は浮かべたボウルにチョコを入れれば溶ける。
「チョコは細かく砕いてから入れましょう? 面倒ね、これでいいでしょ」
本には包丁などで砕くと書かれているが、私はチョコを摘みボウルの上で少しだけ力を入れた。それだけでチョコは粉々になり、ボウルへと収まる。
「我ながら手際がいいわね」
作業がスムーズに進むことに私は満足しながら本の続きを読み始める。
「えーと、だまが無くなるまでチョコをヘラで混ぜ、完全に溶けたらお湯を冷水に変えるっと。思ってたより簡単ね、私が有能なだけかしら?」
要はヘラでチョコをかき回せばいい、ただそれだけの事、楽勝だ。
私は思いっきりヘラを振り回す、チョコが飛び散った。
「……てへ」
失敗失敗、少し焦りすぎた様だ。私が思い切りかき回したら、こうなる事くらい自明の理だというのに、それに気づかなかったとは私もまだまだ子供と言うことだろう。
だが子供でも一度失敗すれば学ぶ、次はゆっくりと落ち着いてやろう。
「冷水に変えた後、チョコの温度が下がるまで混ぜ、ココアパウダーを加えてまた混ぜるっと」
一度冷静さを取り戻せばこの程度、私には造作も無いわけで、次々と手順は続く。もっとも混ぜてばっかだけど。
「ココアパウダーを加えた後はボウルの底からチョコを剥がす様に混ぜ、最後に型に入れる」
チョコ作りは混ぜる事と見たわね。そんな悟りを勝手に開いたつもりになりながら、私はチョコを型に入れた。
「これで冷やせば完成だけど……これだけじゃ物足りないわね。何かアレンジしましょう」
思い立ったら即行動、以前どこかで速さは力って聞いた事あるし。何処で聞いたかは憶えてないけど。
さっきチョコを探していた時、棚の中にアーモンドがあったっけ、あれは使えそうだ。
「たしかこの辺に……あ、あったあった」
アーモンドを見つけた私は早速手に取る、これを細かく砕いて入れればいいだろう。そう思いながら棚を閉めようとした時、それが目に入る。
「これは……」
それが何となく気になって、思わず私は手にとってしまう。
「……まぁ、これも使えるでしょう」
それから少しして、私のチョコ作りは終わった。周りが飛び散ったチョコで汚れてるけど、この出来たチョコを上げれば咲夜も許してくれるわ、きっと。
後、この本は誰かの目に付かないうちに燃やそう、挟まってたメモと一緒に。多分、それが正しい。
「はい咲夜、バレンタインのチョコ」
「お嬢様、いつの間にお買いに行かれたのですか?」
何だろう、凄く失礼な事を言われた気がする。
「違うわ。それ、手作りよ」
「手作り? 一体誰がお作りに?」
咲夜、わざと言ってる? 私が作ったと言う可能性は一辺たりとも頭を過ぎないのだろうか。
「私よ、私の手作り」
「……お嬢様、今日からユーモアの勉強をいたしましょう。そんなジョークでは違う意味で笑われてしまいますわ」
こいつ……どうしてくれよう。混ぜるか? 特大のボウルに大量のチョコと一緒にぶち込んで混ぜるか? 今の私は混ぜる事に関して悟りを開いてるわよ、手首のスナップ効かせてアーモンドと見分けつかなくするわよ。お湯は五十度が適温。
「残念だけど、ジョークでも冗談でも、ましてや嘘でも無いわ」
「本当にお嬢様が……開けてもよろしいでしょうか?」
「ええ、構わないわ」
私の返事を聞き入れた咲夜はゆっくりと恐る恐る箱を開く。なにその開け方は、まるであり得ない物を目にするみたいじゃない。小刻みに手を震わすな。
無論、中に入っているのは私の作ったアーモンドチョコ、一口サイズが五つだ。
「これを……お嬢様が?」
「そうだけど、何か不満かしら?」
咲夜の顔が本当にあり得ない物を見た顔になってる。なぜかむかつく。
「不満なんて……滅相もありません。私の為に……ありがたく受け取らせてもらいます」
咲夜が頭を下げて礼を口にする、なぜ初めからそうしないのよ。
「まぁ、いいわ。それよりこれ、私の代わりに美鈴に渡してくれないかしら」
「美鈴の分、ですか?」
私は咲夜にチョコを渡すが、咲夜は受け取ったチョコを不思議そうに見詰めている。
「ええ、そうだけど」
「そう……ですか」
預けたチョコを咲夜はますます見詰めだした。
「お嬢様が美鈴に手作りチョコを……お嬢様が手作りチョコを美鈴に……美鈴にお嬢様が手作りチョコを……手作りチョコをお嬢様が美鈴に……」
「さ、咲夜?」
咲夜が小さな声で何か呟いてる。不味い、何か不味い気がする。このままじゃ咲夜がナイフ片手に「誰もいないじゃないですか?」とか言い出しかねない。何のことか分からないが。
「と、とりあえず落ち着きなさい。そのチョコは日頃の労いとか、そういう意味よ。それに手作りと言っても貴女のと同じだし」
「はっ……私のも同じ、まさかお嬢様! 美鈴だけでなく私まで……いけませんそんな、従者丼なんて……」
何言ってんの咲夜? ああ、きっと疲れてるのね。今度休暇をあげるから何処か旅行でも行きなさい。永遠亭とか。
「うん、もうきりが無いからはっきり言うけど、義理だから。そういう感情一切無いから、落ち着きなさい」
「む、そうですか。美鈴の魅力が分からないとは……お嬢様もまだまだです」
どないせいと?
「……別にまだまだでもいいから、ちゃんと渡しといて頂戴ね」
「はい、確かにお預かりしました」
そう言って部屋を出る咲夜だが、私は何となく気になって呼び止めた。
「咲夜、もし義理じゃなかったらそのチョコどうする気だったの?」
「……チョコがどうなると言うよりも、お嬢様がどうにかされるかも知れません……聞きたいですか?」
振り返りながら答える咲夜だが、私はなぜか目を合わせれなかった。
「……ううん、聞かないでおくわ」
「英断です」
今度こそ咲夜は部屋を去る。
「何か……鳥肌が収まんないんだけど」
「二人とも、私からのチョコよ」
「本当に作ったのね」
「ありがたく頂きます」
図書館まで足を運んだ私は、友人とその使い魔にチョコを渡した。というかパチェ、貴女がアドバイスしたのよ。謎の偉人の言葉で。
「そういえばパチェは用意しなかったの? チョコ」
「ええ、別にバレンタインは強制参加、何ていうルールは無かったと思うけど?」
それはそうだけど、そういう考えの下で人にあのアドバイスしたのか。
「それでレミィ、これは開けていいのかしら?」
「ええ、構わないわよ。別に誰かさんみたいに見られて困るカードも入ってないし」
私の言葉に小悪魔は肩を跳ね上げているが、パチェには見えていなかったらしく、私の言葉に頷き箱を開ける。
「思ったより普通ね」
何そのコメント、普通は偉大なのよ。
「所でこれ、本当にお嬢様の手作りですか?」
だからなぜ疑うことから始める。
「ええ、本当に私の手作りよ。疑いようの無いくらい」
「そうですか……お嬢様がパチュリー様に手作りチョコを……」
またか? またなのか?
「言っとくけど、二人とも同じ物だから」
「はっ! まさか私とパチュリー様の主従丼!」
この子にも休暇をあげよう。うん、それがいい。
パチェに自分の使い魔の管理くらいちゃんとするよう言いたかったが、私も自分の従者の管理があまり出来てないようなので口にはしなかった。
「味も普通なのね」
そんな事を考えてる私や、トリップしてる小悪魔をよそに、パチェはチョコを口に入れていた。
「悪かったわね普通で、ハート型の方が嬉しかった?」
「いえ、ハートは一つで十分よ。あれ以外はいらないわ」
何気ないパチェの言葉に、小悪魔はまた肩を跳ね上げトリップから帰ってきた。
「パ、パチュリー様、それは一体どういう……」
「貴女の好きに取りなさい」
あれ? 何だろうこの空気?
「それと小悪魔、あんなカードいらないわ。手放す気なんて最初から無いから」
「あ、あう、うう、パチュリー様ぁー!」
ああ、あれね、この空気あれでしょ? 私邪魔って事でしょ?
その後、私は半べそで図書館を後にした。
「次で、最後ね……」
作ったチョコは後一個、最後はこの部屋。私は意を決した、今頃暖炉で燃えてるあの本を開いた時とは比べ物にならない決意。その覚悟を持ってして、扉をノックする。
「フラン、入るわよ」
なぜ妹の部屋に入るのにここまで意識しなければいけないのだろう。私はゆっくり扉を開く。
「お姉様? 珍しいね、一日に二回も顔を見るなんて」
確かにそうだが、なぜかフランの言葉が胸に刺さる。
「そうね、特に厨房で会うことになるとは思わなかったわ。あ、そうそう、ジュースをビンのまま飲むのはやめなさい」
違うでしょう。今は、そんなことはどうでもいい。
「何? わざわざそんな事言うために来たの? お姉様も暇人ね」
「そうでもないわ。貴女と違ってこれでも上に立つ立場だから、色々大変よ」
大変? 何言ってるのよ、この子が受けてきた事に比べたら何でもない。
「じゃあ嫌味でも言う為? やっぱり暇人だと思うけど」
「少なくとも、私は厨房につまみ食いしに行くほどの暇は持て余してないわ」
そんな暇があったら私は考えなくちゃいけない事がある。もっとも考えているだけじゃ解決しない。
「ああ、つまみ食いのお説教しに来たの? それはやだなぁ」
「そうだったら手荒な事しなくちゃいけないわね。貴女は素直に聞かないから」
こんな事を口にするから解決しない。私が説教しなくちゃいけないのは私自身。
「それじゃ何しに来たの?」
「姉が妹の顔見に来るのがおかしい事かしら?」
白々しい、前にこの部屋に来たのはどれほど前だ。
「おかしいかどうかは分からないけど、珍しいよ」
「まぁ、確かにね」
これ以上は自分を締め付けるだけ。ここいらで、さっき心に秘めた覚悟を使おう。
「所でフラン、渡したい物があるんだけど」
「渡したい物? お姉様が私に何かくれるなんて、外で槍でも降ってるのかな?」
降ってたら外で美鈴が大変な事になる、そしてそれを見た咲夜も大変な事になるから勘弁して欲しい。
ああ、今のは少し気が楽になった。その場にいなくても主を助けられるなんて、貴方達は理想の従者よ。
だから私も、理想の従者に負けない理想の主になろう。
「フラン、はいこれ」
私は真っ赤な箱をフランへと差し出した。フランはしばし不思議そうに私の顔と真っ赤な箱を見比べていた。
「これ……チョコ? 私に?」
「バレンタインにチョコ以外を渡すほど皮肉れてないわ」
ゆっくりと、フランはチョコを受け取ってくれた。
「お姉様にチョコ貰うの初めて……」
「それはそうでしょう。私もフランにあげるの初めてなんだから」
そろそろ覚悟がなくなりそうだ。適当な理由を付けてこの場から逃げたくなる。けど、まだ逃げれない。
パチェは言った。バレンタインはチョコと一緒に思いを伝える日だって、私はまだチョコしか渡してない。だから、逃げれない。
きっといつかこうなる事を分かっていて、いつも私にアドバイスをくれた友人の為に、私もアドバイスに答えられる理想の友になろう。
「フラン、貴女に言わなきゃいけないことがあるわ」
「何? 今日は珍しい事ばかりだね」
それは違う、今日だから珍しい事ばかりなのだ。バレンタインだから、私が覚悟をしたから。
「一度しか言わないから……と言うよりも、多分一度しか言えないから良く聞いて」
一度が限界、だから聞き逃さないで欲しい。
私は良く聞かせるためにフランに近づく、凄く近づく。急に歩みを進めてくる私に驚いたのかフランは少し後ずさりした。
だから、私は後ずさりできないようにフランを抱きしめた。これなら私の言葉もフランの耳に入る。
「お……ねえさま? どうし――」
「フラン」
私は、長らく冷たい仕打ちをしてきた妹の為に、理想の姉になりたい。だから、つまらない意地を捨てて理想の姉になろう。
「今までごめんなさい」
これを言い切ったらなれるだろうか?
「許せなんて言わないわ」
理想の主になれるだろうか?
「言えるわけ無いわ、沢山貴女に酷い事したから」
理想の友になれるだろうか?
「けどね、分かって欲しい」
理想の……姉になれるだろうか?
「私はね……貴女を、フランを愛してるわ」
多分、なれない。今までどれほどの事をこの子にしてきたと思ってる。それがこんな事で許されるはずが無い。
私の事を紅魔が主と言ってくれるかもしれない、理解ある友人と言ってくれるかもしれない、けど……いい姉とは程遠い。
「本当に……珍しいことばっかりだね、お姉様が泣くなんて」
そう、こんな事で泣いているようじゃほど遠い。
「そうね、自分でも驚いてるわ」
だってまだ、理想へ進み始めたばかり。ここで泣いてちゃ後が持たない。
だから私は涙を拭く、理想に進むために。
そのために作ったのだから。この子のために……フランのために、ただ一つのチョコレート、クランベリーのチョコレート。
そして目指そう。私のために、フランのために、理想の姉を。
いつまでかかるか分からない。けどきっとなれる、そんな気がする。だって、涙を流した私の胸で、この子も泣いてくれてるから。
「ねぇ美鈴、貴女からのチョコレートをまだ受け取ってないのだけど?」
「あんな無茶苦茶しちゃう人にはあげません」
「それは反省してるわ、本当に」
「ダメです。それに私は誰かさんが残した大量のチョコを食べなきゃいけないので忙しいです」
「全て愛の結晶よ」
「流石に全部はきついから、部下の子に分けようかなぁ」
「美鈴、それは――」
「冗談です、本気なわけ無いじゃないですか。ちゃんと一つずつ頂きます」
「そう思うなら私にもチョコを――むぐ!」
「やかましいんでこれでも食べててください」
「ん、これチョコ?」
「はぁ、チョコの食べすぎですかね。自分の甘さに腹が立ちます」
「うーん、どこにいったんでしょう、あの本は。メモも一緒に挟まってるんで早めに処分しないと」
「何探してるの小悪魔」
「ええ、実は――って、パ、パチュリー様!? い、いえ、何でもないですよ!?」
「そう、まあいいわ。所でこの間教えた惚れ薬の作り方、あれ間違ってたわ」
「え? じゃ、じゃあどんな薬なんですか?」
「さぁ? 自分の使い魔を無性に虐めたくなる薬とかじゃないかしら?」
「な、何ですかその今決めたみたいな薬! しかも虐めるのニュアンスがよく分からないです、ってなんでにじり寄ってくるんですか? こういうのはアリスさんの役目じゃ……ってちょ、服に手をかけないで下さい!」
「というわけで出番だアリス。ほらチョコ、あーん」
「意味が分からないわ。っていうか何? そのチョコ」
「ん? ただのチョコだ。ガラナチョコ」
「うん、ガラナの時点でただのチョコじゃないわね」
「というわけで、あーん」
「いや話通じてないし、ちょ、魔理沙、無理やりは止め――私こんな役以外に無いの!?」
「ねぇフラン」
「なに? お姉様」
「チョコ美味しい?」
「うん、美味しい」
「良かったわ。フランはチョコ好きなのね」
「うん、チョコ好き」
「そう、私の作ったチョコも好き?」
「うん、お姉様の作ったチョコも好き」
「ありがとう……所でフラン、私の事は好き?」
「ん、嫌い」
「……お姉ちゃん、泣きそうよ」
「何でしょうか、お嬢様」
二月十四日、時計の針は十時くらいを指している。
私はどうしても知りたいことがあって咲夜を問いただすことにした。
「これ……何かしら」
「バレンタインのチョコレートですが?」
そうチョコだ。赤い包みに包まれたそれは、さっき咲夜から受け取った物。
「うん、それは分かるし、くれるのは嬉しいわよ。けどね、その、何て言うか……」
「はぁ、何かご不満でも?」
この日にチョコをくれるのは素直に嬉しい。自惚れでなければきっとこのチョコには、私への日頃の恩や感謝、親しみなどが込められているのだろう。
それは喜ばしい事、だからこういう事を言うのはどうかと思うけど……言わずにいられなかった。
「このチョコ……小さくない?」
私の手の中にあるそれは、もはや手のひらサイズでもなく、一口サイズだった。
「それはチロルチョコと言いまして、外の世界で親しまれているそうですよ」
「そう、珍しいものなのね……」
けどもうちょっと大きく作ることは出来なかったのだろうか? せめて数を用意するとか。
「これ……断じて大きさが私への思いって訳じゃないのね?」
「ええ、断じて」
きっとこのチロルチョコって言うのは外の世界の物だけに材料とかがあまり確保出来なかったのだろう、そうだと願いたい。
「とりあえず、ありがとうと言っておくわ咲夜。それともう一つ聞きたいんだけど?」
私の礼に対して咲夜は律儀に頭を下げる。だが、それより私は気に物がある。
「その手に持っているのは何?」
「チョコレートです。妹様やパチュリー様に渡す分の」
うん、それは赤い包装紙を見れば何となく分かる。けど私が聞きたいのは別の事。
「そのチョコ、大きいわね」
格別に特大という訳では無く、ごく普通のサイズ。けれど私のに比べたらずっと大きい。
「こちらはお嬢様のとは違い、普通のチョコレートなので」
「そう、普通のなのね」
あれは普通のチョコ、私のは一つだけの珍しいチョコ。うん、そう思えば多少の大きさの差など無いに等しい。等しいのだが、何だろうこの胸のもやもやは?
まぁそれは置いといて、ついでだから朝から気になってたことも聞いてみよう。
「咲夜、これは聞く気は無かったのだけどこの際だから聞くわ。あの外にあるでっかい箱は何?」
でかい箱。縦横三メートルはあるだろうか? 真っ赤な包装紙とリボンに包まれているそれは、目が覚めたときから窓の外に置かれていた。
「ああ、あれは美鈴に渡すチョコレートです」
やっぱりチョコなのか、ていうかいつの間に用意したんだろうか?
「……あれは、普通のチョコなの?」
「いえ、ミルク、ホワイト、ブラックや、それらを層にした物、他にもチョコレートのケーキやアイス、チョコムースのショートクリームやイチゴやバナナをチョコレートでコーティングした物など。私の作れるチョコレート菓子を多種多様に取り揃えています」
どう考えても気合入れすぎよ咲夜。
「制作期間は二週間ほど掛かりました」
きっと日の持たない物は昨夜、アイスなんかは今日の朝に用意したのだろう。所で私のチョコの制作期間はどれ位なのだろうか? 聞こうかと思ったが「時を止めてたので一瞬です」とか言われたら何かショックだから聞かなかった。
「ちなみにどれも作り立てを味わってもらいたかったので、全て今日の朝に作りました」
私の従者はもしかしたら私が思っている以上に逸材かもしれない。
「チョコは一日やそこいらじゃ味は落ちないでしょうに」
「油が固まってしまっては変色してしまい、見栄えを落としてしまいますので」
それにしたって一日二日は持つだろう。そう思いながら私は、窓の外で異様な存在感をかもし出す箱に目をやる。
パチェ達のは普通のチョコ、私のは小さいけど一つだけのチョコ、けど……あれは大きくて一つしかないチョコ。なんだろ? この敗北感。
「咲夜……チョコの大きさが、思いの大きさじゃ無いのよね?」
「ええ、違いますよ」
そう言い切ってくれる咲夜だが、なぜか私は釈然としなかった。
「でわ、私はこれで失礼いたします。この後、妹様やパチュリー様にもお渡しに行きますので」
「そう、分かったわ。……所でフランにも渡しに行くの?」
私の言葉を聞き、咲夜は不思議そうな顔を浮かべた。何か変なこと言っただろうか?
「ええ、当然渡しますよ。妹様にも」
「……そう。変なこと聞いて悪かったわ」
「いえ、お気になさらず。でわ」
それだけ言い残し咲夜は姿を消した。静まり返った部屋の中、私の手の中にある小さなチョコ。
「大きさと思いは比例しないわよね」
それだけを信じ、赤い包装紙を開けた。珍しい割に見た目普通なチョコだった。
「……珍しいだけあって、まさに珍味みたいなのじゃないわよね」
噛み砕いたら中に虫の佃煮なんかが入ってた、とかだったらどうしよう。そう思ったら口に入れるのが怖くなってくる、こんな事なら咲夜にどう珍しいのか聞いておけば良かった。
少しの間チョコと睨めっこしていたが、こうしていても始まらない。
「まさか、いくらなんでもねぇ」
そう自分に言い聞かせ、チョコを口に放り込む。舌触りや表面は普通のチョコだ。
そして、私はまさかの事態がこない事を祈りながらチョコを噛み砕いた。
「……きな粉餅?」
意外と美味しかった。けど咲夜、これなら数を用意出来たんじゃない?
昼過ぎ。昼食を食べ終えた私は、パチェと小悪魔の三人で食後のお茶を楽しんでいた。
「お嬢様、パチュリー様。私からのチョコレートです」
この子は本当にいい子だ。渡されたサイズも普通だし。普通って偉大ね、学んだ小悪魔を褒めてあげたい。
「ありがたく受け取るわ。これ、今開けてもいい?」
「ええ、構いませんよ」
私は受け取った箱を開ける。中には一口サイズのチョコが八個、実に普通だ。
でも何か心が潤った気がする。バレンタインに受け取ったチョコをお茶菓子にする、うんいい。
「それじゃ私も空けるわよ」
普通のチョコに希望を見た私の横で、パチェも箱を開けようとしていた。
「え、ちょ、ちょっと待ってくださいパチュリー様!」
なぜか小悪魔はパチェの手を止める。
「どうしたのよ? 開けちゃいけない理由でもあるのかしら」
「い、いえ、開けちゃいけないって訳じゃ……」
パチェの疑問に小悪魔は言葉を濁している。一体どうしたのか私も気になったが、これは私が口を出すことじゃない気がしたので何も言わなかった。
「理由が無いなら開けるわよ」
「ダ、ダメですって、ああ!」
小悪魔の言葉を振り切りパチェは蓋を外した。何が入っているのか私も気になったので少し覗き込む。
「これは……凄いわね」
「うう、だからダメだって……」
まぁはっきり言ってチョコが入っていた。けど私のものとはまるで別物に感じる。
そのチョコはストロベリーチョコのハート型、しかもホワイトチョコで綺麗な模様まで描かれ、その上に色とりどりのドライフルーツで飾られている。そして何よりも一緒に入っていたメッセージカード。
「これは魔道文字? えーと……生涯、貴女のそばに――」
「わー! わー! こんな所で読み上げないでくださいよ!」
カードの内容を読むパチェの声を小悪魔が遮った。なにこの空気、ひょっとして私お邪魔ですか?
潤ったばかりの心が、何処からか現れた砂糖やら砂やらに潤いを奪われまた干からびていく、そんな気分だ。
義理チョコを渡された直後に、目の前で友人が本命チョコを渡される。この胸のわだかまりは何処にぶつければいいんだろう?
「……いいわね、皆バレンタインを満喫してて」
「レミィも楽しめばいいじゃない」
小悪魔にカードを没収されてしまったパチェが私の呟きに答える。そう思うならギブミーチョコレートよ。
「バレンタインはね、十九世紀イギリスで始まったと言われているの。そして十九世紀イギリスと言えばこんな言葉を残した偉人が居たわ、逆に考えるんだ。別に、貰うだけがバレンタインじゃないでしょうに」
「……それもそうね」
うん、言われてみれば確かにそうだ。その謎の偉人の言葉は置いといて。
「たまには自分で作ったりしてみるわ」
もっともチョコ作りなんてやったことないけど。後で咲夜にでも教えてもらおう。
「レミィ。バレンタインはね、チョコレートと一緒に思いを伝える日よ」
「……それ位分かってるわよ」
今、目の前で見たばかりだ。
「咲夜、何処に行ったのかしら?」
いざチョコ作りを始めようとしても、右も左も分からないので咲夜に頼ろうと思っていたのだが、その咲夜が見つからない。
「さしずめ、美鈴の顔でも見に行ってるのかしら。あの箱持って」
あの箱どうやって運ぶんのだろうか? そんな事を考えながら私は何となく窓から門に目をやった。
「……勘って言うのはどうでもいい時に当たる物ね」
空から箱が落っこちてきている、もっと分かりやすく言えば空から門に向かって箱が落下している。
多分、いや確実に咲夜が美鈴にチョコを渡すつもりなのだろう、あれを渡すと言っていいのか分からないが。ていうかあれ、下に居る美鈴に直撃コースじゃない?
そして当の咲夜はというと、箱の上に乗っかって一緒に落下していた。もう気分は「チョコレートだ! もう遅い脱出不可能よ無駄無駄!」って感じだろう。このままじゃ美鈴がぶっ潰れることになる。
「あ、ギリギリで避けた」
もう少しで、まさに愛が痛い事になる所だった。
早速美鈴が咲夜に向かって何か叫んでるが、咲夜は聞く耳持たずでリボンを解き、箱を開け始めている。少なくとも私にはそう見える。
大量に押し付けてくる咲夜のチョコを美鈴はため息を吐きながら受け取っている様だ。あんなに沢山美鈴一人で食べ切れるんだろうか?
そんな事を考えていると、案の定周りにいた門番隊の子達が集まってきている。止めときなさい、奪おうとでもしたら貴女達全員が止まった時の中で寸分狂わぬほど同時に剣山にされるわよ。
「あ、一匹刺された」
チョコの山から一つ拝借しようとした子の額にトスッとナイフが刺される、それを見た美鈴がますます咲夜に何か言っている様だ。それより早くナイフを抜いて止血してあげなさい。
「それにしても困ったわね」
あの様子では暫く咲夜はあそこに留まることになるだろう。
「まぁ……一人でも何とかなるでしょ」
そう結論付けた私は厨房へ向かうことにした。
「まさかここまで手も足も出ないとは……」
厨房に訪れた私を待っていたのは想像以上の苦難だった。
まず、何より分からない。無知とはここまで恐ろしい物だったのか。
「でも、ここまで来て諦めてたまるものですか」
私だって基礎知識くらいはあるつもりだ、要は溶かして型に入れ冷やす、その途中で色々なアレンジをする、これで合ってるはず。しかし、ここまで分かっていながら私が挫折しかけている理由は一つ。
「一体、何処にチョコあんのよ!」
うん、つまり厨房の何処にチョコがしまってあるのかが分からない。
「少しくらい余った分があるでしょうに……」
よもやカカオ豆から作れって言うんじゃないでしょうね、それにしたってカカオ豆が何処にあるか分からないし。
頭を抱えながらチョコを探し回っていると、不意に厨房の扉が開られる。
「あれ? お姉様何してるの?」
フランだった。長く生きてきたが厨房で妹の顔を見たのは初めてかもしれない。
「……フランこそ何しに来たの? こんな所で」
「甘いもの食べてたら喉が渇いちゃって、何か飲み物取りに」
そう言いながらフランはアイスボックスから葡萄ジュースのビンを取り出している。
「フラン、それ位なら誰かに言えば持って来てくれるから、次からはそうしなさい」
その為にメイドがいるのだから。
「はいはい、なるべく部屋から出るなって言いたいんでしょ。」
「……どう思うかは貴女の勝手だけど、分かってるならいいわ」
この子とのやりとりは、本当にため息を吐きそうになってしまう。
「それじゃ、悪い子は地下に帰るから……それと、チョコなら一番上の棚に入ってるよ、何に使うか知らないけど」
そしてフランはビンを片手に厨房を出て行った。コップを持っていかなかったけど、そのまま飲むつもりだろうか? 品が無いから次に会ったらやめるように言おう。もっとも素直に聞くとは思えないが。
って言うかあの子、私が必死の思いでチョコを探していたのを見てたのだろうか? 見てたんだろうなぁ、あの子変なことに興味を持つから。
「……それにしても、私も大人気ないわね」
なぜ私はあの子に対して、あれほど高圧的になってしまうのだろう。
「そんなの……悩むまでも無いか」
罪悪感、それ以外まったく思いつかない。まったく、罪悪感で高圧的になるなんて、姉妹揃って変わり者らしい。
そんな考えていても解決しない悩み事をしながら、一番上の棚を開ける。そこにはフランの言った通りチョコが入っていた、それもミルク、ホワイト、ブラックと多彩に揃えてある。それにしても何であの子が知ってるんだろう? つまみ食いでもしてるのだろうか。
「まぁ、これだけあれば十分でしょ」
チョコを手に取った私はもはやゴールした気分になる、スタートはこれからなのだけど。
「さて、これから始めるわけだけど……」
いざやろうとすると、どこから手をつけていいか分からない。一体どうやってチョコを溶かすのだろうか?
そんな感じでチョコを前にして腕を組む私の視界に、一冊の本が入ってくる。さっきまではチョコを探すことに夢中で気づかなかったのだろう。
「何かしらこれ? バレンタインチョコの作り方、これで相手は貴女の虜編?」
なんだこの胡散臭すぎる本は、しかも良く見ると一ページだけ端が折られてる、この本の持ち主が折ったのだろうか?
私は意を決して折られたページを開く。なぜ本をめくるのに意を決しなければいけないのか分からなかったが、なぜか決意が必要な気がした。
「これって……」
そこに書かれていたチョコは、ストロベリーチョコのハート型で、ホワイトチョコで模様を描きドライフルーツで飾られている。しかもワンポイントアドバイスと言う欄があり、そこにはこう書かれていた『貴女の思いを込めたメッセージカードも忘れずに』なんかむかつく。
しかしこのチョコ、どっかで見たことがある気がしてしょうがない。まぁ気のせいだろう。
「……見なきゃよかった、決意が足りなかったわ」
そんな事を思いながらも、まぁ参考にはなるだろうと色々ページをめくってみる私は意外と現金なのかも知れない。
「ん? 何か落ちた?」
足元を見ると、なにやらメモのような物が落ちている。この本に挟まっていたのだろうか。何となく気になって、私は拾い上げてみる。
「えーと、惚れ薬の調合法?」
本当に見なきゃよかった。しかも注意書きに『これはあまりに強力な為、相手の精神を壊す恐れがあります。使用の際には用法、容量を守ってお使いください』とか書かれてる、見なかった事にしよう。材料の欄に『相手(パチュリー様)の体液』とか書かれてるけど見なかった事にしよう。
「……まぁ大体の手順は分かったわ」
胡散臭くともハウツー本には変わらない。友人の危機を無視した私は、書かれている通りの器具を引っ張り出す。
「これでよしと」
今度こそスタート地点に立った気がする。
まずは書かれている通り、お湯を沸かしチョコを溶かす、これをやらなければ始まらない。直接熱するのではなく、沸かしたお湯の熱で溶かすのだ。
「何々? お湯は五十から六十度と……これくらいかしら?」
適度に湯気を出し始めたお湯をボウルに移し、もう一つのボウルをその上に浮かべる。後は浮かべたボウルにチョコを入れれば溶ける。
「チョコは細かく砕いてから入れましょう? 面倒ね、これでいいでしょ」
本には包丁などで砕くと書かれているが、私はチョコを摘みボウルの上で少しだけ力を入れた。それだけでチョコは粉々になり、ボウルへと収まる。
「我ながら手際がいいわね」
作業がスムーズに進むことに私は満足しながら本の続きを読み始める。
「えーと、だまが無くなるまでチョコをヘラで混ぜ、完全に溶けたらお湯を冷水に変えるっと。思ってたより簡単ね、私が有能なだけかしら?」
要はヘラでチョコをかき回せばいい、ただそれだけの事、楽勝だ。
私は思いっきりヘラを振り回す、チョコが飛び散った。
「……てへ」
失敗失敗、少し焦りすぎた様だ。私が思い切りかき回したら、こうなる事くらい自明の理だというのに、それに気づかなかったとは私もまだまだ子供と言うことだろう。
だが子供でも一度失敗すれば学ぶ、次はゆっくりと落ち着いてやろう。
「冷水に変えた後、チョコの温度が下がるまで混ぜ、ココアパウダーを加えてまた混ぜるっと」
一度冷静さを取り戻せばこの程度、私には造作も無いわけで、次々と手順は続く。もっとも混ぜてばっかだけど。
「ココアパウダーを加えた後はボウルの底からチョコを剥がす様に混ぜ、最後に型に入れる」
チョコ作りは混ぜる事と見たわね。そんな悟りを勝手に開いたつもりになりながら、私はチョコを型に入れた。
「これで冷やせば完成だけど……これだけじゃ物足りないわね。何かアレンジしましょう」
思い立ったら即行動、以前どこかで速さは力って聞いた事あるし。何処で聞いたかは憶えてないけど。
さっきチョコを探していた時、棚の中にアーモンドがあったっけ、あれは使えそうだ。
「たしかこの辺に……あ、あったあった」
アーモンドを見つけた私は早速手に取る、これを細かく砕いて入れればいいだろう。そう思いながら棚を閉めようとした時、それが目に入る。
「これは……」
それが何となく気になって、思わず私は手にとってしまう。
「……まぁ、これも使えるでしょう」
それから少しして、私のチョコ作りは終わった。周りが飛び散ったチョコで汚れてるけど、この出来たチョコを上げれば咲夜も許してくれるわ、きっと。
後、この本は誰かの目に付かないうちに燃やそう、挟まってたメモと一緒に。多分、それが正しい。
「はい咲夜、バレンタインのチョコ」
「お嬢様、いつの間にお買いに行かれたのですか?」
何だろう、凄く失礼な事を言われた気がする。
「違うわ。それ、手作りよ」
「手作り? 一体誰がお作りに?」
咲夜、わざと言ってる? 私が作ったと言う可能性は一辺たりとも頭を過ぎないのだろうか。
「私よ、私の手作り」
「……お嬢様、今日からユーモアの勉強をいたしましょう。そんなジョークでは違う意味で笑われてしまいますわ」
こいつ……どうしてくれよう。混ぜるか? 特大のボウルに大量のチョコと一緒にぶち込んで混ぜるか? 今の私は混ぜる事に関して悟りを開いてるわよ、手首のスナップ効かせてアーモンドと見分けつかなくするわよ。お湯は五十度が適温。
「残念だけど、ジョークでも冗談でも、ましてや嘘でも無いわ」
「本当にお嬢様が……開けてもよろしいでしょうか?」
「ええ、構わないわ」
私の返事を聞き入れた咲夜はゆっくりと恐る恐る箱を開く。なにその開け方は、まるであり得ない物を目にするみたいじゃない。小刻みに手を震わすな。
無論、中に入っているのは私の作ったアーモンドチョコ、一口サイズが五つだ。
「これを……お嬢様が?」
「そうだけど、何か不満かしら?」
咲夜の顔が本当にあり得ない物を見た顔になってる。なぜかむかつく。
「不満なんて……滅相もありません。私の為に……ありがたく受け取らせてもらいます」
咲夜が頭を下げて礼を口にする、なぜ初めからそうしないのよ。
「まぁ、いいわ。それよりこれ、私の代わりに美鈴に渡してくれないかしら」
「美鈴の分、ですか?」
私は咲夜にチョコを渡すが、咲夜は受け取ったチョコを不思議そうに見詰めている。
「ええ、そうだけど」
「そう……ですか」
預けたチョコを咲夜はますます見詰めだした。
「お嬢様が美鈴に手作りチョコを……お嬢様が手作りチョコを美鈴に……美鈴にお嬢様が手作りチョコを……手作りチョコをお嬢様が美鈴に……」
「さ、咲夜?」
咲夜が小さな声で何か呟いてる。不味い、何か不味い気がする。このままじゃ咲夜がナイフ片手に「誰もいないじゃないですか?」とか言い出しかねない。何のことか分からないが。
「と、とりあえず落ち着きなさい。そのチョコは日頃の労いとか、そういう意味よ。それに手作りと言っても貴女のと同じだし」
「はっ……私のも同じ、まさかお嬢様! 美鈴だけでなく私まで……いけませんそんな、従者丼なんて……」
何言ってんの咲夜? ああ、きっと疲れてるのね。今度休暇をあげるから何処か旅行でも行きなさい。永遠亭とか。
「うん、もうきりが無いからはっきり言うけど、義理だから。そういう感情一切無いから、落ち着きなさい」
「む、そうですか。美鈴の魅力が分からないとは……お嬢様もまだまだです」
どないせいと?
「……別にまだまだでもいいから、ちゃんと渡しといて頂戴ね」
「はい、確かにお預かりしました」
そう言って部屋を出る咲夜だが、私は何となく気になって呼び止めた。
「咲夜、もし義理じゃなかったらそのチョコどうする気だったの?」
「……チョコがどうなると言うよりも、お嬢様がどうにかされるかも知れません……聞きたいですか?」
振り返りながら答える咲夜だが、私はなぜか目を合わせれなかった。
「……ううん、聞かないでおくわ」
「英断です」
今度こそ咲夜は部屋を去る。
「何か……鳥肌が収まんないんだけど」
「二人とも、私からのチョコよ」
「本当に作ったのね」
「ありがたく頂きます」
図書館まで足を運んだ私は、友人とその使い魔にチョコを渡した。というかパチェ、貴女がアドバイスしたのよ。謎の偉人の言葉で。
「そういえばパチェは用意しなかったの? チョコ」
「ええ、別にバレンタインは強制参加、何ていうルールは無かったと思うけど?」
それはそうだけど、そういう考えの下で人にあのアドバイスしたのか。
「それでレミィ、これは開けていいのかしら?」
「ええ、構わないわよ。別に誰かさんみたいに見られて困るカードも入ってないし」
私の言葉に小悪魔は肩を跳ね上げているが、パチェには見えていなかったらしく、私の言葉に頷き箱を開ける。
「思ったより普通ね」
何そのコメント、普通は偉大なのよ。
「所でこれ、本当にお嬢様の手作りですか?」
だからなぜ疑うことから始める。
「ええ、本当に私の手作りよ。疑いようの無いくらい」
「そうですか……お嬢様がパチュリー様に手作りチョコを……」
またか? またなのか?
「言っとくけど、二人とも同じ物だから」
「はっ! まさか私とパチュリー様の主従丼!」
この子にも休暇をあげよう。うん、それがいい。
パチェに自分の使い魔の管理くらいちゃんとするよう言いたかったが、私も自分の従者の管理があまり出来てないようなので口にはしなかった。
「味も普通なのね」
そんな事を考えてる私や、トリップしてる小悪魔をよそに、パチェはチョコを口に入れていた。
「悪かったわね普通で、ハート型の方が嬉しかった?」
「いえ、ハートは一つで十分よ。あれ以外はいらないわ」
何気ないパチェの言葉に、小悪魔はまた肩を跳ね上げトリップから帰ってきた。
「パ、パチュリー様、それは一体どういう……」
「貴女の好きに取りなさい」
あれ? 何だろうこの空気?
「それと小悪魔、あんなカードいらないわ。手放す気なんて最初から無いから」
「あ、あう、うう、パチュリー様ぁー!」
ああ、あれね、この空気あれでしょ? 私邪魔って事でしょ?
その後、私は半べそで図書館を後にした。
「次で、最後ね……」
作ったチョコは後一個、最後はこの部屋。私は意を決した、今頃暖炉で燃えてるあの本を開いた時とは比べ物にならない決意。その覚悟を持ってして、扉をノックする。
「フラン、入るわよ」
なぜ妹の部屋に入るのにここまで意識しなければいけないのだろう。私はゆっくり扉を開く。
「お姉様? 珍しいね、一日に二回も顔を見るなんて」
確かにそうだが、なぜかフランの言葉が胸に刺さる。
「そうね、特に厨房で会うことになるとは思わなかったわ。あ、そうそう、ジュースをビンのまま飲むのはやめなさい」
違うでしょう。今は、そんなことはどうでもいい。
「何? わざわざそんな事言うために来たの? お姉様も暇人ね」
「そうでもないわ。貴女と違ってこれでも上に立つ立場だから、色々大変よ」
大変? 何言ってるのよ、この子が受けてきた事に比べたら何でもない。
「じゃあ嫌味でも言う為? やっぱり暇人だと思うけど」
「少なくとも、私は厨房につまみ食いしに行くほどの暇は持て余してないわ」
そんな暇があったら私は考えなくちゃいけない事がある。もっとも考えているだけじゃ解決しない。
「ああ、つまみ食いのお説教しに来たの? それはやだなぁ」
「そうだったら手荒な事しなくちゃいけないわね。貴女は素直に聞かないから」
こんな事を口にするから解決しない。私が説教しなくちゃいけないのは私自身。
「それじゃ何しに来たの?」
「姉が妹の顔見に来るのがおかしい事かしら?」
白々しい、前にこの部屋に来たのはどれほど前だ。
「おかしいかどうかは分からないけど、珍しいよ」
「まぁ、確かにね」
これ以上は自分を締め付けるだけ。ここいらで、さっき心に秘めた覚悟を使おう。
「所でフラン、渡したい物があるんだけど」
「渡したい物? お姉様が私に何かくれるなんて、外で槍でも降ってるのかな?」
降ってたら外で美鈴が大変な事になる、そしてそれを見た咲夜も大変な事になるから勘弁して欲しい。
ああ、今のは少し気が楽になった。その場にいなくても主を助けられるなんて、貴方達は理想の従者よ。
だから私も、理想の従者に負けない理想の主になろう。
「フラン、はいこれ」
私は真っ赤な箱をフランへと差し出した。フランはしばし不思議そうに私の顔と真っ赤な箱を見比べていた。
「これ……チョコ? 私に?」
「バレンタインにチョコ以外を渡すほど皮肉れてないわ」
ゆっくりと、フランはチョコを受け取ってくれた。
「お姉様にチョコ貰うの初めて……」
「それはそうでしょう。私もフランにあげるの初めてなんだから」
そろそろ覚悟がなくなりそうだ。適当な理由を付けてこの場から逃げたくなる。けど、まだ逃げれない。
パチェは言った。バレンタインはチョコと一緒に思いを伝える日だって、私はまだチョコしか渡してない。だから、逃げれない。
きっといつかこうなる事を分かっていて、いつも私にアドバイスをくれた友人の為に、私もアドバイスに答えられる理想の友になろう。
「フラン、貴女に言わなきゃいけないことがあるわ」
「何? 今日は珍しい事ばかりだね」
それは違う、今日だから珍しい事ばかりなのだ。バレンタインだから、私が覚悟をしたから。
「一度しか言わないから……と言うよりも、多分一度しか言えないから良く聞いて」
一度が限界、だから聞き逃さないで欲しい。
私は良く聞かせるためにフランに近づく、凄く近づく。急に歩みを進めてくる私に驚いたのかフランは少し後ずさりした。
だから、私は後ずさりできないようにフランを抱きしめた。これなら私の言葉もフランの耳に入る。
「お……ねえさま? どうし――」
「フラン」
私は、長らく冷たい仕打ちをしてきた妹の為に、理想の姉になりたい。だから、つまらない意地を捨てて理想の姉になろう。
「今までごめんなさい」
これを言い切ったらなれるだろうか?
「許せなんて言わないわ」
理想の主になれるだろうか?
「言えるわけ無いわ、沢山貴女に酷い事したから」
理想の友になれるだろうか?
「けどね、分かって欲しい」
理想の……姉になれるだろうか?
「私はね……貴女を、フランを愛してるわ」
多分、なれない。今までどれほどの事をこの子にしてきたと思ってる。それがこんな事で許されるはずが無い。
私の事を紅魔が主と言ってくれるかもしれない、理解ある友人と言ってくれるかもしれない、けど……いい姉とは程遠い。
「本当に……珍しいことばっかりだね、お姉様が泣くなんて」
そう、こんな事で泣いているようじゃほど遠い。
「そうね、自分でも驚いてるわ」
だってまだ、理想へ進み始めたばかり。ここで泣いてちゃ後が持たない。
だから私は涙を拭く、理想に進むために。
そのために作ったのだから。この子のために……フランのために、ただ一つのチョコレート、クランベリーのチョコレート。
そして目指そう。私のために、フランのために、理想の姉を。
いつまでかかるか分からない。けどきっとなれる、そんな気がする。だって、涙を流した私の胸で、この子も泣いてくれてるから。
「ねぇ美鈴、貴女からのチョコレートをまだ受け取ってないのだけど?」
「あんな無茶苦茶しちゃう人にはあげません」
「それは反省してるわ、本当に」
「ダメです。それに私は誰かさんが残した大量のチョコを食べなきゃいけないので忙しいです」
「全て愛の結晶よ」
「流石に全部はきついから、部下の子に分けようかなぁ」
「美鈴、それは――」
「冗談です、本気なわけ無いじゃないですか。ちゃんと一つずつ頂きます」
「そう思うなら私にもチョコを――むぐ!」
「やかましいんでこれでも食べててください」
「ん、これチョコ?」
「はぁ、チョコの食べすぎですかね。自分の甘さに腹が立ちます」
「うーん、どこにいったんでしょう、あの本は。メモも一緒に挟まってるんで早めに処分しないと」
「何探してるの小悪魔」
「ええ、実は――って、パ、パチュリー様!? い、いえ、何でもないですよ!?」
「そう、まあいいわ。所でこの間教えた惚れ薬の作り方、あれ間違ってたわ」
「え? じゃ、じゃあどんな薬なんですか?」
「さぁ? 自分の使い魔を無性に虐めたくなる薬とかじゃないかしら?」
「な、何ですかその今決めたみたいな薬! しかも虐めるのニュアンスがよく分からないです、ってなんでにじり寄ってくるんですか? こういうのはアリスさんの役目じゃ……ってちょ、服に手をかけないで下さい!」
「というわけで出番だアリス。ほらチョコ、あーん」
「意味が分からないわ。っていうか何? そのチョコ」
「ん? ただのチョコだ。ガラナチョコ」
「うん、ガラナの時点でただのチョコじゃないわね」
「というわけで、あーん」
「いや話通じてないし、ちょ、魔理沙、無理やりは止め――私こんな役以外に無いの!?」
「ねぇフラン」
「なに? お姉様」
「チョコ美味しい?」
「うん、美味しい」
「良かったわ。フランはチョコ好きなのね」
「うん、チョコ好き」
「そう、私の作ったチョコも好き?」
「うん、お姉様の作ったチョコも好き」
「ありがとう……所でフラン、私の事は好き?」
「ん、嫌い」
「……お姉ちゃん、泣きそうよ」
そしておぜうさまが不憫だぜちくしょう。だが、それがいい。へたれみりあ最高。
そんな彼女にこの点数を つ
いや、前からかもしれないけどw
それにしてもこの作品のレミリア様、ほんと良い味出してる。
桃の節句やホワイトデーはどうなる事やら・・・
先が不安な紅魔館w。
それはそうとお嬢様、以前貴女の友達が言ってたようにたまには従者を叱っておあげなさいなw
たとえ美鈴絡みでも筋を通して理不尽でなければちゃんと聞き入れるかと(ドウダロウ
スカーレット姉妹が一番まともな紅魔館って始めて見たかもしれない……蝶ガンバレお嬢様ww
うん、ここは別の意味で桃魔館ですねw
が、ばんばれお嬢様ww
なんとも。 それにしても居場所ないねこんな日にはレミリア様、まさに
妹様との関係を見直すいい機会だと思ってしまった。
そんなSSが好き 40点
フランに一歩歩み寄れたレミリア様に乾杯
妹様がいいなぁ。この妹様素敵だな。
美鈴は相変わらず冷静でいいな。咲夜さんは…頑張る方向間違えてるw
一番の曲者はパチュリー様でしたなw
咲夜さんと小悪魔がヤンデレ化Σ(°д゜)
それにしても、微妙に不憫で少しだけ頑張ったお嬢様に乾杯。
それと誤字と思われる箇所が。
>「はい、確かのお預かりしました」
に、じゃないかな?
いろんな意味で頑張った。
邪魔者扱いされようとよく耐えた!
誤字とか。
>振ってたら外で美鈴が大変な事になる
振ってたら→降ってたら
ツンデレ(パチュリー?)とヤンデレ(小悪魔?)というのも面白いしこわいしでどっきどき
ところで・・・何かもの足りぬ!!
そんな歳でもないですけど。
それにしても今回は美鈴が空気だ。
お嬢様にカリスマ(100点)を!
お嬢様以外はとてもよかったです。
お嬢様に幸せを!
ラブラブな皆さんやらおぜうさまの奮闘やらGOODでした。
フランは素なのか素直じゃないだけなのかw
咲夜さんは相変わらずで安心した。