寒風吹きすさぶ、妖怪達の山にある小さく粗末なあばら家。
格子の窓から物憂げそうに外を眺める少女が一人。
その横には、あお向けに寝転んで、白い息を吐きながら目を細め、まるで遠く見るかのように天井を見つめ続ける少女が一人。
二人ともまるで生気がなく、もうずっと長い間、同じ方向をただ眺め続けていた。
「……ねぇ……静葉姉さん」
「……なぁに? 穣子」
「冬はどうして寒いんだろうね……」
「……そうね……とっても寒いわね」
「私は姉さんに尋ねてるんだけど……」
「まぁ、そうだったの……。てっきりまた、穣子の寒い寒い病が始まったのかと思ったわ」
「……勝手に変な病気作らないでよ」
「……そうね。病気の人に失礼だものね」
「病気の人ねぇ……なんか、すぐ近くにいるような気がするんだけど……」
「奇遇ね。私もよ……」
「それじゃあ……いっせいにその人がいるとこ指差してみない?」
「いいわよ……じゃあ、せーの……」
二人は抑揚がまったくない声で話をした後、視線をまったく変えずにいっせいにお互いの方を指差す。
一瞬の間をおいて思わず二人は同時に大きくため息をつく。この間も視線はそれぞれ外、天井へと向けられたままだった。
「……もう、何回目かしらね。この会話の流れ……」
「……かれこれ100回は超えてると思う」
「……姉さんたら律儀に数えてたの?」
「そんな気がするだけよ……」
「なんだ。てっきり一回一回ちゃんと数えてたのかと思った。でも実際それくらいいってそうね」
「でしょう。まったくの当てずっぽうで言ったわけじゃないのよ」
「……でも裏を返せば、それほど暇だって事よね。私達」
「ええ、いい勘してるわ。流石、私の自慢の妹」
「あら、信じられない。姉さんが私の事自慢に思っていてくれてたなんて」
「失礼ね。……私はいつもあなたを自慢に思っているわよ」
「例えばどんな所が自慢なの?」
「ええ、そうね……焼いもを一冬中食べ続けていても全然飽きない所とか」
「……それって微妙な自慢どころね……素直に喜べない……というより、むしろどうリアクションしていいかわからないわ」
「そうね。こういう場合は怒ればいいと思う」
「……そっかー。怒るのね。私が姉さんを」
「ええ、さあ、穣子。私を怒ってごらんなさい」
「……気力が沸いてこないわ」
「……あら残念ね。焼きいもが足りないのかしら」
「……いいから、もう焼いもからは離れてよ」
「……それにしても秋が待ち遠しいわ」
「私も丁度同じことを考えていたところよ」
「……あら珍しい。私と穣子が同じ考えするなんて……明日はきっと吹雪ね」
「……吹雪は嫌だからせめて風雪くらいにとどめておいてほしいわ」
「それもそうね。じゃあ明日は風雪になるように私が伝えておくわね」
「伝えるって誰に?」
「冬の神様に」
「冬の神様……」
「今朝、夢で見たのよ」
「……ああ、そう、じゃあついでに、このみかんをもっと甘くして欲しいってのもお願いしておいて」
「わかったわ。今日の夜にまた会えたら、伝えておく事にするわ」
「頼むわね」
「ええ、夢次第だけどね」
「……そうね。なにしろ夢だものね」
「そう、夢のまた夢よ」
「……そりゃみかんも酸っぱいわけよね」
「そうね。仕方ないわ」
「それにしても寒いわね……」
「そうね。冬だものね」
「誰が冬は寒いって決めたのかしら……」
そう言いながら穣子はのろのろと力なくみかんの皮をむき始める。
「決まってるわ……冬の神様よ」
「……冬の神様ってどんな格好なのかしら」
「上半身裸よ」
「そう。寒くないのかしら」
「寒いわけないわ。だって冬の神様だもの」
「……そうね。神様だものね」
「ええ、神様だもの」
穣子は丁寧に筋まで取ったみかんの実をじーっと眺め続けている。口に入れる気配はない。
「そういえば最近見てないけど河童は寒いのは平気なのかしらね」
「そうね……きっと平気よ」
「根拠はあるのかしら」
「……だって、河童はきゅうりが好きなんだもの。きっと寒さくらい平気よ」
「そういうものなのかしら……初耳だわ」
「私も初耳ね」
「……何が」
「河童が寒さに平気って事」
「……そうね」
不意に穣子は、指でつまんでいる丁寧にむいた蜜柑の実を口元に近づける。そして彼女の乾いた唇に触れさせたり離したりさせた。
次に彼女は虚ろな目のままその蜜柑の実を舌先で僅かに舐める。思わず微かに顔をしかめた。
その熟し切っていない蜜柑の実は彼女の全身に鋭い酸味を走らせた。
一方の静葉は、ふうとため息をつくとごろりと寝返りを打つ。
かさかさと枯葉が風に舞う音が外から聞こえてきている。
それは彼女達の耳にも当然入ってきていたが、まるで意に介する素振りはない。
気が付くともう外は暗くなりかけている。しかし二人にとっては昼も夜も同じことだった。
今の二人にとって周りで起きている事象はまったく関係がない。
何故なら二人の時は止まっているのだ。今は過ぎてしまった秋のままで。
次の秋が来るまで二人の時は決して動き出そうとはしない。
格子の窓から物憂げそうに外を眺める少女が一人。
その横には、あお向けに寝転んで、白い息を吐きながら目を細め、まるで遠く見るかのように天井を見つめ続ける少女が一人。
二人ともまるで生気がなく、もうずっと長い間、同じ方向をただ眺め続けていた。
「……ねぇ……静葉姉さん」
「……なぁに? 穣子」
「冬はどうして寒いんだろうね……」
「……そうね……とっても寒いわね」
「私は姉さんに尋ねてるんだけど……」
「まぁ、そうだったの……。てっきりまた、穣子の寒い寒い病が始まったのかと思ったわ」
「……勝手に変な病気作らないでよ」
「……そうね。病気の人に失礼だものね」
「病気の人ねぇ……なんか、すぐ近くにいるような気がするんだけど……」
「奇遇ね。私もよ……」
「それじゃあ……いっせいにその人がいるとこ指差してみない?」
「いいわよ……じゃあ、せーの……」
二人は抑揚がまったくない声で話をした後、視線をまったく変えずにいっせいにお互いの方を指差す。
一瞬の間をおいて思わず二人は同時に大きくため息をつく。この間も視線はそれぞれ外、天井へと向けられたままだった。
「……もう、何回目かしらね。この会話の流れ……」
「……かれこれ100回は超えてると思う」
「……姉さんたら律儀に数えてたの?」
「そんな気がするだけよ……」
「なんだ。てっきり一回一回ちゃんと数えてたのかと思った。でも実際それくらいいってそうね」
「でしょう。まったくの当てずっぽうで言ったわけじゃないのよ」
「……でも裏を返せば、それほど暇だって事よね。私達」
「ええ、いい勘してるわ。流石、私の自慢の妹」
「あら、信じられない。姉さんが私の事自慢に思っていてくれてたなんて」
「失礼ね。……私はいつもあなたを自慢に思っているわよ」
「例えばどんな所が自慢なの?」
「ええ、そうね……焼いもを一冬中食べ続けていても全然飽きない所とか」
「……それって微妙な自慢どころね……素直に喜べない……というより、むしろどうリアクションしていいかわからないわ」
「そうね。こういう場合は怒ればいいと思う」
「……そっかー。怒るのね。私が姉さんを」
「ええ、さあ、穣子。私を怒ってごらんなさい」
「……気力が沸いてこないわ」
「……あら残念ね。焼きいもが足りないのかしら」
「……いいから、もう焼いもからは離れてよ」
「……それにしても秋が待ち遠しいわ」
「私も丁度同じことを考えていたところよ」
「……あら珍しい。私と穣子が同じ考えするなんて……明日はきっと吹雪ね」
「……吹雪は嫌だからせめて風雪くらいにとどめておいてほしいわ」
「それもそうね。じゃあ明日は風雪になるように私が伝えておくわね」
「伝えるって誰に?」
「冬の神様に」
「冬の神様……」
「今朝、夢で見たのよ」
「……ああ、そう、じゃあついでに、このみかんをもっと甘くして欲しいってのもお願いしておいて」
「わかったわ。今日の夜にまた会えたら、伝えておく事にするわ」
「頼むわね」
「ええ、夢次第だけどね」
「……そうね。なにしろ夢だものね」
「そう、夢のまた夢よ」
「……そりゃみかんも酸っぱいわけよね」
「そうね。仕方ないわ」
「それにしても寒いわね……」
「そうね。冬だものね」
「誰が冬は寒いって決めたのかしら……」
そう言いながら穣子はのろのろと力なくみかんの皮をむき始める。
「決まってるわ……冬の神様よ」
「……冬の神様ってどんな格好なのかしら」
「上半身裸よ」
「そう。寒くないのかしら」
「寒いわけないわ。だって冬の神様だもの」
「……そうね。神様だものね」
「ええ、神様だもの」
穣子は丁寧に筋まで取ったみかんの実をじーっと眺め続けている。口に入れる気配はない。
「そういえば最近見てないけど河童は寒いのは平気なのかしらね」
「そうね……きっと平気よ」
「根拠はあるのかしら」
「……だって、河童はきゅうりが好きなんだもの。きっと寒さくらい平気よ」
「そういうものなのかしら……初耳だわ」
「私も初耳ね」
「……何が」
「河童が寒さに平気って事」
「……そうね」
不意に穣子は、指でつまんでいる丁寧にむいた蜜柑の実を口元に近づける。そして彼女の乾いた唇に触れさせたり離したりさせた。
次に彼女は虚ろな目のままその蜜柑の実を舌先で僅かに舐める。思わず微かに顔をしかめた。
その熟し切っていない蜜柑の実は彼女の全身に鋭い酸味を走らせた。
一方の静葉は、ふうとため息をつくとごろりと寝返りを打つ。
かさかさと枯葉が風に舞う音が外から聞こえてきている。
それは彼女達の耳にも当然入ってきていたが、まるで意に介する素振りはない。
気が付くともう外は暗くなりかけている。しかし二人にとっては昼も夜も同じことだった。
今の二人にとって周りで起きている事象はまったく関係がない。
何故なら二人の時は止まっているのだ。今は過ぎてしまった秋のままで。
次の秋が来るまで二人の時は決して動き出そうとはしない。
他愛もなさ過ぎてそれが逆に笑えるってどうなんだろ・・・
……最近富に寒いですよね…………
不憫は不憫なんだけど地味に面白かったです。
なんという親近感。