幻想郷に冬がやってきた。今年は例年よりも雪が多く、大地は真っ白に染まっている。
今日も雪が深々と降っている。人形から生まれた妖怪、メディスン・メランコリーは、白く染まった鈴蘭畑に座り込んで空を見上げていた。
「……やだなぁ……。また降ってきたよ、スーさん。」
メディスンがつぶやく。だが、その声に答えてくれる者はいなかった。
メディスンの周囲には、沢山の鈴蘭が生息している。しかし、今は雪に埋もれてしまいその姿は見えなかった。
「冬は嫌い。スーさんも寝ちゃうし、体は雪で埋もれちゃうし。早く春がこないかな。スーさんに会いたいよ……。」
鈴蘭は多年草である。冬が近づくと花を閉じてしまうが、春にはまた花を咲かせるのだ。
「…………。」
メディスンはずっと無言で空を見上げていた。その間も雪が降り止む様子はない。
「……あれ? まただよ、やだな……。」
ふと気が付くと、メディスンの体は腰のところまで雪に埋もれていた。
「もう、雪なんて嫌い。」
メディスンは立ち上がり、体に付いた雪を払う。先ほどから、体が埋もれる度に雪を払いのける。それを繰り返していた。
体が人形のメディスンは、寒さを感じることはない。なので、いくら雪に埋もれても凍死したりはしないのだ。だが、あまりにも雪が積もるとさすがに重く、圧死の恐れがあるので、まめに雪を払わなければならなかった。
「いやだいやだいやだ! 冬なんて大っ嫌いだよ!」
メディスンはじたばたと暴れる。
「はぁ……はぁ……。やめよ、ばからしいや……。」
ひとしきり暴れた後、メディスンは疲れてまたその場に座り込んだ。
「あーあ……。」
メディスンは、そのまま、後ろへと倒れこみ、仰向けになる。周囲の雪がふわりと宙に舞った。
……つまんないな……。スーさんもいないし、誰も遊びに来てくれないし……。あーあ……。
メディスンは大きくため息を吐く。
メディスンはさびしかった。冬が来る前は、鈴蘭が咲き誇っていたし、偶にだが、来客もあった。今はそれがまったく無く、1人なのだ。産まれて数年しか経たないメディスンには辛かった。
「……そうだ。久しぶりに出かけてみようかな。」
メディスンは起き上がった。
鈴蘭畑から出たことはほとんど無い。メディスンにとって、鈴蘭畑の外は、未知の世界なのだ。
「よし。出かけてみよ。」
メディスンは立ち上がる。思い立ったら、すぐに行動するのが彼女なのだ。
「スーさん。私、ちょっと出かけてくるね。心配しないで、すぐに帰ってくるから。」
メディスンは雪の下に埋もれた鈴蘭に話しかける。もちろん返事は返ってこないが、彼女はそんな事は気にとめない。
「それじゃ、行ってきます。」
メディスンは空へと飛び上がった。その表情は、何かを期待する少女の顔だった。
「どこに行こうかな……。」
雪が降る中、メディスンはゆっくりと空を飛び続けた。
そうだ。あのうさぎさんがいっぱい住んでいるお屋敷に行ってみよう。あそこなら、知ってる人もいるし、場所もわかるし。そうしよう。
メディスンは、記憶を頼りに永遠亭の方へと向きを変えた。そのまま飛び続ける。
………。
………。
………。
「……こんなに遠かったっけ?」
永遠亭は竹林の奥にある。メディスンはその竹林を目指して飛んでいるのだが、一向に見えてこなかった。
「えっと……こっちでよかったよね……。」
メディスンは辺りを見渡す。
「あ、あれ?」
目に映るのは一面の雪景色。竹林は影すらも見えない。
「ここ……どこ?」
メディスンは完全に迷ってしまっていた。
もともと、めったに無名の丘から出ることの無い彼女である。外の地理には疎い。さらに、この雪では、迷うのも仕方が無かった。
「ど、どうしよう……。」
メディスンはその場に静止し、うろたえる。
しかし、いくら慌てても、いくら辺りを見渡しても、雪景色が目に映るだけだった。
「どうしたらいいの……。え? うわっ!」
急に風が強くなってきた。同時に雪も強まる。メディスンは顔を手で庇いながら、必死で飛ばされないように踏ん張る。
「とりあえず、下に下りよう。」
メディスンは地上へと向かった。そこは平原だった。運よく、大きな木が1本立っており、メディスンはその木の根元に下り立つ。木の枝が風と雪を防いでくれるので、空にいるよりはいくらかはましだった。
「あーあ……。雪、止んでくれないかな……。」
体に積もった雪を振り払いながら、メディスンは空を見上げた。雪はいっこうに止む気配がない。むしろ、どんどん強く降ってくる気がする。吹雪になるのかもしれない。視界は悪くなる一方だった。
………。
………。
………。
「止まないよう……。」
待てども待てども、雪は止まない。さらに、風は強くなり吹雪となっていった。
「もうヤダ! 雪は止まないし、道には迷うし、吹雪で何にも見えないし! 冬なんか大っ嫌い!」
メディスンは大声で叫んだ。誰に言ったわけでもない。ただ叫びたかっただけだった。
「あら、そんなに嫌うことないじゃない。」
「え?」
誰もいないはずだが、返ってきた返事に、メディスンは辺りを見回す。
「誰かいるの?」
いくら辺りを見回しても、吹雪で何も見えない。
「ねえ、誰? どこにいるの?」
「ちょっと待っていてね。そっちに行くわ。」
急に、風が弱くなった。雪は止まないが、視界が開ける。そして、人影がゆっくりと近づいて来た。
メディスンは少し後ずさりし、身構える。こんな吹雪の中を歩いている人物だ。ただ者ではないと思った。
……一体誰だろう? 吹雪の中を歩いてこれるなんて、普通じゃないよ……。
人影がはっきりとわかる距離まで近づいてきた。メディスンは人影の顔を見つめる。どうやら、女性のようだった。
「初めまして。こんにちは。」
「……誰?」
メディスンは、頭のてっぺんからつま先まで女性を観察する。身長は自分より頭1つ高い。白と青を基準したブラウスにスカート。この吹雪の中ではとても寒そうだが、女性は寒そうではなかった。
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。私はレティ。よろしくね。」
「う、うん……。」
「あなたの名前は?」
「メディスン。メディスン・メランコリーだよ。」
「メディスンね。いい名前ね。」
「う、うん。ありがと。」
レティと名乗った女性は優しく微笑む。その表情を見て、メディスンの警戒が少し緩んだ。
「メディスン。あなた、寒くは無いの?」
「うん、大丈夫。私、寒いのは感じないんだ。体が人形だから。」
「人形?」
「うん。私は人形から生まれたの。」
「寒さを感じないということは、暑さも感じないのかしら?」
「うん。あ、でも、あんまり日光に当りすぎると火照っちゃうから困るけど。」
「いいわね。」
「何が?」
「ん……。ちょっといいと思っただけよ。」
「?」
きょとんとするメディスンを見て、レティは微笑を浮かべる。
「メディスン、少しあなたのことを教えてもらえるかしら?」
「うん? いいよ。」
2人は木の根元に座り、話を始めた。
メディスンは自分の事をレティに話した。数年前に、人形から生まれた妖怪であること。鈴蘭の咲く丘に住んでいること。今日は友人のところに遊びに行こうとして迷子になったことなど。普段は1人で過ごしているメディスンは、話を聞いてくれる相手がいてくれるのは嬉しかった。レティもメディスンの話を真剣に聞いている。
「今は雪に埋まっちゃってるけど、春になると、スーさんがいっぱい咲くんだよ。緑の丘全部が白い花で埋まるんだ。凄くきれいだよ。」
「凄いのね、鈴蘭の花は。」
「うん。今度、レティも春になったら見においでよ。」
「………。」
急にレティが黙ってしまった。
「レティ? どうしたの?」
「……なんでもないわ。……そうね、そんなにきれいな鈴蘭なら、見てみたいわね。」
「うん。一緒に見よう。」
「ええ。」
レティがメディスンに笑みを返す。だが、その表情には少し曇りがあった。
「ねえ、レティ。レティはどんな花が好きなの?」
「え?」
「だから、どんな花が好きなのかなって。私はスーさんが一番好き。レティは?」
「………。」
「どうしたの? レティ、花は嫌い?」
「いいえ、花は大好きよ。」
「それじゃ、好きな花はなんなの?」
「………。」
「どうしたの、レティ?」
また、レティは黙ってしまった。
レティはメディスンから視線をそらし、正面をじっと見つめる。メディスンもレティの視線の先を見た。そこには雪が降り続ける平原が見えるだけだ。
レティ、急にどうしたのかな? この先に何かあるのかな?
メディスンは目を凝らし、平原を見つめる。しかし、降り続く雪に視界をさえぎられ、雪しか見えない。
「もう、いい加減に止んでくれないかな、この雪。これじゃ帰れないよ。だから、冬って嫌いだよ。」
メディスンは吐き捨てるように言った。
すると、ずっと正面を見ていたレティが、メディスンの方をゆっくりと向いた。
「メディスン。あなた、そんなに冬は嫌い?」
「え? 急にどうしたの?」
突然質問をされ、メディスンはレティの顔を見つめる。笑顔だが、目は真剣だと思った。
「……冬は嫌い。スーさんは雪の下に埋まっちゃうし、草も花も枯れちゃうし、雪で出かけるのも大変だもの。いいことなんてないよ。」
メディスンは思っていることを言った。
「そうね。幻想郷に生きる者達にとって、冬はつらい季節よね。でもね……。」
レティが少し悲しそうにつぶやく。
「冬は大切な季節なのよ。山に降り積もった雪は、春になると雪解け水となり、田畑を潤してくれる。草花の種は冬の寒さを乗り切ることによって、強い花を咲かせる力を身に付けるのよ。」
「レティ……。」
「冬はね、幻想郷に生きる者達が力を蓄える季節なの。冬を好きになれとは言わないわ。でも、あまり嫌いになって欲しくないのよ。」
「………。」
メディスンはレティの話をじっと聞いていた。
……この人は何でこんな話をするんだろ……。
実際、メディスンには、レティの話はほとんど良くわからない。それよりも気になるのは、なぜレティが冬の話をこんなにも真剣にするのかということだった。
「ねえ、レティ。あなたは一体何者なの?」
メディスンは思い切って尋ねてみた。レティが只者ではないことはうすうす感じている。人形である自分はともかく、この吹雪の中で平然としているのは不思議だった。
「……私は、レティ・ホワイトロック。冬の妖怪よ。」
「え? 冬の妖怪? もしかして、レティが冬を作っているの?」
「いいえ、違うわ。冬は自然が生み出しているのよ。私の力はせいぜい寒気を操る事ができる程度よ。」
レティがゆっくりと立ち上がる。そして、右手をすっと持ち上げ、軽く振った。すると、降り続ける雪がぱっと飛び散り、細かい粒子となってキラキラと輝いた。
「うわあ……。」
その光景にメディスンは思わず感嘆の声を上げる。メディスンも立ち上がり、レティの隣に並んだ。
「私は冬の間しか幻想郷に存在できないの。春には眠りにつかなくてはいけない……。」
「え? それじゃ、さっき好きな花って聞いて黙っちゃったのは……。」
「ええ、私は花を見たことがないのよ。見たことがあるのは、押し花や、ドライフラワーぐらい。咲いている花はほとんど見たことがないわ。」
「そんな……。春の桜も、夏の向日葵も、秋の紅葉も見たことがないの?」
「ないわ。話には聞いたことはあるけれどね。」
「………。」
メディスンは黙ってうつむいてしまった。
……そんな……。冬の間しか幻想郷にいられないなんて……。花を見たことがないなんて……。そんなの悲しいよ……。
メディスンはレティのことが凄く不憫に思えて仕方なかった。普段、鈴蘭の花に囲まれて暮らしている自分との違いが大きいからかもしれない。
「メディスン。そんな顔をしないで。」
「でも……。私、レティの事を知らないで、スーさんを見においでなんて言って……。」
「メディスン。あなたは優しい子ね。でも気にしないで。確かに私は冬しか存在できないけれど、その事で悲しんだことなんかないわ。」
レティは微笑んだ。メディスンも顔を上げる。
「メディスン。私は鈴蘭の花を見ることは出来ないけれど、代わりに冬にしか咲かない花を見ることが出来るのよ。」
「え? 冬にしか咲かない花って?」
「あなたにその花を見せてあげるわ。」
レティはゆっくりと歩き出し、木の下から雪の降る空の下へと出た。そして、掌を空へと向けて開く。
「メディスン。これを見て。」
レティは振り向くと、掌をメディスンにそっと差し出した。
「え? 雪がのっているだけだよ?」
メディスンが言うように、レティの掌には雪がのっているだけだった。
「ええ、これは普通の雪よ。この雪をよく見てみて。」
「ん?」
メディスンはレティの掌にのった雪を凝視する。
「……あれ? 雪が……動いた?」
メディスンには掌にのった雪が動いたように見えた。さらに雪を凝視する。
「あ! 違う、雪が大きくなっていく!?」
雪が動いたのではなかった。雪の粒が次第に大きくなっていくのだ。大きくなっていくにつれ、球状に見えた雪は様々な形をとっていく。六角形のもの、木の葉を組み合わせたようなもの、星型のようなものなど、同じ形は無い。その全てが、光を反射し、キラキラと輝き始めた。
「きれい……。レティ、これはなに?」
「これは雪の結晶。雪はこういう形をしているのよ。」
「え? 雪って丸い粒々じゃなかったの?」
「結晶はとても小さいの。普通の大きさのままだと丸く見えるけれど、本当はみんな違う形をしているのよ。」
「へええ……。とってもきれい……。」
「気に入ったかしら?」
「うん!」
メディスンは力強くうなずいた。
「よかったわ。それじゃ、もっときれいな物も見せてあげるわ。」
レティは掌を上にして、両手を頭上にかかげる。その手の先には、雪が降り積もった木の枝があった。
「どうしたの? 雪が木に積もっているだけだよ……あ! すごい!」
レティが手をかかげたところから、木の枝に積もっている雪が次々と結晶化していく。結晶は先ほどよりも大きい。
「木に花が咲いちゃったよ。」
「そう、これが冬にだけ咲く花よ。」
レティが手を下ろす。枝に積もった雪は全てが結晶化した。その姿は、葉の無い枝の一面に白い花が咲いたかのようだった。
……きれい……。キラキラ光る白い花なんて見たことないよ……。
メディスンは雪の花に見とれてしまう。初めて見た花に、魅入られてしまったかのようだった。
「……レティ、凄いよ。凄くきれいだよ。レティ……あれ? レティ?」
メディスンが雪の花から目を放すと、レティの姿が無かった。
「レティ! どこに行っちゃったの? レティ!」
レティの名を呼びながら、メディスンは辺りを見回す。だが、レティの姿はどこにも無かった。
「レティ、どこに……う、うわっ!?」
突然、強風が吹いた。深々と降っていた雪が、吹雪となり、メディスンを襲う。
「うう……。目を開けていられない……。」
メディスンは両腕で顔を覆った。
さらに風は強くなる。メディスンは飛ばされないように両足を踏ん張った。
「このままじゃ、吹き飛ばされちゃう。なんとかしないと……。なんとか……うわっ!」
体を浮遊感が襲う。メディスンは自分が吹き飛ばされたのだと思った。
「うわああ! 誰か助けて!」
メディスンは悲鳴を上げた。
「大丈夫よ。心配しないで。」
「え? 誰? レティ?」
吹雪に包まれていても、はっきりと聞こえた。レティの声だ。メディスンは顔を覆う腕を退かす。だが、吹雪が強すぎて何も見えなかった。
「レティ、どこにいるの? 凄い吹雪で何も見えないよ。」
「大丈夫よ。私はあなたのすぐそばにいるわ。」
「え? どこなの?」
メディスンは両手を伸ばし、周囲を手探りする。だが、その手が何かに触れることは無かった。
「メディスン。今日はあなたに会えてよかったわ。雪の花をきれいって言ってくれて、私はとても嬉しかったわよ。」
「レティ?」
「いつか、あなたの住む丘に咲く、鈴蘭を見てみたいわね。」
「レティ……。」
「メディスン。また会いましょう。」
「レティ! うわっ!」
また風が強くなった。メディスンは再度、顔を腕で覆う。
「うわああ……あ、あれ?」
急に風が弱まった。体の浮遊感もなくなっている。メディスンは顔を覆う腕を下ろし、恐る恐る周囲を見回した。
「……あれ? ここは……。」
見覚えのある場所だった。目の前に広がるのは竹林。枝には雪が積もり、大きくしなっている。
「あら? メディじゃないの。」
「え?」
背後から名を呼ばれ、メディスンは振り向いた。そこには、頭に兎の耳を生やした女性がたたずんでいる。知った顔だった。鈴仙・優曇華院・イナバだ。背後には彼女が住む屋敷、永遠亭が見えた。
「どうしたの? こんなところまで来て?」
「あ、うん。遊びに来たんだ。」
「あらそうなの。この雪の中よくここまで来れたわね。」
「う、うん。」
そっか……。レティがここまで送ってくれたんだ……。
「いらっしゃいメディスン。師匠も喜ぶわ。屋敷の中へ行きましょう。」
「うん。」
鈴仙がメディスンを屋敷へと案内する。メディスンは後に続いた。
……レティ……。
メディスンは後ろを振り向いた。まだ雪は深々と降り続いている。
……すうう……。
メディスンは大きく息を吸い込んだ。
「レティ! 私、ちょっとだけ冬が好きになったよ! また一緒に雪の花を見ようね!」
メディスンは大声で叫んだ。鈴仙がびっくりして振り返る。
「メディ? どうしたの大声を上げて?」
「ちょっと、友達に挨拶をしただけ。」
「友達?」
鈴仙が首をかしげた。
「いいから、早く行こうよ。」
「あ、うん。そうね。」
2人は屋敷の中へと入っていった。
2人の去った後、竹林に囲まれた庭に、一陣の風が吹いた。その風の吹いた後には、キラキラと光る雪の結晶が浮かんでいた。
レティ、いい仕事しますね。
それはそうと……なんか久しぶりにメディ見た気がする。
雪の結晶って本当に綺麗ですよねぇ。
それにしても良いレティだ。
間違いのご指摘、ありがとうございました。修正いたしました。
可愛いメディスンが書けてよかったです。
>日々流離う程度の能力様
自分も雪の結晶が咲いた木が実際にあったら、とても幻想的で素敵だと思います。
>三文字様
自分も雪の結晶は本当に綺麗だと思います。
>二人目の名前が無い程度の能力様
お褒めいただき、ありがとうございます。