*というわけで『境郷2』も遂にラストとなりました。
(5)までを読んでいない場合はきっと状況がわけ分からないと思いますので、出来れば前の方からお読みください。
それと、各章の冒頭にもあります通り、このお話は一部ないしある程度の範囲で、
作品集31の拙作『境郷』と舞台や人妖設定などが共有されています。……が、
いちおう『2』の一連だけでもそれなりに独立したお話として楽しめるようにはなっています。
ようやく、ラストとなりました。
オリキャラ分は他のエピソードに比べて薄めかもしれませんが、正直こういうのは今更あんまり関係有りませんね。
というわけでオリキャラ警報は一応最後まで発令とさせていただきます。
そんなこんなで、境郷2(6)ラストエピソードとなりました。
ここまでお読み下さった読者の方々、お疲れさまです。
よろしければ、いま少しこの幻想郷的でないお話にお付き合いいただければ幸いです。
では、どうぞ
境郷2 ~ The Border Land Story (6)
あの後のことについて、いくつか語っておかなければならないことがある。
そのためやや蛇足とは思いつつも、この章を最後に皆さんへとお届けさせて頂くことにした。
ではでは、かくも偉大で、広大なる幻想を生み出した創造主にして想像主たる神主様に感謝しつつ、
ひとまずの終りを、どうぞ。
黒服たちと、かの男が強制的に退去させられたその日、郷は一日ぶりの平穏にひたる……筈もなかった。
まず、夜通し続いた騒動の後始末が優先されたが、実際のところ負傷者こそいたものの人死には皆無であり、
また建物への被害もナイフとヘリの爆散による多少のものをのぞけば、あまり酷くもなかった。
そのため、昼を回る頃にはあらかたの始末がついてしまい、以後、
郷はまる二日間に渡る酒宴の只中へと放り込まれることとなったのである。
さて、当然その宴において主座を占めるべきであった我らがメイド長十六夜咲夜嬢と、
郷の守り手にして最大の功労者のひとりであるほとり嬢ではあったのだが、
夜通しの働きと諸々の疲労だのなんだのが重なり、当初は悪夢への参加を猶予された。
しかし健康なこのふたりのこと、あらかたが片付いた午前中から睡眠をとり始めると、
おおよそ深夜には目が醒めてしまい、どうしようかと迷っているところをなし崩し的に酒宴に引きずり込まれてしまった。
『……幻想郷でも滅多に無いわ、あんな宴会、むぷっ……』
と咲夜嬢が終了直後に発言したように、
その宴会の様は実に多種多彩、絢爛豪華で阿鼻叫喚、酒池肉林で驚天動地の具合だったらしく、
当然ながら、それを詳細かつ全体にわたって報告する事は多方面への配慮から割愛せざるを得ない。残念。
さらに咲夜にとっては、悪夢の如き宴から解放された後に、
ヘリやら他の鉄屑とごっちゃになって原形をとどめぬ様になった愛用の刃物達を一本一本回収するという、
地味、かつ苦痛に満ちた単純労働が待ち受けていた。
さる筋によれば、焼け焦げて変形しながらなお使用に耐えうる刃物を、
彼女は一本一本涙ながらに回収していたというから、その苦労の程がうかがえよう。
幸いにして、主人から依頼された買出しやその他土産の数々はほぼ全てが無事であった。
これは咲夜嬢がそれらを持ち歩く事を敬遠し、
逗留中ほとり嬢宅に置きっぱなしにしていた事が理由として挙げられるが、
だからといって惨たらしい有様になってしまった刃物が再生するでもなく、
宴の狂乱オーラを引きずった状態で黙々とその作業に徹するハメになったのである。
全てを回収し終えてから、一番の中心部でただの金属塊と成り果てた時計と、
その時計に張り付いた元凶であるむらさきもやし作の符を力一杯踏みつけ、踏みにじり、すり潰したのは言うまでもない。
確かにあの状況下で切り札となりえたのには感謝するが、効果があまりに出鱈目過ぎる。
あの時、つまり二つ目の鏡映しの時計カウンターによって自身本来の能力を封じられた咲夜の取った手、
それは時計の封印効果が及ばない簡単な魔法によって起動するスペルカードを用いることだった。
実を言えば、咲夜も、そして昨夜の策を共同で立てたほとりにしても、あの男の持つ時計が唯一とは思っておらず、
自分たちがまだ切り札を持っているように、相手も持っているに違いないと考えていた。
あそこまであからさまに咲夜の能力に対する有効性を発揮したのだ、
壊せば状況がひっくり返ることを双方が承知していた以上、易々と見せていた行動にはきっと理由がある、と。
無論、杞憂という可能性もあったのだが、それならそれでこの試作品を使うというステップが省略されるだけのことで、
その場合のパターンもいちおう用意はされていた。
つまり、一つ目の鏡映しの時計カウンターを破壊しようと咲夜が投じた炎付きナイフは、
封印の効果範囲内においても時間停止と空間操作以外の能力が使用可能なことを改めて確認するためのものであり、
ひとつめの時計を破壊する役目は最初からたーくんの役目としてのもので、
ふーちゃんは封印効果が咲夜の初歩的な魔法にさえ及んだ場合の対処のため、
結局あらゆる配置は全てが本命であり、ひるがえって全てが囮となりうるものだったのだ。
ただ唯一予想外だったのは、この符の効果が凄まじく過激だったこと。
彼女の主、レミリアの細工が加わっていた故の結果だったとはいえ、迂闊に弾幕ごっこの時に試していたらと思うとぞっとする。
というよりもあのむらさきもやしは、最初から自分に持たせてそうするつもりだった事に考えが及んで、
咲夜はもう一度、念入りに時計の残骸とその符を足でねじり潰した。
そういった次第で郷における咲夜の時間はあっという間に流れていき、一息ついて見上げた空に満月を認め、
騒々しくて極彩色の、そして多分実りのあった休暇が明日で終わることを思い出したのだった。
咲夜が幻想郷の外で迎える、正確に七回目の朝。
梅雨明け宣言でもなされたか、ここのところは軽い夕立以外に空から水が落ちることは無く、
この日も顔を出した太陽が大地に熱烈なアプローチを開始している。
だが、朝の山の空気はまだまだ涼しく静謐で、それがまたいかにも『らしく』て咲夜は嬉しかった。
「いろいろとお世話になったわね」
「いやいや、それはお互い様ってやつでしょ」
見送る側も、見送られる側も、それぞれひとりずつ。
見送る側には子供達ほか多数の希望者が居たのだが、大勢だと分かれ辛くなる、ということで、
咲夜が昨夜のうちに個別に挨拶をして回るということで手を打った。
まさか、大勢だと分かれ辛い以上に気恥ずかしいなど、瀟洒を売りにするメイドとしては口が裂けても言えるわきゃない。
神主も気を使ったのか、咲夜とほとりが来た時から既に姿が見えない。
そんな次第で、今この神社の境内にはふたりきり。
「もちょっとゆっくりしてっても良いのに。
宴会の疲れ、まだ抜けきってないでしょ?」
「大丈夫よ、それなりに慣れてるし、それに」
と、持った紙袋をひとつ揺らす。
中に入っているのはいっぱいの茶葉と土産物、そして土産話。
「休暇も今日でちょうど終わり、戻ったら仕事がきっと山積みよ。
これ以上増える前に帰らないと、今度はあっちで過労死しちゃうわ」
「あはは、そだね。
あなたが居る幻想は、ここじゃなくて、あっちだもんね」
「ええ、そう。
……でも、ここも悪くなかったわ」
「そっか。
そう言ってもらえると、嬉しいよ」
そう言って笑うほとり。
咲夜もそれに微笑を返す。
昇り始めた太陽が境内を広く、眩しく照らし、湿気を含んだ、けれども涼しい風が吹き抜けていく。
ざあっと周囲の森が今日最初の息吹に身を震わせ、蝉が日常の始まりを告げた。
「それじゃ、行くわね。
急がないと、電車に遅れるわ」
「……うん」
背を向け、歩き出す。
白々しいにもほどがあったが、そうでも言わないと足も動かなかった。
まったく、大勢で見送られると分かれ辛いなんて言った昨日の自分は何様だろう。
たったひとりがそこに居る、それだけでこんなにも、帰路に立つのが惜しい。
「あ……そうだ、ひとつ聞いておきたいんだけれど」
「へ、何?」
だから、鳥居の真下まで来たとき、口実をつくって振り返った。
「ねえ、ほとり・・・。
あなた、生き別れの妹とか、もしかすると弟とかいたりしない?」
「え、妹か弟?
んー…………」
首をひねる。
単純なはずの問いに、じれったいほどの間を持つ。
まるで、そうしている限りは、別れが先延ばしになる、そう思ってしまうほどに。
「聞いた覚えは、ないかなぁ」
「……そう。
それじゃ、ただの偶然かしらね」
「そだね、多分、偶然じゃないかな。
だれかが、私たちの居るこの夢を見ている人が、あなた達の居る夢を見ているひととちょっとだけ似てた。
多分、そのくらいの偶然」
もう一度、さっきより強い風が吹いて、台詞の後半が半ば雑音にまみれる。
咲夜も風に流される髪を手で押さえたほどだから、その声が、震えていたかなんて分からない。
だから、それをきっかけにもう一度背を向けなおす。
「それじゃあ……妙な縁があったら、またね」
「うん……ぅんっ!」
そして一歩踏み出そうとして、今度は真後ろから三度目の強い、強い風が吹いた。
普通に歩いて石段を降りようとしていた咲夜は、思わず、その風に乗って翔んだ。
いきなり視界が開け、真っ白な太陽からの光が視界を染める。
手をかざし、高空の強い風を受け、眩しさに目を細めながら後ろを見た。
神社は木立ちの中に埋もれそうなほど小さくなり、その向こうにさらに小さく、郷が見える。
境内に、いつの間に萃まったのか、たくさんの、こっちへ向かって手を振る姿が見えた、気がした。
「……またね、か」
苦笑なのか、微笑なのか、自分でも良く分からない笑いを浮かべ、高度を上げる。
高度正常、速度正常、飛行姿勢、よし。
進路を北寄りに固定、帰還軌道。
帰ろう、今の私の家へ。
『では、次のニュースです。
早朝の都心に突如武装した一団が現れるという奇妙な事件が発生してから既に4日が経ちますが、
これまでに警察は18人を逮捕し、取調べを始めています。
またその証言により、ほかに逃亡中の容疑者は3名と判明しており、
市民に情報の提供と、不審な人物への警戒を呼びかけています……』
「こっちじゃあ、随分大事になってたんだなぁ」
「ああ、そうだな」
「でも、良かったのか?」
「……何がだよ」
「帰ってきちまって、お前のことだから『この理想郷に居座るー』とか、
そう言うかと思ってたんだが」
「どっちかって言うと、俺よりお前のが残りたそうだったけどな」
「う……いやまあ。
何だ、ああいうのがあるんだったら、悪くないなとは思ったがよ」
「……ほら」
「? 何だこれ、CD? うわ、なんか一杯あるぞ、本まで」
「原作だ。
漫画ばっかり読んでないで、こっちもやれ。
今なら断るつもりなんてないだろ」
「……おい」
「まぁ何だ。
ひとりよりふたりってやつだよ。
だから一通りやって勉強しろ、そしたらまた行くぞ」
「……へへ」
「なんだよ気持ち悪ぃな」
「いやいや、頼りにしてるよ、相棒」
「お互い様だ相棒。
だが、人間魚雷はもうやめろ」
「えー」
「えーじゃない」
「んー……」
「どうした、柄にもなく悩んで」
「あのさー」
「何だ」
「わたしにさ、弟とか妹っているのかな?」
「知るか、新参者には知らんことの方が多い」
「だよねー」
「……そういえば」
「へ、なに?」
「ナオの実家……下青沢の蔵には、昔の日記だの記録だのがあると聞いたが」
「え、マジ? ちょ……ちょっと行ってくる!」
「……騒がしいことだ」
珍しく石段を登って境内に入った咲夜を迎えたのは、酒と騒ぎ。
「おー、帰ったか」
「まったく、あんまりほいほいと結界を抜けないで欲しいんだけど。
点検する方も大変じゃない」
「点検って、お前そんなのやってたか?」
「確か、それってあのスキマとか狐とかがやってるんじゃなかったっけ?」
「ガタガタ五月蝿い。
昼間っから萃まって酒をかっ食らうだけじゃ飽き足らず、
おのれらは家主に文句まで言うか!」
「いちばーん、ようむー……ック!
鳥居ィ、斬りまぁ―――ッす!!!」
「するな」
「ぱぁぶぁっ!?」
「おー、何だお前、また座布団のサイズでかくしたのか?」
「違うわよ。
最近使ってなかったから、ホントに座布団にしてたら伸びちゃって」
「てことは、まさかこれも……うわマジだ!」
「……少しは静かに呑めないのかしら」
「あはははーまーりさぁー」
「く、待ちなさい! 魔理沙の膝は私の、私の特等席よ!!」
「なら私は背中で良いわ」
「ってちょっと待ちなさいそこのもやし!」
「にぃぶぁーん……さーなーえー、いきま――――っす……ぅぇっ」
「げげ! いきなりリバース!?」
「……っ、くぁ……かぁみかぜぇ―――――――!!」
「「「「「うおおおおっ!?」」」」」
「シャッターチャンス!! 主に絶対領域とか腋とか腋とか!!!
必殺あやちゃんフラッシュ!!! 連射、さらに連射!!」
「まったく騒がしい連中ね、吹っ飛ばそうかしら」
「……う、し、ししょー、なんかこのお酒舌がピリピリしますー」
「あ、ごめんれーせん、それわたしのだー」
「鈴蘭ッ!!!」
「あらあらうふふ」
「小町ィ、ひとまずそこに直りなさいッ!」
「し、四季さまがいきなりトップギアに!?」
「どう幽々子、これが銘酒『閻魔殺し』よ」
「あら面白そう、妖夢にも飲ませたいわね」
「……神奈子」
「ん、なんだい?」
「とりあえずオンバシラ仕舞いなさいよ」
「ヤツメー、ヤツメいらんかねー」
「……がじがじ」
「っていつの間にルーミア!? あああ齧らないで折角生え変わったのにー!!」
「んふー、けーねー」
「んふー、もーこたーん」
「……やれやれ」
「ご苦労様です、慧音さま」
「Cは、Cだけはぁ……ひぐっ」
すっかりお馴染みとなった顔の揃う百鬼夜行の中を、するすると巧みに歩く。
この大人数になると境内は様々なもので荒れ放題だが、さほど探すこともなく、主の姿をそこに認めた。
「……お嬢様」
「おや、お帰り、咲夜」
「はい、ただいま戻りました」
待っていたのか、たまたまか、レミリアは騒動の中心からやや離れ、
母屋の縁側にあぐらをかいて酒宴の様を眺めていた。
その傍らに手をつけた様子の無い徳利と猪口が二つ置いてあり、
レミリアの小さい手がそれらを挟んだ反対側をぽんぽんと叩く。
微笑んで諒解し、荷物を倒れないよう柱に立て掛けて示されたそこに座った。
レミリアが猪口を持ち上げ、応じて酌をする。
「久しぶりの外はどうだった?」
「相変わらず、人も街も、猥雑さだけは大したものでした。
それ以外は、特に変わりなく」
今度はレミリアが徳利を持ち上げる。
応じて咲夜も猪口を持ち、主の酌を受け、互いに乾杯。
「そうか?
なんか、その割には変に嬉しそうに見えるけど」
「あら、そうですか?」
「そうだよ。
何か面白いことでもあったか?」
「そう、ですね」
視線を、宴会場の方へとなんとなく向ける。
たまたま目に入ったのは、酔いが回ったか、苦笑する大妖精によっかかって眠る、氷精と蟲妖怪の姿。
頬が少しだけ緩んだ。
「ほら、絶対何かあったな」
「え、あ……」
慌ててぺしぺしと頬を叩き、猪口を呷る。
良く冷えた癖の無いアルコールが、絶好調の気温に逆らうように喉を潤していった。
「そう、ですわね」
ちらりと、土産物の入った袋に視線を投げ、主に酌をし、また酌を受ける。
「土産物と、土産話と、どちらからがよろしいですか?」
「ん? うーん、そうだね……」
視線をそこかしこの関係者各位に飛ばし、やがて従者の方を向いて屈託なく笑い、
自らの猪口を乾した。
「それじゃあ、まずは土産話から」
「かしこまりました。では……」
と、その前にくいっともう一杯。
主と自分に酒を注ぎ、再び杯を合わせる。
吊られた風鈴が揺れ、ちりんとひとつ音を添えた。
「誰かの見ている夢と、そこで生きる幻想たちの、土産話を」
境郷2 ~ Perfect Maid in The Border Land end
and to be continued ...?
(5)までを読んでいない場合はきっと状況がわけ分からないと思いますので、出来れば前の方からお読みください。
それと、各章の冒頭にもあります通り、このお話は一部ないしある程度の範囲で、
作品集31の拙作『境郷』と舞台や人妖設定などが共有されています。……が、
いちおう『2』の一連だけでもそれなりに独立したお話として楽しめるようにはなっています。
ようやく、ラストとなりました。
オリキャラ分は他のエピソードに比べて薄めかもしれませんが、正直こういうのは今更あんまり関係有りませんね。
というわけでオリキャラ警報は一応最後まで発令とさせていただきます。
そんなこんなで、境郷2(6)ラストエピソードとなりました。
ここまでお読み下さった読者の方々、お疲れさまです。
よろしければ、いま少しこの幻想郷的でないお話にお付き合いいただければ幸いです。
では、どうぞ
境郷2 ~ The Border Land Story (6)
あの後のことについて、いくつか語っておかなければならないことがある。
そのためやや蛇足とは思いつつも、この章を最後に皆さんへとお届けさせて頂くことにした。
ではでは、かくも偉大で、広大なる幻想を生み出した創造主にして想像主たる神主様に感謝しつつ、
ひとまずの終りを、どうぞ。
黒服たちと、かの男が強制的に退去させられたその日、郷は一日ぶりの平穏にひたる……筈もなかった。
まず、夜通し続いた騒動の後始末が優先されたが、実際のところ負傷者こそいたものの人死には皆無であり、
また建物への被害もナイフとヘリの爆散による多少のものをのぞけば、あまり酷くもなかった。
そのため、昼を回る頃にはあらかたの始末がついてしまい、以後、
郷はまる二日間に渡る酒宴の只中へと放り込まれることとなったのである。
さて、当然その宴において主座を占めるべきであった我らがメイド長十六夜咲夜嬢と、
郷の守り手にして最大の功労者のひとりであるほとり嬢ではあったのだが、
夜通しの働きと諸々の疲労だのなんだのが重なり、当初は悪夢への参加を猶予された。
しかし健康なこのふたりのこと、あらかたが片付いた午前中から睡眠をとり始めると、
おおよそ深夜には目が醒めてしまい、どうしようかと迷っているところをなし崩し的に酒宴に引きずり込まれてしまった。
『……幻想郷でも滅多に無いわ、あんな宴会、むぷっ……』
と咲夜嬢が終了直後に発言したように、
その宴会の様は実に多種多彩、絢爛豪華で阿鼻叫喚、酒池肉林で驚天動地の具合だったらしく、
当然ながら、それを詳細かつ全体にわたって報告する事は多方面への配慮から割愛せざるを得ない。残念。
さらに咲夜にとっては、悪夢の如き宴から解放された後に、
ヘリやら他の鉄屑とごっちゃになって原形をとどめぬ様になった愛用の刃物達を一本一本回収するという、
地味、かつ苦痛に満ちた単純労働が待ち受けていた。
さる筋によれば、焼け焦げて変形しながらなお使用に耐えうる刃物を、
彼女は一本一本涙ながらに回収していたというから、その苦労の程がうかがえよう。
幸いにして、主人から依頼された買出しやその他土産の数々はほぼ全てが無事であった。
これは咲夜嬢がそれらを持ち歩く事を敬遠し、
逗留中ほとり嬢宅に置きっぱなしにしていた事が理由として挙げられるが、
だからといって惨たらしい有様になってしまった刃物が再生するでもなく、
宴の狂乱オーラを引きずった状態で黙々とその作業に徹するハメになったのである。
全てを回収し終えてから、一番の中心部でただの金属塊と成り果てた時計と、
その時計に張り付いた元凶であるむらさきもやし作の符を力一杯踏みつけ、踏みにじり、すり潰したのは言うまでもない。
確かにあの状況下で切り札となりえたのには感謝するが、効果があまりに出鱈目過ぎる。
あの時、つまり二つ目の鏡映しの時計カウンターによって自身本来の能力を封じられた咲夜の取った手、
それは時計の封印効果が及ばない簡単な魔法によって起動するスペルカードを用いることだった。
実を言えば、咲夜も、そして昨夜の策を共同で立てたほとりにしても、あの男の持つ時計が唯一とは思っておらず、
自分たちがまだ切り札を持っているように、相手も持っているに違いないと考えていた。
あそこまであからさまに咲夜の能力に対する有効性を発揮したのだ、
壊せば状況がひっくり返ることを双方が承知していた以上、易々と見せていた行動にはきっと理由がある、と。
無論、杞憂という可能性もあったのだが、それならそれでこの試作品を使うというステップが省略されるだけのことで、
その場合のパターンもいちおう用意はされていた。
つまり、一つ目の鏡映しの時計カウンターを破壊しようと咲夜が投じた炎付きナイフは、
封印の効果範囲内においても時間停止と空間操作以外の能力が使用可能なことを改めて確認するためのものであり、
ひとつめの時計を破壊する役目は最初からたーくんの役目としてのもので、
ふーちゃんは封印効果が咲夜の初歩的な魔法にさえ及んだ場合の対処のため、
結局あらゆる配置は全てが本命であり、ひるがえって全てが囮となりうるものだったのだ。
ただ唯一予想外だったのは、この符の効果が凄まじく過激だったこと。
彼女の主、レミリアの細工が加わっていた故の結果だったとはいえ、迂闊に弾幕ごっこの時に試していたらと思うとぞっとする。
というよりもあのむらさきもやしは、最初から自分に持たせてそうするつもりだった事に考えが及んで、
咲夜はもう一度、念入りに時計の残骸とその符を足でねじり潰した。
そういった次第で郷における咲夜の時間はあっという間に流れていき、一息ついて見上げた空に満月を認め、
騒々しくて極彩色の、そして多分実りのあった休暇が明日で終わることを思い出したのだった。
咲夜が幻想郷の外で迎える、正確に七回目の朝。
梅雨明け宣言でもなされたか、ここのところは軽い夕立以外に空から水が落ちることは無く、
この日も顔を出した太陽が大地に熱烈なアプローチを開始している。
だが、朝の山の空気はまだまだ涼しく静謐で、それがまたいかにも『らしく』て咲夜は嬉しかった。
「いろいろとお世話になったわね」
「いやいや、それはお互い様ってやつでしょ」
見送る側も、見送られる側も、それぞれひとりずつ。
見送る側には子供達ほか多数の希望者が居たのだが、大勢だと分かれ辛くなる、ということで、
咲夜が昨夜のうちに個別に挨拶をして回るということで手を打った。
まさか、大勢だと分かれ辛い以上に気恥ずかしいなど、瀟洒を売りにするメイドとしては口が裂けても言えるわきゃない。
神主も気を使ったのか、咲夜とほとりが来た時から既に姿が見えない。
そんな次第で、今この神社の境内にはふたりきり。
「もちょっとゆっくりしてっても良いのに。
宴会の疲れ、まだ抜けきってないでしょ?」
「大丈夫よ、それなりに慣れてるし、それに」
と、持った紙袋をひとつ揺らす。
中に入っているのはいっぱいの茶葉と土産物、そして土産話。
「休暇も今日でちょうど終わり、戻ったら仕事がきっと山積みよ。
これ以上増える前に帰らないと、今度はあっちで過労死しちゃうわ」
「あはは、そだね。
あなたが居る幻想は、ここじゃなくて、あっちだもんね」
「ええ、そう。
……でも、ここも悪くなかったわ」
「そっか。
そう言ってもらえると、嬉しいよ」
そう言って笑うほとり。
咲夜もそれに微笑を返す。
昇り始めた太陽が境内を広く、眩しく照らし、湿気を含んだ、けれども涼しい風が吹き抜けていく。
ざあっと周囲の森が今日最初の息吹に身を震わせ、蝉が日常の始まりを告げた。
「それじゃ、行くわね。
急がないと、電車に遅れるわ」
「……うん」
背を向け、歩き出す。
白々しいにもほどがあったが、そうでも言わないと足も動かなかった。
まったく、大勢で見送られると分かれ辛いなんて言った昨日の自分は何様だろう。
たったひとりがそこに居る、それだけでこんなにも、帰路に立つのが惜しい。
「あ……そうだ、ひとつ聞いておきたいんだけれど」
「へ、何?」
だから、鳥居の真下まで来たとき、口実をつくって振り返った。
「ねえ、ほとり・・・。
あなた、生き別れの妹とか、もしかすると弟とかいたりしない?」
「え、妹か弟?
んー…………」
首をひねる。
単純なはずの問いに、じれったいほどの間を持つ。
まるで、そうしている限りは、別れが先延ばしになる、そう思ってしまうほどに。
「聞いた覚えは、ないかなぁ」
「……そう。
それじゃ、ただの偶然かしらね」
「そだね、多分、偶然じゃないかな。
だれかが、私たちの居るこの夢を見ている人が、あなた達の居る夢を見ているひととちょっとだけ似てた。
多分、そのくらいの偶然」
もう一度、さっきより強い風が吹いて、台詞の後半が半ば雑音にまみれる。
咲夜も風に流される髪を手で押さえたほどだから、その声が、震えていたかなんて分からない。
だから、それをきっかけにもう一度背を向けなおす。
「それじゃあ……妙な縁があったら、またね」
「うん……ぅんっ!」
そして一歩踏み出そうとして、今度は真後ろから三度目の強い、強い風が吹いた。
普通に歩いて石段を降りようとしていた咲夜は、思わず、その風に乗って翔んだ。
いきなり視界が開け、真っ白な太陽からの光が視界を染める。
手をかざし、高空の強い風を受け、眩しさに目を細めながら後ろを見た。
神社は木立ちの中に埋もれそうなほど小さくなり、その向こうにさらに小さく、郷が見える。
境内に、いつの間に萃まったのか、たくさんの、こっちへ向かって手を振る姿が見えた、気がした。
「……またね、か」
苦笑なのか、微笑なのか、自分でも良く分からない笑いを浮かべ、高度を上げる。
高度正常、速度正常、飛行姿勢、よし。
進路を北寄りに固定、帰還軌道。
帰ろう、今の私の家へ。
『では、次のニュースです。
早朝の都心に突如武装した一団が現れるという奇妙な事件が発生してから既に4日が経ちますが、
これまでに警察は18人を逮捕し、取調べを始めています。
またその証言により、ほかに逃亡中の容疑者は3名と判明しており、
市民に情報の提供と、不審な人物への警戒を呼びかけています……』
「こっちじゃあ、随分大事になってたんだなぁ」
「ああ、そうだな」
「でも、良かったのか?」
「……何がだよ」
「帰ってきちまって、お前のことだから『この理想郷に居座るー』とか、
そう言うかと思ってたんだが」
「どっちかって言うと、俺よりお前のが残りたそうだったけどな」
「う……いやまあ。
何だ、ああいうのがあるんだったら、悪くないなとは思ったがよ」
「……ほら」
「? 何だこれ、CD? うわ、なんか一杯あるぞ、本まで」
「原作だ。
漫画ばっかり読んでないで、こっちもやれ。
今なら断るつもりなんてないだろ」
「……おい」
「まぁ何だ。
ひとりよりふたりってやつだよ。
だから一通りやって勉強しろ、そしたらまた行くぞ」
「……へへ」
「なんだよ気持ち悪ぃな」
「いやいや、頼りにしてるよ、相棒」
「お互い様だ相棒。
だが、人間魚雷はもうやめろ」
「えー」
「えーじゃない」
「んー……」
「どうした、柄にもなく悩んで」
「あのさー」
「何だ」
「わたしにさ、弟とか妹っているのかな?」
「知るか、新参者には知らんことの方が多い」
「だよねー」
「……そういえば」
「へ、なに?」
「ナオの実家……下青沢の蔵には、昔の日記だの記録だのがあると聞いたが」
「え、マジ? ちょ……ちょっと行ってくる!」
「……騒がしいことだ」
珍しく石段を登って境内に入った咲夜を迎えたのは、酒と騒ぎ。
「おー、帰ったか」
「まったく、あんまりほいほいと結界を抜けないで欲しいんだけど。
点検する方も大変じゃない」
「点検って、お前そんなのやってたか?」
「確か、それってあのスキマとか狐とかがやってるんじゃなかったっけ?」
「ガタガタ五月蝿い。
昼間っから萃まって酒をかっ食らうだけじゃ飽き足らず、
おのれらは家主に文句まで言うか!」
「いちばーん、ようむー……ック!
鳥居ィ、斬りまぁ―――ッす!!!」
「するな」
「ぱぁぶぁっ!?」
「おー、何だお前、また座布団のサイズでかくしたのか?」
「違うわよ。
最近使ってなかったから、ホントに座布団にしてたら伸びちゃって」
「てことは、まさかこれも……うわマジだ!」
「……少しは静かに呑めないのかしら」
「あはははーまーりさぁー」
「く、待ちなさい! 魔理沙の膝は私の、私の特等席よ!!」
「なら私は背中で良いわ」
「ってちょっと待ちなさいそこのもやし!」
「にぃぶぁーん……さーなーえー、いきま――――っす……ぅぇっ」
「げげ! いきなりリバース!?」
「……っ、くぁ……かぁみかぜぇ―――――――!!」
「「「「「うおおおおっ!?」」」」」
「シャッターチャンス!! 主に絶対領域とか腋とか腋とか!!!
必殺あやちゃんフラッシュ!!! 連射、さらに連射!!」
「まったく騒がしい連中ね、吹っ飛ばそうかしら」
「……う、し、ししょー、なんかこのお酒舌がピリピリしますー」
「あ、ごめんれーせん、それわたしのだー」
「鈴蘭ッ!!!」
「あらあらうふふ」
「小町ィ、ひとまずそこに直りなさいッ!」
「し、四季さまがいきなりトップギアに!?」
「どう幽々子、これが銘酒『閻魔殺し』よ」
「あら面白そう、妖夢にも飲ませたいわね」
「……神奈子」
「ん、なんだい?」
「とりあえずオンバシラ仕舞いなさいよ」
「ヤツメー、ヤツメいらんかねー」
「……がじがじ」
「っていつの間にルーミア!? あああ齧らないで折角生え変わったのにー!!」
「んふー、けーねー」
「んふー、もーこたーん」
「……やれやれ」
「ご苦労様です、慧音さま」
「Cは、Cだけはぁ……ひぐっ」
すっかりお馴染みとなった顔の揃う百鬼夜行の中を、するすると巧みに歩く。
この大人数になると境内は様々なもので荒れ放題だが、さほど探すこともなく、主の姿をそこに認めた。
「……お嬢様」
「おや、お帰り、咲夜」
「はい、ただいま戻りました」
待っていたのか、たまたまか、レミリアは騒動の中心からやや離れ、
母屋の縁側にあぐらをかいて酒宴の様を眺めていた。
その傍らに手をつけた様子の無い徳利と猪口が二つ置いてあり、
レミリアの小さい手がそれらを挟んだ反対側をぽんぽんと叩く。
微笑んで諒解し、荷物を倒れないよう柱に立て掛けて示されたそこに座った。
レミリアが猪口を持ち上げ、応じて酌をする。
「久しぶりの外はどうだった?」
「相変わらず、人も街も、猥雑さだけは大したものでした。
それ以外は、特に変わりなく」
今度はレミリアが徳利を持ち上げる。
応じて咲夜も猪口を持ち、主の酌を受け、互いに乾杯。
「そうか?
なんか、その割には変に嬉しそうに見えるけど」
「あら、そうですか?」
「そうだよ。
何か面白いことでもあったか?」
「そう、ですね」
視線を、宴会場の方へとなんとなく向ける。
たまたま目に入ったのは、酔いが回ったか、苦笑する大妖精によっかかって眠る、氷精と蟲妖怪の姿。
頬が少しだけ緩んだ。
「ほら、絶対何かあったな」
「え、あ……」
慌ててぺしぺしと頬を叩き、猪口を呷る。
良く冷えた癖の無いアルコールが、絶好調の気温に逆らうように喉を潤していった。
「そう、ですわね」
ちらりと、土産物の入った袋に視線を投げ、主に酌をし、また酌を受ける。
「土産物と、土産話と、どちらからがよろしいですか?」
「ん? うーん、そうだね……」
視線をそこかしこの関係者各位に飛ばし、やがて従者の方を向いて屈託なく笑い、
自らの猪口を乾した。
「それじゃあ、まずは土産話から」
「かしこまりました。では……」
と、その前にくいっともう一杯。
主と自分に酒を注ぎ、再び杯を合わせる。
吊られた風鈴が揺れ、ちりんとひとつ音を添えた。
「誰かの見ている夢と、そこで生きる幻想たちの、土産話を」
境郷2 ~ Perfect Maid in The Border Land end
and to be continued ...?
まずは長さに感激、そして内容に二度感激…
咲夜さんかっこいいよ咲夜さん
とても楽しませていただきました!
物語が山場に入るまで少し長すぎたような気はしました。
楽しませていただきました。
少々スペース多すぎるのではないか
という2点が少々気になりましたが、楽しめました。
長さについては個人的にはまったく気になりませんでした。
次回作も楽しみにしています。
>■2008-02-13 02:28:28の名前が無い程度の能力さま
『かっこいい咲夜さん』は、今回の主題のひとつでしたので、そう感じていただけて何よりです。
楽しんでいただけたようで、ありがとうございます。ご苦労様でした。
時間的に多分投稿直後にお読みになった様で、丑三つ時にお目汚しをば失礼しました。
>■2008-02-13 10:06:55の名前が無い程度の能力さま
うわぁ、こ、こういうコメントをもらうのは、何だかすごく恥ずかしいですねw
ともあれ、ありがとうございますー。
>■2008-02-13 10:27:06の名前が無い程度の能力さま
長さというのは、多分この作品で一番人を選ぶ部分だろうなとは思っておりました。
書きたいものを書きたいだけ詰め込むとこうなるという悪例ですね(^^;
次はもう少しテンポの良い作品にしたい所ですが、さてはて。
>■2008-02-13 18:41:44の名前が無い程度の能力さま
あ、えっと、大作っていうのは割とプラスのイメージを含むと思いますので、良作とセットでなくても、ていうか私の作品は長編ではあっても大作とか良作とかいう呼び方には相応しくないと言いますかえーと。
ともあれ楽しんでいただけましたようで、ありがとうございましたっ。
>■2008-02-13 22:36:31の名前が無い程度の能力さま
ありゃ、最後の宴会あたり以外で喋り方は結構気を使ったつもりだったんですが、うむむ、修行が足りませんね。
スペース、というか改行でしょうかね。これは私が見易いと思うフォーマットで書いてるんですが、やっぱり一般的にはもうちょっとマージンを詰めるべきなのでしょうか。半行位に出来ればいいんですけども。難しいところです。
長さはまあ、この作品の欠点であり、人を選ぶので、大丈夫な人には大丈夫だけどそうじゃない人には辛いらしいです。つまり極端な作品だとw
次回はまあ、忘れた頃にでも現れるんじゃないでしょうか。ともあれ、楽しんでいただけたようで何よりです。
オリキャラもいい味出してて良かったです。
良作をありがとう゚・(つд`)・゚・
読み終わった後のすがすがしさが心地良いです
でも『代表』の無能っぷりはあんまりです。
というわけで、キリがいいかもしれないこの辺でコメントお返し第2弾をば。
>■2008-02-18 21:11:25の名前が無い程度の能力さん
>■2008-02-26 12:34:12の名前が無い程度の能力さん
長いのが苦にならないという方向けな本SSですので、楽しんでいただけましたならば何よりです。
>■2008-02-27 22:07:37の名前が無い程度の能力さん
神主さんは前作で見せ場を色々とあげましたんで、今回はちょっと腋、いえ脇に回ってもらいました。
『代表』に関してはまぁえーと、個人的にも見せ場をもう少しあげたかったんですが、彼の方でそれを断ってきましたのでやむを得ず。いえ何でも。
>■2008-03-10 16:30:54の名前が無い程度の能力さん
続編の構想自体は出来上がってますが、唯一アレなのが永夜抄以前のうどんげが出てくる事なんです。つまりゲッショー問題。
三誌とも読んでないもので、あれが今後どう転ぶかで境郷3の行き先はかなり変わってくるかと思います。とりあえず忘れたつもりになって気長にお待ちいただければなと(^^;