※いわゆる過去捏造
今回ギャグ分皆無(のはず)
人であれば幸せだったかもしれない
彼らとともに生活することができたのだから
獣であれば幸せだったかもしれない
もとより夢を見ずに済んだのだろうから
半獣であれば不幸なのだろうか?
それは今でも分からない
~大昔~
雨が屋根を叩く音がする。
昼間だというのに四角く切り取られた窓から陽が射していないところからして、どうやら空は暗雲が垂れ込めているようだ。
この程度、歴史を覗くまでもなく分かること。
「はぁ・・・」
分からないのは、人間という存在。
傷だらけの身体を癒しながら、私は溜め息をついた。
肩の鏃は摘出したが、てこずったのは背中のソレだった。
大量の出血でおぼつかない手つきでは確認できない背中の確認など出来るはずもなく、しょうがないのでほじくりだすようにして摘出した。
いや、それを“摘出”と呼べるかすら怪しいが。
「ぐぅ・・・・・・」
痛む傷痕には、近くで採れる薬草から作った傷薬を塗っておいた。
歴史を見れば素人程度の傷薬ぐらいなら簡単に作れるが、いかんせん、やはりおぼつかない手つき、配合の割合など滅茶苦茶だ。
それは未だに焼けるような背中の熱さが物語ってくれている。
「・・・ふぅ」
傷痕を刺激しないためにも、私は今うつぶせになっている。
自然低くなる視線の先には、特に面白いものは何も見えない。
故に、私は考える。
私は人間が好きだ。
半獣の身でありながら、“人間”という生物に愛着を抱いている。
彼らは弱い、だがその弱さを克服するように日々を生きている。
そんな彼らが大好きだから、私は時に手助けをする。
感謝されようとは思っていない。
だが・・・・・・
「・・・っちだ、家が見・・・・・・」
「こんなところに・・・・・・のか」
物思いにふける私の耳に、どこか遠くから押し殺した声が響いてきた。
半分獣の私だからこそ、聴こえた声。
その声はまさしく敵意に満ちていた。
「くっ、もう来たのか」
予想出来ていたこととはいえ、さすがにこの身体ではまずい。
それでも私は痛む身体を起こした。
人間と言うのは勝手なものだと思う。
持つ者は持たざる者の苦労を知らず、その逆も真なり。
自分が持たない力を恐れ、妬み、排除する。
だから、私は一所にとどまれない。
そんなことは、分かっている。
「居たぞ! こっちだ!」
背後からの叫び声から逃げるように―――いやまさに私は逃げている。
人と接する機会が多いほど、人は学んでいく。
私の能力、私の思考、私の弱点。
一人二人ならどうとでも出来よう、だが人は徒党を組み、集団で行動する。
武器も変わった。木製から銅製、そして鉄製へと。
「よし、見つけたぞ!」
「全員で射ろ!」
背後からの複数の声に私は立ち止まり振り返った。
十メートルほど離れたところから、数人が私に向けて弓矢を向けている。
回復もおぼつかないこの身体では、それだけの矢が刺さっただけで致命傷になりうるだろう。
私は自らの能力をその人間達に向け―――なかった。
「射れ!」
代わりに向けたのは、今まさに飛び出したばかりの矢。
歴史を覗き歴史を喰い、その矢の歴史を消す。
だが、傷のせいか完全には力を発揮できなかったようだ。
消し損ねた矢が私の左肩に突き刺さる。
「ぐっ・・・!」
傷痕の確認よりも前に、私は矢を放った人間達を一瞥する。私の能力を前にしてか動揺しているようだ。
これが、好機か。
私は脱兎のごとく駆け出した。
いつからか私は狙われていた。
ある者は私を化け物と罵り、
ある者は私の力に目をつけ、
そうして私は狙われていた。
それでも、私は人間をどうこうしようとはしなかった。
いや、出来なかったのかもしれない。
辿り着いたのは、一つの洞窟。
どうやら自然に出来たものらしく、人目につきにくい格好だ。人二人がすれ違えるほどの広さしかないが、今の私にはそれが好都合だった。
雨風さえしのげ、身体を休められればそれで良い。
そう思って入った洞窟ではあったが、中は意外と広かった。入り口よりほんの数メートル先に小さな広場があり、身体を横たえるには十分すぎる広さがあった。
まず私は、左肩の矢を抜いた。
「ぁぐぅ!」
激痛が走る。噛み締めた唇から悲鳴が漏れるが、幸いなことにここは洞窟の中、あとは雨風が音を掻き消してくれるはずだ。
傷に処置を施したかったが、文字通り着の身着のまま飛び出してきたこの状況ではそれを望むべくもない。薬の一つでも持ってくれば良かったと、今になって後悔する。
仕方が無いので、自然治癒に任せておくことにする。
まだ外に出るわけには行かない。
石ころをどけて簡素ながら寝床を作る(ただの床ではあるが)
寝転がって感触を確かめ、最後に洞窟外の気配に注意しながら私は目を閉じた。
本当に寝るわけではない、ただ目を閉じるだけでも休息にはなる。
古傷に加え新しい傷まで痛み出しているが、我慢できないほどではない。
そう、身体の傷は我慢できる。だが、心の傷は―――
きっと、一生治らないのかもしれない。
私が人間を助ける限り、私が半獣である限り、この傷は一生治らないのだろう。
それでも、私は人間が好きなのだ。慈愛にあふれ傲慢で一生懸命で怠惰で幼く成熟して賢くて愚かで――――――様々な面を持つ人間が、私は好きだ。
だが―――時々無性に哀しくなる。
特に今日のように、私の能力を人間に向けて使おうとした後は、私の心は涙を流す。
人間に向けて使うべき能力ではない。
だが、私の獣の部分、本能から来る生存本能が時に相対する人間を危険な目にあわせる。
それが人間の自業自得だと言うかもしれない、そしてそれは正しいだろう。だが、いつかこの能力で人間を存在すら消した時、私は狂わずに済むだろうか。
済むはずが、ない。
もう、潮時なのかもしれない。
私が人間に教えてやれることはもう総て教えた。
私の存在は、もう必要ないのだろう。
「ふ、ふふふ・・・くぅ・・・・・・」
自嘲の意味で笑みがこぼれる。
ああ、私がこれまでしてきたことに意味はあったのだろうか。
何もかもが、虚しい。
目を開き、自分の右手を見つめる。
私の能力は、通常なら歴史を喰うことが出来る。それはつまり、歴史を消すということと同義でもある。
仮に生物の歴史を消せば、それは存在から消え去る。いや、それ以上の意味を
持っている。
(私に存在する意味がないのならば・・・)
意識を集中させる。能力の目標をしっかりと頭に浮かべ、その芯に力を集中させるイメージを描く。
目標は、私。
私自身の、歴史。
どうなるかなんて分からない。今まで自分の歴史を喰ったことなどなかったからだ。
だが怖くはない、このまま生き続けて人間を“消して”しまうこと、それの方が怖い。
だから私は、能力を発動させた。
~そこではないどこか~
「紫様、このような者が結界を越えました」
「おかしいわね、結界に目立つ綻びはなかったはずだけど」
「はい、それがどうやら自力で結界を越えたらしく・・・」
「・・・藍、それ本当?」
「はい、本当です」
「・・・なるほど、能力を自分に使って“幻想”になった、か。何があったのか―――は、この様子から見てよく分かるわね」
「はい、ほぼ治癒しかけているようですが、体力の大半を失っているようです―――紫様?」
「いえね・・・この能力と彼女の辿った歴史があれば、人里の繁栄と守護に良さそうと思って」
「この者を人里に送る、と?」
「ええ、それが最適だと思うわ」
「はぁ、分かりました・・・ん? この者、何か言ってますよ?」
「え? ・・・どうやらうわごとのようね、どれどれ―――」
「紫様、どうですか?」
「―――これは、恨まれるわね」
「・・・は?」
「藍、治療したら人里の方に送っといて、私は寝るから~」
「は、はぁ・・・って紫様! ・・・まったく、しょうがない主だ」
~時は飛び~
「・・・・・・少し、疲れたのかな」
偽りの月、おかしな夜、それは半獣である私にも大きな影響を与える。
人里の歴史を隠し、それでも近づいてくる妖怪は追い払い、少し体力を消耗しすぎたのかもしれない。
ほんの少し休もうとしたが、変な夢を見る始末だ。
もしかすると、近づいてくる巨大な妖気に当てられたのだろうか。
それとも・・・これは懐かしさなのだろうか。
そう考える間にも、妖気は近づいてくる。どうやらまた私が出なければならないようだ。
「お前達か。
こんな真夜中に里を襲おうとする奴は。」
そう、愛しい人間達を護るために、私は戦う。
~それは蛇足な物語~
書というのは人間の生み出した文化の極みである、とは誰の言葉だっただろうか。
少なくとも、私の言葉ではないだろう。
「むぅ・・・」
目の前の紙に筆を走らせる。だが、どうも気がのらない。今日は妹紅が輝夜と
“遊んで”いるからだろうか。
いや、それはおかしいような。
とりあえず失敗した紙を丸め、部屋の隅の屑篭へと放り投げる。
「あら、勿体無いわね、資源の無駄遣いよ」
背後からの声。つい今しがたまでこの庵には私しか居なかったはず。それなのに、私に気配すら悟らせず近づく相手。
分かりきった正体だ。
「どうしたんだ八雲紫、自らの式に邪魔者扱いされたか?」
「そうなのよ~藍ったら私を掃除の邪魔だって・・・ってそんな訳ないでしょ」
世に言うところの『海苔突っ込み』という奴だろうか。海苔なんて使っていないのに何故そう言うかは永遠の謎で済ませておこう。
例の事件ののち、彼女はよくこの庵を訪ねてくる。
だいたいが他の者が居ない時に、スキマを経由してやってくる。
・・・ちゃんと玄関から入ってほしい。
「まぁまぁ、今日はちょっと聞きたいこともあったから~」
「どうしたんだ? 私に尋ねごとなど珍しい」
とりあえず新しい紙を用意しながら、私は背後の気配に尋ねる。
「いえ・・・一つだけよ、『今でも―――」
質問は、どこかから響いてくる爆音に掻き消された。
どうやら不死鳥でも暴れているらしい。
それでも―――
思い起こされるのは、はるか昔に置いてきた記憶
「―――私は、大丈夫だ」
「そうよね、忘れてちょうだい」
墨も少なくなってきたようだ。摺っておいた方が良さそうだ。
墨を摺りながら、私はふと思い出した。そうだ、まだ私は彼女に言っていない。
「紫殿、ありがとう」
何が、とは言わない。
もしかすると彼女は忘れているかもしれない。
それでも、言っておきたかった。
―――だが返事がない。
振り返ってみた先、そこには誰も居なかった。
「・・・帰ったか」
彼女が私の言葉を聞いたかどうかは分からない。
とりあえず気を取り直して、私は新しい紙に筆を走らせた。
良い字が、書けそうな気がする。
シリアスな面がすごくそれらしくて大好きです。
それに慧音の幻想入りについてもおもしろい発想で「なるほどな」と思いましたね。