※違和感があるかもしれません。ご注意。
地獄があるとしたら、こんな所だろうか。
周りをどう見渡しても、真っ赤な血の池に、彼女は呆然と見下ろす事しか出来ない。
池に浸かるように馴染み深い顔の面々が、眠るように沈んでいる。
彼女はそれをただ見下ろすだけだ。
眠れる人間、妖怪、妖精、全てに対して彼女はどうする事も出来ない。
何故なら、彼女たちをそんな目にしたのは自分であり、そして、彼女はこれが現実の物ではないと既に知っている。
けれどそれでも腰まで浸かる血ダマリは温かく、鼻につく、鉄が錆びたような血の匂いはとてもリアルだった。
夢なら早く醒めてくれ―――――
トレードマークの黒い帽子は何処に行ったのか。黒白のドレスにまで返り血がこびりつき。
私はこんな事、望んじゃいない――――!
自身の手に握られた、八卦炉が、鈍く光っていた。
「……」
眼を開けたのはそれから数時間後だろうか。
一瞬のような気もしたし、気の遠くなるような時間をあの夢の中で彷徨っていたみたいだ。
嫌な汗が体中に纏わりついていて気持ちが悪い。
身体を起こし、ベッドから外に出る。
閉められていた窓まで歩き、施錠していた鍵を開けて窓を開ける。
外は、暖かい陽気な空気に包まれている。もう少しすれば森にある桜達も開いて、春になる事だろう。
少しばかり風が強い。吹き抜けていく風を身体に受けて、魔理沙は少しばかり、気が楽になった気がした。
今さっきまで見ていた夢はリアルすぎた。
鮮烈なまでに赤い景色は、現実をも侵食するかのようで。
その考えに魔理沙は首を振る。
「何を馬鹿な…」
自分が傷つく事はあるかもしれない。現に今までの色々な事件で、魔理沙は無傷とは言えないような弾幕勝負を往く度もしてきた。
けれどあんな事は起こりえないし、起こってはならない。
「くそ、らしくないぜ」
たかが夢ごときにこんな風に思ってしまうのはどうかしている。
魔理沙は気持ちを落ち着ける為か、それとも気を紛らわす為か、早々に寝巻きからいつもの黒白のドレスを着込み、帽子を被る。
机に置かれていた八卦炉を取ろうとした所で、一度躊躇したが、これがなければ弾幕勝負がまともに出来ない。
そう思い、八卦炉を掴んで―――――無意識に、手から落としていた。
「……え?」
魔理沙は床に落ちた八卦炉を呆然と見つめ、それを拾い直そうとするが。
「………なん、で」
掴んだ途端に、身体が拒否するかのように、八卦炉を再び床に落としていた。
※
結局、魔理沙はあの後八卦炉を持つことはなかった。
そのまま魔理沙邸の床に放置し、早々に朝食を済ませて、今は箒で幻想郷の空を飛んでいる。
行き先は色々と考えたが、あの夢を綺麗さっぱり忘れられるような事を知りたいなら、やはり紅魔館に行くべきだろう。
怖い夢を見て八卦炉を握れないと相談しに行くのは嫌だが、こんな事を他の誰か、例えば霊夢とかに喋れるわけがなかった。
風を切り裂くかのように箒を飛ばし、霧の湖を越えた先に、紅魔館が見えてくる。
いつもなら、ここで門番を吹き飛ばす為にマスタースパークを構えている所なのだが。
門番の美鈴も既に私が見えていたのか、迎撃するような構えを取っている。
「……ハァ」
魔理沙は霧の湖を越え、紅魔館の門前で降下し、箒から降りる。
いつもなら既に始まっているはずの弾幕の距離を越えてなお、何もしてこない魔理沙に不審な目を向けたまま、美鈴は構えたまま魔理沙に対峙する。
「……今日は何もしないから、出来ればそのまま入らせてくれないか?」
「………確かに、いつもの貴方らしくないけれど……何か変な物でも食べたの?」
「そこまで言われると、まるで私がいつもここを強行突破してるみたいだぜ?」
「してるじゃない」
強行突破する気がないのがわかったのか、美鈴は構えを解く。
「……何でそんなしおらしいかわからないけれど、少し待っててちょうだい。聞いてくるから」
「ああ、わかったぜ」
美鈴が踵を返し、紅魔館に入るのを見届けてから、魔理沙は素直に門の前で待つ。
「……しおらしい、か」
あんな夢さえ見なければ、いつもと変わりなく入ったと思うと、日常が変えられたみたいで少し嫌になった。
程なくして、美鈴が戻ってくる。
「入っていいそうよ」
「…あぁ、ありがとう。それじゃあ入らせてもらうぜ」
いつも箒に跨り、飛びながら入っていった紅魔館に、歩きながら入っていく。
魔理沙は長い廊下をいつものように曲がっていき、地下の図書館へと向かう。
数分、歩いただろうか。
いつもなら飛んで直ぐに来れるのを、歩いてくるのは不思議な気分だった。
地下の図書館に着くまで、そう大した時間はかからなかった。
そびえる本棚の列の中、いつもと変わらず、置かれている机と椅子の前に座っている少女が一人。
机の前に山のように本を積みながら、本を読んでいる七曜の魔法使い、パチュリー・ノーレッジに、魔理沙は、横に回り、椅子に座るパチュリーの前に立つ。
「……何の用?」
パチュリーは本から眼を離さずに、自分の前に立つ魔理沙に聞いた。
「少し、相談事があって来たんだが」
「………相談?」
本から眼を離して、ようやく、パチュリーは魔理沙の方に顔を向ける。
「いつも私の所から本を盗っていく人が何の相談を?」
「盗んでいるわけじゃない、借りてるだけだぜ」
しれっと、悪びれもせずにそう言う魔理沙に、パチュリーは無言のまま顔を向ける。
「………」
「………」
しばらく沈黙が流れていたが、魔理沙は、一度ため息を吐いてから、沈黙を破った。
「いや、ちゃんと今度来たときに返すから、本当にちょっと、相談に乗ってくれないか?」
「…まず先に、謝って欲しいのだけれど?」
「……本を無断で借りてしまいごめんなさい」
そう言い、素直に謝る魔理沙。あくまで盗んだ事を認めないのが彼女らしい謝り方だった。
「………明日は氷柱でも降るのかしら」
謝る魔理沙を見てパチュリーもため息混じりにそう言ったが、口元は笑っていた。
「なんだよ。そこまで言わなくてもいいじゃないか」
「…ごめんなさい、あまりにも魔理沙らしくないから」
少しいじけたような表情をする魔理沙に、パチュリーは本を机に置いて、近くに置いてある椅子を魔理沙の方に手渡す。
「私でいいのなら、相談に乗るわ」
「…あ、ああ。頼むぜ」
手渡された椅子に腰掛けて、パチュリーと並んで座る魔理沙。
パチュリーは魔理沙の正面に座り直して、話を聞く体勢をとる。
「それで、どんな相談かしら?」
「…その、笑うなよ?」
相談してもらう気で来たが、いざ言おうとすると、どこか恥ずかしい相談だった。
まさか、自分が怖い夢を見たからその夢を忘れる方法はないか? なんて話す時が来るとは。
「今朝、ちょっと、怖い夢を見たんだ」
「……それで?」
出だしの言葉からパチュリーは眉をひそめた。
パチュリーの表情の変化を見て、魔理沙は気恥ずかしくなったが、話を続ける。
「…それで、眼を覚ましたんだが…八卦炉を持てなくなったんだ」
「………」
「それで、その、持てなくなったのはその夢のせいなんじゃないかと思って、パチュリーなら夢の記憶を消すぐらいの方法知っているんじゃないかと思って…」
「…………」
パチュリーはその話を聞いて考える素振りをする。
「…どんな夢だったの?」
「え?」
「夢の内容、どんな夢を見たの?」
魔理沙は、夢の内容を思い出し、フラッシュバックのように映る赤い池を思い出し、首を横に振る。
「………言わないと、駄目か?」
口にする事もおぞましいのか。魔理沙は懇願するように、パチュリーに聞いた。
「……言いたくないなら、いいわ。言わなくて」
パチュリーは今の魔理沙が、いつもの魔理沙らしくない事ばかりで内心驚いていた。
一体どんな夢をみればいつも活発で陽気な彼女をこんなにしおらしくしているのか。
出来る事なら力になって上げたいのがパチュリーの本心であったが。
「…悪いけれど魔理沙。夢だけを消すのは無理よ」
「……そうか」
がっくりとうなだれる魔理沙。パチュリーはそんな彼女を見ながらも話を続ける。
「夢とはその人の願望よ。例え今見た夢を無理矢理忘れたとしても、同じ内容の夢をまた見ないとは言えないわ」
「…願望、だって?」
その言葉に、魔理沙は青ざめた顔をしながら首を横に振る。
「馬鹿な、私はあんなもの、望んじゃいない!」
「……その人の願望じゃないのなら、誰かに夢の中をいじられたとしか思えないわ」
どんな夢を見たのかパチュリーは知らなかったが、八卦炉を持てないという言葉を聞いた時に、どんな夢を見たのか想像は付いた。
その想像が外れていない事をパチュリーは今の魔理沙の困惑から確信する。
そう、きっと魔理沙は、誰かを殺してしまう夢をみたのだろう。
(私もその中に入っているのかしら……)
パチュリーは目の前にいる魔理沙に対して少なからず好意があった。
紅い霧の事件からの付き合いだが、パチュリーは魔理沙に対して同じ魔法使いという分別以上の愛着が少なからずあった。
だから、来るたびに本を盗んでいくのに対しても怒りはするが、二度と来るなという考えは何故か沸いては来なかった。
魔理沙もパチュリーの事を唯の知り合いとは思っていない事だろう。現に相談をしに来たのは話せて理解が出来る相手として、パチュリーが魔理沙の頭の中で浮かんだからだ。
「……方法はないのか? 何か」
その相談役のパチュリーに無理と言われ、魔理沙は沈んだ表情を隠さずパチュリーに出していた。
「…あるにはあるわ。その夢が怖いと思わなければいい。もしくは、今の魔理沙がその夢を見ても理解できなければいいのよ」
「……? どういう事だ?」
パチュリーは少し、表情を固くしたまま話を続ける。
「つまり……その夢で起こるような事をしなくするか……夢だけじゃなくて、何もかも、記憶がなくなれば理解も出来ないと思うわ」
「………冗談、だろ?」
「後者はしない事をお勧めするけれど」
「当たり前だ…」
パチュリーの言っている事は無理がありすぎる。
これからは弾幕勝負をするな、もしくは今までの事を全部忘れてしまえ。
そう言われても、魔理沙は無理だろと心の中で首を振る。
「………あら?」
静寂にまたも包まれてしまった図書館の中で、入り口の方に眼を向けたパチュリーが何かを見て声を発した。
「マーーリーーサ!」
いきなり、そんな声が聞こえたかと思うと、タタタっと走ってくる音と共に、横から何かに抱きすくめられる。
「おわっ、フ、フランか?」
魔理沙は顔をそちらに向けると、いつものようにニコニコと笑う、この館の主の妹吸血鬼、フランドールが魔理沙の胸に顔をうずめながら抱きしめているのが見えた。
そんなフランの頭を手で撫でながら魔理沙はさっきまでの表情を崩して、優しい表情をする。
「どうしたんだフラン、今日は地下の部屋にいなくていいのか?」
「うん!何でかわからないけど、レミリアお姉さまが、魔理沙が来ているから遊んできなさいって」
「……あー」
そういえば美鈴に入れていいか聞いてくると言われたなと、今更になって紅魔館の主であるレミリアに、自分がここに来ていることを知られている事に気づく魔理沙。
「フラン、悪いんだが……」
「ね! 弾幕ごっこしようよ魔理沙! 今日こそ勝ってみせるんだから!」
キャッキャと笑うフランドールに魔理沙は困った顔をする。
八卦炉を今日は持ってきていない。それに、弾幕ごっこそのものが出来るかどうかも怪しいのだ。
「嫌なの魔理沙?」
その困った顔を見て、フランは寂しそうな顔をする。
「う………」
いつもなら二つ返事で弾幕勝負を受ける魔理沙としては、フランのその言葉に否定出来ない。
「嫌じゃないんだが……」
「……さっきの話に関係する事なのかしら?」
「……ああ。さっきの話と弾幕ごっこが関係するんだよ」
苦々しくそう言う魔理沙に、パチュリーはまた考える素振りをしたかと思うと。
「…試しては、いないのでしょ……?」
そんな事を言った。
「た、試すって……゛フラン゛相手にか?」
抱きついてくるフランを一度見て、魔理沙は全力で首を振った。弾幕が出来るかどうか試せる相手ではない。もし、何も撃てないような身体の状態だったら死ぬかもしれない。
「なあに? 試すって?」
「…魔理沙が相手をしてくれるそうよ」
「え! ほんとに!?」
「ちょ、おい、まだ私はするとは」
だが、いつになくパチュリーは積極的に押すような発言をする。
「…いざとなったら私が助けてあげるわ。それならいいでしょ?」
パチュリーが自分から動くような言葉を聞くのも魔理沙は初めてだった。
「………本当にやばかったら助けてくれよ?」
「…大丈夫、骨は拾ってあげるわ」
冗談になってないぜとぼやきながら、パチュリーが傍にいてくれるのを条件に、魔理沙はフランと弾幕勝負するのを決めた。
※
地下の図書館から別室へ移動し、今魔理沙とフランドールは部屋の中で、飛び交っている。
……いや、飛び交っていると言うべきなのだろうか。
フランドールは笑いながら弾幕を展開していく。虹の翼がはためく度に光弾は魔理沙目掛けて何十にもなって飛んでいき、手に持つ紅い剣は薙ぎ払おうと何度も何度も振るわれた。
対して魔理沙は、箒に跨り、その弾幕を紙一重でグレイズしていくだけ。
「…くそ、なんでだ!」
フランドールに向けて星の弾丸を飛ばそうと魔力を集中する度に、脳裏にあの夢のイメージがわきあがり、頭痛と吐き気がしてくる。
まるで身体が拒否反応を起こしているようで、パチュリーの目から見ても魔理沙が弾幕を展開出来ないのは見てわかった。
だが、当初ヤバかったら助けてくれと言った魔理沙本人は、弾幕勝負になってからパチュリーに一言も助けを呼んでいない。
ギリギリでフランドールの弾幕を掻い潜り、ひたすら回避行動を取り続ける。
「アハハ! 凄いよ魔理沙! 今のも避けるなんて!」
フランドールは何も撃ってこない魔理沙に対してただひたすらに弾が当たるまで全力を尽くす行為に浸っていた。
パチュリーはそんな魔理沙とフランドールの弾幕勝負を部屋の入り口で見ながら、魔理沙が助けてくれと言うのを待つ気でいた。
そう、待つ気でいたのだ。
「……どうして助けを呼ばないの」
弾が撃てなかったら自分を呼べと言ったのに。
魔理沙は必死にフランドールの弾を避けているが、それでも助けを呼ぶぐらいの余裕はあるように見えた。
だが、呼ばない。
まるで助けなんていらないと言っているのかのように。
「………」
パチュリーは無言で、魔理沙を見続ける。
魔理沙は弾を避けながら、苦悶の表情をしつつ、フランに手を向けていた。
撃てなくなっている自分が許せないのか。それとも撃てない事そのものが苦しいのか。
どちらにしても、いつも余裕で、何処か楽しげに弾幕勝負をしているいつもの魔理沙とはかけ離れていた。
「…………ごめんなさい魔理沙」
そんな辛い表情を、自分の一言でさせてしまっている事が耐えられなくて。
パチュリーは自ら、動いていた。
「…え?」
横から飛んできた火球を咄嗟にかわして、フランはパチュリーの方に向き直る。
「なあに? パチュリーも遊んでくれるの?」
「おい、パチュリー!?」
「……魔理沙、下がってなさい」
無表情のまま、パチュリーは助けを呼ばなかった魔理沙に静かにそう言った。
「まだ私は…!」
やれると言う前に、言葉が沈んでいく。
「……撃てないのなら、当たるのも時間の問題よ。いいから私に任せて下がりなさい」
「…………くっ」
箒を下に向けてパチュリーが下にいた辺りの所に、何も言わずに降下していく。
帽子で顔は見えなかったが、泣いているかもしれない。
パチュリーは自分の言葉に罪悪感を持ちつつも、対峙するフランドールに向けてスペルカードを構える。
「……妹様、ここからは私が相手を」
「うん! 久しぶりだねパチュリーとやるのは!」
仕切りなおしと言わんばかりに、紅い剣が輝いていく。
「禁忌レーヴァテイン!」
宣言と共に振るわれるそれをパチュリーは最小限の動作でかわす。
「火符アグニシャイン上級」
対してパチュリーは、フランに先程撃ち込んだ火球を、複数にして、ばら撒くように展開する。
「月符サイレントセレナ」
そして、間を置かずにもう一つスペルカード宣言をし、フランドールに向けて光弾を散弾させ、飛ばしていく。
パチュリーは早々に決着を着ける気でフランドールを潰しにかかる。
「このぐらい!」
だが、迫り来る光弾も、展開された火球さえ、レーヴァテインを二、三度振るっただけで消し飛ばされる。
「ハアアアアアアアアア!!」
咆哮と共に振るわれるレーヴァテインをパチュリーは表情を崩さず、冷静にギリギリでかわしていた。
「…木符シルフィホルン」
更に後ろに飛んで、スペルカードを行使する。
「土&金符エメラルドメガリス…!」
立て続けの宣言により展開されていくパチュリーのスペルカードは、かわすというレベルを超えていた。
フランドールの逃げ場を確実に無くすようにスペルカードを行使し、鮮やかに輝く緑色の弾丸は、部屋の半分を覆い尽くしていた。
部屋の入り口で見ていた魔理沙にさえ、それは、戦慄が走るほどの弾幕の壁。
「…アハハ」
だが、それを見たフランドールに恐れを成す表情は浮かばない。
「アハハハハハハハ!」
フランドールに浮かんだ感情は唯一つ、歓喜のみ。
「禁弾! スターボウブレイク!」
フランドールの虹の翼から放たれる虹の弾丸は、フランドールの笑い声と共に何十にも帯を成して展開される。
だが、それだけではパチュリーの弾幕の数には到底追いつかない。
パチュリーはフランドールのこれ以上のスペルカード行使をさせる気等全くなかった。
蠢いていた弾幕の壁は、一斉にフランドールに向けて放たれる。
「いっけぇええええええええ!」
轟音と共に部屋の中央でフランドールとパチュリーの弾丸はぶつかり合った。
拮抗するかのように見えた虹と緑の弾幕は、数秒もせずに均衡が壊れていく。
パチュリーは、緑色の弾丸に包まれるフランドールの姿を見続け。
その手に紅い剣を構えるのを見て、大きく横に避けた。
「クッ…!」
馬鹿げている。そう言う他ない。
フランドールは緑色の弾幕をその身に喰らいながら、レーヴァテインをパチュリーに向けて放っていた。
横に大きく避けたパチュリーは、既に次のスペルカードを宣言するべく、構える。
シルフィホルンとエメラルドメガリスをまともにくらう所まではちゃんと見えた。
だが、それでフランドールが堕ちるとは、パチュリーは思っていない。
あんな無茶な方法で攻撃を仕掛けてきたのだ。無傷ではないとはいえ、次の手が来ると思うべきだ。
紅魔館を震動させるほどの弾幕の爆発が終わり、部屋の壁が粉々になったせいか、フランドールの方は白煙が舞い上がり、パチュリーの方からは何も見えない。
「禁弾!」
だが、フランドールには見えているのか。
「カタティオプトリック!」
白煙から突き抜けるように放たれる左右と真ん中からの大きな弾丸。
パチュリーはギリギリでそれをかわしながらも、弾丸の後に残る小型の弾丸を上に大きく飛ぶように避けた。
次のスペルカードの死角を無くすために。
次で決めなければまずい事になる。
立て続けのスペルカード行使のせいか、持病である喘息が徐々に酷くなるのを感じていた。
早めに大技で決着を着けたかったのもその為だったが。
パチュリーは煙の中から出てきたフランドールを見て、先ほどの符によるダメージがあるかどうかだけ見た。
フランドールの身体は無傷ではなかった。右半身を犠牲に突撃したのか、左半身以外からは煙を上げるように吸血鬼ならではの再生を始めていた。
「火、水、木、金、土、符」
パチュリーにとって最高のスペルカードを、部屋の頭上ギリギリで行使する。
「賢者の石」
宣言と共にパチュリーの周りに五つの結界が展開される。
五大元素により編まれたソレは、一つ一つがまるで生きているかのようにパチュリーの周りを飛び交い。
「…放て」
フランドールに向かって何百もの弾丸が放たれる。
「…! 禁忌! フォーオブアカインド!」
フランドールは展開される弾幕の雨に、咄嗟に自分を分身させる。
フランドールが四体に分裂するようにして、賢者の石の雨の中を飛ぶようにして突っ込んでいった。
「「「「禁忌! カゴメカゴメ! 」」」」
四重にして発言されるそれは、賢者の石に対抗するようにパチュリーの周囲を弾幕で囲っていく。
賢者の石による結界の弾幕の周囲で弾丸と弾丸同士がぶつかり合う。
それはまるで攻城戦。賢者の石という城をいかにして崩すか、いかにして突破するか。
だが、パチュリーはこの展開になった時点で゛最後゛のカードを切った。
「…日符!」
フランドールに対しての切り札を、賢者の石を展開させたまま。
「ロイヤルフレア!!」
爆発させた。
※
わかっていたわけではない。
唯、胸騒ぎがした。
唯、予感がした。
唯、あの夢のイメージが現実になろうとしていると。
魔理沙は、パチュリーの賢者の石の展開を見た時から嫌なイメージを脳裏によぎらせてしまった。
フランドールはパチュリーに向かって突撃していく。
唯、自分の感情の赴くままに。
「…日符!」
そう、だから、賢者の石を捨てて宣言するのを見た時点で、身体は動いていた。
………間に合うか?
間に合った時点でどうしようというのか。自分は今普通の弾幕すら張れないというのに。
箒に跨り、猛スピードで賢者の石の弾幕と、カゴメカゴメの弾幕の中をかわしながら急上昇する。
だが、予感がした。
このままでは、パチュリーが大怪我を負う。
それが死に繋がるかわからない。
けれど、自分の代わりに勝負を交代した者に。
「ロイヤルフレア!」
あの夢のような事になるのは我慢がならない。
パチュリーのロイヤルフレアは魔理沙をも巻き込んで発動する。
身体が焼かれる。太陽のように輝きを増すロイヤルフレアから避けられる手段等ない。
だが、それでもパチュリーの前に出れた時点で、自分の予感が当たっていたと確信して。
左肩に衝撃を受けた。
※
「マリ………サ……?」
フランドールは理解出来なかった。
さっきまでパチュリーを相手にしていたはずだ。
賢者の石の弾幕を掻い潜り、間近でロイヤルフレアをくらいながらも、レーヴァテインをパチュリーに貫くようにして放っていた。
だが、今目の前にあるのは、魔理沙の左肩を刺し貫いている紅い剣があるだけだ。
「あ……あ?」
結界もまともに張れなかったのか。完全に肩を刺し貫いてるレーヴァテインから、じわじわと魔理沙の白黒のドレスが血に濡れていく。
「なんで…?」
「さぁ…なん、で……かな」
フランドールの呟きに、目の前にいる魔理沙が苦しそうに返していた。
「魔理沙!!」
魔理沙の後ろにいるパチュリーが、我に返ったように、魔理沙の両肩を掴む。
「何を……貴方、何を……!」
「あ……」
肩を掴むと同時にレーヴァテインが消えていく。
消えた先から、加速するように血が溢れ、ドレスはより酷く赤黒く染まっていく。
「ごめ、ん…こうする…ぐらいしか……思いつかなかった…ぜ」
「喋らないで! 今傷を治すから!」
「あぁ…うん、頼む……」
ガクリと、動く人形が事切れるように、魔理沙はパチュリーに身体を預けた。
トレードマークの黒い帽子が、頭から外れる。
「……魔理沙…? 魔理沙…! しっかりして!」
帽子はフワリフワリと徐々に地面に落ちていった。
ゆっくりとそれを追うようにパチュリーとフランドール、意識がなくなった魔理沙も地面へと降り立ち、パチュリーは魔理沙を床に寝かす。
「フランドール、咲夜と小悪魔を呼んできて」
動揺の為か、パチュリーは妹様と呼ばなかった。
「……あ、え?」
魔理沙を刺した事に放心しているフランドールは、パチュリーの言葉に自分が呼ばれている事がわからなかった。
「十六夜咲夜と小悪魔を呼んできなさい! 早く!」
だが、魔理沙の傷口を必死に治療しはじめているパチュリーは怒声と共にフランドールに命令する。
「…う、うん! わかった!」
フランドールは我に返るようにして、虹の翼をはためかせて部屋を飛ぶように出て行く。
「……魔理沙……魔理沙…………ゴホ…ゴホ…!」
傷口に手を当てるようにして治療を施すパチュリーはフランドールがいなくなってタガが外れたのか。目じりから涙を溢れさせながら治療をする。
「どうして……どうしてそんな状態で……私を守ろうとしたの……」
勝負を焦っていたかもしれない。自分の喘息が酷くなるにつれて、限界が来る前に勝負を決めたかったのはあった。
けれど、フランドールのレーヴァテインを魔理沙がくらう必要なんて何処にもなかった。
結界を張っていればこんな深手にもならなかったはずだ。
「ゴホ…ゴホ…!」
左肩に治療を施しているが、パチュリーは喘息の悪化に頭がグラグラしてきていた。
「……ごめんなさい……ごめん…なさい…私が、あんな事を言わなければ……」
力になってあげたかった。
魔理沙からの相談に、少しでも力になってあげたかった。
血の気が失せ、青ざめたまま眠っている魔理沙の顔を見ながら、パチュリーは何度も何度も小悪魔や、咲夜が来るまで謝り続けた。
※
意識があるのかどうかわからない。
けれど目に映る景色を認識できると言うことは、死んではいなさそうだ。
それが例え、あの血の池の中でも。
魔理沙は周りを見渡しながら、呆然と見下ろす事しか出来なかったあの赤い池の中を歩いている。
今回は身体も動くようになったのか。
二度目の夢の中での体験は、一度目とは所々違っているようだ。
動かなかったはずの身体が動き、周りを見渡しても面識のある人々の沈んだ死体が何処にもない。
ただ血の池がひたすら広がっているだけであり、それ故に、魔理沙は何かないものかと赤い池の中を歩き回る。
腰の辺りまでしか水深がない血の池は、水音を立てながら魔理沙が動き回る度に波紋を広げていく。
――――なんにもないな。
独り言のように呟いてみるが、返ってくる言葉もない。
空を見上げても血の池と同じように赤一色の空が広がっているだけ。
今が昼なのか夜なのかもわからない。そもそも、ここに昼とか夜の境界があるのだろうか。
――――せめて、夢の中なら私の思った通りに何かが起こればいいんだが。例えばそうだな、目の前に誰か現れるとか。
何も返ってこない紅い世界で喋る魔理沙はそう言いながら、何か起こるのを待った。
歩くのを止めて、血の池が続く世界で。
――――――――こない、か?
誰かが仕組んでいるのなら都合よく現れると思った。
そうでなければおかしい。魔理沙はこんな世界を望んではいないのだから。
だから、それは唐突だった。
――――あ?
ずっと目の前を見ていたはずだった。
瞬きはしたかもしれない。けれど、瞬きをしたとしても一秒もないはずだ。
それなのに、それなのに。
目の前の血の池には、見知った顔が何人も何人も立っていた。
七曜の魔法使い、氷の妖精、虹の吸血鬼、七色の人形遣い、天狗の記者、亡霊のお姫様、酒を飲む鬼――――
面識がある面々ばかりが魔理沙の前に立っている。
その者達は、静かに血の池に浸っている。
まるで眠っているかのように。
だが、魔理沙はある人物がそこにいることが理解できなかった。
――――冗談、だろ?
見知った者達が眠るその赤い池の中央にいる人物。
―――――お前が、そこに、いるなんて、絶対にないはずだぜ?
前の見下ろす事しか出来なかった時にはいなかった。
いつも神社で、お茶を啜っている……私の親友。
―――――霊、夢
呟く声と共に、視界は暗転した。
「れい……! いたぁ!? 」
ガバっと寝ていたベットから身を起こす魔理沙だったが、現れた視界に霊夢はいなく、代わりに身体中から激痛が返ってきた。
「…つつ……痛い……」
ビキビキと痛む全身と、ズキズキと痛む左肩に手を置く。
「ここは……」
周りを見渡せば、洋館だろうか。木造ではない時点で魔理沙は自分の家ではない事だけはわかった。
「ええと、私は、どうなったんだ?」
記憶がさっきの紅い夢のおかげで混乱している。
魔理沙は左肩に巻かれている包帯に、自分が着ないようなフリルの寝巻きを着ているのを見て、フランドールに肩を刺された事を思い出す。
「てことは、紅魔館かここ……」
館の客室の何処かだろうか。初めて見た部屋をキョロキョロと眺めながら、ベッドから外に出ようと身体を動かそうとした。
「……いっ、っっつ!?」
だが、立とうとしただけで身体に再び激痛が走る。
ベットから出て、床に敷かれている絨毯の上で身体がうずくまる。
「いたたた……くそ、どうなってるんだよ私の身体……」
「神経が焼かれているって言えばわかるかしら?」
声の方に身体をうずくませながら顔を向ける魔理沙が見たのは。
「全く、意識不明と思ったら何処に行こうとしているのよ貴方は」
紅魔館のメイド長、十六夜咲夜の溜息を吐いた顔であった。
※
「…三日も、寝ていたっていうのか私は」
咲夜によってベットに再び戻された魔理沙は、咲夜にあの後どうなったかを聞いていた。
「えぇ、あの後貴方が意識をなくしてから、パチュリー様は必死に貴方の肩の傷を塞いで昏倒。妹様は自分のせいだってわんわん大泣きして……それはもう、本当に、大変だったわ」
溜息を吐きつつも咲夜はベットの横にあった椅子に座りながら、置かれていた林檎に自前のナイフを構えたかと思うと、一瞬の内にウサギの形を模した林檎を何個も作り、いつの間に用意したのか、手に持つ皿に盛っていく。
時間を止めているのだろう。魔理沙はその光景を見ても大して驚かずにベットから身体を起こした体勢で、咲夜の手からウサギ林檎を頂いた。
「パチュリーには大した怪我はなかったんだな?」
林檎を咀嚼しながら魔理沙は咲夜にまずそれを聞いた。自分がこれだけ大怪我を負ったのだ。パチュリーも大怪我を負いましたなんて話だったらと思うと気が気でならない。
「貴方のおかげで怪我はないわ。昏倒してからも起きたと思ったら貴方の事を必死に治そうと色々としていたわね」
「そうか、それならよかったぜ」
ほっと一息吐く魔理沙に、咲夜はじと目で睨んできた。
「よくないわよ。お嬢様からも何故か魔理沙の看病をしてやりなさいなんて言われるし……おかげで館の仕事の合間に貴方の看病もしなければいけなかったのだから」
「? パチュリーが私の看病をしていたんじゃなかったのか?」
「してたわよ。だけど妹様の相手と貴方の傷を治すのに相当魔力を使ったせいか、持病の喘息が悪化して貴方が意識を無くしてから一日目でまた
昏倒。永遠亭に薬を貰いに行ったりパチュリー様の引継ぎで私が貴方の看病を見たり………ハァ」
愚痴るように言っていた咲夜が再び溜息が漏れる。余程ハードな仕事内容だったのだろう。
よく見れば目に少しクマが出来ている。
皿に盛ったウサギ林檎を、咲夜も手にとって口の中に咀嚼する。
「…それにしても貴方、何かよくない夢でも見ていたの?」
「…え?」
咲夜の言葉に魔理沙は顔が強張る。
「ずっとうなされていたわよ。最初は怪我のせいかと思ったけれど」
「………」
「…まぁ、いいわ。怪我自体は五日程で完治するそうよ。あの医者の話では」
「…そうか。ありがとな」
三日寝ていたと言うことはあと二日経てば完治する。
魔理沙は目の前にいる咲夜に頭を下げるように感謝の言葉を言うと、咲夜は薄く笑う。
「私は、命令されたから貴方の看病をしただけよ。感謝をするならお嬢様やパチュリー様に感謝しなさい」
「…ああ」
咲夜は魔理沙の返事を聞いてから、残ったウサギの林檎を魔理沙に手渡し立ち上がる。
「じゃあお嬢様の食事の時間だから行くわね。何か用事があるなら横においてあるベルを鳴らしなさい。まだ動ける身体じゃないでしょうし」
「わかったぜ」
それだけ言うと、咲夜は部屋から出て行く。
ドアがバタンっと閉まるのを見てから、魔理沙は起こしていた身体を再びベットに倒していた。
今は夕方ぐらいなのだろうか。紅魔館の作りは日を閉ざすように薄暗い。
この客室にも窓はあるが、黒いカーテンがかかっていて日の光というものが差し込んではこないようだ。
「………」
自分一人しかいない空間。静寂に包まれているその空間の中で、魔理沙はあの夢を頭の中で思い出す。
パチュリーは、夢はその人の願望と言った。
血の池に広がる見知った人や妖怪の群れ。
その中央に、霊夢がいた。
「……私は、霊夢を殺したいのか……?」
それだけは、絶対にない。
霊夢だけは絶対にそう言い切れる。私は決して、アイツだけは殺したい等と思った事はない。
いや、そもそも私は誰かを殺したいなんて一度たりとも思った事はない。
弾幕勝負とはそいつとのコミュニュケーションだ。そりゃ妖怪側が勝てば何をされるかわからない。現にミスティアとかルーミアは人間を食べよう等と思っていた。
でも今はそんな事ないじゃないか。決して殺し合いの勝負にまで発展等してこなかったはずだ。
「そうだ、あれは決して、私の願望なんかじゃない……」
咲夜に手渡されたウサギの林檎を見ながら魔理沙は異変中に勝負をした霊夢との弾幕勝負を思い出す。
朝が来ない、月が禍々しいまでの輝きを見せていた夜の竹林での弾幕勝負。
あれが多分、初めての全力を賭けた勝負だったと思う。
霊夢は強かった、本当に、底が知れない程にあいつは強かった。
「………あれ?」
違和感が、あった。
血の池の中、見知った面々。
数え切れない程の者が立っていた。
だけど、おかしい。
「………紫が………いない?」
あの禍々しき月の中、霊夢の横に共に駆けていた隙間妖怪。
だが、血の池に、八雲一家だけ見当たらなかった。
閻魔も、死神さえいたというのに。
……もし、もしもだ。
あの夢を、紫が見せていたとしたら?
「でも、何で……?」
見せているとしても理由がわからない。
何であんな夢を見せる必要がある?
何でわざわざ、自分達だけ姿を作らなかった?
それはまるで、自分が仕組んでいると言っているようなものじゃないか。
「私に弾幕勝負をさせたがらない理由があるのか……?」
あるとしたら、それはなんなんだ。
紫とは別に仲が悪いわけではないはずだ。
「…霊夢が、関係しているのか?」
血の池のあの光景。
二度目は明確なほどに、私に霊夢を意識させていた。
「……くそ、さっぱりわからないぜ」
霊夢と関係していると言われても魔理沙の頭の中には何も浮かばなかった。
見ていたウサギの林檎を咀嚼して、もう一度頭の中を整理しようと考えようとした。
――――トントン
そこに、二度小さく扉をノックする音が響く。
魔理沙は横になっていた身体を起こし、扉の方に目を向ける。
「寝てはいないでしょうね? 魔理沙」
フランドールとは違う、黒い翼、青い髪。紅魔館の主、レミリア・スカーレットの姿がそこにあった。
「…起きてはいるが、わざわざお前が来る理由がわからないんだが」
「それは心外ね。色々と配慮してやったというのに」
咲夜がこの部屋を出てからそんなに時間は経ってはいない。
レミリアの食事の時間だと言っていたが、もう済んだのだろうか?
「食事は済んだのか? 咲夜がここを出て行く時、レミリアの食事の時間だからって言って出て行ったけど」
「食事より面白い物があるからそれを先に優先しただけ。そう、例えば弾幕勝負が出来なくなったか弱い生娘のお目覚めとか」
その言葉に魔理沙は身体を硬くする。
「…私が食事だとでも言いたいのか?」
「……冗談、でもないけれど。まぁ、血は吸わないであげるわ。折角友が救った命、後が怖いだろうし」
ニヤニヤと笑う見た目は少女らしい吸血鬼は、今の魔理沙にとって機嫌を損ねればいつ自分の命を取るかわからない。
「……レミリア」
ベットの上で身体を強張らせる魔理沙の表情はレミリアにどう映っているだろうか。
レミリアは入り口のドアを閉めて、薄暗い部屋の中、咲夜が先ほど座っていた椅子に腰掛ける。
「美鈴からわざわざ報告が来た時は驚いたわ。魔理沙が何も撃たずに入れてくれと言ってきましたって」
「…フランドールを仕向けたのは弾幕が出来るかどうか見るためか?」
「ええそうよって、言いたい所だけど、少し違うわ。フランドールの欲求を満たすのに魔理沙、お前ほど適任はいないと思っただけ」
そこでニヤニヤ笑っていたレミリアの顔に少し影が差した。
「だから私は、今のお前を見ると少し可哀想に思えてくる……堕ちない星が堕ちたってね。 魔理沙、怖い夢を見たとパチェから聞いてはいるが、何があったの?」
「…聞いてるのかよ」
魔理沙はパチュリーに相談した事を、目の前のレミリアにも知られている事に、頭を抱えた。内緒だとは言わなかったが、他の者にも知られているとは思わなかった。
「安心なさい。知っているのは今のところ私だけだから」
「……安心しろって、言われてもな…」
自分の弱みを握られている状態でどう安心しろと言うのだろう。
「口外もする気はないし、弾幕勝負が出来なくなったからと言って関係が変わるわけじゃないわ」
「………」
なんだろう、目の前のレミリアが、レミリアらしからぬ事を言っている気がする。
「何かたくらんでいるんじゃないだろうな…? やけに親切だぜ」
「…親切、か」
レミリアはその言葉に口元を綻ばせる。
「なら、代わりの代価を貰うという事にしようか。それなら魔理沙、お前も納得するだろう?」
「……今の言葉無かった事に出来ないか?」
「駄目よ」
魔理沙は、口が滑ったと後悔したが、施しを受けっぱなしでいるのも気が引けていたのは確かだった。
「……せめて、血とか肉とかそういう要求はなしにしてくれよ……」
先ほど血を吸わないとは言ったがここで要求される可能性もある。魔理沙は先にそれだけ言って溜息を吐いた。
「別に大した代価じゃないわ。私が今欲しいのは、魔理沙が見た怖い夢の内容よ」
魔理沙はその言葉に動揺する。
レミリアは魔理沙の動揺を見ても、表情を変えず喋り続ける。
「普段どおりに弾幕勝負が出来ていればこんな事にはなっていないんだ。代価としてそれを聞くのが普通だと思うけど?」
「………」
「話せないかしら?」
「……いや」
魔理沙はその言葉に首を振る。正直な所、自分一人の考えじゃ限界が来ていたのも確かなのだ。
この際、レミリアに全て話してみるのもいいかもしれない。
「……話すが、不愉快だと思ったら話を止めてくれよ?」
「ええ」
レミリアはその言葉に頷く。
魔理沙はそれを見て、少しずつ話し始めた。
あの血の池を。
※
きっと、彼女には理解できないだろう。
永遠に近い人生を歩むものが、短命に近い者を好きになった時。
狂ったように、その者が願う事を叶えようと躍起になる事を。
例えそれが、その者の望んだ形じゃなくても。
八雲紫は隙間を使い、じっと事の次第を眺め続けていた。
自分の術は完璧だ。現にフランドールに対して魔理沙は何も出来なかった。
弾幕勝負が出来ないという事は魔法使いとしてあの森の中で生活が出来ない事だろう。
彼女は人里に降りるだろうか。
そうでなければ困る。そうしなければ、また同じ事の繰り返しだ。
巫女はこれ以上魔理沙が傷つかない事を願った。
魔理沙本人には決して言えない事だろう。弾幕勝負をこれ以上するなと。
巫女は魔理沙がどれだけ今まで首を突っ込んできたかを知っている。
それを今更止めて欲しい等、言えるわけがない。
巫女がこれ以上この事で頭を悩ませれば、いずれ゛博麗゛の巫女として犯してはならぬ過ちを犯しかねない。
「……言い訳ね」
紫はその考えに首を振る。そう、言い訳だそんな事は。
唯、魔理沙に嫉妬しているだけなのだろう。今の自分は。
博麗霊夢が霧雨魔理沙の事でいっぱいになっている事が、自分の居場所がない事が。
「…ああ、魔理沙。気づいて頂戴、私の術に」
そしてもし、自分の所に、このマヨヒガに辿り着いたら。
絶望の淵に落として殺してあげる―――――――
※
「隙間妖怪の仕業ね」
話を聞き終えたレミリアは、開口一番、そう答えていた。
「……それ、私怨混じってるだろ…」
「私怨なんて混じっていないわ。そんな芸当を出来るのはアイツぐらいのものだし、辻褄が合いすぎてる」
レミリアの断言したその口調に、魔理沙は溜息を吐きつつ、手で頭を掻いていた。
「…けど、理由がわからないんだぜ?」
「ふん、魔理沙。理由なんてわからないものよ。いつだってこういう事を考える奴の行動は」
「……お前がそれを言うか…」
そういえば自分が快適に羽を広げられる空間を増やそうとして紅い霧を幻想卿に散布したんだったと、魔理沙はレミリアの行動を思い出す。
レミリアは不快な顔をしながら魔理沙の顔を覗きこむようにして、ベットに乗る。
「魔理沙」
「な、なんだよ」
いきなりベットに乗り込んできたレミリアの行動にわけがわからず動揺する魔理沙。
「怪我が治ったら、どうするつもり?」
レミリアの顔が近くにある。
「……どうするも何も、あの夢に八雲一家はいなかったんだ。会いに行ってみるさ」
魔理沙はレミリアの赤い目を見ながらそう言い放つ。
「………弾幕勝負が出来ないのに、アイツの前に行くと言うの?」
「…まるで弾幕勝負になるような言い振りだな」
レミリアの頭の中では紫があの夢を見せていると断定しているせいか、撃ち合う事が確定しているのだろう。
「なるわ確実に。そして、今の魔理沙の状態じゃ確実に殺されるわよ」
「………」
魔理沙はその言葉に何も言えなかった。確かに、今のまま行って、もし弾幕勝負になったら何も出来ずに殺されると言われてもそれは正しいだろう。
相手は妖怪の中でも強すぎる部類の一人、八雲紫。
レミリアは不快な顔をしたままだったが、魔理沙に近づけていた顔を離した。
「後二日あるわ。よく考えなさい」
レミリアはそう言うと、部屋から出て行こうとする。
ガチャリと、扉のノブを回して開けた所で。
「ああ、そうそう。フランとパチェに貴方が起きた事を伝えるよう咲夜に頼んだから」
そんな事を言いつつ。
「部屋を訪れたら、慰めろとは言わないが言葉は選ぶようにしなさい」
それだけ言うと、再びバタンっと扉が閉まり、部屋は静寂に包まれる。
―――――トントン
レミリアがこの部屋を出てから三分と経たない内に、部屋の扉にノックの音がする。
魔理沙はどんな事をしてやれば慰めになるのかと思いながら、入ってくる二人を招きいれた。
※
薄暗い部屋の作りで、朝の日差し等なかったが、習慣からか魔理沙は一人朝から目を覚ましていた。
「……何でこうなったんだっけ」
両手に華とでも言うべきか。一人で眠るはずのベットに起きてみれば左にフランドール、右にパチュリーが共に寝ている。
「…ああ、そうだ」
魔理沙はぼやけている脳内から必死に思い出すように昨日の二人を慰める考えを思い出していた。
あの後パチュリーとフランドールの二人は今にも泣きそうな表情で謝ってきたのだ。
魔理沙はそれを許した。自分で勝手に突っ込んで自爆したのだ。別に謝られる事でもないと。
しかし二人は、それじゃ納得がいかなかった。
魔理沙はどうしたものかと頭を悩ませ、ベットから身を起こしていたせいか、身体が寒くなっており、一言寒いと言った事からこの状況が出来てしまった。
「私もどうかしていたな…言えばこうなる事もわかってたってのに」
三人一緒に寝たせいか、あの血の池の夢は見なかった。
魔理沙はフランドールとパチュリーを起こさないようにベットから出て、自分の身体の調子を確かめる。
昨日の夕方頃にあった痛みは大分引いていた。
肩からの痛みはまだ少しあるが、もう一日経てばこの痛みもなくなる事だろう。
「…これなら、動く事には支障はないか」
魔理沙は寝巻き姿のまま扉をそっと開け、自分が寝ていた客室から出ると、部屋の暖かさが抜けている冷え切った廊下の中を歩く。
「…さむいぜ」
靴もなかったせいで、裸足のまま床を歩くのは体温を余計に奪われている気がする。
魔理沙は両手で自分を抱くようにしながら寒い廊下を足早に歩いていく。
目的の所はすぐに見つかってくれた。
食べ物の匂いが廊下にまで流れてきてくれたおかげか、魔理沙は自分のお腹を満たせる場所を探し当てる。
魔理沙は忙しそうに厨房で動くメイド妖精と、その中央で支度をしている咲夜を見て声をかけるべきかどうか迷ったが。
―――――ギュルルル
お腹の虫が勝手に鳴いてしまった。
「…あら? もう起きてきたの」
その鳴いた音を咲夜は聞き逃していなかった。
「…おはよう」
顔を赤くしながら魔理沙は朝の挨拶を交わす。
「おはよう。お腹が空いて起きて来たのなら、もう少し待ってちょうだい」
「べ、別に私はそんなつもりじゃ」
―――――ギュルルル
再び鳴ったお腹の虫に、魔理沙は黙り込む。
咲夜はそれを見ながらクスクスと笑うが、魔理沙は恥ずかしそうに顔を俯かせていた。
「…眠いわ咲夜」
朝の食卓の間。
パーティにも使えそうな大広間で食事を囲む吸血鬼二人に魔法使いが二人。
「はい、おはようございます。お嬢様」
眠そうなレミリアの前に食事を並べながら、咲夜はいつものようにレミリアに応対をする。
「……人間と同じ行動を取ろうとした私が馬鹿ね」
「別に付き合わなくてもよかったんだぜ…? 吸血鬼は夜行性だろうに」
テーブルに出されたスープやパンをパクパクと食べつつ、魔理沙は眠そうなレミリアを見る。
「客が泊まっているというのに主人が応対しないのは名誉の……名誉の……」
言い終える前にレミリアの顔がカクンと落ちかける。昨日部屋を出てから寝ていないのだろうか。
「でも、こうやって朝にみんなで食べるのも悪くないよね」
フランドールは昨日同じ時間に私と寝たせいか、別に眠そうな気配はない。
「そうね」
パチュリーも同じのようだ。二人は納得したのだろうか。昨日部屋を訪れた時の暗い表情は何処にもなかった。
「……駄目だわ…咲夜。食事はいいから血とブランデーを持ってきて頂戴」
「かしこまりました」
既に用意してあったのか。レミリアの前に置かれた食事を下げ、代わりにグラスを一つ置く。
ブランデーがグラスに注がれていく中、それに混ぜるかのように用意してあった血液を注ぐ。
「ん…んぐ、んぐ」
グラスに注ぎ込まれたソレをレミリアは一気に煽った。
「………」
朝っぱらから酒を飲むのかとか、無理しなくてもいいんじゃとか魔理沙は思ったが口には出さない。
一気にお酒を煽ったレミリアの顔はみるみる内に眠気を取り払い、いつも不敵に笑うカリスマデーモンロードの姿を取り戻したのであった。
「ふぅ……咲夜、次は紅茶を頂戴」
「かしこまりました」
咲夜は飲みきったグラスを下げると、一度大広間から下がった。
「…で、魔理沙。今日は貴方、一日どうするつもりなのかしら?」
「ん?」
眠気を取り払ったレミリアはリスのように食べ物を口の中に詰め込んでいた魔理沙に話かける。
「………んぐ。どうするも何も、まだ本調子じゃないからな、出来ればもう一日ここに留まるぜ」
詰め込んでいた食べ物を飲み込み、そう答える。
「そう。なら私は今日外に出かけるから、代わりにフランの相手をしてあげてくれないか?」
「え?」
そこで話に出てきたフランドールがレミリアの顔を見る。
「お姉さま、何処かに出かけるの?」
「えぇ、少し確認しておきたい事があるの。だからフラン、魔理沙やパチェと一緒にお留守番をお願いできるかしら?」
レミリアは優しくフランドールに語り掛ける。
「うん! わかった!」
フランドールはニッコリ笑いながら頷く。
「そういう事だから、お願いね」
「別に構わないが……」
魔理沙はレミリアの言った確認しておきたい事というのに言いよどむ。
「魔理沙は、とりあえず弾幕を出来る手段を考えないといけないわね」
食事が終わったのか、パチュリーはいつの間にか戻ってきた咲夜の紅茶を飲みながら話の中に入る。
「あ、ああ。そうだな」
「図書館の蔵書を探せば何かいい方法があるかもしれないわ」
「それなら今すぐ探しに行こうよ! 魔理沙、いこ!」
フランドールは魔理沙の腕を掴んだかと思うと、引っ張るようにして、飛んだ。
「ちょ…! 待て! まだ食べ終えて……服も着替えてないんだぜ!?」
魔理沙の叫びはフランドールの耳に届かず、大広間から飛び出て行く二人。
「……パチェ、実際の所、魔理沙に弾幕を撃たせる方法はあるの?」
フランドールと魔理沙が部屋から出たのを見て、レミリアは咲夜が入れた紅茶を飲みながらパチュリーに聞く。
「……時間があれば、方法はあるかもしれない」
「時間はないわ。明日にはあの隙間妖怪の所に魔理沙は行く」
「…? どうしてあの妖怪に会いに?」
パチュリーは魔理沙の夢の内容を知らない。それが仕組まれた事だと確信が持てているのはレミリアだけであった。
「少しね。あれが仕組んだ事じゃないかと思ったから。一日じゃ何か対策は立てれないかしら?」
「……」
パチュリーは無言で返す。それは、無理と言っているようなものだった。
「…そう。なら私も一緒に付いていくしかないわね」
「…レミィも?」
「えぇ。アイツには貸しがある。この際、丁度いいからそれを返しにいくのよ」
「…あの妖怪の仕業じゃなかったら?」
「それを今日、確認しに行こうと思うわ」
レミリアは紅茶を飲みきり、座っていた椅子から立ち上がる。
「…レミィ」
何処か楽しげなレミリアに、パチュリーは不安を募らせる。
その顔は、昨日のフランドールみたいで。
「パチェは出来る限りの事をしなさい。そうしないと、大切な魔理沙がいなくなるわよ」
そう言い残し、レミリアも大広間から出て行く。
大広間に残るパチュリーと咲夜は、揃って顔を見合わせるが。
「……私も行くわ。咲夜もレミィに付いていきたいでしょう?」
「はい、お嬢様からお許しを頂けなくても、ついていく気です」
あの笑みに咲夜も何か感じ取ったのだろう。
パチュリーは椅子から立ち上がり、図書館へ足を運ぼうと、歩き始めた。
「……パチュリー」
地下図書館へと足を運んで、もとい飛んできてから数時間経過しただろうか。
魔理沙は寝巻きだった服を着換え直し、今はパチュリーと同じような服、紫を基調としたフリル服を着込んでいる。
自分の服はパチュリーの話だと、咲夜が直してくれてあるみたいだが、図書館へとそのまま引っ張られるように来たせいか、何処にあるかもわからない。
「なあに? 魔理沙?」
机の上に本を山のように積み上げるパチュリーは、本から目を離して魔理沙の方に顔を向ける。
「いや、私の事なんだから、手伝わせてほしいんだが……」
魔理沙の手には本は持っていなかった。
代わりにフランドールと共にトランプを持っている。
「貴方が本を読み始めたら誰が妹様の遊び相手をするのよ。いいから、私に任せて」
「そうは言ってもな……」
数時間経過してパチュリーの積み上げた本の山は数知れず。未だにいい案は出せそうにいないでいた。
「フラン、ちょっと別の事をしようぜ」
「? 別の事?」
トランプをカードケースの中に仕舞い始める魔理沙に首を傾げるフランドール。
「あぁ。二度目の夢を見てから弾幕をやってみてないからな。物は試しだ」
弾幕と聞いてフランは少し表情が陰る。
同じく、それを聞いていたパチュリーも本に目を通しながらも眉を寄せて怪訝な表情をしていた。
「魔理沙……それは」
レーヴァテインで魔理沙の肩を刺し貫いた事を思い出しているのか。フランドールの身体が震える。
そんなフランドールに、魔理沙はニコリと笑ってフランドールの頭を撫でる。
「心配するな。二度も失敗をするほど私も馬鹿じゃないし、フランだって本気であんな事をしたかったわけじゃないだろ?」
「う、うん」
フランは頷く。
「なら、大丈夫だ。撃てなかったら撃てなかったで、やめればいいんだしさ」
魔理沙はフランドールの頭を撫でていた手を、そのまま下へと持っていき、手を握る。
「パチュリー、何か方法を思いついたら教えに来てくれ。ちょっと行ってくる」
「……止めても無駄よね」
パチュリーは魔理沙の顔を見て溜息を吐く。
「無理はしないでよ。まだ病み上がりなのだから」
「あぁ、わかってるぜ」
フランの手を握りながら地下図書館を出て行く魔理沙とフランドール。
残るパチュリーは再び何かいい方法がないものかと本を読む作業に戻った。
※
外は快晴、冬の終わりはすぐそこまで来ているのか。日が昇り始めてからというもの、気候は暖かい。
咲夜は無言でピンクの日傘を差しながら飛ぶレミリアの後を飛んでいた。
行き先が何処かは聞いていない。
一緒に同行すると言った時も断られる事なく、逆についてきなさいと言われた。
「……お嬢様」
「何かしら? 咲夜」
無言のまま前を飛んでいたレミリアは、振り返る事なく咲夜の言葉に返す。
「このまま行くと、博麗神社しかありませんが……」
「ええ、そうね」
もう少しすれば神社が見えてくるはずだ。それを指摘し、咲夜は言葉を続ける。
「行き先は神社なのですか?」
「ええ。何か問題でもあるの?」
「そういうわけではないのですが……」
あの巫女に会いに行くのだろうか。
レミリアが大広間で見せたあの笑みは、何処か殺伐としていた事から、咲夜はこれから殺し合いでも起きるものかと思っていた。
だが、神社へ行くと言うのなら、居るのはあの博麗霊夢。
(……それとも、別の誰かがいるのかしら?)
あの神社へと来訪する妖怪は少なくない。
天狗然り、鬼然り、あの隙間妖怪も霊夢の元へよく訪ねに来る。
かくいう主人であるレミリアも、昼間に外出するようになったのは霊夢の元へ訪れるようになってからだ。
それならば、これはいつもの習慣なのだろうか?
咲夜は疑問を持ちつつも、視界の先に見えてきた神社に向けてレミリアと共に飛んでいく。
「咲夜、ちょっと待って」
だが、何を思ったのか。
レミリアは急に止まり、神社へと続く階段の方へと降りていく。
「お嬢様?」
「たまには階段から上るのもいいでしょ?」
日傘を差したまま地面へと降り立つレミリアに、咲夜も続いて降り立つ。
「それは構いませんが……何か意味が?」
「気分よ」
気分で何段も続く階段を歩く心境とはどんなものだろうか。
咲夜は内心首を傾げながら、レミリアの後をついていく。
ゆっくりでも急ぎ足でもない。階段を上るという行為だが、レミリアと咲夜はただ普通に上っていった。
数分もすれば境内に入る。
レミリアと咲夜はまた無言の中、階段を上っていく。
やがて、神社の赤い鳥居が見えてきた。
最後の段を上りきり、境内へと入ったレミリアと咲夜は。
「あら、また来たの?」
いつもと変わらず、境内を箒で掃いている霊夢と遭遇した。
「それで、今日もお茶を飲みに来ただけなの?」
先ほど境内を掃除していた霊夢は、咲夜とレミリアの顔を見ると、神社の中へと引っ込み、お茶を三人分出していた。
「いけないかしら?」
「行けなくはないけど、せめて神社に来たのだから賽銭箱にお賽銭ぐらい入れて頂戴」
ビシっと指で賽銭箱を指す霊夢。
「悪いけれど、祈る事もないわ」
「祈らなくてもいいから入れてほしいのだけど」
その発言は巫女としてどうなんだと、レミリアの横に立つ咲夜は思ったが、口には出さない。
「仕方ないわね。咲夜」
レミリアは横に立つ咲夜に目で何か合図をする。
賽銭箱に入れて来いという意味だろう。咲夜は懐に持っていた小銭入れの中から数枚取り出すと、賽銭箱の中に投げ入れる。
「入れた事だし、ちょっと聞きたい事があるのだけど。いいかしら霊夢?」
咲夜が賽銭箱に小銭を入れるのをレミリアは見てから話を続ける。
「何かしら?」
「最近あの隙間妖怪はここに来ていないかしら?」
縁側に座り、お茶を啜る霊夢にレミリアはそう聞いた。
「紫の事?」
「えぇ、そうよ」
霊夢は少し考える素振りをする。
「ここ最近は来てないわね……来たのは一週間ぐらい前よ」
「……そう」
「何かあったの?」
「何もないわ。ただ、ちょっと動向が気になってね」
レミリアはそう言うと、霊夢が入れたお茶を啜る。
日傘を横に置き、縁側の影でお茶を飲むレミリアは、吸血鬼らしからぬ程その空間に合っていた。
「…緑茶はあまり飲まないけれど、霊夢の入れたのはおいしいはね」
「世辞は良いわよ」
レミリアは少し微笑んでから首を振る。
「世辞じゃないわ。本当においしいからそう言うのよ」
「…何だかレミリアにそう言われるとおかしな気分ね」
照れているのか、霊夢は少し顔を赤くしてレミリアから顔を背けた。
咲夜も霊夢の入れたお茶を飲んでいるが、確かにまずくはない。
いい葉を使っているのだろう。レミリアにそう言わすだけの事はあった。
(だけど気に入らないと思うのは、私が嫉妬しているからか……)
紅魔館で咲夜が入れた紅茶をレミリアはよくおいしそうに飲んでくれる。
そこに至るまでどれほどの年月をかけた事か。
それを霊夢は簡単にレミリアの口からおいしいと引き出している事に、咲夜は少なからず嫉妬する。
咲夜のもどかしい感情とはよそに、レミリアと霊夢はのどかにお茶を啜っていた。
※
「………」
魔理沙はフランドールに向けて手をかざしていた。
身体中から自身の魔力を手に集めようとする動作。
それは徐々に集まり、フランドールにいざ放つという所で。
「……クッ」
脳裏に血の池が蘇る。
手に集まっていた魔力は四散していく。
「やっぱり駄目か……」
魔理沙は溜息を吐くと、その場にへたりこんでしまった。
これで何度目の失敗になるだろうか。
「…やっぱり撃てないの?」
床にへたりこむ魔理沙に駆け寄るフランドールは心配そうな顔をしていた。
「あぁ、どうしても撃とうとすると、頭の中に夢のイメージが出てきちゃうな……」
頭を掻きながら、魔理沙は天井を仰ぐ。
「何で撃てないんだろうな…」
「……夢のイメージってどんな風なの?」
フランドールは疑問に思っていた事を口に出す。
「…んー、そうだな。私の手で、誰かを殺してしまいそうになるイメージって言えばわかるか?」
あの血の池を思い出さないように、わかりやすく魔理沙はフランドールに答える。
「…誰かを殺してしまう? でも、弾幕勝負だよ? 壊す気で行かないと面白くないよ?」
フランドールの言っている事は最もだ。全力を出さないと負ける事もあるだろうし、手加減する理由なんてない。それで命を落としてしまうかもしれない。現に、命を落としかけた。
「だけどフランも私も死んでないだろ? なら死ななくても弾幕勝負は成立するって事だぜ」
「……魔理沙は、誰かを殺すのが怖いの?」
フランドールの言葉は純粋な疑問だった。
霧雨魔理沙は、誰かを殺すのが怖いのか。それが妖怪や妖精で合っても怖いのか。
「…んー、誰かというか、友達が死ぬのは嫌じゃないか?」
「……え?」
その問いに、魔理沙は当然のように返していた。
「私が真面目に弾幕勝負をした奴は全部知り合いというか、友達みたいなもんだぜ。一回どっちとも生きたならそれでいいと思うんだが」
魔理沙はそう言うと、立ち上がってフランドールの頭を撫でた。
「フランとだって何回も弾幕勝負してるじゃないか。一回で終わりじゃない。弾幕勝負は殺し合いなんかじゃなくて、人と妖怪が友達になる一つの遊戯だろ?」
「………」
フランドールは呆然と頭を撫でる魔理沙を見る。
自分の事を友達と呼んでくれた人が、果たしていただろうか?
フランドールは全てを壊してしまう。その力は制御出来なく、お姉さまの手によって、地下に幽閉された程なのに。
なのに、魔理沙と出会ってからというもの、手に入らなかったものが手に入る感覚を味わってきた。
友達…友達…トモダチ。
魔理沙が来るたびに遊んでいたというのにどうしてそう思わなかったのか。
当たり前に思っていたからか、それとも魔理沙だからそう感じなかったのか。
「……けど」
フランドールの気持ちは沈む。
魔理沙が、弾幕勝負をそう思っているのなら。
「………ひぐ」
その夢とやらを忘れないと決して撃てない。
「お、おい? フラン?」
いきなり泣きそうになるフランドールに、魔理沙は慌てる。
「ど、どうしたんだよ?」
「魔理沙は………魔理沙は優しすぎるよ」
殺そうと思わなければその夢から脱出出来ない。
フランドールはそう感じた。今まで全てを壊してきた吸血鬼は、目の前にいる魔法使いが自分と同じようにならなければきっと撃てないと。
だけど、それはもう゛魔理沙゛じゃない。
「ぅ…うう…!」
「…困ったな…フラン、どうしたんだよ? 何か私嫌な事でも言ったか? それともどっか痛いのか?」
とうとう目から涙を流し始めたフランドールに魔理沙は何度も問いかける。
だが、泣き止む素振りはない。
「…ああ、もう」
泣き止む気配がないフランドールに魔理沙は少しかがむようにして、抱きしめた。
「…まり、さ?」
いきなり抱きしめられて驚くフランドールに魔理沙はさするように手で背中や翼を撫でる。
「落ち着くまでこうしてやるから、いっぱい泣くといいぜ」
フランドールから顔は見えないが、魔理沙は顔を赤くして抱擁を交わしていた。
「…うん」
魔理沙の肩に顔をぶつけるようにして泣くフランドール。
魔理沙はフランドールが泣く意味がよくわからなかった。
それが、自分の為に泣いているとわかる時は決してこないだろう。
「……泣き止んだか?」
抱きしめてから数分ぐらいだろうか。
嗚咽はもう治まっていた。
「うん…」
抱擁が解かれ、フランドールの目は少し充血していたが、直ぐに戻るだろう。
「ありがとう、魔理沙」
フランドールはニコリと笑う。
「気にしなくていいぜ。何か、私のせいで泣いちゃったみたいだしな」
笑うフランドールに魔理沙も同じように笑って返す。
「ううん、魔理沙のせいじゃないよ。私が勝手に泣いただけだから」
その言葉に首を振って返すフランドール。
「それより図書館に戻ろ? パチュリーが何かいい方法を思いついているかもしれないし」
「そうだな。弾幕も撃てなさそうだし、戻るか」
自然とフランドールと魔理沙は手を握り合いながら部屋から出て行った。
「あら、お帰りなさい」
地下図書館へと戻った魔理沙とフランドールは、パチュリーの机の前に広がっている光景に唖然とする。
山のように積み上げられていた本はなく、代わりに実験か何かに使われるようなビーカーやフラスコが並んでいた。
「ただいま。何かいい方法でも思いついたのか?」
フラスコの中に入っている紫色の液体や緑色の液体を見つつ、進展があったかどうか魔理沙はパチュリーに聞いた。
「時間がないから何とも言えないけれど…」
「パチュリー様~、一度休憩しませんか? もうおやつの三時頃ですよ?」
と、小悪魔が机に積み上げられていた本を戻していた作業から戻ってきたのか。本棚の方から顔を出してきた。
「そんな時間は」
「ずっと本を読み漁って実験してたんだろ? ちょっと休もうぜ。私も少し疲れたし」
「…………魔理沙がそう言うなら」
手に持っていたフラスコを机に置き。ザザーと全て机の端によらせる。
「じゃあ少し待ってくださいね~! 焼いてあったお菓子と紅茶を持ってきますから!」
小悪魔は魔理沙に小さくウィンクしつつ。小走りに図書館から出て行った。
魔理沙とフランドールも空いていた椅子に座り、小悪魔を待つ。
「弾幕は撃てたの?」
「案の定、撃てなかったぜ」
「…そう」
パチュリーは溜息を吐きながら、凝っていた肩をボキボキと鳴らす。
「それなら薬を完成させるしかないわね」
「薬?」
「ええ」
パチュリーはそう言うと、一冊の本を魔理沙の前に置いた。
魔理沙はその本の内容を読んでみる。
「……なんだこれ。記憶消去の薬物……」
「思い浮かんだ事をしばらく……時間がないから一時間分しか作れそうにないけれど、消せる薬よ」
「……なんだか永遠亭の薬並みに胡散臭い内容だな…」
書かれているのはあくまで記憶に関する事ばかりなのが余計に胡散臭く感じるその書物に、魔理沙は不安を募らせる。
「けど、これがあれば弾幕勝負が出来る?」
横に一緒に座っていたフランドールがパチュリーの方に聞く。
「…もし、本当に八雲の妖怪と事を構える事になったら必要になると思うわ」
「…レミリアから聞いたのか」
「えぇ。その為の保険だと思って持っていくだけいいはずよ」
魔理沙は本を閉じて、再び溜息を吐く。
「他に、いい方法はないんだな?」
パチュリーはその言葉に頷く。
「時間制限付きならこれがベストよ。だから今三時だからっておやつを食べてる暇は―――」
「は~い! 持ってきました~! 今日は季節外れのマロングラッセなんて作ってみましたよー!」
バーンと扉を開けて入ってくる小悪魔に、パチュリーは言葉を無くし。
「………いいわ。間に合わなかったら小悪魔のせいにする」
少しばかりいじけた。
※
「それじゃあ、そろそろ帰ろうかしら」
日が沈み始め、レミリアは日傘を差さずに霊夢に帰りの挨拶をする。
「あら、御飯食べて行くかと思ったのに。今日はいいの?」
「食べて行きたい所だけれど、明日用事があってね」
レミリアは霊夢の誘いを断り、翼をはためかせ、空へと飛ぼうとする。
「また来るわ」
咲夜も一度霊夢に無言で礼をし、レミリアの後を追うように空へと飛んだ。
霊夢の姿が見えなくなるまでそうはかからなかった。
「……お嬢様、よろしかったのですか?」
「いいのよ。今はそれよりも、明日へ向けて英気を養うのが先決よ」
前を飛ぶレミリアが咲夜から見てどんな顔をしていたかはわからない。
「楽しくなってきたわ。ええ、久しぶりに」
けど、きっと笑っている事だろう。
その後、レミリアと咲夜が紅魔館に着くまで喋る事はなかった。
日が沈むのは本当に早く、紅魔館に着く頃にはすっかり太陽の変わりに月が昇っていた。
「じゃあ、本来の業務に戻っていいわよ咲夜」
「はい」
門前へ着くと、レミリアはそのまま飛んで屋敷の中へと入っていく。
咲夜はそれを見送ると、一度美鈴の様子を確かめようと門前の方を見る。
「すぅ……すぅ……」
門の前に立ちながら器用に寝ていた。
「………はぁ」
溜息と共にナイフを投擲したのは、言うまでもない。
空から自分の部屋へと戻ったレミリアは霊夢の言葉を思い返していた。
「……フン、しかし本当に辻褄が合いすぎてるわね」
隙間妖怪が一週間前から霊夢の所に姿を見せていない事に、レミリアはもはやあいつがしでかした事と決め付けていた。
「いつからそんな人間臭くなったのか……」
幻想郷に越してきた時に喧嘩を売った時は、まだあの妖怪からは人間にはない優雅さがあった。
自身の吸血鬼としての誇り以上に、あれは強大で、凶悪な威厳があったのだ。
それがどうした事か。一人の人間に感情を持ち、今ではたった一人の人間を殺す所か、間接的に邪魔するような陰険さが出ている程だ。
「………いや、永遠に生きる故にそうなったか」
レミリアは笑う。私も霊夢に惹かれているその一人だったと。
「…ああ、そういう意味では私も魔理沙を憎んでいいのかもしれないな」
惹かれているが、レミリアは決して霊夢が自分に振り向く事がない事を知っている。
あの巫女の隣にはいつもあの魔法使いがいた。
それが当たり前なのだ。自分や紫が隣に立つことは、本来ない事だろう。
しかし紫は一度、霊夢の隣に立ってしまった。
あの狂った月の中、終わりなき夜のなか。
「………人間臭くじゃなくて、月の魔力に狂っただけか」
レミリアは紫に少なからず同情する。
同じ永遠に近く生きるものとして。
決して手が届かない物に手を伸ばした物だと。
※
日が沈むのが早ければ、日が昇るのも早いのか。
あれからレミリアと咲夜が帰ってきてから、時間が流れていくのは早かった。
レミリアが霊夢の所に出かけていたのを知り、そこで紫が一週間程前から姿を現していないと聞いた事から、魔理沙は会って直接確かめる事にした。
日が昇って数時間、徐々に日が沈み始めている中、魔理沙は咲夜から直してもらったいつもの黒いエプロンドレスを着込み、黒のトンガリ帽子を被る。
「……よし」
ブーツを履き、箒を手に持ち、客室から出て紅魔館の門前へと向かう魔理沙。
門前には、紅魔館の面々が揃っている。
「私の見送りにしては揃いすぎてるぜ?」
「私も行くのよ」
その中から進んで出てきたのは、レミリアだった。
「…冗談、じゃないみたいだな」
「本来なら手を貸してやる必要もないんだが。丁度都合がいいのよ」
レミリアは魔理沙にニヤリと笑う。
「咲夜、フラン、パチェ、……それに美鈴。留守は任せるわよ」
「うん! いってらっしゃいお姉様! 魔理沙!」
「……いってらっしゃいませ」
「…気をつけてね」
「いってらっしゃいませ!」
一人一人、思う所は違うかもしれないが、見送りの言葉をレミリアと魔理沙に言う。
「魔理沙、これ……」
パチュリーは薬を魔理沙に手渡す。
紫色のその丸薬は、魔理沙の手のひらに一粒あるだけだ。
「いい、それを飲んできっかり一時間よ。それが限界だと思って頂戴」
「わかった。……ありがとな。私の為に」
魔理沙は頷いて、スカートの中に丸薬をしまうと、箒に跨り、空へと飛ぶ。
「行ってくるぜ!」
五日間滞在した紅魔館に、別れの挨拶をし、魔理沙は飛んでいく。
その横に並ぶように飛ぶレミリア。
「一旦私の家に寄ってもいいか?」
霧の湖を抜けたぐらいで、横に飛ぶレミリアに魔理沙は聞く。
「いいけれど、何か持っていくのか?」
「八卦炉を持って行きたいんだ」
「ああ、なるほど」
レミリアはすぐに納得し。魔理沙に付いていくように、日が沈んでいく幻想卿の中を飛んでいく。
魔法の森に着いた頃には、月が出始めていた。
魔理沙邸は変わらずあった。
五日間しか空けていなかったが、魔理沙は自分の家に入ると、我が家に戻って来たと内心少しばかり喜んでいた。
二階へと上がると自室の床に、八卦炉は変わらずあった。
「ここで飲まないと駄目か」
丸薬を飲もうとする魔理沙だが、レミリアに止められる。
「私が持てば飲まなくても済むじゃない」
そう言うと、レミリアは床に転がっていた八卦炉を掴むと、魔理沙のスカートの中に押し込んだ。
「ギリギリまでその丸薬は飲まない方がいいわ。それはあっちに着くまで取っておきなさい」
「あ、ああ。わかったぜ」
「じゃあ、行くわよ」
レミリアと魔理沙は早々に魔理沙邸を後にした。
月はもう完全に出てきていた。
マヨヒガまではそう遠くはない。以前の冥界での騒動の時と同じように、魔理沙はレミリアと共に飛んでいく。
空には満天の星と大きな月が輝いている。
※
「……レミリア」
「あら、気づくのが早いわね魔理沙」
横に飛ぶレミリアも気づいていたのだろう。
「静か過ぎるぜ」
空を飛びながら、魔理沙は周辺から何も音がして来ない事に違和感を持っていた。
前に来た時は、この周辺は低級の妖怪達がたむろしていたはずなのにだ。
「何処かに散ったか、それともこの場で散ったか」
レミリアはそう言いつつ、前方に待ち構える人物を見て。
「どうやら後者のようね」
「藍!」
構えるようにして空で待っていた九尾の式に、魔理沙とレミリアは距離を取って止まった。
「……ここから先が、マヨヒガと分かって来てるのか。お前ら二人は」
空に仁王立ちする八雲藍は、魔理沙とレミリアを一瞥し、手には既にスペルカードを構えていた。
「白々しいわね。貴方のご主人に招かれて来ていると言うのに」
レミリアは構えた藍に応えるように、スペルカードを構える。
「レミリア待ってくれ。……藍! 頼むからそこをどいてくれないか? 私達は紫に会いに来ただけなんだ!」
レミリアの前に出るようにして藍に言う魔理沙だったが。
「紫様は冬眠中だ。春までは誰も通すなと。言われている」
「……ホントに、白々しいわね。それとも気づいてないのかしら?」
レミリアはその言葉に溜息を吐く。
紫が一週間前に神社に来ている事は既に霊夢の口から聞いているのだ。
「…気づいてないと思うぜ。紫が移動する時は大体隙間だ。部屋に入るなって言えば、藍だったら言いつけ通り入らないだろうし…」
レミリアにしか聞こえない小声で魔理沙は話す。
「……なんだ。九尾にしては馬鹿の部類なのね。貴方」
代わりに、藍を逆撫でするようにレミリアは大きく喋った。
「…何を言っているかわからないが……」
藍は馬鹿と言われたのが勘に触ったのか。頭に生えている耳や、尻尾が小刻みに震え始める。
「どうやら、喧嘩を売っているみたいだな? お前ら」
「えぇ、売ってあげるからかかってきなさい」
それが、開始の合図だった。
藍がくるくるとその場で回り始める。
レミリアと魔理沙は左右別れるように飛ぶ。
直後、氷柱のような弾丸が雨を降らすように放たれた。
「ああもう、何でこうなるんだ!」
魔理沙はパチュリーから渡された丸薬を即座に口の中に投げ込むと、血の池の夢を思い出しながら、スカートの中に押し込まれた八卦炉を掴む。
やがて、思い出していた夢は、霞がかかったように頭の中で徐々に思い出せなくなっていった。
「魔符! ミルキーウェイ!」
試しとばかりに、スペルカードを宣言し発動させる。
「紅符スカーレットシュート」
魔理沙に合わせるように逆に飛んだレミリアもスペルカードを宣言する。
星の弾丸と紅の弾丸は、藍に向かって放たれる。
「そんなもの!」
放たれる弾丸を藍は回りながらも避けきってみせる。
「式神! 十二神将の宴!」
お返しとばかりに藍はスペルカードを行使する。
パチュリーの賢者の石に似るような結界が、藍と二人を囲むように展開される。
その数、十二。
一つ一つが意思を持つようにしてレミリアと魔理沙に向けて弾幕を展開させる。
「魔理沙! この後アイツが待っているんだ。一気に行くぞ!」
結界の弾幕をかわしながら、レミリアは藍に向けてスペルカードを行使する。
「神槍 スピア・ザ・グングニル!」
宣言と共にレミリアの手に、紅い魔槍が出現する。
「こい――――」
それに合わせてマスタースパークを構える魔理沙だったが。
「……く、魔符! スターダストレヴァリエ!」
途中で言い換え、レミリアの背後に回り、周囲の結界弾幕を、星の弾幕で消し飛ばす。
レミリアは、スターダストの星の弾幕の中、藍に魔槍を投擲した。
「む…!」
放たれる魔槍を藍は紙一重でかわす。
「そんなもの、当たるか!」
怒声と共に藍は再び回り始める。十二の結界は、スターダストで崩れたとはいえ藍の手の内はまだまだあった。
レミリアは舌打ちをしながら背後にいる魔理沙へと顔を向ける。
「…マスタースパークが撃てないのか?」
言いかけていたのを聞いていたのだろう。レミリアは魔理沙の顔が再び苦しそうな顔をしているのを見て、不快げに藍の方に視線を戻す。
「魔理沙、撃てなくてもいいから宣言をして、あの狐の注意を逸らしなさい」
それだけ言うと、レミリアは回る藍の元へと翼をはためかせ、距離を詰めていく。
「式弾! アルティメットブディスト!」
近づくレミリアに対して藍は卍のレーザーで迎え撃つ。
レミリアは動じず、藍の周りを旋回するようにレーザーを避けていく。
魔理沙は先ほど言われた通り、八卦炉を構え、藍に向かって宣言をした。
「恋符!」
藍はそれを聞き、魔理沙のマスタースパークが飛んでくると思い、藍は回るのを止め、魔理沙から放たれるはずのマスタースパークに向けて、結界を構える。
「マスタースパーク!」
宣言されるマスタースパーク。
「……え?」
マスタースパークに身構えていた藍は、来るはずの閃光が来ない事に疑問を持ち。
「符の参」
藍の背後を取ったレミリアの宣言に遅れた。
「しまっ……!」
「ヘルカタストロフィ」
後ろを振り返る藍だったが、時既に遅い。
周囲を囲む血の弾丸に包まれ、藍を包んだ紅い球体は、爆ぜる。
「ふん、本当に主人から何も聞いていなかったんだな」
爆ぜた中から出てきた藍は、飛んでいるのがやっとという程、ボロボロだった。
「クッ……」
「トドメよ。神槍―――」
「待て、レミリア」
藍に向かってグングニルを放とうとするレミリアの肩を掴んで止める魔理沙。
「もう勝負は着いてるぜ」
「…トドメを刺さないと、後ろから狙われる可能性はあるわ」
レミリアの言葉に魔理沙は首を振る。
「藍はそんな事はしない。それに紫から何も聞いてないなら無関係だろ」
「……お人よしね」
レミリアは溜息を吐きつつも、スペルカードを懐に戻す。
最初から、トドメを刺す気等なかったのだろう。
「…トドメを刺さないのか?」
藍は腕でわき腹を抑えるようにしつつ、レミリアと魔理沙を睨む。
「ああ、トドメを刺す理由がないからな」
「……」
「悪い藍。紫の所に行かせてもらうぜ」
それだけ言うと、魔理沙とレミリアはマヨヒガへと再び飛んでいく。
「…一体、紫様は何をしたんだ?」
残された藍は、痛む箇所を抑えながら、空から地面へと降下していった。
※
「魔理沙、マスタースパークは撃てないのね?」
並ぶように飛ぶレミリアと魔理沙だったが、先ほどの弾幕勝負でマスタースパークが撃てなかった事を聞いていた。
「夢のイメージも頭の中に出て来なかったんだがな…恋符は発動できないみたいだ」
「…パチェの薬も完璧ではなかったって事かしら」
レミリアは紫の術がどれ程の物か知らない。
パチュリーを信頼していた分、レミリアは魔理沙の十八番であるマスタースパークが撃てないという現象が起きている事に、あの隙間妖怪の影響が強い事を改めて認識しなおした。
「……狂っても強さは変わらず、か」
魔理沙に聞こえないようにレミリアは一人呟く。
既に、魔理沙とレミリアはマヨヒガの中に入っている。
星が輝く真夜中、月が夜空に浮かんでいる今ここに。
圧倒的な畏怖と共に、それは来た。
「……レミリア」
「ええ、あっちから出てきてくれるみたいね」
魔理沙とレミリアは空の上で止まる。
目の前の空間が徐々にひび割れていくのを見た為に。
「御機嫌よう。面白い組み合わせね」
隙間から出てきたのは、いつもの紫の派手なドレスに白いリボン付きの帽子を被り、手にはピンクのフリル傘を持った、何処も変わっていない、八雲紫。
「……紫」
魔理沙は前に見た時と何処も変わらずにいる紫を見て、顔を強張らせた。
「久しぶりね、魔理沙」
「ああ、久しぶりなんだが。ここに私たちが来た理由。紫はわかってるのか?」
「えぇ。まともに弾幕勝負が出来なくなったみたいね魔理沙」
ニヤリと笑う紫に魔理沙は歯噛みする。
「…お前の仕業なのか?」
八卦炉を構えたい衝動に襲われたがまだ早い。
何でこんな事をしたか、理由がわからないと。
「私以外に誰か出来ると思っているの? 人の夢をいじくるなんて事、私以外に出来るのかしら?」
紫は否定する事なく認めた。
それは自分がやった事だと。
「なんで……なんでこんな事をしたんだよ!」
「霊夢の為よ」
激情に駆られる魔理沙とは逆に、紫は何処までも冷めていた。
「貴方が怪我をすればするほど霊夢は貴方の事を心配していたわ。表には出さないようにしていたみたいだけれど」
「……怪我を?」
そういえば度々、弾幕勝負で怪我をしている所を見られては、ガミガミと説教をされた覚えがある。その後いつも治療を手伝ってくれもしたが。
「貴方が弾幕勝負を出来なくなれば、怪我をする事もないと思ったの。霊夢はね、博麗の巫女なのよ? 全てに平等に接するものが、個人に左右されてはいけないわ」
「………」
「魔理沙、わかって頂戴。私が貴方にした事は善意でした事よ?」
「…で、でも」
魔理沙は今の紫の言葉を聞いて、激情に駆られた感情が冷えていくのを自分で感じた。
「でもじゃないわ。魔理沙、貴方には帰るべき場所がある。商い屋の娘が入り込んだ妖怪達との夢は、そろそろ終わるべきなのよ?」
「……」
夢? 今までのが全部、夢だと?
魔理沙は冷えた感情をもう一度。
「弾幕勝負が出来ないなら、人里に戻りなさい。それが貴方の為よ」
もう一度熱くさせる為に八卦炉を握り締める。
「…夢じゃない」
魔理沙は真っ直ぐ紫を睨む。
「今までやってきた事は、夢じゃないんだよ。紫、お前の言っている事も正しいのかもしれないけどな」
泣きそうになる顔を必死に押さえ込んで、胸を張って、高らかに叫ぶ。
「私はな! 誰にも左右されないし、霊夢が困るって言うなら、私が助けるんだよ!」
「……魔理、沙?」
言っている事がおかしい事に気づいているのだろうか。
魔理沙がいるから霊夢は困ると言っているのに。
彼女はそんな困った霊夢を助けると叫んだ。
「ちょ、ちょっと魔理沙、貴方何を……」
紫は言っている事が伝わっていないのかと思い、もう一度優しく問いかけようとした。
「…そろそろ、茶番はよさないかしら? 八雲紫」
だが、傍観を決め込んで横にいたレミリアが、話に割って入る。
「茶番…ですって?」
「えぇ、茶番よ。貴方はそんな風に思って魔理沙にこんないじわるをしたわけではないでしょう?」
「……貴方」
紫はレミリアを睨む。
レミリアはそんな紫を見て鼻で笑った。
「強者の誇りを何処に捨ててきたのかしらね。嫉妬に狂うなんて、らしくないわよ?」
「……」
「唯、霊夢に惹かれているだけなのに、貴方はそんな言葉で正当化しようとしていたのね」
「…黙れ」
紫の身体が震え始める。
だが、レミリアは続けた。
「今の貴方からは何も感じないわ。ただ霊夢が取られそうになって、必死に邪魔をしようとしている餓鬼――――」
「黙りなさい!」
最後まで言わせずに、涼しげだった紫の表情は、悪鬼と成り果てた。
「穏便に事を終わらせようとしたら図に乗って………いいわ、最初からこうすればよかったのよ」
狂ったように紫は隙間をいくつも闇夜の空に開く。
「ここで、貴方達を殺してあげる」
「フン、最初からそのつもりのくせに」
隙間から出てきた何百もの弾丸の雨を、魔理沙とレミリアは距離を取ってかわす。
レミリアはかわしながら、スペルカードを取り出した。
「魔理沙、最初から全力よ。狂っているとはいえ、゛アレ゛をやらせるわけにはいかないわ」
横に並ぶように飛ぶ魔理沙にレミリアは大声で言うと、スペルカードを宣言した。
「天罰、スターオブダビデ!」
闇夜の空に擬似的な星々が出来ていく。
その一つ一つが光り輝き、紫に向かって光線を発射するように飛んでいく。
放たれる光線と共に、隠れるように出てくる青い弾丸がばら撒かれ、紫の逃げ場を無くすように覆い尽くされていった。
「…こんなもので、私をどうにか出来ると?」
だが、紫は動じない。ダビデの星々を飲み込むように。
「境符、四重結界」
紫を守るように四重の結界が展開された。
「クッ…!」
紫を中心にどんどん広がっていくその結界に、レミリアのスターオブダビデは触れただけで耐え切れずに壊れていった。
広がる結界から、逃げるようにレミリアは後ろに下がるが、広がる結界に追いつかれそうになる。
「光符! アースライトレイ!」
だが、いつの間にどれだけ離れていたのか。
魔理沙が結界の外からスペルカード宣言をし、星の弾丸と何十ものレーザーで四重結界を迎え撃った。
弾丸とレーザーぶつかる度に広がる四重結界は、逆に徐々に押し戻されていく。
「神槍」
そこに、レミリアは後ろに下がりながら魔槍を持ち。
「スピア・ザ・グングニル!」
思いっきり振りかぶって紫に投擲する。
結界に向かって激突する紅い魔槍は、均衡等させずに破壊していく。
最後の結界を苦もなく壊し、魔槍は紫の懐に滑るように入っていき。
「甘いわね……昔に挑んで来た時から何も進歩がないわ。レミリアスカーレット」
紫の前に出現した何十もの光球によって阻まれた。
「結界、光と闇の網目」
放たれる光球。
それは並ぶようにレミリアと魔理沙の横に飛んでいき。
光り輝いたかと思った瞬間、何十ものレーザーを魔理沙とレミリアに向かって放つ。
「チィ…!」
レーザーの中を掻い潜りながら飛ぶ魔理沙とレミリア。
被弾すればかけらも残さず消滅させるレーザーの中で。
「魔符! ミルキーウェイ!」
「紅符! スカーレットシュート!」
同時に星の弾丸と紅の弾丸を光球に向かって放たれる。
迫る弾丸は、紫の光球にぶつかると、爆発するように四散していった。
「くそ、マスタースパークが撃てれば……」
光球が散っていく中、紫は隙間から現れた時から動いていない事に、魔理沙は歯噛みする。
魔理沙は、弾幕はパワーとまで自負していたというのに、ここに来て、恋符が撃てない
火力不足に絶望を感じた。
「そろそろ、終わりにしましょうか」
だが、紫のその言葉に、火力不足以前の絶望が魔理沙とレミリアに向かってくる。
「まずい……!」
魔理沙は紫にスペルカード宣言をさせない為に、瞬時にマジックミサイルを紫に放つ。
だが、それで止まる紫ではない。
「レッドマジック!」
レミリアは゛アレ゛の行使を食い止める為に、紅い弾丸を何十も展開させ、紫に放った。
マジックミサイルと紅い弾丸が紫に迫る中。
弾 幕 結 界
無常にも、怖れていた事が起きた。
マジックミサイルや、レッドマジックは二つの大きな結界に阻まれる。
紫の前に出来たその結界は、闇夜の空を駆け巡るように走り始め。
何十、何百、何千、何万もの弾丸を精製しながら空を駆け巡る。
「くそ…!」
それは空中に止まって等いなかった。
一つ一つ、全てが高速に空を駆け巡る。
弾丸が尽きるまで弾幕の雨が降り注ぐそれを、魔理沙とレミリアは回避する術等なかった。
「…魔理沙!」
レミリアは咄嗟に魔理沙の横に飛んだかと思うと。
「符の参! ヘルカタストロフィ!」
魔理沙に向かって、紅い血の弾幕を周囲に展開した。
「…!? レミリア、お前何を!?」
レミリアは答えない。迫る弾幕の雨をじっと見つめながら、ヘルカタストロフィに包まれる魔理沙の横に立ち。
「…これなら、一度は防げるわ。後は魔理沙、お前が何とかしろ」
誇り高き吸血鬼は、星の魔法使いの盾になる事を選んだ。
弾幕の雨はレミリアと魔理沙に迫る。
「あらあら。貴方が犠牲になるなんて。てっきり魔理沙を見捨てると思ったのに」
迫る弾幕の雨の中、紫の声が聞こえてくる。
レミリアはその言葉に不敵に笑って返した。
「紫、お前は重大な事を忘れているわね」
「重大な事?」
不敵に笑うレミリアに、紫は微笑んだままだった。
何をしようとこの状況は覆せない。それは紫の絶対の自信。
「えぇ、私の能力が何だったか、それを思い出してみると―――」
いいわと言い切る前に、レミリアと、ヘルカタストロフィの血の弾幕に包まれた魔理沙は、弾幕結界の雨に呑まれた。
「………」
ヘルカタストロフィの弾幕とぶつかったせいか。レミリアと魔理沙がどうなったか、白煙が広がり見えないでいた。
紫はレミリアが最後に言った言葉を思い出し。
それが自分にとって、あってはならない事だと首を振る。
だって、あの吸血鬼の能力は―――――――――
白煙が徐々に晴れる。
「……まさか」
紫は戦慄する。自分が見落としていた事に。
煙が晴れた中現れたのは、気を失っているレミリアを抱きかかえた、無傷の魔理沙だった。
「…どうして」
あの弾幕結界の中、無事に出てきたというのか。
紫は、魔理沙を見つめ続ける。
ありえない、こんな現象はありえない。
自分の弾幕結界を苦もなく突破してきたのは、たった一人だけだ。
それが、唯の商い屋の娘が、レミリアの手を借りたからと言って突破できるわけがない!
「…紫、もうやめよう」
魔理沙はレミリアを抱きかかえながら、紫に語りかける。
「もう、やめようですって…?」
「ああ、こんな弾幕勝負、もう意味がない」
馬鹿な。そっちから出向いてきたというのに、意味がないというのか?
意味ならある。ここで魔理沙を殺して、霊夢の悩みを消すんだ。
ソウスレバ霊夢は私に振り向いてくれる。モウ二度ト、マリサの事で頭を悩ます必要ナンテナイ!
「今更、引き返せないのよ!」
再び二つの大きな結界が展開される。
レミリアは気を失っている。これを防ぐ手段は、今のマリサにナイハズダ。
「…そうか。なら、全力で紫の頭を」
魔理沙はレミリアを抱きかかえていたのを、背中に背負うようにし。
「覚ましてやるよ…!」
箒に跨り、魔理沙は両手で八卦炉を掴み、紫に構える。
「魔砲!」
紫はその宣言に驚く。
撃てないはずだ。
術は完璧なはずだ。恋符を基に使うスペルは決して絶対に、撃てないはずだ!
その考えが、紫の行動を遅らせた。
「ファイナルスパーーーーーーーク!!」
八卦炉から放たれる砲撃。
それはたやすく二つの結界を打ち壊し。
「―――――ア」
紫を軽く飲み込んだ。
閃光は、闇夜の中、輝き続けた。
それがどのぐらい続いたか。
「ハァ…ハァ……」
ファイナルスパークを放った魔理沙は肩で息をしながら、地面に落ちていった紫の方に箒を向けて降下した。
「…グ………」
紫は気を失ってはいなかった。
流石と言うべきか、ファイナルスパークをまともにくらったというのに地面から立とうとし。
「…ア…グ…!」
震える身体は、また地面へと滑るように倒れた。
「…紫」
紫の前に降り立つ魔理沙に、紫は地面に倒れながら顔を上げた。
「まさか……私が負けるなんてね」
「私一人なら負けてたさ。レミリアのおかげだぜ」
気を失い、魔理沙の背中で寝ている吸血鬼。
「…ええ、そうね……まさか、私が……こんな初歩的な事を見落としていたなんて……」
紫は、立てない身体に諦めたのか。地面に転がるように仰向けになりながら、魔理沙の方を見る。
「運命を変える能力………フフ、確かにそれなら私の術も破れるわね」
レミリアはこうなる事を全て予測していたのだろうか。
少なくとも、魔理沙が撃てないと紫に思わせなければ、逆に地に落ちていたのは魔理沙とレミリアだっただろう。
紫は自傷気味に笑う。
「トドメを刺しなさい………その為に降りてきたんでしょう…?」
紫は動かない身体に溜息を吐き、敗者として受け入れようとした。
「何でトドメをさす必要がある?」
だが、勝者となった魔理沙は、首を傾げるようにして紫に見せた。
「…え?」
紫はその言葉に驚く。
「弾幕勝負がまともに出来るようになったんだ。もう勝負もついてるし。これ以上は意味がないだろ?」
「トドメを…ささないって言うの?」
「あぁ。少なくとも、霊夢ならそうしないしな」
ニカリと紫に笑う魔理沙に、紫は、今まで思ってきた何かが、抜け落ちていったのを感じる。
まるで、あの絶対的な強さを持った、博麗の巫女を見ているようで――――
「……また、貴方にいじわるするかもしれないわよ?」
紫は、魔理沙に何を嫉妬していたのかと思いつつも、軽口を地面に倒れながら叩く。
「その時は、また力づくでどうにかするさ」
「…そう」
紫は笑う。ああ、本当に私は、何を嫉妬していたのか。
魔理沙が、霊夢の隣に立つのは、当たり前だ。
彼女も霊夢のように気高く、強い「人間」だったのだ。
「…少し、疲れたわね」
必死に保っていた意識を、紫は闇の中に落としていく。
覚めればきっと頭がスッキリしている事だろう。
目を閉じながら、紫は、夢の世界へと意識を投げた。
魔理沙は目を瞑って意識を無くした紫を見届け、箒に跨って空へと昇る。
そして、背中に背負ったレミリアに注意しながら闇夜の中、マヨヒガを後にした。
※
数日後。
「あら」
いつものように、境内の掃除をする霊夢は、空から箒に跨って降りてくる魔理沙を見る。
「よ、お茶を飲みに来てやったぜ」
「最近来ないと思ったら、邪魔をしに来たのね。魔理沙は」
霊夢は溜息を吐きつつも、縁側に箒を置くと、神社の奥へと引っ込み、お茶の準備をしはじめる。
「出来たら菓子もつけてくれよ」
「ハイハイ」
箒を置いて魔理沙は縁側に座る。
今日は気候も暖かく、青空が広がっていた。
もう少しすれば春が到来する事だろう。
そうしたらまた季節の変わり目にこの神社でまた宴会をするのだろうか。
「おまたせ」
空を見ながら物思いに浸っていた魔理沙に、霊夢はお茶が入った湯飲みを渡す。
「サンキュー」
手渡された湯飲みを持ち、息を吹きかけながらお茶を啜る魔理沙。
「…ん。やっぱ霊夢の入れたお茶は美味いな」
久しぶりに飲む霊夢のお茶は、変わらずおいしかった。
「煎餅もあるから一緒に食べましょ」
魔理沙の横に座り、一緒にお茶を飲み始める霊夢。
「お、ありがたく頂くぜ」
お盆に乗った煎餅を手に取り、パリッとかじりながらお茶で流していく。
博麗神社は、今日も平和にのどかだった。
※
「つまり、あの狂った月のせいであんな馬鹿な事をしたっていうの? この私が」
マヨヒガのある部屋の中、数日前に訪れたレミリアとテーブルを挟んで紫は昼間からお酒を飲みながら語り合っていた。
数日前に負った怪我は既に完治したのか、両者とも勢いよく酒を飲んでいく。
「えぇ。じゃなかったら魔理沙にあんな事をしようと普通思わないだろ」
「確かに……でもそう考えたら悔しいわ。また月の民のせいであんな事をしてしまったなんて」
紫は赤い顔をしながらヨヨヨと泣くような仕草を取る。テーブルの横には、既に空き瓶が何本も転がっていた。
「私と魔理沙に感謝しなさいよ……霊夢が出てきていたら貴方嫌われる所じゃ済まなかったわよ」
レミリアはそんな紫に溜息を吐きつつ、もし霊夢が紫の動向を知ってしまったらと思うと肝が冷えた。
全てを平等に許す博麗とは言え、私情が挟まないとは言い切れない。
魔理沙を殺そうと思うならその後の脅威からどうにかして逃げねばならないだろう。
「……けど貴方、よく魔理沙が土壇場で撃てるようになると思ったわね」
紫の疑問にレミリアは笑う。
「貴方の術が完璧だと思ったように、私の能力も完璧だと自信を持っていたからよ」
レミリアは、必ず最後、魔理沙がどうにかすると自信を持てた。
それが、自身の能力に繋がっていた為に。
「……まぁ、越してきた借りも返せて満足よ私は」
「…貴方に負けたわけじゃないけれどね」
ボソリと呟く紫だったが、レミリアの耳にはしっかり聞こえていた。
「へぇ……それなら、魔理沙抜きで再戦しようかしら? 隙間妖怪」
「あら、そうしたら貴方負けちゃうじゃない。命は大事にするものよ、吸血鬼」
剣呑とした雰囲気になる両者。
マヨヒガで巻き起ころうとする激突に。
「「…はぁ」」
別室でお酒を運んでいた一人のメイドと、一匹の九尾の式が溜息を吐いていたとさ。
地獄があるとしたら、こんな所だろうか。
周りをどう見渡しても、真っ赤な血の池に、彼女は呆然と見下ろす事しか出来ない。
池に浸かるように馴染み深い顔の面々が、眠るように沈んでいる。
彼女はそれをただ見下ろすだけだ。
眠れる人間、妖怪、妖精、全てに対して彼女はどうする事も出来ない。
何故なら、彼女たちをそんな目にしたのは自分であり、そして、彼女はこれが現実の物ではないと既に知っている。
けれどそれでも腰まで浸かる血ダマリは温かく、鼻につく、鉄が錆びたような血の匂いはとてもリアルだった。
夢なら早く醒めてくれ―――――
トレードマークの黒い帽子は何処に行ったのか。黒白のドレスにまで返り血がこびりつき。
私はこんな事、望んじゃいない――――!
自身の手に握られた、八卦炉が、鈍く光っていた。
「……」
眼を開けたのはそれから数時間後だろうか。
一瞬のような気もしたし、気の遠くなるような時間をあの夢の中で彷徨っていたみたいだ。
嫌な汗が体中に纏わりついていて気持ちが悪い。
身体を起こし、ベッドから外に出る。
閉められていた窓まで歩き、施錠していた鍵を開けて窓を開ける。
外は、暖かい陽気な空気に包まれている。もう少しすれば森にある桜達も開いて、春になる事だろう。
少しばかり風が強い。吹き抜けていく風を身体に受けて、魔理沙は少しばかり、気が楽になった気がした。
今さっきまで見ていた夢はリアルすぎた。
鮮烈なまでに赤い景色は、現実をも侵食するかのようで。
その考えに魔理沙は首を振る。
「何を馬鹿な…」
自分が傷つく事はあるかもしれない。現に今までの色々な事件で、魔理沙は無傷とは言えないような弾幕勝負を往く度もしてきた。
けれどあんな事は起こりえないし、起こってはならない。
「くそ、らしくないぜ」
たかが夢ごときにこんな風に思ってしまうのはどうかしている。
魔理沙は気持ちを落ち着ける為か、それとも気を紛らわす為か、早々に寝巻きからいつもの黒白のドレスを着込み、帽子を被る。
机に置かれていた八卦炉を取ろうとした所で、一度躊躇したが、これがなければ弾幕勝負がまともに出来ない。
そう思い、八卦炉を掴んで―――――無意識に、手から落としていた。
「……え?」
魔理沙は床に落ちた八卦炉を呆然と見つめ、それを拾い直そうとするが。
「………なん、で」
掴んだ途端に、身体が拒否するかのように、八卦炉を再び床に落としていた。
※
結局、魔理沙はあの後八卦炉を持つことはなかった。
そのまま魔理沙邸の床に放置し、早々に朝食を済ませて、今は箒で幻想郷の空を飛んでいる。
行き先は色々と考えたが、あの夢を綺麗さっぱり忘れられるような事を知りたいなら、やはり紅魔館に行くべきだろう。
怖い夢を見て八卦炉を握れないと相談しに行くのは嫌だが、こんな事を他の誰か、例えば霊夢とかに喋れるわけがなかった。
風を切り裂くかのように箒を飛ばし、霧の湖を越えた先に、紅魔館が見えてくる。
いつもなら、ここで門番を吹き飛ばす為にマスタースパークを構えている所なのだが。
門番の美鈴も既に私が見えていたのか、迎撃するような構えを取っている。
「……ハァ」
魔理沙は霧の湖を越え、紅魔館の門前で降下し、箒から降りる。
いつもなら既に始まっているはずの弾幕の距離を越えてなお、何もしてこない魔理沙に不審な目を向けたまま、美鈴は構えたまま魔理沙に対峙する。
「……今日は何もしないから、出来ればそのまま入らせてくれないか?」
「………確かに、いつもの貴方らしくないけれど……何か変な物でも食べたの?」
「そこまで言われると、まるで私がいつもここを強行突破してるみたいだぜ?」
「してるじゃない」
強行突破する気がないのがわかったのか、美鈴は構えを解く。
「……何でそんなしおらしいかわからないけれど、少し待っててちょうだい。聞いてくるから」
「ああ、わかったぜ」
美鈴が踵を返し、紅魔館に入るのを見届けてから、魔理沙は素直に門の前で待つ。
「……しおらしい、か」
あんな夢さえ見なければ、いつもと変わりなく入ったと思うと、日常が変えられたみたいで少し嫌になった。
程なくして、美鈴が戻ってくる。
「入っていいそうよ」
「…あぁ、ありがとう。それじゃあ入らせてもらうぜ」
いつも箒に跨り、飛びながら入っていった紅魔館に、歩きながら入っていく。
魔理沙は長い廊下をいつものように曲がっていき、地下の図書館へと向かう。
数分、歩いただろうか。
いつもなら飛んで直ぐに来れるのを、歩いてくるのは不思議な気分だった。
地下の図書館に着くまで、そう大した時間はかからなかった。
そびえる本棚の列の中、いつもと変わらず、置かれている机と椅子の前に座っている少女が一人。
机の前に山のように本を積みながら、本を読んでいる七曜の魔法使い、パチュリー・ノーレッジに、魔理沙は、横に回り、椅子に座るパチュリーの前に立つ。
「……何の用?」
パチュリーは本から眼を離さずに、自分の前に立つ魔理沙に聞いた。
「少し、相談事があって来たんだが」
「………相談?」
本から眼を離して、ようやく、パチュリーは魔理沙の方に顔を向ける。
「いつも私の所から本を盗っていく人が何の相談を?」
「盗んでいるわけじゃない、借りてるだけだぜ」
しれっと、悪びれもせずにそう言う魔理沙に、パチュリーは無言のまま顔を向ける。
「………」
「………」
しばらく沈黙が流れていたが、魔理沙は、一度ため息を吐いてから、沈黙を破った。
「いや、ちゃんと今度来たときに返すから、本当にちょっと、相談に乗ってくれないか?」
「…まず先に、謝って欲しいのだけれど?」
「……本を無断で借りてしまいごめんなさい」
そう言い、素直に謝る魔理沙。あくまで盗んだ事を認めないのが彼女らしい謝り方だった。
「………明日は氷柱でも降るのかしら」
謝る魔理沙を見てパチュリーもため息混じりにそう言ったが、口元は笑っていた。
「なんだよ。そこまで言わなくてもいいじゃないか」
「…ごめんなさい、あまりにも魔理沙らしくないから」
少しいじけたような表情をする魔理沙に、パチュリーは本を机に置いて、近くに置いてある椅子を魔理沙の方に手渡す。
「私でいいのなら、相談に乗るわ」
「…あ、ああ。頼むぜ」
手渡された椅子に腰掛けて、パチュリーと並んで座る魔理沙。
パチュリーは魔理沙の正面に座り直して、話を聞く体勢をとる。
「それで、どんな相談かしら?」
「…その、笑うなよ?」
相談してもらう気で来たが、いざ言おうとすると、どこか恥ずかしい相談だった。
まさか、自分が怖い夢を見たからその夢を忘れる方法はないか? なんて話す時が来るとは。
「今朝、ちょっと、怖い夢を見たんだ」
「……それで?」
出だしの言葉からパチュリーは眉をひそめた。
パチュリーの表情の変化を見て、魔理沙は気恥ずかしくなったが、話を続ける。
「…それで、眼を覚ましたんだが…八卦炉を持てなくなったんだ」
「………」
「それで、その、持てなくなったのはその夢のせいなんじゃないかと思って、パチュリーなら夢の記憶を消すぐらいの方法知っているんじゃないかと思って…」
「…………」
パチュリーはその話を聞いて考える素振りをする。
「…どんな夢だったの?」
「え?」
「夢の内容、どんな夢を見たの?」
魔理沙は、夢の内容を思い出し、フラッシュバックのように映る赤い池を思い出し、首を横に振る。
「………言わないと、駄目か?」
口にする事もおぞましいのか。魔理沙は懇願するように、パチュリーに聞いた。
「……言いたくないなら、いいわ。言わなくて」
パチュリーは今の魔理沙が、いつもの魔理沙らしくない事ばかりで内心驚いていた。
一体どんな夢をみればいつも活発で陽気な彼女をこんなにしおらしくしているのか。
出来る事なら力になって上げたいのがパチュリーの本心であったが。
「…悪いけれど魔理沙。夢だけを消すのは無理よ」
「……そうか」
がっくりとうなだれる魔理沙。パチュリーはそんな彼女を見ながらも話を続ける。
「夢とはその人の願望よ。例え今見た夢を無理矢理忘れたとしても、同じ内容の夢をまた見ないとは言えないわ」
「…願望、だって?」
その言葉に、魔理沙は青ざめた顔をしながら首を横に振る。
「馬鹿な、私はあんなもの、望んじゃいない!」
「……その人の願望じゃないのなら、誰かに夢の中をいじられたとしか思えないわ」
どんな夢を見たのかパチュリーは知らなかったが、八卦炉を持てないという言葉を聞いた時に、どんな夢を見たのか想像は付いた。
その想像が外れていない事をパチュリーは今の魔理沙の困惑から確信する。
そう、きっと魔理沙は、誰かを殺してしまう夢をみたのだろう。
(私もその中に入っているのかしら……)
パチュリーは目の前にいる魔理沙に対して少なからず好意があった。
紅い霧の事件からの付き合いだが、パチュリーは魔理沙に対して同じ魔法使いという分別以上の愛着が少なからずあった。
だから、来るたびに本を盗んでいくのに対しても怒りはするが、二度と来るなという考えは何故か沸いては来なかった。
魔理沙もパチュリーの事を唯の知り合いとは思っていない事だろう。現に相談をしに来たのは話せて理解が出来る相手として、パチュリーが魔理沙の頭の中で浮かんだからだ。
「……方法はないのか? 何か」
その相談役のパチュリーに無理と言われ、魔理沙は沈んだ表情を隠さずパチュリーに出していた。
「…あるにはあるわ。その夢が怖いと思わなければいい。もしくは、今の魔理沙がその夢を見ても理解できなければいいのよ」
「……? どういう事だ?」
パチュリーは少し、表情を固くしたまま話を続ける。
「つまり……その夢で起こるような事をしなくするか……夢だけじゃなくて、何もかも、記憶がなくなれば理解も出来ないと思うわ」
「………冗談、だろ?」
「後者はしない事をお勧めするけれど」
「当たり前だ…」
パチュリーの言っている事は無理がありすぎる。
これからは弾幕勝負をするな、もしくは今までの事を全部忘れてしまえ。
そう言われても、魔理沙は無理だろと心の中で首を振る。
「………あら?」
静寂にまたも包まれてしまった図書館の中で、入り口の方に眼を向けたパチュリーが何かを見て声を発した。
「マーーリーーサ!」
いきなり、そんな声が聞こえたかと思うと、タタタっと走ってくる音と共に、横から何かに抱きすくめられる。
「おわっ、フ、フランか?」
魔理沙は顔をそちらに向けると、いつものようにニコニコと笑う、この館の主の妹吸血鬼、フランドールが魔理沙の胸に顔をうずめながら抱きしめているのが見えた。
そんなフランの頭を手で撫でながら魔理沙はさっきまでの表情を崩して、優しい表情をする。
「どうしたんだフラン、今日は地下の部屋にいなくていいのか?」
「うん!何でかわからないけど、レミリアお姉さまが、魔理沙が来ているから遊んできなさいって」
「……あー」
そういえば美鈴に入れていいか聞いてくると言われたなと、今更になって紅魔館の主であるレミリアに、自分がここに来ていることを知られている事に気づく魔理沙。
「フラン、悪いんだが……」
「ね! 弾幕ごっこしようよ魔理沙! 今日こそ勝ってみせるんだから!」
キャッキャと笑うフランドールに魔理沙は困った顔をする。
八卦炉を今日は持ってきていない。それに、弾幕ごっこそのものが出来るかどうかも怪しいのだ。
「嫌なの魔理沙?」
その困った顔を見て、フランは寂しそうな顔をする。
「う………」
いつもなら二つ返事で弾幕勝負を受ける魔理沙としては、フランのその言葉に否定出来ない。
「嫌じゃないんだが……」
「……さっきの話に関係する事なのかしら?」
「……ああ。さっきの話と弾幕ごっこが関係するんだよ」
苦々しくそう言う魔理沙に、パチュリーはまた考える素振りをしたかと思うと。
「…試しては、いないのでしょ……?」
そんな事を言った。
「た、試すって……゛フラン゛相手にか?」
抱きついてくるフランを一度見て、魔理沙は全力で首を振った。弾幕が出来るかどうか試せる相手ではない。もし、何も撃てないような身体の状態だったら死ぬかもしれない。
「なあに? 試すって?」
「…魔理沙が相手をしてくれるそうよ」
「え! ほんとに!?」
「ちょ、おい、まだ私はするとは」
だが、いつになくパチュリーは積極的に押すような発言をする。
「…いざとなったら私が助けてあげるわ。それならいいでしょ?」
パチュリーが自分から動くような言葉を聞くのも魔理沙は初めてだった。
「………本当にやばかったら助けてくれよ?」
「…大丈夫、骨は拾ってあげるわ」
冗談になってないぜとぼやきながら、パチュリーが傍にいてくれるのを条件に、魔理沙はフランと弾幕勝負するのを決めた。
※
地下の図書館から別室へ移動し、今魔理沙とフランドールは部屋の中で、飛び交っている。
……いや、飛び交っていると言うべきなのだろうか。
フランドールは笑いながら弾幕を展開していく。虹の翼がはためく度に光弾は魔理沙目掛けて何十にもなって飛んでいき、手に持つ紅い剣は薙ぎ払おうと何度も何度も振るわれた。
対して魔理沙は、箒に跨り、その弾幕を紙一重でグレイズしていくだけ。
「…くそ、なんでだ!」
フランドールに向けて星の弾丸を飛ばそうと魔力を集中する度に、脳裏にあの夢のイメージがわきあがり、頭痛と吐き気がしてくる。
まるで身体が拒否反応を起こしているようで、パチュリーの目から見ても魔理沙が弾幕を展開出来ないのは見てわかった。
だが、当初ヤバかったら助けてくれと言った魔理沙本人は、弾幕勝負になってからパチュリーに一言も助けを呼んでいない。
ギリギリでフランドールの弾幕を掻い潜り、ひたすら回避行動を取り続ける。
「アハハ! 凄いよ魔理沙! 今のも避けるなんて!」
フランドールは何も撃ってこない魔理沙に対してただひたすらに弾が当たるまで全力を尽くす行為に浸っていた。
パチュリーはそんな魔理沙とフランドールの弾幕勝負を部屋の入り口で見ながら、魔理沙が助けてくれと言うのを待つ気でいた。
そう、待つ気でいたのだ。
「……どうして助けを呼ばないの」
弾が撃てなかったら自分を呼べと言ったのに。
魔理沙は必死にフランドールの弾を避けているが、それでも助けを呼ぶぐらいの余裕はあるように見えた。
だが、呼ばない。
まるで助けなんていらないと言っているのかのように。
「………」
パチュリーは無言で、魔理沙を見続ける。
魔理沙は弾を避けながら、苦悶の表情をしつつ、フランに手を向けていた。
撃てなくなっている自分が許せないのか。それとも撃てない事そのものが苦しいのか。
どちらにしても、いつも余裕で、何処か楽しげに弾幕勝負をしているいつもの魔理沙とはかけ離れていた。
「…………ごめんなさい魔理沙」
そんな辛い表情を、自分の一言でさせてしまっている事が耐えられなくて。
パチュリーは自ら、動いていた。
「…え?」
横から飛んできた火球を咄嗟にかわして、フランはパチュリーの方に向き直る。
「なあに? パチュリーも遊んでくれるの?」
「おい、パチュリー!?」
「……魔理沙、下がってなさい」
無表情のまま、パチュリーは助けを呼ばなかった魔理沙に静かにそう言った。
「まだ私は…!」
やれると言う前に、言葉が沈んでいく。
「……撃てないのなら、当たるのも時間の問題よ。いいから私に任せて下がりなさい」
「…………くっ」
箒を下に向けてパチュリーが下にいた辺りの所に、何も言わずに降下していく。
帽子で顔は見えなかったが、泣いているかもしれない。
パチュリーは自分の言葉に罪悪感を持ちつつも、対峙するフランドールに向けてスペルカードを構える。
「……妹様、ここからは私が相手を」
「うん! 久しぶりだねパチュリーとやるのは!」
仕切りなおしと言わんばかりに、紅い剣が輝いていく。
「禁忌レーヴァテイン!」
宣言と共に振るわれるそれをパチュリーは最小限の動作でかわす。
「火符アグニシャイン上級」
対してパチュリーは、フランに先程撃ち込んだ火球を、複数にして、ばら撒くように展開する。
「月符サイレントセレナ」
そして、間を置かずにもう一つスペルカード宣言をし、フランドールに向けて光弾を散弾させ、飛ばしていく。
パチュリーは早々に決着を着ける気でフランドールを潰しにかかる。
「このぐらい!」
だが、迫り来る光弾も、展開された火球さえ、レーヴァテインを二、三度振るっただけで消し飛ばされる。
「ハアアアアアアアアア!!」
咆哮と共に振るわれるレーヴァテインをパチュリーは表情を崩さず、冷静にギリギリでかわしていた。
「…木符シルフィホルン」
更に後ろに飛んで、スペルカードを行使する。
「土&金符エメラルドメガリス…!」
立て続けの宣言により展開されていくパチュリーのスペルカードは、かわすというレベルを超えていた。
フランドールの逃げ場を確実に無くすようにスペルカードを行使し、鮮やかに輝く緑色の弾丸は、部屋の半分を覆い尽くしていた。
部屋の入り口で見ていた魔理沙にさえ、それは、戦慄が走るほどの弾幕の壁。
「…アハハ」
だが、それを見たフランドールに恐れを成す表情は浮かばない。
「アハハハハハハハ!」
フランドールに浮かんだ感情は唯一つ、歓喜のみ。
「禁弾! スターボウブレイク!」
フランドールの虹の翼から放たれる虹の弾丸は、フランドールの笑い声と共に何十にも帯を成して展開される。
だが、それだけではパチュリーの弾幕の数には到底追いつかない。
パチュリーはフランドールのこれ以上のスペルカード行使をさせる気等全くなかった。
蠢いていた弾幕の壁は、一斉にフランドールに向けて放たれる。
「いっけぇええええええええ!」
轟音と共に部屋の中央でフランドールとパチュリーの弾丸はぶつかり合った。
拮抗するかのように見えた虹と緑の弾幕は、数秒もせずに均衡が壊れていく。
パチュリーは、緑色の弾丸に包まれるフランドールの姿を見続け。
その手に紅い剣を構えるのを見て、大きく横に避けた。
「クッ…!」
馬鹿げている。そう言う他ない。
フランドールは緑色の弾幕をその身に喰らいながら、レーヴァテインをパチュリーに向けて放っていた。
横に大きく避けたパチュリーは、既に次のスペルカードを宣言するべく、構える。
シルフィホルンとエメラルドメガリスをまともにくらう所まではちゃんと見えた。
だが、それでフランドールが堕ちるとは、パチュリーは思っていない。
あんな無茶な方法で攻撃を仕掛けてきたのだ。無傷ではないとはいえ、次の手が来ると思うべきだ。
紅魔館を震動させるほどの弾幕の爆発が終わり、部屋の壁が粉々になったせいか、フランドールの方は白煙が舞い上がり、パチュリーの方からは何も見えない。
「禁弾!」
だが、フランドールには見えているのか。
「カタティオプトリック!」
白煙から突き抜けるように放たれる左右と真ん中からの大きな弾丸。
パチュリーはギリギリでそれをかわしながらも、弾丸の後に残る小型の弾丸を上に大きく飛ぶように避けた。
次のスペルカードの死角を無くすために。
次で決めなければまずい事になる。
立て続けのスペルカード行使のせいか、持病である喘息が徐々に酷くなるのを感じていた。
早めに大技で決着を着けたかったのもその為だったが。
パチュリーは煙の中から出てきたフランドールを見て、先ほどの符によるダメージがあるかどうかだけ見た。
フランドールの身体は無傷ではなかった。右半身を犠牲に突撃したのか、左半身以外からは煙を上げるように吸血鬼ならではの再生を始めていた。
「火、水、木、金、土、符」
パチュリーにとって最高のスペルカードを、部屋の頭上ギリギリで行使する。
「賢者の石」
宣言と共にパチュリーの周りに五つの結界が展開される。
五大元素により編まれたソレは、一つ一つがまるで生きているかのようにパチュリーの周りを飛び交い。
「…放て」
フランドールに向かって何百もの弾丸が放たれる。
「…! 禁忌! フォーオブアカインド!」
フランドールは展開される弾幕の雨に、咄嗟に自分を分身させる。
フランドールが四体に分裂するようにして、賢者の石の雨の中を飛ぶようにして突っ込んでいった。
「「「「禁忌! カゴメカゴメ! 」」」」
四重にして発言されるそれは、賢者の石に対抗するようにパチュリーの周囲を弾幕で囲っていく。
賢者の石による結界の弾幕の周囲で弾丸と弾丸同士がぶつかり合う。
それはまるで攻城戦。賢者の石という城をいかにして崩すか、いかにして突破するか。
だが、パチュリーはこの展開になった時点で゛最後゛のカードを切った。
「…日符!」
フランドールに対しての切り札を、賢者の石を展開させたまま。
「ロイヤルフレア!!」
爆発させた。
※
わかっていたわけではない。
唯、胸騒ぎがした。
唯、予感がした。
唯、あの夢のイメージが現実になろうとしていると。
魔理沙は、パチュリーの賢者の石の展開を見た時から嫌なイメージを脳裏によぎらせてしまった。
フランドールはパチュリーに向かって突撃していく。
唯、自分の感情の赴くままに。
「…日符!」
そう、だから、賢者の石を捨てて宣言するのを見た時点で、身体は動いていた。
………間に合うか?
間に合った時点でどうしようというのか。自分は今普通の弾幕すら張れないというのに。
箒に跨り、猛スピードで賢者の石の弾幕と、カゴメカゴメの弾幕の中をかわしながら急上昇する。
だが、予感がした。
このままでは、パチュリーが大怪我を負う。
それが死に繋がるかわからない。
けれど、自分の代わりに勝負を交代した者に。
「ロイヤルフレア!」
あの夢のような事になるのは我慢がならない。
パチュリーのロイヤルフレアは魔理沙をも巻き込んで発動する。
身体が焼かれる。太陽のように輝きを増すロイヤルフレアから避けられる手段等ない。
だが、それでもパチュリーの前に出れた時点で、自分の予感が当たっていたと確信して。
左肩に衝撃を受けた。
※
「マリ………サ……?」
フランドールは理解出来なかった。
さっきまでパチュリーを相手にしていたはずだ。
賢者の石の弾幕を掻い潜り、間近でロイヤルフレアをくらいながらも、レーヴァテインをパチュリーに貫くようにして放っていた。
だが、今目の前にあるのは、魔理沙の左肩を刺し貫いている紅い剣があるだけだ。
「あ……あ?」
結界もまともに張れなかったのか。完全に肩を刺し貫いてるレーヴァテインから、じわじわと魔理沙の白黒のドレスが血に濡れていく。
「なんで…?」
「さぁ…なん、で……かな」
フランドールの呟きに、目の前にいる魔理沙が苦しそうに返していた。
「魔理沙!!」
魔理沙の後ろにいるパチュリーが、我に返ったように、魔理沙の両肩を掴む。
「何を……貴方、何を……!」
「あ……」
肩を掴むと同時にレーヴァテインが消えていく。
消えた先から、加速するように血が溢れ、ドレスはより酷く赤黒く染まっていく。
「ごめ、ん…こうする…ぐらいしか……思いつかなかった…ぜ」
「喋らないで! 今傷を治すから!」
「あぁ…うん、頼む……」
ガクリと、動く人形が事切れるように、魔理沙はパチュリーに身体を預けた。
トレードマークの黒い帽子が、頭から外れる。
「……魔理沙…? 魔理沙…! しっかりして!」
帽子はフワリフワリと徐々に地面に落ちていった。
ゆっくりとそれを追うようにパチュリーとフランドール、意識がなくなった魔理沙も地面へと降り立ち、パチュリーは魔理沙を床に寝かす。
「フランドール、咲夜と小悪魔を呼んできて」
動揺の為か、パチュリーは妹様と呼ばなかった。
「……あ、え?」
魔理沙を刺した事に放心しているフランドールは、パチュリーの言葉に自分が呼ばれている事がわからなかった。
「十六夜咲夜と小悪魔を呼んできなさい! 早く!」
だが、魔理沙の傷口を必死に治療しはじめているパチュリーは怒声と共にフランドールに命令する。
「…う、うん! わかった!」
フランドールは我に返るようにして、虹の翼をはためかせて部屋を飛ぶように出て行く。
「……魔理沙……魔理沙…………ゴホ…ゴホ…!」
傷口に手を当てるようにして治療を施すパチュリーはフランドールがいなくなってタガが外れたのか。目じりから涙を溢れさせながら治療をする。
「どうして……どうしてそんな状態で……私を守ろうとしたの……」
勝負を焦っていたかもしれない。自分の喘息が酷くなるにつれて、限界が来る前に勝負を決めたかったのはあった。
けれど、フランドールのレーヴァテインを魔理沙がくらう必要なんて何処にもなかった。
結界を張っていればこんな深手にもならなかったはずだ。
「ゴホ…ゴホ…!」
左肩に治療を施しているが、パチュリーは喘息の悪化に頭がグラグラしてきていた。
「……ごめんなさい……ごめん…なさい…私が、あんな事を言わなければ……」
力になってあげたかった。
魔理沙からの相談に、少しでも力になってあげたかった。
血の気が失せ、青ざめたまま眠っている魔理沙の顔を見ながら、パチュリーは何度も何度も小悪魔や、咲夜が来るまで謝り続けた。
※
意識があるのかどうかわからない。
けれど目に映る景色を認識できると言うことは、死んではいなさそうだ。
それが例え、あの血の池の中でも。
魔理沙は周りを見渡しながら、呆然と見下ろす事しか出来なかったあの赤い池の中を歩いている。
今回は身体も動くようになったのか。
二度目の夢の中での体験は、一度目とは所々違っているようだ。
動かなかったはずの身体が動き、周りを見渡しても面識のある人々の沈んだ死体が何処にもない。
ただ血の池がひたすら広がっているだけであり、それ故に、魔理沙は何かないものかと赤い池の中を歩き回る。
腰の辺りまでしか水深がない血の池は、水音を立てながら魔理沙が動き回る度に波紋を広げていく。
――――なんにもないな。
独り言のように呟いてみるが、返ってくる言葉もない。
空を見上げても血の池と同じように赤一色の空が広がっているだけ。
今が昼なのか夜なのかもわからない。そもそも、ここに昼とか夜の境界があるのだろうか。
――――せめて、夢の中なら私の思った通りに何かが起こればいいんだが。例えばそうだな、目の前に誰か現れるとか。
何も返ってこない紅い世界で喋る魔理沙はそう言いながら、何か起こるのを待った。
歩くのを止めて、血の池が続く世界で。
――――――――こない、か?
誰かが仕組んでいるのなら都合よく現れると思った。
そうでなければおかしい。魔理沙はこんな世界を望んではいないのだから。
だから、それは唐突だった。
――――あ?
ずっと目の前を見ていたはずだった。
瞬きはしたかもしれない。けれど、瞬きをしたとしても一秒もないはずだ。
それなのに、それなのに。
目の前の血の池には、見知った顔が何人も何人も立っていた。
七曜の魔法使い、氷の妖精、虹の吸血鬼、七色の人形遣い、天狗の記者、亡霊のお姫様、酒を飲む鬼――――
面識がある面々ばかりが魔理沙の前に立っている。
その者達は、静かに血の池に浸っている。
まるで眠っているかのように。
だが、魔理沙はある人物がそこにいることが理解できなかった。
――――冗談、だろ?
見知った者達が眠るその赤い池の中央にいる人物。
―――――お前が、そこに、いるなんて、絶対にないはずだぜ?
前の見下ろす事しか出来なかった時にはいなかった。
いつも神社で、お茶を啜っている……私の親友。
―――――霊、夢
呟く声と共に、視界は暗転した。
「れい……! いたぁ!? 」
ガバっと寝ていたベットから身を起こす魔理沙だったが、現れた視界に霊夢はいなく、代わりに身体中から激痛が返ってきた。
「…つつ……痛い……」
ビキビキと痛む全身と、ズキズキと痛む左肩に手を置く。
「ここは……」
周りを見渡せば、洋館だろうか。木造ではない時点で魔理沙は自分の家ではない事だけはわかった。
「ええと、私は、どうなったんだ?」
記憶がさっきの紅い夢のおかげで混乱している。
魔理沙は左肩に巻かれている包帯に、自分が着ないようなフリルの寝巻きを着ているのを見て、フランドールに肩を刺された事を思い出す。
「てことは、紅魔館かここ……」
館の客室の何処かだろうか。初めて見た部屋をキョロキョロと眺めながら、ベッドから外に出ようと身体を動かそうとした。
「……いっ、っっつ!?」
だが、立とうとしただけで身体に再び激痛が走る。
ベットから出て、床に敷かれている絨毯の上で身体がうずくまる。
「いたたた……くそ、どうなってるんだよ私の身体……」
「神経が焼かれているって言えばわかるかしら?」
声の方に身体をうずくませながら顔を向ける魔理沙が見たのは。
「全く、意識不明と思ったら何処に行こうとしているのよ貴方は」
紅魔館のメイド長、十六夜咲夜の溜息を吐いた顔であった。
※
「…三日も、寝ていたっていうのか私は」
咲夜によってベットに再び戻された魔理沙は、咲夜にあの後どうなったかを聞いていた。
「えぇ、あの後貴方が意識をなくしてから、パチュリー様は必死に貴方の肩の傷を塞いで昏倒。妹様は自分のせいだってわんわん大泣きして……それはもう、本当に、大変だったわ」
溜息を吐きつつも咲夜はベットの横にあった椅子に座りながら、置かれていた林檎に自前のナイフを構えたかと思うと、一瞬の内にウサギの形を模した林檎を何個も作り、いつの間に用意したのか、手に持つ皿に盛っていく。
時間を止めているのだろう。魔理沙はその光景を見ても大して驚かずにベットから身体を起こした体勢で、咲夜の手からウサギ林檎を頂いた。
「パチュリーには大した怪我はなかったんだな?」
林檎を咀嚼しながら魔理沙は咲夜にまずそれを聞いた。自分がこれだけ大怪我を負ったのだ。パチュリーも大怪我を負いましたなんて話だったらと思うと気が気でならない。
「貴方のおかげで怪我はないわ。昏倒してからも起きたと思ったら貴方の事を必死に治そうと色々としていたわね」
「そうか、それならよかったぜ」
ほっと一息吐く魔理沙に、咲夜はじと目で睨んできた。
「よくないわよ。お嬢様からも何故か魔理沙の看病をしてやりなさいなんて言われるし……おかげで館の仕事の合間に貴方の看病もしなければいけなかったのだから」
「? パチュリーが私の看病をしていたんじゃなかったのか?」
「してたわよ。だけど妹様の相手と貴方の傷を治すのに相当魔力を使ったせいか、持病の喘息が悪化して貴方が意識を無くしてから一日目でまた
昏倒。永遠亭に薬を貰いに行ったりパチュリー様の引継ぎで私が貴方の看病を見たり………ハァ」
愚痴るように言っていた咲夜が再び溜息が漏れる。余程ハードな仕事内容だったのだろう。
よく見れば目に少しクマが出来ている。
皿に盛ったウサギ林檎を、咲夜も手にとって口の中に咀嚼する。
「…それにしても貴方、何かよくない夢でも見ていたの?」
「…え?」
咲夜の言葉に魔理沙は顔が強張る。
「ずっとうなされていたわよ。最初は怪我のせいかと思ったけれど」
「………」
「…まぁ、いいわ。怪我自体は五日程で完治するそうよ。あの医者の話では」
「…そうか。ありがとな」
三日寝ていたと言うことはあと二日経てば完治する。
魔理沙は目の前にいる咲夜に頭を下げるように感謝の言葉を言うと、咲夜は薄く笑う。
「私は、命令されたから貴方の看病をしただけよ。感謝をするならお嬢様やパチュリー様に感謝しなさい」
「…ああ」
咲夜は魔理沙の返事を聞いてから、残ったウサギの林檎を魔理沙に手渡し立ち上がる。
「じゃあお嬢様の食事の時間だから行くわね。何か用事があるなら横においてあるベルを鳴らしなさい。まだ動ける身体じゃないでしょうし」
「わかったぜ」
それだけ言うと、咲夜は部屋から出て行く。
ドアがバタンっと閉まるのを見てから、魔理沙は起こしていた身体を再びベットに倒していた。
今は夕方ぐらいなのだろうか。紅魔館の作りは日を閉ざすように薄暗い。
この客室にも窓はあるが、黒いカーテンがかかっていて日の光というものが差し込んではこないようだ。
「………」
自分一人しかいない空間。静寂に包まれているその空間の中で、魔理沙はあの夢を頭の中で思い出す。
パチュリーは、夢はその人の願望と言った。
血の池に広がる見知った人や妖怪の群れ。
その中央に、霊夢がいた。
「……私は、霊夢を殺したいのか……?」
それだけは、絶対にない。
霊夢だけは絶対にそう言い切れる。私は決して、アイツだけは殺したい等と思った事はない。
いや、そもそも私は誰かを殺したいなんて一度たりとも思った事はない。
弾幕勝負とはそいつとのコミュニュケーションだ。そりゃ妖怪側が勝てば何をされるかわからない。現にミスティアとかルーミアは人間を食べよう等と思っていた。
でも今はそんな事ないじゃないか。決して殺し合いの勝負にまで発展等してこなかったはずだ。
「そうだ、あれは決して、私の願望なんかじゃない……」
咲夜に手渡されたウサギの林檎を見ながら魔理沙は異変中に勝負をした霊夢との弾幕勝負を思い出す。
朝が来ない、月が禍々しいまでの輝きを見せていた夜の竹林での弾幕勝負。
あれが多分、初めての全力を賭けた勝負だったと思う。
霊夢は強かった、本当に、底が知れない程にあいつは強かった。
「………あれ?」
違和感が、あった。
血の池の中、見知った面々。
数え切れない程の者が立っていた。
だけど、おかしい。
「………紫が………いない?」
あの禍々しき月の中、霊夢の横に共に駆けていた隙間妖怪。
だが、血の池に、八雲一家だけ見当たらなかった。
閻魔も、死神さえいたというのに。
……もし、もしもだ。
あの夢を、紫が見せていたとしたら?
「でも、何で……?」
見せているとしても理由がわからない。
何であんな夢を見せる必要がある?
何でわざわざ、自分達だけ姿を作らなかった?
それはまるで、自分が仕組んでいると言っているようなものじゃないか。
「私に弾幕勝負をさせたがらない理由があるのか……?」
あるとしたら、それはなんなんだ。
紫とは別に仲が悪いわけではないはずだ。
「…霊夢が、関係しているのか?」
血の池のあの光景。
二度目は明確なほどに、私に霊夢を意識させていた。
「……くそ、さっぱりわからないぜ」
霊夢と関係していると言われても魔理沙の頭の中には何も浮かばなかった。
見ていたウサギの林檎を咀嚼して、もう一度頭の中を整理しようと考えようとした。
――――トントン
そこに、二度小さく扉をノックする音が響く。
魔理沙は横になっていた身体を起こし、扉の方に目を向ける。
「寝てはいないでしょうね? 魔理沙」
フランドールとは違う、黒い翼、青い髪。紅魔館の主、レミリア・スカーレットの姿がそこにあった。
「…起きてはいるが、わざわざお前が来る理由がわからないんだが」
「それは心外ね。色々と配慮してやったというのに」
咲夜がこの部屋を出てからそんなに時間は経ってはいない。
レミリアの食事の時間だと言っていたが、もう済んだのだろうか?
「食事は済んだのか? 咲夜がここを出て行く時、レミリアの食事の時間だからって言って出て行ったけど」
「食事より面白い物があるからそれを先に優先しただけ。そう、例えば弾幕勝負が出来なくなったか弱い生娘のお目覚めとか」
その言葉に魔理沙は身体を硬くする。
「…私が食事だとでも言いたいのか?」
「……冗談、でもないけれど。まぁ、血は吸わないであげるわ。折角友が救った命、後が怖いだろうし」
ニヤニヤと笑う見た目は少女らしい吸血鬼は、今の魔理沙にとって機嫌を損ねればいつ自分の命を取るかわからない。
「……レミリア」
ベットの上で身体を強張らせる魔理沙の表情はレミリアにどう映っているだろうか。
レミリアは入り口のドアを閉めて、薄暗い部屋の中、咲夜が先ほど座っていた椅子に腰掛ける。
「美鈴からわざわざ報告が来た時は驚いたわ。魔理沙が何も撃たずに入れてくれと言ってきましたって」
「…フランドールを仕向けたのは弾幕が出来るかどうか見るためか?」
「ええそうよって、言いたい所だけど、少し違うわ。フランドールの欲求を満たすのに魔理沙、お前ほど適任はいないと思っただけ」
そこでニヤニヤ笑っていたレミリアの顔に少し影が差した。
「だから私は、今のお前を見ると少し可哀想に思えてくる……堕ちない星が堕ちたってね。 魔理沙、怖い夢を見たとパチェから聞いてはいるが、何があったの?」
「…聞いてるのかよ」
魔理沙はパチュリーに相談した事を、目の前のレミリアにも知られている事に、頭を抱えた。内緒だとは言わなかったが、他の者にも知られているとは思わなかった。
「安心なさい。知っているのは今のところ私だけだから」
「……安心しろって、言われてもな…」
自分の弱みを握られている状態でどう安心しろと言うのだろう。
「口外もする気はないし、弾幕勝負が出来なくなったからと言って関係が変わるわけじゃないわ」
「………」
なんだろう、目の前のレミリアが、レミリアらしからぬ事を言っている気がする。
「何かたくらんでいるんじゃないだろうな…? やけに親切だぜ」
「…親切、か」
レミリアはその言葉に口元を綻ばせる。
「なら、代わりの代価を貰うという事にしようか。それなら魔理沙、お前も納得するだろう?」
「……今の言葉無かった事に出来ないか?」
「駄目よ」
魔理沙は、口が滑ったと後悔したが、施しを受けっぱなしでいるのも気が引けていたのは確かだった。
「……せめて、血とか肉とかそういう要求はなしにしてくれよ……」
先ほど血を吸わないとは言ったがここで要求される可能性もある。魔理沙は先にそれだけ言って溜息を吐いた。
「別に大した代価じゃないわ。私が今欲しいのは、魔理沙が見た怖い夢の内容よ」
魔理沙はその言葉に動揺する。
レミリアは魔理沙の動揺を見ても、表情を変えず喋り続ける。
「普段どおりに弾幕勝負が出来ていればこんな事にはなっていないんだ。代価としてそれを聞くのが普通だと思うけど?」
「………」
「話せないかしら?」
「……いや」
魔理沙はその言葉に首を振る。正直な所、自分一人の考えじゃ限界が来ていたのも確かなのだ。
この際、レミリアに全て話してみるのもいいかもしれない。
「……話すが、不愉快だと思ったら話を止めてくれよ?」
「ええ」
レミリアはその言葉に頷く。
魔理沙はそれを見て、少しずつ話し始めた。
あの血の池を。
※
きっと、彼女には理解できないだろう。
永遠に近い人生を歩むものが、短命に近い者を好きになった時。
狂ったように、その者が願う事を叶えようと躍起になる事を。
例えそれが、その者の望んだ形じゃなくても。
八雲紫は隙間を使い、じっと事の次第を眺め続けていた。
自分の術は完璧だ。現にフランドールに対して魔理沙は何も出来なかった。
弾幕勝負が出来ないという事は魔法使いとしてあの森の中で生活が出来ない事だろう。
彼女は人里に降りるだろうか。
そうでなければ困る。そうしなければ、また同じ事の繰り返しだ。
巫女はこれ以上魔理沙が傷つかない事を願った。
魔理沙本人には決して言えない事だろう。弾幕勝負をこれ以上するなと。
巫女は魔理沙がどれだけ今まで首を突っ込んできたかを知っている。
それを今更止めて欲しい等、言えるわけがない。
巫女がこれ以上この事で頭を悩ませれば、いずれ゛博麗゛の巫女として犯してはならぬ過ちを犯しかねない。
「……言い訳ね」
紫はその考えに首を振る。そう、言い訳だそんな事は。
唯、魔理沙に嫉妬しているだけなのだろう。今の自分は。
博麗霊夢が霧雨魔理沙の事でいっぱいになっている事が、自分の居場所がない事が。
「…ああ、魔理沙。気づいて頂戴、私の術に」
そしてもし、自分の所に、このマヨヒガに辿り着いたら。
絶望の淵に落として殺してあげる―――――――
※
「隙間妖怪の仕業ね」
話を聞き終えたレミリアは、開口一番、そう答えていた。
「……それ、私怨混じってるだろ…」
「私怨なんて混じっていないわ。そんな芸当を出来るのはアイツぐらいのものだし、辻褄が合いすぎてる」
レミリアの断言したその口調に、魔理沙は溜息を吐きつつ、手で頭を掻いていた。
「…けど、理由がわからないんだぜ?」
「ふん、魔理沙。理由なんてわからないものよ。いつだってこういう事を考える奴の行動は」
「……お前がそれを言うか…」
そういえば自分が快適に羽を広げられる空間を増やそうとして紅い霧を幻想卿に散布したんだったと、魔理沙はレミリアの行動を思い出す。
レミリアは不快な顔をしながら魔理沙の顔を覗きこむようにして、ベットに乗る。
「魔理沙」
「な、なんだよ」
いきなりベットに乗り込んできたレミリアの行動にわけがわからず動揺する魔理沙。
「怪我が治ったら、どうするつもり?」
レミリアの顔が近くにある。
「……どうするも何も、あの夢に八雲一家はいなかったんだ。会いに行ってみるさ」
魔理沙はレミリアの赤い目を見ながらそう言い放つ。
「………弾幕勝負が出来ないのに、アイツの前に行くと言うの?」
「…まるで弾幕勝負になるような言い振りだな」
レミリアの頭の中では紫があの夢を見せていると断定しているせいか、撃ち合う事が確定しているのだろう。
「なるわ確実に。そして、今の魔理沙の状態じゃ確実に殺されるわよ」
「………」
魔理沙はその言葉に何も言えなかった。確かに、今のまま行って、もし弾幕勝負になったら何も出来ずに殺されると言われてもそれは正しいだろう。
相手は妖怪の中でも強すぎる部類の一人、八雲紫。
レミリアは不快な顔をしたままだったが、魔理沙に近づけていた顔を離した。
「後二日あるわ。よく考えなさい」
レミリアはそう言うと、部屋から出て行こうとする。
ガチャリと、扉のノブを回して開けた所で。
「ああ、そうそう。フランとパチェに貴方が起きた事を伝えるよう咲夜に頼んだから」
そんな事を言いつつ。
「部屋を訪れたら、慰めろとは言わないが言葉は選ぶようにしなさい」
それだけ言うと、再びバタンっと扉が閉まり、部屋は静寂に包まれる。
―――――トントン
レミリアがこの部屋を出てから三分と経たない内に、部屋の扉にノックの音がする。
魔理沙はどんな事をしてやれば慰めになるのかと思いながら、入ってくる二人を招きいれた。
※
薄暗い部屋の作りで、朝の日差し等なかったが、習慣からか魔理沙は一人朝から目を覚ましていた。
「……何でこうなったんだっけ」
両手に華とでも言うべきか。一人で眠るはずのベットに起きてみれば左にフランドール、右にパチュリーが共に寝ている。
「…ああ、そうだ」
魔理沙はぼやけている脳内から必死に思い出すように昨日の二人を慰める考えを思い出していた。
あの後パチュリーとフランドールの二人は今にも泣きそうな表情で謝ってきたのだ。
魔理沙はそれを許した。自分で勝手に突っ込んで自爆したのだ。別に謝られる事でもないと。
しかし二人は、それじゃ納得がいかなかった。
魔理沙はどうしたものかと頭を悩ませ、ベットから身を起こしていたせいか、身体が寒くなっており、一言寒いと言った事からこの状況が出来てしまった。
「私もどうかしていたな…言えばこうなる事もわかってたってのに」
三人一緒に寝たせいか、あの血の池の夢は見なかった。
魔理沙はフランドールとパチュリーを起こさないようにベットから出て、自分の身体の調子を確かめる。
昨日の夕方頃にあった痛みは大分引いていた。
肩からの痛みはまだ少しあるが、もう一日経てばこの痛みもなくなる事だろう。
「…これなら、動く事には支障はないか」
魔理沙は寝巻き姿のまま扉をそっと開け、自分が寝ていた客室から出ると、部屋の暖かさが抜けている冷え切った廊下の中を歩く。
「…さむいぜ」
靴もなかったせいで、裸足のまま床を歩くのは体温を余計に奪われている気がする。
魔理沙は両手で自分を抱くようにしながら寒い廊下を足早に歩いていく。
目的の所はすぐに見つかってくれた。
食べ物の匂いが廊下にまで流れてきてくれたおかげか、魔理沙は自分のお腹を満たせる場所を探し当てる。
魔理沙は忙しそうに厨房で動くメイド妖精と、その中央で支度をしている咲夜を見て声をかけるべきかどうか迷ったが。
―――――ギュルルル
お腹の虫が勝手に鳴いてしまった。
「…あら? もう起きてきたの」
その鳴いた音を咲夜は聞き逃していなかった。
「…おはよう」
顔を赤くしながら魔理沙は朝の挨拶を交わす。
「おはよう。お腹が空いて起きて来たのなら、もう少し待ってちょうだい」
「べ、別に私はそんなつもりじゃ」
―――――ギュルルル
再び鳴ったお腹の虫に、魔理沙は黙り込む。
咲夜はそれを見ながらクスクスと笑うが、魔理沙は恥ずかしそうに顔を俯かせていた。
「…眠いわ咲夜」
朝の食卓の間。
パーティにも使えそうな大広間で食事を囲む吸血鬼二人に魔法使いが二人。
「はい、おはようございます。お嬢様」
眠そうなレミリアの前に食事を並べながら、咲夜はいつものようにレミリアに応対をする。
「……人間と同じ行動を取ろうとした私が馬鹿ね」
「別に付き合わなくてもよかったんだぜ…? 吸血鬼は夜行性だろうに」
テーブルに出されたスープやパンをパクパクと食べつつ、魔理沙は眠そうなレミリアを見る。
「客が泊まっているというのに主人が応対しないのは名誉の……名誉の……」
言い終える前にレミリアの顔がカクンと落ちかける。昨日部屋を出てから寝ていないのだろうか。
「でも、こうやって朝にみんなで食べるのも悪くないよね」
フランドールは昨日同じ時間に私と寝たせいか、別に眠そうな気配はない。
「そうね」
パチュリーも同じのようだ。二人は納得したのだろうか。昨日部屋を訪れた時の暗い表情は何処にもなかった。
「……駄目だわ…咲夜。食事はいいから血とブランデーを持ってきて頂戴」
「かしこまりました」
既に用意してあったのか。レミリアの前に置かれた食事を下げ、代わりにグラスを一つ置く。
ブランデーがグラスに注がれていく中、それに混ぜるかのように用意してあった血液を注ぐ。
「ん…んぐ、んぐ」
グラスに注ぎ込まれたソレをレミリアは一気に煽った。
「………」
朝っぱらから酒を飲むのかとか、無理しなくてもいいんじゃとか魔理沙は思ったが口には出さない。
一気にお酒を煽ったレミリアの顔はみるみる内に眠気を取り払い、いつも不敵に笑うカリスマデーモンロードの姿を取り戻したのであった。
「ふぅ……咲夜、次は紅茶を頂戴」
「かしこまりました」
咲夜は飲みきったグラスを下げると、一度大広間から下がった。
「…で、魔理沙。今日は貴方、一日どうするつもりなのかしら?」
「ん?」
眠気を取り払ったレミリアはリスのように食べ物を口の中に詰め込んでいた魔理沙に話かける。
「………んぐ。どうするも何も、まだ本調子じゃないからな、出来ればもう一日ここに留まるぜ」
詰め込んでいた食べ物を飲み込み、そう答える。
「そう。なら私は今日外に出かけるから、代わりにフランの相手をしてあげてくれないか?」
「え?」
そこで話に出てきたフランドールがレミリアの顔を見る。
「お姉さま、何処かに出かけるの?」
「えぇ、少し確認しておきたい事があるの。だからフラン、魔理沙やパチェと一緒にお留守番をお願いできるかしら?」
レミリアは優しくフランドールに語り掛ける。
「うん! わかった!」
フランドールはニッコリ笑いながら頷く。
「そういう事だから、お願いね」
「別に構わないが……」
魔理沙はレミリアの言った確認しておきたい事というのに言いよどむ。
「魔理沙は、とりあえず弾幕を出来る手段を考えないといけないわね」
食事が終わったのか、パチュリーはいつの間にか戻ってきた咲夜の紅茶を飲みながら話の中に入る。
「あ、ああ。そうだな」
「図書館の蔵書を探せば何かいい方法があるかもしれないわ」
「それなら今すぐ探しに行こうよ! 魔理沙、いこ!」
フランドールは魔理沙の腕を掴んだかと思うと、引っ張るようにして、飛んだ。
「ちょ…! 待て! まだ食べ終えて……服も着替えてないんだぜ!?」
魔理沙の叫びはフランドールの耳に届かず、大広間から飛び出て行く二人。
「……パチェ、実際の所、魔理沙に弾幕を撃たせる方法はあるの?」
フランドールと魔理沙が部屋から出たのを見て、レミリアは咲夜が入れた紅茶を飲みながらパチュリーに聞く。
「……時間があれば、方法はあるかもしれない」
「時間はないわ。明日にはあの隙間妖怪の所に魔理沙は行く」
「…? どうしてあの妖怪に会いに?」
パチュリーは魔理沙の夢の内容を知らない。それが仕組まれた事だと確信が持てているのはレミリアだけであった。
「少しね。あれが仕組んだ事じゃないかと思ったから。一日じゃ何か対策は立てれないかしら?」
「……」
パチュリーは無言で返す。それは、無理と言っているようなものだった。
「…そう。なら私も一緒に付いていくしかないわね」
「…レミィも?」
「えぇ。アイツには貸しがある。この際、丁度いいからそれを返しにいくのよ」
「…あの妖怪の仕業じゃなかったら?」
「それを今日、確認しに行こうと思うわ」
レミリアは紅茶を飲みきり、座っていた椅子から立ち上がる。
「…レミィ」
何処か楽しげなレミリアに、パチュリーは不安を募らせる。
その顔は、昨日のフランドールみたいで。
「パチェは出来る限りの事をしなさい。そうしないと、大切な魔理沙がいなくなるわよ」
そう言い残し、レミリアも大広間から出て行く。
大広間に残るパチュリーと咲夜は、揃って顔を見合わせるが。
「……私も行くわ。咲夜もレミィに付いていきたいでしょう?」
「はい、お嬢様からお許しを頂けなくても、ついていく気です」
あの笑みに咲夜も何か感じ取ったのだろう。
パチュリーは椅子から立ち上がり、図書館へ足を運ぼうと、歩き始めた。
「……パチュリー」
地下図書館へと足を運んで、もとい飛んできてから数時間経過しただろうか。
魔理沙は寝巻きだった服を着換え直し、今はパチュリーと同じような服、紫を基調としたフリル服を着込んでいる。
自分の服はパチュリーの話だと、咲夜が直してくれてあるみたいだが、図書館へとそのまま引っ張られるように来たせいか、何処にあるかもわからない。
「なあに? 魔理沙?」
机の上に本を山のように積み上げるパチュリーは、本から目を離して魔理沙の方に顔を向ける。
「いや、私の事なんだから、手伝わせてほしいんだが……」
魔理沙の手には本は持っていなかった。
代わりにフランドールと共にトランプを持っている。
「貴方が本を読み始めたら誰が妹様の遊び相手をするのよ。いいから、私に任せて」
「そうは言ってもな……」
数時間経過してパチュリーの積み上げた本の山は数知れず。未だにいい案は出せそうにいないでいた。
「フラン、ちょっと別の事をしようぜ」
「? 別の事?」
トランプをカードケースの中に仕舞い始める魔理沙に首を傾げるフランドール。
「あぁ。二度目の夢を見てから弾幕をやってみてないからな。物は試しだ」
弾幕と聞いてフランは少し表情が陰る。
同じく、それを聞いていたパチュリーも本に目を通しながらも眉を寄せて怪訝な表情をしていた。
「魔理沙……それは」
レーヴァテインで魔理沙の肩を刺し貫いた事を思い出しているのか。フランドールの身体が震える。
そんなフランドールに、魔理沙はニコリと笑ってフランドールの頭を撫でる。
「心配するな。二度も失敗をするほど私も馬鹿じゃないし、フランだって本気であんな事をしたかったわけじゃないだろ?」
「う、うん」
フランは頷く。
「なら、大丈夫だ。撃てなかったら撃てなかったで、やめればいいんだしさ」
魔理沙はフランドールの頭を撫でていた手を、そのまま下へと持っていき、手を握る。
「パチュリー、何か方法を思いついたら教えに来てくれ。ちょっと行ってくる」
「……止めても無駄よね」
パチュリーは魔理沙の顔を見て溜息を吐く。
「無理はしないでよ。まだ病み上がりなのだから」
「あぁ、わかってるぜ」
フランの手を握りながら地下図書館を出て行く魔理沙とフランドール。
残るパチュリーは再び何かいい方法がないものかと本を読む作業に戻った。
※
外は快晴、冬の終わりはすぐそこまで来ているのか。日が昇り始めてからというもの、気候は暖かい。
咲夜は無言でピンクの日傘を差しながら飛ぶレミリアの後を飛んでいた。
行き先が何処かは聞いていない。
一緒に同行すると言った時も断られる事なく、逆についてきなさいと言われた。
「……お嬢様」
「何かしら? 咲夜」
無言のまま前を飛んでいたレミリアは、振り返る事なく咲夜の言葉に返す。
「このまま行くと、博麗神社しかありませんが……」
「ええ、そうね」
もう少しすれば神社が見えてくるはずだ。それを指摘し、咲夜は言葉を続ける。
「行き先は神社なのですか?」
「ええ。何か問題でもあるの?」
「そういうわけではないのですが……」
あの巫女に会いに行くのだろうか。
レミリアが大広間で見せたあの笑みは、何処か殺伐としていた事から、咲夜はこれから殺し合いでも起きるものかと思っていた。
だが、神社へ行くと言うのなら、居るのはあの博麗霊夢。
(……それとも、別の誰かがいるのかしら?)
あの神社へと来訪する妖怪は少なくない。
天狗然り、鬼然り、あの隙間妖怪も霊夢の元へよく訪ねに来る。
かくいう主人であるレミリアも、昼間に外出するようになったのは霊夢の元へ訪れるようになってからだ。
それならば、これはいつもの習慣なのだろうか?
咲夜は疑問を持ちつつも、視界の先に見えてきた神社に向けてレミリアと共に飛んでいく。
「咲夜、ちょっと待って」
だが、何を思ったのか。
レミリアは急に止まり、神社へと続く階段の方へと降りていく。
「お嬢様?」
「たまには階段から上るのもいいでしょ?」
日傘を差したまま地面へと降り立つレミリアに、咲夜も続いて降り立つ。
「それは構いませんが……何か意味が?」
「気分よ」
気分で何段も続く階段を歩く心境とはどんなものだろうか。
咲夜は内心首を傾げながら、レミリアの後をついていく。
ゆっくりでも急ぎ足でもない。階段を上るという行為だが、レミリアと咲夜はただ普通に上っていった。
数分もすれば境内に入る。
レミリアと咲夜はまた無言の中、階段を上っていく。
やがて、神社の赤い鳥居が見えてきた。
最後の段を上りきり、境内へと入ったレミリアと咲夜は。
「あら、また来たの?」
いつもと変わらず、境内を箒で掃いている霊夢と遭遇した。
「それで、今日もお茶を飲みに来ただけなの?」
先ほど境内を掃除していた霊夢は、咲夜とレミリアの顔を見ると、神社の中へと引っ込み、お茶を三人分出していた。
「いけないかしら?」
「行けなくはないけど、せめて神社に来たのだから賽銭箱にお賽銭ぐらい入れて頂戴」
ビシっと指で賽銭箱を指す霊夢。
「悪いけれど、祈る事もないわ」
「祈らなくてもいいから入れてほしいのだけど」
その発言は巫女としてどうなんだと、レミリアの横に立つ咲夜は思ったが、口には出さない。
「仕方ないわね。咲夜」
レミリアは横に立つ咲夜に目で何か合図をする。
賽銭箱に入れて来いという意味だろう。咲夜は懐に持っていた小銭入れの中から数枚取り出すと、賽銭箱の中に投げ入れる。
「入れた事だし、ちょっと聞きたい事があるのだけど。いいかしら霊夢?」
咲夜が賽銭箱に小銭を入れるのをレミリアは見てから話を続ける。
「何かしら?」
「最近あの隙間妖怪はここに来ていないかしら?」
縁側に座り、お茶を啜る霊夢にレミリアはそう聞いた。
「紫の事?」
「えぇ、そうよ」
霊夢は少し考える素振りをする。
「ここ最近は来てないわね……来たのは一週間ぐらい前よ」
「……そう」
「何かあったの?」
「何もないわ。ただ、ちょっと動向が気になってね」
レミリアはそう言うと、霊夢が入れたお茶を啜る。
日傘を横に置き、縁側の影でお茶を飲むレミリアは、吸血鬼らしからぬ程その空間に合っていた。
「…緑茶はあまり飲まないけれど、霊夢の入れたのはおいしいはね」
「世辞は良いわよ」
レミリアは少し微笑んでから首を振る。
「世辞じゃないわ。本当においしいからそう言うのよ」
「…何だかレミリアにそう言われるとおかしな気分ね」
照れているのか、霊夢は少し顔を赤くしてレミリアから顔を背けた。
咲夜も霊夢の入れたお茶を飲んでいるが、確かにまずくはない。
いい葉を使っているのだろう。レミリアにそう言わすだけの事はあった。
(だけど気に入らないと思うのは、私が嫉妬しているからか……)
紅魔館で咲夜が入れた紅茶をレミリアはよくおいしそうに飲んでくれる。
そこに至るまでどれほどの年月をかけた事か。
それを霊夢は簡単にレミリアの口からおいしいと引き出している事に、咲夜は少なからず嫉妬する。
咲夜のもどかしい感情とはよそに、レミリアと霊夢はのどかにお茶を啜っていた。
※
「………」
魔理沙はフランドールに向けて手をかざしていた。
身体中から自身の魔力を手に集めようとする動作。
それは徐々に集まり、フランドールにいざ放つという所で。
「……クッ」
脳裏に血の池が蘇る。
手に集まっていた魔力は四散していく。
「やっぱり駄目か……」
魔理沙は溜息を吐くと、その場にへたりこんでしまった。
これで何度目の失敗になるだろうか。
「…やっぱり撃てないの?」
床にへたりこむ魔理沙に駆け寄るフランドールは心配そうな顔をしていた。
「あぁ、どうしても撃とうとすると、頭の中に夢のイメージが出てきちゃうな……」
頭を掻きながら、魔理沙は天井を仰ぐ。
「何で撃てないんだろうな…」
「……夢のイメージってどんな風なの?」
フランドールは疑問に思っていた事を口に出す。
「…んー、そうだな。私の手で、誰かを殺してしまいそうになるイメージって言えばわかるか?」
あの血の池を思い出さないように、わかりやすく魔理沙はフランドールに答える。
「…誰かを殺してしまう? でも、弾幕勝負だよ? 壊す気で行かないと面白くないよ?」
フランドールの言っている事は最もだ。全力を出さないと負ける事もあるだろうし、手加減する理由なんてない。それで命を落としてしまうかもしれない。現に、命を落としかけた。
「だけどフランも私も死んでないだろ? なら死ななくても弾幕勝負は成立するって事だぜ」
「……魔理沙は、誰かを殺すのが怖いの?」
フランドールの言葉は純粋な疑問だった。
霧雨魔理沙は、誰かを殺すのが怖いのか。それが妖怪や妖精で合っても怖いのか。
「…んー、誰かというか、友達が死ぬのは嫌じゃないか?」
「……え?」
その問いに、魔理沙は当然のように返していた。
「私が真面目に弾幕勝負をした奴は全部知り合いというか、友達みたいなもんだぜ。一回どっちとも生きたならそれでいいと思うんだが」
魔理沙はそう言うと、立ち上がってフランドールの頭を撫でた。
「フランとだって何回も弾幕勝負してるじゃないか。一回で終わりじゃない。弾幕勝負は殺し合いなんかじゃなくて、人と妖怪が友達になる一つの遊戯だろ?」
「………」
フランドールは呆然と頭を撫でる魔理沙を見る。
自分の事を友達と呼んでくれた人が、果たしていただろうか?
フランドールは全てを壊してしまう。その力は制御出来なく、お姉さまの手によって、地下に幽閉された程なのに。
なのに、魔理沙と出会ってからというもの、手に入らなかったものが手に入る感覚を味わってきた。
友達…友達…トモダチ。
魔理沙が来るたびに遊んでいたというのにどうしてそう思わなかったのか。
当たり前に思っていたからか、それとも魔理沙だからそう感じなかったのか。
「……けど」
フランドールの気持ちは沈む。
魔理沙が、弾幕勝負をそう思っているのなら。
「………ひぐ」
その夢とやらを忘れないと決して撃てない。
「お、おい? フラン?」
いきなり泣きそうになるフランドールに、魔理沙は慌てる。
「ど、どうしたんだよ?」
「魔理沙は………魔理沙は優しすぎるよ」
殺そうと思わなければその夢から脱出出来ない。
フランドールはそう感じた。今まで全てを壊してきた吸血鬼は、目の前にいる魔法使いが自分と同じようにならなければきっと撃てないと。
だけど、それはもう゛魔理沙゛じゃない。
「ぅ…うう…!」
「…困ったな…フラン、どうしたんだよ? 何か私嫌な事でも言ったか? それともどっか痛いのか?」
とうとう目から涙を流し始めたフランドールに魔理沙は何度も問いかける。
だが、泣き止む素振りはない。
「…ああ、もう」
泣き止む気配がないフランドールに魔理沙は少しかがむようにして、抱きしめた。
「…まり、さ?」
いきなり抱きしめられて驚くフランドールに魔理沙はさするように手で背中や翼を撫でる。
「落ち着くまでこうしてやるから、いっぱい泣くといいぜ」
フランドールから顔は見えないが、魔理沙は顔を赤くして抱擁を交わしていた。
「…うん」
魔理沙の肩に顔をぶつけるようにして泣くフランドール。
魔理沙はフランドールが泣く意味がよくわからなかった。
それが、自分の為に泣いているとわかる時は決してこないだろう。
「……泣き止んだか?」
抱きしめてから数分ぐらいだろうか。
嗚咽はもう治まっていた。
「うん…」
抱擁が解かれ、フランドールの目は少し充血していたが、直ぐに戻るだろう。
「ありがとう、魔理沙」
フランドールはニコリと笑う。
「気にしなくていいぜ。何か、私のせいで泣いちゃったみたいだしな」
笑うフランドールに魔理沙も同じように笑って返す。
「ううん、魔理沙のせいじゃないよ。私が勝手に泣いただけだから」
その言葉に首を振って返すフランドール。
「それより図書館に戻ろ? パチュリーが何かいい方法を思いついているかもしれないし」
「そうだな。弾幕も撃てなさそうだし、戻るか」
自然とフランドールと魔理沙は手を握り合いながら部屋から出て行った。
「あら、お帰りなさい」
地下図書館へと戻った魔理沙とフランドールは、パチュリーの机の前に広がっている光景に唖然とする。
山のように積み上げられていた本はなく、代わりに実験か何かに使われるようなビーカーやフラスコが並んでいた。
「ただいま。何かいい方法でも思いついたのか?」
フラスコの中に入っている紫色の液体や緑色の液体を見つつ、進展があったかどうか魔理沙はパチュリーに聞いた。
「時間がないから何とも言えないけれど…」
「パチュリー様~、一度休憩しませんか? もうおやつの三時頃ですよ?」
と、小悪魔が机に積み上げられていた本を戻していた作業から戻ってきたのか。本棚の方から顔を出してきた。
「そんな時間は」
「ずっと本を読み漁って実験してたんだろ? ちょっと休もうぜ。私も少し疲れたし」
「…………魔理沙がそう言うなら」
手に持っていたフラスコを机に置き。ザザーと全て机の端によらせる。
「じゃあ少し待ってくださいね~! 焼いてあったお菓子と紅茶を持ってきますから!」
小悪魔は魔理沙に小さくウィンクしつつ。小走りに図書館から出て行った。
魔理沙とフランドールも空いていた椅子に座り、小悪魔を待つ。
「弾幕は撃てたの?」
「案の定、撃てなかったぜ」
「…そう」
パチュリーは溜息を吐きながら、凝っていた肩をボキボキと鳴らす。
「それなら薬を完成させるしかないわね」
「薬?」
「ええ」
パチュリーはそう言うと、一冊の本を魔理沙の前に置いた。
魔理沙はその本の内容を読んでみる。
「……なんだこれ。記憶消去の薬物……」
「思い浮かんだ事をしばらく……時間がないから一時間分しか作れそうにないけれど、消せる薬よ」
「……なんだか永遠亭の薬並みに胡散臭い内容だな…」
書かれているのはあくまで記憶に関する事ばかりなのが余計に胡散臭く感じるその書物に、魔理沙は不安を募らせる。
「けど、これがあれば弾幕勝負が出来る?」
横に一緒に座っていたフランドールがパチュリーの方に聞く。
「…もし、本当に八雲の妖怪と事を構える事になったら必要になると思うわ」
「…レミリアから聞いたのか」
「えぇ。その為の保険だと思って持っていくだけいいはずよ」
魔理沙は本を閉じて、再び溜息を吐く。
「他に、いい方法はないんだな?」
パチュリーはその言葉に頷く。
「時間制限付きならこれがベストよ。だから今三時だからっておやつを食べてる暇は―――」
「は~い! 持ってきました~! 今日は季節外れのマロングラッセなんて作ってみましたよー!」
バーンと扉を開けて入ってくる小悪魔に、パチュリーは言葉を無くし。
「………いいわ。間に合わなかったら小悪魔のせいにする」
少しばかりいじけた。
※
「それじゃあ、そろそろ帰ろうかしら」
日が沈み始め、レミリアは日傘を差さずに霊夢に帰りの挨拶をする。
「あら、御飯食べて行くかと思ったのに。今日はいいの?」
「食べて行きたい所だけれど、明日用事があってね」
レミリアは霊夢の誘いを断り、翼をはためかせ、空へと飛ぼうとする。
「また来るわ」
咲夜も一度霊夢に無言で礼をし、レミリアの後を追うように空へと飛んだ。
霊夢の姿が見えなくなるまでそうはかからなかった。
「……お嬢様、よろしかったのですか?」
「いいのよ。今はそれよりも、明日へ向けて英気を養うのが先決よ」
前を飛ぶレミリアが咲夜から見てどんな顔をしていたかはわからない。
「楽しくなってきたわ。ええ、久しぶりに」
けど、きっと笑っている事だろう。
その後、レミリアと咲夜が紅魔館に着くまで喋る事はなかった。
日が沈むのは本当に早く、紅魔館に着く頃にはすっかり太陽の変わりに月が昇っていた。
「じゃあ、本来の業務に戻っていいわよ咲夜」
「はい」
門前へ着くと、レミリアはそのまま飛んで屋敷の中へと入っていく。
咲夜はそれを見送ると、一度美鈴の様子を確かめようと門前の方を見る。
「すぅ……すぅ……」
門の前に立ちながら器用に寝ていた。
「………はぁ」
溜息と共にナイフを投擲したのは、言うまでもない。
空から自分の部屋へと戻ったレミリアは霊夢の言葉を思い返していた。
「……フン、しかし本当に辻褄が合いすぎてるわね」
隙間妖怪が一週間前から霊夢の所に姿を見せていない事に、レミリアはもはやあいつがしでかした事と決め付けていた。
「いつからそんな人間臭くなったのか……」
幻想郷に越してきた時に喧嘩を売った時は、まだあの妖怪からは人間にはない優雅さがあった。
自身の吸血鬼としての誇り以上に、あれは強大で、凶悪な威厳があったのだ。
それがどうした事か。一人の人間に感情を持ち、今ではたった一人の人間を殺す所か、間接的に邪魔するような陰険さが出ている程だ。
「………いや、永遠に生きる故にそうなったか」
レミリアは笑う。私も霊夢に惹かれているその一人だったと。
「…ああ、そういう意味では私も魔理沙を憎んでいいのかもしれないな」
惹かれているが、レミリアは決して霊夢が自分に振り向く事がない事を知っている。
あの巫女の隣にはいつもあの魔法使いがいた。
それが当たり前なのだ。自分や紫が隣に立つことは、本来ない事だろう。
しかし紫は一度、霊夢の隣に立ってしまった。
あの狂った月の中、終わりなき夜のなか。
「………人間臭くじゃなくて、月の魔力に狂っただけか」
レミリアは紫に少なからず同情する。
同じ永遠に近く生きるものとして。
決して手が届かない物に手を伸ばした物だと。
※
日が沈むのが早ければ、日が昇るのも早いのか。
あれからレミリアと咲夜が帰ってきてから、時間が流れていくのは早かった。
レミリアが霊夢の所に出かけていたのを知り、そこで紫が一週間程前から姿を現していないと聞いた事から、魔理沙は会って直接確かめる事にした。
日が昇って数時間、徐々に日が沈み始めている中、魔理沙は咲夜から直してもらったいつもの黒いエプロンドレスを着込み、黒のトンガリ帽子を被る。
「……よし」
ブーツを履き、箒を手に持ち、客室から出て紅魔館の門前へと向かう魔理沙。
門前には、紅魔館の面々が揃っている。
「私の見送りにしては揃いすぎてるぜ?」
「私も行くのよ」
その中から進んで出てきたのは、レミリアだった。
「…冗談、じゃないみたいだな」
「本来なら手を貸してやる必要もないんだが。丁度都合がいいのよ」
レミリアは魔理沙にニヤリと笑う。
「咲夜、フラン、パチェ、……それに美鈴。留守は任せるわよ」
「うん! いってらっしゃいお姉様! 魔理沙!」
「……いってらっしゃいませ」
「…気をつけてね」
「いってらっしゃいませ!」
一人一人、思う所は違うかもしれないが、見送りの言葉をレミリアと魔理沙に言う。
「魔理沙、これ……」
パチュリーは薬を魔理沙に手渡す。
紫色のその丸薬は、魔理沙の手のひらに一粒あるだけだ。
「いい、それを飲んできっかり一時間よ。それが限界だと思って頂戴」
「わかった。……ありがとな。私の為に」
魔理沙は頷いて、スカートの中に丸薬をしまうと、箒に跨り、空へと飛ぶ。
「行ってくるぜ!」
五日間滞在した紅魔館に、別れの挨拶をし、魔理沙は飛んでいく。
その横に並ぶように飛ぶレミリア。
「一旦私の家に寄ってもいいか?」
霧の湖を抜けたぐらいで、横に飛ぶレミリアに魔理沙は聞く。
「いいけれど、何か持っていくのか?」
「八卦炉を持って行きたいんだ」
「ああ、なるほど」
レミリアはすぐに納得し。魔理沙に付いていくように、日が沈んでいく幻想卿の中を飛んでいく。
魔法の森に着いた頃には、月が出始めていた。
魔理沙邸は変わらずあった。
五日間しか空けていなかったが、魔理沙は自分の家に入ると、我が家に戻って来たと内心少しばかり喜んでいた。
二階へと上がると自室の床に、八卦炉は変わらずあった。
「ここで飲まないと駄目か」
丸薬を飲もうとする魔理沙だが、レミリアに止められる。
「私が持てば飲まなくても済むじゃない」
そう言うと、レミリアは床に転がっていた八卦炉を掴むと、魔理沙のスカートの中に押し込んだ。
「ギリギリまでその丸薬は飲まない方がいいわ。それはあっちに着くまで取っておきなさい」
「あ、ああ。わかったぜ」
「じゃあ、行くわよ」
レミリアと魔理沙は早々に魔理沙邸を後にした。
月はもう完全に出てきていた。
マヨヒガまではそう遠くはない。以前の冥界での騒動の時と同じように、魔理沙はレミリアと共に飛んでいく。
空には満天の星と大きな月が輝いている。
※
「……レミリア」
「あら、気づくのが早いわね魔理沙」
横に飛ぶレミリアも気づいていたのだろう。
「静か過ぎるぜ」
空を飛びながら、魔理沙は周辺から何も音がして来ない事に違和感を持っていた。
前に来た時は、この周辺は低級の妖怪達がたむろしていたはずなのにだ。
「何処かに散ったか、それともこの場で散ったか」
レミリアはそう言いつつ、前方に待ち構える人物を見て。
「どうやら後者のようね」
「藍!」
構えるようにして空で待っていた九尾の式に、魔理沙とレミリアは距離を取って止まった。
「……ここから先が、マヨヒガと分かって来てるのか。お前ら二人は」
空に仁王立ちする八雲藍は、魔理沙とレミリアを一瞥し、手には既にスペルカードを構えていた。
「白々しいわね。貴方のご主人に招かれて来ていると言うのに」
レミリアは構えた藍に応えるように、スペルカードを構える。
「レミリア待ってくれ。……藍! 頼むからそこをどいてくれないか? 私達は紫に会いに来ただけなんだ!」
レミリアの前に出るようにして藍に言う魔理沙だったが。
「紫様は冬眠中だ。春までは誰も通すなと。言われている」
「……ホントに、白々しいわね。それとも気づいてないのかしら?」
レミリアはその言葉に溜息を吐く。
紫が一週間前に神社に来ている事は既に霊夢の口から聞いているのだ。
「…気づいてないと思うぜ。紫が移動する時は大体隙間だ。部屋に入るなって言えば、藍だったら言いつけ通り入らないだろうし…」
レミリアにしか聞こえない小声で魔理沙は話す。
「……なんだ。九尾にしては馬鹿の部類なのね。貴方」
代わりに、藍を逆撫でするようにレミリアは大きく喋った。
「…何を言っているかわからないが……」
藍は馬鹿と言われたのが勘に触ったのか。頭に生えている耳や、尻尾が小刻みに震え始める。
「どうやら、喧嘩を売っているみたいだな? お前ら」
「えぇ、売ってあげるからかかってきなさい」
それが、開始の合図だった。
藍がくるくるとその場で回り始める。
レミリアと魔理沙は左右別れるように飛ぶ。
直後、氷柱のような弾丸が雨を降らすように放たれた。
「ああもう、何でこうなるんだ!」
魔理沙はパチュリーから渡された丸薬を即座に口の中に投げ込むと、血の池の夢を思い出しながら、スカートの中に押し込まれた八卦炉を掴む。
やがて、思い出していた夢は、霞がかかったように頭の中で徐々に思い出せなくなっていった。
「魔符! ミルキーウェイ!」
試しとばかりに、スペルカードを宣言し発動させる。
「紅符スカーレットシュート」
魔理沙に合わせるように逆に飛んだレミリアもスペルカードを宣言する。
星の弾丸と紅の弾丸は、藍に向かって放たれる。
「そんなもの!」
放たれる弾丸を藍は回りながらも避けきってみせる。
「式神! 十二神将の宴!」
お返しとばかりに藍はスペルカードを行使する。
パチュリーの賢者の石に似るような結界が、藍と二人を囲むように展開される。
その数、十二。
一つ一つが意思を持つようにしてレミリアと魔理沙に向けて弾幕を展開させる。
「魔理沙! この後アイツが待っているんだ。一気に行くぞ!」
結界の弾幕をかわしながら、レミリアは藍に向けてスペルカードを行使する。
「神槍 スピア・ザ・グングニル!」
宣言と共にレミリアの手に、紅い魔槍が出現する。
「こい――――」
それに合わせてマスタースパークを構える魔理沙だったが。
「……く、魔符! スターダストレヴァリエ!」
途中で言い換え、レミリアの背後に回り、周囲の結界弾幕を、星の弾幕で消し飛ばす。
レミリアは、スターダストの星の弾幕の中、藍に魔槍を投擲した。
「む…!」
放たれる魔槍を藍は紙一重でかわす。
「そんなもの、当たるか!」
怒声と共に藍は再び回り始める。十二の結界は、スターダストで崩れたとはいえ藍の手の内はまだまだあった。
レミリアは舌打ちをしながら背後にいる魔理沙へと顔を向ける。
「…マスタースパークが撃てないのか?」
言いかけていたのを聞いていたのだろう。レミリアは魔理沙の顔が再び苦しそうな顔をしているのを見て、不快げに藍の方に視線を戻す。
「魔理沙、撃てなくてもいいから宣言をして、あの狐の注意を逸らしなさい」
それだけ言うと、レミリアは回る藍の元へと翼をはためかせ、距離を詰めていく。
「式弾! アルティメットブディスト!」
近づくレミリアに対して藍は卍のレーザーで迎え撃つ。
レミリアは動じず、藍の周りを旋回するようにレーザーを避けていく。
魔理沙は先ほど言われた通り、八卦炉を構え、藍に向かって宣言をした。
「恋符!」
藍はそれを聞き、魔理沙のマスタースパークが飛んでくると思い、藍は回るのを止め、魔理沙から放たれるはずのマスタースパークに向けて、結界を構える。
「マスタースパーク!」
宣言されるマスタースパーク。
「……え?」
マスタースパークに身構えていた藍は、来るはずの閃光が来ない事に疑問を持ち。
「符の参」
藍の背後を取ったレミリアの宣言に遅れた。
「しまっ……!」
「ヘルカタストロフィ」
後ろを振り返る藍だったが、時既に遅い。
周囲を囲む血の弾丸に包まれ、藍を包んだ紅い球体は、爆ぜる。
「ふん、本当に主人から何も聞いていなかったんだな」
爆ぜた中から出てきた藍は、飛んでいるのがやっとという程、ボロボロだった。
「クッ……」
「トドメよ。神槍―――」
「待て、レミリア」
藍に向かってグングニルを放とうとするレミリアの肩を掴んで止める魔理沙。
「もう勝負は着いてるぜ」
「…トドメを刺さないと、後ろから狙われる可能性はあるわ」
レミリアの言葉に魔理沙は首を振る。
「藍はそんな事はしない。それに紫から何も聞いてないなら無関係だろ」
「……お人よしね」
レミリアは溜息を吐きつつも、スペルカードを懐に戻す。
最初から、トドメを刺す気等なかったのだろう。
「…トドメを刺さないのか?」
藍は腕でわき腹を抑えるようにしつつ、レミリアと魔理沙を睨む。
「ああ、トドメを刺す理由がないからな」
「……」
「悪い藍。紫の所に行かせてもらうぜ」
それだけ言うと、魔理沙とレミリアはマヨヒガへと再び飛んでいく。
「…一体、紫様は何をしたんだ?」
残された藍は、痛む箇所を抑えながら、空から地面へと降下していった。
※
「魔理沙、マスタースパークは撃てないのね?」
並ぶように飛ぶレミリアと魔理沙だったが、先ほどの弾幕勝負でマスタースパークが撃てなかった事を聞いていた。
「夢のイメージも頭の中に出て来なかったんだがな…恋符は発動できないみたいだ」
「…パチェの薬も完璧ではなかったって事かしら」
レミリアは紫の術がどれ程の物か知らない。
パチュリーを信頼していた分、レミリアは魔理沙の十八番であるマスタースパークが撃てないという現象が起きている事に、あの隙間妖怪の影響が強い事を改めて認識しなおした。
「……狂っても強さは変わらず、か」
魔理沙に聞こえないようにレミリアは一人呟く。
既に、魔理沙とレミリアはマヨヒガの中に入っている。
星が輝く真夜中、月が夜空に浮かんでいる今ここに。
圧倒的な畏怖と共に、それは来た。
「……レミリア」
「ええ、あっちから出てきてくれるみたいね」
魔理沙とレミリアは空の上で止まる。
目の前の空間が徐々にひび割れていくのを見た為に。
「御機嫌よう。面白い組み合わせね」
隙間から出てきたのは、いつもの紫の派手なドレスに白いリボン付きの帽子を被り、手にはピンクのフリル傘を持った、何処も変わっていない、八雲紫。
「……紫」
魔理沙は前に見た時と何処も変わらずにいる紫を見て、顔を強張らせた。
「久しぶりね、魔理沙」
「ああ、久しぶりなんだが。ここに私たちが来た理由。紫はわかってるのか?」
「えぇ。まともに弾幕勝負が出来なくなったみたいね魔理沙」
ニヤリと笑う紫に魔理沙は歯噛みする。
「…お前の仕業なのか?」
八卦炉を構えたい衝動に襲われたがまだ早い。
何でこんな事をしたか、理由がわからないと。
「私以外に誰か出来ると思っているの? 人の夢をいじくるなんて事、私以外に出来るのかしら?」
紫は否定する事なく認めた。
それは自分がやった事だと。
「なんで……なんでこんな事をしたんだよ!」
「霊夢の為よ」
激情に駆られる魔理沙とは逆に、紫は何処までも冷めていた。
「貴方が怪我をすればするほど霊夢は貴方の事を心配していたわ。表には出さないようにしていたみたいだけれど」
「……怪我を?」
そういえば度々、弾幕勝負で怪我をしている所を見られては、ガミガミと説教をされた覚えがある。その後いつも治療を手伝ってくれもしたが。
「貴方が弾幕勝負を出来なくなれば、怪我をする事もないと思ったの。霊夢はね、博麗の巫女なのよ? 全てに平等に接するものが、個人に左右されてはいけないわ」
「………」
「魔理沙、わかって頂戴。私が貴方にした事は善意でした事よ?」
「…で、でも」
魔理沙は今の紫の言葉を聞いて、激情に駆られた感情が冷えていくのを自分で感じた。
「でもじゃないわ。魔理沙、貴方には帰るべき場所がある。商い屋の娘が入り込んだ妖怪達との夢は、そろそろ終わるべきなのよ?」
「……」
夢? 今までのが全部、夢だと?
魔理沙は冷えた感情をもう一度。
「弾幕勝負が出来ないなら、人里に戻りなさい。それが貴方の為よ」
もう一度熱くさせる為に八卦炉を握り締める。
「…夢じゃない」
魔理沙は真っ直ぐ紫を睨む。
「今までやってきた事は、夢じゃないんだよ。紫、お前の言っている事も正しいのかもしれないけどな」
泣きそうになる顔を必死に押さえ込んで、胸を張って、高らかに叫ぶ。
「私はな! 誰にも左右されないし、霊夢が困るって言うなら、私が助けるんだよ!」
「……魔理、沙?」
言っている事がおかしい事に気づいているのだろうか。
魔理沙がいるから霊夢は困ると言っているのに。
彼女はそんな困った霊夢を助けると叫んだ。
「ちょ、ちょっと魔理沙、貴方何を……」
紫は言っている事が伝わっていないのかと思い、もう一度優しく問いかけようとした。
「…そろそろ、茶番はよさないかしら? 八雲紫」
だが、傍観を決め込んで横にいたレミリアが、話に割って入る。
「茶番…ですって?」
「えぇ、茶番よ。貴方はそんな風に思って魔理沙にこんないじわるをしたわけではないでしょう?」
「……貴方」
紫はレミリアを睨む。
レミリアはそんな紫を見て鼻で笑った。
「強者の誇りを何処に捨ててきたのかしらね。嫉妬に狂うなんて、らしくないわよ?」
「……」
「唯、霊夢に惹かれているだけなのに、貴方はそんな言葉で正当化しようとしていたのね」
「…黙れ」
紫の身体が震え始める。
だが、レミリアは続けた。
「今の貴方からは何も感じないわ。ただ霊夢が取られそうになって、必死に邪魔をしようとしている餓鬼――――」
「黙りなさい!」
最後まで言わせずに、涼しげだった紫の表情は、悪鬼と成り果てた。
「穏便に事を終わらせようとしたら図に乗って………いいわ、最初からこうすればよかったのよ」
狂ったように紫は隙間をいくつも闇夜の空に開く。
「ここで、貴方達を殺してあげる」
「フン、最初からそのつもりのくせに」
隙間から出てきた何百もの弾丸の雨を、魔理沙とレミリアは距離を取ってかわす。
レミリアはかわしながら、スペルカードを取り出した。
「魔理沙、最初から全力よ。狂っているとはいえ、゛アレ゛をやらせるわけにはいかないわ」
横に並ぶように飛ぶ魔理沙にレミリアは大声で言うと、スペルカードを宣言した。
「天罰、スターオブダビデ!」
闇夜の空に擬似的な星々が出来ていく。
その一つ一つが光り輝き、紫に向かって光線を発射するように飛んでいく。
放たれる光線と共に、隠れるように出てくる青い弾丸がばら撒かれ、紫の逃げ場を無くすように覆い尽くされていった。
「…こんなもので、私をどうにか出来ると?」
だが、紫は動じない。ダビデの星々を飲み込むように。
「境符、四重結界」
紫を守るように四重の結界が展開された。
「クッ…!」
紫を中心にどんどん広がっていくその結界に、レミリアのスターオブダビデは触れただけで耐え切れずに壊れていった。
広がる結界から、逃げるようにレミリアは後ろに下がるが、広がる結界に追いつかれそうになる。
「光符! アースライトレイ!」
だが、いつの間にどれだけ離れていたのか。
魔理沙が結界の外からスペルカード宣言をし、星の弾丸と何十ものレーザーで四重結界を迎え撃った。
弾丸とレーザーぶつかる度に広がる四重結界は、逆に徐々に押し戻されていく。
「神槍」
そこに、レミリアは後ろに下がりながら魔槍を持ち。
「スピア・ザ・グングニル!」
思いっきり振りかぶって紫に投擲する。
結界に向かって激突する紅い魔槍は、均衡等させずに破壊していく。
最後の結界を苦もなく壊し、魔槍は紫の懐に滑るように入っていき。
「甘いわね……昔に挑んで来た時から何も進歩がないわ。レミリアスカーレット」
紫の前に出現した何十もの光球によって阻まれた。
「結界、光と闇の網目」
放たれる光球。
それは並ぶようにレミリアと魔理沙の横に飛んでいき。
光り輝いたかと思った瞬間、何十ものレーザーを魔理沙とレミリアに向かって放つ。
「チィ…!」
レーザーの中を掻い潜りながら飛ぶ魔理沙とレミリア。
被弾すればかけらも残さず消滅させるレーザーの中で。
「魔符! ミルキーウェイ!」
「紅符! スカーレットシュート!」
同時に星の弾丸と紅の弾丸を光球に向かって放たれる。
迫る弾丸は、紫の光球にぶつかると、爆発するように四散していった。
「くそ、マスタースパークが撃てれば……」
光球が散っていく中、紫は隙間から現れた時から動いていない事に、魔理沙は歯噛みする。
魔理沙は、弾幕はパワーとまで自負していたというのに、ここに来て、恋符が撃てない
火力不足に絶望を感じた。
「そろそろ、終わりにしましょうか」
だが、紫のその言葉に、火力不足以前の絶望が魔理沙とレミリアに向かってくる。
「まずい……!」
魔理沙は紫にスペルカード宣言をさせない為に、瞬時にマジックミサイルを紫に放つ。
だが、それで止まる紫ではない。
「レッドマジック!」
レミリアは゛アレ゛の行使を食い止める為に、紅い弾丸を何十も展開させ、紫に放った。
マジックミサイルと紅い弾丸が紫に迫る中。
弾 幕 結 界
無常にも、怖れていた事が起きた。
マジックミサイルや、レッドマジックは二つの大きな結界に阻まれる。
紫の前に出来たその結界は、闇夜の空を駆け巡るように走り始め。
何十、何百、何千、何万もの弾丸を精製しながら空を駆け巡る。
「くそ…!」
それは空中に止まって等いなかった。
一つ一つ、全てが高速に空を駆け巡る。
弾丸が尽きるまで弾幕の雨が降り注ぐそれを、魔理沙とレミリアは回避する術等なかった。
「…魔理沙!」
レミリアは咄嗟に魔理沙の横に飛んだかと思うと。
「符の参! ヘルカタストロフィ!」
魔理沙に向かって、紅い血の弾幕を周囲に展開した。
「…!? レミリア、お前何を!?」
レミリアは答えない。迫る弾幕の雨をじっと見つめながら、ヘルカタストロフィに包まれる魔理沙の横に立ち。
「…これなら、一度は防げるわ。後は魔理沙、お前が何とかしろ」
誇り高き吸血鬼は、星の魔法使いの盾になる事を選んだ。
弾幕の雨はレミリアと魔理沙に迫る。
「あらあら。貴方が犠牲になるなんて。てっきり魔理沙を見捨てると思ったのに」
迫る弾幕の雨の中、紫の声が聞こえてくる。
レミリアはその言葉に不敵に笑って返した。
「紫、お前は重大な事を忘れているわね」
「重大な事?」
不敵に笑うレミリアに、紫は微笑んだままだった。
何をしようとこの状況は覆せない。それは紫の絶対の自信。
「えぇ、私の能力が何だったか、それを思い出してみると―――」
いいわと言い切る前に、レミリアと、ヘルカタストロフィの血の弾幕に包まれた魔理沙は、弾幕結界の雨に呑まれた。
「………」
ヘルカタストロフィの弾幕とぶつかったせいか。レミリアと魔理沙がどうなったか、白煙が広がり見えないでいた。
紫はレミリアが最後に言った言葉を思い出し。
それが自分にとって、あってはならない事だと首を振る。
だって、あの吸血鬼の能力は―――――――――
白煙が徐々に晴れる。
「……まさか」
紫は戦慄する。自分が見落としていた事に。
煙が晴れた中現れたのは、気を失っているレミリアを抱きかかえた、無傷の魔理沙だった。
「…どうして」
あの弾幕結界の中、無事に出てきたというのか。
紫は、魔理沙を見つめ続ける。
ありえない、こんな現象はありえない。
自分の弾幕結界を苦もなく突破してきたのは、たった一人だけだ。
それが、唯の商い屋の娘が、レミリアの手を借りたからと言って突破できるわけがない!
「…紫、もうやめよう」
魔理沙はレミリアを抱きかかえながら、紫に語りかける。
「もう、やめようですって…?」
「ああ、こんな弾幕勝負、もう意味がない」
馬鹿な。そっちから出向いてきたというのに、意味がないというのか?
意味ならある。ここで魔理沙を殺して、霊夢の悩みを消すんだ。
ソウスレバ霊夢は私に振り向いてくれる。モウ二度ト、マリサの事で頭を悩ます必要ナンテナイ!
「今更、引き返せないのよ!」
再び二つの大きな結界が展開される。
レミリアは気を失っている。これを防ぐ手段は、今のマリサにナイハズダ。
「…そうか。なら、全力で紫の頭を」
魔理沙はレミリアを抱きかかえていたのを、背中に背負うようにし。
「覚ましてやるよ…!」
箒に跨り、魔理沙は両手で八卦炉を掴み、紫に構える。
「魔砲!」
紫はその宣言に驚く。
撃てないはずだ。
術は完璧なはずだ。恋符を基に使うスペルは決して絶対に、撃てないはずだ!
その考えが、紫の行動を遅らせた。
「ファイナルスパーーーーーーーク!!」
八卦炉から放たれる砲撃。
それはたやすく二つの結界を打ち壊し。
「―――――ア」
紫を軽く飲み込んだ。
閃光は、闇夜の中、輝き続けた。
それがどのぐらい続いたか。
「ハァ…ハァ……」
ファイナルスパークを放った魔理沙は肩で息をしながら、地面に落ちていった紫の方に箒を向けて降下した。
「…グ………」
紫は気を失ってはいなかった。
流石と言うべきか、ファイナルスパークをまともにくらったというのに地面から立とうとし。
「…ア…グ…!」
震える身体は、また地面へと滑るように倒れた。
「…紫」
紫の前に降り立つ魔理沙に、紫は地面に倒れながら顔を上げた。
「まさか……私が負けるなんてね」
「私一人なら負けてたさ。レミリアのおかげだぜ」
気を失い、魔理沙の背中で寝ている吸血鬼。
「…ええ、そうね……まさか、私が……こんな初歩的な事を見落としていたなんて……」
紫は、立てない身体に諦めたのか。地面に転がるように仰向けになりながら、魔理沙の方を見る。
「運命を変える能力………フフ、確かにそれなら私の術も破れるわね」
レミリアはこうなる事を全て予測していたのだろうか。
少なくとも、魔理沙が撃てないと紫に思わせなければ、逆に地に落ちていたのは魔理沙とレミリアだっただろう。
紫は自傷気味に笑う。
「トドメを刺しなさい………その為に降りてきたんでしょう…?」
紫は動かない身体に溜息を吐き、敗者として受け入れようとした。
「何でトドメをさす必要がある?」
だが、勝者となった魔理沙は、首を傾げるようにして紫に見せた。
「…え?」
紫はその言葉に驚く。
「弾幕勝負がまともに出来るようになったんだ。もう勝負もついてるし。これ以上は意味がないだろ?」
「トドメを…ささないって言うの?」
「あぁ。少なくとも、霊夢ならそうしないしな」
ニカリと紫に笑う魔理沙に、紫は、今まで思ってきた何かが、抜け落ちていったのを感じる。
まるで、あの絶対的な強さを持った、博麗の巫女を見ているようで――――
「……また、貴方にいじわるするかもしれないわよ?」
紫は、魔理沙に何を嫉妬していたのかと思いつつも、軽口を地面に倒れながら叩く。
「その時は、また力づくでどうにかするさ」
「…そう」
紫は笑う。ああ、本当に私は、何を嫉妬していたのか。
魔理沙が、霊夢の隣に立つのは、当たり前だ。
彼女も霊夢のように気高く、強い「人間」だったのだ。
「…少し、疲れたわね」
必死に保っていた意識を、紫は闇の中に落としていく。
覚めればきっと頭がスッキリしている事だろう。
目を閉じながら、紫は、夢の世界へと意識を投げた。
魔理沙は目を瞑って意識を無くした紫を見届け、箒に跨って空へと昇る。
そして、背中に背負ったレミリアに注意しながら闇夜の中、マヨヒガを後にした。
※
数日後。
「あら」
いつものように、境内の掃除をする霊夢は、空から箒に跨って降りてくる魔理沙を見る。
「よ、お茶を飲みに来てやったぜ」
「最近来ないと思ったら、邪魔をしに来たのね。魔理沙は」
霊夢は溜息を吐きつつも、縁側に箒を置くと、神社の奥へと引っ込み、お茶の準備をしはじめる。
「出来たら菓子もつけてくれよ」
「ハイハイ」
箒を置いて魔理沙は縁側に座る。
今日は気候も暖かく、青空が広がっていた。
もう少しすれば春が到来する事だろう。
そうしたらまた季節の変わり目にこの神社でまた宴会をするのだろうか。
「おまたせ」
空を見ながら物思いに浸っていた魔理沙に、霊夢はお茶が入った湯飲みを渡す。
「サンキュー」
手渡された湯飲みを持ち、息を吹きかけながらお茶を啜る魔理沙。
「…ん。やっぱ霊夢の入れたお茶は美味いな」
久しぶりに飲む霊夢のお茶は、変わらずおいしかった。
「煎餅もあるから一緒に食べましょ」
魔理沙の横に座り、一緒にお茶を飲み始める霊夢。
「お、ありがたく頂くぜ」
お盆に乗った煎餅を手に取り、パリッとかじりながらお茶で流していく。
博麗神社は、今日も平和にのどかだった。
※
「つまり、あの狂った月のせいであんな馬鹿な事をしたっていうの? この私が」
マヨヒガのある部屋の中、数日前に訪れたレミリアとテーブルを挟んで紫は昼間からお酒を飲みながら語り合っていた。
数日前に負った怪我は既に完治したのか、両者とも勢いよく酒を飲んでいく。
「えぇ。じゃなかったら魔理沙にあんな事をしようと普通思わないだろ」
「確かに……でもそう考えたら悔しいわ。また月の民のせいであんな事をしてしまったなんて」
紫は赤い顔をしながらヨヨヨと泣くような仕草を取る。テーブルの横には、既に空き瓶が何本も転がっていた。
「私と魔理沙に感謝しなさいよ……霊夢が出てきていたら貴方嫌われる所じゃ済まなかったわよ」
レミリアはそんな紫に溜息を吐きつつ、もし霊夢が紫の動向を知ってしまったらと思うと肝が冷えた。
全てを平等に許す博麗とは言え、私情が挟まないとは言い切れない。
魔理沙を殺そうと思うならその後の脅威からどうにかして逃げねばならないだろう。
「……けど貴方、よく魔理沙が土壇場で撃てるようになると思ったわね」
紫の疑問にレミリアは笑う。
「貴方の術が完璧だと思ったように、私の能力も完璧だと自信を持っていたからよ」
レミリアは、必ず最後、魔理沙がどうにかすると自信を持てた。
それが、自身の能力に繋がっていた為に。
「……まぁ、越してきた借りも返せて満足よ私は」
「…貴方に負けたわけじゃないけれどね」
ボソリと呟く紫だったが、レミリアの耳にはしっかり聞こえていた。
「へぇ……それなら、魔理沙抜きで再戦しようかしら? 隙間妖怪」
「あら、そうしたら貴方負けちゃうじゃない。命は大事にするものよ、吸血鬼」
剣呑とした雰囲気になる両者。
マヨヒガで巻き起ころうとする激突に。
「「…はぁ」」
別室でお酒を運んでいた一人のメイドと、一匹の九尾の式が溜息を吐いていたとさ。
最後の紫を見逃すシーンも、その前の妹様との会話があったのですんなりと受け入れられます。
うん、面白かった。
さりげなくカリスマだだ漏れなレミリアと紫様に、とてもドキドキさせられました。
あれだけ序盤~中盤にかけて主人公である魔理沙に関わった
パチュリーやフランドールが出てこなかったのが寂しかったです。
でもオチも含めて面白かったです。従者コンビに幸あれ。
紫が魔理沙を襲った動機にはちょこっと違和感があったけど、全体的にはとてもよく出来た作品だと思います。良い作品をありがとう!
良作をありがとう。
ただ、フランドールはもっと冷酷なんでないかなとかともちょっと思いました。
たとえ魔理沙が死んでも「あー魔理沙こわれちゃったバイバイ」くらいで・・・。
でも後半でパチェとフランの出番が全くなかったのがちょっと寂しかったので、80点。
アリス2人居ない?↑
レミリアのカリスマを犠牲ににしてまで魔理沙を助けた・・・そんなところ結構面白かったですw 次回にも期待
ところで
「七色の魔法使い、氷の妖精、虹の吸血鬼、七色の人形遣い、天狗の記者、亡霊のお姫様、酒を飲む鬼」
の部分は
「パチェ、⑨、フラン、アリス、文、幽々子、つるぺた子鬼」
であってます?
最後にパチェ、フランが出てきてくれたら最高でした。
余裕の無い紫、しおらしいマリサ、カリスマなレミリア。
色々と珍しいものを見れておもしろかったです。
……あれ、なんか一つ違うような。
面白かったです。
誤字
幻想卿→幻想郷
七色の魔法使い→七曜の魔法使いでは?
とても楽しめました。
最後の最後まで面白かったです。
>>後半フランとパチュリ~が出てこなかった~
スミマセン、カットした部分が全部それです。ごめんなさい。。
>>「七曜の魔法使い、氷の妖精、虹の吸血鬼、七色の人形遣い、天狗の記者、亡霊のお姫様、酒を飲む鬼」
これは左から、パチュリー、チルノ、フランドール、アリス、文、幽々子、萃香で合ってますね。本来はもっと多く代名詞に近いものを載せようとしたのですが、そこまでしなくてもいいかと思い途中、萃香で切らせて頂きました。
>>フランドールはもっと冷酷なんでないかなとかともちょっと思いました。
そうです。それが違和感があるかもと思ったものです。言われるかなぁ…とは思ったのですが、どうしてもフランドールを残酷風味に書けなく、こんな形にさせて頂きました。
>>あちこちちょっと・・・というとこもありました
確かに、あちこちちょっと、なんですよね(汗 修正していく上で自分が満足をするのと、やはりここで読んでもらう人と認識が違うのもあるせいか、ここはこういう言い回しでわかってくれるはずだと、断言出来ないというか。
面白かった、良い作品をありがとう、楽しめた。こう言って下さった方にはいいものを提供を出来たと、褒めて下さりお礼を申し上げたい所存でございます。 逆に、指摘して下さった方にも同じくお礼を。それを踏まえて、また別の作品を書くときの糧とさせて頂きます。
では、長くなるのもあれなのでこれにて。
次に期待しています
霊夢はモテモテですな、うらやますぃー!
やきもちやきなゆかりんはよいものですね!
一つだけ訂正。
アルティメットブラストでなくアルティメットブディスト です。
アルティメットブラストだとドラゴンボールになってしまうので(笑)
長さの割に中だるみも無く。
月に狂わされた紫様も素敵でした。
ただ、勝負の決着の付き方が少々乱暴なような・・・
導入からクイと引き込まれてしまいました!
ただ、紫がいたずらされるのには違和感ありでした。
ヤキモチゆかりんに激しく萌えw
おそらく削ってしまったであろうために、途中ちょっと「ん?」と感じる場所もありましたが、おおむねよかったと思います
魔理沙とレミリアのコンビなんてあまり見ないが、これがとてもよかった。レミリアかっこよかったです
ですが、お嬢様の素敵さに心打たれましたね。
魔理沙とレミリアの二人のコンビは中々斬新でしで、読んでいて楽しかったです。
ということで楽しめましたよっと。
はじめてssでレミリアがかっこいいとおもったw