ジョニイ・アームストロング こうしをころした
ピーター・ヘンダスン はんぶんとった
ウィリー・ウィルキンスン あたまをもらった
かねをならせ こうしはしんだ
昼間にも関わらず人通りの全くない獣道に看板が立っている。
『鍋、始めました。川原まで ミスティア・ローレライ』
その川原にて。
屋台が一つ、その前に幾つものゴザが引かれ、明らかに人間以外の連中がぐつぐつと煮え立つ鍋を囲んでいた。
鍋を中心にして青白で装う妖怪レティと、青で装いと透き通った羽を持つ人間の子供くらいに女の子、妖精のチルノが向かい合う。まだ鍋には手のつけていない二人を視界の両脇に置いて、鍋の中身を盛った小鉢を細々と食べているのは、チルノと同じく羽を背に持つ大妖精と呼ばれる子。
不敵な笑みを浮かべたチルノはレティに向けて高らかに宣言。
「食べ比べで勝負だ!」
「ええ、いいわよ。先行はチルノちゃんね」
チルノは小鉢を手に、鍋の具一つ一つと睨めっこし、一つずつ掬い上げる。その後で一口含んで口の端までを声のない笑みに歪ませた。
順番の回ってきたレティは鼻歌混じりにひょいひょい小鉢に盛り、一口食べて味の確認。
「よし、勝負だ」
互いの小鉢を交換。二人は同時に箸をつける。するとチルノは硬直し、一方のレティは普通に小分けした鍋をほおばる。
「ご、互角だ……」
「そうね、同じくらいの美味しさね」
あっけらかんとレティに言われて、チルノは小鉢の中身を一気に平らげる。それを見た大妖精は。
「チルノちゃん、ゆっくり食べて」
「大ちゃんは黙ってて。レティ、もう一本勝負だ」
「はいはい」
そして二本目。目を剥いて一つ一つの具をよそうチルノ。それを微笑みながら眺めたレティは、さっきよりも手早くよそう。先程と同じ形、そして結果も。
「くぅ~、引き分けだ~」
「うん、そうね」
「次で決着をつける。もう一勝負だ」
すると。
「だー!レティさん、私の話を聞いているんですか!?」
鍋を中心に大妖精の真向かい、カラスの羽を持つ天狗の少女、文に、レティは微笑む横顔を向けたまま。
「興味ない」
「あーもう、ちゃんと聞いてください。
人間達が無事越冬祈願を目的にレティさんへとこっそり用意していたお供え物が丸々なくなっていたんですよ。それも毎年。レティさんに身に覚えがないのなら、これは信仰とかの問題に関わることで、ひいては幻想卿の有り様にも繋がる由々しき問題です」
レティ、横顔はそのままに。
「だから興味ないし、信仰なんて関係ないし、今の私にはチルノちゃんや大ちゃんと囲む鍋の方が大事よ」
静かに言い切ったレティの後にチルノが続く。
「そーだ。あたいとレティの勝負のジャマすんな」
「こ、これは真実を追究するというジャーナリストの崇高な使命が……」
歯切れ悪くも言い返す文に、チルノはさらに強く怒鳴りつける。
「居候が口ごたえすんな!」
「んなっ!……」
文は出かけた言葉の全てを喉の奥にまで押し返された。代わりにしゃべり始めたのは大妖精。
「チルノちゃん。それは言い過ぎだよ」
苦言を呈しつつ、大妖精は小鉢に料理を盛って文に差し出す。
「あの、よかったら、どうぞ」
小鉢と橋を受け取った文、目の前にいる大妖精が滲んで見えるのは、何も鍋の湯気だけの所為ではない。
「ありがとうございます、大妖精さん。あんなことがあった所為で山を追われた、こんな不甲斐無い自分を拾ってくれただけで、私はもう言葉に出来ないくらいの感謝が……」
言葉はそこで途切れた。一口食べる毎に文の目尻から零れるものがそうさせた。
しみじみと食を進める文にレティは言う。
「そうそう、チルノちゃんと大ちゃんに感謝なさい。貴女みたいな集団生活に慣れたカラスがはぐれたら、行き着く先は人里で残飯漁りよ」
「うぅ、強く言い返せない我が身が恨めしい。でも、私も天狗の端くれ、フリージャーナリストとして新たな一歩を踏み出した射命丸 文の実力を見せてあげます」
チルノは身構えた。
「や、やるのか、あたい、最強だぞ」
「やるにはやりますが、相手はチルノさんじゃないですよ」
文、深呼吸。そして。
「みんなー、飲み比べしなーい!負けた方が勝った方のお代をもつってことで!」
自分の鍋に集中していた妖怪達の視線が文に集まる。その内の一人、屋台に控えていた雀の羽を背負う少女の妖怪、ミスティア・ローレライは目を輝かせ、酒の準備をする。
真っ先に口を開いたのは大妖精。
「あの、大丈夫なんですか?」
「任せてください。お酒には自信があります。チルノさんも大妖精さんも、そこで私が他の妖怪を蹴散らす様を見物していてください」
文は自分の胸を叩く力強さで自信の程を示してみせる。
「なにおう、あたいだって飲めるんだぞ」
「ま、精々足を引っ張らないでくださいね。尤も、チルノさんに出番は回ってこないでしょうけど」
そうこうしている内に、妖怪達はチルノや文達を中心に自然と円陣を組んでいく。それを真っ二つに切り裂いて中心に向かうのは、盆にお銚子いっぱい載せて、いっぱいの笑顔を振りまくミスティアだった。
「はーい、どいてどいてー。お酒が通るよー」
チルノも文も大妖精も、全ての視線がそこに集中した時、レティは席を立って歩き出し、ミスティアと擦れ違う。その際、レティはお銚子とお猪口をくすね、誰に遮られことなく妖怪達の垣根の外へと歩いて抜けた。
「あれ、レティ?」
チルノがその後ろ姿を呼び止める間もなく、妖怪達は自分のそばを素通りしたレティを全く気にかける素振りもないままに、彼女が通り抜けた穴を塞いだ。文もミスティアから受け取ったお銚子を天に掲げて改めて挑戦者を募集し、隣で大妖精がハラハラしていて、やはりレティを気にかけている様子はなかった。
仕方がないので、チルノも気にしないことにした。
空は主に茜色、しかし薄く藍色に塗り替えられ始めてもいた。
マスに並々と注がれた酒を一気に飲み干した文、対面の妖怪は飲みきれずにマスを置いて頭を下げた。大妖精は周りの妖怪達と一緒に喝采を浴びせる。ミスティアも、周りと明らかに違う種類の笑みを浮かべつつ騒いでいる。
そんな妖怪達の輪から少し離れて、文のように顔を赤くして横になるチルノ。そのチルノに、両膝を枕として貸しているレティは、木に背中を預けて傍らに鍋とお銚子とお猪口を置き、喧騒の飲み会を眺めもせず、チルノの額に手を当てたまま、すぐそこの呻く寝顔を見守っていた。
不意に、見守るレティの両目が、手で遮られる。
「だーれだ」
「紫」
手は離れ、つまらなそうな呟きが続く。
「即答ね」
「この状況だと、木から手が生えてくるか、スキマから手を伸ばすぐらいしか目を隠せないでしょ」
「ご尤も」
紫と呼ばれた声の主は、木が居座っているはずのところからレティを跨いで隣に降り立つ。普通に背筋をぴんと伸ばし、ゆらゆらと波打つ長い金髪をたらした女性、それが紫だった。
彼女はレティと、その膝枕の上でだらしなく寝ているチルノを見やると、笑う唇と一緒に目も細めて腰を下ろす。
「その子、どうしたの?」
「現在記録更新中の無敗の王者に、一番初めに勝負を挑んだの」
紫が見つめる妖怪の輪。
「ああ、あれのね」
「そう、あれのよ。勝った人は奢ってもらえるって、ちょっとしたご褒美がついただけであれだもの」
「あら、食べ物が少なくなる季節を前にして辛気臭く食い溜めするより、陽気に賑々しく食い溜めする方がずっといいわ」
「私は、少し苦手」
紫の視線が前から隣へ移る。
「で、私のご褒美は?」
催促されてすぐ、レティは鍋を手にとって渡し、お礼もそえる。
「いつも本当にありがとうね。それ、煮込むだけでいいから」
「確かに頂きました。とはいえ、夜雀の屋台の前に、落し物を集めただけで美味しいお鍋を頂けるんですもの。有難いのは私の方かもね」
紫は受け取った鍋をしっかり抱きしめた。
それから、紫は妖怪達を、レティはチルノを、しばらく眺める。
紫から。
「お酒は……飲めなかったのよね」
「嗜む程度。酔った勢いで何をするかわからないから」
紫は、レティの隣のお銚子とお猪口に目をやる。
「なら、私は帰るわ」
立ち上がる紫に、レティは別れの言葉を送る。
「ええ、良き冬を」
「ふふ、良き冬を」
紫は、またレティの頭の上を跨いだ。来た時と同じように、よくわからない内にいなくなった。
空に月がはっきり見え、既に一番星も輝いていた。
妖怪達は輪をぎゅう、と詰めて、中心からのむせ返る程に香る酒気と、外周の食べ終わった鍋を温める七輪の熱気とを、自分等の笑気で合わせて掻き混ぜて、そこが寒空の下であることなどすっかり忘れているようで、川のせせらぎも耳には入っていないだろう。
それを目にして、チルノを撫でる手をそのままに、レティは少し口ずさむ。
「Johnny Armstrong killed a calf,
Peter Henderson got half,
Willy Wilkinson got the head,……」
しかし、最後の節を前にして歌うのをやめた。
『今、鐘を鳴らしたとしても、ここにいる連中は自分等が飲み食いしている物に何ら気を回すことなく、酒と鍋を愉しむんだろうな』
そう思うと、レティは無性に酒が飲みたくなった。
お後がよろしいようで。
やっぱりチルノは⑨だなぁ