「カンジ、追って来たぞ」
「へへ、そうこなくっちゃ、あんちゃん」
山道を駆けるカンジ一同の後ろからは凄まじい勢いで追ってくるよしはるの姿が見えた。
歩幅の差がとんでもないということもあって、小僧どもとの差をぐんぐん詰めていく、が、
「おっし、みんな散れぇ」
こんな山道でなんてことをいうんだこの小僧は。
「ハァぁあ?、こんちっきしょう」
目の前で小童どもが三組にばらけるのを見てまたげんなりするよしはるだったがあきらめる
わけにはいかんな。 とりあえず斜面をまっすぐ駆け上がる先頭組はほっといて横に逃げた
小童どもを追うことにした。
「まてぇっ」
よしはるが叫ぶ、が、
「うわぁぁお」
「ひゅぅひゅう」
ふざけたガキどもである。
「おらぁっ」
よしはるはさらに二手に分かれようとした小僧二人を背丈同様、長い腕でひっつかみ、
「ばかたれがぁ」
ゴツリ、と互いの頭をぶつけておいた、ざまぁ。
「「いってぇぇぇえ」」
頭を押さえているところにかまわず声をかける。
「おい」
「なんだよぅ」
「うぇぇ」
小僧二人が顔をあげると般若の顔が見下ろしていた。
「かぁえれ」
「「は、はい」」
小童どもは呻くように返事をすると山の麓へ逃げるように駆け下りていった。
休む間もなし、よしはるはもう二組の逃げた方向へ駆ける。今日は散々であるな。
(どぉこいったんだ)
走りながら残りの小童どもを探す、しかし、進めば進むほど木が多くなって視界がすこぶる
悪くなる。よしはるがこれはいよいよ不味いと思った矢先、新たにガキども二人を見つけた。
(……ってざけんな、休んでんじゃねぇよバカガキども)
「うわ、来よった」
「うっとおしいのぉ」
言いたい放題であるな小童ども。
「またんかい」
よしはるは怒りにまかせて、より一層強く地面の土を蹴り上げる。
顔にあたる木枝なぞ気にせんと、ガキどもとの差を一気に縮める。
「ま、まままま、まった、こうさんじゃ」
「は、はは、話せばわかる」
追っ手に気圧されたかガキどもは逃げるのを諦めた、が
しかし、問答無用。
ガッ、ゴッ
「「ぎゃぁぁぁ」」
こんどは駆けつけた勢いそのまま小僧二人に怒りの拳骨を落とした。
「はぁ、ったく、ふざけ、やがって……ぅおい、後の二人はどこいった?」
「うぅぅぅ」
「いてぇ」
「いつまでうずくまってんだ、はぁよ言えっ」
苛つきと焦りでよしはるは自然と荒声になる。
「あ、あっち」
小僧の一人が山の奥を指さす。
「冗談だろ」
どうみても深い山奥だな、困った困った。
「っぁ、ぃてぇなぁ……でぇもあんちゃん……別に妖怪じゃあなさそうやね」
唐突にガキの一人が言った。
「あぁ?」
よしはるは、なにやら聞き捨てなら無い言葉を聞いた気がしたが、小童どもはもったいぶり
おってからに、
「い、いやぁ、なんでもねぇや」
「そぉそ、それより俺らもう帰るかんな」
とそんな口をたたく。
(こんのガキゃぁ)
けらけらと笑いながらはぐらかした小僧どもに当然のごとくこめかみをひくつかせるよしはる
だが、残念、怒る間もなし、残りの悪ガキどもを探すことに専念せねばならんのであった。
半刻程たって、ここは山の入り口付近の林。
「お、ごん達が帰ってきたぞ」
そこには捕まった輩が集まっていた。
「あとはゆうた達と、のぶだな」
「なぁなぁ、カンジ一人でだいじょうぶなんか?」
「一人であんのでかいの正体見るってどないすんつもりかい」
「なんでもあいつ、この前妖怪の住処みつけたとかゆうとったぞ」
「まさかぶつけるんか? ってか前々から出入りしとったんかいあいつ」
「……ほんっとあいつ度胸あるわ、俺恐くてそんなことできん」
「しっかし、うまくいっとるんかなぁ」
どうやら今日は並々ならぬ程の厄日らしいな。嗚呼、よしはるよ、いとあわれなり。
さて、哀れなるよしはるは小童達の思惑などつゆ知らず、
昼間だというのに大樹が茂って薄暗い山奥を進んでいたのだが、困ったことにガキどもの姿は
まったく見あたらないのであった。
「おおぃ、カンジ、返事しろ」
当然といえば当然だが、何度大声で叫んでも返事はない。
(……これは、まずくないか?)
かなり山の奥まで来てしまっているな、先ほど山頂らしき所を越えて、すでに下りになって
いるのであるが、
(妖怪……出そうだな)
さすがに不安になるようだ。
妖怪……よしはるにとっては村の守護者である上白沢慧音を除いてはただの一度も見たことは
ない、未知の存在であろう。
(人里の近くの山だからそこまで凶悪なのは……出んよなぁ)
残念だが、不安からでた希望的観測なんてものに保証なんぞはさらさら無いぞ、だがそれでも
小童どもを置き去りにして帰るわけにはいかんので、不憫ではあるな。
そのまま更に四半刻ほどあたりを探したとき、
……チッ、チチチッ……
はっとした拍子に、よしはるの意識のなかに鳥の鳴く音が聞こえてきた。
「ふぅ」
(気が抜けちまったかな、少し休むか)
気が張って疲れていたよしはるは、ちょうど横手にあった木に
どさりとその巨体をあずけた。
(……あぁ、落ち着いて見ると、そこまで恐いもんでもなかったな、この森)
まぁ、暗いといっても枝葉の天井にはちらちら日光が見えるし、不気味なほど静かでもない、
ほら今でもよしはるの耳には鳥のさえずりが響いているのであるから。
(……しっかし、)
「あいつどこいったよ」
木々の天井見上げながら、気の抜けた顔でボヤくよしはるであった、ついでに吐息を一つ。
よしはるはぐったりとしたまま、しばらく鳥の鳴き声を聞きながら休んだのであった。
「……ようし行くか」
心身共にだれかかった身体を引き起こして、ガサガサと木々をかきわけ歩きはじめる。
「おいどこにいる、返事しろ」
よしはるは再び、大声をあげてカンジ達を探し始めたのであった。
……チチチッ、チチチチ……
鳥の鳴き声がまだ聞こえる、あれからまた四半刻ほどたっただろうか。
よしはるはふと歩みを止めた。どうした? いったい。
「さっきから……ずっとだな」
(鳴き声……遠くならんな、ずっと近くで鳴いてるぞこりゃ)
ん? ずっと近くでか、あれから四半刻も歩いたというのにおかしな話であるな。
よしはるはいぶかしんで辺りを見上げたが見つからない。しかしこう視界が悪くては見つけ
ようがないであろう。まゆをひそめて首をかしげたが、分からないものはしかたない。
仕切りなおしと再び歩き始めたのであった。で、それからまた四半刻程探しても小童どもが
見つからず、途方にくれて、一旦帰って慧音様に探してもらおうかと思い、里に戻ろうと歩いて
いた時であった。
唐突に周りの草がガサガサと音を立てた。
思わずかっと開いた手がそのまま強ばり、首筋には嫌な汗が伝う。
よしはるがひどく心の臓をなんだなんだと身構えていると、なんと、野犬が何匹もぬっと姿を
現した。
(……っつ、おいおい)
よしはるは、思わず構えたままかたまる。
野犬の群れはよしはるを囲うようにゆっくりと動き回り、口からは背筋が寒くなるような
うなり声をつぎつぎと漏らした。
その面々は飢えた狼の如くだ。
「……んだ? こいつら」
(妖怪じゃないが、ツイてないな、くそ)
よしはるは本能的に感じてしまう恐怖を紛らわすように悪態をつく。体はでかいが人並みの
神経はあるようだ。
「ふぅ……」
(落ち着けよ、体が動きゃなんとかなる)
よしはるは足踏みして足の緊張を解くと、無意識にくちびるを舐めた。しかし本当大丈夫か?
素手であろうに。よしはるはそばにあった木に背をあずけると、辺りをざっと見回す。
(多いな、十匹はいるぞ)
よしはるは相手の数を見てしまったことを後悔した。頭に最悪の結果が浮かび、焦りと緊張で
胃からものがこみ上げてきそうになる。
(ちっ、なめんなよ)
「うるぁぁぁああ」
よしはるは大声で喝を入れると、なかなかかかってこない野犬達に向かって猛然と駆け出した。
手始めに前に出ていた犬の顔面に蹴りを叩き込む。よしはるの足に確かな感触を残し、野犬の
大きな体がタテに吹き飛んだ。初撃が決まるかどうかの際どい賭けだったがまずはうまくいった
ようであるな、ついでに犬の首から鈍い音が聞こえたのだからツキはよしはるに来ているよう
だった。よしはるの先手をきっかけに犬どもが一気に牙を剥いて突進してきた。
「がっ、くそ」
後ろから景気良く飛び込んできた一匹がよしはるの足を捉えた、と、おぉおぉ次から次へと
飛び込んでいくな、飛びついてくる犬どもを上から叩き落とすようにコブシを振るうと、太股に
いつまでも噛み付いている犬の鼻柱に上から鉄拳をかまし、こりゃたまらんぞと駆け出した。
だが当然の如く、犬どもは猛然と迫ってくる。 よしはるは腕を振るって飛び掛ってくる犬を
追っ払うがきりがない。
「ちっ」
(く、くそ、どうするよ)
里まで逃げようにもまだ山の反対側だ。となるとまだ時間がかかるな。
「くっそ、うっとおしい」
また懲りずに飛び掛ってきた犬を叩き落とすとよしはるは追ってくる犬どもに向き直った。
(かたずけるしかねぇ、まさか無限にいるわけじゃねぇだろう)
よしはるが止まっても相変わらずの勢いでかかって来る犬どもは圧巻だな、ある意味爽快感すら
感じる。
そんな輩がよしはるのコブシを真正面で食らったら痛いだろう。コブシが炸裂した眉間から
何かが砕ける鈍い音が聞こえてくるんであるからな。
「うおっと」
殴ったと同時に位置を変え、犬どもの狙いを若干はずす。もといた場所に犬が飛んでくると体
すれすれを通る、これは痛快だろう。
(くそっ、逆からか)
今の犬とちょうど入れ違いに突っ込んできた犬を、これは微妙に危うい体勢で首を両腕で
がしり固めると、勢いそのまま横に捻る。はたまた首から鈍い音がしたかと思えば反対側に
棄てられた。
「っと、くそ」
そのときよしはるの腰にぶつかってきたやつがいて、はじきはしたが、よしはるは地面に両腕を
着くことになった。やや、これは危険であるな。
そこへすかさず犬が突っ込む。今度はやや、三匹か。無事では済むまい。
「っうぁぁぐっ、くそこのやろう」
一匹に足に噛み付かれたがよしはるはそいつを気合で我慢し、それよりも胴に向かって
飛び掛って来た輩を相手にした。胴にへばりついてきたところの前足を引っ掴み、突進された
勢いで捻るように自分の体ごと地面に投げる。足に噛み付く犬ぶらさげ、よしはるの体は地面に
向かって逆落としとあいなった。またもべきりと鈍い音がして、地面に叩き付けられた犬の
前足一本、あらぬ方向にへし曲がった。つくづくへし折るのが好きな奴だ。
「ちいっ」
最後に来たもう一匹が肩口に取り付いてきた。噛み千切らんとする勢いで思い切り牙を立てる、
痛いなこれは。よしはるは倒れた格好からなんとか片膝を立て、右肩に噛み付いた犬の首根っこを
掴んで絞めたついでに引き剥がした。情けない鳴き声が響き、よしはるの前に犬の体が転がった。
それからすかさず、いまだ足に取り付く鬱陶しい犬の眉間に上からコブシを振り下ろす。
足を吐き出すように犬はのけぞり、そこへすかさず首をかためて、へし折った。
「あぁ、うっとおしい」
首が絞まったこともわすれたか、懲りずに引っ付いてきた先の犬を振り解き、蹴りとばす。
「……くそ」
さすがにつらいであろう、負った傷はそこまで酷くはないが、肩に傷、足に傷、背中や腕に
無数の引っ掻き傷だ、が、犬どもは本能で分が悪いと悟ったか、よしはるに飛び掛ってはこず、
また様子を見ている状態だった。だが始めの時とは違い、その目には怯えの色がちらついていた。
(ありがたいね)
よしはるもこれ以上はウンザリだろう。だが奮闘のかいはあったな。
「散れよっ」
よしはるがそう叫んだのを契機に、犬どもは辺りに散っていった。これでひとまず安心であるな。
「……助かった」
よしはるは全身を弛緩させ、息を吐いた。
とたん、何かがよぎる音がしたと同時に周りの土や草が弾け飛んだ。
「っどうわぁ」
目が飛び出るのではないかと思える程の驚きと共によしはるは、木の後ろへとびこむ。
木の陰から覗いてみれば、怪しく揺らめく玉のようなものがいくつもの軌跡を描きつつそこら
かしこを吹き飛ばしていた。
(上になにかいやがる)
怪し玉は上から雨の如く降って来る、そちらを見やると確かに何かがいたようだ、が良く
見えない。
「うわっ」
そいつが宙を流れるかのように周りこみ、次々と怪し玉をとばす。
よしはるは低い姿勢で木々の合間を巧く駆け抜ける。いやしかしこういった事態にはやけに
慣れた動きをするが、前の村での喧嘩相手というのは妖怪相手だったのではあるまいか。
「っつ!?」
なかなか当てられないことに業を煮やしたか、そやつはよしはるの頭上を一気に通り越し、
よしはるの前へ出て怪し玉を放ってきた。よしはるは低い大勢から足を蛙のようにつかって横手
に跳ねた。そしてまた木々を盾に駆け抜けていく、いや、みごとなものだ。
「まちなっ」
「あぁ?」
(女の声だぁ?)
周りの木々がはじけ飛ぶ音に紛れてよしはるの耳に届いたのは、やけに高く通った声だ。
だが、よしはるがまったできない状況を作っているのは他ならぬ声の主であるのだが。
ひゅんと黒い影が真上をよぎったかと思うと、よしはるの数歩先に長い髪をなびかせ
降り立った。よしはるは例の如く反射的に飛びのいたが、何かを仕掛けてくる気配はない。
木の陰からそやつを覗き見ると、そこにはなんとも綺麗な顔立ちをした女が、
あからさまに不愉快そうな顔付きで立っていた。気になるのは鳥の翼を生やし、それを器用に身に
巻きつけていることだ。まるで羽織を纏っているかのようだ。
(な、翼? まさかあれが妖怪ってやつなのか? 思ったより怖くねぇ)
なにやら間違っているような、それでも目の前にあるそのままの事実というか、とにかく
よしはるは妖怪全般に対する最初の印象をそうとった。
まさに人の姿に翼をかたどった着物といういでたちであるな。黒く艶のある髪、そして
妖艶な顔立ちと、なんとも男を惹き込みそうな姿であった。……翼の下はなぜか白い寝巻きで
あったのだが。
「なんなのよ、あんた。……あったまにくるやつだわ」
いきなりないいぐさだな、逆恨みかこやつ。
「襲ってきたのはそっちだろうが」
至極当然の返事であろう、ついでによしはるが眉間にしわをよせるのもしかたない。
「それがどうしたのよ? あたしの縄張りに勝手入ったのが悪いんでしょう」
やれやれといったふうに妖怪は言葉を続ける。
「こっちは大事な犬が何匹も怪我して、おまけに何匹か死んじゃったじゃない。足折られたやつは
もう使い物にならないだろうし……妖怪内でも弱いふりして手を出さす詐師するあんたみたいな
のかなり嫌われるのよ」
ほう、あの犬どもはこやつの手下であったか、ん? よしはるが静かだと思ったら呆れた顔
をしている。
「……で、どうする気なんだ?」
よしはるが呟くように言うと、妖怪は不機嫌な顔をさらに歪めた。
「さっさと出て行って、まったくあんたどこから来たのよ、こっちの縄張りにずかずか乗り
込んできて、獲物を横取りしにきたかと思ったら散々迷惑かけて、襲ってきたのはそっち
ですって? うんざりだわ」
……まて、何かひっかかるのだが。
「???」
よしはるの困惑はさらに深まる。
「……なにをおかしそうな顔しているのかしら?」
不愉快そうな顔はそのまま、妖怪はいぶかしむように言った。どうも大事な所で話が
ずれているような気がするのであるが、いやしかしこのまま退散したほうがよいような気も、
「あんたやけにおとなしい妖怪さんだな、見逃してくれるなんてな」
……おまえは利口なやつだと思っていたが、わざわざ鬼門へ足をむけるとはな。
妖怪は、はぇ? という表情を浮かべた後、すっと目を細めた。
「……あんた、まさか人間?」
なんと、人間ではないと思っていたのか。どうりで話がおかしかったわけだ。
よしはるはしまったという顔をしたが遅いわ。これはまずいと思ったがしかし、
「そんなことないわよね、そんながたいしといて、顔と格好だけ似せたんじゃ
妖怪どころか人間もだませないわぁ。せめてあたしくらい人間に合わせた格好しなさいよ」
よしはるの内心やいかに、少なくとも自分がいったいどんな見方をされる存在かはわかった
のだろうが、だが安心するがよい、おまえが人間だとわかってくれる者はいる。
「おれは人間だっ、ふざけんなっ」
もう、お前は馬鹿だとかなんとかを通りこして、その不憫さに泣けてくる。
「それまこと? だとしたら命知らずもいいところねぇ……」
両者の間に沈黙が訪れる。
(と言ったはいいんだけれど正直こまちゃったわねぇ、こいつ玉当たんないし、でも近寄ったら
でかいし簡単に骨折るし……でも引くに引けないわ)
妖怪は目の前の厄介者をあらためて見据えた。
(ああ、まだ夕方にもなってないのに、打ちすぎで疲れた……ねぐらに帰りたいわ。だいたい
こいつ怖がらないし……)
妖怪は心のうちでうーんと唸った。
(でもやっぱりこのまま帰るってのはないわね)
妖怪はぱさりと翼を一度はためかせると、次の瞬間、妖し玉をばらまきながら突っ込んできた。
よしはるはというとなんと横手へ見事な飛び込みを決めていた。こやつはとことん体を張るな。
「ちぃっ……」
妖怪は勢い余ってよしはるの横を過ぎる。その間によしはるは木々の間にその巨体を隠す。
初撃はなんとかなったようであるな、妖怪はまたも妖し玉をばらまきながらよしはるに迫る。
よしはるはなんとか木々を盾にしているが、それでも何度も玉がかすめ、至近で弾け飛んだ
木片が体に刺さる。
(くそったれ)
よしはるもコブシの距離にはもっていきたいがこれではな。
「ふふ」
その様子に妖怪は思わず笑みを漏らす。
両者の距離が木一本隔てた距離になった時、妖怪が更に勢い良く走りこみ、よしはるの懐に迫る。
よしはるは相変わらずの屈んだ姿勢から腕を突き出した。妖怪が爪を振るい、突き出された腕を
引っ掻いたがよしはるは怯まず妖怪の体を引っつかんだ。お得意の固め技でいく気か。
「いっ、さわるな」
妖怪はよしはるの予想を上回る力で掴まれた腕を払うと、懐に飛び込んだ。
よしはるはとっさに首を片腕で防ぎながら、はじかれた腕をまわして再びつかみかかる。
妖怪の爪に胴をばさりと引っ掻かれ、その痛みに思わず呻く。だが骨斬肉斬、続けて爪を振る
おうする妖怪を後ろにまわした腕で寄せたかと思うと、いつの間にか後ろに長く伸ばしていた片足を
勢いよくもどし、見るからに強烈な膝蹴りを妖怪に見舞った。
「っくは」
さすがの妖怪も大男の一撃はきいたらしく、動きが止まったところを完全に掴まれた。
「うあっ、きゃあ」
両腕を捻られ、足を足で固められ、地面にうつ伏せに押さえつけられる。……見事、決まったな。
「くあっ、ぐ、あ、ああ放しなさいよ」
そんな声はどこ吹く風、とまではいかないが、あばれる妖怪の馬鹿力に苦労しながら地面に
押し付ける。
「もう、おっとなしくっ、しやがれ」
まだじたばたする妖怪を自慢の巨体でさらにぐいと押し付ける。おぉおぉへたすると可憐な妖怪
の背骨がべきりといきそうなぐらい乱暴な押し付けかただな。
(う、そ、やっぱり帰ればよかったぁっぐは、く、折ぉれる)
「ひ、ひぃ、えぐ。あ、あんたやっぱり、どこかの鬼かなんかでしょ、お願いだからはなして、
折らないで、殺さないでよぉ」
……妖怪といえど、生死にかかわるほどの恐怖を感じたか、先ほどとはうって変わった対応だな、
よしはるも呆気にとられたといった感じだ。
(どうすんだよコレ)
さて、ここで放してしまって大丈夫なものか? 大丈夫な気もするがなんともいえん。
「……なぁあんた、何の妖怪なんだ?」
なんとも興味本位な質問であるな。
「あたしはっ、あたしはしがない夜雀よ、そんなたいしたことないんだから、食らっても
たいしたことないんだから」
やや恐慌状態なのが実に滑稽だ。
「すずめ? じゃあ、さっきチッチ鳴いてたのがおまえなのか?」
「そ、そうよ、あんたがあたしの縄張りに入ってきたから追っ払おうとおもったのよ」
しかしこの妖怪少々哀れな気がしてきたな、今夜はねぐらを涙で濡らすことだろう。
よしはるもさすがに可哀相だと思ったのか、妖怪を放してやった。まぁ願ったり叶ったりの
状況にはなったからよかったか。夜雀とやらは悲しげにちんちんとなきながら飛び去っていった。
「っつ痛ぇ」
そういえばよしはるは腹に傷があったな、あぁ、あと肩、腕、足、、太股、つまり全身と。
よしはるは服の袖をびりりと破ると無視できん傷の箇所に巻きつけ血を止めた。
(帰れるのか?)
まだ日没までに半刻ほどはあるだろうが、そのまに里まで帰れるものか。
よしはるがなんとか歩き出そうとした時、がさりと音がした。
「っつ!?」
よしはるがとっさに目を向けた先には、
「ごめん、あんちゃん」
そこにはとてもまずいことをしてしまったと思っているであろう顔をしたかんじが立っていた
のだった。
「…………」
あぁ、よしはるは今日最高にげんなりしたことだろう。目が、いや顔がとても惨めでうつろ
で情けない、なんともいえない表情であった。
それからよしはるとかんじは苦労したものの、何とか日没までに里へたどりつくことができた。
その間、なにも物言わぬよしはるに向かってかんじがぼそぼそと事情を語っていた。なんでも
かんじは山頂を越した辺りからよしはるがくるのを隠れて待ち、よしはるが通り過ぎたときから
ひっそりと遠めにつけてきたらしい、そして一部始終を見ていたとのこと。よく犬どもに
見つからなかったな。二人が里へ着いた時、村で待っておった小童どもはよしはるの怪我を見て
驚き、そこへ駆けつけてきた大人達が妖怪にやられたと聞くや否や、大騒ぎとなってしまった。
そして今、怪我の処置をし終えたよしはると今回の壮大な悪戯に関わった小童どもが首を
揃えて里のまとめ役の家に来ていた。
そこには長老に小童どもの父親の面々、そして小童どもの教師こと慧音が憤怒の形相で一向を
迎えている。
「お前達、自分がなにをしたか分かっているな?」
慧音が怒気を含む威圧的な声で話しはじめると、小童どもはびくりと身を震わせた。
「お前達はお前達自身を危険にさらしただけでなく、人を故意に殺してしまえるようなこと
さえ考え、あろうことか実行したんだ。これは許されることではない」
慧音は小童達を見回しながら言った。そして、
「寛次(かんじ)」
「はいぃ」
かんじは更にみを震わせた。
「お前は妖怪がいる場所を知っていたというのは本当なのだな」
当然の質問であろう。
「は、はぃ、この前、山に行った時、きっ、木に縄張りの印をみ、みみ見つけたんです」
だから、とかんじは答えた。とたん、
「ばか者がぁ」
かんじの言葉を聞き、我慢ならんといったふうに怒鳴った男がいた。
「と、父ちゃん」
かんじはまたもびくりと体を強張らせる。
「てめぇは掟を破ったとはいえ、山に入って里ん近くの山に妖怪が出張ってきたのを知ったっ
てぇのに、里のモンに教えなかった。こんな妖怪だらけの土地で生きてくモンの義務を怠った
ちゅうわけだ。」
かんじの父親はそういって目を細めた。
「それどころかそのことを人殺しに使うたぁ、そんなヤツは里に住んでもらいたくねぇ、しかも
それがウチのガキだっつったら胸糞悪くてしょうがねぇ、最悪だ。」
そして、でてけと言った。
「か、勘弁してくれおっ父、そんな、そんなつもりじゃなかったんじゃ。ほんとに、ほんとに
あんちゃんが妖怪だと思うて、誤解しとったんじゃあ」
とかんじが言い訳を言った途端、
「ばかたれがぁ、人様と妖怪の見分けがつかんでこん土地で生きていけるかぁ、そこんとこを
体に分からせてやる……覚悟しとけ」
「ぅ、ぁぃ」
情けない声でかんじは返事をする。
「今回の罰として、悪戯に関わった者全員、一晩、縁側で正座して反省しろ、寝たら承知しない」
と慧音が座った目で小童どもに言い聞かせる。
「その後は更に両親のしかりを一人一人、きっちり受けることだな」
長老が年とは思えぬ目つきでそう言うと、続けて
「皆彼に、よしはるにあやまるのだ」
と諭した。
「ご、めんあんちゃん。ほんとにごめん」
「おれも、ごめんなさい」
「わしもじゃ、ごめんなさい」
かんじを筆頭に、七人の小童が謝罪をした。
これを聞いたよしはるは、やっとこの件については終わったのだと一安心すると同時に、
小童どもにまんまとはめられて、かつ、それに本気でのぞんでしまった自分のあほさにとてつも
なく惨めな気持ちになり、全身の傷が直るまで不貞寝を決め込んだのだった。
よしはるが不貞寝を決め込んで数日、悪がきどもの親達が謝罪に訪れる日々が続いた。
それでも気分は晴れず、どんよりとした雰囲気を漂わせていたところに、元の親父が笑い
ながら話しかけていて、
「まったくおまえさんというやつは、たいしたやつだぁな。」
そんな明るい声にたいしてよしはるは、そうなのかねと気のない返事をするだけだった。
だが今日に限ってはそれだけではおわらなかったのである。
「おまえさんの腕っ節を見込んでなんだがなぁ、ははっ。こっから少し離れたところに立派な
竹林があるんだが、そこにも妖怪どもがいるんだなぁ、しっかし春になったら筍が採れるんから
こまったもんだ。で、そんときゃ頼んだからな」
は? と思わずよしはるは体をおこして元の親父を見た。信じられんといった表情であるが
いたしかたなかろう。
(おいおいかんべんしてくれぇ)
よしはるはまるで魂を抜かれたかのように気がぬけて、どたんと布団にたおれたのであった。
もううんざり。
『続く』
続きに期待してます。
話事態は良かったので、非常に残念です。
イマイチ面白みに欠けます。
今後の展開には期待しておきます。
話の視点、配慮が足りませんでしたね、次のお話の冒頭で
はっきりさせたいと思います。素直な感想をどうも。
自分なりにいろいろ盛り込んだつもりだったけどまだ盛り上がりに
欠けましたか。といっても話の本筋は実質次回からってな部分もあるので
そこで出来る限りたのしめるようにやってみます。
それから皆、感想、ご期待をありがとうございます。
続きに期待させていただきます。
ただ、ちょっと改行の位置が読みにくかったです。
読んでくださってありがとうございます。
期待にこたえられるよう頑張りますね、あと改行の点については
次回なんとかしてみます、報告ありがとう。
是非一刻も早く続きを読ませていただきたいなと思います。
返答遅れました、一人ずつ返答するのもなんなので。
読んでくれてありがとうございます、なるべく早く書き上げる
つもりです。 これ書くのに三ヶ月以上かかってしまったので
なんとか一ヶ月以内を目指します。
それではまた。