注意、オリジナル設定が五割くらい占めています。苦手な方は、戻るか覚悟するかのどちらかを
お選び下さい。
なよ竹のかぐや姫。竹からうまれ、最後には月へ帰ったという月の民…これは古き時代に
記された嘘か真かもわからない物語、作者未詳。もしこの物語が事実だったとしたら、
月に人が住んでいるということにもなるが、まさか、そんなことはありえない、考えられ
ない、だから創り話だろう。と、ある一つの仮説が立つまではそう考えるのが普通だった…。
山々に挟まれた、とある平地にある人里があった。人々は畑を耕し、飯をつくり、
夜になれば妖を恐れて家に篭る、と、特に何も変わらない日々を送っていた。
強いていえば…ああ、そういえば背の高い男が一人、越してきたことぐらい。
やたらと筋骨たくましく、精悍な顔付きで、歳は30近くだった。
なんでもその歳になっても親のもとでごろごろしていたらしく、でかい図体も
あいまって、家を追い出されたらしい。身体がたくましいのは前の村で喧嘩ばかり
していたからだとか。親に勘当されたのがよほどこたえたと見え、里での働きぶりは
まんざらでもない、それになかなかに知識が豊富で里に役立つ事もその大きな身体をもって
やってくれた。
最近では里の守護をしてくださる親切な女妖怪様が持つ歴史書に興味を持ち、頻繁に訪ねて
いた。妖怪様はとても綺麗で優しく、それでいて毅然としてたくましい心の持ち主であったから、
そちらに惹かれたのだろうというのがもっぱらの噂だったが。
「毎日毎日、熱心なことだ。」
里の守護妖怪であり、人の歴史の管理者でもある存在、上白沢慧音は、居間に居る大男に声を
掛けた。この男はここ毎日のように家にきては、まるで憑かれたかのように歴史書を読み漁っている。
「ん~、俺にとっちゃあ、なかなかに難解な文字なんでねぇ。時間かかりますもんで」
歴史書を睨んでいた大男が、はっとしたように顔を上げ、頭を掻きながらにこやかに答える。
慧音は今自宅に帰ってきたところであった。昼間は寺子屋で子供達に学問を教えているのだ。
玄関に自分のものではないわらじが一足あったので、また来ているのかと半ば呆れながら居間に
入ってきたのであった。
(それにしても、たいした集中力だ、声を掛けた時以外は周りが見えなくなっているのではないか?こやつは)
妖怪であるにしろ女性でもある慧音が留守の時でも、男の出入りに目を瞑っているのは
ただならない集中力で、歴史書をひたすら読み続ける姿勢を見込んでのことだった。
時既に夕方。
「っとぉ、もうこんな時間か、そんじゃ帰らせていただきます慧音様」
そういって男は立ち上がる、正直でかい。慧音より頭二つと半分は大きい、家の入り口に
つっかえるほどだ。
「そうか、帰り道は気をつけて行くように、夕方はすでに妖怪達がでてくる頃合だからな」
と慧音は忠告した。
慧音の家は里から少し離れた場所に建っている。夕方には出ないと里に帰るまでに暗くなって
しまうので危険であった。
なにせ里まで通じる道は森に挟まれている。夜になれば慧音は里の見回りのために
家を空けるから、頭のいい妖怪は出てくるのだから。
男が出て行った後、慧音は男が棚に戻した本の題名を見た。
(またかぐや姫か)
あの男が初めて来たときからずっと読み続けている年代の記録だ。
そこにはかぐや姫という人物が登場し、何人もの貴族を魅了した時から、最後には人前から
姿を消したとされているところまで記されていた。
あの男が今読んでいるのは、まだ序盤だ。相当読むのに苦労しているようだが…。
(それでも奴が文字を読めることが以外なのだがな)
慧音は苦笑した。
あの男はなにからなにまでつりあわない。
やってることがあの巨大な外見からは想像つかないことばかりだ。
「しかし、なぜかぐや姫なんだ?」
そんな疑問がおもわず口にでた。
これは、まだまだ永遠亭がその姿を晒してはいなかった、ずっと前のお話。
「ただいま~っと。遅くなりましたお紗江さん」
ガラリと一軒家の戸を開け、大男こと佐伯嘉治(サエキ ヨシハル)は中へ入る。辺りはすでに
暗くなっていた。中から、慌ただしい声が聞こえてくる。
「こらこら、アンタ。あぶなっかしいじゃないのさ」
と言いながら居間の方から一人の女が現れた。
家主の妻、お紗江さんである。
「遅くなったじゃないの、てっきり妖怪と喧嘩でもしてるんじゃないかと思ってたよ」
…ちょっと心配のされかたがおかしい。しかしこれがよしはるという男に対する周りの認識
である。
「スンません。つい夢中になっててねぇ」
ヨシハルは頭を下げながら居間へ行く。
そこにはすでに夕飯にありついていた家主の姿があった。
「おう、遅かったなぁ。慧音様を口説いてでもいたのか?ははっ、けしからんぞお前さん」
などと、へんなことをおっしゃる。この男、里の中でもノリのよいおっさんで知られている
元三郎(ゲンサブロウ)さんである。
「口説く余裕なんてないね元の親父、それよりメシメシ」
そう言ってヨシハルはちゃぷ台の横にどっかりと座った。
「あいよ」
ちょうどお紗江さんが玄米を茶碗に盛って来た。ちなみに量は普通。
「どうも、んじゃいただきます、と」
食事の挨拶をすると、よしはるはついでに運ばれてきた質素な味噌汁と一緒に玄米をちまちま
と食べはじめたのだった。
食後、よしはるは居間の端っこでころがっていた。なにやら考え事をしている様子。
うんうんと唸りながら何事かをぶつぶつ呟いていた。
そんなふうにぶつくさ言ってるところに元のおやじがつっこむ。
「慧音様んとこいってからこのかたなぁにをぶつぶついっとんだお前さんは」
とのこと。
「んあ?ああ、これだけは勘弁してくれって元さん。俺の日課なんだよ」
ヨシハルは神妙な顔付きのままそう答えただけ。
「ふぅん、まあ、とくに聞きたいってわけでもねぇけどよ」
といぶかしげながらも元三郎は追求するのをやめた。
そんなこんなで居候の大男と周り人達の日々は過ぎていく。
「はかどっているのか?」
慧音は今日も相変わらず歴史書と格闘している大男に声を掛ける。
「なんか俺が作業をこなしている、ってな問いかけですねぇ」
慧音の問いにちょいと苦い顔をして、その大男ことヨシハルは答えた。
「読むのに苦労しているのは本当のことだろう、私が暇な時なら読み方を教えてもいいぞ」
正直、自分の歴史書に興味を持たれることに悪い気はしない慧音だった。少しぐらい
手伝ってやる気も起こるというものだ。
「そりゃ助かりますよ。今からでも?」
とよしはる。そんな大男の態度に慧音はくすりと笑みをこぼした。
(まったく遠慮のないことだな)
呆れながらも嬉しそうに慧音は承知する。
「そうだな、ちょっと待っていてくれ」
慧音は本棚の一角から数冊、本を取り出してきた。
「それは?」
なにか新しいものを見つけた子供のようによしはるが尋ねる。
「民話だ」
とだけ言って慧音は机の上にことりと置いた。厚紙表紙の書物が広がる。
「へぇ、これ、竹取物語…ですか?」
表紙の台目を見てヨシハルはおぉと驚き、そう尋ねた。そう、まさにかぐや姫の登場する民話
である。
「そうだ、その様子だと大まかな内容は知っているだろう、読みとりの練習にはうってつけだ」
この手の民話は寺子屋でも使っている、理由は全く同じ、子供は興味の薄い歴史書より童話、
民話のほうが食いつきやすいとのことである。
「まさか、慧音さまの直筆だったり…しますか?」
とたん、なぜかに顔を引きつらせながらヨシハルが尋ねる。なぜかといえば、そりゃあ、
「まさかな…ああ、安心しろ、ただの民話の写しだ。歴史書のように詳しく書いてあるわけでは
ない、お前の行動が無駄だったということはないよ」
それはよかったと。ヨシハルはホッとした顔になる。まるで子供のような反応をするやつだ。
「それはそうとこっちは?」
ヨシハルは竹取物語と一緒に持ってこられた本を手に取る。
「それは私が子供達用に書いた文字の基本集だ。それにこっちは白紙帳だ」
実に至れり尽くせりだ。気づけば墨と筆まで用意してある。
「おっとぉ、こいつぁ、ありがたいことこの上ない、感謝の極みですねぇ」
これはたまげたとばかり、ヨシハルは額に手をあてて感嘆する。
「まあ、教えるとは言ったが当分はこれだけで十分だろう、何かあったら聞いてくれ」
と、書斎に向かおうとした慧音をヨシハルが止めた。
「さっそくなんですが、マシな筆の使い方を教えてくれませんか?」
慧音は苦笑するしかない。
(くく、やれやれだ)
ところ変わって、ここは里の中にある広場。
晴天の下でちっちゃい子達がかけっこしたり、けんけんしてたり、ちゃんばらしていたり。
その中で、年の10歳ぐらいの小僧が数人集まってなにやらしかめっ面をしていた。
「なぁ、慧音先生んトコにあのでっけぇヤツが出入りしてるって知ってっか?」
ああなるほど、そんな話題なわけか。
「ぜってぇアイツ妖怪かなんかだって、ウチの父ちゃんよりでっかいんだぜ」
と別の坊主。
「慧音先生に近寄るなんてむっかつくのー」
と地団駄ふむ小僧もいる。
「なぁ、あのでっかいの一度試してみねぇか?」
とまた別の坊主がそんなことを言い出した。
「寛治(カンジ)、んなことしたらおっ父にカミナリくらうぞ」
どうやらカンジという名前らしい。
「いいや、俺はやるかんな、意気地のねぇやつはこんでいいわ」
カハハと笑ってカンジが言い切った、なにかしらないが本気らしい。
「よーし、俺はのんぞ、おもしろそうじゃからのー」
と先ほど地団駄踏んでた小僧がのってきた。
その言葉が契機となって、俺も俺もと小童達が乗り出しおった。みんなでやれば怖くないの
心理。 一体何をやらかすつもりなのやら。
そんな風に、なにやら危険なにおいがしないでもない取り決めが行われた後の日、
学びの薫り漂う寺子屋にて。
「なぁ、慧音先生。あのでっかいヤツはなんなん?」
先日のたくらみ頭である小僧、カンジがそんなことを尋ねるのであった。
言葉足らずの質問に慧音はいきなりなんだ?という顔つきに
なったが、なんとか思い至ったらしくて、
「む?……ああ、元の居候のことか? 親に家を追い出された
ということはしっているだろう。だがあやつは見かけによらずまじめな奴だぞ、お前にも
見習ってほしいのだがな」
とのこと。おやおやカンジの小僧はあまりまじめな
生徒ではないようであるな。
「しらんわ……それよりあのとんでもねぇ図体、どう見ても
あやしいやん、絶対妖怪だわ」
……そこまで妖怪呼ばわりされるとは、よしはるも不憫な奴だ。
ちなみに説明しておくと、よしはるの背丈は妖怪並、
それも比較的体格のよい輩と同じかそれ以上であった。あぁ、これまことに第三者から見ての話。
正直、妖怪呼ばわりされるのが当然だと思ってよろし。
慧音はこれは困ったなと思いながらもカンジをいさめる。
「もしそうだったら私がとっくに追い払っている、確かに背丈は
信じられんほどでかいやつだが……だからといって変な
ちょっかいを出したりするんじゃないぞ」
ここ一ヶ月、彼に対する周りの評価は悪くないが、それでも
強面の妖怪が里に住みはじめたかように感じてしまう者が
いるのだ、慧音の悩みのタネでもあるのだが。
(これはよくない傾向だな、万一変な噂がたつとあやつが里の皆に疎外されて……)
最悪、何かのきっかけで敵意を向けられるようになるかもしれないな、と危惧してしまう慧音
であった。
まぁ、そこまでいくかどうかは置いといても、現に、
(ぜったい妖怪にきまっとる、化けの皮はいだるわ)
とカンジや小僧どもはこんな感じであるのであしからず。
「そらカンジ、そろそろ始めるから席に着け」
慧音がそう言うとカンジは渋々ながら自分の席に向かっていった。
それから、おてんと様が東西の中心よりその身を五つ分ほど傾むかせた
頃、寺子屋での勉強が終わったのであるが、
「慧音せんせぇ、今からせんせぇん家にいってもええか?」
再び慧音のところにカンジが来てそんなことを言いおった。
「……もしかしてお前の言う、でっかいのとやらに会いたいのか?」
なんとも困ったような顔つきで聞き返す慧音。
そのこころうちは呆れ半分諦め半分、更に上限越えて不安まで抱いている始末であった。
「おう、とりあえずはせんせぇの言うことが正しいか確かめ
にいくんだわ」
いや、意気込んで言われても困る慧音であるが、教え子の
頼みをすっぱりと断る気にまではなれず、おしきられるのであった。
そのかわり、慧音はカンジに念をおすのだが、
「……迷惑をかけない、そう約束してくれないか」
懇願する形になっているのがほんのきもち悲しい、だいぶ参っていらっしゃる。
「なんもせぇへんわ、心配性やのぉ先生」
よくいえるな小童。
「むぅ、それはそうかもしれないが……おっと、もう皆帰ってしまったな、しかたない、
いくぞカンジ」
そして二人は寺子屋を出たのであった。
ガララと玄関先から音がした、所変わってここは慧音宅。
今日も今日とて大男は居間で本を読みあさっていた。
慧音様が帰ってきたかなと頭の隅で考えつつも目の前の資料
を読み続ける、ほら、慧音が居間に入ってきてもチラと見て
「おじゃましてます」
と言ったのみであった。
「やぁ、よしはる。今日はお前に会いたいという子供が
いるんだが……相手をしてやってくれないか?」
は?という表情でよしはるが顔を上げるとなるほど
慧音様の後ろに隠れるようにして小童がこちらを見ている。
「でけぇ。や、やっぱり妖怪じゃ」
で、第一声がそれか。失礼な小僧だな。よしはるはムットした表情
になったが…よくみると小僧がやけに緊張しているのが可笑しく、
ぷっと吹き出してしまった。
「な、なんじゃ、なにがおかしいんじゃ」
カンジがたまらず聞くと、
「いや、なんでもない、きにしちゃいかん」
(いやははっあの、あの顔がだな、くはは、もう傑作)
内心このとおり。とくに小童のまぬけ顔がツボにきたらしい。
「へ、へんなやつじゃのぉ」
カンジは怒とも怖ともつかない様子でそう漏らす。
いいかげん、慧音の陰からでてこないか。男だろうに。
「カンジ、いい加減自己紹介ぐらいしたらどうだ、失礼だぞ」
初対面の挨拶をすっとばして物言うカンジに慧音がしびれを切らし、真剣な顔つきで小童を
しかる。カンジはうぅ、と呻いたが意を決してよしはるに向き直り、胸をめいっぱい突っ張って
大声を出した。
「わしはカンジや、今日はお前に言いたいことがあってきたん」
そこでゴツリ、と鈍い音がした。唐突にカンジのあたまにげんこつが降ってきたのである。
よしはるが視線を慧音へと向けるとそこには般若と化した形相でカンジとやらを睨む姿が目に
入った。
(うぇ、こ、こわいねこりゃ)
思わず顔を引きつらせた。
「人っ様にむかってお前とはなんだぁ、それに年上への言葉づかいは敬語だといつもいって
いるだろう、そぉれなのに初対面の人に向かって不遜な態度をとるとはぬぅぁぁに事だ!
そこになおれぇぇ、おしおきしてやる!」
「い、嫌だぁー、ゆ、ゆるし、」
ゴッ、またもや鈍い音、
「……(絶句)……」
慧音の行ったお仕置きとはよしはるの想像を斜め上にいった
ものであった。他のどこに頭突き、そう頭突きであるのだが…で
お仕置きする大人がいようか、いやはやさすがは妖怪様、やることがちがう、と変なところで
感心しておる。
「いってぇぇぇええ」
派手な悲鳴が聞こえてお仕置き終了。
「まったく、次にやったら二回くわすぞ」
(怖ぇよ慧音様)
怖いというか呆れたというか、なんとも言葉にしがたい気持ちで、ぽかんとしてしまった
よしはるだったが、一つ間をおいて我に返った。
「ああえっと、終わったところすぐで悪いんだけど、話を進めてくれるとうれしいのですが慧音様」
正直かなり脱線、もとい路線変更してしまった。まあ、面白かったからよいか。
「ふぅ、すまない、恥ずかしいところをみせてしまったな。ほらカンジ、早く用件を済ませるんだ」
痛みでうずくまっているカンジにむち打つように声をかける慧音、なかなか容赦ないことであるな。
ほら、とっとと立たんかい小僧。
「うぅ、と、とりあえず外で話したいんから、来てくだせぇ」
さすがに懲りたか、カンジは先ほどとは打って変わった態度でよしはるを外へ招いた。
正直、生意気なままのほうが色々と面白い気もするが、さすがにおしおき二連発確実な行為を
要求するのはきのどくであるか。
さてさて二人は慧音宅の庭先に出る。ちなみに慧音の
お立ち会いはご遠慮願った、とにかく話を進めたかったからである、お仕置きの嵐で日が暮れては
こまる。よしはるは腰掛けるのによさそうな地面を選んでどっかりと座った。
「で、話って?」
よしはるがそう切り出すとカンジはようやっと本題に入った。もとい、やっと入れたというべきか。
「あんちゃんとんでものぉ図体してますやん、妖怪にも勝てそうだって皆で言っておったん。
だからあんちゃんがおれば、おとなの許しもらわんでも、いつもは危険だっちゅう所にも行けると
思うんよ。」
「なるほど、で?」
「里ん近くに山があるんけど、そこに椎茸とか山菜がたくさん
あるんよ。でも暗いから妖怪がでるかもしれんつって俺らは行かせてもらえん。だからあんちゃん
にはこっそりと山菜やら茸やらとりに行くの付いてきてほしいんよ」
「へぇぇ、そりゃ大変なお願いだな。けど正直、俺は妖怪なんて
一度も見たことがない、何人で行くかはしらんけど、おまえら守ることなんてできんぞ」
そう言ってため息一つ。小童ども、好奇心旺盛なのも、ついでに食欲旺盛なのもいいが、
それに命をかけるのは如何なものか。なんとも人を困らせる注文をするやつらである。
「へぇきだって、あんちゃん見たら妖怪だって逃げてくわ」
楽観が過ぎるとかいう真面目なつっこみ以前に色々失礼であるなこのガキは。
(……殴ったろかコイツ)
自然、こめかみと握り拳に力がこもったよしはるであったがここは大人の自制心発揮である。
「そんな根拠もない保証で協力できるか、正直、断る」
(こちとらやることが山積なんだからな)
怒りを握りつぶした代わりに内心ため息つくばかりである。慧音の苦労も少しはわかるだろうか。
「へぇえ、ホショー?なんそれ、別にええけんな。俺ら勝手に行くし」
なんだと小僧。
「いいかげん、慧音様に突き出すぞ」
そろそろ自制心の限界に近づいてきたか。なにげに人任せなのが気になったが。
「そうはいかんぞっと。じゃ、明日の昼間んでも皆で里山いっとるかんな」
そういうとカンジは一目散に走り去ってしまった。
「おぉ、おいおい……」
(面倒なことになちまった)
頭の痛い話であるな、追う気もおこるまい。
よしはるは疲れたようにふらりと立ちあがると慧音宅へと入っていくのだった。
よしはるが入っていった時、慧音は書物を綴っていた。
「終わりましたよ慧音様、カンジでしたっけ……は帰りました」
「む、そうか……随分疲れた顔をしているな」
「ええ、まぁ」
それからよしはるはカンジの小僧との話をあらかた語る。
「明日お仕置きしてやる……あやつも困ったものだ。だがまぁ、山に入るなどというのはカンジ
のホラだろう、妖怪に会うことの危険さは子供達も知っているからな、気に病むことはないぞよしはる」
慧音からでた言葉は意外なものだった、ぶっちゃけ放っておけとのこと。
(といわれても……気になってしかたないな)
慧音もよしはるもまだ知らんが、やっこさんら何かたくらんでの
ことであるし、ただの茸目当てじゃないところが残念ながら慧音の
予想を三段跳びぐらいしてしまっているのである。
その夜、よしはるはお紗江さんに寺子屋の終わる時間を聞いた。
次の日。
里のから少し離れた場所、ばらつく木々の間にそそぐ日の光が明るい林の中、
獣道をかき分けてできた細い道。その先は、上り坂と深い木々の覆い茂る薄暗い小山へと続き、
なんとも不気味であった。
結局ほっとけなかったよしはるは寺子屋の終わる時間に里山の入り口に来てしまったのである。
「来なきゃいいんだがなぁ」
かれこれ十分、一人つぶやくよしはるだったが、困ったことに…
「おう、あんちゃん来てくれたんかい」
「やっぱでかいのぉ」
「これなら妖怪もこわくねぇや」
「やったなぁかんじ、おらわくわくしてきたわ」
小童どもがぞろぞろとやってきたのだった。
その数6、7人。
(多いだろ)
正直、げんなりするよしはるであるが、ここへ来た目的は果たさなければなるまい。
「なぁに言ってるんだ、山に入ることは許さんぞ、俺はお前達を止めるために来たんだ勘違いも……」
「余所もんにダラダラ説教されたかぁないわい」
「……っんだと、このやろう」
さすがのよしはるでもこれはこめかみに直に来たか、っとお?
「へへ、ちゃっちゃといっちまおうぜ」
よしはるがカチンときて硬直した瞬間、隙ありとばかりに
小童どもが山に向かって一斉に駆けだした…なんてやつら。
「ぅおい、待てよ」
よしはるは、すれ違いざまに一人とっ捕まえたが、あとの小童
どもはそのまま山に入っていきおった。
「ああっ、くそ、……おい、お前はちゃんと帰んだぞ」
「わ、わかったよぅ」
よしはるは捕まえた小僧に怒鳴りつけると
残りの小童どもを追って山道をかけだしたのだった。
『後編に続く』